2018年08月07日

運転免許の更新


いまだに呉〜広島間の迂回路となっておりますが、朝夕の時間帯を除くと大分交通量も減り、昼間はそれほどの渋滞は無くなりましたので、昨日は延ばしていた運転免許の更新のために呉市街へ降りました。

警察署での手続きなのですが、時期的・曜日的なものなのか、交通事情のせいなのか、あるいは呉の特性なのか、行ったらそのまま待ち時間も無くあっさり終わり、その後5分程度の待っただけの講習も広い教室に私と中年女性の二人だけ。

講習担当者も張り合いがなそうで ・・・・
折角ですから、サクラ的に色々質問をして間を持たせることに (^_^;

これで次は5年後です。

Driver_License_01_s_h300806.JPG

posted by 桜と錨 at 18:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

2018年08月05日

朝鮮半島所在の旧陸海軍航空基地


相変わらず暑いですね〜 (最近こればっかり (^_^; )

相変わらずバタバタしております、というより暑さで少々バテておりますので、本家サイトの今週の更新は、先週に引き続き 『旧海軍の基地』 コーナーで 『朝鮮半島所在の旧陸海軍航空基地一覧』の頁を公開しました。

   http://navgunschl2.sakura.ne.jp/bangai/IJN_Nav_Base/Nav_Air_Base_list.html
   http://navgunschl2.sakura.ne.jp/bangai/IJN_Nav_Base/000A_06_Korea_AB.html

Korea_AB_list_sat_h30_01_s.jpg

旧海軍の航空基地については既にそれぞれの頁で紹介済みですので、旧陸軍のものが概観出来るようにしました。

例によって当該頁では一覧図の各航空基地名上にカーソルを当てるとそれぞれの基地の概要がポップアップするようにしております。

いずれも日米双方の史料で確認が出来たものをリストアップしております。


この朝鮮半島の旧海軍航空基地も、先の樺太・千島と同じく旧ソ連・ロシアの基地を調べていた結果の副産物です。

その戦後の航空基地で確認がとれた北朝鮮所在のものは現在のところこれ ↓ です。

AB_N_Korea_all_sat_h30_01_s.jpg

そして韓国所在のものはこれ ↓ です。

AB_S_Korea_all_sat_h30_01_s.jpg


う〜ん、残念ながらこれらについてもその詳細を公開する機会は無いかも ・・・・ ?

でも、本当に朝鮮動乱の終戦宣言がなされ、かつ南北朝鮮の融和が図られた時に、北朝鮮はともかく、韓国のこれらの航空基地、特に戦時用飛行場などはどうなるんでしょうね。


さてこの旧陸海軍航空基地一覧のシリーズ、この後少し間が開くかもしれませんが、次はどこにしましょう。 北海道? それとも台湾?

posted by 桜と錨 at 09:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと

2018年08月03日

昔の夏休み


相変わらず暑さが続きますね〜

昔、小学生の頃夏休みというと、始まった時はものすご〜く長く感じたものの、結局毎日遊び歩いていると、えっもう終わり、と。

そして宿題は全く手を付けておらず、最後の2〜3日でバタバタと形だけ (^_^)

日記などは後から思い出しながら作文しようにも天気もメモしていないので ・・・・ 毎年母親からお小言を頂戴しながらでした (^_^;

1958_summer_01.jpg
(昭和37年の夏休みの終わり頃)

でも毎年の約40日間、毎日毎日朝から夕方まで一生懸命遊んで、真っ黒になったことは確かです。 楽しかった。

1958_summer_02.jpg
(海岸の砂浜まで100m足らず)


それにしても、昔は今みたいにこんなに暑かったですかねえ? それともクーラーなど無いのが当たり前でしたので、慣れっこになってしまっていたのか。


我が家は父親が仕事の関係で2〜3年ごとに転勤でしたが、どこに転居してもいつも大きな一軒家の借り上げ社宅でしたので部屋数はそれなりにあるのですが、何故か夕方には家族全員が揃うと一つの部屋で食事をしたり、団らんをしたり、あるいは本を読んだりの思い思いに。 自分の子供部屋も持とうと思えば部屋は余っていたのですが ・・・・

そして夜は家中の窓や戸を開けて、1つの部屋に蚊帳を釣って一家6人がその中で寝ていました。 それでも何とか眠れましたので、不思議なものです。

夜中にトイレに行くために蚊帳の下から出るのですが、その度に出方が悪くて蚊が入ると祖母からお小言を (^_^;

今の日本では、こういう家族全員がいつも一つの部屋に集まって食事や就寝などということはまずないでしょうね。 昔ならごく普通の日本の風習でしたが。


posted by 桜と錨 at 23:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

2018年08月01日

深田正雄氏 ご逝去


私の尊敬する旧海軍軍人の一人である深田正雄氏が去る7月30日永眠されました。 105歳ですので大変なご長寿でした。 そして最期は文字通り眠るような大往生であられたと伺っております。

ここにご来訪いただく方々にはお名前をご存じない方はおられないでしょうが、深田氏は東北大学在学中に海軍造兵学生となり、昭和11年に卒業と当時に任官されて以後海軍の造兵士官の道を歩まれた方です。

大学での専攻もあって、海軍では電気関係の配置、いわゆる“電気屋”でしたが、この電気というのは艦船のほとんど全てのことに関係してきますので、そのため幅広い知識が求められました。

そのことは本家サイトの 『史料展示室』 コーナーでも公開している 『海軍電気技術史』 に網羅されている内容からも明らかです。

『史料展示室』コーナー目次 :
     http://navgunschl2.sakura.ne.jp/tenji/tenji_main.html
『海軍電気技術史』 :
     http://navgunschl2.sakura.ne.jp/tenji/29-nav_elec_his.html

そしてその電気屋としての知識と経験を基にものされた深田氏の代表作は次の3冊でしょう。

  『軍艦メカ開発物語』
  『造艦テクノロジー開発物語』
  『回顧 海軍十年』

前2作はその名のとおり、海軍の兵器・装備に関する基礎的な解説書ですが、非常に多彩な内容であると同時に、大変判りやすい文章で、この分野に興味のある方々にとっては現在でも格好の入門書であると思います。

Fukada_meca_cover_s.jpg  Fukada_tech_cover_s.JPG

そして3作目は氏の海軍生活の回想録ですが、“技術士官の目から見た海軍” というものをよく表しており、また読んでいても大変に面白く楽しめるものです。

Fukada_kaiko_cover_s.jpg

何よりもこの回想録は、某氏の著作に代表されるような戦後になっての元技術士官達による上から目線での自己の正当性を印象付けるための用兵側に対する嫌みがないのが良いです。 深田氏の健全な人格がよく現れていて好感がもてます。


冒頭にも書きましたように、105歳と言えば相当なご長寿で、しかもこれまでほとんど持病らしいものもなくお元気で過ごされておられました。

私もご縁があってお付き合いいただきましたが、大変に真摯で飾り気や気取ることのないすばらしい方でした。

またお一人、旧海軍を知り、かつある意味支えてこられた方がお亡くなりになられたことは、旧海軍の研究をライフワークとする私としても大変に残念で、また淋しい想いです。

故深田正雄氏のご冥福をお祈りする次第です (合掌)


posted by 桜と錨 at 16:27| Comment(2) | TrackBack(0) | 海軍のこと

2018年07月30日

海自島根OB会の会誌

週末は台風12号の来襲で先日の被害が広がるのではとヤキモキしましたが、何とか無事に過ぎ去ったようです。

まだあちこちの道路は何とか通れるようになっただけで、その肝心な斜面などはほとんど手が着いていませんから、これでまた大雨など降られると大変なことになりますので。


ところで、FBFでもある海自OBの濱村氏より海自島根OB会会誌の最新号をいただきました。

島根海自OB会誌_01_s.jpg

A4版の10頁のものですが、会の活動の様子が端的に纏められており、また会員の近況欄なども掲載されています。

まさにOB会らしい会誌です。 これなら会員として気軽に楽しめるのではないでしょうか。


そして会誌を見ても、海自OB会として色々な活動も活発に行われているようで、羨ましい限りです。

島根各地の港に広報などで自衛艦が入港する時には、積極的に支援を行っているようですが、同じ激励を受けるならば乗員側としても自分達と同じ海自隊員であったOB会を名乗るところからの方が嬉しいでしょうね。

私も現役の時に経験がありますが、水交会が “激励” といって来艦しても、要は元ベタ金だった役員を “接遇しろ” ということですので (^_^;


聞くところによると、水交会は年会費5千円ですが、地方支部の会員にとっては本部主催の行事などにはなかなか参加する機会もない上に、年4回送られてくる会誌 「水交」 もほとんど読むところがない、という声が強いようです。

このため水交会呉支部では、年会費3千円で支部のみの活動と年1回の独自の会誌という 「支部会員制度」 を設けたそうです。 そしてこの独自の会誌もなかなか面白い記事が多く揃っています。 (ただ広告頁が全体の1/3近くあるのですが (^_^; )

う〜ん、でもこれならOB会ではない水交会は水交会としておいておいて、島根海自OB会のようにあっさりと 「海自OB会」 を再興した方がOB達の活動は活発になるのではと思います。

posted by 桜と錨 at 21:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

2018年07月29日

樺太所在の旧陸海軍航空基地一覧


台風12号に伴う雨は今のところ大したことはありません。 夕方までこのままならば危惧された更なる被害はそれほど出ないかも ・・・・ ?


今週の本家サイトの更新は、『旧海軍の基地』 コーナーに樺太の 「敷香」 及び 「大泊」 の2つの航空基地を追加しました。 併せて 「北緯50度以南の旧陸海軍航空基地一覧」 の頁を作成し公開しました。

Karafuto_Island_AB_sat_h30_mod_s.JPG

   http://navgunschl2.sakura.ne.jp/bangai/IJN_Nav_Base/Nav_Air_Base_list.html
   http://navgunschl2.sakura.ne.jp/bangai/IJN_Nav_Base/000A_05_Karafuto_AB.html

先にもお話ししましたように、千島列島と樺太所在の旧陸海軍の航空基地一覧は、ちょっと所用があって終戦から現在までの旧ソ連及びロシアの極東地域 (一応バイカル湖以東) に所在する (した) 航空基地 (民間飛行場を含む) を調べていた副産物です。

現在まで確認が終わった樺太所在の旧ソ連及びロシアの航空基地はこのように ↓ なります。

USSR_Sakhalin_AB_list_sat_h30_mod_s.jpg

そして現在までに確認が終わった極東所在の旧ソ連及びロシアの航空基地はこのように ↓ なります。

USSR_Far-East_AB_list_sat_h30_mod_s.jpg

( えっ、小さすぎて判らない、ですか? これの詳細はちょっと公開するチャンスは無いかもしれません (^_^; )

もちろんここには、今では既に無くなった基地も含まれております。 また舗装された滑走路がないプロペラ機時代の飛行場、いわゆる離着陸場 (Landing Ground) や不時着陸場 (Emergency Landing Ground) など、そして陸上設備がほとんど無かった水上機基地などは、今となっては概略の場所だけで正確な位置が特定できないものも多くあります。


それにしてもつくづく思うのは、偵察衛星などまだ無かった時代の米軍情報が驚くほど正確だったことです。 これは本当に凄いことです。

そして、私などが現役の頃さんざん苦労して集めたデータが、今では Google Earth でいとも簡単に誰でもその詳細を見ることができます。 良い時代になりましたね。

posted by 桜と錨 at 13:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと

2018年07月28日

1/700 音響測定艦 「ひびき」


シールズ・モデルさんから出ている海自の音響測定艦 「ひびき」 の1/700 レジンキットをいただきました。

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護衛艦などは他のメーカーなどから沢山出ておりますが、こういう艦のスケールモデルは珍しいかと。

船体、艦橋構造物、飛行甲板と煙突が主要なレジン部品で、あとはメタルの小物類やデカールなどで構成されています。

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レジン部品は細かいところまでキッチリと抜けており、湯口なども大変小さくて修正に手間取ることはありません。

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全体の造形は素組でも十分と思いますが、腕に覚えのあるモデラーさんなら好きなだけ手を入れれば更に見栄えが良くなるでしょう。 それがスケールモデル・キットの良いところですから。

それに組立説明書の他に、デカールの貼り方も別の1枚でキチンと説明されている点は好感が持てます。

私などから見ても、これ、ちょっと良いんじゃないですかねえ。
艦船スケールモデラーさんなら食指が動くのでは (^_^)

posted by 桜と錨 at 22:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

2018年07月22日

艦砲における照準発射法


暑いですね〜

本家サイトの今週の更新として、ここでの先の記事 『艦砲射撃の基礎中の基本 − 「照準」 について』 に関連して、『旧海軍の砲術』 コーナーに 『照準発射法概説』 を追加しました。

『旧海軍の砲術』目次 :
   http://navgunschl.sakura.ne.jp/koudou/ijn/ijn_frame.html
『照準発射法概説』 :
   http://navgunschl.sakura.ne.jp/koudou/ijn/shoujun/gaisetsu/shoujun_gaisetsu.html

この照準発射法というのは、やはり艦の上で実際に触って、やってみないとなかなか文章だけでは一般の方々にはピンとこないところの一つであろうかと思いますが ・・・・

今回はその照準発射法についての概説で、それがどの様なものであるかを簡単に説明するとともに、旧海軍における関係データもご紹介しました。

おそらく 「砲口秒時」 や射手が発射の決意をしてから実際に引金を引くまでの秒時などの実験データは初出のものであろうかと思います。


旧海軍における照準発射法の具体的な詳細については、後日項を改めて解説することにしています。

旧海軍ではこの照準発射について、射弾精度の向上と散布界の縮小、そして発射速度の維持のために “こんな事にまで気を遣っていたんだ” という、よく言えば日本人の気質らしい大変にきめ細かい事項を含むものです。

ただしその反面で、やはり欧米に比べると技術力、中でも動力や自動制御と言った基礎的なところが劣っていた故に仕方なく、ということが多分に含まれることもまた事実です。

posted by 桜と錨 at 13:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 砲術の話し

2018年07月20日

艦砲射撃の基本中の基本 − 「照準」 について (補)


先日この記事の (2) について次のようなお尋ねをいただいたところです。

十字の照準線が海面に対して傾いていますが、このナナメの照準線は海面に対して水平になるように補正されるのでしょうか?

望遠鏡が斜めになっていても補正する必要は無いと云う事でしょうか?

ponter_sight_01_s.jpg

艦砲射撃の基本中の基本 − 「照準」 について(1) :
     http://navgunschl.sblo.jp/article/31394377.html
艦砲射撃の基本中の基本 − 「照準」 について(2) :
     http://navgunschl.sblo.jp/article/31444732.html
艦砲射撃の基本中の基本 − 「照準」 について(3) :
     http://navgunschl.sblo.jp/article/31463342.html
艦砲射撃の基本中の基本 − 「照準」 について(4) :
     http://navgunschl.sblo.jp/article/31479877.html

回答は既に当該頁に付けておりますが ・・・・ ひょっとしてもしかしたら他にも同じような疑問を持っておられる方がおられるのではないか、とハタッと思いましたので、少し補足説明をしたいと思います。


既に (1) 〜 (4) でも、そして本家サイトの他の項のところでも書いておりますが、再度申し上げますと、

砲台も方位盤も艦の甲板面を基準にして据え付けられております。

そして、大重量物である砲台はともかく、大戦期までは有人の方位盤でも方位盤そのものが動揺修正装置の上に乗っているものはありませんでした。

これが開発されたのは大戦後になってからで、例えば海自の射撃指揮装置1型や米海軍のGFCS Mk68などです。 ただしその後はすぐに無人方位盤の時代となっていますが。

したがって、方位盤射撃にしても砲側射撃にしても、射撃のための照準はこの揺れる甲板面を基準にして行われることになります。

とすると、正確な射撃計算をするためにはどこかで照準又は測的のデータに動揺修正を加えて水平面基準に変換し、そしてそこでの計算結果を再度甲板面に換算し直して砲に送る必要があります。

この動揺データの計測は、これを人的に行うか又はジャイロを利用するかのどちらかとことになります。

ここまではご理解いただけていると思います。


さて、問題はここからです。

砲台 (小口径の単装砲などを除く) でも方位盤 (小型の簡易型を除く) でも、照準は上下を担当する射手 (俯仰手) と左右を担当する旋回手の二人によって行われます。

なぜ俯仰は射手が担当するかは既にほかのところでも説明してあるとおり、通常は照準線の縦の動きの方が横の動きよりはるかに大きく、かつ射撃上も左右よりは俯仰の方が高い照準精度を求められるからです。

そして水上目標を照準する場合には目標は水の上に浮いていますので、この (照準線に対する) 縦動揺は、射手による俯仰の照準操作の中に自動的にこの動揺データが含まれることになりますから、これを人的に計出する別個の縦動揺手は設けなくても構いません。

もしあれば射手の照準操作は楽にはなりますが、しかし旧海軍では射弾精度のために射手が上下動の上限と下限のタイミングを見計らって引金を引くことがやかましく言われましたので、照準器の視野を安定させてしまうとそれが判り難くなります。


もう一つが横動揺ですが、これは射手と旋回手による照準操作のデータには含まれませんので、別個の横動揺手が必要になります。

そこでお尋ねいただいた件ですが、もし射手や旋回手の照準望遠鏡にこの横動揺手による動揺データが入力され、その視野が水平を保つようにしたとしたらどうなるでしょう?

確かに一見すると安定して照準しやすくなるように思われるかもしれません。 そして射撃指揮官にとってはこれの方が射撃指揮や弾着観測のために見やすくなることは確かです。

ところが、射手や旋回手の照準操作そのものは甲板面を基準 (=動揺によって揺れ動く) として傾いている方位盤を動かすものです。

つまり先の図を水平面が水平になるように直すと、方位盤は動揺によって傾いていますので、射手や旋回手の操作は下図の赤線の方向に方位盤を動かすことになります。

ponter_sight_01_s_mod.JPG

したがって、照準器の視野のみを横動揺に対して水平安定させると、射手や旋回手の照準操作はその視野の垂直、水平方向とは異なる動きになってしまい、射手や旋回手は見ている視野と自己の操作による動きとで感覚的に差を生じる不具合となります。

ではそれなら、ついでに方位盤の俯仰と旋回の機構にもこの横動揺を組み込んだらという意見もあるかもしれませんが、そのためには方位盤が複雑なものとなることは明らかです。

このことから、照準望遠鏡の視野は横動揺に対して安定させずに、方位盤の動きそのものとなっているのです。

以上のことは砲側の照準器についても同じことですので省略します。

そして、対空目標の場合は空を飛ぶ航空機の動きそのものは当然動揺とは無関係ですから、射手や旋回手の照準データには目標の動きと動揺とが一緒になっていますので、横動揺手の他に縦動揺手によって照準線に対する垂直方向の動揺データの計測が必要になるわけです。


以上ですが、後ほどこの項の (1) 〜 (4) と本頁を纏め直して、本家サイトの 『砲術の話題あれこれ』 に加えたいと思っています。

また、旧海軍における照準発射法の概説について新たなコンテンツを作り 『旧海軍の砲術』 コーナーに追加するように準備しています。


この旧海軍の照準発射法、まあ日本人気質らしく大変に細かいことをやっていると言えばそうなのですが、逆に動力や自動制御の技術が劣っていたためにやむを得ず、というところがあることもまた確かです。

posted by 桜と錨 at 23:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 砲術の話し

2018年07月15日

旧海軍の航空基地管理


暑いですね〜

豪雨が過ぎ去ったと思ったとたんに一挙に真夏です。 被災された方々や現場で復旧に当たっておられる方々は大変でしょうね。 皆さん頑張って乗り切っていただきたいと思います。


本家サイトの今週の更新は、『旧海軍の基地』 コーナーでのコンテンツの追加・更新に関連して、その中で出てきました旧海軍の航空基地管理について関連する昭和17年10月31日から同20年7月25日までの内令の全てを1つのPDFファイルに纏めたものを公開しました。

kichikanri_p1_s.JPG

   http://navgunschl2.sakura.ne.jp/IJN_houki/IJN_houki_main.html
   http://navgunschl2.sakura.ne.jp/IJN_houki/PDF/Koukuukichi_kanri_nairei_all.pdf

旧海軍の各航空基地の頁を作成するために以前に作っておいたものですが、この機会に皆さんにもご紹介することにしました。

ご存じのとおり、開戦から1年が経つと特設航空隊がどんどん増設され、また常設航空隊も作戦のために本来の原駐基地を離れることが多くなってきました。

これまでは本隊が不在となった航空基地は 「海軍航空隊残留隊令」 によって元々の航空隊の一部が残留隊として残って管理していましたが、これでは本隊の業務管理も面倒ですし、他の航空隊が使う場合などでも不便です。

そこで、常設航空隊も作戦に応じた展開・移動がし易いように、航空隊名も練習航空隊を除いて原駐基地名ではなく特設航空隊と同じナンバー隊名に変更するとともに、これまでの 「残留隊令」 を廃止し、航空基地の管理は専門の基地管理隊又は所属上級部隊の隷下にある陸上部隊に任せることにしたのです。

また、元々が原駐航空隊が置かれていない航空基地も、航空部隊の増設により使用する頻度が多くなってきますと、その維持管理が問題となって来ました。

これが広い意味での 「空地分離」 の始まりとも言えるものであり、今回公開する航空基地管理に関する一連の内令となりました。


しかしながら、こういうものも意外とありそうでなかなか無いんですよね。 戦史叢書や『日本海軍航空史』などでも纏まった内容のものはありません。

各航空部隊と共にこういう基地管理についても旧海軍航空史を考える上では重要だと思うんですが ・・・・

posted by 桜と錨 at 15:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと