2017年04月30日

4月27日付 『朝雲新聞』


私が昨年から担当させていただいている同紙での 『世界の新兵器』 コーナーの艦艇編の第3回目です。

 『 沿岸域戦闘艦 「フリーダム」 級 』

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同コーナーは月1回で、陸・海・空・技術の4つを持ち回りですので、掲載は4ヶ月に1回になります。

そして1回が千字程度の紙幅ですので、如何に簡単・簡潔に紹介するかが最大の課題で、毎回頭を悩ますところです。

ご存じのとおり、現在米海軍が建造を進めている新艦種のLCSは2つのクラスの同時並行ですので、今回はロッキード・マーチン社の LCS-1 級で、もう一つの LCS-2 級は次の回になります。

このLCS、構想は面白く、実際の2クラスとも大変にユニークですので、私達元船乗りとしても興味の尽きないところがありますが、その反面現実的には様々な問題点を抱えていることも事実ですので、米海軍における今後の艦艇建造計画としてはまだまだ先が見えないところがあります。

こういうところも合わせて、次回でお話しする予定です。

『朝雲新聞』 といいますのはその筋ではよく知られているものですが、普通の一般紙とは少し性格が異なりますので、一般の方々が目にされることはなかなか無いかと思いますが、機会がありましたら是非ご一読を。

posted by 桜と錨 at 16:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 現代戦のこと

2017年04月29日

米国による斬首作戦


またまた北朝鮮は性懲りもなく弾道ミサイルの実験を行ったが ・・・・

緊張を高める北朝鮮情勢について、ネット上でも米国による金正恩を狙った斬首作戦の実施が語られているところである。

先にも、米国の国益保護及びそれに影響を及ぼすことについては、米国はそれが例え他国の領土上であっても、必要があると判断した時は軍事力を行使することには躊躇しないことを書いた。

これには他国の権力者の殺害も含まれることは申し上げるまでもない。

この米国による斬首作戦は過去にも色々あるが、その最も代表的な例が1986年に 「リビアの暴れん坊」 と呼ばれた独裁者カダフィ大佐を狙った 「エルドラド・キャニオン作戦」 (Operation El Dorado Canyon)であろう。

既に30年も前のことであり、覚えておられない方も多いと思われるので、少しご紹介してみたい。


作戦実施に至る経緯については省略するが、85年に客船ハイジャック事件や空港における爆破事件2件などのテロに引き続き、西ベルリンでのディスコ爆破事件により米国市民に死者が出たことが直接の引金とされている。

この作戦は、1986年4月14日英国 Lakenheath 空軍基地駐留の第48戦術戦闘航空団のF-111F 24機と、Upper Heyford 基地駐留の第42電子戦航空隊の EF-111A 5機が飛び立ったことに始まる。

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リビアまでの飛行ルートはフランス上空を通過するのが早く、片道約1300マイルであったが、同国の承諾が得られなかったために大西洋をグルリと周り、ジブラルタル海峡を通って地中海に入る洋上ルートとなり、片道の飛行距離は約2500マイル、飛行時間13〜14時間となった。

このため事前に米本土から英国 Mildenhaii に進出した KC-10 19機及び Fairfor 駐留の KC-135 空中給油機9機の合計28機により、往路4回及び復路2回の計6回の給油を受けた。 この給油回数は、往路は低高度、復路はより高々度の巡航高度であったこともある。

なお、F-111F 24機の内6機は長距離作戦のための予備機であり、本隊と一緒に飛び立ったものの、第1回の空中給油の後英国の基地に引き返しており、実際の空襲を実施したのは18機であった。

目標はトリポリ周辺の次の3個所である。

  Al Azziziyah 駐屯地 : 海外テロ司令部があり、かつカダフィ大佐の居住地
  Sidi Bilal 港湾施設 : 海上テロ要員の訓練施設
  Tripori 空港 : 軍用輸送機基地としても使用

そしてリビア沖のシドラ湾には第6艦隊の空母 「アメリカ」 と 「コーラル・シー」 が展開し、空軍の空襲部隊に対する次の支援作戦を実施した。

  E-2C : 作戦空域の早期警戒と航空管制
  F-14 : 作戦空域のCAP
  EA-6B : EF-111A と共に電子戦支援、特にSAM砲台に対する電子妨害

加えて、空軍部隊のトリポリ空襲と同時並行して F/A-18 6機、A-6E 14機及び A-7E 6機により Benghazi 周辺の Al Jumahiriyah 駐屯地及び Benina 空軍基地、防空施設への空襲を実施した。

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この作戦において使用された主な攻撃兵器は、空軍の F-111F が 2,000lb 及び 500lb の Paveway 2 レーザー誘導爆弾であり、海軍の A-6E は 1,000lb の Mk82 Mod1 Snakeye 爆弾及び Mk20 Rocheye クラスター爆弾、A-7E は AGM-45 Shrike 及び AGM-88A HARM (High-speed Anti-Radiation Missile)、F/A-18 が HARM であったとされている。


この作戦の計画立案開始は4月7日とされており、これだけの規模の海空軍の共同作戦を僅か1週間で実行に移していることには注目していただきたい。 これが米軍の実力である。

しかも、英国はもちろん、フランス、ロシア、イタリアなどの関係各国政府には事前通報などが行われたが、関係者以外の世界各国がまさに寝耳に水、青天の霹靂の作戦であった。

そして作戦は完璧な奇襲であり、カダフィ大佐は運良く難を逃れたものの、養女を亡くしており(これは後日誤りであったとされた)、またトリポリ及びベンガジ周辺の目標地区の被害も甚大であった。

米側は F-111F 1機が未帰還となり、後に搭乗員2名の内の1名の遺体がリビア側から米国に引き渡されたとされている。

この空襲の後もリビアのテロ行為などはある程度続いたものの、この米国による斬首作戦により、「リビアの暴れん坊」 「狂犬」 と呼ばれたカダフィ大佐が次第に大人しくなり、かつ西側寄りになっていった直接の切っ掛けとなったことは事実である。


この様なまだ交戦下にない他国に対する米国による軍事力の行使は、その後の湾岸戦争劈頭のバクダッドに対して、そしてつい先日のシリアに対する大量巡航ミサイル攻撃の実施などをみてもその考え方がよく判るであろう。


そこで、最後に北朝鮮情勢である。

米国はその気になればこのリビア空襲程度の作戦はいとも簡単にやってのける実績を示しているのであり、しかもこのリビア空襲に比べれば、地理的かつ米側兵力の状況などははるかに容易であり有利である。

そして秘密保全は作戦の成否の鍵となるものであり、その事前の動静・徴候などがマスコミや評論家と称する人達に流れることはあり得ないことである。

まさに、ごく限られた関係者以外にとっては “ある日突然として” 実行されるのである。

もちろん政権中枢や主要軍事基地に対する空襲は、米国による軍事作戦上の一つの選択肢に過ぎないが、北朝鮮もその指導部の思考が “まとも” であるならば、このことは十分に理解しているであろうと考えるが ・・・・ ?

( 画像は当時の 「Aviation Week & Space Technology」 誌より引用 )
posted by 桜と錨 at 23:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 現代戦のこと

港祭り


今日は港祭りで、知人の出展を拝見するため市役所まで出かけました。

その出展関係はちょっとややこしいので、機会があればまた別にお話しすることにしますが ・・・・

私はこの港祭りを見るのは、実は今日が始めてです。 家内に港祭りのメイン会場となる市役所前の大通り近くまで送ってもらったのですが、何というか普段はあまり活気がなく閑散としている市街、一体どからこれだけ集まったのかと言うくらい凄い人出でした (^_^;

もちろん近郊からの来訪者も多いのでしょうが、今日一日で約25万〜30万だそうです。 20万都市にしては凄いですね。

ただ私はどうも人混みが苦手なもので、お祭りそのものはほとんど見学しなかったのですが ・・・・

パレードする諸団体がスタート地点の市役所前に集まって次々に出発していきます。 もちろん別にパレードする内容に統一されたものなどはなく、希望するところなら誰でも参加できるようです。

したがって、参加する団体毎に年齢構成も、服装も、そしてパフォーマンスなども様々です。

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そしてこれを見学する一般市民とズラリと並ぶ屋台や出店の数々。

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後から家内に聞いたところ、これが港祭りのメインだそうです。 なるほど〜、知りませんでした (^_^;


残念ながら人混みの中で楽しむ余裕はありませんでしたので、用事を済ませて早々に引き揚げました。 もちろん、送り迎えをしてくれた家内へのお土産は忘れずに。

旧海軍の呉海軍工廠に勤務した工員さん達の当時のお弁当を模したものだそうです。 そぼくな味で、なかなか美味しかったですね。

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もう一つは巡洋艦 「青葉」 のレシピにあったコロッケだそうです。 う〜ん、これは少々好みの別れるところかと。

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それにしても海軍カレーや肉じゃがを始めとして、食べ物でも旧海軍のものの色々なアイデアが出てくるものですね。

posted by 桜と錨 at 22:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

2017年04月28日

『丸』 6月号


月刊誌 『丸』 6月号の見本誌が届きました。 今月号の特集は 「商船改装空母」 です。

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私もこの中の 「海鷹」 型の項を担当させていただきました。

   「 「あるぜんちな丸」 の 『海鷹』 改装プラン 」

もちろんご存じのとおり 「海鷹」 型とは言っても、姉妹船の 「ぶら志"る丸」 は改装着手前に沈没してしまいましたので、「あるぜんちな丸」 を改装した 「海鷹」 1隻だけなんですが (^_^;

4ページの紙幅をいただきましたので、いつもどおり色々書かせていただきました。 従来言われている機関改装の誤りの件や、航空機の搭載定数、乗員定数など、これまであまり言われてこなかったことを網羅しております。

それにしてもこの 「海鷹」 ですが、正確なデータや記録などが少ないものの一つですね。 船体要目なども造工資料をベースにして、もっとも正しいと考えられる数値にしております。

編集部さんによって立派な紙面にしていただきました。 ありがとうございます。

ただ惜しむらくは ・・・・ 記事に挿入されている大内健二氏の手になるとされる 「あるぜんちな丸」 と 「海鷹」 のイラストに、明らかな誤りが何個所かあることですね。 事前に拝見していれば指摘して直してもらったのに、とこれはちょっと残念 (^_^;

posted by 桜と錨 at 15:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと

2017年04月25日

邦訳版 『With TOGO、東郷とともに』 (続)


HN 「八坂 八郎」 氏の手になるセッピングス・ライト著 『With TOGO、東郷とともに』 の邦訳版第2巻が届きました。

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前半の第1巻は既に本ブログでもご紹介したところです。


今回は残りの後半で、第8章から最終の第12章までの邦訳になります。

この後半部分は日露海戦史について日本側でもほとんど知られていない内容ですので、その意味でも貴重ですし、なによりもそれが日本語で読めるのは嬉しいところです。

しかもいつもどおりの丁寧な訳出で、大変に読みやすいものとなっており、そして日本側の史料などにも丹念に当たられて、これによる脚注も充実しているのはいいですね。 また、私家版とはいえ写真の印刷も綺麗です。

第1巻に引き続き、興味のある方は入手方法など氏のサイトから直接コンタクトをとってみて下さい。 (プロフィール欄からメッセージが送れます。)


それにしても八坂氏の仕事は早いですね〜 (^_^)

posted by 桜と錨 at 21:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと

2017年04月24日

練習艦隊艦上レセプション


今日は本年度の遠洋練習艦隊に出発する前の練習艦隊の母港での艦上レセプションでした。 私もお誘いをいただきましたので、若い後輩達と話しが出来るのを楽しみにして出かけてきました。

練習艦 「かしま」 後部の飛行甲板に天幕を張っての会場ですが、広い甲板も招待者と実習幹部も併せたホスト役の海自側とで一杯でした。

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流石は練習艦隊だけ合って、料理などは豪華かつ手が込んだものばかりで大変に美味しく、かつ大量に用意されていました。

私も若い実習幹部の皆さんとお話しをしていると、43年前の自分のことを思い出して、ついお喋りに夢中になってしまい、料理にはほとんど手を付ける余裕がありませんでした。 これはちょっと惜しかったかも。

今回もそうですが、日本でのレセプションの時は招待者は比較的年配者が多いので、ほとんどの場合多くが残ってしまうのが常ですが、これが海外での場合は現地邦人や若い招待者が多いので、もの珍しさもあってあっという間に無くなってしまいます。

それにしても、候補生学校の時の赤鬼・青鬼の幹事付二人が 「かしま」 の副長付として一緒に乗り組んでおり、彼等から事前に 「実習幹部は、絶対に飲むな!食べるな!」 と厳しく言い渡されているようで、ひたすら我慢しながらホスト役に徹している様子は今も昔も同じですね。 ( ねっ、そうでしたよね、V一尉、H一尉 )

今日は料理が沢山残りましたので、あとで 「残飯処理」 で堪能できたかも (^_^;

そして私のかつての経験から遠洋航海の楽しみ方のコツを伝授してきました。 海上自衛隊の実習幹部ならではの、他では得られない経験ですので、存分に楽しみ、大きく成長して帰ってきて貰いたいものです。

・・・・ と言うわけで、お喋りに夢中になっていて写真もすっかり撮り忘れていました。

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練習艦隊司令官の眞鍋君始め練習艦隊の乗員の皆さん、実習幹部の皆さん、楽しい一時をありがとうございました。 そして、遠洋航海の御安航と実り多き成果を挙げてのご帰国をお祈りします。


これは家内へのお土産の戦利品。 最近はこういうものもあるんですね (^_^)

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今宵は私も楽しかった43年前のことを思い出しながら眠ることにします。

当時の記念アルバム :


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posted by 桜と錨 at 23:07| Comment(2) | TrackBack(0) | 気ままに

2017年04月23日

自衛隊による韓国在留邦人の救出


その後のネットでの状況などを見ておりましたが、読売新聞などが伝えた 「在韓邦人退避、自衛隊使えず?…韓国が消極姿勢」 ということについて、ほとんど反応がありません。


マスコミも政治屋さん達も 「ふ〜ん、そうなんだ。韓国がイエスと言わないから自衛隊は使えないんだ、それじゃあしかたないね。」 で終わりなんでしょうか?


私は、米国の場合は在外米市民の生命保護と救出に軍を投入することには全く躊躇しない、と言っております。

これは MOOTW (Military Operations Other Than War) の NEO (Non-combatant Evacuation Operation) として SP-MAGTF (Special Purpose - Marine Air-Ground Task Force) によって行うものです。

もちろん、これにはその目的達成のために必要があれば武器の使用も含みます。 当然、交戦状態にない他国の領土上であっても、です。

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( 米海兵隊の公式公開資料より )


しかしながらちょっと待って下さい。 米国だってどの様な場合であっても、何がなんでも軍を投入するわけではないことは申し上げるまでもありません。

平時における何もない状況では、どの国においても国内の治安維持と旅行者を含む在留外国人の安全確保は、自国の国民と同じように行われなければなりません。 これが国際社会における一員である主権国家としての当然の義務です。

しかしながら、その国内において何か事態が生起して外国人の安全のために国外退去の必要が生じた時には、関係各国と協議・協力して民間航空や船舶を利用した方法を講じなければなりません。 これも相互に主権国家として当然の行為です。

( 残念ながら、日本はかつてのイラン・イラク紛争時にこのよな状況になっても自国の民間航空機を派出せず、取り残された在留邦人はトルコ政府派遣の民間航空機によって救出されるという恥を晒したわけですが。)

ところが、状況が更に悪化して治安維持や国民の安全確保さえままならなくなった場合、即ち国家としての主権行為が機能しなくなった状況に陥った時には、在留外国人の保護は不可能になるでしょうし、あるいはその意思さえ持たない (特に韓国のような場合) こともあり得ます。

このような状況になって始めて各国は軍を投入して自国民の保護・救出に当たることになります。 これは米国の場合でも同じです。

そのような場合、既に当該国は国内の情勢をコントロールできず、国家としての治安維持の機能を失っていますので、諸外国が軍を派遣して自国民を保護・救出することに当該国のイエスもノーもありません。 国際社会の一員としての責務を果たせなくなっているのですから。


韓国に何かあった場合に自衛隊を派遣する場合というのは、当然ながらこういう状況においてです。

(まさか、何でもかんでも自衛隊で在韓邦人全てを救出するなどと思っておられる方はおられないと思いますが ・・・・ ?)

このようなことは主権国家であるならば、その国益の頂点にある自国民の生命保護のための救出は当たり前といえば当たり前すぎることでしょう。


さて、現在の半島情勢から、もし万一韓国情勢に何か重大な事態が生じた場合、いざという時に今の日本に自衛隊を派遣して国民を保護・救出する決意はあるのでしょうか? それも韓国の承諾の有無に関わらず、です。

それとも自衛隊派遣に既に国内のコントロール機能と能力を失った韓国の了承が得られないことを理由に、自国民を見放してみすみす見殺しにさえするのでしょうか?

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2017年04月21日

とびしま海道 ドライブ


お昼になって家内が 「どこか食べに行く?」 と言いますので、「じゃあ蒲刈でもドライブがてら行ってみるか、何か食べるところくらいあるじゃろ」 となりました。

ご存じのとおり、「(安芸灘) とびしま海道」 というのは下蒲刈島、蒲刈島、豊島、大崎下島と順に橋で結ばれ、更にその先の平羅島、中ノ島、そして岡村島へと続いている道路のことです。

2000年の安芸灘大橋の開通によってこれらの島々が本州と繋がりましたので、大変に便利になると共に、協議会なども立ち上げて観光にも力を入れているようです。

「安芸灘とびしま海道」 公式サイト :

今回は初めてのこともあり、またもうお昼を過ぎてしまいましたので、取り敢えず大崎下島の御手洗という港町まで寄り道をせずに往復してみることに。

平日ですし行楽シーズンでもありませんので、それほど観光客も多くはないだろう、と考えていたのですが ・・・・

ところが、全く観光客の姿が見えないどころか、車の交通量もほとんど無く、また住民の姿もほとんどありません。 おかげでノンビリとはできたことは確かです (^_^;

下蒲刈島一番の観光地である 「松濤園」 の周りも誰一人おらず。

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( 「松濤園」 海岸側から見た蒲刈大橋 )

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( 「松濤園」 前  あっ、右端の人物は無視して下さい (^_^; )

蒲刈大橋を渡ったすぐにある 「であいの館」 からの眺め。 波穏やかな瀬戸内の風景です。

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しかしながら、食堂、レストランの類はどこも開いておらず。 えいやっ! で入った蒲刈島の海岸沿いの道路脇にある屋台のようなうどんのお店。

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ところが、自家製の野菜を使った天麩羅うどんは素朴な味で、しかもその辺の街中の専門店で食べるより美味しかったですね。 ここは当たりでした (^_^)

後は真っ直ぐ大崎下島の御手洗へ。 ここは昔、瀬戸内航路の風待ちの港として大変に賑わったところで、当時の街並みの面影が残っているところです。

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ところが、ここも全く人がいませんでした。 歩いているのは私達老夫婦二人くらいで ・・・・

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( 満舟寺 )

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( 住吉神社 )

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( 若胡子屋跡 )

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( 天満宮 )

おまけに飲食店、土産物屋、その他どこも開いておらず。

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ただ一件だけまともに (?) やっていたのが私達の若い頃にあった駄菓子屋さんのグッズを集めて展示している 「御手洗昭和館」 というところでした。

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う〜ん、ここは好きな人にはたまらないかも (^_^)

街並みは景観保存地区としてそれなりに整備されてきてはいるようです。

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それにしても、平日とはいえ金曜日の午後、観光客は全くおらず、お店も全く開いておらず。 客が来ないからお店を開けない、お店も何も開いていないので客が来ない、の悪循環 ?

瀬戸内の景色と街の風情は確かに良いのですが、それだけでは ・・・・

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( 中ノ島瀬戸大橋 )

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( 帰りの蒲刈大橋 )

で、今日の戦利品。 例によっていつも通り何とも他愛ないものばかりです (^_^;

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posted by 桜と錨 at 23:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

2017年04月20日

軍歌を歌う集い


昨日は先月に引き続いて毎月開催される軍歌を歌う集いの 「呉三水会」 に行ってきました。

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この会はいつも6時に参加者全員で 「三水会の歌」 を歌って開始となり、2時間後の8時にこれまた全員で 「同期の桜」 を歌ってお開きとなります。 そして皆さんサッと解散。

この2時間の間に各自が好きな軍歌を選んで歌いますが、それこそカラオケが途切れることがありません。

歌の合間にはお店のママさんが用意してくれた様々なおつまみを食べ、飲み、お喋りをし、和気あいあい大変に楽しい時間です。

今回は前回より参加者は少なかったのですが、新たな女性会員も加わり、面白い集まりではあります。

そして私が前回から顔を出す切っ掛けとなった最長老の梶本氏も、横浜の娘さんご夫婦のところへ遊びに行かれて昼に新幹線で戻られたばかりにも関わらず出席されました。 お元気なものと感心。


ところで、開始の6時前にビルのところまで来ましたら、ビルの前は大勢の人集り。 何かと思いましたら、同じビルの上の階で役所広司氏が出演する映画 「孤狼の血」 のロケ中だったそうです。

ビルの入口でも撮影があるのでしょう、赤いカーペットやお花など色々飾り付けがなされており、その脇をすり抜けるようにしてお店へ。

そして軍歌の集まりが終わって表に出てきたところ、相変わらず周りの道路は人集り。 まだ中でロケは進行中のようでした。

もう2時間以上キャラリーさん達は表の道路でず〜っと待ってたんですね (^_^)
posted by 桜と錨 at 18:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

2017年04月18日

核兵器の効果


最近とみに北朝鮮情勢に関連して 「日本に弾道ミサイルを打ち込まれたら」 とか 「核弾頭が東京に落ちたら」 とか騒がれており、これに対して核弾頭についての記事がネット上でもあれこれ見られるようになりました。

そこで良い機会ですので、核兵器の効果について現在でも最も権威があり、かつこの分野について語る時の根拠文書となる資料をご紹介します。

それが、原爆を開発したことで有名な米国ニュー・メキシコ州にあるロス・アラモス科学研究所が1950年に出版した 『The Effects of Atomic Weapons』 です。

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( 1950年版 )

そしてその後水爆が開発されると共に、両者を合わせた形に内容が全面改訂されて1957年に国防省から Samuel Glasstone が中心となって纏めた 『The Effects of Neclear Weapons』 として出版されました。

これは1962年に第2版となりましたが、64年に小改正が加えられて改めて第2版として出版され、更に77年には第3版となりました。

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( 1957年版 )              ( 1964年版 )

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( 1977年版 )

これらはいずれも現在ではネット上で公開されておりますので、この方面に興味のある方は是非入手してみて下さい。

とは言っても英文ですので私などはどうしても日本語になったものが欲しくなります。  ではこの資料の邦訳版はないのでしょうか?

実はちゃんとあるんです。 1977年の第3版の全文を邦訳したものです。

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( 1977年版の邦訳版 )

ただし、これがどこで出されたものかは表記がありませんので不明です。 そして例によって今日となってはどこにどれだけ保管されているのか判りません。

これも興味のある方は探してみるとよろしいでしょう。 そしてこれと第3版の原本と比較しながら読まれると便利かと。


・・・・ で、これだけで終わってしまっては私のブログらしくありません (^_^)

もう少し具体的な核兵器の戦術的な使い方に関するものはないのか、というと、

これについては米陸軍及び海兵隊の共通マニュアルとして 『Nuclear Weapons Employment Doctrine and Procesures』 (FM 10103101、FMFM 11-4) というのが1977年に出ています。

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これは本体が秘密事項を含まない普通文書として、そして秘密部分だけを纏めた補足文書の2つに別れたものです。 当然ながら後者は日本には渡っていないわけですが (^_^;

しかしながら、本体の普通文書のものの内容だけでも、使う側の視点に立った大変に興味のあるもので、日本人としてはちょっとギョッとしますし、また 「被害推定法」 「核兵器の効果」 「核兵器の効果に対する対応」 などの項目は前述の国防省編の 『核兵器の効果』 と合わせて読んでみるとそれぞれが良く理解できると思います。

ただし、こちらの方は残念ながら40年前の普通文書であるにも関わらず、何故かいまだにネット上では米軍サイトでも公開されていないようです。

そして私が見た原本も自衛隊が保有していたものではありませんので、今となっては残っているのかどうか ・・・・ ?

posted by 桜と錨 at 17:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 現代戦のこと