2017年05月03日

親の死に目に (後)


2.帰れるだけでもありがたいと思え!

もう40年も前のことです。 任務課程入校のため江田島の1術校に着校したその日、入院療養中であった母の逝去の連絡が入りまして、担当科長からすぐ家に帰れとのこと。

そこで特別休暇申請のため学生隊長のところへ出頭しました。 海自の規則では親の場合には1週間+往返日数が基準ですが、もちろん私も授業の関係でそこまではとは考えていませんでした。

ところがです、その学生隊長は往返日数を合わせて3日の休暇、つまり実質で中1日の許可でした。 そして最後に吐き捨てるように付け加えて、

「 自衛官たるもの親の死に目に会えないなどは当たり前のことだ。 (葬儀に) 帰れるだけでもありがたいと思え!」

一瞬自分の耳を疑いました。 葬儀から戻って来た時に 「死に目に会えただけでも」 と言うならばまだ判らないでもありませんが、これから帰ろうという者に対してこの言葉です。

このことで、この学生隊長に対しては上級者という立場はともかくとして 「人」 としての信用・信頼が無くなりました。

そしてこの日以来私の方から二度と口を利くことはありませんでしたし、将来にわたっていかに補職人事であろうとも同じところで一緒に勤務しようとは決して思いませんでした。 ( 幸いその機会はありませんでしたが )

海上自衛隊といえども中にはこういう幹部もいる、しかも学生隊長という職に就く者でも、と痛感した次第です。 そして私のその後の海自勤務において、よい教訓の一つとなりました。


余談ですが、母の葬儀だけは何とか終えて1術校に戻ってきたその晩、クラスメートが翌日に不在中に終了した科目の試験があることを教えてくれました。

テキスト (海自では 「スタディ・ガイド」 と言います) は貰ってきてくれていましたので、クラスメートに授業の要点を聞いてから、学生舎の空いている部屋で徹夜の一夜漬け。

翌日の試験の結果は、一度もその科目の授業に出ていなかった私一人だけが満点でした。 これには担当教官もビックリ。

学生隊長に対するささやかな当てつけと言えば当てつけでした (^_^;


・・・・ ところがです。 この時の私の帰省のことがそれから20年後に我が家のお家騒動の原因の一つになろうとは、当時は夢にも思っていませんでした。

身内の者でさえこの時のことを20年後でも怨みに感じていたくらいですから、ましてや世間一般の人達に理解してもらうのは無理な話しと思います。

まさに海自部内で良く言われる “海自の常識は世間の非常識、世間の常識は海自の非常識” です。

(本件終わり)

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親の死に目に (前) :

posted by 桜と錨 at 14:16| Comment(4) | TrackBack(0) | 気ままに

2017年05月02日

親の死に目に (前)


海上自衛官、特に艦艇勤務の場合、任務行動中に家族などに何かあっても洋上からそう簡単に帰るわけには行きません。

ましてやいざと言う時には親の死に目に会えないこともあるということはよく判っていますし、その覚悟は出来ているところでもあります。

しかしです。 世間一般の普通の人達にとって、有事でもない災害派遣でもない、平時における訓練中などで、親 (や家族) が危篤の場合や死去した時に、海自はその息子 (今では、娘も、ですが) を返さないなどということがスンナリ理解してもらえるでしょうか?

私はそれを求めることは無理だと考えますし、逆にそれは世間の人達から海自に対して悪い印象しか持って貰えないことに繋がると思っています。

先に 「人事はヒトゴト」 と書きましたが、その意味において補職・補任などに限らず、どうも海自は人事全般について普段からの配慮が十分ではないように思います。

私の経験例から2つご紹介します。


1.海演中は親の死に目にも会わせない?

