2017年05月30日

友あり、遠方より来たる


日曜日から月曜日にかけて親しくお付き合いいただいている友二人が来呉されました。

私がご案内すると言うよりは、私より “通” のお二人ですので昼の部も夜の部も詳細な予定は既に決定済み。

となると、私はご一緒させていただき楽ませていただくだけで (^_^;

初日はまず 「海軍さんの麦酒館」 に始まり、続いて 「ヴォルケイノウ」 でワイワイ。 自衛官でもなく、広島在住でもないのにこのスナックに行きたいというのは ・・・・ その上翌日の昼は昼で呉冷麺が食べたいと (^_^)

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昼間のメインであった 「大和ミュージアム」 では特別企画展などはともかくとして、資料閲覧室で調べ物をしたいというお二人。

で、最後のダメ押しが海上保安大学校にある 「海上保安資料館」 でした。

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保安大は私も過去所要で何度も訪れたことがありますが、この資料館は初めてです。 まあ資料館と言うよりは、どちらかと言うと 「広報展示館」 かと。

館内の写真撮影はフリーということでしたので、いくつかご紹介を。

順に、平成13年の九州西方海域不審船事案で銃撃を受けた巡視船 「あまみ」 のブリッジ、保安庁最初の庁旗、多数の歴代巡視船の模型や舵輪・時鐘など、珍しいところで旧海軍水路部発行の昭和20年頃の呉港の軍機海図です。

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そして昭和天皇ご愛用の菊の御紋章入りの4櫂ボート (通称 「フォア」 ) が無造作に置かれていました。

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( 説明に 「4人乗りの」 と書かれていますが、4人漕ぎで艇長 (コクスン) を入れると5人ですね (^_^; 誰も指摘しないのでしょうか。)

う〜ん、ここも折角ですからもう少し整理して見栄えを良くすると、立派な歴史資料館になると思うのですが ・・・・

ということで、私自身も楽しめた大変に有意義な2日間でした。

posted by 桜と錨 at 16:28| Comment(2) | TrackBack(0) | 気ままに

2017年05月28日

旧海軍の古いアルバムから


本家サイトの今週の更新として、『懐かしの艦影』 中の 『落穂拾い』 コーナーに次の2つのアルバムからのものを追加いたしました。

  『 第三水雷戦隊北海警備記念 』 (大正10年)
  『 「武蔵」 千島方面測量兼警備記念 』 (大正4年)

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どちらのアルバムもあまり艦船関係の写真は収録されておりませんので数枚ずつですが、それぞれのページとしてUPしております。

元々の印刷が大変に粗いものであり、かつ内容的にもマイナーなものですが、それでも貴重なもの、珍しいものが含まれております。 お楽しみいただけたらと思います。

posted by 桜と錨 at 13:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと

2017年05月24日

JMU呉事業所史料室見学


今日はJMUさんのご厚意をいただきまして呉事業所内にある史料室を見学させていただきました。

ご存じのとおり、戦後の造船業界の変遷を経て 「石川島播磨重工呉造船所」 として大型タンカーを始めとする日本の造船業を背負ってきたところですが、昨今の更なる業界の統廃合により現在では 「JMU (ジャパン・マリン・ユナイテッド) 呉事業所」 となっております。

そして更にその前身は戦艦 「大和」、「長門」 などを建造したことで知られ、旧海軍の工廠中で最大規模を誇った 「呉海軍工廠」 で、現在でもあちこちに当時の面影を色濃く残しているところでもあります。

この構内の現在では 「別館」 と呼ばれている、元々の海軍工廠時代は造船部庁舎・製図工場であった赤煉瓦2階建ての建物を改修して、この中に海軍工廠からの歴史資料を集めた 「史料室」 が展示されています。

私も初めて拝見いたしましたが、思っていた以上に綺麗に整備されており、その歴史をよく理解することが出来るようになっています。

今日は顧問の山中氏が私のためにわざわざご案内をいただきました。 氏は顧問になられて5年目だそうですが、大変よく調べておられ、かつその判り易い説明には感心いたしました。

史料室内は展示資料の著作権・版権などの問題もあって、残念ながら撮影はできません。 これは致し方ないでしょう。 折角ですから玄関で一枚。

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この史料室は元々が造船所職員の教育参考とすることを目的として整備されているため、現在のところいわゆる一般開放の形にはなっておりませんので、部外者の見学には事前の申請が必要になります。

ただ、大変に立派なものですのでもう少し一般にも何とかと思いますが、山中氏とのお話の中では JMU さんでも今後のあり方についても色々検討されているものの、なかなか難しい問題もあるようです。

一案として、いっそのこと全部を市の大和ミュージアムに移しては、というのもあったそうですが、この史料室はこの旧海軍工廠の跡地の中にあってこそ意味があるでしょう。

その一方で、一般開放するには現に稼働している造船所の構内ですから、単なる市の集客のための観光地になってしまっては、企業側としても負担が大きすぎるでしょう。

折角の施設ですので、何か良い方法を考えていただけることを期待する次第です。

私も機会が得られればまた拝見したいものと思います。

なお、以前古い倉庫で纏まって発見されたことでニュースにもなった 「大和」 の建造用現図を始めとする図面類の一式は、全てを既に大和ミュージアムに移管してしまっており、残念ながらこちらにはありません。

posted by 桜と錨 at 23:25| Comment(2) | TrackBack(0) | 気ままに

2017年05月21日

「弾道弾の飛翔技術の基礎」


以前当ブログで連載しました 『弾道弾の飛翔技術の基礎』 を、本家サイトの今週の更新として先週新設した 『現代戦講堂』 中の 『対空戦・TMD』 コーナーに纏め直して掲載いたしました。

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昨今話題になっている北朝鮮が実験した弾道ミサイルの 「ロフテッド弾道」 について、単に飛翔距離が長いとか大気圏再突入時の速度が速いということだけでなく、それに伴う技術的に解決を要する問題も多いことをご理解いただければと思います。

むしろ通常の ICBM よりは技術的 (精度的) に難しいものであり、いまだまともに実用に足る IRBM さえ完成していない北朝鮮において、おいそれとできるような話しではなく、今回の実験においてもその目的は不明とされるところです。

そもそも、北朝鮮にこのような弾道ミサイルの実験をまともに観測・測定できる態勢があるのかと。

それがなければ単に “大気圏再突入時に燃え尽きることなく” 一応は弾着まで飛翔した (らしい) としか言えませんが ・・・・

posted by 桜と錨 at 14:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

2017年05月19日

複数魚雷搭載機の魚雷発射法


複数魚雷を搭載可能な航空機におけるその複数魚雷の発射法については、以前本ブログ及びそれを纏め直したものを本家サイトで説明したとおりです。

「魚雷は真っ直ぐには走りません」 :

「(補) 航空魚雷の複数本搭載時の投下法」 :

要は、航空機というハードウェアとしても、そして用兵者の 「用法」 というソフトウェアとしても、単発のみ、あるいは一斉投下のみ、“だけ” というのはあり得ないこということです。

ところが、最近になって米海軍の試作機であったダグラス社の XTB2D Sky Pirate について、同機が搭載する最大4発の魚雷について “一斉投下” であると言いだし、その理由として何の根拠も示されていない “一斉投下が原則” “マニュアルにある” という ウソ をいまだに信じておられる人がおられました。

しかも、この XTB2D の魚雷搭載位置は両翼下の2個所ずつの汎用ハードポイントです。 当然必要に応じて魚雷以外のものも搭載します。 これらも一斉投下? それともわざわざ魚雷搭載時のみ一斉投下 (しかできない) ? そんなバカなことはどこの海軍でもしません。

この XTB2D は試作2機のみで、しかも大した試験・実験も行われなかったようですので、いまだに資料はほとんど無いようで、その前の AM-1/1-Q の例です。

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( 米海軍公式写真より )

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これが軍事における常識ですね。

結局、“とりあえずできるということでいいのでしょうか?” という追加の問に対しては明確な答えが得られていないようです。

う〜ん、もう少し魚雷というものがどういうものなのか、戦術状況とはどういうものなのか、そして用兵の常識というものがどういうものかについて学ばれたらよろしいのではないかと思いますが ・・・・

posted by 桜と錨 at 20:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

2017年05月17日

今夕の呉市内


今日は月一回の軍歌を歌う会 「三水会」 でした。 前回より多い25名の参加で、しかも女性陣 (綺麗どころというべきか) の割合が高いのにビックリしました。

ところが、ママさん手作りのおつまみを食べ、グビグビ飲みながらお喋りに夢中になっていましたら、気が付いたら最後の〆の「同期の桜」まで1曲も歌わず、しかも写真も一枚も無しのままお開きになってしまいました (^_^;

皆さん楽しい一時をありがとうございました。 そしてママさん、いつも美味しいおつまみとお酒をありがとうございます。

で、酔い覚ましを兼ねて繁華街からJR呉駅前まで歩いてみましたが ・・・・ 平日とはいえまだ夜の8時過ぎですが、人通りはほとんど無し。 地方都市というのはどこもこんなものなのでしょうか。

メインの通りは近郊へ帰るのでしょうか、車の交通量はそれなりにあるんですがねえ。

最近は元の繁華街よりは駅周辺が多少賑やかになってきたと言われていますが、これは昼間だけのようで、この時間は駅前でもこのとおりでした。

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う〜ん、何とかもう少し活気が欲しいですね。

posted by 桜と錨 at 22:45| Comment(1) | TrackBack(0) | 気ままに

2017年05月14日

「現代戦講堂」 新設!


懸案であった私の本来の専門である現代戦についてのコンテンツですが、取り敢えず本家サイト 『桜と錨の海軍砲術学校』 中に 「砲術講堂」 「水雷術講堂」 と並ぶ3つ目の講堂コーナーとして新設しました。

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当面は当ブログでの過去記事を纏め直したものなどを中心としますが、コンテンツがそれなりに増えてきたところで改めて運営形態について見直す予定にしております。

もちろん、内容的にはいわゆる “研究家” “評論家” と言われる人達のものとは異なり、実務の世界からの視点のものがメインとなります。

過日先行して単独で公開しました米海軍大学のテキスト 『潜水艦戦』 も改めてこちらに掲載しております。

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これまでの第2次大戦までの 「砲術」 や 「水雷術」 などとはちょっと違った分野をお楽しみいただければと思います。

posted by 桜と錨 at 18:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 現代戦のこと

2017年05月12日

艦本式ボイラの型式と名称


艦船好きの人でもちょっとあまり知られていない話題を。

( と言うより、艦船の外観には興味があるけどエンジンなんて、と言う人が多いのかも (^_^; )

明治期の旧海軍の艦船のエンジンは、艦船自体が英国を主とする外国での建造でしたのでエンジンも外国製のものを使っていました。

しかし艦船も次第に国内建造になり、そして蒸気タービンが主力になってきますと、やはりこれらも国産化へと進みます。

旧海軍で最初の艦船用ボイラは明治36年に宮原二郎機関総監考案になる 「宮原水管式汽罐」 の採用です。

そして次ぎに誕生するのが艦政本部が計画したボイラで、大正3年に内令293号をもって制定された 『海軍艦政本部ノ計画ニ係ル罐ノ呼称』 による 「イ号艦本式罐」 及び 「ロ号艦本式罐」 です。

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このボイラは大変に優秀なものでしたので、基本的には昭和期までこの型式のものが続くことになりますが、少しずつ異なったタイプのものが作られましたので、昭和9年に内令1号をもって 『艦本式罐ノ呼称』 を定めてこれを細分化しました。


しかしながら、昭和期になってくると同じ艦本式でも力量や蒸気圧などにより様々な種類の物が作られるようになりましたので、昭和16年になって名称を統一することになりました。

これが同年の内令1298号をもって定めた 『水管式主罐ノ呼称』 です。


例えば、ネットの某所でも質問のあった 「三号乙三型」 という名称のはこの内令に従ったものです。

ただし、この質問の根拠の出所が例の木俣滋郎氏の記事にあるもので、「大鳳」 のボイラを 「三号乙三型」 としていますがこれは誤りで、正しくは 「三号乙一三十型ロ号罐」 です。

また同じ記事の中で “明治・大正時代は石炭を焚くイ号艦本式で、昭和期に入ると全て重油専焼のロ号艦本式である” としていますが、イ号とロ号の違いは石炭炊きか重油専焼かの違いではありません。 内令のとおりで、これも誤りです。


折角ですからついでに、ボイラと組み合わされるタービンと減速装置の呼称法もご紹介しておきます。


posted by 桜と錨 at 00:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと

2017年05月10日

オコゼのお刺身


新鮮さとお店の人の人柄に惹かれて、時々お魚が食べたくなった時に覗いてみる近くの小さな鮮魚店です。

GWが開けましたので、漁師さんも漁に出かけ、トラック便も通常どおりに走るようになり、そして市場も普段どおりになりましたので、今日は何か良い物が入っていないかとちょっと寄り道を。

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もう昼前でしたが思惑どおりに色々店頭にも残っていました。 そして、今日は型の良いオコゼが数匹並んでいまして、しかもまだ活きて動いていました。

もうこれは買うしかないと (^_^)

ご存じのとおりオコゼはお刺身にすると大きさの割には取れるところはそれほど多くはありません。 まあ折角の機会だからと奮発して2匹。

そしてシマアジの半身と、私のお酒の肴用に店頭に残っていたバイ貝を全部 (と言っても500gです)。

このお店はお刺身用にと言うと食べる時に切ればよいように柵切りにしてくれ、しかもアラも付けてくれます。

で、今日の夕御飯。 ちょっと包丁の切れ (と腕) が良くありませんので、見かけは悪いですが ・・・・

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いつもどおり大変に美味しかったですし、特にオコゼはもう (^_^)

そして大粒サイズのバイ貝と、シマアジのアラ汁。 これも申し分ありません。

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一応健康的な夕食、ということでした。 明日はオコゼのアラでお味噌汁の予定。

でも、ここのお魚を食べていると、もうちょっと他のところのものは食べられなくなりそうです。
posted by 桜と錨 at 00:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

2017年05月07日

藤田昌雄氏著 『写真で見る 大正の軍装』


お付き合いいただいている藤田昌雄氏が潮書房光人社から新刊を出されまして、私も早速一冊お送りいただきました。

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う〜ん、タイトルからすると今流行の普通のムック本のように思われるかもしれませんが、どうしてどうして、全370頁にわたり大正期の陸軍の軍装について、各兵種の制服はもちろんのこと、階級章や旗章類、装備品などが詳細に解説されています。

そしてタイトルどおり、未発表のものも含めた多数の写真によってこれらを着用した陸軍将兵の姿はもちろん、併せて当時の陸軍内の様子もよく判ります。

まさに大正期における 「陸軍軍装史事典」 というに相応しいものでしょう。 これはちょっと凄い内容です。

当時の陸軍についてはもちろん、近現代史に興味のある方々も手元に一冊置いておいて損はないものと思います。

・・・・ でも、あれっ? 最後の方の 「大泊」 「中華丸」 のページでどこかで見たことのある名前が (^_^;

posted by 桜と錨 at 22:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに