2019年06月09日

四十五口径十年式十二糎高角砲


今週の本家サイトの更新は少しだけです。

『砲術講堂』 の 『旧海軍の砲術』 コーナー中に 「四十五口径十年式十二糎高角砲」 と同砲用の 「十二糎高角砲通常弾 (旧称 : 四号通常弾)」 の要目諸元を追加公開しました。

艦砲・弾火薬組合せ一覧 :
  http://navgunschl.sakura.ne.jp/koudou/ijn/buki/gun-proj_matrix_main1.html
砲熕武器要目諸元 :
  http://navgunschl.sakura.ne.jp/koudou/ijn/buki/gun/gun_data/gun_data_main1.html
弾丸・銃弾・噴進弾一覧 :
  http://navgunschl.sakura.ne.jp/koudou/ijn/buki/ammo/proj/proj_data_main1.html

Traj_12cm_45cal_HA_comm_s_mod.jpg

まあ、ここまで詳細なものを必要とされる人はまずおられないと思いますが、こういうものもキチント残しておきませんと、いずれは忘れられてしまいますので。

それに、既に公開しております 「五十口径八八式十糎高角砲」 の要目諸元と比較していただくといろいろと面白い点も見つけていただけるのではないかと思います。

口径長を五十口径から五十四口径に延ばすというようなことは、一体どういう事に関係してくるのか、飴細工のように簡単にビロ〜ンと延ばせば済むような単純な話しではないことがお判りいただけるのではないでしょうか (^_^)

posted by 桜と錨 at 21:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 砲術の話し

2019年06月07日

お刺身定食


夜半から昨年の豪雨を思い出すようなもの凄い雨で、早朝からは携帯にも次々と緊急情報メールが入りまして、周辺地域はかなり慌ただしい雰囲気になりました。

で、午前中は様子見もあって外には出ないことに。

幸いなことに昼前には大雨も収まり、昼過ぎには曇り空に。 発令されていた警報なども相次いで解除になりました。

もう大丈夫かと思いましたが ・・・・ 例によって家内は一向にお昼ご飯を作る様子が見られません (^_^;

しかたがないので、ランチに出かけることにしたのですが、近くには選択肢がほとんどありませんので ・・・・

そこでふと先日の話のことを思い出しました。

美味しいお魚が食べたくなったら時々顔を出すいつもの小さな鮮魚店の若大将が “あそこの鮮魚はうちが卸しているんだよ” と。

それならお魚は間違いないかと。

そこで、選択肢が少ない中からランチもやっているその居酒屋さんへお邪魔することに。

もちろん家内も私も “お刺身定食” を注文。

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う〜ん、確かにお刺身は美味しい (^_^)

posted by 桜と錨 at 21:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

2019年05月29日

独り言


一体何を言いたいのか、全く意味不明 (^_^;

日本海軍の10Cm50口径高角砲ですがこの砲身を54口径にした場合、12Cm45口径高角砲と同じ肉厚とすると同じ砲弾で使用可能でしょうか?また性能は? 45口径と54口径は同じ長さに成ると思うので。


(6月3日追記) :

それでも1つ回答が付いたようですが、これも ・・・・ (^_^;


まず砲弾の直径が異なるのでまともに発射できないとおもいます。
12cm砲身に10cm砲弾を入れて12cm用の装薬を入れて発射自体はできるかできないかでいえばできると思いますが砲身がダメになり使えなくなります。

まともに発射できない、というのはその通りですが、ただし別の意味で。

問題にしている50口径10cm砲も45口径12cm砲もそれぞれ 「五十口径八八式十糎高角砲」 「四十五口径十年式十二糎高角砲」 という “高角砲” で、両者共に弾丸と薬莢が一体の “弾薬包” です。

つまり、径が異なりますので前者の弾丸は後者の薬莢に嵌りません。 もちろん、別々に装填するなどすれば入らないことはありませんが (^_^;

それ以前に、前者の弾丸の導環径は10.66cm、後者の筒 (正式には月偏に唐の字) 径は12.00cm。 したがって、前者の弾丸の導環は後者の施条 (ライフル) に食い込みません。 つまりスカスカなのです。

ですから、もし撃ったとしても前者の弾丸は旋転することなくそのまま砲口からスポッと抜けるように飛び出るだけでまともに飛翔せず、空気抵抗により砲弾の姿勢が前後逆転し近くの海面にポチョンと落ちるだけです。

