日本最後の寄港地 (承前)
毎日鉄船の船倉の中で野郎ばかりの雑居した生活、そして荒海と敵潜水艦の恐怖と闘い続けてきた現在、そうした中にあって、今こうした雰囲気は私自身にとってまたとない平和の一瞬であった。
少女のお父さんは高雄警備府で働いているとのことであった。 少女はハンドルに手を添えて歩く。 私は自転車の荷台に軽く手を置き押してやるように、木下は私のすぐそばを歩いていた。
約5分ぐらいの同道であったろうか、彼女は気持の明るい心の優しい子で (特にそのように私の心にだけ写ったのかも ・・・・)、彼女は時折り私と木下を笑わせることもあった。 冬の陽は西に傾けば落ちて行くのも早い。 そろそろ彼女と別れなければならないところに来た。
「私はこちらの道に曲がって行きますから、兵隊さんお元気で、さようなら ・・・・」
と丁寧なお辞儀をして、自転車に乗った。 そしてペダルを強く踏んでスタートした。
だが私は荷台に当てていた手をしばらく放さず一緒に走った。 どうして手を放さなかったのであろう。
私には少々意地悪な気もないではなかったが、私としても恋を知らないやぼ天でもない。 急に冷たい元の生活へと変わろうとしている運命へ抵抗をしようと、だから私は荷台を持ったその手をしばらく放さなかった。
女性を交えての我が青春の1ページ、「俺も男の子である」 という意識もある。 咲かずに終わる青春の花、僅かながらも得たこの和やかな雰囲気を誰が引き裂いてしまうのか ・・・・。 少しでも長く、私は彼女にいてもらいたい。 そして彼女と私達は青春の語らいを続けたいと欲するのであった。
なおも彼女の乗った自転車の荷台に手をやりながら一緒にしばらく走った。 こんな気持のある自分は、まだまだ精神力の弱い、弱い軍人なのか。
そうなのかも知れない。 だからといって、これからの自分の人生 ・・・・ 決戦場に向かい、敵と相刺し違えて死ぬ決意のほどは些かも変わってはいないのだ。
そのことについては何一つの矛盾も、疑問も抱いてはいない。 そのような胸中にありながら ・・・・ やはり私も人間であるのか、センチメンタルな心情を捨て去ることはできなかった。 如何にも “女性を恋する年頃” であったからだ。
背後から木下の声が耳に入った。
「おい、手を放してやれよ。」
私は、ハッとして思わず手を放した。 少女は後を振り向きニコッと笑い、「さようなら」 と言って元気よくペダルを踏み、私達2人を残して去って行く。 時折り振り返り片手を挙げる。 私と木下はその都度、それに答えきように手を振って返した。
少女の姿は間もなく道の途中で左折し消え去ってしまった。 アカネ色になった空は実に美しく、また変わって行くのも早かった。 私の心の中は恰も1本の細いローソクに灯された火が吹き消されたような感じすらしないでもなかった。


