2017年09月21日

桜と錨の独り言


私は twitter などはやりませんので、その代わりにここで呟きを。


旧海軍の 「120×851R弾」 ? 一体何のことを言っているのでしょう、それは。

そもそも旧海軍には弾薬についてこの様な呼称法はありません。

一部のミリタリー・ファンの間では通用するものかもしれませんが、正しい用語・名称を使わなければ判りませんよ。

まずはそれが記載されているというサイトの管理者に、それが何で、その根拠は何かを問い合わせることが先でしょうね (^_^)

posted by 桜と錨 at 19:44| Comment(2) | TrackBack(0) | 砲術の話し

2017年09月18日

1日遅れの本家サイトの更新


既にお知らせしたとおり、大風邪を引いてしまい、昨日予定していた本家サイトの定期更新ができませんでしたので、一日遅れで準備済みのものをUPしました。

『現代戦講堂』 の 『資料展示室』 コーナー中で、昭和48年度の海上自衛隊幹部候補生学校第1課程 (防大卒) 用スタディガイド集に 「潜水艦概説」 「航空機一般」 「機雷掃海」 の3つを追加公開しました。

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いずれも秘密文書でもなく、秘密事項も全く含まれておりません。 それに45年も前のものですので、内容的には少々古いですが、それでもそれぞれの基礎的事項を知る上では面白いものがあるかと。

当時の幹部候補生はこんなことを習っていたんだと思っていただければ幸いです。 それに所々今まで一般に出たことのないデータもありますので。

本当はもう一つ、北朝鮮関係で別な文書を準備中だったのですが、上記の都合で間に合いませんでしたので、これは後日といたします。

posted by 桜と錨 at 23:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 現代戦のこと

広島カープ リーグ優勝 !


本日甲子園球場において対阪神戦に勝利した広島カープが2年連続のリーグ優勝を決めました。 まずは広島在住者としてはお目出度いことです。

で、何がお目出度いかというと、事前に入手しておいたこれの封が切れると言うことです (^_^)

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カープ・ファンの方々には申し訳ないことですが、実は私自身はカープ・ファンではありません。

小さい頃に一時甲子園球場のすぐ側の浜甲子園と言うところに住んでいたことがありますが、それこそ当時は巨人・阪神の全盛期で、プロ野球というのは巨人が優勝するものという感覚ができてしまいました。

このため江川の一発病以降の巨人没落の哀れさのために、それ以降はプロ野球そのものにあまり興味が無くなってしまったのです。

しかしながら、家内はこちら出身だけあってやはり昔からカープの大ファンです。

で、千福さんから限定商品で赤い瓶の 「激熱」 が出るということで、私としてもこれは入手しておかなければと、事前に三宅本店さんの売店に注文しておいたのです。

先週の14日に届きましたが、家内からカープ優勝が決まるまではダメ、ということで取っておきました。

これで晴れて堂々と飲めます。 熱燗が美味しいと言うことですが ・・・・ ?

あっ、でもまだ大風邪が治りきっていないのでダメか。 早く治さないと家内に全部飲まれてしまう (^_^;

posted by 桜と錨 at 18:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

2017年09月12日

軍艦利根資料館


今日は車でグルッと回って江田島へ。 「能美海上ロッジ」 (老朽化のため閉鎖済み) の脇にある 「軍艦利根資料館」 へ行ってきました。

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ご存じの通り、重巡 「利根」 は昭和20年7月になって空襲を避けるために呉から江田内の湾内、ここのすぐ目の前に避泊しましたが、そのすぐ直後に米軍機の攻撃を受け大破着底しました。

そして昭和40年にこの地に慰霊碑を建立、昭和62年に隣接して現在の資料館が建設されました。

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敷地は地権者の寄付により現在は市の土地となっておりますが、慰霊碑と資料館は保存会が所有しております。

現在資料館の入口は9時〜17時で開けてある時もありますが、閉まっていれば誰でもが隣の 「シーサイド温泉のうみ」 のフロントに預けてある鍵を借り出して入ることができるようになっています。 つまり資料館内は無人ということです。

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とは行っても、市役所のホームページにも掲載されているように、江田島の一つの見所(悪く言えば観光地)であり、しかも参観無料であることもあって年間それなりの方々が全国から訪れていることも事実です。


現在の資料館の実際の管理は元々が 「利根」 とは縁もゆかりも無い方がボランティアとして行ってくれています。 しかしながら、その方も既にご高齢でありかつ地元ではありません。 また保存会とは言っても現在となってはほとんど有名無実に近いかと。

「資料館」の建家と展示物の維持管理、それに慰霊碑のある利根公園も合わせた周囲の清掃や草刈り、などなど結構手間暇を要します。

もちろんこれらを市がやってくれるわけではありません。 全ては管理をしてくれている方を中心とするボランティアです。

これらのことがあって、慰霊碑はともかく、この 「資料館」 の今後の運営が大きな課題になっているところです。

で、今日は管理を任されている方を含めてその問題について少し話し合いの場を持ちました。 私も何かあればアドバイスをと言うことで声がかかりましたので、出かけた次第です。

幸いにして今日の話し合いの中で、江田島と広島市在住の若いお二人から今後運営と維持管理に積極的に関わっていきたいとの申し出がありました。 期待できるかもしれません。


う〜ん、でも管理者の高齢化に伴う後継のことはここだけでは無く全国に多数あり、それぞれに問題を抱えているんですよね。

私からすれば、それこそ こういう事にこそ公益財団法人 「水交会」 が積極的に関わっていくべき事柄では と思います。

会の設立目的の一つに高々 と 「慰霊顕彰」 を掲げ、しかも現在の理事長挨拶の中に

先の戦争での戦没者、海上自衛隊での殉職者の慰霊顕彰のために、靖国神社への月例参拝を実施すると共に、全国11の支部が中心となって海軍墓地や顕彰碑の清掃、各地で行われる慰霊祭等を主催・共催するなどの活動 を行っております。

と謳っているのですから。

靖国神社月例参拝や各地の慰霊祭など、水交会の名前が売れることばかりではなく、この 「軍艦利根資料館」 の維持運営に関するような地道なことも大切であり、それこそ 「水交会」 の本来あるべき活動の姿と思うのですが ・・・・


おまけです。

天候があまり良くありませんが、今朝の雲のかかった古鷹山と海自第1術科学校

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津久茂瀬戸と津久茂山

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posted by 桜と錨 at 23:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと

2017年09月11日

『核兵器の効果』 コンテンツ追加


昨日本家サイトで今話題の電磁パルス (EMP) ついてのところを中心に 米国防省の1977年版 『核兵器の効果』 の第10章と第11章を公開 したところです。

ついでですので、本日既に出来上がっている 目次、第1章及び第2章、巻末の用語解説などを追加 しました。


特に邦訳版の第2章の写真画像については全て原典のものと入れ替えましたので、原紙にあるものよりは格段に見栄えが良くなっていると思います。

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残りの分もまだまだありますが、ちょっと手間暇がかかりますのでいつになるか ・・・・ 気長にお待ち下さい m(_ _)m


posted by 桜と錨 at 23:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 現代戦のこと

2017年09月10日

米国防省 『核兵器の効果』 1977年版


本家サイトの今週の更新として、昨今話題になっております北朝鮮の核兵器問題に関連して、 『現代戦講堂』 コーナーの 『資料展示室』 にて、米国防省が1977年に出した 『核兵器の効果』 (The Effects of Nuclear Weapons) の原典版と邦訳版の公開を始めました。

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とはいっても、前者で約650頁、後者は約740頁もありますので、ゴミ取りと整形、そして邦訳版は写真の原典版からの入れ替えなどでとても一度にはできません。

今回は取り敢えず、電磁パルス(EMP)を中心として、第10章と第11章をUPしました。

一部マスコミではどこから持ってきたのか判らないような孫引き、曾孫引きのようなものもあり、中には電離によるブラックアウトとEMPさえごちゃ混ぜにしたものも見られる始末です。

ちょっと古い資料ですが、こういうキチンとした文献で基礎的なことの理論武装をしていただきたいと思う次第です。

なお、この第10章と第11章には写真はありませんが、グラフとイラストについては原典版の方が格段に綺麗ですし、日英の専門用語をチェックするためにも両者の対比をしながらお読みいただけると宜しいかと。


posted by 桜と錨 at 20:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 現代戦のこと

2017年09月09日

加藤友三郎元帥研究会セミナー


昨夕は呉のクレイトンベイ・ホテルにて、私も賛同人の一人として加えていただいている 「加藤友三郎元帥研究会」 が主催するセミナーでした。

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今回はその分野でも活躍されている笹幸恵氏による 『遺骨帰還事業の現状と課題』 と題するお話でした。

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ご存じの通り、海外の戦地で亡くなられた日本兵の遺骨収集については、昨年 『戦没者の遺骨収集の推進に関する法律』 が施行され、やっと国家事業として始まりましたが、笹氏のお話はそれまでの民間ボランティアによる活動と法律施行後の現状についてです。

当事者ご本人のお話だけに、有意義で興味深い1時間半でした。

その後の懇親会でも笹氏と同じテーブルで隣どうしの席でしたので、色々お話ができまして大変楽しいひとときが持てました。

そして講演及び懇親会とも、なかなかの盛会であったと思います。

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このセミナー、一見すると “加藤友三郎とは関係ないのでは?” と思われる方もおられるかもしれませんが、昨年から始まったこの研究会、ともかくまずは多くの方々に知っていただくことと、横の繋がりを広げていくことは重要なことの一つでしょう。

今回の笹氏のお話のこともそうですが、この研究会も “人々の自発的な尽力” があって初めて成り立っていくものですから。
posted by 桜と錨 at 14:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと

2017年09月06日

『艦砲射撃訓練規則』 (補足)


これはどうしても補足しておかなければ片手落ちになるでしょう。

先にこの訓練規則を説明した時に、もしかしたら “あれっ” と思われた方もおられるかもしれません。 そうならその方は大変に旧海軍に詳しいと言えます (^_^)


実は、太平洋戦争が開戦となった直後の昭和17年1月8日に 『戦闘訓練規則草案』 が定められて試行されました。

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これによって 『艦砲射撃訓練規則』 を始めとする、魚雷発射、航空、艦隊運動、機関運転などそれまでの訓練規則の全てが 「停止」 となったのです。

ただ残念ながらこの内令により海軍省教育局長から所要の向きに配布されたとする別冊そのものは見たことがありませんし、防衛研究所にも残されていないようです。

とは言っても、どの様なものであったのかの大凡の見当は付きます。

即ち、太平洋戦争が始まり戦時状態となった海軍においては、平時における訓練規則がそのまま実施できるわけはありません。

例えば、射撃訓練についても平時におけるように事細かなことは不可能ですし、ましてや外地に展開する艦艇部隊がそのような訓練をする余裕はありません。

それに規定された標的でさえ満足には揃いませんので、その時その時で標的として使えそうなものを使うしかない状況です。

ですから、開戦後早々に訓練についても平時の態勢から戦時態勢へと切り替えたわけです。

このため、この 『戦闘訓練規則草案』 は本来の各種訓練規則に準拠しながらも、相当に簡略化されたものであったはずです。 特に手続きや書類などについては。

当然ながら戦争が終結して平時の態勢に戻れば、また元の各種訓練規則に則った訓練が再開されたはずですが、敗戦という結果に終わりましたので、この試行も終戦までそのまま続いたのです。

ただし射撃訓練の実施要領のようなことについては基本的にそのまま踏襲せざるをえません。 変えようがないからです。

したがって、これら各種訓練規則は 「廃止」 ではなく 「停止」 とされており、規則そのものは終戦まで存続したのです。



付け加えるなら、この規則などは 『海軍制度沿革』 にはありません。 これは昭和15年に編纂され、昭和12〜13年、一部は14年のものまでしか収録されていませんから、それ以前のことを調べるならともかく、多くの方々に関心のある太平洋戦争開戦前から終戦までのものは当然ながら載っていないわけです。

この 『海軍制度沿革』 以降の旧海軍について調べるには、まずは『海軍諸例則 第14版』と『内令提要 第10版』 (と一部については 『軍極秘内令提要』 ) を見る必要があり、かつ基本です。

そして、これらどれにしても 「なかなか検索に骨が折れますが」 などと言うことはありません。

これらの記載要領については全てキチンと分類されておりますので、目次及び索引の使い方に少し慣れればすぐに探せるようになります。

なお、これらの目次及び索引については、本家サイトの 『史料展示室』 でも公開しておりますので、こちらも活用いただけると嬉しいですね。

『海軍制度沿革』 目次 :
    http://navgunschl2.sakura.ne.jp/tenji/28_nav_reg_his.html
『海軍諸例則 第14版』 目次及び索引 :
    http://navgunschl2.sakura.ne.jp/tenji/04-shoreisoku.html
『内令提要 第10版』 目次及び索引 :
    http://navgunschl2.sakura.ne.jp/tenji/02-nairei.html

posted by 桜と錨 at 23:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 砲術の話し

2017年09月04日

戦艦 「長門」 の新写真? (^_^)


ネット上で一人歩きしている様々な写真の中にこんなものを見つけました。

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一瞬、今まで見たことのない 「長門」 の新発掘の写真か? ・・・・ と思いましたら、よく見るとこれ実物ではありませんね (^_^;

昭和45年に公開された有名な映画 『トラ・トラ・トラ!』 で使われた実物大のオープン・セットで、福岡県芦屋の海岸に作られましたが、実に良くできてますね〜

でも、こういうショットがあると言うことは、当時もっと色々な艦上シーンが撮影されたのではと考えられます。 ただ本来がアメリカ映画ですから、おそらく編集の段階でカットされたものと。


なお、もしこの写真の元々の出所をご存じの方がおられましたら、是非ご教示いただければと思います。


posted by 桜と錨 at 16:05| Comment(8) | TrackBack(0) | 気ままに

2017年09月03日

『艦砲射撃訓練規則』


本家サイトの今週の更新として、昭和20年2月現在の 『艦砲射撃訓練規則』 を公開しました。

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http://navgunschl2.sakura.ne.jp/IJN_houki/IJN_houki_main.html
( リストの最後の方にあります )

旧海軍が昭和期にどの様な艦砲射撃の訓練を実施していたのかの根拠文書で、昭和3年に内令380号で制定され、その後細かいところがいくつか修正されてきたものです。

旧海軍における射撃訓練の規則は、明治19年の 『常備艦艦砲射撃概則』 に始まり、昭和3年までに12回の改訂が行われてきましたが、この昭和3年のものが今次終戦まで続く根拠となりました。

これをお読みいただければお判りいただけるように、射撃訓練と言ってもただ漫然と年度の割り当て弾数を撃っていたわけではなく、毎年度キチンと一年間の計画を立て、各回ごと綿密な実施要領を示して行っており、各艦はこれに基づき、射撃胸算を立てて事前訓練を繰り返して射撃に臨み、そして可能な限り詳細な実施記録を採って射後分析を行い、射撃報告書を作っていました。

如何に艦砲射撃の実力向上に努力を傾けていたのか、その一端をご理解いただければと思います。


ところで、ネットの某所でこの射撃訓練に使う 「標的」 のことが話題になっていました。 しかしながら結局のところ、どのような物でどのように使うのかの根拠は出てこなかったようです。

その標的のこともこの 『艦砲射撃訓練規則』 の中でキチンと決められています。

例えば、対軍艦を想定した射撃の場合は、第1〜第3種の 「標的」 を用いて、これをどの様に使うのかも示されています。

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( 第1種標的略図 )

なおこの標的のことは、残念ながら 「標的筏」 というような言葉でアジ歴を検索しても、ネットでググっても、出てきませんので念のため (^_^;

posted by 桜と錨 at 12:48| Comment(2) | TrackBack(0) | 気ままに