2017年04月21日

とびしま海道 ドライブ


お昼になって家内が 「どこか食べに行く?」 と言いますので、「じゃあ蒲刈でもドライブがてら行ってみるか、何か食べるところくらいあるじゃろ」 となりました。

ご存じのとおり、「(安芸灘) とびしま海道」 というのは下蒲刈島、蒲刈島、豊島、大崎下島と順に橋で結ばれ、更にその先の平羅島、中ノ島、そして岡村島へと続いている道路のことです。

2000年の安芸灘大橋の開通によってこれらの島々が本州と繋がりましたので、大変に便利になると共に、協議会なども立ち上げて観光にも力を入れているようです。

「安芸灘とびしま海道」 公式サイト :

今回は初めてのこともあり、またもうお昼を過ぎてしまいましたので、取り敢えず大崎下島の御手洗という港町まで寄り道をせずに往復してみることに。

平日ですし行楽シーズンでもありませんので、それほど観光客も多くはないだろう、と考えていたのですが ・・・・

ところが、全く観光客の姿が見えないどころか、車の交通量もほとんど無く、また住民の姿もほとんどありません。 おかげでノンビリとはできたことは確かです (^_^;

下蒲刈島一番の観光地である 「松濤園」 の周りも誰一人おらず。

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( 「松濤園」 海岸側から見た蒲刈大橋 )

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( 「松濤園」 前  あっ、右端の人物は無視して下さい (^_^; )

蒲刈大橋を渡ったすぐにある 「であいの館」 からの眺め。 波穏やかな瀬戸内の風景です。

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しかしながら、食堂、レストランの類はどこも開いておらず。 えいやっ! で入った蒲刈島の海岸沿いの道路脇にある屋台のようなうどんのお店。

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ところが、自家製の野菜を使った天麩羅うどんは素朴な味で、しかもその辺の街中の専門店で食べるより美味しかったですね。 ここは当たりでした (^_^)

後は真っ直ぐ大崎下島の御手洗へ。 ここは昔、瀬戸内航路の風待ちの港として大変に賑わったところで、当時の街並みの面影が残っているところです。

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ところが、ここも全く人がいませんでした。 歩いているのは私達老夫婦二人くらいで ・・・・

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( 満舟寺 )

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( 住吉神社 )

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( 若胡子屋跡 )

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( 天満宮 )

おまけに飲食店、土産物屋、その他どこも開いておらず。

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ただ一件だけまともに (?) やっていたのが私達の若い頃にあった駄菓子屋さんのグッズを集めて展示している 「御手洗昭和館」 というところでした。

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う〜ん、ここは好きな人にはたまらないかも (^_^)

街並みは景観保存地区としてそれなりに整備されてきてはいるようです。

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それにしても、平日とはいえ金曜日の午後、観光客は全くおらず、お店も全く開いておらず。 客が来ないからお店を開けない、お店も何も開いていないので客が来ない、の悪循環 ?

瀬戸内の景色と街の風情は確かに良いのですが、それだけでは ・・・・

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( 中ノ島瀬戸大橋 )

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( 帰りの蒲刈大橋 )

で、今日の戦利品。 例によっていつも通り何とも他愛ないものばかりです (^_^;

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posted by 桜と錨 at 23:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

2017年04月20日

軍歌を歌う集い


昨日は先月に引き続いて毎月開催される軍歌を歌う集いの 「呉三水会」 に行ってきました。

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この会はいつも6時に参加者全員で 「三水会の歌」 を歌って開始となり、2時間後の8時にこれまた全員で 「同期の桜」 を歌ってお開きとなります。 そして皆さんサッと解散。

この2時間の間に各自が好きな軍歌を選んで歌いますが、それこそカラオケが途切れることがありません。

歌の合間にはお店のママさんが用意してくれた様々なおつまみを食べ、飲み、お喋りをし、和気あいあい大変に楽しい時間です。

今回は前回より参加者は少なかったのですが、新たな女性会員も加わり、面白い集まりではあります。

そして私が前回から顔を出す切っ掛けとなった最長老の梶本氏も、横浜の娘さんご夫婦のところへ遊びに行かれて昼に新幹線で戻られたばかりにも関わらず出席されました。 お元気なものと感心。


ところで、開始の6時前にビルのところまで来ましたら、ビルの前は大勢の人集り。 何かと思いましたら、同じビルの上の階で役所広司氏が出演する映画 「孤狼の血」 のロケ中だったそうです。

ビルの入口でも撮影があるのでしょう、赤いカーペットやお花など色々飾り付けがなされており、その脇をすり抜けるようにしてお店へ。

そして軍歌の集まりが終わって表に出てきたところ、相変わらず周りの道路は人集り。 まだ中でロケは進行中のようでした。

もう2時間以上キャラリーさん達は表の道路でず〜っと待ってたんですね (^_^)
posted by 桜と錨 at 18:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

2017年04月18日

核兵器の効果


最近とみに北朝鮮情勢に関連して 「日本に弾道ミサイルを打ち込まれたら」 とか 「核弾頭が東京に落ちたら」 とか騒がれており、これに対して核弾頭についての記事がネット上でもあれこれ見られるようになりました。

そこで良い機会ですので、核兵器の効果について現在でも最も権威があり、かつこの分野について語る時の根拠文書となる資料をご紹介します。

それが、原爆を開発したことで有名な米国ニュー・メキシコ州にあるロス・アラモス科学研究所が1950年に出版した 『The Effects of Atomic Weapons』 です。

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( 1950年版 )

そしてその後水爆が開発されると共に、両者を合わせた形に内容が全面改訂されて1957年に国防省から Samuel Glasstone が中心となって纏めた 『The Effects of Neclear Weapons』 として出版されました。

これは1962年に第2版となりましたが、64年に小改正が加えられて改めて第2版として出版され、更に77年には第3版となりました。

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( 1957年版 )              ( 1964年版 )

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( 1977年版 )

これらはいずれも現在ではネット上で公開されておりますので、この方面に興味のある方は是非入手してみて下さい。

とは言っても英文ですので私などはどうしても日本語になったものが欲しくなります。  ではこの資料の邦訳版はないのでしょうか?

実はちゃんとあるんです。 1977年の第3版の全文を邦訳したものです。

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( 1977年版の邦訳版 )

ただし、これがどこで出されたものかは表記がありませんので不明です。 そして例によって今日となってはどこにどれだけ保管されているのか判りません。

これも興味のある方は探してみるとよろしいでしょう。 そしてこれと第3版の原本と比較しながら読まれると便利かと。


・・・・ で、これだけで終わってしまっては私のブログらしくありません (^_^)

もう少し具体的な核兵器の戦術的な使い方に関するものはないのか、というと、

これについては米陸軍及び海兵隊の共通マニュアルとして 『Nuclear Weapons Employment Doctrine and Procesures』 (FM 10103101、FMFM 11-4) というのが1977年に出ています。

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これは本体が秘密事項を含まない普通文書として、そして秘密部分だけを纏めた補足文書の2つに別れたものです。 当然ながら後者は日本には渡っていないわけですが (^_^;

しかしながら、本体の普通文書のものの内容だけでも、使う側の視点に立った大変に興味のあるもので、日本人としてはちょっとギョッとしますし、また 「被害推定法」 「核兵器の効果」 「核兵器の効果に対する対応」 などの項目は前述の国防省編の 『核兵器の効果』 と合わせて読んでみるとそれぞれが良く理解できると思います。

ただし、こちらの方は残念ながら40年前の普通文書であるにも関わらず、何故かいまだにネット上では米軍サイトでも公開されていないようです。

そして私が見た原本も自衛隊が保有していたものではありませんので、今となっては残っているのかどうか ・・・・ ?

posted by 桜と錨 at 17:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 現代戦のこと

2017年04月16日

『世界の艦船』 5月号増刊


早いところはもう書店の店頭に並んでいるかもしれません、『世界の艦船』 の最新号は5月号増刊の 『アメリカ駆逐艦史』 です。

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同名の増刊号はもう20年以上前になります1995年の5月号増刊 (増刊第43集) として出ておりますが、この度写真など内容を大幅に刷新しての出版となります。

この中で、私も 「アメリカ駆逐艦8話」 コーナーで次の4つを担当させていただきました。

     C 「米重雷装駆逐艦の戦術」
     D 「米駆逐艦復原性の問題点」
     F 「米DDナンバーを付けた外国駆逐艦」
     G 「徒花に終わった戦後型米駆逐艦用備砲」


いずれも短編ですので詳しい話しは省略しておりますが、内容的にはこれまであまり書かれたことのないものと思います。

特に最後の備砲については例に挙げた2つを含め、戦後の米海軍の砲熕武器についてもう少しその流れと詳細をお話ししないと、現在に至る状況がお判りいただけないかと思いますが ・・・・ これはまた別の機会に、ということに。

何しろ増刊としての内容が盛り沢山ですので、文字ページが制約されるのは致し方ないことでしょう。

本文記事のメインである 「アメリカ駆逐艦 その歩みと時代背景」 は私の尊敬するエンジニアの一人である多田智彦氏の手になるものですが、限られた紙幅の中で簡潔かつ要領良く纏められているのは流石です。

書店で見かけられた時には是非手にとってご覧ください。 写真ページをパラパラと眺めるだけでも圧巻と思います。

なお、掲載されている各級の写真はほぼ全面的に新しいものになっていますので、この分野に興味をお持ちの方で古い号をお持ちでない方はこちらも入手されることをお薦めいたします。

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posted by 桜と錨 at 17:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと

2017年04月14日

北朝鮮情勢と中露の動静


一昨日、米国の安全保障具現化の方策について述べました。

そして、マスコミも評論家も、やれ MOAB をアフガンで使って誇示して見せたとか、日本に化学弾頭を打ち込まれたらとか、北朝鮮が核実験の徴候を見せたら先制攻撃するとか、こちら側のことばかりで賑やかです。

もちろん米国の現在の対応振りは北朝鮮に対する強力な “抑止力” として作用することは間違いありません。

また、米国が本当に軍事力を行使することも可能性としては十分にあり得ることです。

しかし、もう一つ肝心なことが出て来ないのは何故でしょう?

確かにトランプ大統領のコメントの中で “中国は適切な措置を採ってくれる (はず)” とありました。

では、それは具体的にどういうことでしょう?

米国の先制攻撃を容認し静観する? 経済制裁を強化する?


でもちょっと待って下さい。 中国及びロシアにとって一番困ることは何でしょう?

そうです。 北朝鮮という地勢的な “バッファ” が無くなってしまうことです。

米国による金正恩を標的とした先制攻撃であろうと、内部からの政権転覆であろうと、あるいは他の手段であろうと、それによって北朝鮮という国が崩壊した場合、2千万という飢えた乞食集団が豊かな南へ大移動を始め、半島は大混乱となるでしょう。

そしてその後に半島に誕生するものは、少なくとも親露、親中の国であるとは考えられません。

これを中露、少なくとも今の中国が黙って見過ごすでしょうか? 特に中国は、かつての朝鮮動乱に介入したまま今日まで連合国と休戦状態にある国なのですから。

とすると、可能性のある選択肢として、切っ掛けは米国の先制攻撃であろうと何であろうと、政権が倒れた時、あるいは倒れる直前に、裏から入って北朝鮮を暫定統治する可能性もあり得るわけです。

しかもマスコミを始めとしてこれだけ米国を主体とするこちら側について騒ぎ立て、世界の目がこちらに向いている今、裏側が静か過ぎるのも気になるところです。

もちろん、国際政治の裏の世界は私達には知りようがありませんので、米中、米露がどのように繋がっているのか、あるいは繋がっていないのかは判りません。

しかしながら、可能性の大小はともかくとして、中国 (あるいはロシア) 介入による暫定統治もその “一つのシナリオとして” 皆無とは言えないのではないでしょうか。

posted by 桜と錨 at 20:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

2017年04月12日

半島情勢と米国の安全保障


ニュースでも報じられているとおり、最近韓国も含めた半島情勢がだんだんきな臭くなってきまして、ネットでも色々な意見がUPされています。

米国が北朝鮮の金正恩の首を狙っているだの、あるいは弾道ミサイルを日本に撃ち込まれたら、云々

しかしながら、私からすると最も肝心なことを誰も言わないのが不思議です。

それが “米国の安全保障” とは? と言うことです。 そしてこれが日本の安全保障にとっても極めて大切なことなのですが ・・・・


米国の安全保障のトップにあるのは極めて単純で明確です。 それは米国の国益、即ち 「領土」 「市民」 「財産」 を守ることです。

国家として当たり前のことと言えばそうなのですが、情けないことに、政治屋やマスコミを始めとして、これを誰も口にしない。 いや、口にすることさえ憚られるような国情が作られているのが今の日本です。

そして米軍がその “米国の” 国益を軍事面で支えていることは言わずもがなです。 ですからもし国益が損なわれるようなことがあれば、必要なら軍事力を行使することには何等の躊躇もしません。 それが国家、国民に対する軍の義務だからです。

もちろんそれが “他国の領土上” であったとしても。 そのことについてはこれまでの数々の紛争などでも示されてきたことです。

そしてこれは何も直接上記の3つの国益を守るためではなく、それに大いなる脅威を及ぼすおそれがある場合でも、です。

例えば、大きなところではアフガニスタン紛争、イラク紛争、最近ではシリアへの巡航ミサイル攻撃などなど、それこそ大小枚挙のいとまがないくらいと言えるでしょう。


そこで今回の半島情勢です。

北朝鮮は米軍の動きに対抗して弾道ミサイル攻撃など様々なブラフをしかけていますが、もし本当にそれを実行したらどうなるか?

もし在日米軍基地や在日公館などが通常弾頭で攻撃された、あるいはされる徴候を得た場合には、米国は何の躊躇も無く北朝鮮の軍事施設を徹底的に叩くでしょう。 場合によっては政権中枢もです。

そしてこれは基地や公館などに限るわけではありません。 東京を始めとして日本各地に多くの米国市民が居住し、あるいは旅行をしているからです。 これら守ることは米国の 「国益」 に繋がるからです。

もし万一見殺しにでもする結果になれば、国中を挙げての批判によって政権は失脚することになるでしょう。

そして、もし万が一核弾頭でも使用されようものなら、米軍の反撃によってそれこそ北朝鮮という国が “地球上から消滅する” ことも十分あり得ることです。

このことは普通の政権保持者であるならば十分に認識していることですが、北朝鮮の場合は ・・・・ ?

もう一つは、韓国の状況です。 北朝鮮による、あるいは内紛によるとに関わらず、在韓の米市民を避難させる必要が生じた場合、事前の航空便などが間に合わなかった時には米軍による救援が行われます。

その場合、米海兵隊の SP-MAGTF (Special Purpose - Marine Air-Ground Task Force)が主体となって残された米市民の保護に当たることになります。

“当然ですが” 軍を投入することについて、米国は韓国政府の了承の有無などに関係なく実施するでしょう。 それが米国の国益を守るために必要ならば。

混乱の状況によっては米国市民を保護するために武器を使用する必要が出てくる場合もあり得ますが、もちろんその時に米軍は躊躇しないでしょう。 例え戦争状態にない韓国国内であっても。

これが米国の安全保障の実現方法なのです。


では、今日本は何をすべきなのか?

BMDに力を入れることも必要でしょう、弾道ミサイルで攻撃された場合に備えての避難訓練も必要でしょう。

しかし、その前に最も力を入れるべきことがあるのではないでしょうか?

そうです、今こそ日米同盟をしっかり保持し、米国の安全保障実現の方策の中で日本も守って貰うことなのです。

そして日本も一緒に守ることが米国の安全保障に繋がるということを米政権が確実に認識できるように行動することです。

これによって日米同盟という “抑止力” が十分に機能するのです。

沖縄を始めとして、日本に米軍基地があるから攻撃を受ける、などということを声高々に言う人達がいます。

何を寝ぼけたことを、と。 在日米軍がいるからこそ、それによる “抑止力” によって今の日本を守れるのです。 そして守って貰えるようにするためにも、日米同盟の保持に努力することが、現在の日本にとっての最高の安全保障政策なのです。

posted by 桜と錨 at 19:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

2017年04月09日

近くの桜


今年は桜の開花が全国的に遅かったようですが、我が家の方でも一週間遅れでやっと咲いたかと思ったら一挙に満開です。

週末で、しかも天気もあまり良くありません。 まあ花曇りと言えばそうなのでしょうが ・・・・

今朝は月一回の自治会の清掃日で、近所の小さな公園に集まりましたが、ここは満開。

綺麗な桜の花の写真は今ネットでも溢れていますが、折角ですので私も毎年一回の記念として (^_^)

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( あっ、樹の下にいる人物は無視して下さい (^_^; )

ついでに車で少し走って、小高い山の頂上にある公園へ。 ここはまだ4分咲き程度でした。

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晴れていれば見晴らしは大変に良い穴場なのですが、残念ながら今日は景色もイマイチでした。

う〜ん、昨年花見をした水源地の桜は今日は人で一杯だったのでしょうねえ。 平日だったら訪れてみてもよかったでしょうが ・・・・

posted by 桜と錨 at 23:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

2017年04月03日

「かが」 呉初入港


先月22日に就役したヘリコプター護衛艦 「かが」 が定係港の呉に初入港しました。 私の良き友人でもある 「かが」 私設応援団長から “艦長も行きましょうよ” とお誘いがありましたので一緒に入港を歓迎してきました。

入港歓迎行事そのものなどはマスコミでも採り上げられるでしょうし、またネット上でも色々な人の投稿もあるでしょうから省略します。

歓迎行事の後は公式の艦内公開がありましたが、これではあまり面白くありませんので応援団長のツテで全くの別枠で (^_^;

なにはともあれ、私が撮ったものの中からご覧いただきたいと思います。 もちろんこの他に出せない写真も沢山ありますが ・・・・

( こういうものをネットで公開するとすぐに一人歩きしますので、ロゴを入れておりますことをご了承下さい。)

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( もうこの段階で大きさが実感できます )

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( サイドランプ 通常の舷梯は指揮官専用で、乗員用としてこちらが使われています。 )

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( 格納庫内 艦首方向 )

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( 格納庫内 艦尾方向 奥が整備区画 )

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( 飛行甲板サイドの待機所 )

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( 前端から見た広々とした飛行甲板 )

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( 飛行甲板前端から海面を覗いたところ )

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( 飛行甲板から前部エレベーター開口部を覗いたところ )

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( 艦橋内から前部を覗いたところ )

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( コンパクトな艦橋内 )

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( 航空管制室 右の青カバーがエア・ボス席 )

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( 「かが」 のシンボルマークの刺繍 良いデザインですね )

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( 「おおすみ」 艦橋から見た 「かが」 の左舷 右端の 「いせ」 が小さく見えます )

それにしてもデカイですねえ。 呉の艦隊桟橋地区が狭く見えます。


格別なご配慮をいただきました遠藤艦長以下幹部の皆さん、先任伍長始めCPOの皆さん、ありがとうございました。 これから就役訓練で大変でしょうが頑張って下さい。

そして応援団長、貴重な機会をいただき感謝です。
posted by 桜と錨 at 16:39| Comment(2) | TrackBack(0) | 気ままに

2017年04月01日

江田島地区観桜会


昨日の呉地隊に続き今日は江田島地区の観桜会。 いつも懇意にしていただいているN氏のお誘いをいただきましたので、懐かしいフェリーに乗って江田島へ。

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昨日とうって変わって今日は良い天気になりました。

先日就役した 「かが」 が呉配属になりますので 「いせ」 が交代で佐世保へ転籍になる予定ですが、まだ艦隊桟橋で最後の姿を見せていました。

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そして懐かしい小用桟橋。 ここも一昔前からすると随分拡張されて綺麗になりました。

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・・・・ で、江田島の桜ですが、ここもまだ全く咲いていません。 赤煉瓦両脇の桜もまだまだです。

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1術校長の中畑君によると、今朝当初の会場予定であった水交館の庭にある江田島の標準木が1輪咲いたそうです。 まあ開花と言えば開花です (^_^;

そして昨日の雨でまだ芝生が乾いていないことと、今日も気温があまり上がらない予想であったため会場は1術校の食堂となりました。

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昨日の呉監の観桜会と比べるとスペース的にも参加者は半数少々くらいでしょうか。 それでも昨日見かけた顔ぶれがかなりいましたが ・・・・ その分和気あいあいで、顔見知りの人達とペチャクチャお喋りをし、食べて、飲んで、大変に楽しい一時でした。

そして1術校長以下各科長クラスまでホスト役に総動員で来訪者に大変に気を使っていただき、皆さん各テーブルを順に回って色々な話題を提供してくれました。

また、各科教官室の海曹教官達が飲物などのサービスに務めてくれまして、格段の手際の良さとピリッとした立ち振る舞いを見せてくれました。 各術科のオーソリティである教官達にサービスしていただき恐縮なことですが、流石は1術校と誇らしく感じました。

そして例によって海自カレーを。 ここのカレーも大変に美味しかったです。 ただし今日は1皿だけで我慢しましたが (^_^;

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中畑学校長始め1術校の現役の皆さん、ありがとうございました。 ご馳走になりました。 そしてお疲れ様でした。


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2017年03月31日

呉地隊観桜会


今日は呉地隊の観桜会。 私もお誘いをいただきましたので顔を出してきました。

とは言っても、今年は呉の桜はまだ全く咲いていません。 もっとも、呉地隊の観桜会は毎年17時半からですのであまり影響が無いと言えば無いのですが (^_^;

しかも今日は朝から冷たい雨。 昨日のうちに会場はいつもの総監部裏庭から教育隊の体育館に変更になりました。

ところがです、家を出る頃にはみぞれどころか本格的な雪模様。 しかも風があって大変に寒くなりました。

そこで慌ててジャンバーを着込んだのですが ・・・・ 街に降りてみると、あれ? 雨は小降りで風もありません。 しかも私のような厚着をしている人はほとんどおりませんでした (^_^;


17時ちょっと過ぎには会場に着きましたが、既に7〜8割の入り。 昨年よりは大勢の参加者でした。

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顔見知りを見つけてはペチャクチャお喋り、そして飲んで、食べて、楽しい2時間でした。

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しかも今回はカレーライスを2皿も食べてしまいました。 艦で食べるものには負けますが、やはり海自のカレーは美味しいです。


それにしても春の観桜会と夏の呉湾花火大会の2回、毎年の恒例行事とはいえ裏方の皆さん達はいつも大変ですね。 お疲れ様です。 ありがとうございました、そしてご馳走になりました。

posted by 桜と錨 at 21:46| Comment(2) | TrackBack(0) | 気ままに