2009年07月08日

マルタあれこれ(4) アッパー・バラッカ・ガーデン

 私にとってマルタとは、有る意味 “=グランドハーバー” でもあります。 ここを存分に見なくて、何をしに遠路遙々ここまで来たのかと。

 そしてそのグランドハーバーを眺める場所として最も有名なところが 「アッパー・バラッカ・ガーデン」 (Upper Barrakka Garden) です。 ここはバレッタのシティー・ゲートからすぐ、歩いて5分もかかりません。

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( 元画像 : Google Earth より )

 しかしこのたった5分足らずの道の途中には、幾つか押さえて置かなければならない場所もあります。

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( 元画像 : Google Earth より )

 まず最初が、シティー・ゲートをくぐった広場の右脇に廃墟がそのままになっていますが、「ロイヤルオペラ劇場」 の跡 (1) です。 大戦時にドイツ軍の空襲で破壊されたものですが、元々は大変素晴らしい建物だったようです。

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( 広場側からの正面玄関跡 )

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( サイドの壁の残骸 非常に荘重な作りであったことが偲ばれます )

 バレッタ市内は全域が空襲で相当な被害を受けておりますが、何故ここだけが再建されないのか判りません。 現在では駐車場や催し物の展示会場に使われているようです。

 そのオペラ劇場跡を右折して真っ直ぐ行くと、すぐにまた広場に出ます。 左側に玄関両脇に大砲を据えた建物がありますが、これが現在の 「首相官邸」 (2) です。 元々は8つあるマルタ騎士団の内のポルトガル騎士団のオーベルジュ (宿舎) だったそうです。

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( 元々の名前は “Auberge de Castille Leon et Portugal” と言うらしいです )

 まあ、当然ながら記念写真を。

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 この首相官邸とオペラ劇場の中間、道を挟んで右にあるのがバレッタで最初に作られたとされる 「勝利の聖母教会」、左側が 「聖カテリーヌ教会」 ですが、両方とも時間の関係で今回はパス。

 意外と観光客には知られていなくて、面白い (もちろん私的に) のが (3) の 「聖ジェームス堡塁」 です。 何が面白いかって? この堡塁、中がくり抜かれていまして、ここが現在では何層にも別れた様々な現代アートのアトリエのようになっており、エレベーターまで付いています。 入場無料でした。

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( 堡塁の入口 右側がレストランや映画館への通用口 )

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( 入口を入ったところの内部階段 なかなか良い雰囲気 )

 私が訪れた時には一番下の階でマルタ警察の写真展をやっていました。 もちろん案内人はイケメンの警察官達。 そして、この堡塁の中にはレストランや映画館もありました。

 そして 「首相官邸」 の先が目指す 「アッパー・バラッカ・ガーデン」 です。 ここも入場料などは要りません、タダ。

 ゲートを入った庭園の先のテラスから、眼下にグランドハーバーが一望の下に見渡せます。

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( 左奥のゲートが入口です )

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( “ガーデン” というからにはもちろん庭園になっています )

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( この外側が展望用のテラスになっています )

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( 最初に行った時はちょっと天気が悪かったためか、ほどんど貸し切り状態 )

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( 海上から見上げたアッパーバラッカガーデン (正面最上段)
 その下が礼砲台で、写真では左に午砲の白煙の名残りが )

 左手には、左側 「聖エルモ砦」 と右側対岸の 「リカゾーリ砦」 (Fort Ricasoli) に挟まれたグランドハーバー湾口

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( 左から 「聖エルモ砦」 − (湾口) − 「リカゾーリ砦」 − カルカーラ及びビーギ )

 正面対岸には、「スリー・シティ」 (Three Cities) と呼ばれるセングレア (Senglea)、ビットリオーザ (Vittoriosa)、コスピークワ(Cospicua)や、カルカーラ(Kalkara)、ビーギ(Bighi)などの古い街並み

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( 左がビーギ、右がビットリオーザの 「聖アンジェロ砦」、その間がカルカーラ・クリーク )

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( 左が 「聖アンジェロ砦」 とビットリオーザの街並み、
右端がセングレア、その間がドックヤード・クリーク )

右手には、マルサ (Marsa) の湾奥が続きます。

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( 左からセングレア、フレンチ・クリーク、マルタ造船所、右奥にマルサ・クリーク )

 う〜ん、“これがマルタだ” という実感が湧きます。 いいですね〜

 ここでも当然ながら記念写真を。 なにせ銀婚式ですから V(^_^)

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 そして意外と狙い目なのが、このガーデン内にあるオープン・カフェ。

 地中海の強い日差しの中、パラソルの下の椅子に座って、そよ風に吹かれながらの冷たい一杯。 た〜まりませ〜ん。 散策途中の一休みなら、サンドイッチを摘んでの休憩として最高です。

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( 真ん中のカメラを持った人物は無視してください )

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( 当然ならがビールは 「チスク」 これが合うんです )
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2009年07月06日

マルタあれこれ(3) バレッタ散策

 マルタに来たならば、何はさておいても誰でもまず一番に訪れるのが首都バレッタ (Valletta) でしょう。

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( Google Earth より )

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( Google Map より )


 1565年のオスマントルコによるグレートシージ (大包囲戦) を勝ち抜いたマルタ騎士団が、来るべき次の戦い備えて新たな城塞都市作りをして、来島以来の本拠地であったスリーシティから移り住んだのがこのバレッタです。

 それまでここは、先端に悲劇の砦 「聖エルモ砦」(Fort St. Elmo) を有するだけの、文字通り岩だらけの荒涼たる半島に過ぎなかったと言われています。

 現在でも16世紀後半〜18世紀にかけて順次造営されてきた当時の姿をそのまま残し、市全体がユネスコの 「世界文化遺産」 に指定されています。

 このバレッタの散策は、普通はシティー・ゲート前のバスターミナルから始まります。 と言いますのも、バレッタ市内のホテル (三つ星以下しかない) にでも泊まらない限り、それぞれのところからバスで来て、ここで降りるからです。

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( 元画像 : Google Earthより )

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 マルタでの移動は、観光でもこのバスを利用するのが一般的で、かつ安くて便利です。 と言うより、車社会のマルタでは、バスを利用するのはほとんどがマイカーを持たない貧乏人か観光客なんですが・・・・

 黄色い車体が目印のこのバス、宮崎駿の 『となりのトトロ』 の 「ネコバス」 のモデルになったと言われています。 このバスについては、また後の別項でお話しします。

 このバスターミナル横の広場では、毎週日曜日にサンデー・マーケットが開かれます。 土産物、古本、衣類、家具、道具類、骨董品などや、それこそ家で要らなくなったガラクタまで、ありとあらゆるものが並んでいます。

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( サンデー・マーケット この時は雨上がりの直後であまり活気はありませんでした )

 石橋を渡った先にあるのが要塞都市バレッタの表玄関、「シティー・ゲート」 です。 現在は極めてシンプルですが、元来はもっと装飾があったとのこと。 ここは車は通れません。 人と馬車のみです。

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( シティー・ゲート正面 )

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( シティー・ゲート(左側)への石橋 )

 シティー・ゲートや市内の要所、あるいは古都イムディーナ (Mdina) などの観光地では、この観光用の馬車 「カロッチン」 が客待ちをしています。 2〜4人乗りで、結構欧米人の観光客が乗っているのを見かけましたが、私は乗る機会がありませんでした。 今回のように本当に駆け足で回らなくてはならない時ではなく、もっとゆっくりノンビリと時間が持てる時にでもないと、勿体ないですから。

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 シティー・ゲートを入るとちょっとした広場になっています。 最初に訪れた時にはここでクラシック・カーの展示をやっていました。

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( 広場の正面奥がバレッタのメイン・ストリート 「リパブリック通り」 )

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 このゲート裏広場の正面が、バレッタのメイン・ストリートである 「リパブリック通り」 で、真っ直ぐ先端の聖エルモ砦まで続いています。 平日でも土日でもそこそこ観光客などで賑やかです。

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 しかしマルタ観光の中心地バレッタでも、人通りが多いのはこのメイン・ストリートだけで、一つ横道に入るとどこもかしこもガランとしています。

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 本来ですと、メイン・ストリートよりは、こういった通りをノンビリ歩いて散策する方が古都バレッタ巡りらしくていい、と私は思うのですが・・・・何しろ時間が・・・・

 さて、シティー・ゲートを入ったところで、次回からは幾つかバレッタ市内の有名箇所をご紹介したいと思いますが、何しろ見るべき所は多く、かつたった3〜4時間での駆け足でしたので、それはそこ、私の好みで選んで見てきたところを。
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2009年07月01日

マルタあれこれ(2) マルタの飛行場

 (1)で “マルタ唯一の国際空港” と書きましたが、実はマルタには現在のところ飛行場は一つしかありません。 (あとはゴゾ島にあるヘリポートだけです。)

 それが「マルタ国際空港」(Malta International Airport) です。 元々の飛行場名をとって、現地では一般的に 「ルア空港」(Luqa Airport) と呼ばれています。 (マルタ語では 「q」 は発音しませんので 「Luqa」 は 「ルア」 となるそうです。)

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( 元画像 : Google Earth より )

 マルタ国際空港は、英軍のルア飛行場(Luqa Airfield) を軍民共用としたことに始まり、英軍完全撤退後の1977年にジェット機時代に対応すべく拡張し、現在の3千5百m級滑走路と綺麗な新旅客ターミナルを有する形になったのは1992年のことです。

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( 現在のマルタ国際空港  Google Earth より )

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( 市販の観光マップより )

 昨年度の実績で、年間310万人の乗降客、2万7千便の離発着だそうで、観光地として季節によりかなりの変動があるものの、平均で一日に8千5百人、74便と言うことになります。 全国土で淡路島の2/3程度の面積しかない離島の小国家にしては、これはなかなかと言うところでしょうか。

 ・・・・で、ここで終わってしまっては私のブログらしくないので、ついでにもう少し。

 第2次大戦において、マルタは独・伊軍にとって北アフリカへの海上・航空輸送に対する、まさに目の上のタンコブのような存在で、このため英空軍との間で猛烈な航空戦が行われたことは皆さんご存じのとおりです。

 第2次大戦時には、ここマルタには5つの英軍飛行場 (航空基地) がありました。 これに加えて、ゴゾ島に緊急着陸用滑走路としての補助飛行場、そしてマルタ島南部の港町カラフラーナ(Kalafrana) には水上機基地があったとされています。

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( 元画像 : Google Earth より )


1.ルア飛行場 (Luqa Airfield)

 現在のマルタ国際空港の母体となった飛行場で、1940年に英空軍が開設したのが始まりです。 その後現在に至るまで拡張が繰り返されてきましたが、現在の2本の主滑走路が交叉する区域が元々の飛行場だったところです。

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( 現在のルア飛行場跡  Google Earth より )

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( 市販の観光マップより )


2.サーフィ飛行場 (Safi Airfield)

 1940〜43年に英空軍が使用したものですが、現在のマルタ国際空港の主滑走路が延長された際に、この飛行場の敷地が組み込まれてしまったため、滑走路跡などは無くなってしまいました。 しかし格納庫や管理地区などは残されており、ここは現在でもマルタ国軍の航空隊などが使用しています。

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( 現在のサーフィ飛行場跡  Google Earth より )

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( 市販の観光マップより )


3.ハルファール飛行場 (Hal-Far Airfield)

 1923年にマルタで最初に恒久的飛行場として作られたところで、英海軍が使用していました。 大戦後に一時期英空軍が使用しましたが、1967年に閉鎖されています。 現在でも2本の滑走路跡及び管制塔・格納庫などの施設の大部分が残されていますが、敷地全体が工場地区などになっているため、次第に消えていく日もそう遠くないと思います。

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( 現在のハルファール飛行場跡  Google Earth より )

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( 市販の観光マップより )


4.ターリ飛行場 (Ta' Qali Airfield)

 1940年に開設された英空軍最初の飛行場ですが、1968年に閉鎖され、現在は一帯が国立公園となり、国立競技場などの施設も整備されてきています。 ただ、滑走路跡は現在でもまだ一部は残っていますし、敷地の一部はカマボコ兵舎などがそのまま利用された 「ターリ工房村」(Ta' Qali Crafts Village) となっております。 また、競技場近くには小規模ながらも 「マルタ航空博物館」(Malta Aviation Museum) が出来ています。

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( 現在のターリ飛行場跡  Google Earth より )

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( 市販の観光マップより )

 この 「ターリ工房村」 と 「マルタ航空博物館」 についてはまた後で。


5.レンディ飛行場 (Qrendi Airfield)

 大戦中の1940〜43年に飛行場として整備され、交叉する長短2本の滑走路があったとされていますが、戦後は飛行場として使用されることはなく、敷地は農業用地として貸し出されるなどしています。 現在では滑走路や施設などごく一部が残っているようですが、全体像は道路や区画割りなどから僅かにその様子が窺われるに過ぎません。

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( 現在のレンディ飛行場跡  Google Earth より )

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( 市販の観光マップより )


6.シェウキーヤ補助飛行場 (Xewkiya Airstrip)

 現在はマルタ島〜ゴゾ島間の空の輸送を担う大型ヘリのヘリポートとなっています。 2本の交叉する滑走路があったとされていますが、当時の詳細は不明です。

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( シェウキーヤ補助飛行場跡、現在のゴゾ・ヘリポート  Google Earth より )

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( 市販の観光マップより )


7.カラフラーナ水上機基地 (Kalafrana Seaplane Station)

 1917年に英海軍が水上機基地として開設したもので、1946年頃まで使用されたとされていますが、現在はコンテナ・ヤードや石油貯タンク群などを有する近代的な港湾施設に生まれ変わっており、場所も含めた当時の詳細は判りません。

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( 現在のカラフラーナ港  Google Earth より )

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( 市販の観光マップより )
posted by 桜と錨 at 22:40| Comment(0) | TrackBack(0) | マルタあれこれ(完)

2009年06月29日

マルタあれこれ(1)

 先ずはマルタへの往復のことからお話しします。

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(ロシア(旧ソ連)の上空を通って。 一昔前なら・・・・)

 現在のところ (今後も?) 日本からマルタへの定期直行便はありません。 成田からですとほとんどが欧州経由になりますが、関空からのエミレイツ航空利用ですと中東のドバイ経由というのもあります。 それ以外では日本からソウル〜欧州〜マルタという手もありますが・・・・

 エミレイツ航空ですと、ドバイ〜マルタの乗り継ぎ便も同航空のがありますし、何しろ機内サービスはとても良い様です。 ただし、まず羽田〜関空の余計なフライトがありますし、またドバイ〜マルタはキプロスで給油がありますので、少々余分な時間がかかるのが難点ですが。 今回は女房の行き帰りはこれでした。

 私は往路、復路共に成田〜フランクフルト間が全日空 (ルフトハンザとの共同運航便)、フランクフルト〜マルタ間がマルタ国営航空 (Air Malta) でした。

 成田〜フランクフルト間の飛行時間は、往路が約12時間、復路が約11時間です。 エコノミーですとちょっとキツイですが、それはそこ貧乏人で、ビジネスクラス、ましてやファーストクラスなどとても乗れませんので、ただひたすらガマン我慢・・・・(^_^;

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(あ〜、まだまだ着かない〜)

 フランクフルト〜マルタ間は約3時間ですし、それにエアー・マルタという物珍しい航空便であることもあって、これはエコノミーでもなんとか。
 
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(赤い尾翼に騎士団の紋章)

 で、往路はフランクフルトでの乗り継ぎ便が、通常の2時間待ちのものが取れず一便後のものに。 このためフランクフルトでの待ち時間が6時間にも。

 これには少々困りました。 何しろフランクフルトの空港ターミナルはドイツ人の気性を現しているのか、機能一点張りのような設備になっており、レストランなど時間を潰すところがほとんど無く、かつターミナル内の待合い用の椅子の数がすごく少ないのです。 (本当はよく探せばもっと沢山あったのかも・・・・?)

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 しかしこれにガックリしてはならじと、ターミナル内でただ一つだけ見つけた飲食コーナーに席を確保し、何はともあれドイツに来た以上はドイツ・ビールとドイツ・ソーセージを。

 もちろん、ウェイターさんにメニューを指さしながら日本語で 「これこれ!」 と注文したことは言うまでもありません。

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 う〜ん、ビールは日本の方が美味い? ソーセージは日本のどこのスーパーにもある 「シャウエッセン」 と同じ味? 付け合わせ (?) のポテトはマヨネーズ和えのベチャベチャで量だけはやたらと多い(^_^;

 これで11.5ユーロ (約1600円) は少々ボッタクリの様な気が? まあ、日本の空港内にあるレストランの “高かろう不味かろう” よりはまだましですが。

( 余談ですが、6月7日(日)の15時に成田に先に帰国した私めは、その足で重い荷物を引き摺りながら、関空経由で20時半頃羽田に着く女房を “優しくも” 出迎えに行きました。 この羽田での待ち時間の間に、久しぶりに日本食をと到着ターミナル内にある 「東〇ラーメン」 なるものを食べたのですが、帰国早々こんな不味いものは他には無いのではと思うくらい後悔させられました・・・・orz )

 この経由地のフランクフルトでは、自分の不勉強さを痛感させられた次第。 それはEUへの出入国です。

 始めはフランクフルトでの入国審査で、「何故経由地のドイツで入国審査があるの? そのまま乗り継ぎカウンターへ行けば良いのでは?」 とまず疑問に。

 次いで、深夜2時にマルタ国際空港に着いた時。 暗〜い駐機場にタラップで降ろされて、明かりもほとんどないところを所々に立つ地上員の振るケミカルライトに誘導されてトボトボとターミナルまで歩かされました。 え〜、これがマルタ唯一の “国際空港” なの〜? っと思いながら。

 そしてまた誰〜もいないターミナル内をトボトボ歩いて荷物受取場へ行き、自動的に流れて来るスーツケースを受け取ったらそれでお終い。 えっ! マルタ共和国への入国審査と税関は?

 ここでやっと気が付きました。 EU域内は最初の到着地での入国審査のみ。 一旦入ってしまえば、EU内の他国へは国内旅行と同じで出入国審査も税関も無しだと言うことに。

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(左が私のパスポートのビザ欄、右が女房のそれ)

 したがって、私は往復ともフランクフルト経由でしたので、パスポートにはフランクフルトでの5月14日の入国と6月6日の出国のスタンプのみ。 後はEU内どこへ行ったかの記録は何もありません。

 一方で、往復ともドバイ経由だった女房のパスポートにはマルタの出入国スタンプが。 “EU”とは、日本とその周辺国の間では到底考えられない、ある意味面白いと言えば面白いシステムです。

posted by 桜と錨 at 23:30| Comment(0) | TrackBack(0) | マルタあれこれ(完)

2009年06月28日

マルタあれこれ(序)

 既にここでもお知らせいたしましたが、去る5月14日(木)成田発、6月7日(日)成田着で約4週間弱の間、マルタに行ってきました。

 マルタではほとんどの日が1日14〜16時間の仕事という超ハードスケジュールでしたが、それでも途中と最後には少しばかりの自由時間も取れました。

 また、6月2日から6日の間には古女房を銀婚式を兼ねて呼び寄せまして、久々に(始めて?)夫婦二人だけの水入らずの時間も持つことができました。 (残念ながらチケットの都合で、帰りの航空便は別々となってしまいましたが)

 そこで、これから暇を見つけては写真の整理をしながら、時折マルタでのことをあれこれ思いつくままに綴ってみたいと思っています。 前回の台湾訪問記のように日にち順にしますと、ほとんどの日が仕事以外では空欄になってしまいますので、今回はある程度テーマごとに。

 ご存じのとおり、マルタと言いますと、その最大のマルタ島でさえ淡路島の1/2の大きさしかないにも関わらず、まさに地中海中心部の要衝に位置しており、このため古くから海上交通の中継点として繁栄したのを始め、「マルタ騎士団」の名で代表されるように歴史的にも大変深いものがあるところです。 また最近ではヨーロッパ人のリゾート地としても有名なところとなっています。

 特に後者では、マルタ共和国もEU加盟国ですので、EU内からは出入国審査も長期滞在ビザの必要もありませんし、今では通貨もマルタ・リラからユーロに完全に切り替わっていますので、彼らにしてみればまさに国内旅行気分で気軽に行けるところです。

 ただし日本にとっては、最近は少しずつですが観光客も増え、その名前も一般に知られるようになりましたが、それでも非常に遠いですし航空機の直行便もないこともあって、各旅行会社の日本からのパック・ツアーは、2月のカーニバルに合わせたものなどごく少数か、イタリア旅行などとの抱き合わせがほとんどという状況です。

 これからの連載が、何某か皆さんのご参考になればと思っています。

 ただし、かなり飛び飛びのUPになるかと・・・・・

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(何はともあれ先ずはマルタの代表的地ビール「チスク」、なかなか旨いです。)

posted by 桜と錨 at 14:10| Comment(0) | TrackBack(0) | マルタあれこれ(完)