2010年07月09日

古都金沢散策 (終) − 連載目次

 この5月に金沢を訪れた時の散策記を13回にわたって連載いたしました。

 しかしながら、仕事の合間の限られた時間で、しかも見て回りたいところは大変多く、1つ1つをじっくりと見ることが出来ませんでした。 そしてその、仕事の合間、というのが必然的にほとんど雨の日のため、写真の発色が悪いのは残念です。

 その替わり、雨の中の武家屋敷、城趾、茶屋街などは、また一段と風情が感じられたことも確かです。 観光客も少なかったですし (^_^;

 いつも申し上げておりますように、私は生まれてこの方日記をつける習慣が無いもので、手帳に簡単な記録を残す程度です。 したがって、私の旅行記は皆さんにご紹介するためであると共に、私自身が思い出として忘れないために整理したのものでもあります。

 このため、ブログ・タイトルどおり “気まま” に書いておりますので、キチンと纏まった充分な内容にはなっておりませんが、最後までお読みいただき、少しでも楽しんでいただけたならば大変嬉しいです。 また、もし何某かでも皆さんのご参考になることがありましたら、それは望外の幸せでもあります。

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 古都金沢散策 (1) − 懐かしの金沢
        http://navgunschl.sblo.jp/article/38737974.html
 古都金沢散策 (2) − 片町交差点 〜 香林坊
        http://navgunschl.sblo.jp/article/38769553.html
 古都金沢散策 (3) − 市内の歩き方
        http://navgunschl.sblo.jp/article/38785433.html
 古都金沢散策 (4) − 長町武家屋敷跡
        http://navgunschl.sblo.jp/article/38822130.html
 古都金沢散策 (5) − 金沢城趾 その1
        http://navgunschl.sblo.jp/article/38987812.html
 古都金沢散策 (6) − 金沢城趾 その2
        http://navgunschl.sblo.jp/article/39376786.html
 古都金沢散策 (7) − 兼六園
        http://navgunschl.sblo.jp/article/39403415.html
 古都金沢散策 (8) − 茶屋街
        http://navgunschl.sblo.jp/article/39420168.html
 古都金沢散策 (9) − 本多の森周辺 その1
        http://navgunschl.sblo.jp/article/39445825.html
 古都金沢散策 (10) − 本多の森周辺 その2
        http://navgunschl.sblo.jp/article/39467897.html
 古都金沢散策 (11) − その他の見所
        http://navgunschl.sblo.jp/article/39480954.html
 古都金沢散策(12) − 夜景
        http://navgunschl.sblo.jp/article/39506766.html
 古都金沢散策 (13) − 食べ歩き
        http://navgunschl.sblo.jp/article/39526090.html

(古都金沢散策終わり)
posted by 桜と錨 at 15:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 古都金沢散策(完)

2010年07月08日

古都金沢散策 (13) − 食べ歩き

 さていよいよ最後、金沢の食べ歩き編です。

 この連載の最初にお話ししましたように、今回3週間金沢の宿に宿泊しましたが、場所は夜の繁華街のど真ん中。 毎日8時〜8時半頃仕事場からバスで戻って来るのが日課でしたが、困ったのはそれから食べに出掛ける夕食です。

 周りにはバーやクラブなどの飲み屋さんは腐るほどあるのですが、ふつ〜の食事をしようと思うと、これがほとんど無いのです。 毎日居酒屋さんで一杯やりながら、というわけにもいきません。 何しろ翌朝は5時〜6時には出発なのですから。

 で、色々探して食べ歩いたわけですが ・・・・ ともかくその幾つかを、私のブログならではの独断と偏見で (^_^)

(1) 海鮮居酒屋 「川端鮮魚店」

 まず最初は普通の海鮮居酒屋の一つ、「川端鮮魚店」 さん。

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 ビルの上がり口前に群がる客引きのおね〜さん達を振り切って階段を二階へ。 う〜ん、入口も中も何と乱雑なお店か (^_^)

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 まあ、ここはまず素直にビールで (^_^;

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 色々な海産物のメニューがありますが、このお店の特徴の一つの海鮮焼きは注文すると七輪を持って来てくれ、後は自分で焼いて食べること。

 その中でもこのタコの踊り焼きはなかなか。 一人前は足が一本づつで、私の注文はこの日の最後の足。 網に乗せると足がクルクルっと ・・・・ そしてこれはなかなか美味かったです。

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( 適当に焼けたところで食べやい適当な大きさに )

 そして大きなサザエも七輪でグツグツと。 2個で700円。 あの近江町市場の鮮魚店で食べたのは一体何だったのかと (^_^;

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 このバイ貝刺しも大変に美味しかったです。

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(2) 焼き鳥 「加賀太鼓」

 どうも金沢は焼鳥や焼肉の良いお店はほとんどが郊外に散らばっているようで、市内中心部の片町周辺にはこれというところが見つかりませんでした。

 それでも店名に引かれて一件だけ入ってみました。 それがここ 「加賀太鼓」 さん。 お客が出入りする時に店員さんが太鼓を打ち鳴らしてくれるというもの。

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 肝心の焼き鳥は、決して悪くはありませんが、残念ながらやはり私の自宅近くの行きつけのお店には敵いませんでした。

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(3) おでん居酒屋 「赤玉本店」

 おでんをメインの売りにした居酒屋です。 1階のカウンター席のみのお店と、2階の座敷席のお店、入口がそれぞれ別れています。

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 おでんは本来なら一品一品選んで注文するべきですが、一人前適当に盛り合わせで、と頼んで出てきたのがこれ ↓

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 味は大変に良いですが、やはり品を選ぶべきでした (^_^;  他日仕事仲間と2階席でワイワイやったときには、盛り合わせは大変にバラエティーで、しかもどれも美味しかったです。

 これはお勧めの牛すじの煮込み。 これも美味しかったです。

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 ただ、残念ながらこのお店は1階にしても2階にしても、やはり一人では落ち着つけるお店ではありません。

(4) 定食屋 「宇宙軒食堂」

 何かふつ〜の定食ものが食べたいと思って捜したところです。 店名からするとちょっと退けてしまいますが ・・・・

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 表の看板にも謳ってあるとおり豚バラ定食がウリで、他のお客さんもまずほとんどがこれを注文していました。

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 う〜ん、一緒に出される付けタレの味が好みの別れるところですが、定食としては値段、味、ボリュームを考えると悪くないです。 もっとも他のメニューは食べていないので判りませんが。


(5) うどん 「たま屋」

 ここは宿の隣りにあって、始めは店構えからちょっと遠慮していたのですが ・・・・

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 普段は私はうどんは全く食べないのですが、いやどうして、その私が食べてもここは大変に美味しいと思いました。 大将こだわりの自家製の手打ちで、太くてコシがあります。

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( オーソドックスな 「ぶっかけ」  シンプルな味ですが旨いです )

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( 牛すじうどん  これも良いです )


(6) ラーメン 「前田慶次郎」

 ラーメンもまた金沢市内中心部にはあまり美味しいところを聞きませんでしたが、ここは客引きのお兄さんに教えて貰ったところ。

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 昨年開店したばかりのお店ですが、既に地元ではなかなかの人気になっているようです。 大変に美味しかったです。

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( もやしタップリですが、これが嫌み無く素直に食べられます )

 ただ、黙っているとニンニクがタップリ入ったまま出てきます。 これはこれで美味しさが増して良いのですが ・・・・ 翌日は皆から 「臭い、臭い」 と言われてしまいました (^_^;

 カウンター9席のみで、しかも大将一人で賄っていますので、お客が数名いると注文から少々待たされることに。 しかも、時間帯によってはかなりのお客さんで、入れないことも。

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( こちらはつけ麺  これも大変美味しいです )

 ここの大将は若いのですが、なかなか生真面目で、好感の持てる青年です。 この点でもポイントUP。


(7) ラーメン 「我流旋風」

 ここも宿のすぐ目の前にありまして、同じく店構えからちょっと遠慮していたのですが ・・・・

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 豚骨ベースの 「あっさり」 と 「こってり」 の2種がメインです。 「こってり」 を注文しましたが、私はそれ程こってりには感じませんでした。 もっと濃くてもよいかと。

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 決して悪くはありませんが、夕方からのみの営業で、やはり飲んだ後がピッタリの味かと思います。


(8) 居酒屋 「兆助」

 ここは今回では一押し。 ちょっと人通りの少ない路地にありまして、まさに隠れ家的なお店です。

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 お店そのものは元々はバーかスナックだったようなところです。 中はカウンターのみ7、8席で30代の若い大将一人で賄っています。

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 入ってからメニューをみると品書きのみで、値段無し。 最初は “これは!” とちょっと不安になりましたが、どうしてどうして、安くて美味しくて、静かに飲んで食べるにはなかなか良いところです。

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(地あら)

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(バイ貝)

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( 天ぷら盛り合わせ )

 その日に商売できる範囲で仕入れ、無くなればお終い。 ちょっと朴訥な大将ですが、大変に生真面目で良いです。 こういうお店、好きですね〜。


(9) 居酒屋 「かぶ菜」

 ここは仕事仲間が先に一杯やっていて、後から誘われて行ったところです。

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 う〜ん、数名でワイワイやるには良い雰囲気のところですが、私個人にとってはふつ〜の居酒屋さんで、可もなく不可もない、といったところ。

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 写真が残っているものではこんなところでしょうか。 結局飲むのが多かったような (^_^)

 えっ、3週間、他の日はどうしたのか、って? 貧乏人は面倒くさくなると、つい近くのコンビニ弁当で済ませてしまうもので ・・・・ (^_^;
posted by 桜と錨 at 19:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 古都金沢散策(完)

2010年07月07日

古都金沢散策 (12) − 夜景

 金沢市内は観光振興の一策として、定期的に金沢城趾や兼六園、それに茶屋街などのライトアップをしていますが、その特定の時期でなくても、何時でもそれなりの夜景を楽しむことができます。

 特に私が今回訪れた時は、毎週土曜日は夜9時まで金沢城趾内の河北門や五十間長屋のライトアップをしていました。

 そこで、滞在最後の土曜日は夜8時半前にバスで宿に戻りましたので、そのまま駆け足で見に行きました。 それが以前ご紹介した写真ですが、もう一度大きなサイズで。

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 そして宿に戻りながらいくつかの夜景を。 まず、本丸辰巳櫓下の石垣から。

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 次に「旧県庁庁舎」

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 続いて「旧四高校舎」

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 最後におまけで市役所前の 「百万石祭り」 の飾りを。

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 夜の東茶屋街なども見に行ってみたかったのですが、そのチャンスはありませんでした。 これはちょっと心残りです。
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2010年07月06日

古都金沢散策 (11) − その他の見所

 代表的な所は終わりましたが、まだまだ金沢市内での見所は沢山あります。 その内の幾つかを、私の好みで選択してご紹介しましょう。

(1) 旧県庁通り (香林坊交差点〜広坂交差点)

 香林坊交差点から兼六園の 「真弓坂口」 がある広坂交差点までの大通りを昔私達は 「県庁通り」 と呼んでいました。 その名の通り県庁があったからです。

 今ではその県庁も郊外に移転してしまったため、中心部をぐるりと一周する 「百万石通り」 の一部になっているようです。

 大通りを通っていた路面電車も無くなってしまいましたので、この道沿いはかなり変わってしまいました。 私の通った中学校も移転してしまいましたし ・・・・

 その替わり、この香林坊交差点から石川門や兼六園への散策路として、大変綺麗に整備されております。

 下は、私が住んでいた1962年当時と現在の県庁通りです。 道路が用水路を境にして北側に倍に拡張されているのがお判りになるでしょうか?

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( 1962年の国土交通省航空写真より )

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( Google Earth より )

 その香林坊からみた現在の旧県庁通りです。 両サイド及び真ん中の用水路沿いに街路樹が植えられ、緑豊かな通りになっています。

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( 拡張された側の道路 )

 さて、この香林坊交差点から道沿いに少し行くと左手に赤煉瓦の建物が見えてきます。 「旧制第四高等学校校舎」 です。

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 ここは中央の玄関から向かって左側が旧四高関係の資料を展示している 「石川四高記念館」、右側が 「石川近代文学館」 だったんですが、この4月にリニューアルして一つの 「石川四高記念文化交流館」 となったようです。

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 う〜ん、表の看板も変わっていませんし、中も以前と変わっていないようで、よく判りませんが (^_^;  公式サイトはこちら ↓ です。


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( 左 : 正面玄関         右 : 四高記念碑 )

 元の 「石川近代文学館」 側は有料 (350円) ですが、四高記念館側は無料です。 玄関の受付で 「旧四高のみの見学をお願いします」 と言えば入れて貰えます。 当然、見たのはこの四高記念館 (^_^)

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( 往時の雰囲気がそのまま残る廊下 )

 1階には四高当時に関する様々な資料が展示されており、ブラブラ眺めるだけでも結構楽しめます。

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( 左 : 四高の看板        右 : 四高当時の写真 )

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( 左 : 四高の校旗        右 : 四高学生の制服とマント )

 続いて、大通り右手に 「金沢市役所」 があります。 私が住んでいた当時は現在正面の広場となっているところにあったなかなか重厚な建物でした。 それからすると現在の庁舎は大きくて立派ではありますが、少々威厳が無いというか、軽すぎるというか ・・・・

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 丁度 「加賀百万石祭り」 の直前で、正面広場にはその飾りがありましたが ・・・・ あれっ、写真がない (^_^;

 更に先に進むと、左側に旧県庁庁舎が見えてきます。 現在では往時の正面部分だけが残され、この4月から 「しいのき迎賓館」 となって一般に公開されています。

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( 正面玄関前両脇の木が天然記念物に指定されている椎木 )

 館中には洒落たレストランやカフェもあるそうで ・・・・ 知らなかった (^_^;  詳しくはこちら ↓ の公式サイトでご覧下さい。 石川県もなかなかやりますねぇ。


 旧県庁裏はお堀が埋め立てられて倉庫やテニスコートなどがありましたが、現在ではこのお堀が復元され、旧四高裏からこの一帯にかけては広い公園となっています。 う〜ん、実に綺麗になりました。

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 この道路の反対側が、元 「金大附属中学校」 があった所で、連載の最初でもご紹介しましたように、移転後の跡地は現在では 「金沢21世紀美術館」 となっています。

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 今回は21世紀美術館の中は見ていませんので、詳しくはこちら ↓ の公式サイトをご覧下さい。


 ご覧いただきましたように、この旧県庁通り一帯は、これに続く金沢城趾、兼六園、本多の森と合わせ、現在では市民の良き憩いの場ともなっています。

(2) 近江町市場

 金沢市内の中心である片町・香林坊とJR金沢駅との中間に位置するのが、武蔵交差点にある 「近江町市場」 です。

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( 案内パンフレットより )

 ここは古くから市民の台所として多くの鮮魚や野菜の生鮮食品や衣類雑貨などの小売店が集まっており、大勢の買い物客で賑わう場所です。

 最近再開発によりこの市場の一部が立て直され 「近江町いちば館」 という地下1階地上5階の近代的なビルになりました。 しかし元の市場の全てのお店がこのビルに集約されたわけではなく、ビルの周囲は昔の市場がそのまま残って連接しています。

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 市場の中に入ると、新装部分と元の古い市場の残りの部分とが一体となっており、新旧の違和感はありません。

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 ただ残念なことに、この近江町市場は現在では完全に観光化してしまっており、このため鮮魚店の店先に並ぶものは、市民のためのものというより、観光客相手のカニだとか干物などの品揃えが中心になってしまっています。

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 そして更にガッカリしたこと。 折角ここに来たのですから何か新鮮な海産物を食べようと思ったわけですが、そこで見つけたのが鮮魚店のお店の一角で炉端焼き風に食べさせてくれるところです。

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 しかし、出されたものは “何これ〜、観光客を馬鹿にしてるのか?” と言うもの。

 写真の小さな小さなハマグリ1個100円、小さな小さなサザエ1個300円、小さな殻付き牡蠣1個300円、そして干からびたような身が入った小さなウニ1個400円。

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( 大きさだけでなく、生ウニはもちろん、他の焼いたものも全く美味しくなかったです )

 そして極めつけはこれ、海鮮丼。

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 普通のご飯茶碗よりちょっと大きめ程度の器に、作り置きで干からびたご飯、その上に切れ端クズのようなお刺身が数枚 ・・・・ これで800円! しかも全く美味しくない!

 こんな商売を鮮魚店が自分の店先でやっているのです。 ちなみにこのお店の名前は ・・・・ 書かなくても上の写真に写ってますね。

(3) 犀川沿い

 金沢の中心部を挟む形で流れる2つの川の内の一つで、現在では護岸や河川敷内に遊歩道が整備され、大変よい散歩コースになっています。

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 まあそれだけと言えばそれだけなんですが、ここは私が中学時代によく遊んだ場所ですから、思い出深いもので ・・・・ (^_^;

 この川沿いで、犀川大橋近くに例の周遊バスの#12番 「犀星文学碑前」 というバス停があります。 時間があればここで下車して、しばし散歩されるのも宜しいかと思います。

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(4) ついでに

 「21世紀美術館」 の裏の敷地境に古い 「辰巳用水」 の用水路が残っています。

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 そしてここの少し先に古い立派な洋風のお屋敷が。 実はこれが石川県知事公舎なんです。 ちょっと隠れた見どころの一つかも (^_^)

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2010年07月05日

古都金沢散策 (10) − 本多の森周辺 その2

 「本多の森」 の続きで、今回は私のブログならでは、ここに残る旧軍関係の施設をまとめてご紹介します。

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( 元画像 : Google Map より )

(1) 陸軍兵器支廠兵器庫 (現 「県立歴史博物館」 )

 県立美術館の隣りに、「藩老本多蔵品館」 というのを挟んで赤煉瓦の建物が3棟建っています。

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( 「藩老本多蔵品館」 は訪れておりませんので、公式サイト ↓ をご覧下さい )


 ここが旧陸軍の 「金澤陸軍兵器支廠兵器庫」 だったもので、戦後は金沢美術工芸大学の校舎となり、その後昭和61年から 「県立歴史博物館」 となっています。 また、平成2年には重要文化財に指定されています。

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( 奥のガラス張りの渡り廊下中央部が入口受付 )

 現在ここには第5〜第7の3つの兵器庫が残されています。

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 現在の 「県立歴史博物館」 については、次の公式サイトをご覧下さい。


 入館料は通常250円なんですが、特別展がある時は別で、私が訪れた時はその特別展が開催されており入館料750円。

 したがって、平日ではありましたが、来館者は限りなく 「0」 に近い様子でした。  当然私もパス (^_^;  折角の施設なんですから、もう少し運営の工夫が必要なように思いましたね。 せめて通常料金で常設展示だけでも見られるようにするとか ・・・・

(2) 金沢偕行社と第九師団司令部庁舎

 「金沢偕行社」 は明治31年に大手町に建てられましたが、明治42年になって現在地に移転したものです。

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 大変に技巧を凝らした豪華な造りで、昔の陸軍将校の社交場としての華やかさが偲ばれます。

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 戦後はつい最近まで 「県庁石引分室」 として使用されていましたが、現在では全く使われていないようで、私が訪れた時も無人で鍵が掛かっていました。

 そしてこの偕行社の建物の左隣りにあるのが 「第九師団司令部庁舎」 です。 偕行社に比べると大変に質素です。

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 第九師団司令部は本来は金沢城の二の丸跡に置かれており、この庁舎は明治31年にそこに建てられたものとされています。 戦後の昭和43年になってから二の丸跡から現在地へ移築されましたが、この時に建物の両翼が約半分に切り詰められました。 如何に敷地の関係とはいえ、大変に勿体なく、何とかならなかったものかと思います。

( ここを訪れている時に丁度雨が土砂降りとなりまして、軒先で一時雨宿り。 結局写真はほとんど撮れずじまいに )

 なお、この敷地には旧偕行社の右側に隣接して、昭和47年に 「県立能楽堂」 が元の広坂通りから移設されています。

(3) 第九師団長官舎

 この 「第九師団長官舎」 は大正11年に現在地に建てられましたが、広坂交差点から坂道を少し登った右手の林の中にポツンとあり、大変に素晴らしい環境にあったことが窺われます。

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 玄関に車寄せのある、石造一部木造の平屋造りで、一見軽井沢などにある豪華別荘かと思わせるようなモダンな建物です。

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 戦後は石川県のものとなり、最近まで兼六園付属の 「広坂休憩館」 として一般に開放されていましたが、知名度が低いためかほとんど利用が無かったようです。

 現在では隣接する 「県立美術館広坂別館」 の付属施設として活用が図られているようで、私が訪れた時には小学生の絵画教室が開かれていました。

 建物の中はかなり当時のまま残されているようですが ・・・・

(4) 石川護国神社

 旧軍施設ではありませんが、ついでにここでご紹介を。 偕行社敷地と本多の森ホールとの間にあり、偕行社敷地の脇に入口の大鳥居があります。

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 その大鳥居を潜った先の右手に御社がデーンと見えます。

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 戊申の役での加賀藩の戦死者を祀って卯辰山に 「招魂社」 を建立したのが始まりとされています。 昭和10年に小立野練兵場であった現在地に移され、14年に 「石川護国神社」 と改められました。 以後今次大戦までの石川県戦死者を祀った他、第九師団管轄下の他県の戦死者も祀られているそうです。

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 境内にはこういうものもあります。

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 またここは、例年7月に行われる 「万灯みたままつり」 での境内一杯に飾られる行燈が、大変幻想的な雰囲気だと聞いています。
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2010年07月04日

古都金沢散策 (9) − 本多の森周辺 その1

 兼六園の南に隣接する一帯が 「本多の森」 と呼ばれていまして、昔は加賀藩筆頭家老本多家5万石のお屋敷があったことからだそうです。

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( 画像 : Google Map より )

 明治期以降は一時陸軍の小立野練兵場として使用されていましたが、その後陸軍関係の施設や護国神社などが建てられました。 その関係もあって、現在では美術館や博物館などの公共施設が多く、また緑が多く残されているため市民の憩いの場の一つともなっています。

 通常の散策としては、広坂交差点から兼六園沿いに坂道を登っていくのですが、今回はちょっと違ったコースで。

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 広坂交差点にある 「石浦神社」 の前を通ってその先の 「石川県立図書館」 の脇を奥に入りますと 「金沢市立中村記念美術館」 があります。

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 この中村記念美術館は、元中村酒造社長であった故中村栄俊氏の収集美術品を公開しているところで、敷地内には新築の本館、移築した旧中村邸と茶室 「梅庵」 などがあります。

 残念ながら時間の都合もあって中を見ませんでしたので、詳しくはこちら ↓ の公式サイトをご覧下さい。


 で、何しにここに寄ったのかと言いますと、この敷地の奥に抜け道があるのです。

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 鬱蒼と茂った本多の森の中の古い石段を50mほど登りますと、「石川県立美術館」 の裏に出ます。

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( 県立美術館の裏側 )

 この美術館、表側の外観を見る限りでは別にどうということはない建物なのですが・・・・

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 中は高級デパートのブティック売場風です。 エスカレーターまで付いています。

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 そこで、顔に似合わず何故美術館などに入ったのかと言いますと、丁度開催していた「日展」 を見るために

  ・・・・ ではなくて、実はロビーの奥にちょっと洒落た喫茶店があるからなんです (^_^;

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 「ル・ミュゼ・ドゥ・アッシュ・金沢」 という、石川県出身のパティシエ 辻口博啓氏の系列のお店です。 したがって、ケーキが美味しいとの噂。

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( ケーキはショーケースから選べば、飲物と一緒に持ってきてくれます )

 美術館の中とは思えない落ち着いた良い雰囲気です。 先の抜け道から上がったところの写真が、ここの外側になります。

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(あっ、向かいの席の美人マダムを撮ったわけではありませんので (^_^; )

 もちろん当然店内は女性客ばかりの中で、おじさんは一人淋しくケーキを (^_^)  大変美味しかったのですが ・・・・ コーヒーは “×” 紅茶にしておけば良かった。

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 一休みして外に出ると、この県立美術館の向かい側に 「金沢神社」 の鳥居がひっそりと建っています。

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 ここは加賀前田家の祖先と言われる菅原道真公を祀ったところで、元は 「竹沢御殿御鎮守天満宮」 と言われたものが、明治の始めに今の 「金沢神社」 に改称されたそうです。

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 通りに戻ると、脇に古い 「辰巳用水」 の用水路があり、その道の先に国の重要文化財に指定されている 「成巽閣」 があります。

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 一度は見る価値はあるところですが、今回は例によってパス。

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 詳しいことは公式サイトをご覧下さい (^_^;


 この成巽閣の道沿いの先に、「兼六坂上」 というT字路があります。 そこから右手の道沿いには長い土塀が続き、それに沿って先の辰巳用水路が流れています。

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 この長土塀のあるところが加賀藩家老であった奥村宗家1万3千石の屋敷跡で、明治期から今次大戦終戦までは 「陸軍第二病院」 があったところでもあります。

 戦後は 「国立金沢病院」 が置かれ、現在では近代的な 「金沢医療センター」 となっており、昔のものはこの長土塀と用水路のみが残されているだけです。

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 この道を用水路沿いにしばらく歩き、次のT字路で右折すると、大変立派で大きなホールが見えてきます。 元 「厚生年金会館 ウェルシティ金沢」 の附属施設だったところで、2009年に閉鎖され、現在では北陸電力が買い取って 「北陸電力会館 本多の森ホール」 となっています。


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( 確かここには私が中学の時は市の野球場があったはず  それくらい広い敷地です )

 隣接する本来のホテル・結婚式場は県が買い取るという話しもありますが、どうなっているのか・・・・? まあ、これも例のデタラメな社会保険庁がらみの一件ですね。 

 このホール前から木立の中の道沿いに進みますと、先の県立美術館の前に出ます。

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 そしてそのまま進み、坂を下ると、最初の出発点の広坂交差点に戻ります。

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 この本多の森、ご覧のように現在では大変綺麗に整備された市民の森となっています。

 そしてここ本多の森には、ご紹介した施設以外に旧軍に関連したものが幾つか残されていますが、これは次回で。
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2010年07月03日

古都金沢散策 (8) − 茶屋街

 戦災の被害に遭わなかった金沢ですから、昔の街並みがあちこちに残っています。 それらの中で、観光の目玉の一つとなっているものに 「茶屋街」 があります。

 金沢の今に残る茶屋街は大きいものが二つ、「東茶屋街」 と 「西茶屋街」、そして規模は小さいですが 「主計 (かずえ) 町茶屋街」 というのがあります。

 何れも石畳が敷かれ綺麗な街並みになっていますが、私などからすると、景観保存というよりは、観光者向けの意味が強すぎるような ・・・・

(1) 東茶屋街

 金沢における最も大きな茶屋街です。 市の中心部からは浅野川を越えた 「東山」 というところにあり、先にご紹介した 「周遊バス」 ならば#6番 「橋場町 (浅野川大橋交番前) 」 バス停で降りると、そこからすぐです。

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( 元画像 : Google Map より )

 文政3年 (1820年) には藩の許可の下に本格的に開かれたところで、京都の祇園に並ぶ格式の高いところだったそうです。

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 メインの通りは、昼間は平日でもさすがに大勢の観光客で、特に観光バスの回ってくる時間帯は写真を撮るどころではありません。 人通りの少ないシャッターチャンスに巡り会うにはちょっと辛抱が必要かと。

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( メインの通りを反対側から )

 今でも現役のお茶屋さんも多く、夕方ともなると三味線の音が聞こえたり芸子の歩く姿が見られるそうです。

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 また、食事処や扇子・浴衣などのお店に替わったところも多くあり、時間に (懐も) 余裕があればブラブラと覗いて回るのも面白いと思います。 特に女性向きですね。

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( 昔のお茶屋そのままの建物内部を見学させてくれる 「志摩」 (入館料400円) )

 メインの通りから一歩横道に入れば、また少し変わった風情が楽しめます。

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 この付近は、文学に興味のある方向けにすぐ近くに 「泉鏡花記念館」 (観覧料300円) や 「徳田秋声記念館」 (観覧料300円) もありますし、また卯辰山方向へ歩けばノンビリ多くのお寺巡りもできるところです。
 
(2) 西茶屋街

 市中心部の片町交差点から犀川大橋を越えたすぐのところにあります。

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( 元画像 : Google Map より )

 ここは現在では大変に規模が小さくなっており、メインの通り1本150mくらいしか残されていません。 (戦後までいわゆる 「赤線」 のあったところで、そのためもあってこの一帯は今では区画が整理されてしまいました。)

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 それでも現在では観光地としての整備が進んでいます。 まあ、本来のお茶屋さんとして残っているところはあるのかどうか判りませんでしたが。

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( 通りの反対側から )

 ここは近くに 「室生犀星記念館」 (入館料300円) がありますが、ちょっと判りにくい場所です。

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 また、大通りを隔てた南側一帯が有名な 「寺町」 で、忍者寺で知られる「妙立寺」 (拝観料800円、予約制) を始め、大小の寺が数多く並んでおり、興味のある方にはよい散策エリアです。

(3) 主計町茶屋街

 ここは、東茶屋街から浅野川を挟んだ向かいにあり、浅野川大橋を渡ればすぐのところにあります。

 今回の私の散策ではその反対側から回りまして、周遊バスの#3番 「小橋」 バス停で降りて、まず近くにある老舗の飴屋 「俵屋」 さんに向かいます。

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( 同店のパンフレットより )

 創業180年といいますから、店構えからしてその古さがお判りになるかと。

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 今では金沢駅構内と長町武家屋敷に支店がありますが、やはりこの本店まで来て買わないと意味がありません (^_^)

 本来はドロッとした水飴なんですが、今では色々な種類のものが出ています。 今回はお土産としての手軽さのためにこれ ↓  昔懐かしい味がします。

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 で、この後は浅野川沿いにブラブラと10分ほど歩けば主計町 (かずえまち) 茶屋街です。

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 ここの茶屋街は元々の規模も小さく、現在では僅かに通り1本100mほど。 それでも川に面した風情はなかなかです。

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( 反対の浅野川大橋側から )

 ここは元々 「主計町」 という地名でしたが、昭和45年に行政による住所変更が行われて 「尾張2丁目」 となりました。 しかし、観光金沢としてここの茶屋街もその目玉の一つとなりましたので、平成11年に元の町名に復活したそうです。

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 したがって、道端にある石碑は 「旧主計町」 の 「旧」 の字がセメントで埋められています。 面白いというか、行政もすてたものではないというべきか ・・・・


 以上3つの茶屋街をご紹介しましたが、何れも大変に綺麗に整備され、観光都市金沢の面目躍如たる一面がありますが、その反面、あまりにも手が入れられ過ぎて本来の風情を失っていることもまた事実です。

 古都の景観保存というのは難しいですね。
posted by 桜と錨 at 14:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 古都金沢散策(完)

2010年07月02日

古都金沢散策 (7) − 兼六園

 金沢といえば金沢城と並んで兼六園でしょう。 観光金沢の大変綺麗な公園として整備されております。

 公式サイトも充実しています。 また、ここから金沢城址公園・兼六園の各種のパンフレットもダウンロードできます。


 兼六園の見所や歴史などについては、そちらをご覧いただくとして ・・・・

 観光で金沢を訪れた場合には、全部で7つある入口の中でこの 「桂坂口」 から園内に入るのが一般的でしょう。

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( 案内パンフレットより )

 何しろ、石川門と隣接していますので両方を見る場合に非常に便利ですし、それにここには昔からお土産や食事など観光客向けのお店がズラリとならんでいますので。

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( 同じ場所の昭和45年旅行時の様子 )

 ところで、この兼六園は現在では入園料300円が必要ですが、私が中学の頃はまだ無料で開放されていました。 ですから、よくホームルームの時間などはここへクラス揃って遊びに行ったものです。

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 したがって、今回もその元中学校跡 (現 「金沢21世紀美術館」) 脇の広坂交差点にある 「真弓坂口」 から入ることに。

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( 昭和45年旅行時の真弓坂口の様子 )

 園内は、当然のことですが昔と同じです。 もっとも有料になった分だけ綺麗に整備されていますが。

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(有名な 「ことじ灯籠」 も昔のままです )

 そしてこれも。 日本武尊の象です。 明治13年に西南戦争における石川県出身将兵の慰霊碑だそうですが、何故兼六園内に日本武尊なのか ・・・・ 未だによく判りませんし、園内の景観とは全く釣り合わないのですが ・・・・?

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( 左 : 現在          右 : 昭和39年当時 )

 兼六園から見下ろす金沢市内です。 東の浅川・卯辰山方向は住宅地ですので余り変わっていませんが、北の中心部方向はビルが建ち並んでしまいました。

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( 左 : 卯辰山方向を望む    右 : 市中心部方向を望む )

 兼六園から隣の 「成巽閣」 へ入ることができますが、今回訪れた時は建物の整備工事中でした。

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 ということで、広い園内をぐるりと一周したところで、池の鯉を眺めつつ一休み。

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 えっ、兼六園はたったこれだけで終わりか、ですか? はい (^_^)
posted by 桜と錨 at 17:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 古都金沢散策(完)

2010年07月01日

古都金沢散策 (6) − 金沢城趾 その2

 ここからの金沢城趾散策は、普通の観光ですと時間の関係で回る機会の少ない場所を少しご紹介します。 とは言っても、現在では全て市民の散策コースとして綺麗に整備されているところばかりです。

 まずは、前回の橋詰門を入った 「鶴の丸」 から左に進んで 「二の丸」 方向へ向かいます。

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( 案内パンフレットより )

 右手の「二の丸跡」 は現在では何もない広い公園になっておりますが、左手の石垣と堀の先に橋が見えてきます。

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 この橋が 「極楽橋」 と呼ばれ、これを渡ると 「本丸付段」 と言われるところになります。

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 ここには現在は 「三十間長屋」 だけがポツンとあります。 この三十間長屋は重要文化財に指定されており、石川門と並んで金沢城の現存する数少ない建築物の一つです。 安政5年 (1858年) の再建で、倉庫として用いられたようです。

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 三十間長屋から更に進むと 「鉄門跡」 の石垣があります。 ここが 「本丸」 への入口になります。

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 この先の本丸跡は、天守閣跡の石垣も含めて何も残っておらず、現在では 「本丸園地」 と呼ばれ、鬱蒼とした雑木林になっています。

 元々金沢城の天守閣は慶長7年 (1602年) の落雷による焼失後は再建されておらず、それ以降はこの本丸や隣接する東の丸がどの様なものだったのかよく判りませんが、散策路の脇には池などの庭園の跡の様なものがチラホラ残っています。

 そこにあるのがこれ ↓ 「日露戦役記念碑」 です。 この碑は、かつて中学時代にもここを散策した時に見た記憶があります。

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 これだけが散策路脇にポツンとありますが、何時なぜここに建てたのかなどはわかりません。 日露戦争の旅順攻略戦において多大な損害を出した金沢第九師団ですから、師団司令部のある金沢城内のこの園地が選ばれたのかも?

 ここ本丸・東の丸跡にはその角に 「戌亥櫓」 「辰巳櫓」 「丑寅櫓」 の櫓跡があります。 それぞれの石垣上からみた眺めです。 本丸を守る要衝であったことが判ります。

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( 戌亥櫓跡からの眺め  二の丸・鶴の丸・三の丸などがよく見えます )

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( 丑寅櫓跡の石垣  他の櫓跡も同じ様な石垣が残っています )

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( 左 : 辰巳櫓跡から広坂方向を望む  右 : 丑寅櫓跡から兼六園方向を望む )

 本丸園地内を一周しておりてくる途中に、本丸の一部を削ったと思われる窪地があり、そこにこのような ↓ ものがあります。

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 本丸石垣の外側からこの窪地に通じるトンネルです。 この窪地は旧陸軍が弾薬庫とするために掘ったものだと言われていますが、実態はよく判っていません。

 そして更に鶴の丸方向へ下ると、途中の 「東の丸付段」 にあるのが 「鶴丸倉庫」 です。

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 この倉庫は長い間明治期に旧陸軍が建てたものと考えられてきましたが、最近発見された文書により、焼失後の弘化5年 (1848年) の再建であることが確認されました。 武具倉庫だったと言われています。

 これで本丸・東の丸跡を一周しました。 次は金沢城趾の北側です。

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( 案内パンフレットより )

 金沢城のメイン玄関たる 「大手門」 は、城の北側にあります。

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 大藩の城の大手門に相応しい立派な石垣が残っていますが、門や櫓等はその初期に焼失して以後ずっと再建されないままだったようです。

 この大手門の西側には堀が残っており、「大手堀」 と呼ばれています。

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( やはり雨の日のお堀と石垣はまた一段と風情があります )

 大手門を入ったところが 「新丸跡」 で、現在は全く何もない広い 「新丸広場」 となっており、その奥に先にご紹介した 「河北門」 や 「菱櫓」 などが見えます。

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 この新丸跡は明治期には旧歩兵第7連隊がおかれていたところですが、それを偲ばせるものは何も残っていません。

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( 1946年の米軍写真より )

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( 1945年の米軍地図より )

 ついでにご紹介しますと、城趾内ではありませんが、大手門の西側にある 「黒門」 のすぐ外側に、「黒門前緑地」 と呼ばれるところがあり、立派なお屋敷跡があります。

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 ここは、最近まで金沢地方検察庁検事正の官舎だったところですが、元々は前田利家公の四女、豪姫の住居だったところだそうです。

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 この元官舎をそのまま保存し、更に旧高峰家 (加賀藩の御典医、タカジアスターゼで有名な幕末生まれの高峰譲吉博士はその家系) の家屋を移築して、平成13年に公園として整備したものです。

 建物の中も無料で見学できるようですが、訪れた日はたまたま市民の何かの集会で使われていたようで、入ることができませんでした。

 さて、金沢城趾のご紹介の最期は、私のブログならでは。 先もご紹介した 「第六旅団司令部跡」です。

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( 案内パンフレットより )

 ここへは 「金沢城兼六園管理事務所」 の脇を通って、「土橋門跡」 の石垣へ行くとその先に見えます。

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 旅団司令部の入口が 「切手門」 です。

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 この門は司令部庁舎の正面にするために、向かって右に約1m移築されたと言われていますが・・・・う〜ん、それにしては元のままでよかったような・・・・?

 旧第六旅団司令部庁舎は、明治31年の建築と言われていますが、それにしても当時の旅団司令部は小さいですね。 現在では全く使われておらず、また通常は内部を見ることもできません。

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 この司令部庁舎のあるところは、元々は側室や奥で働く女中達が居住する 「数寄屋敷」 と言われているところの跡だそうです。


 これにて金沢城趾のご紹介を終わりますが、まだまだ見所は他にも沢山あります。 特に 「石垣巡り」 は地元の散策路として知られています。 現在では幾つかのコースが設定されて、散策の道も整備され、またあちこちにきめ細かく案内板が置かれています。

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 なお、「金沢城公園」 について詳しくお知りになりたい方のために、公式サイトはこちら ↓ です。


 そして、HN 「T.Haru」 氏の 「金沢城探検倶楽部」 という素晴らしいサイトがあります。 お城好きの人にはちょっと堪らない内容ですね。 是非一度お尋ね下さい。


posted by 桜と錨 at 13:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 古都金沢散策(完)

2010年06月17日

古都金沢散策 (5) − 金沢城趾 その1

 金沢市内散策と言えば、「金沢城趾」 と 「兼六園」 は絶対に外せないところです。 まず現在では 「金沢城公園」 となっているその金沢城趾から。

 金沢城趾と言えば、その代名詞とさえなる 「石川門」 でしょう。 ここを目指せば城趾と兼六園との2つを散策するのに便利です。

 明治期に下のお堀が埋め立てられて、戦後は公園となっております。 通常の散策ルートからはちょっと外れますが、私的にはこのお堀公園から見上げる石川門が一番だと思っています。

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 昼間は勿論ですが、夜のライトアップされた姿もここからがいいですね。 (金沢城趾の夜景はまた後でまとめてご紹介します。)

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 普通に散策される場合は、この兼六園桂坂入口前付近からのこの眺めが最も有名なものでしょう。

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 そして48年前の 「38豪雪」 時の雪の石川門です。

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 では、兼六園桂坂前から石川橋を渡り、この石川門から中に入って散策することにします。

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 石川門は典型的な 「枡形門」 と言われるもので、「一の門」 「二の門」 の2つの門と櫓及び石垣塀に囲まれた、その名の通りの枡形になっています。

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 この 「石川門」  1759年 (宝暦9年) の火災で城のほとんどを焼失した後、1788年 (天明8年) に再建されたものだそうで、国の重要文化財に指定されています。

 石川門を入ると 「三の丸跡」 で、現在は何もない広〜い 「三の丸公園」 となっています。

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( 案内パンフレットから )

 そしてその向こうに、最近になって復原された 「五十間長屋」 や 「河北門」 などがデデ〜ンと目の前に広がります。

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( 奥の一連の建物が左から 「橋爪門続櫓」 「五十間長屋」 「菱櫓」
  そして右端手前が 「河北門」  木がかなり邪魔ですが (^_^; )

 昔しか知らない私などにとっては、ちょっとビックリです。 え〜、何時の間にこんな風になったの? と。

 私が住んでいた頃は、まだこの城趾内は金沢大学の構内であり、丁度この三の丸跡には確か教育学部の木造建物が並んでおり、もちろん現在の復原物はありませんでしたから、非常に殺風景なものでした。

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( 昭和45年防大夏季定期訓練移動時の輸送機上より
  既に大学の校舎は木造から鉄筋コンクリートのものに )

 今年4月に復原が完成したばかりの 「河北門」 ですが、この三の丸側から見るとちょっと “取って付けたような” 違和感があります。 真新しいせいばかりではなく、門だけでその周りに続く部分が無いからでしょうね。

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( 広い公園の中にこれだけがポツンとあると・・・・ )

 外側 (「新丸」側) から見るとそれらしくは見えるのですが・・・・

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( 左が河北門、右が菱櫓 )

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 その一方で、「五十間長屋」 とその両端にある 「菱櫓」 と 「橋爪門続櫓」 は、平成13年の復原完成ですから、多少時間の経過もあるせいか堂々とした昔の趣を伝えてくれます。

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( 菱櫓と内堀  この櫓、平面形はその名の通り四角でなくて菱形です )

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( 橋爪門続櫓と橋爪門 )

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( 二の丸跡側から見た五十間長屋 )

 この五十間長屋などは内部を見学できるようになっています。 入館料300円。 当然今回はパスです (^_^;

 そしてこれらと続く、「橋爪門」 もこの景色にプラスされてなかなか良い風情を出しています。

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( 橋爪門と同続櫓 )

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( 橋爪橋上から  左奥は石川門 )

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( 裏側 ( 「鶴の丸」 側) から見る )

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( 橋爪門から五十間長屋方向を見る )

 この 「橋爪門」 も、元々は 「石川門」 や 「河北門」 と同じ様な枡形門だったようで、行く行くはその様に再復原されるとも言われておりますが、さてどうなりますことやら。

 それにしても、改めてこの復原された金沢城趾を見ますと、立派なお城だったんですね。 さすがは加賀百万石です。

 とはいえ、その歴史を見ると、金沢城は大火による焼失被害が頻繁に起きています。 大きなものだけで過去6回。 お城とはいえ元来が木造建築物なので火に弱いのは当然としても、ここまで多いとちょっと、と考えてしまいます。
(この項続く)
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2010年06月08日

古都金沢散策 (4) − 長町武家屋敷跡

 それではまず香林坊交差点からすぐ近くの 「長町武家屋敷跡」 から。

 先の 「周遊バス」 利用なら14番 「香林坊」、15番 「香林坊 (日銀前) 」、16番 「香林坊 (東急イン前) 」、そして17番 「南町」 の何れからでもOKです。

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( 元画像 : Google Earth より )

 私的には香林坊交差点から 「109」 の中に入ってブラリと見たあと、裏口から出て、そこの用水路沿いの小さなお店を眺めつつ向かうのがお勧めです。 もちろん帰りがけに気の向いた喫茶店で一休みでも。

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( なかなか洒落たお店もチラホラ )

 武家屋敷跡の回り方は色々ありますが、例えばホテルに置いてある無料のこんなポケット・カードを利用するのも一つの手ですし、参考にもなります。

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 このカードは各見所ごとに沢山の種類がありまして、お店のPRも兼ねたものになっていますが、適当なものを選んで持っておけば手軽な良い記念品にもなります (^_^)

 それでは散策に出発!

 「109」 方向から真っ直ぐ大野庄用水路に向かうとしますと、最初に目に付くのがこれ、「老舗記念館」 です。

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 時間の都合もあり、ここは取り敢えずパスして、先に進みます。 (入館料は確か100円です。) そのはす向かいに 「前田土佐守家資料館」 もありますが、ここも同じくパス。 (入館料は300円。)

 ここから大野庄用水路沿いに歩きます。 水路と土壁の組合せがなかなかの風情を醸し出しています。

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 暫く行ったところの石橋を渡った先の路地がメインの長町武家屋敷跡になります。

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 武家屋敷跡の散策はやはり雨の日の方が似合っています。 現在では全て石畳になっていますので足下を気にする必要はありませんが、この石畳は本来の形からすると意見の分かれるところですね。

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 奥の曲がり角のところに 「金沢九谷ミュウジアム」 があります。 武家屋敷跡の一つを利用したものですが、見学無料とありましたので、取り敢えず立ち寄ってみることに。

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 “ミュウジアム” と銘打ってはいますが、要は 「鏑木商舗」 というお店で、九谷焼販売と喫茶をやっています。 もちろん確かにコレクションも一部あるようですが ・・・・

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( 右の写真は人間国宝の作品だそうです。 値札の額が ・・・・ )

 商品棚の写真を撮っていいかと聞きましたら、店員さん達に怪訝な顔をされました。 だけど “ミュウジアム” なんでしょ? (^_^;

 引き続いて、メインの路地の散策。

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 また、大野庄用水路沿いに更に先に進むと 「野村家」 があります。 門から見える玄関の奥には立派な鎧が飾られていますが、中を見るには拝観料 (500円) がかかりますので、当然外からのみ (^_^;

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 もっとも、ここの建物は本来の武家屋敷ではなく、明治期に豪商が他の館を移築したものだそうですから ・・・・

 その先には 「高田家跡」 があります。 ここは門とその奥の庭園の一部、及び下男の間ぐらいしか残されていません。

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 更に用水路沿いに進みますと 「足軽資料館」 があります。 昔の足軽の住居が2軒残され、一般に公開されています。 ここは見学無料です (^_^)

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(資料館の入口)

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( 高西家 赤い提灯は6月4日からの百万石祭りのためのもの )

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 足軽の家というと、一般的には長屋を想像しますが、ここ加賀藩城下では足軽でも一戸建てが多かったそうです。 う〜ん、さすがは百万石、リッチです。

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(清水家)

 足軽資料館のすぐ近くにはこんな大きなお屋敷が。 個人の住居らしいですが、未だにこんな大邸宅を維持している人がいるのですねぇ。

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( 大きすぎて両端はレンズに入りきれません (^_^; )

 金沢は戦災に遭わなかったお陰で、市の中心部にこういう風景が残りました。 これを保存し維持していくことは素晴らしく、また大変なこととは思います。

 が、その反面、現在の姿はちょっと観光向けになり過ぎているような、というのが私の感想です。 昔の武家屋敷跡はもっと古めかしく、寂れたような感じでしたが、それ故に逆にもっと本来の風情があったような ・・・・

 なお、大野庄用水路沿いの 「野村家」 と 「高田家跡」 との中間あたりに 「長町武家屋敷跡休憩館」 というのがあります。 ここで、休憩やトイレ、パンフレットの入手などができます。 更にボランティアのガイドさんが待機していて、無料の同行ガイドをしてくれます。 時間に余裕のある方や、武家屋敷に興味のある方はお願いしてみるのも手でしょう。
posted by 桜と錨 at 15:12| Comment(4) | TrackBack(0) | 古都金沢散策(完)

2010年06月06日

古都金沢散策 (3) − 市内の歩き方

 さて、金沢市内の見所についてお話しする前に、この金沢市内の歩き方について少しご紹介しておきたいと思います。

 ご存じのとおり、古都金沢の見所の多くは金沢城・兼六園を中心にして、その周辺の極めて狭い範囲に散在しています。 そしてそれらの主要な見所以外にも、思いがけない小さなスポットが途中に沢山あります。

 このため金沢は、観光バスなどよりも、ガイドブックと地図を片手に気ままにブラブラと歩いて回り、そしてちょっと気になるところにフラッと立ち寄る、というのが一番です。

 そしてこれら散在する見所を効率良く回る方法があります。 それが 「城下まち金沢周遊バス」 です。

 北陸鉄道が運行しているものですが、下図のように金沢駅を0番にして時計回りに19番まで、全部で20のところに停まります。

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( 案内パンフレットより )

 しかも日中は1時間に5本、つまり12分間隔で可愛いミニバスが回っています。 運行時刻もかなり正確です。

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( この赤と青の他に緑色の車両もあるはずですが、残念ながら出会いませんでした。 )

 乗車運賃は1回200円ですが、500円の 「1日フリー乗車券」 を買うと何度でも乗れて、何処のバス停ででも乗り降りが出来ます。

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( 自分で乗車年月日の欄を削るのが面白いです。 )

 ですから、気ままに好きなところで降りて辺りをブラブラ散策し、適当な時にまた乗って次のところへ、が可能です。 あるいは極端な話し、一日中乗って市内をグルグル回るだけでも楽しいかも (^_^;

 欠点は、周遊ルートを時計回りにしか運行していないことと、乗車定員が少ない (約20名程度) ことです。 と言っても、普通に利用する分にはそれほどの支障にはなりませんが。

 1日パスは車内でも買うことができます。 自分で当日の日付欄を削って、降車時に運転手さんに提示すればOK。 そして運転手さんは何故か皆若い女性ばかりなのも嬉しいことで (^_^)

 バス停には下の写真の標識があります。 路線バスのバス停と一緒になっているところもありますが、それ以外でも比較的判りやすい場所です。

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 しかも、周遊ルートから外れる場所へは、路線バスの市内200円区間ならこのパスで乗ることも可能です。

 ルート及び各バス停付近の見所については、詳しくは北陸鉄道の下記のURLのパンフレットをご覧下さい。

       http://www.hokutetsu.co.jp/bus/loop/index.html
       http://www.hokutetsu.co.jp/bus/loop/pamphlet.pdf

 この周遊バス、上手く利用すると市内のほとんどの見所を1日で回ることができます。 もちろん、ざっと見て回るだけですので、博物館などでゆっくり見学などしていては時間がいくらあっても足りませんが (^_^)

 その他に、金沢市営の 「金沢ふらっとバス」 というのもあります。 4ルートしかなく、本来が観光用ではなく市民の足としてのものですが、これも上手く利用すると結構色々なところが回れて便利です。

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( 案内パンフレットより )

 どのルートも1回100円で、ノンステップの可愛いミニバスが走っています。 詳細は下記のURLをご参照下さい。

       http://kimassi.net/100bas.html

 もちろん、通常の路線バスやタクシーを利用する方法もありますが、普通の観光ならば上記2つのバスで充分間に合うと思います。

 こういう交通機関が用意されているのも、観光都市たる金沢市ならではでしょう。 観光地として整備されるプラス面の一つと言えます。

 もちろん昔はこの役目は路面電車が担っていましたし、それで充分でした。

 私の個人的意見としては、折角ここまで観光都市として市街整備がなされてきたのですから、バスよりもこの路面電車風のものを復活させた方がむしろ古都金沢らしいと思うのですが ・・・・
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2010年06月05日

古都金沢散策 (2) − 片町交差点 〜 香林坊

 宿は片町交差点からすぐのビジネスホテルでした。

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 シングルルームでバス・トイレはもちろん付いていいますが、部屋はベットだけでほぼ一杯。 まあ、長期滞在の格安設定でしか予算がありませんし、それに単に寝に帰るだけですから、これで充分と言えば充分なのですが ・・・・

 それにしても、仕事場からは途中高速を使って、混んでいなくても片道45〜50分かかります。 なぜ今回はその金沢市内なのか?

 実は、前回まででもそうでしたが、仕事場周辺及び近郊にある宿では数日の宿泊ならなんとか我慢できますが、3週間もの滞在には耐えられないことが一番でした。 そうです、宿の周りに何にもなかったからです。

 つまり、毎日手軽に夕食を食べられるところや、日用品などが夜でも買えるコンビニ、下着や衣類があるスーパー、あるいはコインランドリー等々、日常生活を送る上での必要なお店が宿の近くに無いとちょっと困ることになります。

 また、50名を越える人数が格安の値段で収容できることも必要ですし、そして何よりも “受信料を払っている” ことは契約上の必須条件でもあります。

 金沢のビジネスホテルと言うと 「APAホテル」 グループが有名ですが、ここは最後の項目が ・・・・ だったと聞いています (^_^;

 ところがです。 ここからがお話しのメインになるのですが、

 この今回の宿のある片町交差点付近は、実は北陸地方最大の歓楽街となっており、日が沈んだ頃からは一般の歩行者よりも客引きのおね〜さん、おに〜さん達の方が多いのではないか、と思われるようなところに変貌しておりました。

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( 平日の夜の片町交差点 )

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( 週末の風景  この内1/3程は客引きさん )

 まさにその大歓楽街のど真ん中に宿があったわけで、しかも帰ってくるのはいつも夜の8時過ぎ (^_^;

 私達が毎日宿を出発する朝5〜6時頃でも、まだこの仕事を終えたおね〜さん、おに〜さん達が三々五々歩いていたり、酔っぱらって騒いでいたり。 昔はこんなところではなかったんですが ・・・・

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( 香林坊方向から片町交差点を望む )

 街が賑やかになるのはよいことかもしれませんが、このような猥雑さが漂う雰囲気はイヤですね。 そもそも古都金沢には全く相応しくありません。

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( 昼間の片町交差点 )

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( 片町交差点から香林坊方向を望む )

 昔は飲み屋街といえば、このメインストリートの一本裏手が中心で、木倉町通りなどはその代表でしたが、ここは今では静かな通りになってしまっています。

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( 人のまばらな木倉町通り )

 また、昼間はこちら、堅町通りが昔から賑やかな商店街でしたが、現在では大変綺麗なショッピング・モール風になっています。

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( 平日の朝の堅町通り商店街、しかも雨ですから ・・・・ )

 下の写真でお判りのように、片町交差点付近が賑やかになったのは、交差点から南に延びる大通りが整備されてからのことです。 それまでは堅町通りの方が遙かに賑やかでした。

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( 左 : 昭和37年の国土地理院航空写真より  右 : Google Earth より )

 そして、金沢市街の中心である香林坊交差点付近も大変綺麗になっています。 近代的なビルの 「109」 も出来ていますが、ただ残念ながら中に入っている各お店の様子はちょっと田舎臭いような気がしますね (^_^;  交差点反対側にある 「アトリオ」 の方は覗いていないので判りませんが ・・・・

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( 片町方向から見た香林坊交差点、左のビルが 「109」 )

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( アトリオ前から片町方向を見た香林坊交差点 )

 でも昔の香林坊がどの様なものだったのかちょっとよく思い出せません。 こんなに広かったのかな〜、っと。 「宇都宮書店」 という大きな本屋さんがあって、ここにはいつも出入りしていたのは覚えているのですが・・・・

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( アトリオ前にある市街立体模型のオブジェ )

 この香林坊交差点から先、有名な 「近江町市場」 がある武蔵ヶ辻交差点までは昔からのビジネス街で、今でも金融関係や保険会社などのビルが並んでいます。 北国新聞社のビルも立派なものになりましたね。

 肝心な金沢での “飲む” “食べる” の話は、あとで纏めてご紹介することにします。

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( 一日の労働に乾杯! )
posted by 桜と錨 at 13:42| Comment(2) | TrackBack(0) | 古都金沢散策(完)

2010年06月03日

古都金沢散策 (1) − 懐かしの金沢

 今回3週間にわたりお出かけをしましたが、その間の宿は仕事場からはちょっと離れた金沢市内にあるビジネスホテルでした。

 朝5時〜6時ごろ宿を出発し夜8時〜8時半ごろに戻る毎日でした。 それでも雨に祟られたり、仕事の段取りのためがあったりで、不規則ながらもお休みの日がありましたので、それらを利用して散策した金沢市内をご紹介したいと思います。


 ところでその金沢ですが、私にとっては大変に懐かしいところでもあります。

 と言いますのも、中学生時代の3年間、ここ金沢市内に住んだことがありまして、今では 「21世紀美術館」 となっている場所にありました中学校に、これも今は無き路面電車で通学していたからです。

 多感な時期を過ごしたこともあって、今回の滞在で約半世紀の間の古都金沢の変貌振りを目にし、またその一方では昔の姿のものも数多く残っていることを見まして、若かりし頃の思い出に耽ることができました。

 私が住んでおりました頃の金沢市の中心部と、現在の様子です。

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( 昭和37年の国土地理院空中写真より )

 中央が当時の県庁地区、その北側が金沢城趾、東側が兼六園とそれに続く本多の森、県庁の南側がかつての 「金沢大学教育学部附属中学校」、広坂通り (現百万石通り) 西側に香林坊交差点があります。

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( Google Earth より )

 当時、私にとっては重大な懸案事項がありました。 それは、当時の中学男子は黒の詰め襟学生服でこれはまあ良いとしても、金沢の市立中学は全て坊主頭、白ズックの肩掛け鞄、白の運動靴、筆記具は鉛筆のみ。 小学校6年の2学期に東京から転校したての私にとって、これは耐え難いものでした。

 そこで色々調べたところ、金大附属中学だけは長髪、革鞄、革靴に加え、万年筆や腕時計などもOKということが判りました。 早速、翌日から分厚い全国有名中学入試問題集が新たな友となりました。 勉強嫌いの私にとって受験勉強はたったこれ1冊が全てでしたが、それでも何とか合格。

 でも、まあ何と言いますか、考えてみれば結構いい加減な受験の動機ではあったわけで ・・・・ (^_^;

( 同附属中学は現在では正式名称が 「金沢大学人間社会学域学校教育学類附属中学校」 という大変に長いというか、私に言わせればバカバカしい名前に変わってしまっています。 日本の大学教育がおかしくなった現れの一つです。 )

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( 当時の校門付近 )

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( 教室棟と体育館、奥は兼六園の林 )

 金大附属中学は1学年4クラス。 定員の半分は附属小学校からの持ち上がり組み、残り半分が受験組で、これらの混成のクラス編制。 自由闊達な校風の大変に良い学校でした。 級友もガリ勉屋などはほとんどおらず、いつも連れ立っては遊び歩いていた思い出ばかりです。

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( 昭和45年、防大夏季定期訓練移動時の輸送機上より )

 同校は平成7年に附属高校がある平和町に移転し、この跡地には平成16年に現在の 「21世紀美術館」 が建てられました。

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( 元の校門付近から見たところ )

 同地には今では当時の附属中学を偲ばせるものは全くありませんで、敷地の片隅に記念碑が一つポツンとあるだけです。

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 そう言えば、当時丁度梶光夫の歌う 『青春の城下町』 (作詞:西沢 爽、作曲:遠藤 実) が大ヒットしまして、私の好きな歌の一つとなり、いつも口ずさんでいたものでした。

          流れる雲よ 城山 (しろやま) に
          のぼれば見える 君の家
          灯りが窓に ともるまで
          見つめていたっけ 逢いたくて
          ああ青春の 思い出は
          わがふるさと 城下町

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( 金沢城趾の本丸跡の一角から昔の校舎方向を見る )

 もちろん城趾に登っても彼女の家が見えるわけはなかったのですが、それはそこ、ロマンチストな青年だったということで (^_^;

 我が家は寺町1丁目にあった一戸建てを借り上げた社宅でした。 どうなったか知りたくて散策がてら見に行ってきましたが ・・・・ 周りの町内の様子はかなり変わってしまっていますが、まだありました! 当時でも既に相当古いものでしたが、相応のリフォームされてはいるものの現在でも未だに健在です。

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( 左 : 現在の状況     右 : 昭和45年旅行途中時のもの )

 東京から金沢へ移った早々の冬、市内でも積雪1mを遥かに超えて (最深181cm) 史上1位となった 「38年豪雪」 での町内挙げての雪かきと共に懐かしい思い出です。

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(吹雪が収まれば毎日放課後はスキーを担いで近くのスキー場へ)

 金沢の路面電車は昭和42年には全面廃止されてしまいました。 毎日の通学や休日のお出かけなどで、常に手軽な足として利用していましたので、非常に思い出深いものがあるのですが、残念ながら我が家の古いアルバムにはこの路面電車が写ったものが一枚もありません。

 替わりと言ってはなんですが、「はーさんの鉄道・旅・よしなし草」 という素晴らしいサイトで紹介されておりますのでご参照下さい。


posted by 桜と錨 at 19:35| Comment(0) | TrackBack(1) | 古都金沢散策(完)