第5話 南支仏印作戦異聞(3)
丁度その頃、内地から芸能慰問団が来ることになっていた。 私はその慰問団を大歓迎して、間を持たせようと思うのであった。
その頃、隊員の支那娘強姦事件が起こったのであった。 相手は航空隊に出入りしていた残飯屋の娘であった。 彼女の両親は素朴な老夫婦であったが、事件の翌日娘を連れてどこかへ立ち去り、再び基地に現われることはなかった。 恐らく、海南島の山深い僻村に隠れて生涯を送るのであろうと私は思った。
その2、3日後に内地から芸能慰問団が見えた。
その中に、15、6歳の可愛いい娘がいた。 彼女は緑色の袴をはいて、矢絣の着物の袖をかえして踊り、かつ唄った。 美しい瞳は、海南島の山々を夢のように見つめていた。
小柄ではあるが八頭身に引き締まった肉体は弾力があって、ロングスカートの裾の翻る 「チラリズム」 は若い隊員を魅了した。 彼女が、森光子女史の若かりし日の姿であった。 彼女に、私の部下の滝仲中尉が恋愛した。
滝仲中尉は後年、江兆銘の専属パイロットとなり、江兆銘が南京政府の主班として日本と中国を往復する度に彼女に会っていたが、森光子女史にとっては滝仲孟が初恋の人になったようであり、滝仲中尉にとっては命を賭けての恋となったのである。 (この恋は滝仲中尉が戦後絞首刑になるまで続いたらしい。)
それはさておき、隊員達は美しい日本の娘を間近に見て満足したようであり、また、高嶺の花のように思っていた娘を、自分の同僚たる滝仲中尉が射とめたことを心から祝福し、自分もまた、同様の可能性を信じて、和やかになった。
戦場心理の展開で、暴戻(ぼうれい)に走るか、或いは、良識のある行動の枠内に止まるかの紙一重の状態で、一人の若くて美しい同胞娘森光子女史が隊員達をいい方向に導いてくれたのであった。
翌日、私達は海口を飛び立って南寧の戦線に復帰した。 中国娘の強姦事件は遠い過去のことのように忘れ去っていた。
以上は一事件の経緯であるが、事件はともかくとして、一つだけ問題を提起しておきたいと思う。
もし私達が人類学等について造詣が深かったら、南支行動中、このような人事上の事故は防ぎ得たであろうか?
私の考えではこの種の教養は、隊員の団結、闘志等のためにプラスになる点もあるが、人間的楽しさや空想が、中途半端な知識によって破壊されて、殺伐さはむしろ激しくなるかも知れないと思う。
序でに言うなら、同胞娘の美しさというものは、戦っている青年達にとって、すべての面で良薬となるものであった。














