2018年04月01日

明治40年代の軍艦の防御


本家サイトの今週の更新として、『桜と錨の海軍砲戦術史』 に明治40年代の続きとして 『軍艦の防御』 の項を追加公開しました。


用兵者側からする軍艦の構造についての見解は技術者のものとはまた別な面白さがあると思います。

併せて、ページのレイアウトなどを少し修正するとともに、ご参考としていくつかのページに艦型図を追加しました。

これは単に解説文や表だけはなかなかご理解いただけないところもあると思いますので、イメージ的に掴んでいただくためです。 元にしましたのは有名な 『ブラッセイ海軍年鑑』 の当時の版です。

この当時から 『ジェーン海軍年鑑』 とこの 『ブラッセイ海軍年鑑』 の2つが広く知られておりましたが、前者はその立ち上がりがウォーゲームのデータ・ブックであったこともあり、旧海軍ではいわゆる “軍艦識別帖” 的に扱われることが多かったのに対して、ブラッセイは最新の技術的な内容が豊富であり、かつそれに関連した図表なども多く、海外の専門知識を吸収するために良く読まれていました。

例えば、昭和19年に福井静夫氏が書いた呉海軍工廠の初級技術士官教育用テキスト 『軍艦の発達』 でも、このブラッセイの艦型図をほぼそのまま書き写したものが数多く含まれており、旧海軍の技術サイドでも有益な出版物とされていたことが解ります。

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2018年03月30日

呉地方隊観桜会


今日は呉地方隊の観桜会がいつもの総監部裏庭で催され、私もお誘いをいただきましたので出席してきました。

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(夕日でちょっと逆光気味ですが、呉湾を見下ろしながらの良い場所です)

昨日の暖かさからちょっと寒の戻りと言いますか冷たい風がありましたが、丁度満開の絶好のタイミングです。

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ただ日没以降、会場の桜のライトアップが例年に比べてちょっと少なかったかなと (^_^;

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部外・部内の出席者は約700名。 懐かしい顔にも沢山会うことができました。 そして現役の人達とも色々話しが出来て大変楽しかったです。

特に女性自衛官である「やまゆき」艦長の手塚2佐とは随分と話し込んでしまいました。 必要以上に力むことなく、重責を楽しんでおられるようで、大変頼もしく感じた次第です。

現在の女性艦長は4人、これまでで7人目だそうです。 私の現役時代からすると海上自衛隊の艦艇部隊も随分と変わってきましたね (^_^)

呉音楽隊の皆さんもいつもどおり頑張ってくれていましたが、今年は若い女性の招待者が多かったせいか、演奏に合わせて体を揺らしている人が結構おられました。

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旧鎮守府庁舎の裏側のライトアップ。 やっぱり赤煉瓦は映えますね。

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お開き後は、来呉した私の 「きりしま」 艦長時代の先任伍長 (後の初代海上自衛隊先任伍長) と街に出て一杯。 これも楽しい一時でした。

いつもお誘いいただくN氏に改めて感謝!

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2018年03月25日

明治40年代の軍艦砲装論


本家サイトの今週の更新として、『桜と錨の海軍砲戦術史』 に明治40年代のお話しの続きとして 『軍艦の砲装』 の項を追加公開しました。


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内容的にはまだまだ纏めきれないところがありまして、今後機会を見て手直ししていくつもりにしておりますので、取り敢えずのものとお考え下さい。

とは言っても、度々申し上げておりますとおり、元技術士官達などがものしてきたものとは視点が異なり現場で直接関わってきた用兵者達のものであるだけに、これまで伝えられてきた話しとは異なったものがあることはお判りいただけるのではないかと思います。

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2018年03月24日

庭の椿


春ですねえ。 我が家の庭にある1m半ほどの椿の木にも沢山花が咲いています。

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ただ我が家の椿は花も小さくて5〜3センチくらい、しかもピンクの中に白が混ざっていて大変に可愛いです。

観賞用に育てられた “岩根絞” という一種??

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2018年03月23日

大和ミュージアム友の会会員証


更新の手続きをしておりました 「大和ミュージアム友の会」 の平成30年度の会員証が届きました。

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(個人番号は消してあります)

個人会員の年会費は2千円ですが、1年の間に3〜4回通えば元が取れますし、特別展示開催中は時々招待券を何枚かずつ送ってくれますので、友人・知人を連れて行く時には便利です。

ただご承知のとおり、1〜3階の常設及び特別展示はなかなか良くできおり、時々顔を出しても面白いのですが、残念ながら肝心な4階は本来の博物館としてはほとんど機能しておりません。

信じられないことに、いまだに故福井静夫氏の史料さえ整理されておらず (表向きかもしれませんが) その一覧リストさえ見せてもらえません。

福井史料は今年度以降予算が付き次第順次ディジタル化する予定とは聞いておりますが、そのディジタル化した史料がどのような常態で閲覧可能になるのかは図面や写真でもご存じのとおりです。

ましてや文書史料も写真をそのままディジタル化しただけのもので、既に端末から閲覧可能となっている松本喜太郎氏や史料調査会のものをご覧いただいた方にはどのようなものであるかはよくお判りと思います。

この4階に収蔵されている数々の貴重な史料は、現在の管理体制ではお金(取材費)をふんだんに投入できるマスコミや出版社ならいざ知らず、普通の研究家や研究者にとっては全くと言って良いほど使えるものではありません。

今のままではほとんど活用されておらず、単に保管しているだけの “死蔵” に近いと言っても決して過言ではないかと。 勿体ない。

せめて防研や国会図書館レベルになればと思うのは私だけではないと思いますが ・・・・

posted by 桜と錨 at 23:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

2018年03月18日

「砲術家としての加藤友三郎」

本日は 「加藤友三郎元帥研究会」 の第4回呉セミナーにおいて、上記のタイトルで若き日の友三郎と砲術について発表してきました。

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私はどうも高い壇上の演台から大勢の参加者の方々を前にして格式高いお話しをするようなことは苦手ですので、同会の大之木会長にお願いして、会場は教室で和気あいあいとなるような、そんな雰囲気にしていただきました。

しかしながら、思いもかけず新原市長などもお見えになり、来賓の方々は最前列にお並びになられましたので、ちょっと緊張してしまいましたが (^_^;


砲術家としての加藤友三郎の経歴は、明治13年に海軍兵学校を卒業してから 「吉野」 砲術長として日清戦争で活躍し、明治27年に海軍省軍務局に補職替えとなるまでがメインです。

が、何しろ砲術の話しであり、かつ明治初期 〜 中期の旧海軍のことですので、出来るだけ平易な内容とした関係で、持ち時間の都合上本日の話しは英国で建造中の 「吉野」 の造兵監督官となるところまでとさせていただきました。

残りの肝心な 「吉野」 の話しはまた次に機会がありました時にということに。

それでも参加の皆さん方には熱心にお聞きいただき、当時の旧海軍の砲術の実態と、それによる “鉄砲屋” としての加藤友三郎がどのような経験を積んだのかについての概要を、多少はご理解いただけたのではないかと思っております。

( 私の話し方が下手なのはご容赦いただくとして (^_^; )


貴重な発表の機会を与えていただきました大之木会長と、会場設営などの裏方に回っていただきました事務局の皆さんには厚くお礼申し上げます。

また是非本日の続きの機会を (^_^)

posted by 桜と錨 at 22:26| Comment(2) | TrackBack(0) | 砲術の話し

2018年03月12日

国立 「喫茶室 ランプ」


週末に日本銃砲史学会での発表のために上京しましたが、日帰りというわけにはいきませんので格安のJALパックで2泊3日になりました。

とは言っても往路の金曜日には防研で調べ物をする時間には足りず、復路は日曜日ですのでここはお休み。

そこで、高校のクラスメートが昨年末に国立で喫茶店を開きましたので、一度どんなところなのか見に行ってみることにしました。

お店でコーヒーを飲みながら当時の悪仲間三人で待ち合わせて、その後はどこかで一杯ということで。

お店はJR国立駅南口を出て、駅前にある3本の通りの内の右手側を約500m程行ったところです。

ビルの1階にあり、なかなか広いですし、二階もあって踊り場のような作りで1階が見渡せるカウンター席になっています。

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店内の飾り付けもその名のとおりのランプをメインにした良い雰囲気で、ちょっとした気晴らしの憩いの場としてピッタリかと。

もう既にネット上でもいくつかのところで紹介されているようです。


ただし、お店自体の営業は娘さんに任せて、当の本人はスキーやギター三昧の悠々自適の生活を (^_^;

時々は奥さんも手伝っているようですが、娘さん、なかなか頑張っていました。

ご来訪の方々で、お近くの方がおられましたら是非一度覗いてみてください。 コーヒーや食べ物も美味しいですよ。


で、男三人はそのあと近くの居酒屋さんで一杯やったのですが、私が iPad に入れてある卒業アルバムや最近のクラス会での写真を見ながら思わぬ方向で盛り上がってしまいまして ・・・・

もう50年も前のことであれこれワイワイ。 当時の三人の好みがほとんど同じだったのはこの歳になって始めて知りまして、一緒に大いに笑ってしまいました。 大変に楽しい一時でした。

もちろんこの時の話の中身は、年末にまた予定しているクラス会では女性陣には絶対に話せないことで (^_^;

posted by 桜と錨 at 16:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

日本銃砲史学会の例会


週末は 「日本銃砲史学会」 からお誘いをいただきましたので3月例会での発表のために上京してきました。

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( 定例の例会会場の早稲田大学材料技術研究所、通称 「材研」 )

この学会はその名の通り、主として江戸期〜明治期の陸上での銃砲についての専門の方々が集まって研究活動をしているところです。

公式ホームページ : http://www.fhaj.jp/

従いまして海のことについてのことはあまり無いのですが、それでもかつて海軍の砲術界の重鎮であられた故黛治夫氏の論文などが会誌に掲載されたこともあります。

私とこの学会とは、4年前にこの黛氏の論文が学会創設50周年に当たり会誌に再掲載されることになり、私がその解題を書かせていただき、これに関連して日本海海戦劈頭での敵前大回頭と丁字戦法についての一文を載せていただいたことがご縁でした。

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また、併せてこの丁字戦法の実相についてお話しさせていただいたところです。

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今回は旧海軍における対空用の射撃指揮装置についてのリクエストがありましたので、上京して久々にお話させていただいた次第です。

とは言いましても、この射撃指揮装置の本当のミソのところは初めての方々にはちょっと難しい内容になりますので、今回はその最初の概要と簡単な米海軍との比較のことに絞らせていただきました。

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しかしながら参加された皆さん方には興味を持っていただけたようで、大変熱心にお聞きいただき、かつ時間をオーバーしての質疑応答となりまして、例会後の懇親会でも引き続いて皆さんとワイワイとなり、大変嬉しいことでした。

今回の機会をいただきました、事務局のメンバーの方々には改めてお礼申し上げる次第です。

posted by 桜と錨 at 12:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 砲術の話し

2018年03月01日

松山土産


松山のお土産にも色々なものがあり、特産のミカンの製品の他に、お菓子ではタルトや団子なども有名です。

そんな中で、今回の出張で我が家へのお土産はこれでした。

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「やわらか空豆」 というもので、松山観光港でフェリー待ちの間に売店を覗いていて、陳列棚の隅に籠の中に入ってたのを見つけました。

例の秋山真之がいつも制服のポケットに入れてポリポリやっていたのと同じようなものかは判りませんが、油も塩も使っておらず、単に空豆を炒っただけのもののようで、これが意外に美味しいのです。

家内と一緒に、つい何粒か摘んではポリポリとやってしまいます。

クセになるというか食べ始めると止められなくなりますので、程々にしないとお腹がふくれてしまいます (^_^;

まあ、松山の特産品というわけでは無いのでしょうが、これはこれで。 もちろん他の方々へのお土産品として使うようなわけにはいきませんが ・・・・ (^_^)

posted by 桜と錨 at 20:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

2018年02月27日

米海軍の遠征打撃部隊 (ESF)


『世界の艦船』 4月号の拙稿補足です。

同号の特集『現代の海戦』に掲載していただきました私の 『海戦の変容について 19世紀から今日まで』 で、紙幅の関係で省略せざるを得なかったものの一つが、米海軍の「遠征打撃部隊」(ESF、Expeditionary Strike Force) の考え方のイラストです。

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( 米海軍の公式資料から )

これは、従来の 「両用即応群」 (ARG、Amphibious Ready Group) を大幅に強化して 「遠征打撃群」(ESG、Expeditionary Strike Group) とし、これ単独でも、そして 「空母戦闘群」 (CVBG) の名称を改めた 「空母打撃群」 (CSG、Carrier Strike Group) と組み合わせた強力な遠征部隊としても、状況に合わせて柔軟に対応できるようにしたことを表すものです。

文章でご説明するよりこのイラストをご覧いただけば一目瞭然かと。

そしてこの ESF の運用法に切り替わった当時の ESG の標準的な戦力見積もりは次のとおりとされています。

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( 米海軍の公式資料から )

米海軍と海兵隊とは一つの Naval Forces あるいは単に Navy と呼ばれるものであるのは何故なのか、ということの本質の一旦である米海兵隊のモットーの一つ “Marine is Navy in sense” を端的に表していると言えるでしょう。


翻って、日本ではどうなのか。 間もなく陸上自衛隊に水陸機動団が編成されるようですが、単に陸兵に水陸両用車を与えて米海兵隊と一緒に訓練し、これを海自の輸送艦などで運べば海兵隊として運用できる、などと簡単に考えることは大きな誤りであることは理解していただかなければなりません。

あるいは大きな船体の 「いずも」 型護衛艦に F-35B を乗せるようにすれば空母代わりになる、なども同じことです。

そもそも “基本設計の段階で考慮されていた” などは本当でしょうか? 俄には信じられない話しです。

確かに 「いずも」 型は船体は大きくスペースだけは余裕がありますが、現状はヘリ空母としても強襲揚陸艦としても極めて中途半端な性能のものです。 災害派遣などの多目的用途の艦といえば聞こえは良いですが。

まさかこの現状での必要以上に大きなスペースのことを指しているわけではないですよね?

しかも、実際に格納庫を含めた艦内を見た限りでは、将来的な F-35B の搭載・運用に対する考慮は全く感じられませんでしたし、ましてや後からの改造・改修は莫大な費用がかかることを忘れてはならないでしょう。

「おおすみ」 型の二の舞、というか、とてつもないことになりそうですが ・・・・

( 当時 「おおすみ」 の基本設計審議の場であれほどしつこく声を大にして言ったにもかかわらず、防衛も技術も全く聞く耳を持ちませんでしたから )

posted by 桜と錨 at 18:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 現代戦のこと