ご存じのとおり、海上自衛隊は年に1回有事を想定した大規模な演習、即ち海上自衛隊演習 (略して 「海演」 ) を実施します。 この期間中は余程のことが無い限り個人的な理由による休暇などは許可されません。

もちろん通常の訓練中などでしたら、予定を変更して近くの港に入って当該隊員を降ろすとか、機会があればヘリコプターで陸上基地まで運ぶなどのことはありますが。


ある年の海演のことです。 上級司令部から演習期間中は何があっても隊員の個人的理由では帰すことは許可しない旨の事前の “念押し” の指示が出ました。 つまり、親の死に目にも会わせない、ということです。

もしそのような可能性がある隊員がいるなら出港する前に降ろしておけ、と。 しかしながら、全てが事前に判るような事柄でないことは改めて申し上げるまでもないことです。

・・・・ で案の定、海演中に四国沖の太平洋を行動している時に私の分隊員のところへ父親からの電報が転電されてきました。

 「ハハキトク、スグカエレ」

本人は長崎・五島列島の中のある島の出身で一人っ子でした。 本人を呼んで確認したところ、実家には両親二人で住んでおり近くに親戚などはなく、もし母親が亡くなった場合には父親一人で葬儀など全てをやらなければならない、とのことでした。

もちろん事前に本人を含め分隊の総員には上記の指示が出ていることは説明してあり、また海演中は行動海域のこともあってまず無理であると納得してもらっています。

・・・・ が、私は今ここで彼を帰さなければ、長い目で見ると決して将来の海上自衛隊のためにならないと考えたわけです。

そこで、飛行長のところへ行って 「何か陸上にヘリを飛ばす用事はありませんか?」 と聞いたところ、「急ぎではないので何時とは決めていないが、機会があれば物品の受領などの連絡便を出したいと思っている」 とのことです。

で、これを上手く利用しない手はない、と (^_^)

艦長のところへ行って事情を説明し、要務飛行は作戦の一貫として禁じられているわけではないのでこれに彼を乗せて帰したい、それなら上級司令部には特に説明する必要は無いのでは、と説得しました。

ついでに、今回彼を帰さなかったら、今後おそらく彼の島からは海上自衛隊への入隊希望者は出なくなるし、息子を海上自衛隊に入れたいと思う親はいなくなりますよ、と (^_^;

艦長も快く了承してくれましたので、飛行長と相談してその日のフライト便追加を決めました。

そして本人には、「大村まで送ってやれなくて申し訳ない。 ただし海演中はもう艦に戻ってくる機会はないので、海演が終わって艦が佐世保に帰港した時に戻ってくればいいから、その間にお父さんとよく話をして、今後のことも含めて実家のことをキチンとしてきなさい」 と言いました。

結局は残念ながら彼が帰り着いた時には既に亡くなっておられたのですが、それでも彼が艦に戻ってきた時には少しは落ち着いたというか、母親の死を受け入れるまでにはなっていたように感じられました。 そして父親から海自を辞めずに一生懸命やれと言われたと。

後日になって父親からも手紙が届き、息子を母親の死に目に会わせるために帰してくれたこと、それも洋上からわざわざ息子のためにヘリコプターを飛ばしてまでしてくれたことに対して海自に感謝し、かつ息子を海自に入れたことを誇らしく思う旨が書かれていました。

海演終了後に艦長が本件を上に話したかどうかは知りませんが、上級司令部の指示に反したことに対してその後何らのお咎めもお叱りもありませんでした。 もしかしたら艦長が自分の責任でやったことと、一人で収めてくれたのかもしれません。

もし仮にこのことで何らかの処分を受けたとしても、本件での艦長以下の対応はこれで良かったと今でも思っています。

人を育てることとはどういことか、そして海自は一隊員といえども大切にしていると世間の人に見て貰えるとはどういうことかと。

海演中に乗員一人を休暇で出したことやヘリを余分に飛ばしたことなどは、海自の中だけのホンの小さなことです。

しかしながら海上自衛隊の将来を考えるならば、こういう小さな積み重ねが大事なことなのでは無いでしょうか?

「人」 を大切にする。 それも隊員本人に対してのみでなく、その家族を含めて。 私はそう考えています。

(本件続く)

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親の死に目に (後) :

posted by 桜と錨 at 14:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

2017年05月01日

「人事」 と書いて “ヒトゴト” と読む


私のFBFである某君の今回の事案を見るにつけ、つくづく海上自衛隊という組織は人を大切にしないところだと思いました。

いつも書いていますように、海自の現場は本当に良いところです。 隊員達も皆一人一人本当に一生懸命やってくれています。 仲間として一緒に仕事をするには最高であると思っています。

どんな任務でも彼等と一緒ならば大丈夫という自信と信頼があります。

しかしながら、そういう現場の隊員一人一人の思いを逆なでするようなことを平気でするのが、海自という “組織” であり “人事” です。 在職中まさにタイトルどおりと思うことが度々でした。

個々の隊員それぞれは別に大したことを求めているわけではありません。 人事上一寸した配慮がなされれば、どれだけ現場の励みになることかと。 そう言うことなんです。

今回の某君の事案もそう言うことの一つではないでしょうか。

何故チョットだけ転勤の時期を遅らせないのか? あるいは何故補職先を本人の都合の良いところに替えてやらないのか?

たったそれだけのことであり、それによって本人の今後の勤務上、意識的にもいかに海自にとってプラスになることか。

もちろん当の人事担当者の答えは聞かなくても判ります。

  一人一人の都合を一々聞いていては人事業務が進まない。
  本人のローテーションの時期だから。
  本人の経歴管理上のことだから。

・・・・ 云々。 単なる小役人の事務的な言い訳だけです。

余人を持って替え難い? そんな補職が海上自衛隊に一体どれだけあるというのか。 海上幕僚長職でさえそのような配置ではないのに。

かの有名な 『武田節』 にある

  人は石垣、人は城
  情けは味方、仇は敵

平時における軍事組織のあり方で、最も大切なことの一つだと思いますね。

今回のことに限らず、具体的な例はそれこそ沢山ありますが ・・・・

二言目には “精強” を謳い文句にする海上自衛隊。 どうも口先の綺麗事のみで、やっていることは実態が伴わず、現場の隊員達の真摯な努力の上に胡座をかいているような気がします。

posted by 桜と錨 at 16:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 気ままに

2017年04月30日

4月27日付 『朝雲新聞』


私が昨年から担当させていただいている同紙での 『世界の新兵器』 コーナーの艦艇編の第3回目です。

 『 沿岸域戦闘艦 「フリーダム」 級 』

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同コーナーは月1回で、陸・海・空・技術の4つを持ち回りですので、掲載は4ヶ月に1回になります。

そして1回が千字程度の紙幅ですので、如何に簡単・簡潔に紹介するかが最大の課題で、毎回頭を悩ますところです。

ご存じのとおり、現在米海軍が建造を進めている新艦種のLCSは2つのクラスの同時並行ですので、今回はロッキード・マーチン社の LCS-1 級で、もう一つの LCS-2 級は次の回になります。

このLCS、構想は面白く、実際の2クラスとも大変にユニークですので、私達元船乗りとしても興味の尽きないところがありますが、その反面現実的には様々な問題点を抱えていることも事実ですので、米海軍における今後の艦艇建造計画としてはまだまだ先が見えないところがあります。

こういうところも合わせて、次回でお話しする予定です。

『朝雲新聞』 といいますのはその筋ではよく知られているものですが、普通の一般紙とは少し性格が異なりますので、一般の方々が目にされることはなかなか無いかと思いますが、機会がありましたら是非ご一読を。

posted by 桜と錨 at 16:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 現代戦のこと

2017年04月29日

米国による斬首作戦


またまた北朝鮮は性懲りもなく弾道ミサイルの実験を行ったが ・・・・

緊張を高める北朝鮮情勢について、ネット上でも米国による金正恩を狙った斬首作戦の実施が語られているところである。

先にも、米国の国益保護及びそれに影響を及ぼすことについては、米国はそれが例え他国の領土上であっても、必要があると判断した時は軍事力を行使することには躊躇しないことを書いた。

これには他国の権力者の殺害も含まれることは申し上げるまでもない。

この米国による斬首作戦は過去にも色々あるが、その最も代表的な例が1986年に 「リビアの暴れん坊」 と呼ばれた独裁者カダフィ大佐を狙った 「エルドラド・キャニオン作戦」 (Operation El Dorado Canyon)であろう。

既に30年も前のことであり、覚えておられない方も多いと思われるので、少しご紹介してみたい。


作戦実施に至る経緯については省略するが、85年に客船ハイジャック事件や空港における爆破事件2件などのテロに引き続き、西ベルリンでのディスコ爆破事件により米国市民に死者が出たことが直接の引金とされている。

この作戦は、1986年4月14日英国 Lakenheath 空軍基地駐留の第48戦術戦闘航空団のF-111F 24機と、Upper Heyford 基地駐留の第42電子戦航空隊の EF-111A 5機が飛び立ったことに始まる。

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リビアまでの飛行ルートはフランス上空を通過するのが早く、片道約1300マイルであったが、同国の承諾が得られなかったために大西洋をグルリと周り、ジブラルタル海峡を通って地中海に入る洋上ルートとなり、片道の飛行距離は約2500マイル、飛行時間13〜14時間となった。

このため事前に米本土から英国 Mildenhaii に進出した KC-10 19機及び Fairfor 駐留の KC-135 空中給油機9機の合計28機により、往路4回及び復路2回の計6回の給油を受けた。 この給油回数は、往路は低高度、復路はより高々度の巡航高度であったこともある。

なお、F-111F 24機の内6機は長距離作戦のための予備機であり、本隊と一緒に飛び立ったものの、第1回の空中給油の後英国の基地に引き返しており、実際の空襲を実施したのは18機であった。

目標はトリポリ周辺の次の3個所である。

  Al Azziziyah 駐屯地 : 海外テロ司令部があり、かつカダフィ大佐の居住地
  Sidi Bilal 港湾施設 : 海上テロ要員の訓練施設
  Tripori 空港 : 軍用輸送機基地としても使用

そしてリビア沖のシドラ湾には第6艦隊の空母 「アメリカ」 と 「コーラル・シー」 が展開し、空軍の空襲部隊に対する次の支援作戦を実施した。

  E-2C : 作戦空域の早期警戒と航空管制
  F-14 : 作戦空域のCAP
  EA-6B : EF-111A と共に電子戦支援、特にSAM砲台に対する電子妨害

加えて、空軍部隊のトリポリ空襲と同時並行して F/A-18 6機、A-6E 14機及び A-7E 6機により Benghazi 周辺の Al Jumahiriyah 駐屯地及び Benina 空軍基地、防空施設への空襲を実施した。

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この作戦において使用された主な攻撃兵器は、空軍の F-111F が 2,000lb 及び 500lb の Paveway 2 レーザー誘導爆弾であり、海軍の A-6E は 1,000lb の Mk82 Mod1 Snakeye 爆弾及び Mk20 Rocheye クラスター爆弾、A-7E は AGM-45 Shrike 及び AGM-88A HARM (High-speed Anti-Radiation Missile)、F/A-18 が HARM であったとされている。


この作戦の計画立案開始は4月7日とされており、これだけの規模の海空軍の共同作戦を僅か1週間で実行に移していることには注目していただきたい。 これが米軍の実力である。

しかも、英国はもちろん、フランス、ロシア、イタリアなどの関係各国政府には事前通報などが行われたが、関係者以外の世界各国がまさに寝耳に水、青天の霹靂の作戦であった。

そして作戦は完璧な奇襲であり、カダフィ大佐は運良く難を逃れたものの、養女を亡くしており(これは後日誤りであったとされた)、またトリポリ及びベンガジ周辺の目標地区の被害も甚大であった。

米側は F-111F 1機が未帰還となり、後に搭乗員2名の内の1名の遺体がリビア側から米国に引き渡されたとされている。

この空襲の後もリビアのテロ行為などはある程度続いたものの、この米国による斬首作戦により、「リビアの暴れん坊」 「狂犬」 と呼ばれたカダフィ大佐が次第に大人しくなり、かつ西側寄りになっていった直接の切っ掛けとなったことは事実である。


この様なまだ交戦下にない他国に対する米国による軍事力の行使は、その後の湾岸戦争劈頭のバクダッドに対して、そしてつい先日のシリアに対する大量巡航ミサイル攻撃の実施などをみてもその考え方がよく判るであろう。


そこで、最後に北朝鮮情勢である。

米国はその気になればこのリビア空襲程度の作戦はいとも簡単にやってのける実績を示しているのであり、しかもこのリビア空襲に比べれば、地理的かつ米側兵力の状況などははるかに容易であり有利である。

そして秘密保全は作戦の成否の鍵となるものであり、その事前の動静・徴候などがマスコミや評論家と称する人達に流れることはあり得ないことである。

まさに、ごく限られた関係者以外にとっては “ある日突然として” 実行されるのである。

もちろん政権中枢や主要軍事基地に対する空襲は、米国による軍事作戦上の一つの選択肢に過ぎないが、北朝鮮もその指導部の思考が “まとも” であるならば、このことは十分に理解しているであろうと考えるが ・・・・ ?

( 画像は当時の 「Aviation Week & Space Technology」 誌より引用 )
posted by 桜と錨 at 23:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 現代戦のこと

港祭り


今日は港祭りで、知人の出展を拝見するため市役所まで出かけました。

その出展関係はちょっとややこしいので、機会があればまた別にお話しすることにしますが ・・・・

私はこの港祭りを見るのは、実は今日が始めてです。 家内に港祭りのメイン会場となる市役所前の大通り近くまで送ってもらったのですが、何というか普段はあまり活気がなく閑散としている市街、一体どからこれだけ集まったのかと言うくらい凄い人出でした (^_^;

もちろん近郊からの来訪者も多いのでしょうが、今日一日で約25万〜30万だそうです。 20万都市にしては凄いですね。

ただ私はどうも人混みが苦手なもので、お祭りそのものはほとんど見学しなかったのですが ・・・・

パレードする諸団体がスタート地点の市役所前に集まって次々に出発していきます。 もちろん別にパレードする内容に統一されたものなどはなく、希望するところなら誰でも参加できるようです。

したがって、参加する団体毎に年齢構成も、服装も、そしてパフォーマンスなども様々です。

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そしてこれを見学する一般市民とズラリと並ぶ屋台や出店の数々。

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後から家内に聞いたところ、これが港祭りのメインだそうです。 なるほど〜、知りませんでした (^_^;


残念ながら人混みの中で楽しむ余裕はありませんでしたので、用事を済ませて早々に引き揚げました。 もちろん、送り迎えをしてくれた家内へのお土産は忘れずに。

旧海軍の呉海軍工廠に勤務した工員さん達の当時のお弁当を模したものだそうです。 そぼくな味で、なかなか美味しかったですね。

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もう一つは巡洋艦 「青葉」 のレシピにあったコロッケだそうです。 う〜ん、これは少々好みの別れるところかと。

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それにしても海軍カレーや肉じゃがを始めとして、食べ物でも旧海軍のものの色々なアイデアが出てくるものですね。

posted by 桜と錨 at 22:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

2017年04月28日

『丸』 6月号


月刊誌 『丸』 6月号の見本誌が届きました。 今月号の特集は 「商船改装空母」 です。

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私もこの中の 「海鷹」 型の項を担当させていただきました。

   「 「あるぜんちな丸」 の 『海鷹』 改装プラン 」

もちろんご存じのとおり 「海鷹」 型とは言っても、姉妹船の 「ぶら志"る丸」 は改装着手前に沈没してしまいましたので、「あるぜんちな丸」 を改装した 「海鷹」 1隻だけなんですが (^_^;

4ページの紙幅をいただきましたので、いつもどおり色々書かせていただきました。 従来言われている機関改装の誤りの件や、航空機の搭載定数、乗員定数など、これまであまり言われてこなかったことを網羅しております。

それにしてもこの 「海鷹」 ですが、正確なデータや記録などが少ないものの一つですね。 船体要目なども造工資料をベースにして、もっとも正しいと考えられる数値にしております。

編集部さんによって立派な紙面にしていただきました。 ありがとうございます。

ただ惜しむらくは ・・・・ 記事に挿入されている大内健二氏の手になるとされる 「あるぜんちな丸」 と 「海鷹」 のイラストに、明らかな誤りが何個所かあることですね。 事前に拝見していれば指摘して直してもらったのに、とこれはちょっと残念 (^_^;

posted by 桜と錨 at 15:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと

2017年04月25日

邦訳版 『With TOGO、東郷とともに』 (続)


HN 「八坂 八郎」 氏の手になるセッピングス・ライト著 『With TOGO、東郷とともに』 の邦訳版第2巻が届きました。

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前半の第1巻は既に本ブログでもご紹介したところです。


今回は残りの後半で、第8章から最終の第12章までの邦訳になります。

この後半部分は日露海戦史について日本側でもほとんど知られていない内容ですので、その意味でも貴重ですし、なによりもそれが日本語で読めるのは嬉しいところです。

しかもいつもどおりの丁寧な訳出で、大変に読みやすいものとなっており、そして日本側の史料などにも丹念に当たられて、これによる脚注も充実しているのはいいですね。 また、私家版とはいえ写真の印刷も綺麗です。

第1巻に引き続き、興味のある方は入手方法など氏のサイトから直接コンタクトをとってみて下さい。 (プロフィール欄からメッセージが送れます。)


それにしても八坂氏の仕事は早いですね〜 (^_^)

posted by 桜と錨 at 21:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと

2017年04月24日

練習艦隊艦上レセプション


今日は本年度の遠洋練習艦隊に出発する前の練習艦隊の母港での艦上レセプションでした。 私もお誘いをいただきましたので、若い後輩達と話しが出来るのを楽しみにして出かけてきました。

練習艦 「かしま」 後部の飛行甲板に天幕を張っての会場ですが、広い甲板も招待者と実習幹部も併せたホスト役の海自側とで一杯でした。

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流石は練習艦隊だけ合って、料理などは豪華かつ手が込んだものばかりで大変に美味しく、かつ大量に用意されていました。

私も若い実習幹部の皆さんとお話しをしていると、43年前の自分のことを思い出して、ついお喋りに夢中になってしまい、料理にはほとんど手を付ける余裕がありませんでした。 これはちょっと惜しかったかも。

今回もそうですが、日本でのレセプションの時は招待者は比較的年配者が多いので、ほとんどの場合多くが残ってしまうのが常ですが、これが海外での場合は現地邦人や若い招待者が多いので、もの珍しさもあってあっという間に無くなってしまいます。

それにしても、候補生学校の時の赤鬼・青鬼の幹事付二人が 「かしま」 の副長付として一緒に乗り組んでおり、彼等から事前に 「実習幹部は、絶対に飲むな!食べるな!」 と厳しく言い渡されているようで、ひたすら我慢しながらホスト役に徹している様子は今も昔も同じですね。 ( ねっ、そうでしたよね、V一尉、H一尉 )

今日は料理が沢山残りましたので、あとで 「残飯処理」 で堪能できたかも (^_^;

そして私のかつての経験から遠洋航海の楽しみ方のコツを伝授してきました。 海上自衛隊の実習幹部ならではの、他では得られない経験ですので、存分に楽しみ、大きく成長して帰ってきて貰いたいものです。

・・・・ と言うわけで、お喋りに夢中になっていて写真もすっかり撮り忘れていました。

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練習艦隊司令官の眞鍋君始め練習艦隊の乗員の皆さん、実習幹部の皆さん、楽しい一時をありがとうございました。 そして、遠洋航海の御安航と実り多き成果を挙げてのご帰国をお祈りします。


これは家内へのお土産の戦利品。 最近はこういうものもあるんですね (^_^)

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今宵は私も楽しかった43年前のことを思い出しながら眠ることにします。

当時の記念アルバム :


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posted by 桜と錨 at 23:07| Comment(2) | TrackBack(0) | 気ままに

2017年04月23日

自衛隊による韓国在留邦人の救出


その後のネットでの状況などを見ておりましたが、読売新聞などが伝えた 「在韓邦人退避、自衛隊使えず?…韓国が消極姿勢」 ということについて、ほとんど反応がありません。


マスコミも政治屋さん達も 「ふ〜ん、そうなんだ。韓国がイエスと言わないから自衛隊は使えないんだ、それじゃあしかたないね。」 で終わりなんでしょうか?


私は、米国の場合は在外米市民の生命保護と救出に軍を投入することには全く躊躇しない、と言っております。

これは MOOTW (Military Operations Other Than War) の NEO (Non-combatant Evacuation Operation) として SP-MAGTF (Special Purpose - Marine Air-Ground Task Force) によって行うものです。

もちろん、これにはその目的達成のために必要があれば武器の使用も含みます。 当然、交戦状態にない他国の領土上であっても、です。

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( 米海兵隊の公式公開資料より )


しかしながらちょっと待って下さい。 米国だってどの様な場合であっても、何がなんでも軍を投入するわけではないことは申し上げるまでもありません。

平時における何もない状況では、どの国においても国内の治安維持と旅行者を含む在留外国人の安全確保は、自国の国民と同じように行われなければなりません。 これが国際社会における一員である主権国家としての当然の義務です。

しかしながら、その国内において何か事態が生起して外国人の安全のために国外退去の必要が生じた時には、関係各国と協議・協力して民間航空や船舶を利用した方法を講じなければなりません。 これも相互に主権国家として当然の行為です。

( 残念ながら、日本はかつてのイラン・イラク紛争時にこのよな状況になっても自国の民間航空機を派出せず、取り残された在留邦人はトルコ政府派遣の民間航空機によって救出されるという恥を晒したわけですが。)

ところが、状況が更に悪化して治安維持や国民の安全確保さえままならなくなった場合、即ち国家としての主権行為が機能しなくなった状況に陥った時には、在留外国人の保護は不可能になるでしょうし、あるいはその意思さえ持たない (特に韓国のような場合) こともあり得ます。

このような状況になって始めて各国は軍を投入して自国民の保護・救出に当たることになります。 これは米国の場合でも同じです。

そのような場合、既に当該国は国内の情勢をコントロールできず、国家としての治安維持の機能を失っていますので、諸外国が軍を派遣して自国民を保護・救出することに当該国のイエスもノーもありません。 国際社会の一員としての責務を果たせなくなっているのですから。


韓国に何かあった場合に自衛隊を派遣する場合というのは、当然ながらこういう状況においてです。

(まさか、何でもかんでも自衛隊で在韓邦人全てを救出するなどと思っておられる方はおられないと思いますが ・・・・ ?)

このようなことは主権国家であるならば、その国益の頂点にある自国民の生命保護のための救出は当たり前といえば当たり前すぎることでしょう。


さて、現在の半島情勢から、もし万一韓国情勢に何か重大な事態が生じた場合、いざという時に今の日本に自衛隊を派遣して国民を保護・救出する決意はあるのでしょうか? それも韓国の承諾の有無に関わらず、です。

それとも自衛隊派遣に既に国内のコントロール機能と能力を失った韓国の了承が得られないことを理由に、自国民を見放してみすみす見殺しにさえするのでしょうか?

posted by 桜と錨 at 23:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに