第2話 南海の決戦 (16)
その7 漂 流 (承前)
少し落ち着いてきた頃、仰向けのままで空を見た。 空はただ青く生物は何もいなかった。 雲一つなく、星が見えた。 太陽は私を照らしているのではないように思った。
暫く経ってから、国分飛曹長の声が聞こえた。
「隊長、大丈夫ですか・・・・」
弱々しい声であった。 私は、周囲の海面を恐る恐る見回してから、国分飛曹長の傍へ泳ぎ寄った。
血がひどく流れていたのでびっくりして調べてみると、右上膊部が弾丸で切り割かれ、ギリギリ巻いたマフラーから滲み出る血が、ちぎれた毛糸の尖端のように海水に溶けて散っていた。
もっとひどかったのは、着水のショックで彼の座席の後方に立ててあった旋回銃の銃身が倒れ、長さ10糎もある照星が首の後部に突き刺さったのである。 その傷は腕よりもひどいようであった。
彼の顔面は既に蒼白となり、親に叱られて泣き出す前の幼児のような悲しさと淋しさを湛えた目であった。 このままで数刻の内に彼は死ぬだろう。 助けてやらねばならなかった。
先ず、彼の首の手当にかかったが、首は強く縛ることができないし、マフラーと飛行服の端布では処置に窮したので、私の救命袗を折りたたんで、彼の首の傷口に当てて枕にし、引き割いたマフラーで、それを彼の頭と顔に固縛した。
私は浮き身術を心得ていたし、14時間遠泳の体験もあったので、救命袗は要らないのだ。 上膊部の傷は腕の付け根を強く縛って止血し、骨の見える上膊部を飛行服で巻いた。
彼は手当の途中で、「隊長! 殺して下さい」 とせがんだ。
彼は着水した時、拳銃と日本刀 (小刀) を座席に置いて偵察バッグだけを持って脱出したのであったが、拳銃を持っていたら、恐らく自分の頭を射ち抜いていたであろう。 偵察バッグを最後まで手放さなかったことは、偵察員として見上げたものだし、拳銃を座席に忘れてきたことも怪我の功名であった。
「隊長、私を射ち殺して下さい。 どうせ死ぬんですから早く射って下さい。」
と、その後も繰り返しせがんだが、私は黙って彼の傷口をもう一度改め、救命袗と傷口の間にマフラーを締め直し海水が直接傷口を洗わないようにして、彼から4、5米離れた。 そして、殺してくれと言っても取り合わなかった。
彼の傷の手当で一時間ばかりかかった。 太陽は直上にあった。 国分はもう殺してくれとは言わなくなった。
余談になるが、後年彼が横須賀で結婚披露をやった時、私は招かれて、彼と彼の家族達と一緒に飲んだ。 その時、
「私に射殺されていたら、今、君は大酒は飲めない筈だ。 せめて今日からは節酒すると約束しろ。」
と言って、この時の話をした。 彼のお袋さんがとても喜んでくれたが、彼はその後も大酒を止めないので、叱りつけると、
「殺されたつもりで飲んでいます。」
と答えた。 愉快な奴だが、大酒はいくら注意しても直らなかった。 しかし、仕事に関する限り、責任感が強く、極めて几帳面な男であった。
今、生死の竿頭にあって、母親の看護でも夢に見ているのであろう。 泣いているようであった。

















