2019年10月01日

遅ればせの夏休み 3


初日 (22日午後)

さて、新石垣空港到着時は宿のオーナーが出迎えてくれましたので、まずはレンタカー4台を借りてこれに分乗し、オーナー車の先導により宿へ。

ところが流石は地元の人、海沿いのメインの国道を走って石垣市街を抜けることをせず、サトウキビ畑や牧草地などが連なる細い未舗装の脇道を右へ左へと進みます。

そして、ふと気がつくとかなり島の中にある、今は 「国際農林水産業研究センター」 となっている 旧海軍の元不時着陸場 (後に第一石垣航空基地、石垣北飛行場) 跡地 の脇を通りました。

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( 空港からの黄色線がメインの国道 )

残念ながら思いもかけないことで写真を撮る余裕がありませんでしたが、もっとも今では跡地はそのままその周囲のグルリを大木の林で囲まれており、道路側から中の様子はほとんど見えません(^_^;

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( Google Earth より、北側上空より跡地を俯瞰 )

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( Street View より、現在の研究センター入口 )

その後も市街地を避けて大きく迂回し、突然宿のある道の前に。 う〜ん、流石です。

宿は前回ご紹介した 「赤瓦ヴィラ」 ですが、ここは周りに数件だけのポツンとした一画で、宿の前は道を挟んで喫茶店が、更にその先はもう低い防波堤のある海岸です。 環境的にも大変にノンビリムードです。

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( 宿の前にある喫茶店 )

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( その前はもう海です 遠方は石垣市街 )

宿では先ず荷物を降ろして内部のレイアウトを確認し、一休憩してから女性陣は朝夕の食べ物や飲み物の買い出しに。 私は周りの散策を兼ねての散歩。 残念なのは厚い雲が覆うドンヨリとした天気です。

買出し部隊が戻ってから、夕食のためにタクシー4台に分乗して市内の有名な居酒屋さんへ。 ここは地元と観光客の双方の人気店のため、1ヶ月以上前でないと席が取れないとのことで、事前にオーナーさんにお願いして予約してあったところです。

コース・メニューでしたが、先ずは定番の刺し盛りに始まって、出るは出るは、郷土料理やお店の創作料理などが次々にテーブルに並び、しかもどれも大変に美味しいものばかりでした。

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( 最初の刺し盛り、もう次の料理からの写真を撮る余裕は (^_^; )

ただ、社長の子供さん達を除くと、一行の平均年齢は50才をとっくに超えているとあっては、とても食べきれないほどでした。 2時間皆で飲み食いとおしゃべりを堪能し、帰りには残ったものを宿での続きのためにテイクアウト。

そして再びタクシーに分乗して宿に戻り、宿のBBQコーナーのテーブルにそのテイクアウトした品々や、買出し部隊が仕入れたアルコール類やツマミの数々を広げて、エンドレスの大騒ぎに入りました。

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( まだまだ延々と )

最後は男性陣数名が残りましたが、お開きとなったのは日付けがとっくに変わっていたと、多分 ・・・・ 記憶がありません (^_^;

(続く)
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2019年09月30日

遅ればせの夏休み 続


帰宅した夜からの発熱を伴う体調不良は、やっとなんとか収まりつつありますが、まだ完全とは言い難いところです。

一体何だったのか? やはり家内に笑われたようにはしゃぎすぎた反動か (^_^;


さてその石垣島行きですが、実はこの話は3ヶ月位前に日頃大変お世話になっている建設会社の社長からお誘いがあったものです。

その時は、4泊5日で社長のお仲間など5人で釣り三昧に行こう、という計画だったのです。 しかも中3日は遊漁船をチャーターして、その内の1日はマグロ狙いのトローリングの予定でした。 この社長は昨年宮古島でのトローリングで大物を仕留めており、これに味を占めたものです。

この話しには私も惹かれまして、即座に “是非お供を” と (^_^)


ところがその後段々と話しが変わってきまして、特に社長の奥さんや娘さんから “ずるい、私達も行く” と言うことになり、最終的には社長家族と社員を含めた総勢14名での3泊4日の団体旅行となってしまいました。

しかも社長自身は家族の相手もしなければならないので、中2日の内、遊漁船での釣りは1日のみ。

2日目が釣りで、残りの人達は西表島や竹富島などの観光へ、3日目は社長家族が海水浴へ、あとの人は希望者がレンタカーで島内ドライブ、それ以外は各自自由に、の予定となりました。 私は石垣島は初めてですので、もちろん島内ドライブはこれはこれで楽しみです。


・・・・ のはずだったのですが ・・・・ 例の台風17号の余波で洋上はうねりが残っており、滞在中は3m以上と予想されたため、着いた日早々に遊漁船の船長の判断で2日目、予備の3日目もキャンセルとなってしまいました。


さて私達釣り組はどうしたら良いのか (^_^;


ところで、宿は当初から仲間の知り合いがオーナーをやっている 「赤瓦 ヴィラ」 という貸し古民家を確保済み。

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詳細については次のURLのサイトで

ただし、ここはベットのある洋室は1室のみで、後は寝室に使えるのは畳敷きの和室2部屋です。

14名の内、ご夫婦で参加の1組は別個にホテルを確保し、一人はオーナー宅に泊まることになりましたので、女性陣はベットを増やして洋室で、残りの男性陣は和室2部屋に雑魚寝で (^_^)


3泊でしたが、オーナーのホスト役もよろしく、一行で毎夜気兼ねなく深夜まで大騒ぎでした。

(続く)
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2019年09月29日

九六式二十五粍三連装機銃について


今週の本家サイトの更新として、『砲術講堂』 の 『砲術の話題あれこれ』 コーナーにて、その第10話として標題の 『九六式二十五粍三連装機銃について』 の連載を開設 しました。

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( 旧海軍史料から九六式二十五粍機銃構造略図 )

取り敢えずその初回として、ネット某所であった同銃の打方についての議論における問題の所在と、参考として旧海軍の公式史料から 「各種機銃要目表」「九六式二十五粍機銃 銃架型別」 を公開しました。

某所での議論を見ていると、どうもキチンとした史料に基づいたものはほとんど無く、ネットや出版物にあるものからそれぞれで判断した主張を述べているだけのように見えます。

それも、まさか同三連装機銃の使用・用途が実戦における対空射撃だけとしか考えていないのでは、と思われるフシもあります。

もちろん、日本版ウィキペディアにおいてさえ、同銃についての旧海軍史料に基づいた内容ではなく、しかも今回公表するような機銃及び銃架型別は説明されておらず、また本家サイトでも既に公開している同機銃用の弾丸の種類についても不完全で、実際の2/3しか記載されていません。

要するに、誰かがこう言った、こう書かれている、ということを引用しただけで、同銃についてのキチンとした旧海軍史料には基づいていない、と言うことです。

このため、某所のようなところでの議論だけがおかしいとは言えないのですが (^_^;

したがって、これから少しずつ暇を見つけて、旧海軍史料に基づく同機銃の構造、機構、作動、操作法、射撃要領などについて、その特徴や問題点なども含めてお話ししていきたいと思います。

posted by 桜と錨 at 13:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 砲術の話し

2019年09月28日

『丸』 11月号


遅ればせの夏休みを取って戻ってきましたら、もう一つ、潮書房さんからも届いていました。

『丸』 の11月号の特集は 『巨大空母伝説』 で、特に 「幻の空母 「信濃」 」 を中心としております。

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この特集に関連して、私も次の一稿を担当させていただきました。

『米重防御空母 「ミッドウェー」 大解剖』

編集部さんからご依頼いただいたのは “「ミッドウェー」 級の航空艤装を含む兵装とその変遷を” とのことでしたので、同級の計画・建造経緯や搭載航空機の変遷、船体・機関などについては他の方の記事があるものと思っておりましたが ・・・・ 結局私の記事一つのみでしたので、それならもう少し幅広い内容でも良かったのかな、と (^_^;

ただし、NTDS の詳細データを含み、これまであまり語られたことのない事項を入れておりますので、これはこれでこの方面に関心のある方々のご参考になるのではと思っております。

「ミッドウェー」 は海外の基地を母港とする初の米空母でもあり、また退役までの間色々な話題を提供してくれ、私にとっても良き思い出の艦の一つです。


本来の特集記事である 「信濃」 については、その大元である 「大和」 型船体構造の基本的欠陥や、空母改装上の疑問、進水から就役、呉回航、沈没に到るその経緯について、などなど書きたいことは沢山ありますが、これらについては先日のNHKさんのドキュメンタリーと併せて、別の機会にお話ししたいと思います。

肝心なことは、「信濃」 の建造に関わった者達、そして元乗組員だったとする者達の証言ばかりが表に出ておりますが、そのほとんどは一現場で見聞きした年少兵であると言うことです。

彼等が知り得たのはあくまでもその時その時の限られた配置で見聞きしただけの範囲のものであって、決して客観的に 「信濃」 の真実を評価できる立場にはいなかったということです。

そして、最も求められるのは、客観的に評価されたその真実ではないのか、ということなんですですが ・・・・


これももう書店に並んでいると思います。 店頭で見かけられた時には是非手にとってご覧下さい。

posted by 桜と錨 at 12:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 現代戦のこと

『世界の艦船』 11月号


遅ればせの夏休みを取って戻ってきましたら、海人社さんから届いていました。

『世界の艦船』 の11月号 (通巻911号) の特集は 『現代海軍と島嶼争奪戦』 です。

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私も次の一稿を担当させていただきました。

『島嶼争奪戦の本質とは?』

編集部さんからご依頼いただいたのは島嶼争奪戦について単なる上陸阻止や侵攻後の奪還などではなく、その本質について過去の歴史及び今後についての内容でした。

そのご要望の主旨からは少し外れたところがあるかも知れませんが、防衛省・自衛隊により現在までに公表されている 「島嶼防衛」 は、本来のあり方からすると少し 「?」 ではないのか、というところを強調させていただきました。

もちろん、防衛省や各自衛隊で計画されているものの詳細については触れる立場にありませんが、これまでの経験、特に折に触れ見聞きしてきた米海軍の両用戦などについてに基づいて、忌憚の無い意見を述べさせていただきました。

海上防衛に携わってきた者からする “海上戦” として島嶼防衛 特にその両用戦のあり方について、あくまでも私個人の所見としてお読みいただければ幸いです。

もう書店に並んでいると思います。 店頭で見かけられた時には是非手にとってご覧下さい。

posted by 桜と錨 at 11:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 現代戦のこと

2019年09月27日

遅ればせの夏休み

7月からバタバタ続きでもありましたので、夏らしい夏を感じないまま初秋を迎えることになってしまいました。

そこでちょっと遅ればせの夏休みを。 9月22〜25日の三泊四日で石垣島に。

ですが、台風17号の余波が残り、折角の南国なのにカラッと晴れた天気が期待できそうにない天気予報で ・・・・

ともかく出発 !

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( 広島空港も雨模様です )

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( 広島からは直行便がありませんので、那覇で乗り継ぎ )

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( 定刻より10分遅れ )

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( 那覇離陸時 沖側に2本目の滑走路を建設中です )

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( 新石垣空港 ホントに小さなローカル空港です )

無事に着きました !

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( ターミナルの到着ロビーも南国風の飾り付けです )


・・・・ で、当初は日々の出来事などを現地から発信する予定でいましたが、何しろ着いた日から3日間早朝から深夜まで皆で大騒ぎをしてまして ・・・・ (^_^;

ところが、一昨日の夕刻広島に戻ったのですが、何故か夜になって8度5分の発熱を伴う体調不良になりまして、今日現在も未だに回復に到らない状態です。

家内から “まるではしゃぎ過ぎた小学生の遠足みたい” と笑われております (^_^;

したがいまして、これから少しずつ写真を整理しながら日々の様子をお話ししていきたいと思います。

posted by 桜と錨 at 23:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

2019年09月19日

我が家の三毛猫 小春


野良で生後5ヶ月くらいの保護猫だった三毛猫が、我が家にやって来て2週間が経ちました。

お試し期間が終わった先日の日曜日に保護センターに行って、引き続き飼いますと言ったのですが ・・・・ それを何となく自分も薄々感じたのか、新しいキチンとした “小春” という名前を貰ったとたんに、何故かどんどんノビノビし始めまして ・・・・

我が家に来た当初は、触ったりダッコされるどころか、近づいただけで逃げ回っていたのですが、今では私の膝の上にも自分から乗ってきまして、撫でられていてもじっとしており、その内スヤスヤと寝てしまうまでになりました。

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まあ、こうなってくると、私も飼うのはもう止めるとは言えなくなってきまして (^_^)

それに今のところ先住犬のジュンペイとも喧嘩をすることなく、互いにそれぞれで好きにやっております。

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( 家内の脱いだ寝間着の上で二匹揃って (^_^; )

でも、先にも書きましたとおり、我が家にはこれまで猫はおらず、私も小さい時から飼ったことはありませんので、どう扱ったら良いのかいまだに試行錯誤の毎日です。


ところで、HN 「すみれ」 さんから教えていただいた例の 「桜耳」 ですが、

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確かに去勢した証に先端を切り取った左耳の形は 「桜の花びら」 に見えるのですが、その左耳の内側も、そして右耳の裏側も綺麗なピンク色をしています。

左耳の形だけではなく、これも 「桜耳」 と勘違いしてしまったのも、そう間違いでは無いような気も ・・・・ と自分勝手に思っています (^_^)


そして小春の肉球です。 三毛猫の場合は全てがピンクではなく、こういう違う色が混ざっているのも普通にあるそうですね。

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小春の長〜いシッポです。 何故か先端が真っ白で目立ちます。

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ここにきて家内が、“おと〜さん、小春の顔つきが来た時に比べるとやさしい顔になってきたね” と言います。

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( 左 : 三日目  右 : 最近 )

う〜ん、そうかな〜 ? 私には単に食べすぎでデブになってきただけのように見えますが ・・・・ (^_^;

posted by 桜と錨 at 18:24| Comment(2) | TrackBack(0) | 気ままに

2019年09月18日

『世界の艦船』 10月号増刊


『世界の艦船』 の最新刊は10月号増刊 (通巻910号) は 『アメリカ護衛艦史』 です。

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私も次の一稿を担当させていただきました。

『米護衛艦対潜能力の発達 そのハードとソフト』

ただ、本増刊号で取り扱う米護衛艦の範囲が第2次大戦中から戦後の 「O.H. Perry」 級までと大変に広いものですので、残念ながら紙幅の関係でその全てについてのハードを網羅することが出来ませんでした。

したがって、第2次大戦中のものを中心にして、戦後の代表的なもののサワリをご紹介するので一杯で、さらにソフトについてはほとんど省略せざるを得ませんでした。

大戦中及び戦後の各ソーナーの詳細や、戦後米海軍が開発した唯一の前投兵器である Mk-108 Weapon Alpha や各短魚雷の詳細、それに SFCS と呼ばれる対潜指揮装置の詳細などについては、今後機会があればご紹介していきたいと思います。

また、対潜戦を論ずるには水中音響についての知識が必要になりますし、ソーナーでの探知・識別・追尾についても重要な項目になりますが、これもホンのサワリだけとなってしまいましたことをご了承下さい。

ただし、第2次大戦中の連合国側からする対潜戦については、1946年に米海軍の OEG (Operational Evaluation Group) による素晴らしい研究成果である 『OEG Report No.51 Antisubmarine Warfare in World War II』 と言うのが出ています。

これは既に本家サイトの 『史料展示室』 コーナーにてその原書と邦訳版の全頁を公開しておりますので、是非一度ご覧下さい。

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これは現在に至るもこの分野の研究上必須のものの一つで、これをお読みになれば改めて更に付け加える必要は無いほどのものです。

そして、戦後の対潜戦の変遷・発達については、大変に面白い事項も多いのですが、これらについても省かざるを得なかったことは残念です。

また、ソーナーについては、何故実際の潜水艦を目標とするソーナー員の訓練が大切であり、何故ソーナー員の “耳” “音感” が重要なのかもお話ししたいところですが、これだけで一項目が十分に成り立つほどのものですので ・・・・

もう書店に並んでいると思います。 店頭で見かけられた時には是非手にとってご覧下さい。

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2019年09月16日

全国家計構造調査の調査員 補足


まだこの全国調査を受けたことが無い方がおられましたら、私の知り得たところ、感じたところをご参考までに。

ご存じのとおり、平成19年に定められた法律第53号の 「統計法」 に基づき、総務省統計局が所掌する全国調査には国勢調査を初めとしていくつかあります。

今回の 「全国家計構造調査」 もその一つで、5年ごとに行われ、今年が13回目で、その詳細については昭和59年の総理府令第23号 「全国家計構造調査規則」 による基本調査 が実施されます。

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この調査の期間は10月〜11月の2ヶ月間、全国から無作為に選定した約9万世帯が対象となります。

そしてこの調査においては、調査票により次の事項を回答することとされています。

  一 収入及び支出に関する事項
  二 年間収入に関する事項
  三 貯蓄現在高に関する事項
  四 借入金残高に関する事項
  五 世帯及び世帯員に関する事項
  六 現住居に関する事項
  七 現住居以外の住宅及び宅地に関する事項
  八 毎月の家賃支払額、毎月の住宅ローンの返済額

そしてこの調査は調査員によって対象世帯を訪問して行うことになっているのです。

とはいっても、総務省統計局自身では出来ませんので、これら全ての実施は 各都道府県へ、そしてそこから各市町村へと、いわば “丸投げ” されることになります。

私の住む呉市の例では、市のHPで次のように記載されています。


つまり、呉市に割り当てられたのは約210世帯で、全世帯数約11万の中から、これを18地域に分けて行います。

もちろんその選定は、具体的にどのような理由でどの様になされたのか、などは公表されておりません。

そして、この調査に当たる調査員は、市が予め募集して 統計調査員として登録されている中から、手を挙げた人を選定 することになっています。

これももちろん、市によるその選定理由などは一切公表されていませんし、どこの誰が選定されたのかも分かりません。

その呉市の統計調査員の募集要領は、次のようになっています。


その中で、この統計調査員の応募要件に注目してください。

  1.原則として満20歳以上の民間人であること
  2.責任をもって調査員の事務を遂行できる者であること
  3.秘密の保護に関し信頼のおける者であること
  4.税務,警察及び選挙と直接関係のない者であること
  5.興信所,秘密探偵社等に勤務していない者であること
  6.禁固以上の刑に処せられたことのない者であること
  7.暴力団員その他の反社会的勢力に該当しない者であること

これをご覧いただいて、皆さんは “?” と思われませんか?

そうです、最も肝心な 「日本国籍を有する日本人であること」 という条項は無い のです。

しかも、当該HPでは “呉市では,主婦の方のみならず,他に仕事を持つ方であっても副業として調査員の仕事をする方が多数いらっしゃいます。”とまで言っているのです。

調査を受ける一般市民の立場からすれば、それこそ日本人なのかも分からない、言い方は悪いですが “どこの馬の骨とも知れない” 人が、この調査に当たり、担当の世帯を訪問して当該世帯の資産や月々の家計に到る詳細な状況を調査票に記入させ、その記入したものをチェックし、集計した上で、市の情報統計課に提出するのです。

そのやり方は、当該HPで次のとおりとなっています。

  (4)調査票の配布・記入依頼
     調査対象を訪問し,統計調査の目的等を説明して調査票を配布し,
     調査への協力(記入)を依頼します。
     記入方法や記入上の注意事項を説明します。
     後日の回収日を約束(確認)します。
  (5)調査票の回収・点検
     約束した回収日時に再訪問します。
     その場で記入内容(記入漏れ等)をチェックします。
     回収した調査票を自宅で検査します。
  (6)調査書類の提出(検収)
     調査書類を決められた日時までに整理し,市役所に提出します。
     市役所による調査書類の検収(内容確認)を受けます。

考えてみてください。 前述した調査事項をこの調査員が行うのです。 しかも “自宅に持ち帰って検査する” と言っているのです。

確かに、調査員には特別職地方公務員として守秘義務があると言い、提出した調査票の取り扱いについては厳格な保全措置を講じていると言っています。 しかしながら “秘密の保護に関し信頼のおける者” ということを市は具体的にどの様な方法でどの様に確認したのでしょうか?

調査対象となる世帯は、どこの誰とも知らない (もしかすると日本人では無いかも知れない) 素性不明なその調査員に、自分の家の極めてレベルの高いプライベートなことを教えることになるのです。 しかも調査員はその調査票を自宅に持って帰るのだと。

皆さんなら、このようなことが信用できますか?

私なら、調査員の資格は、最低限でも日本国籍を有する日本人で、かつ公安により本人を含む三親等までの身元調査・確認がなされていることは “必須” だと考えます。

このことはこの様な個人情報を扱う者として当たり前の要件ではないでしょうか?

上記の募集要件で調査員になるなら、失礼な言い方ですが、その辺の工事現場で交通整理の旗振りをしている警備員さん達の採用条件の方が 「警備業法」 の規定によりよほどマシで厳しいですね。

したがって、世帯主たる私の氏名を間違って記入した調査依頼書を平然と持ってくるという “言語道断、極めて失礼なこと” と併せ、調査を受ける側からすればこの様な “素性の知れない調査員” に我が家のそんな個人情報を単純にハイハイと教えることなどできません。

先にも書きましたが、私はこの 「統計法」 及びそれに基づく規則類による今回の調査に対する回答を “拒否” するといっているのではありません。

我が家の個人情報を守ると言う観点から 調査員の選定要領を含む、その調査方法・要領が全く信用・信頼できない ので、調査される側が納得のいく対応・措置を行政が執るべきだ、と言っているのです。

皆さんも、こんなやり方はおかしいとは思われませんか? それとも法律に定められているからと、ハイハイと教えてしまいますか?

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2019年09月15日

1術校砲術科SG 『射撃指揮装置一般』


本家サイトの今週の更新として、『現代戦講堂』 の 『資料展示室』 コーナーにて昭和53年当時の海自1術校砲術科作成の課程教育用SG 『射撃指揮装置一般』 を追加公開しました。

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http://navgunschl2.sakura.ne.jp/Modern_Warfare/Shiryo/tenji_main.html
http://navgunschl2.sakura.ne.jp/Modern_Warfare/Shiryo/09_JMSDF_FCS_General_SG_S53.html

元々のSGには発刊年月日などが記されておりませんが、昭和53年度の幹部任務射撃課程において使用されたものです。

当時海上自衛隊で現役であった米海軍制式の Mk-63 や Mk-56 など、及び国産の射撃指揮装置T型に到るまでの各種射撃指揮装置の概要が網羅されておりますが、図や写真などはT型以外ではその多くは米海軍のテキストなどにあるものがそのまま使われております。

このため、元々が質の悪い藁半紙にガリ版刷りであるため鮮明さには欠けるところがありますが、ディジタル化にあたりこれで精一杯とご了承下さい。

なお公開に当たり、それらの図や写真などについては元の米海軍の綺麗なものと置き換えても良かったのですが、それらは今後集録された各射撃指揮装置の個々のところで改めてご紹介していくつもりにしておりますので、ここでは敢えてそのままとしております。

内容的には、各射撃指揮装置などについてのほんの概説ですので、特に取り立てて申し上げることはありませんが、もちろん一般のネットや出版物ではほとんど出てこないものですから、特に初心者の方々には参考になると思われますので、その点は当サイトにて公開する価値はあるものと考えております。

ただし本SGでは、秘密に関する事項は一切含まれていないことはもちろん、「秘」 や 「取扱注意」 「部内限り」 などに指定された文書ではありません。

posted by 桜と錨 at 19:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 現代戦のこと