2017年03月04日

艦載砲と度量衡 (前)


これも以前某所などで出た話題ですが、何故155ミリとか150ミリといった口径の砲が出来たのかということでした。

結局のところ、残念ながらどこも最後まで度量衡とそれに伴う設計や製造機器などのことは出ずに終わってしまったようです。

そこで艦載砲の口径について、かつての砲弾の重量に基づくポンド表記からインチやミリメートル表記への変遷について少し振り返ってみたいと思います。


ご存じの通り、初期の艦載砲においては砲身は青銅製又は鋳造の前装滑筒砲であり、砲弾は球形実弾でした。

したがって、砲の大きさは砲弾の重量 (例えば40ポンド砲)、あるいは砲身そのものの重量 (例えば80トン砲) によって表されてきました。

砲の筒内も、そして砲弾も、それ程精密に作られていた訳ではなく、個々ものによってそれなりの誤差があり、また射耗あるいは錆によっても変わって来ました。

ですから、その都度各砲のその時の実際の筒径に合うサイズの砲弾を選んで各砲側などに準備していました。 その程度のことで良かったわけです。

実際の射撃では、砲弾の前後に詰物を入れ、発射ガスが砲弾と筒内との隙間から逃げないようにすると共に、動揺などにより砲弾が転げ出ないようにしていました。

しかし、射程を伸ばすために砲弾は次第に長軸弾となり、そしてその安定飛翔のために筒内には施条が施されるようになってきました。 また、装薬 (発射薬) の発展もあって、砲身も次第に積層砲、そして鋼線砲へと進歩してきます。

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艦載砲のこの辺の変遷については本家サイトの次の記事にありますので参照してください。

この艦載砲の発展に伴い砲及び砲弾の製造・加工は次第に精密なものが要求されるようになり、そのために工作機械や治具・工具も精密・正確なものが必要となってきました。

ここに来て、それら全ての規格を揃えるために各国で度量衡の制定とそれに従った工業体制が生まれてくるわけです。

もちろんこれは艦載砲に限ったことではなく、産業革命による工業生産全般について言えることです。

元々欧州大陸各国では 「ドイム」 (duim、兌母) という尺度を使っていましたが、これは各地域・国によって同じ1ドイムでも多少異なったものでした。

このため1799年になって共通の尺度 「エル」 (ell、會爾) が定められました。 これは産業革命による欧州域内における工業製品流通上の必要性から来ていることは論を待ちません。

そして1875年 (明治8年) になってパリで開催された国際度量衡総会で採択された 「メートル法条約」 へと繋がるわけです。

これは欧州大陸諸国で採用されましたが、一人英国のみは従来からのインチ・ポンド法にこだわり続けました。

10進法に比べると、人間の感覚からすれば12進法というのは極めて効率が悪いように思いますが、これは大国の威信と長年の慣れからくるものなのでしょう。


我が国においては明治18年 (1885) にメートル法条約に加盟し翌19年に公布していますが、明治24年になって定められた 「度量衡法」 (明治24年3月244日法律第3号) は従来からの尺貫法を基本としつつメートル法も許容し、かつメートル法の原器よりの換算を使用するという極めて変則的なものでした。

そして更に明治42年に 「改正度量衡法」 (明治42年3月8日法律第4号) となってヤード・ポンド法も許容して3者併用とすることになり、混乱に拍車をかけたわけです。

そこで大正10年になってこの度量衡法が改正され (「度量衡法中改正法律」 大正10年4月11日法律第71号) やっとメートル法に統一されることになります。

とは言え、このメートル法への統一も数々の反対にあって長い間なかなか定着しませんでした。 しかしながら太平洋戦争終結後の米英の占領下にあってもヤード・ポンド法に戻ったわけではなく、結局昭和26年の 「計量法」(昭和26年6月7日法律第207号) となってメートル法で決着がつけられたと言えるでしょう。

(この項続く)

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「艦載砲と度量衡 (中)」 :

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2017年02月26日

「世界の艦船」 4月号 (通刊第856号)


『世界の艦船』 最新号の4月号がそろそろ書店の店頭に並ぶ頃です。

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4月号の特集は 「第2次大戦の列国戦艦」 で、私も本文記事で次の2本を担当させていただきました。

  「 第2次大戦時の水上砲戦技術 」
  「 レーダー射撃 VS 光学射撃 」

両方とももう少しマニアックにとも思いましたが、艦砲射撃だけに興味があるわけではない一般読者の方々もおられるでしょうし、この方面の初心者の方々もおられるでしょうから、まずはこのレベルの基礎知識を持っていただければというものにしました。

特に米海軍の射撃指揮装置や射撃用レーダーについてはもっと詳細にと考えましたが、紙幅の都合もあり、これはまた次の機会にでも(^_^;

それでももちろんいつも通り今まで出版物などでは書かれたことのない内容を盛り込んでおります。

特にレーダー射撃や旧海軍の公算射撃に基づく高命中率などはまだまだ誤解があるようですが、これまで色々書いてきた成果もあってかなり認識が直ってきていると自負しており、今回の2本の記事はその総まとめ的なものであると思っております。

書店で見かけられた時には、是非手にとってご覧下さい。
posted by 桜と錨 at 22:52| Comment(2) | TrackBack(0) | 砲術の話し

2017年02月20日

旧海軍宮崎航空基地


本家サイトの昨日の定期更新で一つUPするのを忘れていました。

Facebook の方で、中谷元氏が宮崎空港脇にある慰霊碑での旧海軍宮崎航空隊及び同基地から出撃した特攻隊員の慰霊祭のことが紹介されていました。

これを機会に 『旧海軍の基地』 コーナーにて 「宮崎航空基地」 のページを公開します。

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「旧海軍の航空基地一覧」 のページ :
     http://navgunschl2.sakura.ne.jp/bangai/IJN_Nav_Base/Nav_Air_Base_list.html
「宮崎航空基地」 のページ :
     http://navgunschl2.sakura.ne.jp/bangai/IJN_Nav_Base/122A-Miyazaki.html

なお、同基地の名称として 「赤江飛行場」 あるいは 「赤江航空基地」 と呼ばれることがありますが、これは地名を採った現地での通称名で、旧海軍における正式名称は 「宮崎航空基地」 です。

posted by 桜と錨 at 20:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと

2017年02月19日

「連合艦隊戦策」 英訳版公開!


先々週本家サイトの更新として、当該 「史料展示室」 コーナーにて 「那智史料」 の一つである昭和18年の 「連合艦隊戦策」 を公開したところですが、今週はこの機会ですからついでに米海軍が 「那智」 から引き揚げた直後に主要なものを英訳した中にある当該戦策の英訳版を一緒に公開することにしました

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「史料展示室」 内容一覧ページ :
     http://navgunschl2.sakura.ne.jp/tenji/tenji_main.html
「連合艦隊戦策」 更新公開ページ :
     http://navgunschl2.sakura.ne.jp/tenji/46_GF_Sensaku_S18_Nachi.html

ただ私が持っているコピーもどの段階での複製版かは判りません。 ディジタル化に当たってゴミ取りをしてもまだまだ大変に見にくいものですが、幸いにして元の日本語と違って英数字だけですので何とか全て判読可能です。

元の日本文のものとこの英訳版とを対比しながらお読みいただくと、日本文で欠落又は判読不明な部分も把握できるかと思います。

なお、この 「那智史料」 の英訳版も一式が防研にあるようですが、こちらは私も見たことがありません。 本家サイトで公開するものよりも綺麗なものとも思われますので、興味のある方はこちらも是非一度防研でご確認ください。

posted by 桜と錨 at 17:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと

2017年02月17日

街の小さなお魚屋さん


老夫婦二人の食事が多くなりますと、週に1回くらい美味しいお魚を食べたくなります。

近くにある大型のスーパーでも色々なものが手に入りますがはやり質と味はそれなりのものですので、地元の新鮮なお魚がいいですねえ。

で、このところちょくちょくお邪魔するようになったのが、小さな小さなお魚屋さんです。

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お店にはいつも七十台半ばの大将と五十台の息子さんの二人が出ていますが、もう実質的には息子さんが中心で、大将は専ら店頭で営業活動、というよりお客さんのお喋り相手 (^_^)

店構えは本当に小さい (失礼) のですが、お客さんのほとんどは常連の食べ物関係のお店の人達ばかりのようで、そう言ったところの定常的な予約注文のものが発泡スチロールの箱に詰られて店舗脇に置かれています。

その代わり店先には僅かな種類しか並んでいません。 それも2/3くらいは大体いつも決まったものばかりで、残りの1/3が日替わりみたいな感じです。

一般向けのバラエティに富んだものというより、お店などでのメニューとなるようなもの、というところでしょうか。

それでもお昼を回ってしまうと、いつもあまり残っていません。

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個人のお客はこれも常連さんばかりで、一見さんなどはあまり見かけません。 ですから、私が顔を出した時にはだいたい他に誰もいませんので、いつも店頭で大将と一頻り世間話をしたり、お魚の上手な料理法を教えて貰ったりで (^_^)

ただ、品揃えが品揃えですから、シマアジなどの大きいものでも一匹か半身売りです。 これの半身一つでも十分な量ですので、いくつも買ってお刺身の盛り合わせにするなどはちょっと。

しかしながら、店頭に並んでいるものは毎日その日に地元の漁港に揚がったものばかり。 しかも仕入れてくるのは良いものを厳選したものばかりですから、どれも大変に美味しいです。

大将の口癖は “うちは魚屋じゃないよ、鮮魚店だよ” と (^_^)

実際ここのお刺身などを食べると、スーパーなどはもちろん他のお店のものは食べられなくなりそうです。

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( ここの赤ナマコも (入荷があれば) いつも絶品です )

そして、私のような個人が買いに行ってもいつも大変丁寧な仕事ぶりです。 お刺身用にと言えば、食べる時に柵切りにすれば良いように綺麗なおろし身に。 しかもこの時期でも必ず氷をビニール袋に入れて沿えてくれます。

また煮魚用や塩焼き用にと言えばそれ用に内臓と鱗を丁寧に取り除いて下ごしらえしてくれます。

それに半身で買ったものはサービスでアラも半分付けてくれます。 実はこのアラがこれまた大変に美味しいのです。 シマアジのアラ汁やカレイの骨の唐揚げなどは最高です。


ところでこのお店、顔を出すタイミングがこれまたいつもちょっと悩むところです。

と言いますのも、朝10時頃ですと常連さんの注文品を捌き終わり店頭の品を並べたところくらいですので、何か良いものをと思えばこの時間帯がベスト。

昼を回るともう店頭には少ししか残っていませんが、その代わり地エビやヤリイカ、貝類などが入荷した日は、その時に残っているものを全部貰うといつもかなりサーピスしてくれます(^_^)

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( “はい、おつり200円ね” と片目をつむりながら500円渡してくれたり )


我ながら良いお店を見つけたと思いますし、こういう良心的なところはこれからも長続きして欲しいですね。
posted by 桜と錨 at 19:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

2017年02月14日

メジロ


寒い日が続きます。

家内がこんな寒くては鳥さん達も食べ物が無くて可哀想、と庭のバードフィーダーにポンカンを載せておきましたら、近くにいたメジロがすぐに飛んできました。

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今までも時々ミカンなどを置いていたのですが、美味しくないのかいつもそのまま干からびていました。

今度は長い時間つついていました。 写真を撮るためにかなり近寄っても逃げません。 やはり美味しいのは判るようです (^_^)

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posted by 桜と錨 at 20:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

2017年02月12日

長男 こうすけ 一周忌


ゴールデン・レトリバーの長男 こうすけ が虹の橋を渡って1年になります。 満16歳の誕生日を迎えた直後でした。

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私の父と同居するために二世帯住宅に建て替えたとき、私はまだ現役で単身赴任の最中でした。

家には家内と娘三人、それに年寄りの父、近所も “姥捨て山団地” と呼ばれるくらいにお年寄り世帯ばかりでしたので、番犬にもなるので家内達が犬を飼いたいと言い出したのです。

それは確かにそうなんですが、我が家も私の小さい時から犬はいましたが全て外飼いでした。 昔はどこの家庭でもそうだったと思います。

家の中で飼うというのは何となくちょっと抵抗もありましたので、大型犬なら家内達も躊躇するかなと思って、何気なく “レトリバーやシベリアンなどならいいかな〜” と言ったのですが ・・・・

したり顔で子供達と出かけてペットショップから連れてきたのが こうすけ でした。 まさか本気で、とちょっとビックリ。

永久欠番となった長男予定の名前をつけ、その日から我が家の家族になりました。

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( あっ、お父〜さんが返ってきた! )

3〜4歳くらいまでは大変なやんちゃで家内を手こずらせましたが、それ以降は本当に大人しい性格で、やはり大型犬ならではなのかと。

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( 私に怒られると頭だけ隠すこうすけ )

家内達が悪戯をしても、じっと我慢 (^_^)

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晴れた日には庭で日向ぼっこ。

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トイプードルの弟の じゅんぺい が家族に加わっても、おとなしくお兄ちゃんぶりです。

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そして孫娘が遊びに来るようになっても。

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ただ人間よりは歳をとるのも早く、10歳を越えてからは次第に足腰が弱ってきて一昨年頃からは次第に立てなくなり、ほとんど寝たきりの状態となりましたました。

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( 満10歳の誕生日のお祝い )

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そして昨年、これが最後の機会と思い長距離のドライブに連れて行ったのですが、その後16歳の誕生日を迎えて数日した日の明け方、眠るように息を引き取りました。

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特に末娘は物心付く前から一緒でしたので、愛着も一入で、いずれはと判ってはいたことですが、やはり大変なショックだったようです。

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もちろん家内も私も、いわゆる “ペット・ロス” 症状が続きました。 それでも一年経って、やっとこうしてご来訪の皆さんにもご紹介できるようになりました。

本当に良い家族の一員でした。 きっとあの世でも楽しい日々を送ってくれていると思います。

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posted by 桜と錨 at 16:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

2017年02月05日

『連合艦隊戦策 第1巻 戦闘編』 公開 !


本家サイトの今週の更新として、同サイトの 「史料展示室」 コーナーにて昭和18年12月5日発簡の機密連合艦隊法令第81号別冊 『連合艦隊戦策 第1巻 戦闘編』 をPDFファイルにて公開しました。

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「史料展示室」 内容一覧ページ :
     http://navgunschl2.sakura.ne.jp/tenji/tenji_main.html
「連合艦隊戦策」 公開ページ :
     http://navgunschl2.sakura.ne.jp/tenji/46_GF_Sensaku_S18_Nachi.html

この文書は、昭和19年12月にマニラ湾で米軍機の攻撃により沈んだ重巡 「那智」 からフィリピン奪回後に米軍が回収した旧海軍の文書、通称 「那智史料」 と言われるものの中の1つで、昭和36年に日本に返還されたものです。

旧海軍関係のものは終戦時にほとんどが焼却処分されており、ごく僅かしか残っておりませんので、この 「那智史料」 は大変貴重な史料で、研究者にとってはまさに第1級のものといえるでしょう。

この返還された 「那智史料」 は現在防衛研究所戦史研究センター史料室に保管されていますが、まだアジ歴などでは公開されていません。

今回私が公開するものはこの史料室にあるものではなく、別に複製されたもののコピーからです。

米軍が引き揚げた時の状態なのか、大変に傷みが激しく、一部欠落するとともに大変不鮮明な個所も多くあります。 また複製作成時に使用された複写機も今日からすれば大変旧式なものです。 それでもかなりの部分が判読可能ですので、ほぼその全容は掴んでいただけると思います。

私は防研保管のものを見たことがありませんので、もしかするとこれより鮮明なのかもしれません。 興味を持たれた方があれば、是非一度防研の原本をご覧になることをお薦めいたします。

posted by 桜と錨 at 13:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと

2017年01月29日

HP 『海軍砲術学校』 の更新


当ブログの本家サイトである 『桜と錨の海軍砲術学校』 の更新として、『旧海軍の基地』 コーナーに 「オレアイ (Woleai)」 「ウェーキ (Wake)」 「ナウル (Nauru)」 の3つの航空基地のページを追加しました。

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( オレアイ環礁の全景写真 )

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( オレアイ島の日本軍施設配置図 )

航空基地リストページ :
   http://navgunschl2.sakura.ne.jp/bangai/IJN_Nav_Base/Nav_Air_Base_list.html
オレアイ航空基地 :
   http://navgunschl2.sakura.ne.jp/bangai/IJN_Nav_Base/070A-Woleai.html
ウェーキ航空基地 :
   http://navgunschl2.sakura.ne.jp/bangai/IJN_Nav_Base/178A-Wake.html
ナウル航空基地 :
   http://navgunschl2.sakura.ne.jp/bangai/IJN_Nav_Base/A018_Nauru.html

ウェーキはともかくとして、後の2つは大変にマイナーな基地ですので今ではほとんど知られていないものです。

もちろんいずれも日本側の史料に乏しく詳しい経緯などは不明なのですが、今のところここまでは何とか判る、というところで纏めまてみました。 こういうものも記録として残しておかないとと思っていますので。

リストにあるほとんどの航空基地については、史料等もそれなりに集まりつつあるのですが、なかなか時間がとれなくて記事に纏めることができないのが残念です。

本家サイトの他のコーナーと同じように、このコーナーも突然思い出したようにボチボチと追加していきますので、気長にお付き合いください。

もしこの航空基地をというご要望がございましたら、お聞かせいただければ手の空いた時にページを作ってみたいと思います。

posted by 桜と錨 at 16:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと

2017年01月28日

ランチバイキング


昨日は家内とちょっと街まで出ましたので、ついでにランチバイキングに。

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オフ・シーズンの平日だったからなのか、他のお客さんは3組くらいでした。

まずサラダ中心の一皿目

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続いて天麩羅と雑炊の二皿目

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そして最後に肉系とピザの三皿目

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う〜ん ・・・・ 残念ながらどの料理も味に個性が感じられずごく平凡で、ちょっと “えっ、こんな内容なの?” というものでした。

以前ここでシーズン中に家内が友達とランチした時は、お客さんも多く各料理の回転が速かったこともあったのか、どれもそれなりに美味しかったと言っていたので今回お邪魔してみたのですが ・・・・

他の用事を済ませてから、口直しを兼ねて某所で一休み。

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ここもオフ・シーズンの平日だったせいか、先客はず〜っと漫画を読んでいた一人のみ。 気兼ねなくノンビリできました 。 まあ穴場と言えば穴場ですね (^_^)

posted by 桜と錨 at 21:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに