2016年11月05日

久々の帰省 (3)


お土産編ですが、他所へ配る分は定番のお菓子などですので、それらはさておき我が家用のものをご紹介。 折角大分に帰ったのですから、自分へのご褒美です (^_^)


まずは大分ですから何と言っても麦焼酎です。

Kisei_h281029_13.jpg
( 大分版コップのふちこさんは焼酎には付いてきません (^_^; )

右は大分へ帰った時は必ず買って帰る老松酒造さんの 「麹屋伝兵衛」  焼酎にしてはちと高いですが味は抜群で、私の一押しです。

左はお馴染み三和酒類さんの 「いいちこ」 ですが、今回初めての 「いいちこフラスコボトル」  いつもは 「いいちこスペシャル」 止まりなんですが、今回は家内も一緒の帰省ですので奮発して。

もっともこれらは今では全てネットで買えますが、そこはまあ大分で買って帰るところに意義があると ・・・・ (^_^;


次はどんこ椎茸と並ぶ大分の特産品のかぼすです。 普通のサイズと特大サイズを。

Kisei_h281029_14.jpg

大分の飲食店では食べ物の添え物としてスダチやゆずなどが出ることはまずありませんで、どこでも全てこれです。

お刺身、焼き魚、干物、お鍋、お肉、サラダ、そして意外なのはピザ、などなど何に搾っても美味しいです。 もちろん焼酎に絞っても、そしてそのままジュースにしても。

私としては、すだちなどよりはこのかぼすが一番だと思います。 香りと共に丁度良い酸味と甘味が合わさった上品な風味になります。


そして最後は、これも隠れた特産品の一つと言えるのではないでしょうか。 大粒でサイズの揃った銀杏です。

Kisei_h281029_15.jpg

この銀杏は私の好物の一つで、これの炒ったので一杯やれば他のつまみは要らないくらいです。 これだけあれば当分楽しめます。


・・・・ それにしても、こうして並べてみても、まあ何とも他愛のないものばかりですね (^_^;

posted by 桜と錨 at 13:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

2016年11月04日

久々の帰省 (2)


昨日は我が家でインタビュー取材を受けました。 で、日頃ロクに掃除もしないで不精を決め込んでおりますので、大分から戻りましたら家内と二人で大慌ての大掃除を (^_^;

このためちょっと遅くなりましたが帰省のお話しの続きを ・・・・


お墓のことと併せて父方と母方の双方の墓参で終わった1泊2日ですが、やはりそれだけでは折角の帰省の機会が勿体ないので、せめて家内と大分の名物を食べることに。

土曜日は大分には丁度昼時に尽きましたので、まずは昼食を。 お邪魔したのは大分名物 「とり天」 の有名店の一つである 「キッチン丸山」 さん。


「とり天」 の元祖とも言われる有名店で、しかもランチタイムしか営業していないため平日ならかなり混むと聞いていましたが、土曜日ということもあってかすんなり入れました。

二人とも同じものではと、「とり天セット」 と 「若鶏唐揚げセット」 を一つずつ。

Kisei_h281029_03.jpg

Kisei_h281029_04.jpg

これにそれぞれライスと味噌汁が付きます。

「とり天」 はいわば普通に言う鶏の唐揚げですが、非常に素朴な味で、特にお店特製のソースをつけて食べると大変な美味でした。

「若鶏唐揚げ」 は鶏のブツ切り骨付きの唐揚げですが、1つ1つのサイズが大きいのでかぶりついてムシャムシャ。 これもなかなかの味です。

JR大分駅から繁華街とは別の方向へ少し歩いた住宅地の中にポツンとありますが、これならこれを食べるために出かけてもよいかも。


続いて、夕方ホテルにチェックインした後、暫くして夕食へ。

夕食は何と言っても新鮮なお魚でしょう。 お邪魔したのは繁華街の真ん中に昨年オープンした 「かまえ魚河岸 水元」 さん。

Kisei_h281029_05.jpg


佐伯の蒲江漁港で魚の卸をしている (株) 水元さんのお店で、その日に揚がった新鮮なものを出しています。 したがってお薦めメニューもその日次第ということに。

Kisei_h281029_06.jpg

ここも美味しい新鮮なものを提供することで次第に人気が出てきまして、平日なら予約が必要なほどと聞いています。

まずは何と言ってもお刺身の盛り合わせから。

Kisei_h281029_07.jpg

本来なら有名な関アジ、関サバ、そして城下カレイといきたいところですが、ご存じのとおりこれらは一匹まるまるでの注文になりますので、二人ではとても食べきれません。

残念ながらこれらは断念しましたが、でもこのお刺身の盛り合わせでも十分堪能できます。

続いてうちわ海老の塩焼きを家内が、塩ゆでを私が一つずつ、そして大きな天然車海老の塩焼きです。

Kisei_h281029_08.jpg

Kisei_h281029_09.jpg

家内は日本酒、私は芋焼酎をグビグビやりながらで、次第にかなり酔ってきまして ・・・・ これも大分特産の銀杏を頼んだところまでは覚えていますが、その後は何を食べたのか ・・・・ (^_^;

Kisei_h281029_10.jpg

しかし流石は卸の会社がやっているお店だけあって、どれも大変に美味しいものでした。 それに板さんや仲居さん達の対応も気持ちの良いもので、ここはお薦めです。


最後は日曜日の午前中に母方の墓参りを済ませて帰る途中で、別府湾と別府の温泉街を眼下に見下ろすサービスエリアで昼食を。

Kisei_h281029_12.jpg

ここではこれもこの辺では名物の 「しらす丼」 です。

Kisei_h281029_11.jpg

本当は生しらすが良いのですが、まあSAでそれを期待するのは無理というものでしょう。 それでも値段からすればなかなか美味しかったです。


・・・・ と言うことで、2個所の墓参りでバタバタしながらも、食べるものは食べました。 後はホルモンが食べられたら言うことは無かったのですが、それはまた次の機会に。

奥様、短時間の帰省でしたが、私の選んだお店の大分名物は満足していただけたでしょうか? (^_^)

posted by 桜と錨 at 23:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

2016年10月31日

久々の帰省


先週金曜日に行われた加藤友三郎元帥研究会発起会の後、二次会のお誘いを後ろ髪を引かれる思いで断念しましたのは、翌土曜日の早朝から大分に出かけるためでした。

と言いますのも、我が家の墓の関係で帰省する必要が出てきたのですが、私と家内のそれぞれの都合が合うこの土日の1泊2日で急遽決まったものです。


一昨日の土曜日は、朝5時に起きて6時過ぎに車で出発。 大分まで高速を走って、約5時間のドライブでした。

市内で昼食を済ませ、生花などの準備をしてから郊外にある父方の墓地へ。

一昔前までは、車の離合がやっと程の狭い一本道を30分ほど走った、それこそ辺りにはお寺さん以外は人家もない丘陵地の林の中にポツンと小さな墓地が有ったのですが、今では宅地化されて周りを人家に囲まれてしまっています。

お墓も大分整理されて今では30基足らずになりました。 その内我が家の墓が4つと親族の大きな合祀墓が1つです。

そして墓地の中で一際大きいのが祖父の墓です。 25年ほど前に父が礎台を組み直した上で、そこから上は礎石を2段ほど低くしかつ最上部の墓石もかなり小さいものにしましたが、それでもまだこの大きさです。

Kisei_h281029_01.jpg

我が家の父方は親族も含め大分には既に誰もおりませんので、通常の管理は本家のご厚意に甘えさせて貰っています。

とは言っても、本家の方もこの後はどうなるか判りませんので、このままずっとと言うわけにはいかないでしょう。

200メートル程離れたところにお寺さんがありますが ・・・・

Kisei_h281029_02.jpg

今後この小さな墓地をどうするのかの問題がお寺さんを中心に具体的に出てくると思います。


土曜日はそのまま大分市内に1泊し、昨日の日曜日は午前中に母方の祖父母のお墓へ。

こちらは農地が拡がる田園地帯が再開発されて綺麗な住宅地になり、あちこちに点々とあったお墓もお寺さんの敷地の一角に全て集められています。

そして母方の実家はすぐ近くにあり、叔母や従兄弟がいつも面倒を見てくれていますので安心していられます。


で、昼過ぎには大分を発って帰ってきました。 もっとも、途中でちょっとしたハプニングがあってかなり (3時間ほど) 遠回りをすることになってしまったのですが (^_^;

日程に余裕があるならば、それこそ別府や湯布院で温泉に浸かって久々にノンビリしたかったですね。

まあそれは老夫婦のまたの機会の楽しみに、ということに。

posted by 桜と錨 at 22:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

2016年10月30日

加藤友三郎元帥研究会発起会


先週金曜日は、呉市のクレイトンベイ・ホテルにて加藤友三郎元帥研究会の発起会が行われました。

KatouTomosaburou_SA_h281028_01.jpg

私もお誘いをいただきましたので、賛同人の一人に名を連ねさせていただいております。

同会は (株) 大之木ダイモ社長である大之木小兵衛氏の音頭により発起されたもので、第9代の呉鎮守府司令長官でもあった加藤友三郎元帥の業績を研究していこうと言う主旨のものです。

当日は発起人や賛同人、多数の一般市民の方々を始め、海上自衛隊の呉地方総監部や第1術科学校などからも多くの現役の自衛官の参加がありました。

会則や理事選出などの発起会に引き続き、加藤友三郎元帥の玄孫である加藤健太郎氏の記念講演、そして懇親会が行われました。

ただ懇親会は1時間弱の短いものであったため、加藤健太郎氏とは少しお話しができただけでした。

そして加藤氏からは折角2次会へのお誘いもいただいたのですが、翌日朝早く出かける用事があったため出席できなかったのが心残りです。

この研究会、今後どのように進めていかれるのか、理事に選出された発起人の方々の腕の見せ所、ということでこれからを楽しみにしています。
posted by 桜と錨 at 22:11| Comment(1) | TrackBack(0) | 海軍のこと

2016年10月25日

先週末は


何か相変わらずバタバタ続きで、いささか旧聞に属しますが ・・・・

先週末は土・日の2日間連続の検討会でした。 土曜日は午後一からでしたが、いつもどおりのエンドレス状態になりまして、終わったのが20時近く。

ホテルのチェックインも早々に参加者数名で夕食がてら一杯やりにでましたが、結局そこでの話題も打合せの続きに(^_^;

翌日曜日は朝からで、これも予定よりかなり長くなり、帰るのに丁度良い時間となりましたので、もう一泊せずにそのまま新幹線に飛び乗りました。

結局、渋谷でエンジョイする時間はなし。 それでも2日間の討議は私も含め参加者皆さんの大好きな話題で、しかも皆さんそれぞれの分野での専門の方ばかりでしたので、大変に有意義なものとなりました。

実は今回の参加者の中に私の本家サイトやこのブログでも昔からご来訪いただいているHN 「IWA」 さんがおられました。

ネット上ではよく存じ上げている間柄ですが、実際にお会いするのは初めて。 冒頭の自己紹介で、お互いに “貴方でしたか” と大笑いでした。 これもあって、以後の討議がより盛り上がってしまったわけです。

と言うことで、残念ながらご紹介できるような写真は全くありません m(_ _)m  何をやっているのか早くお話しできるようになると良いのですが ・・・・


帰りはもちろん何はともあれお土産が無くては家に入れてもらえませんので、JR品川駅の駅ナカでこれを。

imoyoukan_h281023_01.jpg

「舟和」 さんの芋羊羹とあんこ玉の詰め合わせです。 どちらもなかなか美味しく、このところお土産の定番となっています。

前回は売り切れていて、代わりに買って帰ったのが家内に不評でしたので、今度は間違いなく (^_^)

posted by 桜と錨 at 19:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

2016年10月20日

護衛艦 「あさひ」


昨日、三菱長崎において建造中の海上自衛隊の平成25年度計画の護衛艦が 「あさひ」 と命名されて進水しました。

https://www.facebook.com/JMSDF.PAO.fp/photos/pcb.1226529870742062/1226529610742088/?type=3&theater

う〜ん、汎用護衛艦で基準排水量5,100トンですか。 私の若い頃からすれば信じられないことです。


ところで、ご存じのとおり 「あさひ」 という艦名は海上自衛隊の創設期に米海軍から貸与され昭和50年に退役した護衛艦 「あさひ」 (DE262) に続き2代目になります。

この先代の 「あさひ」 は昭和39年に 「はつひ」 と共に第1練習隊を編成し、当時乗艦実習でこの両艦にお世話にならなかった海上自衛官はまずいないくらいでした。 もちろん防大及び幹部候補生学校での乗艦実習もこの2隻でした。

トップヘビーのため揺れがひどく、また当然ながら冷暖房設備もなく、乗艦実習には “最適” な艦と言われていましたね (^_^)

ところが、私が防大2年の夏期定期訓練の時にはこの両艦が修理か何かで使えませんでしたので、舞鶴の31護隊と大湊の32護隊にクラスの半数、残りの半数はPFで実習が行われました。

そして3年の時は8護隊、4年は22護隊で、候補生学校での護衛艦実習はまたまた32護隊でしたので、結局、私達のクラスの半数はこの 「あさひ」 「はつひ」 に一度も乗ったことのない初めてのクラスとなりました。 (少なくとも1期後輩は全員乗ったようですが)

このためもあって、私が撮った 「あさひ」 の写真を探してみたところ、この一枚しか出てきませんでした。 いつどこで撮ったのか記憶が定かではありませんが、昭和45〜48年頃の姿です。

DE_262_Asahi_photo_01_s.jpg


で、「あさひ」 というのは2代目と上に書きましたが、ご来訪の中には更に先代に旧海軍の戦艦 「朝日」 があるではないか、と言われる方がおられるかも知れません。

残念ながら、海上自衛隊の 「あさひ」 はあくまでも “あさひ” であって “朝日” ではありません。 読みは同じであっても 「あさひ」 と 「朝日」 は別物です。

確かに海上自衛隊の創設期には対外的な配慮もあって艦名には平仮名でしか命名しないことになっておりましたが、何故かこれが今日まで続いております。

Asahi_meimeisho_01_s.jpg
( 防衛省広報写真より )


私に言わせると何が “(旧海軍の) 伝統の継承” か、です。 しかも 「あさひ」 は “朝日” の意味? 冗談ではありません。 幼稚園児やまだ漢字を習っていない小学生でもあるまいし。

防衛省の役人も、そして制服を着た官僚である海自の将官達も、いまだにこれを直そうとはしません。 いや、直そうとする人がいません。 こんなことでさえ、です。

稲田防衛大臣、いかに防衛に関する経験が少ないとはいえ、ごく普通の一人の日本人としておかしいとは思いませんか? 艦名の由来である 「朝日」 という堂々たる日本語があるのに。

posted by 桜と錨 at 17:55| Comment(5) | TrackBack(0) | 気ままに

2016年10月19日

ジャック・オ・ランタン


ハロウィンの季節がやって来ました。 家内の今年の飾りは小さな (自分では “控えめな” と言っています) ジャック・オ・ランタンです。

halloween_deco_h281018_01.jpg

中に小さな電池式の明かりを入れまして、玄関に飾っています。

halloween_deco_h281018_02.jpg

ただ、このまま月末まで保つとは思えませんので、多分これだけでは終わらないのではと (^_^;

posted by 桜と錨 at 15:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

2016年10月17日

今日の庭


この夏の猛暑と引き続いての雨模様により庭は放りっぱなしになっていましたので、今では草茫々の荒野状態となっています。

その代わり、順番に次々と色々な草花が咲いてくれまして、今は紫色の花があちこち沢山咲いています。

niwa_h281017_01.jpg

niwa_h281017_02.jpg

これはこれで可愛いので、草刈はこの花々が終わってからにしよう、と家内に弁解を (^_^;


そして我が家はナンテンの木が塀沿いに点々と十数本植わっています。 このナンテンの実がようやく赤く色付きはじめまして、これから冬にかけて庭の良いアクセントになります。

niwa_h281017_03.jpg

でも、何でこんなに沢山植えたんでしょうねぇ ・・・・ ?

posted by 桜と錨 at 17:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

2016年10月16日

秋祭り


今週末は地元の神社の秋季大祭です。

私は人混みが苦手ですので、昼間よりは人が少ないだろうと昨日は家内と一緒に夜祭りに。

matsuri_h281015-16_02.jpg

matsuri_h281015-16_01.jpg

ところが田舎の小さな境内ですが、屋台が並んでいるせいか小学生〜高校生くらいの若い人で溢れていました。 この辺にこんなに若い人がいたんだと改めてビックリ。

でも、私の若い頃も屋台をあれこれ回るのが楽しみで、お祭りが近づくとワクワクしていたのを思い出します。

今日は午前中にそれぞれの町内をヤブと太鼓が回ります。 子供会の子供達も同じ法被を着て一緒です。

matsuri_h281015-16_04.jpg

matsuri_h281015-16_03.jpg

こういう伝統・風習がきちんと子供達に伝えられていくのは嬉しいことです。

やはり日本ですね 〜

posted by 桜と錨 at 15:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

2016年10月15日

「世界の艦船」 11月号増刊


海人社さんから見本誌が届きました。 まもなく書店の店頭に並ぶと思います、『世界の艦船』 11月号増刊の 『アメリカ巡洋艦史』 です。

SoW_No849_cover_s.jpg

同タイトルのものは93年の4月号増刊として出ておりますが、出版されてから既に23年を経ておりますので、今回はこれのリニューアル版として写真ページも記事ページも全く一新されたものとなっております。

特に今回は 「アメリカ巡洋艦12話」 として、短編のエピソード集が掲載されています。
私もこの中で次の4話を担当させていただきました。

  F ガン・クルーザーの頂点 「デ・モイン」 級の主砲
  I シー・オービット作戦
  J 変身の極み 「オルバニー」 型
  K 原子力巡洋艦はどうして消え去ったのか?

まもなく書店に並ぶと思いますので、是非手にとってご覧下さい。

またこの方面に関心のある方は、出来れば93年版の方も一緒に揃えられると、写真も記事内容もより充実したものとなるでしょう。


なお、この短編集は原則各テーマ1ページという制約からその細部まではご紹介できませんでした。

特に艦載砲の歴史上大変にユニークな存在である 「デ・モイン」 級の主砲の8インチ速射砲 Mk16、そして 「オルバニー」 型を始めとして戦後のアメリカ巡洋艦のメイン兵装の一つとなったタロス・ミサイル・システムについては、これまでその詳細が語られたものは海外のものを含めていまだにありません。

機会があればこれらについても別途ご紹介したいと思っているところでが ・・・・

posted by 桜と錨 at 16:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと