2019年04月06日

制服を着た能吏が現場に出ると


本家サイトの方でいつもお世話になっている HN 「脇」 さんからご紹介をいただきました。

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いや〜、これは酷いですね。 平気でこんな事をやる指揮官達がいるのかと思うと、海上自衛隊も情けない組織になったものと嘆かわしい限りです。

“伝統の継承” ? 海自がモットーとして掲げるこれはあれですかねえ、今では 「伝統の継承が “できたらいいねえ”」 という意味なんでしょうね。

旧海軍の時から船乗りの躾として、天幕の紐一本でさえ厳しく指導され、“スマートネス” “威容” を保つためには手間暇を厭わない、とされてきたものは一体何だったのかと。

やはり内局の役人に一佐以上の補職・昇任の人事を握られ、彼等の覚えめでたさが重要と考える “制服を着た能吏達” と、それを見て育つ若い有能な者達が現場に出てくると組織もこうなるという見本ですね。

先の候補生学校の卒業式最後を飾るべき出港においても、あのお粗末さ、みっともなさ。

何というか、海上自衛隊はもう船乗りの世界では無くなってしまいましたね。

posted by 桜と錨 at 10:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと

2019年04月04日

海自のシステム艦第1号 (5/終)


とは言っても、その結果として海自はこの 53DDG 「さわかぜ」 に至って始めて、と言うかやっと、本来の “艦艇戦闘指揮システムらしいシステム” を持つことになりました。 全くの他力本願ではありますが。

この 「さわかぜ」 に搭載した OYQ-4 システムは、メインのコンピューターに UYK-7 1台、コンソール OJ-194 9台 + OJ-197 OSC 1台、SPS-52C による目標の自動探知・自動追尾機能、BVP によるIFF Mode-II 信号を利用した自動味方識別、Link-11 機能、そしてソフトウェア (オペレーション・プログラム) は米海軍提案のものに加え、更に海自側から NTDS 最新の Model 4 というプログラムの内容や CGN-38 「バージニア」 級で採り入れられたアルゴリズムなどと同じものの追加を逆提案してその多くのものが採り入れられました。

( この逆提案の内容は、それを聞いた米海軍の担当者が “えっ、何でそんなことを知ってるの?” と驚いていたことがありました。 何でかなあ〜 (^_^) )

これによって目出度し、目出度し ・・・・ だったはずなんですが ・・・・ 結局 WES (OYQ-1/2)や 50・51DDH の 「しらね」 「くらま」 の TDPS (OYQ-3) より大きく進歩したこの新しいシステムが導入されたにもかかわらず、この システムの本来のあり方、考え方が活かされることはありませんでした。

既に建造が始まってしまった 「はつゆき」 とこれに搭載する国産の OYQ-5 に続く、汎用護衛艦とそのシステムには、結局元のまま、海幕担当者達の鉛筆舐め舐めの紙の上での予算説明上の都合・理屈に振り回されることには変わりはなかったのです。

つまり、当初から役に立たないことがハッキリしていた 「はつゆき」 とその OYQ-5 を “失敗作” “安物買いの銭失い” と言われないために、“使用実績と技術の進歩、戦術環境の変化に対応するための改善” を謳い文句にして、それこそ小出しにするが如く次々と手を入れることによってそれを誤魔化し続けてきました。 システムだけを見ても、

OYQ-5、-5-1、-5B-1、-5B-2、-5C-1、-5C-2、OYQ-6、-6-1、-6-2、-6C、OYQ-7、-7B、-7B-1、-7B-2 ・・・・

その結果、ソフトウェア (オペレーション・プログラム) の中身はともかくとして、ようやく DD タイプのシステムでも、見かけだけは まあ何とか CDS らしいといえるもの が装備されたのは、実に 「むらさめ」 の OYQ-9 になってと言えるでしょう。

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( クリックで拡大表示します)

即ち、内局の役人に対して予算獲得のための (= 自己の業績作りのための) 屁理屈を並べてきた海幕担当者達が、それが嘘であったとは言えないために更なる屁理屈を重ねるだけのために、実に14年、15隻 ( 「たかつき」 「きくづき」 や 「かしま」、それに途中更新艦を合わせると23隻) を無駄にしてきたのです。

“DD はハイ・ロー・ミックスのロー・コンセプト艦だから” というのはいかにも聞こえはいいですが、これの実態は “低性能であっても、低価格で数を多く” ということに過ぎません。

そのために既にお話ししたとおり、本来必要とされる “あるべき能力” の検討がまず先になされなければならないにも関わらず、それを抜きにして予算獲得のための 艦型が先に決まってしまい、後からその性能・能力の屁理屈をこじつける ことになりました。

そして “艦艇戦闘指揮システム” とは言いながら単なる “武器管制装置でしかないもの” を搭載した国産護衛艦をも延々 “システム艦” という美名で呼んできたのです。


最後に今回の纏めとして、

海上自衛隊における “システム艦” は、

デジタル・コンピューターを用いたシステムの導入により 米海軍の NTDS に関する考え方 (フィロソフィー)、システム開発手法、ソフトウェアのアルゴリズムなどをもたらした、という点を評価するなら 「たちかぜ」 型が 第1号艦

同様にシステムそのものはともかくとして、データ・リンク Link-11 を導入した という点を評価すれば 「しらね」 型が 第2号艦

次いで 「さわかぜ」 が 第3号艦

ということになります。

そして、実態として 少なくとも “艦艇戦闘情報処理システム” (CDS、Combat Direction System) といえるものを搭載したことを採るなら 「さわかぜ」 が 第1号艦 ということになります。

(この項 終わり)
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posted by 桜と錨 at 11:07| Comment(6) | TrackBack(0) | 現代戦のこと

2019年04月03日

海自のシステム艦第1号 (4)


前述のとおり、WES はデジタル・コンピューターを使用し、NTDS の技術を応用したものではありますが、実態は新型の武器管制装置の一種であったわけです。

しかしながら、当然そこには当時現用の NTDS に関する考え方 (フィロソフィー)、システム開発手法、ソフトウェアのアルゴリズムなど が盛り込まれており、これらを WES そのもののと一緒に米海軍から導入することができたのです。

海上自衛隊にとっては WES は一つの装置ではありますが、そのことよりむしろ これらの有形無形のものこそがその導入の最大の成果 であり、今後の艦艇情報処理システムのあり方を示す羅針盤となるものでした。 (と言うより、なる “はず” でした 。)

つまり、「たちかぜ」 型を海自の “システム艦” 第1号と呼ぶ本当の意味と意義はここにあった のであり、当時の PGC の 「大熊学校」 で教育を受けた者達はこれらのことを徹底的に教え込まれたのです。

ところが、海幕に勤務する者や、この大熊学校でシステムというものの本質を学ばなかった者、学んでもそのことを理解できなかった者達には、結局のところ WES は一つの装置としての見かけの姿でしか判らなかったと言えます。 いや、判らなかったというより、制服を着た能吏達にとっては必要なかったと言うべきでしょう。

このため、折角これらの重要なことを導入し得たにもかかわらず、単なる装置としてしか見なかった結果の典型例として、WES を真似して国産開発したとする先の 「はつゆき」 型システムの OYQ-5 と、それに続く DD のシステムとなって現れてしまったわけです。


更には、「たちかぜ」 型3番艦として予定されていた 50DDG は、予算の関係で更に3年遅れて 53DDG の 「さわかぜ」 となったのですが、当初海幕は何も考えることなく 「たちかぜ」 型の WES をそのまま装備することで計画しました。

ところが、これに驚いたのが米海軍です。 海自は一体何を考えとるのか、と。

米海軍では海自の WES の開発成功を見て、これを参考にして DDG-2 級の古い WDS Mk-4 を更新するための JPTDS (Junior Participating Tactical Data System) を開発しました。

(注) : 一般には海自の WES はこの DDG-2 用の JPTDS を参考にしたと流布されるものがありますが、既にお話ししたことがありますように、これは誤りで逆です。

JPTDS はその名が示すように、単なる WDS の更新ではなく、初めからミサイル駆逐艦用の簡易型 NTDS として計画・開発されており、メインのコンピューターには最新の UYK-7 を2台、そして実際の装備は少し遅れましたが データ・リンクの Link-11 の機能を盛り込んだものです。 このためもあって、JPTDS は後に NTDS (DDG-2) と改称されることになります。

UYK-7_Front_01_m.jpg
( UYK-7 2基 (2ベイ) タイプ 「さわかぜ」 はこれの1基タイプ )

そして何と言っても、この DDG-2 クラスの近代化計画において、ターター・システムについては WDS のJPTDS への換装だけではなく、三次元レーダーが SPS-52B からデジタル化された -52C へ、ミサイル射撃指揮装置の Mk-74 や ミサイル発射機の Mk-13 もデジタル化されたもの、つまり デジタル・ターター・システム (一般に、「ターターD」 と呼ばれます) に更新されることになっていたのです。

特にこの時点で注目すべきは、先の SPS-48C に続き 改良された SPS-52C によるデジタル化された信号情報を用いて、そして DDG-2 クラスの近代化のために開発された二次元の対空及び水上レーダーのアナログ信号をデジタル化する RVP (Radar Video Processor) により、全ての捜索用レーダーの目標の自動探知・自動追尾が可能となり、かつ BVP (Beacon Video Processor) により IFF の Mode-U 信号を使用した目標の自動追尾及び自動味方識別も可能 となっていました。

そして、このSPS-52C、RVP 及び BVP による目標の自動探知・自動追尾の機能をコントロールするために AN/SYS-1 というシステムが開発され、これによる目標データを JPTDS のコンピューターに取り込めるようにしたのです。

SYS-1_block_01_m.jpg
( AN/SYS-( ) の構成概念図 )

そこで、米海軍は海自に対して “提供するミサイル・システムは新しいデジタル化したものになるのだから、WES ではなく JPTDS を真似したシステムにすれば良いだろう、コストもそれ程増えないのだから” と言ってきたのです。

海自としてはその必要性の有無を検討するまでもなく、ターター・システム一式を FMS で調達する以上米海軍の言うことには当然 “No” と言える訳はありませんから、目出度く 53DDG は WES ではなく、JPTDS の技術を利用した新しいシステム となり、もちろんコンピューターは新型の UYK-7 となって余裕がありますので、Link-11 機能も装備 されました。 これが「さわかぜ」の OYQ-4 となって実現しました。

ただし、折角米海軍からリコメンドがあったにも関わらず、目標の自動探知・自動追尾は三次元レーダーの SPS-52C の機能のみ となり、RVP による他の対空・水上捜索用レーダーの機能は採用されないこととされてしまいました。 米海軍は海自の OPS-11C や OPS-28 でも問題なく可能だと言っているのに、です。 ( 理由はおそらく、わずかな予算の増加をケチるためではないかと )

RVP_DDG2310_p1_m_mod.jpg

RVP_DDG2310_p2_m_mod.jpg
( 米海軍による海自への RVP 採用のリコメンド文書の一部抜粋 )

このため、この捜索用レーダーと CDS とを繋ぐ機器は、米海軍は DDG-2 近代化用と同タイプの AN/SYS-1 を考えていたのですが、わざわざ海自向けの JADT (Japanese Auto Detection and Tracking) という機能限定版のものを作ることになったのです。

もう何とも勿体ないというか、情けない話しで ・・・・ (^_^;

(この項 続く)
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posted by 桜と錨 at 15:20| Comment(2) | TrackBack(0) | 現代戦のこと

2019年04月02日

海自のシステム艦第1号 (3)


前述の通り、「たちかぜ」 型に搭載した WES は 「あまつかぜ」 に搭載した古いリレー方式のアナログ計算機を使用した WDS を、米海軍が 「たちかぜ」 型のために NTDS の技術を応用して開発したデジタル・コンピューター・システムで置き換えるものでした。

(注) : 正確にいうとシステム・デザインは先のとおり米海軍と言うよりその下請けの RCA 社です。

DDG-168_Wep_Sys_01_m.jpg
( RCA 社作成の資料をもとにした概略の構成図)

そしてその WES ですが、メインは当時米海軍の NTDS で広く使われていた標準のデジタル・コンピューターである CP-642B が1台 (たった)、NTDS の汎用コンソール (操作卓) OJ-194 が6台を中心とするものでした。

WES_Config_01_m.jpg
( RCA 社作成の資料をもとにした概略の構成図)

(注) : 48DDG たる 「あさかぜ」 にはこれに更に司令部用として大型の OSC (Operation Summary Console) OJ-197 1台が追加され、また三次元レーダー用の HT/SZ (Height/Size) コンソールが汎用の OJ-194 に変更されました。

46-48DDG_CIC_Layout_01_m_mod.jpg
( 「たちかぜ」 型の CIC レイアウト 右が艦首方向 )

OSC_01_m_.jpg
( 右が OJ-197 OSC、左の3台が OJ-194 米艦での写真より )

その CP-642B というコンピューターは、デジタルとは言ってもまだ 「コア・メモリ」 と呼ばれるものを使った30ビット、64Kワードのもので、計算能力だけを取り上げるならばそれこそファミコンにも及ばないものでした。

CP-642B_Front_01_m_mod.jpg
( CP-642B のキャビネット )

今から考えると、これたった1台でよくあれだけのシステムを動かしていたな、と (^_^;

したがってWES は、米海軍の NTDS 技術を応用したといってもその NTDS の簡易版でもなければ、ましてや CP-642B がたった1台のシステムですから、データ・リンクの Link-11 機能が入るような余地があるはずも無かったのです。

(注) : ネットや出版物などで、WES 導入時には Link-11 はまだ日本にリリースされなかったとしているものがありますが、これは誤りで、海自から要求もしていませんし、ましてや古い WDS の単なる置き換えでしかない WES について米側からの提案もあるわけがありません。 そもそもメインのコンピューターは CP-642B がたった1台のシステムなのですから。

その証拠に、ほぼ同時期であったといえる同じく米海軍が開発した 50・51DDH のシステム TDPS (Tactical Data Processing System、OYQ-3) は、米海軍の DD-963 スプルーアンス 級の CDS (最新の UYK-7 3台という大きなシステム) を参考にしたものですが、ターターや短 SAM を管制するわけでも無いのに CP-642B 2台となり、しかも当然の如くすんなりと Link-11 が導入されたのです。


そして捜索用レーダーによる目標の探知及び追尾は、 ADT (Air-target Detector & Tracker、対空目標探知追尾員) と SDT (Surface-target Detector & Tracker、水上目標探知追尾員) 各1名がそれぞれコンソールの PPI 上で、レーダー表示を見ながら目標の位置データを手動入力・更新していくもので、これを TK SUP (Track Supervisor) が監督する方式を採っています。

この手動入力方式そのものは、アナログ式の WDS で2台の TSTC (Target Selection & Tracking Console) で行っていたものとそれ程変わるわけではありません。

WDS_TSTC_01_m_mod.jpg
( WDS の TSTC とその目標データ入力要領 )

つまり、目標情報の精度はこの ADT と SDT の二人と、それを監督する TK SUP の技量にかかっていた訳ですが、それでもこれら全てを手動で行うには限界、特に目標数に、があることはお判りいただけるかと。

これは米海軍の当時の NTDS でも同じ方式で、このため空母などの大型艦のシステムでは倍の6名がそれぞれのコンソールで分担して行っていました。

CV_NTDS_consoke_mod.jpg
( 当時の米空母における NTDS のコンソール例 )

しかしながら、既にお話ししたことのあるNWC (Naval Weapons Center、海軍武器研究所) での研究による結論でも示されたように、これでは現代戦にはとても対応できないことは明らかで、今後は三次元レーダーも含む全ての捜索用レーダーは目標の自動探知・自動追尾とするべきであるとされました。

これにより、米海軍ではその対策の手始めとして、まず大型艦用の三次元レーダーである AN/SPS-48A の受信データをディジタル処理して、これによる目標の自動探知・自動追尾を可能にした -48C を開発し、既存の -48A をこれと換装することから始めたのです。

(この項 続く)
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posted by 桜と錨 at 20:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 現代戦のこと

2019年04月01日

海自のシステム艦第1号 (2)


海上自衛隊は、当時米海軍の作戦部長であったアーレイ・バーク大将直々の配慮を受けて、第1次防衛力整備計画 (一次防、昭和33〜35年度) における部隊防空能力向上のために、ミサイル駆逐艦 「チャールス・F・アダムス」 (DDG-2 Charles F. Adams) 級をモデル・シップ (正確には後期型の DDG-15 Berkeley) として、米海軍が “3T” システムの最後として開発した最新鋭のターター・システムを搭載するミサイル護衛艦を昭和35年度予算で建造 (35DDG) することとなり、これが 「あまつかぜ」 (DDG-163) となりましました。

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( 「あまつかぜ」 のモデル・シップとなった米海軍の 「チャールス・F・アダムス」 )

しかしながら、確かにターター・システムは、それまでに海上自衛隊が導入し得た第二次大戦の中古の様な装備に比べれば格段に素晴らしいものでしたが、その反面大変に高価でもあるため、米軍のモデル・シップに比して船体を小さくしたり (それでも当初案の 2600 トンではとても足りなくて急遽 3000 トンに増やしたのですが)、予定する兵装の一部を後日装備やスペックダウンするなどして建造予算を捻出せざるを得ませんでした。

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( 公試運転中の 「あまつかぜ」 )

このため、当時の海上自衛隊の乏しい予算の中では国産艦艇の隻数確保が優先されたため、「あまつかぜ」 に続く2隻目のミサイル護衛艦の建造は後回しとされてきました。

その海上自衛隊が何とか次のミサイル護衛艦建造の予算を獲得できる目処がついたのは、「あまつかぜ」 から実に11年後の、第三次防衛力整備計画 (三次防、昭和42〜46年度) の最終年度の事となったのです。 これが 「たちかぜ」 型3隻 (当初計画) です。

そしてまず昭和46年度計画で1番艦 「たちかぜ」 (46DDG) の予算成立に伴い、ターター・システム一式を FMS (Foreign Military Sales、対外有償軍事援助) 契約により米海軍から購入しようとしたのですが、「あまつかぜ」 が手本とした 「チャールス・F・アダムス」 級の武器管制装置 (WDS Mk-4) はリレー式計算機を使用したアナログのシステムで既に旧式化していたため、米海軍でもこれの更新をどうするかを検討している最中でした。

WDS_Mk4_Illust_01_m.jpg
( WDS Mk-4 の構成機器図、説明のためのもので実艦での配置は異なります )

WDS_Mk4_photo_01_m_mod.jpg
( 実艦装備例 左から TSTC、WAC、WCP、DAC の各コンソール )

そこで米海軍がこの WDS Mk-4 の代わりのものを米海軍のシステム開発に関わっている RCA 社に検討させた結果、同社から提案のあったのが同社がシステム・デザインを手掛ける NTDS のハード及びソフト技術を応用したシステムでした。

この案は直ちに海上自衛隊の受け入れるところとなり (というより他の代案があるわけもなく、拒否する理由がないので)、米海軍の監督の下、プライム・コントラクターとしてシステム全体を RCA 社が、デジタル・コンピューターのソフトウェアをスペリー・ユニバック社 (Sperry-UNIVAC) が担当して開発が行われる事となりました。

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( RCA 社作成の資料をもとに邦訳した WES の教育用資料の一つ )

そして米海軍のアドバイス (提案というより、強い要求) により、海自に納入後のソフトウェアの維持管理と教育訓練用を兼ねたテストサイトが横須賀船越のプログラム業務隊 (PGC) に作られることとなり、これの完成を待ってシステムの開発は米国から当該テストサイトに移されて継続されたのです。

このため、ソフトウェアの完成・引渡しまでの間、米側のエンジニアやプログラマー達がここに常駐して作業を行いました。

一方の海自側では、米国での開発が始まる前から海幕の CCS 幹事室で将来の情報システムについて研究を行なっていたメンバーを中心にしたチームを米国に送り込んで、米海軍の最新のシステムを研修させたのです。

このメンバーは WES の開発が始まるとこれの研究に取組み、次いで海自 PGC のテストサイトでの作業に移行すると、今度は領収後の自前の維持管理要員の育成を担当しました。

特に、プログラム2科長の大熊康之3佐 (当時) を長とするソフトウェア要員の教育訓練はその中心となり、これは後に海自内でも通称 「大熊学校」 として知れ渡ることになりました。

そして PGC のプログラム2科は、次第に海上自衛隊におけるデジタル・コンピュータを利用する艦艇戦闘情報処理システムについて研究・開発を担当するシンクタンク的存在となっていったのです。

(この項 続く)
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posted by 桜と錨 at 19:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 現代戦のこと

2019年03月31日

海自のシステム艦第1号 (1)


一般に “国産初のシステム艦” と言われる 「はつゆき」 型ですが (実態は既にお話ししたように違うのですが)、その国産の前の “海上自衛隊初のシステム艦” と呼ばれるのが今はなき 「たちかぜ」 (DDG-168) であり、姉妹艦の 「あさかぜ」 (DDG-169)です。

DDG-168_photo_01_m.jpg
( 公試運転における 「たちかぜ」 )

この 「たちかぜ」 型2隻が就役当初に装備したのが WES と名付けられた米海軍製のデジタル・コンピューター・システムでした。

これはターター・ウェポン・システム (Tartar Weapon System)、あるいは単にターター・システム (Tartar System) と呼ばれるものの指揮管制を掌るメインのシステムです。

(注1) : ターター・ミサイル・システム と言った場合は、ミサイル、発射機 Mk-13、射撃指揮装置 Mk-74 及びそのコンピューターである Mk-152 を中心にその関連・付属機器などを合わせたもののことで、ターター・ウェポン・システム というと、これに WDS 、三次元レーダーなどを組み合わせたものの総称になります。

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( ターター・ミサイル・システムの構成図 )

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( ターター・ウェポン・システムの構成略図 )

(注2) : ターター ( 及びタロス、テリアの “3T” ) ミサイル・システムの詳細についてはまた別にご紹介する機会もあろうかと思いますので、ここでは省略いたします。

さてその WES、Weapon Entry System の略で、開発を行った米国 RCA 社によって名付けられたものですが、これ、その名のとおり、正確に言えば現在の艦艇戦闘指揮システム (CDS、Combat Direction System) やそれ以前では米海軍で NTDS (Naval Tactical Data System) と呼ばれたような、いわゆる 艦艇戦闘情報処理システム ではなく、ターター・システムの WDS (Weapon Direction System) と言われるものと同じ 武器管制装置の一種 なのです。

では何故この武器管制装置である WES を搭載した 「たちかぜ」 型を海上自衛隊はわざわざ “システム艦” と呼んだのでしょうか?

これにはちゃんとした訳があったのですが、実は海上自衛隊の者でさえその多くはこれの真意を正しく理解できず (理解せず)、そしてそのまま今日までズルズルと来ているのが実態と言えます。

そのことを今回少しお話ししたいと思います。

(注) : 海上自衛隊には “システム艦” という用語の定義そのものはありませんが、艦艇戦闘指揮システム (CDS、Combat Direction System) を搭載した艦艇を一般的にそのように呼んできております。

その CDS の定義ですが、例えば 『海上自衛隊電子計算機情報処理用語集』 では次のとおりとされています。

CDS_Def_01_m.JPG

まあ、実に大ざっぱな定義ですので、これを広義に解釈すればデジタル・コンピューターを使用するシステムを搭載すれば何でもかんでも “システム艦” と言い得ることになります。

実際、海上自衛隊はそれで通してきたのですが。


(この項続く)
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posted by 桜と錨 at 18:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 現代戦のこと

2019年03月28日

今日は一人で


ぎっくり腰も大分良くなってきましたので、今日は家内のサポート無しに一人で車を運転して市中まで。

で、昼食はお気に入りのラーメンの一つ 「呉らぁめん」 を。

Lunch_h310328_01.JPG

魚介の出汁で鶏ガラを煮たスープに、牡蠣醤油とレモン汁を合わせたものです。 早い話、レモン・ラーメンと言った方がむしろ通りが良いのではと思ったりします。

レモンの酸っぱさが適度で、なかなか面白い味です。 ただ難点は他のメニューの豚骨などよりは少々高いこと (^_^)

でも、この当たりの他の有名どころのラーメン店のものよりは、私的にはこれの方が好みですね。

あっ、ただし酔っぱらった後の〆としての名物屋台のものは別ですが。

posted by 桜と錨 at 16:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

2019年03月27日

どうなったのか? 北朝鮮小型船 (下)


韓国海軍の駆逐艦 「クァンゲト・デワン」 が哨戒中の海自 P-1 に対して、あろうことか FC レーダーを照射したこと、及びその指摘に対する韓国の反応、対応振りは常軌を逸したとんでもないこと、ではあります。

がしかし、その事以上に、我が国の安全保障にとって重要であるのは、我が国 EEZ 内のあの海域で韓国艦艇2隻と北朝鮮小型船が何をしていたのか、ということの解明 でしょう。

韓国側の主張は遭難した北朝鮮小型船に対する “人道的” 救助活動であったと言うものです。 実際のところ、確かに当該小型船が故障、あるいは燃料切れなどによる航行不能の状態で “あったのかも” しれません。

しかしながら、この小型船が “単なる一般漁船ではない” ことは P-1 が撮影した現場の状況からも一目瞭然でしょう。

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( 昨年12月28日防衛省公開の映像より )

ではその小型船は一体どの様な船で、元々何をしていたのか?

それを 解明する重要なポイントの一つが、あの照射事件の後の韓国艦艇2隻と北朝鮮小型船の動向 でしょう。 それは一体どうだったのか?

韓国側の報道では、韓国艦艇は現場において小型船から生存者3名と遺体1体を収容したとし、そして2日後には早くも板門店においてそれらを北朝鮮側に引き渡したとしています。

( 何とも手際の良いことで、もし本当であるならば、生存者の健康状況などは十分にチェックせず、また遭難に至る状況なども十分に聴取しなかったということです。 そして海難救助では考えられない、夜間に海に落ちたかも知れない乗組員やまだ浮いている可能性もある遺体の捜索などは全くせずに。)

その一方で、当該北朝鮮小型船そのものについてのその後は、次の4つのうちのいずれか以外には考えられないでしょう。

  1.そのまま無人でやりっ放した。
  2.その場で海没処分とした。
  3.韓国艦艇のどちらかが揚収又は曳航して (韓国又は北朝鮮指定の海域まで)
   運んだ。
  4.他にまだ生存者が何名かおり、そのまま解放して北朝鮮又は元の任務へ向か
   わせた。

NK_Small_Boat_08_mod.jpg
( 韓国反論映像より )

当然、当該 P-1 は距離を取りつつこれの監視を継続していたでしょうし、またそのための能力も十分備わっています。 そして上級司令部は状況を把握していたはずですので、監視の応援又は交代の哨戒機を出すなどしていた “はず” です。

では、北朝鮮小型船のその後は上記の4つのうちのどれであったのか? そして、何故それがいまだに公表もされず、説明もないのでしょうか?

このことは極めておかしく、かつ不自然なことと思うのは私だけでしょうか?

まさかではありますが、もしかすると当該 P-1 は FC レーダーの照射を受けて 「大変だ、大変だ」 と言って逃げ帰り、上級司令部もその後の対応は何もしていなかったのでしょうか?

万が一そうであるならば、海自は 本来の任務を放棄した “大失態” であると言わざるを得ないことになりますが、ただ公表されていないだけで、実際はキチンと実施されていたはず、とは思います ・・・・

では 何故この様な重要なことが防衛省・海上自衛隊からも、そして政府からも、いまだに説明がなされない のでしょうか?

このことをキチンと公表することは、我が国の安全保障についての国民に対する義務であり、責任である と言えます。

“看過できない” という言葉は、本来この様なことについて使うべきものですがねえ (^_^;

そして、マスコミも何故この我が国の安全保障にとって重要なことに繋がる本件を言わないのでしょうか? 不思議なことです。

(本項終わり)

posted by 桜と錨 at 20:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 現代戦のこと

どうなったのか? 北朝鮮小型船 (上)


昨年末に生起した韓国駆逐艦 「クァンゲト・デワン」 による哨戒中の海自 P-1 に対する FC レーダー照射事件に関連して、いささか旧聞に属する事ではありますが、とは言え韓国側はもちろんのこと、防衛省・海上自衛隊側からも全く出てこず、しかも日本政府やマスコミも取り上げない大きな問題が残され、いまだにそのままになっていることがあります。

それは、あの事件の後、肝心な北朝鮮小型船はどうなったのか? という事です。

確かに、他国の航空機に対して (それも我が国の EEZ 内において) FC レーダーを照射するなどは言語道断のことであり、しかもそれに対する韓国の反応、対応は異常と言えるものですが、それはそれとして、その一方で、我が国の安全保障にとって極めて重要なこの問題が言及されないのは極めておかしなことと言えるのですが、さて ?


ご承知のとおり、今年1月21日に防衛省は本事案について 「最終見解」 なるものを公表しました。 これについての私の所見は、既に Facebook の計8回の連載も含めて何度も、そして海人社編集部さんの求めに応じて 『世界の艦船』 4月号の記事でも述べてきたところです。

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その 論点は2つ です。

1つ目 が当然ながら FC レーダー照射事件そのものについてで、結果として、防衛省が公表したものは 当該時点における 「最終見解」 としては何の意味も価値もない もの、ということです。

内容は単なる事件の経過概要の説明だけに過ぎず、もしこれが昨年末に公開した P-1 が撮影した映像と機内交話音声を編集したものと同時であったならば、その補足説明としてそれなりの意味はあったでしょう。

しかも最終見解で一緒に公開された2種類のレーダーの可聴音データも、海自OBがマスコミで言ったような 「聞く人が聞けば分かる」 というのは、単に2つの形式の違いが分かる、というだけのことで、決してこれだけをもってこの音源が当該 FC レーダーのものであるなどと分析できるものではありません。

これを要するに、「最終見解」 として示すべきは

間違いなく、昨年12月20日のあの時に、当該 P-1 が韓国海軍駆逐艦 「クァンゲト・デワン」 から STIR-180 の FC レーダー波を照射された

という確たる証拠でなければならなかった のです。

もちろん、この 「最終見解」 の時点をもって韓国との実務者協議を打ち切るというのは、それでよいでしょう。

韓国政府、国防部は勿論、マスコミや国民の対応振りは言語道断であり、実務者協議も予想通り展開で (と言うより、いとも簡単に前言を翻して嘘に嘘を重ねる、更には逆に威嚇飛行されたと言って謝罪を要求するなど、あまりにも酷いですが)、やっても無駄であると初めから私も主張した通りとなりました。

確かにここで協議を打ち切るとしたのは、世論及び国際社会に対して韓国が常識外れのまともに相手に出来ない国家、国民であることをハッキリさせたことでは肯定できます。

しかし問題なのは、協議打ち切りと同時に、この事件そのものについても終わりにしようとしていることです。 日本としては、国際社会に対し更なる理解を得るよう努力を継続するべきですが、それが見えません。

当該事件は国際常識を外れ、明確に規定されたCUESに違反する “武力行使” であり、当該 P-1 とその搭乗員にとっては危険極まりないものであることは間違いありません。

がしかし忘れてはならないのは、海自でもどの国の軍でも、平時の監視飛行においてはこの様な突発的事態があり得ない訳ではない、ということです。 それが “任務” であり “遊覧飛行” では無い のですから。


そして もう一つの論点 は、我が国の安全保障上からは当該照射事件そのものよりももっと重要なことで、何故かこれまでの段階で全く出てこないことがある、ということです。

いや、現在に至るままの状況では、むしろ防衛省・海上自衛隊は 「最終見解」 の公表をもって実務者協議協議を打ち切るとすると共に、本事件そのものについても終わりとし、その 肝心なことを有耶無耶にしようとしているとしか 見えません。

まさに “看過できない” ことであるといえます。

(続く)

posted by 桜と錨 at 18:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 現代戦のこと

今日のランチ


ギックリ腰はあともう一歩というところまで回復しましたが、やはりどこへ行くにも用心をして家内の送り迎え付きです。

でまあ、タクシー代と思ってお昼のランチは (家内にすれば当然のごとく) 私のおごりで (^_^)

今日は近くの居酒屋さんで。

Lunch_h310327_01.JPG

ここのランチは定食ものがメインですが、メニューは色々ある中でこのお昼御前が一番CPも良くて時々利用します。

とはいっても、我が家から近くはお店の選択肢が少ないんですよね〜 住みやすい土地柄ではありますが、それがちょっと難点ですね (^_^;

posted by 桜と錨 at 15:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに