著 : 高橋 定 (海兵61期)
その2 セブ島 (3)
私達は、早速セブ島までの燃料を野積のドラム缶から手押しポンプで積み、ゴルフ場の芝生の上で MAYON を眺めながら弁当を食べた。 歩兵伍長が飛行機を警備してくれるというので、みんなでレガスピーを見下ろす丘に登り、サンパギータの花を摘んだり青いマンゴーを採ったりして一時間ばかり休んだ。
その間に、私は離陸をどうしようかと考え続けていた。 もし地雷が爆発したら、私達は地上と空中に分断される。 その時は、飛行場の修理に時間がかかるから一部の者は二、三日ここに滞在しなければならなくなる。 また、戦死者や怪我人が出るかも知れない。
今から陸軍に頼んで、ランウェイの精密調査をしてもらうまで離陸を見合わそうか、或いは離陸を強行しようか、私は迷っていたのだ。
やがて私達は飛行場に帰り、列線に集合した。 その時、爆弾を棄てて着陸させた若いパイロットが思いつめた顔で、
「隊長! 私がランウェイを隈なく滑走して地雷が爆発するかどうか調べてきましょうか?」
と言う。 彼は地雷源の水先案内をしたいといっているのだ。 私は、
「管制地雷だから、どこかでゲリラがキーを押さない限り地雷は爆発しないんだよ。 滑走してみただけでは地雷の位置は解らんのだ。」
と答えたが、この若い部下に教えられた思いで決心した。 そして、
「爆弾は卸さない。 追い風でもかまうことなく、現在パークしている各機をそれぞれの近い方のランウェイエンドから離陸しろ。 離陸順序は小隊番号順の機番号順。 地雷が爆発したら、残された者は陸軍に頼んでできるだけ早くセブに進出して来い。 飛行機が燃え出したら急いで逃げろ。 怪我人が出たらゴルフ場の陸軍部隊に連れて行け。 離陸間隔はできるだけ不規則になるようにして私に続け。」
と命じ、更に、歩兵伍長に、
「伍長! 地雷が爆発した時は宣しく頼むぞ。」
「ハイッ! 出発するのでありますか? 隊長殿!」
「そうだ。 戦闘だからなっ。」
「ハイッ!」
伍長は子供のような可愛い顔を引き締めて心配そうであったが、若い木塚中尉 (忠治、67期) が、
「大丈夫だよ伍長! 心配するなよ。」
と言うと、ホッとして真白い歯を見せた。 彼は今、日本のどこかで、いい親父さんになっているだろう。
さて、私達は出発を始めた。 先ず、私の小隊3機が不規則な間隔で離陸した。 お尻がむず痒いような気持であった。 場周コースから後続機如何にと見守っていると、二小隊が離陸を始めた。
一番機が無事離陸。 続いて二番機が地面を切ろうとしている時であった。 ランウェイエンドに近いショウルダーと、ランウェイの接点附近で爆発が起こったのである。 その位置は、離陸機の左後方約10米の地点であった。
爆煙と焔は僅かであったが、泥が朝顔型に飛び散るのが見えた。 私は手に汗を握って結果を見つめていると、その飛行機は上昇を続けて一番機を追っている。
残る4機も、地雷の爆発なんかどこ吹く風かと言わんばかりに次々と離陸して来る。 薄氷を踏む思いであったが9機目が離陸した時、初めて全身に汗が流れた。 人間は激しく緊張すると、汗も出ないらしい。 そして、私達はレガスピーとメイヨン山を後にした。
セブに着陸後機体を調べたが、全く無傷であった。 この時の二小隊二番機のパイロットは、後年ソロモンで戦死した太田上飛曹であるが、彼は、あんな地雷は囲炉裏の中で栗がはねるのと同じだと言って涼しい顔をしていたが、飛行機の直下で爆発すると、どんな小さい地雷の場合でも燃料に火が付くから、決して油断をしてはいけないのだ。
戦場の基地移動は難しい。 「そこに飛行場があるから降りてみよう」 というのは、猪突猛進的冒険であった。 事前調査は、どこまでも慎重精密にやらねばならない。
ついでに言っておくと、管制地雷で飛行機を仕止めることは、飛んでいる鳥を一発で撃ち落とすようなもので非常に難しい。 離着陸する飛行機にとって最も恐ろしいものは、圧力と震動によって瞬発する大型の地雷である。
また、滑走路面に埋めた地雷は簡単に発見できるが、ショウルダーの芝生の下に埋めたものは発見が難しいからよく注意しなければならない。 この時爆発した地雷は、ゴルフ場側のショウルダーに埋めてあったものであった。 私達は幸運にも、Mt. MAYON 側のショウルダーにパークしていたのであった。
あれから32年経っていたが、私はあの時離陸機を見つめていたように、手に汗を握って乱雲の切れ目に目を凝らしていた。 しかし、Mt. MAYON もランウェイも見えないままに飛行機はセブ島に向かって飛び続けた。
いつの日か MAYON 嬢に会い、ランウェイサイドの地雷爆発地点に立ってみようと思いながら、窓辺から目を外らした。
(続く)