もちろん “砲身がダメになり使えなくなります” などになるわけありません。 単に空砲に毛が生えたようなものですから (^_^)


posted by 桜と錨 at 17:35| Comment(2) | TrackBack(0) | 気ままに

2019年05月26日

琴平への1泊2日 (3・終)


小旅行2日目は朝7時15分に高松市内の宿を出て、追悼式準備兼控え場所となっている琴平のホテルへ。

8時半頃には着きましたので、ここで他の追悼式参加者と一緒に呉地方隊が用意したマイクロバス6台に順次分乗して (これより大きな車両は裏参道を通れませんので) 宝物館裏手の駐車スペースへ。

ここからは追悼式が行われる 「掃海殉職者顕彰碑」 の広場はすぐ近くです。 木々の間からは善通寺の市街が望めます。

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◎ 金比羅宮参拝

で、追悼式までは1時間半ありましたので、金比羅宮の参拝へ。 ここは昔船で沖を通った時に奉納樽を何度か流したことがありますが、実際に参拝するのは初めてです。

因みに、この琴平の沖を通る時に、艦内神社のお賽銭や乗員の寄付などを樽に詰めてこれに 「奉納」 と書いた小旗を付けて流すと、近くの漁船がそれを拾って金比羅さんに届けてくれます。 そして後日、金比羅さんからは受領の手紙とお札が届きます。


先ずは表参道に出て登り始めます。 最初が桜馬場の鳥居。 もうこの時間には既に多くの老若男女の参拝者が登っています。

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そして数段ずつの石段を暫く登って行きますと、表書院の前に。

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ここにお守り授与所の案内が出ていましたので中に入ると、様々な形や色のお守りが並んでいますしたが ・・・・ 家内から頼まれた 「金のお守り」 は上の本堂まで行かないと無いとのこと。 え〜っ! (^_^;

実は日頃の運動不足が祟ったのと、先日のギックリ腰の後が完全に直りきっていませんので、階段の上り下りは腰がかなりしんどいのです。 しかもここから上はますます石段は長く急になります。

下のホテルで竹杖を沢山貸し出していましたので、借りてくるんだったと後悔 (^_^;

とは言っても本堂までは登らないことにはと、休み休みで。 途中多くの参拝客に、しかも竹杖を持った老夫婦の方々にまで、次々と追い越されてしまいました。

賢木門のところでは、スマホ写真を撮っていた若いお嬢さん二人と一緒に一休み (^_^;

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で、最後の長く急な石段をフウフウ言いながら登って本堂前に。

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本堂脇の展望台で再度一休みしてから参拝。 そして忘れてはならない 「金のお守り」 (と言っても実際は黄色なんですが) を家内の分と私の分の2つを。

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◎ 掃海殉職者追悼式

今回の小旅行のメインである追悼式については、既に先の記事で書きましたので省略いたします。


でも、当該記事でも書きましたが、何故海上自衛隊の呉地方総監が執行者なのか? 加えて、海上保安庁の幹部達も “来賓” として出席しておりましたが、なぜ彼等がこの追悼式で “お客さん扱い” なのか?

元を正せば、昭和23年から27年までは航路啓開は海上保安庁の所掌業務であり、殉職者全79名の内の10名はその間の保安庁に所属する隊員ですから、“当事者” であるはずなのに、です。


◎ 昼食会

追悼式の後、下の準備兼控え場所として使ったホテルで呉地方総監部主催の昼食会。

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いわゆる “直会” としてですから、これはこれで良いのでしょうが、追悼式に出られた遺族代表の方々はともかくとして、それ以外はいわゆる “執行者” と “来賓” と言われる人達をメインにしたもので、そのあり方は良く理解できません。 しかも私達一般参列者は安からぬ会費を自前で。

まあ、私達の席の周りは同じ小旅行のグループですから、それはそれでお喋りしながら料理を楽しみましたが (^_^)

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これにあと天ぷらの小皿が付きましたが ・・・・ う〜ん、いくら場所代、サービス代込みとはいえ、アルコール抜きでこれでは ・・・・

しかも追悼式場から順にマイクロバスでホテルに戻った時には既にお鍋には火が付いてグツグツいっており、昼食会が始まった時にはもう冷め始めていました (^_^;


◎ 復路

昼食会は予定より短く1時間で終わりましたので、そのまま早めに貸し切りバスに乗って戻ることに。

途中、瀬戸大橋の途中にある与島SAで休憩。 時間が無くて買えなかった我が家へのお土産を購入しました。 特に家内が好きな名物のうどんは各種のものを色々とどっさり (^_^)

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後は順調に進み、山陽自動車道の小谷SAでトイレ休憩の後呉へ。 私は途中の通り道の我が家近くで降ろしてもらい、家に帰ったのは17時過ぎ頃でした。

色々書いてきましたが、この小旅行、これはこれで楽しく充実した2日間でした。

参加の皆さん、お疲れ様でした。 幹事さん、呉監との調整も含めご苦労さまでした。 そしてきめ細かなご配慮をいただいてお世話になり、ありがとうございました。

posted by 桜と錨 at 23:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

琴平への1泊2日 (2)


高松市内のホテルに着いたのは16時半頃でした。 館内の温泉に入ってゆっくりする時間はありませんでしたので、部屋で暫し小休憩し、貸し切りのバスで高松港へ。

追悼式支援を兼ねて高松港に寄港した掃海母艦 「うらが」 での艦上レセプション。 初日のメインです。

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( 掃海母艦 「うらが」 )

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( 掃海艇 「つのしま」 と 「みやじま」 )


流石に掃海関係の一大行事ですので、海自OB達も掃海畑や元呉監の関係者などが遠路多数参加しており、私も多くの懐かしい面々と久しぶりに再会でき、楽しい一時でした。

レセプション自体の内容はごく一般的なものですので、特にお話しするようなことはありませんが、私としては 最近はこの様な海自主催の行事では、“来賓” と呼ばれるような人達とより、行事に出てくる (駆り出される) 先任伍長達や若手幹部達と色々話しをするのが楽しみになりました。

何しろ現在の現場の生の声が聞けますので、色々と参考になります (^_^)

それにしても、海自カレーと天ぷらの屋台の前には例によって長〜い列ができていましたね。 特にご婦人方の (^_^;

この艦上レセプションの後、バス旅行のメンバーの中には、歩いて街に繰り出した人達も何人かいたようで、ほとんどの方が私よりもお歳ですが皆さん元気ですね〜 (^_^)

posted by 桜と錨 at 18:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

琴平への1泊2日 (1)


「掃海殉職者追悼式」 参列のために中型バス1台を借り切って5月25(金)〜26日(土)の1泊2日の小旅行が行われました。

前記事でご紹介しましたように、私は追悼式参列は初めてですが、小旅行の行きは岡山城趾と後楽園などの見学、2日目は追悼式前に金比羅宮参拝の時間が取れるとのこともあって参加させていただきました。


で、その初日ですが、冒頭のバスの出発時間から既に予定より30分以上遅れてしまいまして ・・・・


◎ 岡山城趾

岡山市街の手前から2号線は渋滞。 遅れに遅れて、急いで軽く昼食を摂ってから岡山城趾へ。

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(駐車場から見た天守閣と内堀)

ベテランのガイドさんがついてくれたのですが ・・・・ 時間が無いとのことで、岡山城趾は中をザッと素通りするだけで、天守閣にも登らずに後楽園へ。

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( 南側から見上げた3層6階建ての天守閣 )

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( 廊下門 )

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( 北西側からみた天守閣 )


う〜ん、私としては後楽園よりはこちらの城趾の方に興味があったのですが ・・・・ (^_^;

( 後から聞いたところでは、ガイドさんは後楽園のベテランの方だったそうで )


◎ 後楽園

ご存じのとおり水戸の偕楽園、金沢の兼六園と並ぶ日本三大庭園の一つとして有名なところですが、ここは私も訪れるのは始めてです。

岡山城趾の北側から後楽園に通じる旭川にかかる鉄橋。 これ、大勢で渡ると結構上下に揺れるんです (^_^)

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( 後楽園正門 )


ただ ・・・・ やたら広い (^_^)

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時間の都合で、主要なところをザッと歩いただけですが、確かに個々の個所だけを採り上げればそれなりなんですが、全体としては私的には広いだけで何か取り留めも取り柄もなく、これなら金沢の兼六園の方が遙かに纏まっていて見栄えが良いと感じた次第です。

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( 延養亭 )

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( 流店 )


◎ 林原美術館

林原一郎氏の個人コレクションを中心とした美術館で、色々な収蔵品があるようですが、今回は 「平成の名刀、名工展」 が行われており、平成の刀剣類がズラリと飾られていましたが、その他の展示はありませんでした。

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( 美術館正門 )

私は刀剣に関しては詳しくはありませんので、確かに素晴らしいものばかりだったのかもしれませんが、何か展示されていた刀剣類は全て見るからに新しく、伝統ある 「日本刀」 というイメージから来る重厚さや気品が感じられませんでした。

私が持っている模造のステンレス製の儀礼刀 (サーベル) とあまり違わないような (^_^)


14時半に岡山城趾脇の駐車場を出て、瀬戸大橋経由、一旦高松市内のホテルへ
(続く)

posted by 桜と錨 at 17:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

候校1課程用SG 「運用 (重量物取扱法)」


今週は時間が取れなくて、本家サイトの更新は先週に引き続き私の候補生時代のスタディ・ガイドの1つのみの追加公開です。

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たった14ページのものなのですが ・・・・ これ、ご覧になればお判りいただけるように、元々のSGの印刷が極めて悪く、かなりの部分で文字がかすれており、文字の周りのゴミ取りやコントラストの調整などの加工にいくら手間暇をかけても私の技量ではこれで限界です。

当時、教官に 「これでは読めないので、ちゃんとした印刷のものに換えてくれ」 と要求しました。

ところがその教官の返答は、「これしかないので、今後部隊で実施する機会があって必要になった時には 『運用作業教範』 などに詳しく書かれているので自分でそれらを読んで勉強してくれ。 今は講義を聴いているだけで良いから」 とのことでした。

既に3年前にその 『運用作業教範』 は新しいものに改正されていましたが、おそらくこの教官はそれに沿った新しいものを作るのが面倒くさいのか、一度印刷してしまったSGを棄てるのが勿体ないからだったのでしょう。 それに割り当ての教務時数も少ないし、頻繁に使うものでもないのでこれでいいや、と。

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私には、こんな読めもせず、役にもたたないものを幹部候補生に配って講義をするというこの言い訳には納得できませんでした。

これから幹部になろうかという後輩の育成に対して、当時でもこのような誠意も熱意もない人が候補生学校に教官として配置されているのだと、少々ガッカリした記憶があります。

当の教官も、まさか45年以上も後になってこういうものを晒されるとは思ってもいなかったでしょうね (^_^;

教育というのは、本当に大事なことだと思います。

posted by 桜と錨 at 12:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 現代戦のこと

2019年05月25日

第68回掃海殉職者追悼式


本日琴平の金刀比羅宮 (象頭山) 中腹の朝日ヶ丘にある 「掃海殉職者顕彰碑」 前にて第68回掃海殉職者追悼式が行われました。

私もお誘いをいただきましたので参列してきました。 金比羅さんに詣でるのも、掃海殉職者追悼式に出るのも始めてです。

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ご存じのとおり、この碑は終戦後直後から昭和27年までの航路啓開業務において殉職された78名と、昭和38年に掃海業務で殉職された1名の計79名の慰霊顕彰碑で、昭和27年に当時の兵庫県知事が発起人となって多くの地方自治体や有志の人達によって建立されたものです。

そしてその建立に併せてその年に第1回慰霊祭が行われ、以降毎年実施されてきましたが、元々の主体であった 「航啓会」 が関係者の高齢化もあって平成16年に解散したため、現在では 「殉職者追悼式」 として海上自衛隊呉地方総監を執行者として毎年5月の最終土曜日に行われています。

今年は掃海母艦 「うらが」、掃海艇 「つのしま」 「みやじま」 を始め、呉音楽隊など海自の全面的な支援の下、遺族を含む400名を超える参列者でした。

今日は最高気温が33度を超える大変に暑い日でしたが、この猛暑の中、式は約1時間半にわたり整斉・粛々と行われましたが ・・・・ 私としては以前から感じていた疑問を本日参列して改めて強く思った次第です。

79名の殉職者は戦後処理としての航路啓開業務に殉じられたわけですが、戦後のこととはいっても、これは戦死者に準じて祀られるべき人達ではないでしょうか?

したがって当初は国内外の諸般の事情から遺族や関係者有志による慰霊祭として始まったことは致し方ない点があり、また琴平において行われている追悼式はこれはこれとして大変に意義のあることですが、やはり国が正式な 「顕彰慰霊式」 として行うべきものではないかと考えます。

本日参列された何人かの関係者にこの疑問をぶつけてみたのですが ・・・・


なお、追悼式以外の1泊2日の遠征のことは別記事とします。
posted by 桜と錨 at 19:17| Comment(2) | TrackBack(0) | 気ままに

2019年05月19日

幹部候補生学校スタディ・ガイド 追加公開


本家サイトの今週の更新として、同サイト中の 『現代戦講堂』 の 『資料展示室』 コーナーにて 『幹部候補生学校1課程 (防大卒) 用スタディ・ガイド』 に 「機関 (蒸汽) 上」、「同 下」、「ボイラ汽醸操法」 及び 「機関要務」 の4冊を追加公開しました。


海上自衛隊では既に 「しらね」 を最後に蒸汽機関を使用する艦艇は無くなってしまいましたし、それ以前から第2術科学校などでもボイラや蒸気タービンの教育を止めて久しいのですが、それだけに旧海軍と併せて考えるとこれらの資料は貴重なものであると思います。

舶用を含む一般的な蒸汽機関については、その原理・理論・構造などを解説した出版物もあることはありますが、こういう実際の艦艇機関についてのものは珍しいでしょう。

ただし、海上自衛隊では第2術科学校などに今でもこれらの資料が残されているのかどうかは私は知りません。

また、昔私達が防大の学生時代は、海上防衛学でもこの蒸汽機関を習いましたが、この時のテキストは内容も印刷も今回公開する海自幹部候補生学校のものよりも遙かに良いものでしたが、当時としては大変に高価なものでもあったため講義終了後に返却させられました。

先日防大に確認したところ、これを含む海上防衛学のテキスト類のほとんどは、陸海空の防衛学教室が “統合教育” という謳い文句によって防衛学教育学群に機構変更されて要員別の専門教育は廃止されたことにより、不要となったテキスト類や教育機材などは破棄処分されてしまい、既に存在しないそうです。

お役所仕事とはそう言うものですね (^_^;


なお、リストにある機関関係の他のスタディ・ガイドも一緒に公開したかったのですが、何しろ原紙そのものが紙質と印刷が悪く加工とゴミ取りに手間暇がかかりますので、今回はこの4冊としました。

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この後、機会と時間があれば、残りのものと、そして旧海軍の機関関係の教科書類なども公開していきたいと考えておりますが、いつになりますか ・・・・ ?

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( 機関術教科書の例 )

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( 個艦ごとの実例 )

posted by 桜と錨 at 16:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 現代戦のこと

2019年05月18日

全日本カッター競技大会 防大3連覇 !


本日、第63回となる全日本カッター競技大会が海上保安大学校主催で行われましたので、短艇委員会 (カッター部) のOB・元顧問として後輩の応援に行ってきました。

今日の呉港は時々小雨が混じる曇り空でしたが、波、風ともほとんど無く、気温も暑くも寒くもなく、またタイミング的にも競技海面近くを横切るフェリーや一般商船もほとんど無く海面は静かで、絶好の競技日和であったと言えます。

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( 海上保安大学校岸壁から見た今日の呉湾 )

今年の大会は、常連の11校にオープン参加の都立大島海洋国際高校を加えて12校、女子の部は正式には初参加となる防衛大学校女子クルーを加えて9校 (!) でした。

防大は過去の昭和42〜47年に全日本大会不倒の6連覇の記録を打ち立てて以来、その後何度か2連覇はありましたが3連覇はありませんでので、今年はその3連覇を賭けての挑戦です。

結果は見事な力漕を発揮して優勝、3連覇を達成しました。 この3連覇の記録でも全日本大会としては初となります。

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( スタート・ダッシュ )

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( ゴール寸前 )

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( 決勝レースの結果 )

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( ゴール後、艇指揮のキャップテン以下4学年のクルー達は感極まって大泣き )

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( 決勝レース最終艇のゴールを見届けて、優勝者のみに許される勝利の櫂立て )

4学年クルーにしてみれば、まさに今日のこの瞬間だけのために、防大での約3年半、この奴隷船 (^_^) を毎日毎日ひたすら漕ぎ続けてきましたので、それは嬉しいものであることは判ります。

防大短艇委員会はこの全日本大会をもって4年生は引退します。 そして3学年以下のメンバーにとっては、まさに今日から来年の全日本に向けての努力が始まります。

目指せ、4連覇 !


で、女子の部は、ですか?

残念ながら今回初参加の防大女子クルーは予選で敗退 (ミスにより失格) でした。

でもタイムももちろんですが、既にこれまで参加してきた海上保安大などには経験も実力も大きな差があることは確かです。

防大女子もこれから頑張ってもらって、来年とはいかずとも数年後には是非男女揃って優勝して貰いたいものです。

posted by 桜と錨 at 22:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに