その9
人の運用に就て今少しく書きたいが、どうも理に落ちていかないから、時と物の運用に移る。
運用は最安全にして最近の航路を取る趣意上、時と物とは相関聯して離れざる関係にあるから、一處にして書き立てる事にする。
軍艦 「鞍馬」 で遣英艦隊 (注1) に派遣せられた時の事である。 印度洋を過ぎ紅海に入りしは四月の末なりしも、熱帯圏に在る事とて中々暑い。 然るに士官室を見ると晝夜共電燈を點じ、電気フアンは全力運轉をやつてゐる。
其の下で汗だくで仕事したり、遊んだりしてゐる自分は、之を見て馬鹿々々しくてたまらんので、そつとスヰツチを切つて、電燈は實際必要なるもの丈け残す事に力めつゝあつた。
ところが暫らくして艦隊機関長 (注2) から、水雷長、君はえらいことをやるネ。 何故に電燈を消すかと言ふから、第一此の暑いのに不必要な電燈を點ずるが爲めに、どれ位い士官室が暑くなるか知れない。 熱い電燈の中でフアンを掛けて、其の下で汗だくだくだ。 當世百馬鹿の好標本だ。 自分の室には二十四時間中三十分とは點じないから非常に涼しい。 夫れに電気の浪費だ。 電燈を少しばかり消した迚、何もならんか知らんが、煉炭一つ節約が出来てもよいぢやないか、と申したるに、水雷長、えらい、機関官が君の半分丈けでも燃料に気を附けてくれたらなア、と連りに感嘆せられた。
二十四時間に百数十噸の石炭を消費して居る電燈を消した位いで、どうなるかとは、機関官始め士官室連の輿論であつたが、自分は此の心が大事だ、利益の大小ではないと信じて疑はないから、海上に於ける全生涯を通じて此の主義は變へなかつた。 今でも變へない。
第一水雷戦隊司令官の時に、旗艦は 「龍田」 であつた。 前任司令官より 「龍田」 の司令官室は艦橋の直ぐ下で便利だが、夏は熱くて夜なんど寝られないとの申し繼ぎで有つた。
自分は夏の夜は書見の時の外は一切の燈光を自分で消した。 さうすると副官や従兵が来て點燈する。 − 自分が消燈する − 言うて聞かず − 初めは中々骨が折れるが、間も無く命令が行はれるやうになると、艦内中で一番涼しい室に成り、幕僚連を羨ましめたが、幕僚連は依然として點燈してフアンを掛けて平気だ。
「龍田」 級で碇泊中艦内全部が此の主義でやれば、どれ位ゐ平常用燃料が節約されたであらう。 又夏如何に艦内が涼しかつたであらう。 度し難きは縁無き衆生である。
英国で有名な運用家チャアルス・べレスフォード大将 (注3) が、地中海艦隊司令長官で在つた時である。 艦隊命令で各艦に毎月の平常用燃料消費高を報告させて、同型艦に就き一定の標準消費量を定め置き、夫れ以上に消費したるものには其の超過消費高に應じ、或は一週間又は一晝夜、電燈の點燈を禁じ、夜は蝋燭を以て用を済ませと言ふ罰則を設けたるに、多大な節約が出来たと言ふ事が常時のネーバル・エンド・ミリタリー・レコードに掲載されてあつた。
面白い實験であると思ひ、自分は夫れからべレスフォードが大好きになつて、今は故人であるが今でも尚ほ敬慕して居る。
(注1) : 既出、第8回をご参照ください。
(注2) : 艦隊司令部の幕僚の一人。 艦隊機関長の職務は、本稿の明治44年の段階では 「艦隊条例」 によって次のように規定されています。
「 第21条 機関長は司令長官の命を承け艦隊の機関船体及び兵器に関することを掌理し、各艦船及び諸隊機関長の職務を監視す 」
これが昭和19年改正の 「艦隊令」 (大正3年に 「艦隊条例」 に替わり制定) では次のとおりとなります。
「 第40条 機関長は司令長官又は司令官の命を承け艦隊又は戦隊の機関、艦内工作及び航空機の整備並びに船体の現状調査に関することを掌り各艦船部隊の機関長、工作長及び整備長の職務並びに機関科員、工作科員及び整備科員の教育訓練を監視す 」
なお、艦隊機関長は司令部の幕僚ではあっても参謀ではありません。 したがって、参謀飾緒は着けません (着けられません)。
(注3) : Charles Beresford 彼の経歴などについては次をご参考にしてください。

