2019年09月15日

ニャンコがやって来た!(続)


ともかく、一日中リビングの中をあっちへチョロチョロ、こっちへチョロチョロと走り回ったり、気に入ったらしいトンボのような形の猫じゃらしで自分で遊んでいます。

そしてよく食べよく飲み、沢山のオシッコとウンチをします。 まあ、元気だけは一杯で有り余るほどのようで (^_^)


で、1週間が過ぎた頃から、家内と娘がリビングにいない時などには、やっと何とか時々思い出したかのように私の側にも自分から来るようになりました。

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( 私の脇に寝ころんでヘソ天でゴロゴロ )

う〜ん。 それでも、これから大きくなったらどうなるのか? 特に三毛猫は気難しくて飼いにくいとも聞きますし ・・・・ 室内飼いで手に負えなくなるかもしれないし ・・・・

家内にお試し期間が終わったらどうするのかと尋ねましたら “もうここまで来たら今更保護センターに返すのは可哀想でしょう 〜” っと、飼う気満々のようで。

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( アッカンベーの顔のまま完璧に寝入ってしまいました (^_^; )

まあそれはそうなんですが ・・・・ 末娘によく懐いているようなので、末娘が自分でちゃんと面倒をみると言うならば、このまま飼ってみることにしようか ・・・・

それに、一番心配した先住犬のジュンペイとはこれまでのところ喧嘩もせず、それぞれで好きにやっておりますので。

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もちろん元々が野良の保護猫ですから、由緒正しい血統で、しかも上品で綺麗なネコチャン達とはとても比べるべくもありませんが、それでも私の横でゴロンとしていれば、まあそれなりではありますし (^_^)


でも、本格的に飼うとなると、大きめで背の高い猫ケージか、あるいは猫タワーも必要になるでしょうし ・・・・ まあ、それらは飼いたいと言い出した家内と末娘に任せることにして ・・・・

それはそれとして、さて肝心な名前をどうするか? 来た日からの “ニャーン” や “ノーラ” (野良) でそのまま呼ぶわけにもいかず ・・・・

家内曰く、末娘に懐いて母猫代わりなんだから、末娘が気に入っている “小春” で良いんじゃない? と。

う〜ん、我が家の四女ニャンコ 小春ちゃん、ねえ (^_^;


ということで、借りていたバスケットを返す必要もありますので、昼から私も一緒に保護センターに行ってきまして、引き続き我が家で飼うことになりました。

さて、これからどうなりますことやら。

posted by 桜と錨 at 14:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

2019年09月14日

ニャンコがやって来た !


先週の5日(木)のこと。 家内が末娘の運転練習を兼ねて (免許を取ってからほとんど運転しておりませんので時々は) 遊びに出かけまして、夕方帰ってきました。

その帰ってきた時に、家内がリビングのドアを開けるなり 「えへへへ〜〜〜っ」 と。 こういう時は大抵悪巧みの時です (^_^;

で、続いて入ってきた末娘がピンクのバスケットを抱えています。 「貰って来ちゃった〜」

運転練習のついでに保護センターに寄ったら、ワンコ達はそれなりにいたようですが、隣の猫の区画には1匹だけポツンと。

野良で保護された生後5ヶ月くらいの三毛猫。 保護された時は何匹か一緒だったそうですが、譲渡のための去勢まで生き延びたのがこの1匹だけだったようです。

で、家内と末娘は一度見てしまうと可哀想になって、“お試し期間” が10日間あるということで連れてきたとのこと。


我が家ではこれまで犬は飼っていましたが猫はおりませんでしたし、私自身、小さい時から猫を飼ったことは一度もありませんので、ニャンコの飼い方、扱い方などは全く判りません。

保護センターで言われたのは、野良だったので室内飼いをして絶対に外に出さないように、だったとのこと。 もし間違って開いていた窓などから外に出たら、もう絶対に帰ってきませんからと。

それにしても、我が家にはトイプーの次男ジュンペイが老犬ながら室内飼いの先住犬としておりますので、これとニャンコが一緒で大丈夫なものか ・・・・ ?

う〜ん、どうなることかと。


来た2〜3日はやはり野良だったせいか、人影が動くのが見えるとリビングの中を物陰を探して逃げ回りました。 とても写真を撮るどころではありません (^_^;

しかしながら、心配した先住犬とは来た最初からお互いに我関せずの様子で、これは一安心でした。

そして、昼間は一日中部屋の中をあっちにチョロチョロ、こっちにチョロチョロと走り回っていましたが、夜中は最初の夜から犬用の小さなケージの中で朝までぐっすり。 鳴き声などで起こされることはありませんでした。

オシッコなども来た翌日から猫砂の箱の中でちゃんとして、終わったら前足と後足で器用に猫砂の中に埋めております。 まあ、これも一安心。


ただ、なかなか人に慣れない。

当初は散々走り回ってから一休みする時には、何故か洗濯カゴの中に入っていましたが ・・・・

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3〜4日したら、これもなぜかソファーに座っている末娘の膝の上でノンビリするようになりました。

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次いでその内、家内の膝の上か、家内の隣で寝ている次男犬と一緒にソファーの上でゴロンとするように。

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しかしながら、私にはチューブ入りの餌を貰う時以外は相変わらず近づいてきませんでした。

何じゃ、このニャンコは (^_^;

(続く)

(追記) :
HN 「すみれ」 さんから教えていただきました 「桜耳」 のこと、猫を飼ったことが無かったこともあり、全く知りませんでした。 てっきり両耳のピンク色のことかと (^_^;

ありがとうございました。


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posted by 桜と錨 at 23:17| Comment(5) | TrackBack(0) | 気ままに

2019年09月11日

全国家計構造調査の調査員


今朝、家内を車で送って帰ってきましたところ、丁度門の前に一台の車が止まっておりまして、何かと聞きましたら 「全国家計構造調査」 の調査員だそうです。

一応概要の説明を聞きましたが、完璧な個人情報。 それもほとんどは必要があれば市役所や税務署で確認すればよいものばかり。 我が家の収入などは1円単位で把握されてしっかり税金は取られておりますので。

如何に 「統計法」 で定められていようが、なぜ改めてこんな個人情報をどこの誰かしらない調査員を名乗る人物に教えなければならないのか? 調査員に守秘義務があるとはいっても、その どこの誰かしらない調査員は我が家の極めてプライベートな個人情報を知る わけですから。

当然ですが、お帰りいただきました。

「統計法」 では報告義務が定められており、拒否したり虚偽の回答には罰則の規定があるとのこと。

しかしながら勝手に抽出した所帯に対する調査でしょ? しかも市が委託したとする、こちらからすれば素性のわからない調査員で。

回答を拒否するつもりはありませんが、市役所の募集に応じたアルバイトの訳のわからない調査員に我が家についての個人情報をベラベラ話すつもりなどサラサラありませんので、市役所が書類を送ってくるか、あるいは市役所の職員の訪問があれば考慮するつもりです。

そもそも、私の名前さえ間違って書かれた書類を出して。 玄関の前まで来ながその家の世帯主の名前さえ確認していないような調査員です。 こんな極めてプライベートな個人情報の調査において 失礼極まりない としか言いようがありません。

もちろん市役所の担当課にはしっかり電話を入れました。

posted by 桜と錨 at 12:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

2019年09月08日

SG 『射撃指揮装置T型 方位盤』


本家サイトの今週の更新として、『現代戦講堂』 の 『資料展示室』 コーナーにて 『射撃指揮装置T型SG集』 に 『方位盤』 を追加公開 しました。

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他のものはともかくとして、やはり方位盤は外から見えるものですから、中には興味をもっていただける方もおられるかと思いますので、先の 『概要』 に続いてこれをご紹介することとします。

原本に発刊年月日などが記されておりませんが、おそらく先の 『概要』 と同じ昭和57年版のものと考えられます。

ただ残念なことに、私の所有する原本の印刷が大変に悪く、ところどころかすれていたり、また写真などはもうどうしようもありません。

海上自衛隊で学生の教育に使われたテキストやスタディ・ガイドは、昭和57年の当時でもこんな質の悪い藁半紙にガリ版刷りでした。

当時からこんなものをわざわざ教官が手間暇をかけてガリ版で作ったものを学生に配付するくらいならば、なぜ正規の 『取扱説明書』 を教務の間貸し出すか、主要な部分をそのままコピー印刷しないのかと思っておりました。

これに比べると、米海軍などは第2次大戦以前から既に専門技能を教育された特技兵が綺麗なイラストや写真が入った立派なテキストを作成し製本していました。

海上自衛隊が教育についても如何にお金もかけず施策も講じずに現場の一担当教官任せのお役所であったかということを現す一つですね。 これは公開中の幹部候補生学校でのSG集をご覧いただいてもよくお判りいただけるかと。

したがって、どうせ実務に就いた時には 『取扱説明書』 を見ながら実物で勉強すれば良いのだからと、ほとんどの学生はこれらSGを修業時に棄てていたと思います。


ところでこのT型の方位盤ですが、ご承知のとおりスイスのコントラバス社製のものを 「はるかぜ」 に搭載して実験し、その結果を参考に国産のものを開発しようとして、その第1次試作である 「68式」 と呼ばれるものを 「はるさめ」 に搭載して試験を行いました。

この時の方位盤は無人のもので、これに有人操作のTVカメラ付き光学照準器が付属するものでした。

しかしながら、「はるさめ」 での試作試験時に現場の鉄砲屋達から有人方位盤でなければと強い要請が行われ、これを採り入れ、かつ 「はるさめ」 で得られた種々の不具合・要改善事項を盛り込んで新たに製作された改善試作機を 「ながつき」 に搭載して試験を行い、制式作用されたものがこのT型です。

( といっても決して満足なものだったわけではなく、使いながら徐々に改善して行けばよいと施策的に無理に採用したのですが。)

この方位盤の有人化には、技術研究本部や開発に当たった三菱電機の技術者達などの根強い反対論があったようですし、私自身も若い頃は “何故わざわざこのご時世に無人方位盤だったものを有人方位盤に?” と思っていました。

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ところが、実際にこのT型を使うようになって、当時の鉄砲屋が何故有人化に拘ったのかが良く判りました。

要するに、T型が現場で何とか使い物になったのはこの有人方位盤があったればこそ、ということです。

特に、目標の捕捉・追尾能力については、射手による操作が極めて有効に機能し、当時でもそれ程高くは無かったT型そのものの機能・能力を補って余りあるものであったと言っても過言ではありません。

posted by 桜と錨 at 12:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 現代戦のこと

2019年09月03日

独り言

>25mm機銃の三段撃ち

って一体何のことやら (^_^)


(追記) :

やはり私と同じく判らない人がおられたようで、それってな〜に、という確認がありましたが、


左、中央、右の順に発砲されるらしい
他の銃が撃ってる間に弾丸装填して弾幕を途切れなくさせると言う言い分    

とのことです。

これって、当時の現場で 「垂れ流し (ションベン) 打方」 と呼ばれ、また 「小心者射法」 などと笑われたやり方のことですね (^_^)

もちろん、これを旧海軍において “三段打方” などと呼んだことはありませんし、そもそもそのような言葉、用語がありません。

多数機による攻撃が怖いことから、正確な照準など二の次で、とにかく弾を出し続けてさえいれば少しでもそれを紛らわせることができる、という機銃員の心理的な理由によって、現場の銃座において、特に従動照準器を有しない銃について、“勝手に” やっていたところがある、というものです。

当然のことですが、余程のまぐれでもない限り (例えば本来狙うべきもの以外の目標にたまたま当たるとか) 命中など全く期待できるわけがありません。

要するに “怖いから” だけで打ち続けるということであり、そのようなことは砲術学校の教官であった北村少佐などは厳に戒めていたところです。

二十五粍三連装機銃に限らず、当時の対空機銃・砲は、元々がそれほど命中率は高くありませんし、しかも機銃は1目標に対する射撃可能時間が短いので、ともかく目標を可能な限り速やかに捕捉して正確に照準し、射撃開始時に可能な限りの射撃速度を発揮して射弾を集中することが肝要でした。 これは旧海軍の教科書などでもキッチリ示されているところです。


まぁそんな事普通できやしないんですがね。                

二十五粍三連装機銃で1銃だけ打つことがなぜ出来ないんでしょう? やろうと思えば簡単にできますけどねえ。 三連装機銃の構造をちゃんと見てさえいれば、直ぐに判ることですが ・・・・ (^_^;

因みに、三連装機銃は、左 (ひだり) 銃、中 (なか) 銃、右 (みぎ) 銃と言います。


posted by 桜と錨 at 14:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 砲術の話し

2019年09月01日

懐かしのバー 「スターダスト」・補


やはりこれがないと私のブログらしくないので (^_^)

バー 「スターダスト」 のお話しで、もう30年も前に一度行ったことがあると書きましたが、では何故当時でも既に場末だった (失礼) ところへわざわざ飲みに行ったのか。


このお店はノース・ドックへ渡る橋の袂にありますが、このノース・ドックは昭和21年に米軍に接収されて以降、この橋から先へは一般の日本人は立ち入ることができませんでした。

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( 接収当時のノース・ドック 元画像 : 米軍撮影写真より )

そして、バー 「スターダスト」 は橋を渡って外出してくる米兵達を相手にするアメリカン・バーとして開いたのがその始まりです。

当時はこの付近に7軒ほど同じようなバーがあったとされていますが、現在でも変わらずに営業を続けているのはここだけになっています。

ノース・ドックはその後の埋め立てにより広大な敷地となりましたが、現在ではその敷地の内の一部は返還されて民間企業が入っています。

しかしながら規模は縮小されつつも、いまだに米陸海軍の補給の集積・中継の重要な基地として維持されていることは変わりがありません。

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( 現在のノース・ドック周辺の衛星写真 元画像 : Google Earth より )

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( 神奈川県の公式サイトより 現在の米軍管轄地 )


このノース・ドックには、米海軍の軍事海上輸送軍団極東支部 (MSCFE、Military Sealift Command, Far East) の司令部も、平成18年にシンガポールへ移転するまで置かれていました。

そしてそこに船舶運航軍事統制の極東統制官 (NCSOFE、Naval Control of Shipping Officer, Far East) のオフィスも同居していました。

( MSC や NCS についてお話ししますと長くなりますので、機会があればまた別にすることとし、今回は省略します )

毎年、NATO 加盟国を中心にした NCS に関する訓練の一つとして 「Bell Buoy」 と呼ばれる官民共同の実動演習が行われており、ここノース・ドックの NCSOFE にはコロラド州デンバーにある米海軍の予備役で構成される NR-NCSOEF 118 と呼ばれる専任部隊が、定期招集訓練を兼ねて派遣されてきておりました。

勿論何かあった時には召集されて、彼らがここに常駐することになるわけです。

丁度30年前の平成元年5月に2週間にわたって実施された 「Exercise Bell Buoy 89」 では、太平洋〜インド洋〜中東海域を訓練海域とし、参加国は米、英、カナダ、オーストラリアの4カ国で、オーストラリア海軍の参謀総長を訓練統制官として行われました。

そしてこの時は、予備役大佐を長とする予備役士官11名と予備役下士官兵12名、それにミネアポリスの予備役から技術支援のための士官1名と下士官1名の計25名が NCSOFE に派遣されました。

この演習に海自も各部隊等からの参加者を集めてノース・ドックで4日間の研修を行うことになったのす。

そこで、当時私は自衛艦隊司令部で日米海軍の共同演習の調整等を行っていましたので、その研修の取り纏めに当たることに。

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( 研修終了後に作成した報告書の表紙 )

取り纏め担当ですから、当然、参加者を引き連れてこのノース・ドックまで4日間毎日日帰りで通ったわけです。

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( 30年前のノース・ドック周辺 元画像 : 国土地理院の航空写真より加工 )

2週間にわたる演習では、有事前の国際情勢の緊張が高まった段階での VNCS (Voluntary NCS) から始まり、続いて有事となった際の FNCS (Full NCS) が行われ、この間に横浜に寄港している参加各国の商船に対して立入調査 (Bording) も行われました。

当時丁度、横浜市制100周年と横浜港開港130周年を記念して 「横浜博覧会」 が開催されており、これに併せて 「クイーン・エリザベス2世号」 がホテル・シップとして傭船されて停泊中でした。 立入調査はこの 「QE2」 に対しても行われましたので、私達も同行を希望したのですが ・・・・ (^_^;

余談ですが、演習が終了した日の夜にホテルで開かれた打ち上げパーティーには、米海軍側の関係者は勿論、研修の私達に加え、立入調査を行った商船の船長などが集まりましたが、「QE2」 の船長も専属秘書を連れて参加しておりました。 この秘書さんがこれまた目をみはるような大変な美人で (^_^)

その席上で船長と話しをしている時に、それとなく 「QE2」 を見学させてくれないか、と尋ねたところ、通常のクルーズの時なら自分の権限内だから全くかまわないのだけれども、今は会社を通して船ごとホテル・シップとして傭船されて横浜港に係留しているので、雇い主たる横浜市側の許可が必要、とのことでした。 残念 !


演習そのものは24時間連続して行われますので米側は直割を組んででしたが、私達は日帰りでしたので夕方のキリの良い時を見計らって帰りますから、そこである日の帰りがけに、この 「スターダスト」 に寄ってみたというわけです。

今となっては、いつ、誰と、どの様な切っ掛けでだったのか、あるいは米側参加者の非番直の者も一緒だったのか、などは覚えていませんが ・・・・ 当時の周囲の雰囲気もこのバーも、現在でもほとんど変わっていないことは記憶にあります (^_^;


そう言えば、とふと思い出しまして、昔の色々なものを入れた段ボール箱を幾つかゴソゴソやってみましたら、これが出てきました。

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研修が終わった時に NCSOFE 118 指揮官の予備役大佐から、記念にと言って貰ったものです。 台の大理石はコロラド州の名産品なんだとか。
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2019年08月31日

8月29日付 『朝雲新聞』


『朝雲新聞』 の 「世界の新兵器」 コーナーで艦船シリーズとして4ヶ月毎に掲載していただいてる私の第10回目で 「令和」 最初の記事となります。

今回は汎用フリゲイト (FREMM、Fregata Europi Multi Mission) の1タイプであるイタリア海軍の 「カルロ・ベルガミーニ」 級です。

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現在もこの FREMM 型の艦が建造されつつあるとはいえ、1番艦そのものは2013年の就役ですから既に “最新” とは言い難いものがあります。

が、何故本紙のシリーズとして今回採り上げたのかと言いますと、本級が早ければ来年にも建造計画が始まるとされている米海軍の次期ミサイル・フリゲイト FFG(X) の基本デザイン候補4つの内の一つとなっているからです。

元々の候補は5つだったのですが、早々に単胴 (モノハル) 型の「フリーダム級」LCSを元にしたロッキード・マーチン社案が脱落してしまいました。

残りの4社案の内、本級の元である FREMM 型は既に数々の運用実績があり、かつその汎用性に優れた基本デザインは定評のあるところで、このため FFG(X) の最有力なものと考えられています。

さて、米海軍の政治的判断も含めて、どれが FFG(X) に選定されるのか、その決定が待たれるところですね。

posted by 桜と錨 at 05:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 現代戦のこと

2019年08月30日

懐かしのバー 「スターダスト」


『最貧前線』 の初演のために久々の横浜でしたが、宿は伊勢佐木町。

で、舞台が終わってから宿までのどこかで遅い夕食を兼ねてちょっと一杯、と思ったのですが、私は昔からどうも 伊勢佐木〜関内〜桜木町 辺りのあのゴミゴミとした猥雑さは好きになりません。

青少年センターを出たのは22時も回っておりまして、雨も降り出しましたのでタクシーを拾って、折角ですからもう30年も前に一度行ったことのあるノース・ドック手前の老舗のバーに行ってみることに。

健在でした (^_^)

いまだにこの辺りはな〜んにもなくて、真っ暗な中にネオンがポツリと。 昔と全く変わっていません。

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外もそうなら、ドアから中も全く昔のまま。

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ただ、映画のロケ地などにもなりましたので、最近はそれなりに愛好者が増えたのかどうかは判りませんが、ソファー席側には先客の若いカップルが3組も。 このためそちら側の写真は撮れず (^_^;

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( ネットからお借りしました )

カウンター席に座って、何はともあれバッドを。 勿論グラスに注いで飲むなどは野暮というもの。 ビンのままでチビチビと。

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元々がノース・ドックの米兵相手に始まったアメリカン・バーですので、お酒の類はそれこそたくさん並んでいますが、ツマミはポテトチップスやナッツ、サラミなどだけ。

会計もその都度その都度のキャッシュ払いも同じ。

そして昔のままに古いジュークボックスから流れるオールディーズ ・・・・

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良いですねえ、こういうの。 一人でカウンターのイスに座ってノンビリしたひと時を楽しむには最高です。

マスターと若い店員さんも、こちらから何か話しかけない限り、お客の自由に過ごさせるこの距離間もいいですね。


二軒離れたところには港や街の夜景が楽しめるテラス席もある洒落たバーが出来ているようですが、こちらはデートやパーティー向きですので、野暮な男一人で入るにはチョット (^_^;

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( ネットからお借りしました )

で、小一時間ほどお邪魔して、タクシーを呼んでもらい宿に帰りました。 人通りもなく、タクシーが流す様なところではありませんので。

もちろん、帰りにはテーブルの空ビンの横に小銭のチップを置くのは忘れずに。

う〜ん、もう一度横浜に出てきて再訪できる機会はあるかな 〜 ・・・・

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2019年08月29日

宮崎駿氏原作 舞台演劇 『最貧前線』 初演


宮崎駿氏原作の舞台演劇 『最貧前線』 は、水戸芸術劇場の30周年記念事業として企画されたもので、先にご紹介しましたように、27日 (火) はその初演日でした。

これから横浜の青少年センターを皮切りに、10月一杯まで各地の8つの劇場で公演が行われます。

水戸芸術劇場 『最貧前線』 公式HP :

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( 水戸芸術劇場の公式HPより )

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( 『最貧前線』 公式パンフレットより )

私もお手伝いをした一人としてお呼びいただきましたので出かけてきました。

一連の公演の最初の会場は桜木町の県立青少年センターのメインホールである 「紅葉坂ホール」 で3日間です。

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ここは建物の全面改装に伴って、大変に立派な舞台ホールとなっていまして、最大収容人数は約800名です。

当日は少し早めに行ったのですが、開演の1時間以上前には既にロビーや出入り口前に大勢の人が集まっていました。

そして30分前の入場開始時にこれらの人々が受け付けに殺到してしまいましたので、暫く待って入りましたが、このため開演前にこのホール全体の写真を撮ろうと思っていたのですが ・・・・

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( 青少年センター公式HPよりお借りしました )

流石に初日だけあって会場は満杯。 私達お手伝いの関係者や一般の観客の方々の他に、本来が青少年センターであるだけに中・高校生などの招待者枠もあったようです。

舞台は18時半から。 途中の第1幕と第2幕の間に休憩が入り、終演は21時15分頃でした。

そして観客の皆さんが全て退場された後、ロビーにて出演者の皆さんやスタッフの皆さんが揃って初日の反省会を兼ねて軽く一杯。

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( 流石にこれ以上の大写しの写真は ・・・・ (^_^; )


全体の出来は、まだちょっと荒削りなところが残っているものの、以前稽古場で拝見したものに、映像や音響・証明などの全てが加わったこともあり、大変に見応えのある良い出来になっていました。

主演の内野聖陽さんや風間俊介さんを中心にした役者さん一同の熱演もあり、一般の方々にとっては感動ものの舞台になっていたと思います。

お芝居終了と同時に拍手が鳴りやまず、役者さん達が並んでのカーテンコールも2度ならず3度も。 そして、終演後に観客の皆さんが退場される時には、中には感極まったのか涙ぐんでいる人もチラホラ。


申し上げるまでもなく、舞台演劇はTVや映画などとは異なり、役者さん達が演ずる人間ドラマですし、それにその場その場で観客の人達に直感的に理解して貰わなくてはなりません。

その意味では、舞台演劇としても大変良く、脚本 (芸術監督) の井上さんや演出の一色さん達の手によって、大変見応えのあるものになっていると思います。

また、舞台セットや音響・照明、そしてシーン・シーンで映される映像も効果的なものであり、まさに舞台演劇ならではと。

ただ、この舞台、出演する役者さんは11名なのですが、やはり女優さんは一人も役がありませんで ・・・・ (^_^;


いただきました公式パンフレット。

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大変良くできており、内容もバラエティに富んだものとなっています。 舞台セットなどの写真もあり、ネタバラシになってはいけませんので省かせていただきますが、これは舞台をご覧いただいた方々は是非入手されておいて損はないと思います。

なお、最後の方のスタッフ等リストのページでは、2個所も私の名前を掲載していただきました。 嬉しいことです。

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そしてイラスト担当のモリナガ・ヨウ氏による取材イラストの中に ・・・・ これってもしかして私?

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もう一ついただきましたのは、舞台で使われている吉祥丸の大漁旗と同じデザインの手拭い。

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( 舞台で使われている吉祥丸の大漁旗 )

このパンフレットと大漁旗手拭いは、台本と共に私の大切な記念になりました (^_^)

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井上さんや一色さん、そしてスタッフの皆さん始め関係者の皆さん、ありがとうございました。 舞台演劇には門外漢の私が稽古場などをウロウロしてご迷惑をおかけしたと思います。 お世話になりました。 

また、内野さんや風間さん、ダンカンさんを初め出演の皆さん、立派な演技をありがとうございます。

これでまた一生の良き思い出が一つ増えました。

posted by 桜と錨 at 10:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

2019年08月27日

今日は 『最貧前線』 初演

今日は宮崎駿氏原作の舞台演劇 『最貧前線』 の初演です。

いざ出発 !

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会場は桜木町の県立青少年センター

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メインホールですが、開演の1時間以上前から既に大勢の人が集まっていました。

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詳しくは戻ってからお話ししますが、お芝居は大変に面白く、よくできていました。

posted by 桜と錨 at 21:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに