著 : 高橋 定 (海兵61期)
第1話 捕虜とその死 (6)
着水の瞬間に、偵察員高畠二飛曹は座席のバンドを締めていなかったので、放り出されて失神した。 気がついた時は、海面に仰向けに浮かんでいた。 夜であった。 操縦員の消息は解らなかったが、割れるように痛む頭の中で、不時着水した記憶が少しよみがえった。
ザンボアンガの海岸が星明りでよく見え、海岸に迫る山々が怪物のように横たわっていた。 彼は海岸に向かって泳ぎ始めた。
海岸に着いたら、命の限りセブ島の見えるところまで歩こう。 その間に味方の飛行機が見つけてくれるであろう。 そして、飛行艇が救助に来てくれるに違いない。彼はそう信じた。
やがて、夜が白々と明け始めた。 海岸から約千米の所まで近づいていた。 海岸は椰子の密林で、林間に小さい小屋が二、三軒見えたが、人影は全く見えなかった。 彼は海岸に向かって泳ぎ続けた。
4、5百米に接岸した頃であった。 突然、椰子林の中から十数人の屈強な土人が現われ、カヌーが3隻、林間から波打際に運ばれるのが見えた。 やがて一隻に5、6人が乗って、手に手に長い竿を持ち、真直ぐに近づいて来るのであった。
それを見て彼は死のうと思った。 そして舌を噛んでみたが、噛み切れなかった。 海底に沈もうと思って、予科練時代に教わったとおり、肺が空っぽになるまで息を吐いてみたが沈まなかった。
土人達は2、3米の所まで近づき、40才くらいの温和しそうな男が爪竿を差し出した。 敵意はなさそうであったので、彼は土人達のなすがままに、舟に揚がった。 全身の力が抜けて、まだ波間に漂っているように上体が前後に揺れた。
海岸に着いた時、フィリピンの巡査が一人いて、土人達は高畠をその男に引き渡した。 巡査は腰に大きい拳銃のケースをぶら下げ、キルク帽子をかぶって威張っていたが、裸足で、痩せた足が折れそうであった。 30才くらいの色の黒い男であった。 害意は示さなかったが、親切でもなかった。
高畠は疲れ果てて、前にのめりながら、真白い珊瑚砂の海岸を、その巡査に案内されるままにぼんやりと歩いて小屋の中に入った。 バナナと木綿のパンツが与えられたので、彼は着換えてバナナを食べ水を腹一杯飲んだ。 濡れた衣類は返してくれなかった。
やがて、巡査を先頭に小屋を出て林間の小径を歩かされた。 土人3人が、何かポソポソと話しながらついて来た。 高畠は今まで思考力を失っていたが、先刻食べた三本のバナナと水のお陰で、少しずつ判断力を回復した。 そして考えた。
「 自分は今からフィリピン軍の敗残部隊の屯所に連行されるのではなかろうか? 隊長が、ミンダナオ島はまだ敵地だと言ったような気がする。 敵の部隊に連行されて・・・・ 」
ここまで考えて、彼の疲れた頭脳に 「捕虜になるかも知れない」 という恐れがひらめいた。 瞬間、彼は立ちすくんだ。 次の瞬間、彼は前を歩く巡査に跳びかかった。 巡査の拳銃を奪おうとしたのだ。
激しい格闘になった。 彼は警官をねじ倒し、拳銃のケースを握って放さなかった。 土人3人が彼の後頭部を殴り蹴ったが、屈せずに闘った。 彼は頑丈な体をしていたが、昨夜来の漂流の疲れと、四人を相手の格闘では勝味はなく、力尽きて失神した。
(続く)









