2009年11月13日

マルタあれこれ(完) 滞在記の連載を終えて

 「第2回訪台記」 の連載の最後でも書きましたが、私には日記をつける習慣がありません。 昔から手帳に簡単な記録を書き入れるだけです。

 したがってこの滞在記も、私にとって実に楽しかった旅を忘れないように、その手帳と滞在中に撮った写真に基づいて、思い出すままに綴ったものです。

 写真は約4週間で全部で4200枚ほど。 ほとんどは仕事に関するものですが、その中に混ざっているプライベートなものを整理しつつ、終わったところからブログの連載を書いてきました。

 そして写真の整理に思わぬ時間を取られてしまい、連載が大変な飛び飛びになってしまいました。 考えてみるともう半年前のことになります。 早いものです。 

 ですから、もし最後までお読みいただいた方がおられるとすると、単なる長々とした駄文に過ぎず、あまり面白くはなかったかも。

 それでもいいんです。 これは私の一生に一度になるであろうマルタ滞在記であり、かつ家内との銀婚式の記念の記録なんですから。 そして私の “気ままなブログ” ですから。

 そしてもし、この他愛もない滞在記を読んでいただいて、地中海の小さいけれど大変に魅力のある島国マルタについて、多少なりともご理解と、そして興味を持っていただけた方がおられるとすると、これはもう望外の幸せです。

 歴史上のことはともかく、現在のマルタはとても良いところです。 散策するところ、見学するところ、リラックスするところ、飲と食を楽しむところ・・・・ こんな小さな島の中に実に多くの様々な場所があります。

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( マルタ産のワインも、安くて美味しいものが堪能できます )

 そして何と言っても “地中海” なのです。 燦々と降り注ぐ太陽、カラッとした空気、青い海、陽気で気さくな人々・・・・ 

 加えて治安の良さは最高です。 通訳として仕事を手伝ってくれた現地の日本人女性ガイドさん達もこれは強調します。 女性一人で深夜街中を歩いても、普通の注意さえ怠らなければ全く心配はない、と。

 また、他の国ではしばしば見られるような、外国人観光客に対する物乞いや押し売りなども全くありません。 そして、街中はどこでも大変に綺麗です。

 最大の難点は、日本から遠く、かつ直行便がないこと。

 それでも、中継地のイタリアやドイツ、フランスなどで1〜2泊した後に、マルタを訪れるようにすれば、いい旅行ができると思います。

 私もチャンスがあるなら、是非もう一度、今度はゆったりとした予定で訪れてみたいものです。 誰かスポンサーになってくれる人はいませんかねぇ (^_^)

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( グランド・ハーバーに入港する英海軍フリゲイト 「カンバーランド」
  遠景がスリーマの街、その奥に高く聳えるのがポートマソ・タワー )

posted by 桜と錨 at 18:44| Comment(3) | TrackBack(0) | マルタあれこれ(完)

マルタあれこれ(23) ホテルとその周辺

 いよいよ最後の話題になりました。 最後は家内と泊まったホテルとその周辺についてです。

 約4週間マルタに滞在しましたが、仕事が順調に進んでも帰国日は航空機のチケットの関係で変更ができませんでしたので、滞在半ば頃には最後2日間の予備日はフリーになる可能性が出てきました。

 そこで、全6泊7日 (内2泊は機内)、マルタ滞在3日半、の予定で家内を呼ぶことにしました。 そう、銀婚式ですから V(^_^)

 で、ご用意させていただきました、はい。 奥様のために、5つ星ホテルのオーシャンビューの部屋を4泊5日。

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( 部屋からの眺め )

 セント・ジュリアン (St. Julian's) 地区にある 「ヒルトン・ホテル」 です。

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 残念なことに、結局は仕事の都合で、家内と一緒に観光をしたのは当初予定の2日間だけで終わってしまいましたが・・・・

 ホテルのプール・ガーデンの昼と夜です。

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 セント・ジュリアン地区は首都バレッタから約7kmほど離れた新興地区にあります。

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( 元画像 : Google Earth より )

 この地区やその回りには、ヒルトンなどの大きなホテルやリゾートマンションが数多く建ち並ぶところです。

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( 元画像 : Google Earth より )

 そして近くにはカジノもあります。 このカジノはヒルトンの横にある 「ウェスティン・ゴンドラーナ」 という巨大なリゾートホテルの一部なんですが、建物は元々は約250年前の大富豪の館だったものとか。

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( 部屋からの眺め  カジノとゴゾ島周りのクルーズ船 )

 ヒルトンはまだ出来てから2〜3年の新しいホテルで、かつ周囲にある巨大なリゾート・ホテル群からすれば、いわゆる純粋なホテルの部類に入るでしょう。

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( Google Earth より )

 部屋は、スイート・ルームなどは貧乏人の私としてはとてもとても手が出ませんので、ごくごく普通〜のダブルです。 まあ、毎日夕方までほとんど出ていて、ホテルは寝るだけでしたので、これで充分でしたが (^_^;

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 それでもさすがは5つ星ホテル。 オーシャンビューの部屋を予約する時に 「結婚25周年だから」 と言いったのが効いたんですね。 家内がチェックインして暫くした後に、ボーイさんがお祝いのメッセージと共に冷た〜く冷やしたシャンペンを1本届けてくれました。

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( ホテルからのお祝いメッセージ )

 もっとも、私はその日は深夜まで仕事でしたので、ホテルに戻ったときには、もう氷はすっかり溶けていました (^_^;

 部屋から見る昼間とその夜景です。

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 ホテルはバイキング方式での朝食付きです。 つい取りすぎ、食べ過ぎに。 ただし、日本人にとっては味がやや単調なので、長期滞在向きではないかも (?)

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 それでは、続いてホテル周辺の散策を。

 まず、ホテルを出ると目の前に聳える 「ポートマソ・タワー」 (Portmaso Tower) です。 マルタで最も背の高い商業ビルですが、ちょっとマルタには似つかわしくはないような気がします。 ただし、付近を散策していて道に迷ったら、このタワーを目印にできるので便利ではありますが・・・・

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 ワターのすぐ脇にあるカフェ。 明るくて気軽に入れ、かつノンビリできます。 ホテルから散歩にでかけた帰りに一休み。

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 ホテルに通じる道路の夕景色。

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 では、夕食に。 ホテルから歩いて5分ほどのところにあるカジュアルなイタリアン・レストランへ。 ( 店名を失念 orz )

 道路に面したテラスのテーブルを選びました。 街を歩く人達を眺めながらの食事です。

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 マルタの地ビール 「チスク」 を飲みながら、3品ほどチョイス。 料理が出来たところでワインを1本。 美味しいワインがあれば、付け合わせのポテトとパンだけでも充分な量?

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 で、食事を待つ間、食事の最中、終わってから、と度々テーブルにやって来ては、歌ったり踊ったりで盛り上げてくれるこの店の若旦那 (?)

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 改めて散歩の続き。

 ヒルトンから巨大ホテル群がある方向へ10分ほど歩くと、セントジョージ湾 (St. George's Bay) に出ます。 ここは砂浜があって、庶民用の無料のところと、ハイクラス用の有料のところとに別れています。

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( 芋洗い状態寸前 )

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( こちらは、もちろん呼べばボーイさんの飲物サービスなども )

 この海岸のすぐ側がパーチャビル (Paceville) というところで、マルタの 「原宿・六本木」 と言える繁華街です。 昼間はひっそりとしていますが、夕方から、特に終末の夜は多くの若者達で大変に賑わうところです。

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( 言わばマルタの竹下通り )

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( 同じマルタでもバレッタなどの古都とは趣きが全く異なります )

 果物とミネラル・ウォーター売り。 こう言う風景は庶民的で良いですね。

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 そしてちょっと小綺麗なカフェで一休み。 ここも夜はテレビを見ながらビールをちびちびやる人達で一杯になるようです。

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 まあ、ここでは家内も私もおとなしく (^_^;

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 今度は、ホテルからパーチャビルとは反対のスリーマ方向に10分ほど歩くとスピノラ湾 (Spinola Bay) です。 周りはリゾートマンションだらけで、海岸沿いには有名な高級レストランやカフェなどがズラリと並んでいます。

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 そこで、マルタ最後の夜は折角ですからちょっと奮発して、そのスピノラ湾に面した有名レストラン 「ドルチェ・ビータ」 (La Dolce Vita) へ。 ここはブラッド・ピットがロケ滞在中に来たことでも有名になったお店だそうです。

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( 2階が 「ドルチェ・ビータ」  右下のガラス張りのところも
 有名なレストラン 「サンジュリアーノ」 (San Giuliano) )

 ここでもオープン・テラスのテーブルで、夜景を見ながら。 ( ただし、暗くて折角の料理の写真が撮れませんでした・・・・ orz )

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 料理の味も、雰囲気も、そして支払いも最高でした。 もっとも、美味しいワインを、二人でボトル2本も飲んでしまいましたので・・・・ まぁ、銀婚式ですから (^_^) 

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 マルタはお気に召していただけたでしょうか、奥様?

 約4週間のマルタ滞在の最後、帰国の日の朝、部屋から夜明け前の眺めです。

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posted by 桜と錨 at 17:42| Comment(0) | TrackBack(0) | マルタあれこれ(完)

2009年11月12日

マルタあれこれ(22) 旅はバスに乗って

 やはりこれについてお話ししておかなければ、マルタ滞在記にはならないでしょう。 マルタのバスについてです。

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( マルタバスのピンバッジ )

 マルタは車社会です。 鉄道や地下鉄などは有りませんから、旅行者は地元の知人の車に乗せてもらうか、レンタカーを借りるかでも無い限り、タクシーかバスを利用することになります。

 マルタ国際空港に着いたら、先ずはホテルにチェックインし、荷物を置いて身軽になるのが普通でしょう。 この時は荷物がありますので、タクシーを利用するようになるのは致し方ないかと。

 ところが、マルタでは一般の物価に比べて、このタクシー料金はかなり割高です。 と言うより、私のような貧乏人には余程のことが無い限り高すぎて乗る気になりません。

 因みに、今回家内と泊まったホテルがあったセントジュリアン (St. Julian's) 地区から首都バレッタまで、バスならばたったの47セント (約64円) ですが、タクシーですと大体16〜17ユーロ (約2200〜2300円) かかります。

 しかも、マルタのタクシーには料金メーターが付いていないのが普通です。 ですから、乗る前に運転手と料金の交渉が必要になります。 上手く行けば、上記の料金より安くなるかもしれませんが・・・・

 で、ともかくマルタに滞在して、観光にしろ何にしろ、どこかに行くには、この安くて便利なバスを利用しない手はありません。

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( バレッタ市街入口のバスターミナル )

 マルタのバスは、ご存じ元祖 「猫バス」。 かの有名な宮崎駿の 『となりのトトロ』 に出てくる猫バスのモデルになったのだとか。 もっとも、そのモデルのボンネット型のバスはマルタでももうほとんど見かけなくなったようです。

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 そしてマルタのバスは、日本のような運送会社方式ではありません。 バスはすべて個人の持ち物で、そしてこの持ち主が組合に加盟して、指定のバス・ルートでの営業を行うことになっています。

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( ボルボが大変多いです )

 ですからバスは、外観は黄色と白で統一されているもののの、車体は新旧様々、また車中の飾り付けも、特に運転席周りなどは様々です。 中には座席などがかなりボロボロのものも。 どのようなバスに当たるかはその時次第ということになります。

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( 運が悪いとこのようなバスに当たることも )

 中には、観光旅行会社が運航する、特定観光地を結んだ定期循環バスもあることはありますが、ルートが限られる上に便数も少ないです。

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 庶民と観光客の主要な足であるこのマルタのバス、乗りこなすにはちょっとしたコツと慣れが必要です。 そこで思いつくままにご紹介を。

(1) バスの行き先は番号表示だけ

 バスには日本のように 「どこそこ行き」 などの表示は全くありません。 フロント (リアにもあることがある) にルート番号を示す数字が有るだけです。

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 したがって、まずこのバスルート表とルートマップを手に入れなければなりません。 そしてマルタ滞在中はガイドブックと共に、これを持ち歩く必要があるでしょう。

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( ルートマップの一例  これとルート表が必要になります )

 現地のバスターミナル (無料) や土産物屋 (有料) でも手に入りますが、インターネットでもダウンロードできます。

 私は日本出発前にこれを印刷して持っていきましたが、非常に役に立ちました。

 特に、特定の観光地から別の観光地を結ぶバス・ルートがあるとは限りません。 その場合には、一度バレッタとかスリーマなどの大きなバスターミナルへ行き、そこで目的地行きに乗り換える必要がありますので、こういう時には必需品です。

(2) バス停には何もない

 バス停には道路沿いに青地に白文字の 「Bus Stop」 と書かれた標識がポツンとあるだけが普通です。

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( バス停標識の写ったのがありませんでした (^_^; )


 幾つかのルート・バスが通るバス停には、簡単な屋根の着いた椅子付きの所もあるにはあります。 ここには停車するバスのルート表示があります。 ただし時刻表はありませんし、あってもターミナルの出発時刻表です。

 したがって、バス標識付近の道路沿いの炎天下で、目当てのバスが来るまで黙って待っているしかありません。

 もちろん、やって来たバスが満員の場合は、そのまま素通りされてしまいます。 ターミナル以外の途中のバス停の場合は、観光客が行き帰りする時間帯になるとこれが時々あります。

(3) 乗車時に料金を払う

 マルタ島全体は3区画に別れており、バスはルートによって1区画内の循環か、2区画以上をまたがって運航されるかで、それぞれ一律の料金が決まっています。

 1区画内循環は0.47ユーロ (約64円) ですから、大変に安いです。 庶民の主たる交通手段であることが判ります。

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 ただし2区画になると1.16ユーロ (約159円) となり、ガクンと高くなります。 しかもこのルートのバスに途中から乗ってもやはり1.16ユーロ払わされます。 ( 例えばスリーマ発の65番バスにターリ・クラフト・ビレッジから乗って、3つ先のイムディーナ終点まで、な ど。)  こういうところは “???” ですね。

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 料金先払いで領収書をくれますが、これは降りるまで棄ててはダメです。 結構途中から検札員が乗ってきてチェックします。 この時領収書が無いともう一度料金を払うか、次のバス停で降ろされる羽目に (^_^;  実際にアフリカ系が途中で降ろされるのを1、2度見ました。 無賃乗車だったんでしょうか。

 それとこの実に中途半端な料金です。 バスに乗る前には必ず小銭を用意してポケットに入れておく必要があります。 日本では1円玉はほとんど役に立たなくなりましたが、マルタでは1セントや2セントの硬貨は現役バリバリなんです。

 大抵、運転席の横には1、2、5セントが沢山入ったおつり用の箱が置いてあり、ここから無造作につまんで返してくれながら、横の発行機から出てくる領収書を取れ、と言ってくれます。

 もしここで2ユーロ硬貨や高額のお札などを出そうものなら “小さいのはないの?” と運転手に文句を言われますし、モタモタしていると後から乗ってくる乗客に “何をやってるの!” と睨まれます。  小銭は必須です、ハイ。

(4) 車内案内・表示は何もない

 運転手さんの次のバス停の車内案内もなければ、電光掲示板のようなものも一切ありません。 途中下車する場合は、外の様子と地図とを睨めっこで “そろそろ次かな?” と当たりをつけなければなりません。

 これが初めての場所へ行くとなると結構神経を使います。 ターリ・クラフト・ビレッジで降りる時は、2回とも間違えてしまいましたから (^_^;

 そしていよいよ次のバス停で降りる決めたらどうするか? 日本のように 「次降りま〜す」 などと声を張り上げてもダメです。 天井や窓枠上に走っているヒモを引っ張って運転席横のベルを 「チン、チン」 と鳴らすのがマルタ方式。

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 もっとも、最近の新しい車両では、車内の柱や荷物台下に押しボタン式のものが付くようになりました。

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(5) ともかく座ること

 乗ったらすぐに空いている席に座ることです。 なにしろ、マルタの道路はそこらじゅうデコボコなんですが、そこをかなりのスピードで走りますし、ハンドルさばきも結構荒いです。 その上、昇降ドアは開けたまま走りますので、特に乗車口付近は要注意です。 それにしても、雨の時はどうするんでしょうねぇ?

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( あ〜、別に右の女性を狙ったショットではありません、念のため )

 思いつくままに列挙しましたが、それでも2、3度乗ってしまえばどうということはありませんし、気軽で便利な交通手段です。

 ただし、最終バスの時刻が一般的に早いのが難点です。 ルートによって異なりますが、大体18時〜20時くらいです。 21時というのは余程のメイン・ルートで無い限りほとんど無かったと思います。 ( 夏時間の20時と言えばまだ外は明るいのですが・・・・ )

 したがって、ちょっと離れたところの夜のライトアップされた街並みを見たいとか、レストランで夕食を、などはタクシーを使うなどしなければなりません。 これがちょっと不便と言えば不便かも。
posted by 桜と錨 at 20:26| Comment(0) | TrackBack(0) | マルタあれこれ(完)

2009年11月11日

マルタあれこれ(21) 日本海軍第二特務艦隊の墓

 私がマルタのグランド・ハーバーに思い入れがある理由の一つには、これがあるからです。

 ガイドブックなどでは 「日本人墓地」 とか 「日本海軍戦死者慰霊碑」 とか様々な名前で出てきますが、正式な名称は 「大日本帝国第二特務艦隊戦死者之墓」 といいまして、カルカーラの英海軍墓地の中にあります。

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( 元画像 : Google Earth より )

 グランド・ハーバーを見下ろす丘の上と書かれているものもありますが、丘の上というより “丘の向こう” と言った方が良いような・・・・

 このお墓については改めてご説明の必要は無いと思います。 第1次世界大戦においてドイツ潜水艦の脅威に対し連合国の輸送船団を護衛するため、日英同盟に基づく要請により地中海に派遣され、ここマルタを拠点として大活躍した第二特務艦隊ですが、その戦死者がここに祀られているものです。 もっとも、戦病死者も含まれていますので、「戦没者」 とするのが正しいかと。

 お墓は、墓地の正門を入って、正面の道を真っ直ぐ行った突き当たりにあり、墓地の中でも大変良い場所に置かれています。

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( 元画像 : Google Earth より )

 ここを訪れなくて一体何しにマルタまで行ってきたのかと言われてしまいますが、仕事仲間達で一緒に行こうと話しをしてはいたものの、滞在中なかなか時間が取れなくて、そのチャンスがあったのは3週間目に入ってからでした。

 たまたま現地の仲間が、“今日は昼休みに手が空いているので車で連れて行ってあげる” と言ってくれたんです。 まさに渡りに舟です。

 墓地の正門。 ここまでの道はやはり知った人に案内してもらわないと、ちょっと判りにくいですね。

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 ゲートを入ったすぐ左手の事務所の壁に案内板があります。 ここは英海軍だけでなく、日本を始め、フランス、ドイツやイタリアなどの戦死者のお墓もあります。

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 これが特務艦隊戦没者のお墓です。 合祀墓ということもありますが、墓地の中でもなかなか立派で、堂々としたものです。

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 墓碑のクローズ・アップ

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 写真を見てお気づきのことと思いますが、現在のこの綺麗な状態のお墓は、実は元々のものではありません。 第2次大戦中の空爆被害や老朽化などにより修復困難となったため、昭和46年に日本政府の手により、出来るだけ当初のものと同じ様にして再建されたものです。

 お花を添えて、ペットボトルのお水をあげて、参拝。

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 お墓の側面に碑文があり、碑の由来とともに、合祀されている戦没者の官職氏名等が記されています。

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 このお墓には71名が祀られているとされていますが、碑文にはドイツ潜水艦の雷撃により大破した駆逐艦 「榊」 の戦死者、艦長上原太一海軍中佐以下59名と、戦病死した7名、計66名の名前しかありません。 残りの5名は、このお墓が出来上がった以降に合祀されたようです。

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 この日本海軍の墓を含め、墓地全体はマルタ政府と英国の 「Commonwealth War Graves Commision」 によって維持管理され、大変綺麗に手入れがなされています。 日本人の一人として感謝の念を禁じ得ません。 実に有り難いことです。

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 正門脇の事務所の中には記帳台も設けられておりまして、私達も帰りがけに記帳してきました。 パラパラめくると、結構日本人の名前もありまして、ここを訪れる人がかなりいることが判ります。 嬉しいことです。

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posted by 桜と錨 at 17:39| Comment(4) | TrackBack(0) | マルタあれこれ(完)

2009年11月02日

マルタあれこれ(20) マルタ海軍について

 そうです、やはりこれがないと私のブログにはなりません。 マルタ海軍についてです。

 もっとも、海軍とはいってもマルタ共和国には 「マルタ海軍」 (Maltese Navy) というのはありませんで、正式名称は 「Maritime Squadron, Armed Forces of Malta」 です。 日本語に直すと 「マルタ国軍海上戦隊」 とでもすればいいでしょうか。

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(マルタ海軍の海軍旗章です)

( まあ、それを言えば世界第7位の海上自衛隊だって 「日本海軍」 (Japanese Navy) ではないわけで・・・・ (^_^; )

 1970年にマルタ陸軍中の一部門 (Maritime Troop of the Malta Land Force) として創設され、やっと国軍内の1つの組織として独立したのは2006年だそうです。

 考えれば無理のない話で、現在でも国軍全部で約2千名の規模ですから。

( とは言え、マルタ国民41万人の0.5%、日本の自衛隊が国民1億2千万人に対して僅か0.002%ですから、考え方によっては相当なものです。)

 この国軍2千名の内の何人が海軍に属するのかは不明ですが、ともかく組織編成上は次のものがあることになっています。

    Squadron Headquarters (戦隊司令部)
    Base Party (基地隊)
    Division 1 - Medium/Offshore Craft (中型/外洋艦艇)
    Division 2 - Inshore Patrol Craft (内海哨戒艦艇)
    Division 3 - Training & Rapid Deployment Team (MSRDT)
              (訓練・急速展開チーム)
    Division 4 - Marine Engineering (船舶技術部)
    Division 5 - Integrated Logistics (統合ロジスティックス部)

 海軍基地は一ヶ所のみ。 現在ではバレッタ半島の付け根、官公庁が集中する 「フロリアーナ」 (Floriana) の 「ハイ・ワーフ」 (Hay Wharf) というところにあります。

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( 元画像 : Google Earth より )

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( 基地の全景  元画像 : Google Earth より )

 軍艦大好きの仕事仲間とマルタ海軍の探索に出かけた時は残念ながら日曜日でしたので、基地のゲートは閉まっておりました。 まあ、わざわざ当直士官を呼び出して基地見学を申し入れることまでは・・・・

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(基地の正門)

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(基地の反対側にある裏門)

 マルタ海軍には軍艦旗はありませんで、艦艇はマルタの国旗を掲揚します。

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 また、艦首旗は赤枠に白地で中心にジョージ・クロスを、四隅にマルタ十字を画いたものです。

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 さて、海軍艦艇ですが。 私がマルタに滞在した今年の5月現在で、就役しているものはたったの9隻でした。

 地中海のど真ん中に位置する小さな島嶼国家で、現在、というより当分は他国との武力紛争が想定されるような情勢にありませんので、海軍とはいっても、その任務は本来の国土防衛のための海上戦闘と言うよりは、沿岸警備、水上警察、捜索救難、入国管理、税関、漁業取り締まりなどの平時官公庁職務が主体で、このため保有する艦艇もそれに応じたものとなっています。

 特に最近は、アフリカからの密入国の取り締まりと、海上難民の保護が大きな部分を占めるようになったようです。

( 因みに現在のマルタは、一旦領海内に入ってしまったら密入国であれ何であれ総て受け入れる政策だそうです。 国内には大きな難民キャンプや定住促進センターなどがあり、また就労ビザは誰にでも発行するそうで、次第に国中にこれらのアフリカからの黒人が溢れてきており、社会問題になりつつあります。)

 それでは私が撮影してきたマルタ海軍の全艦艇9隻+αを (^_^)

「P61」 : 2005年に就役した現在のところマルタ海軍最大の艦艇で、「Offshore Patrol Vessel」 (外洋哨戒艇) と呼ばれます。 姉妹艦はありません。 基準排水量395トン、満載排水量450トン、全長53.4m、最大速力23ノット、乗員25名。 へり甲板はありますが格納庫はありません。 兵装はオットー・ブレダの25ミリ機関砲x1基。 イタリア製で、同国の沿岸警備隊が使っている 「Diciotti」 型の改良型です。

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「P51」 「P52」 : 「Coastal Patrol Boats」 (沿岸哨戒艇) と呼ばれ、米国製で同国の沿岸警備隊が使用している 「Protector」 型と同じですが、元々のデザインはオランダのものです。 2002年就役、満載排水量90トン、全長26.1m、速力25ノット、乗員11名、兵装は7.62機銃x1基。

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「P32」 : 「Inshore Patrol Boat」 (内海哨戒艇) と呼ばれ、既に除籍となった姉妹艇 「P33」 と共に元々は旧東ドイツ海軍の哨戒艇だったもので、1992年にマルタに譲渡されました。 満載排水量42トン、全長22.6m、速力24ノット、乗員6名、兵装は12.7ミリ機銃x1基。

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 既に除籍された 「P33」 は無惨な姿を基地の岸壁で曝しています。 (確かこれは以前に火災事故を起こしたと聞いたことがあるのですが・・・・?)

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「P23」 「P24」 : これも 「Inshore Patrol Boats」 (内海哨戒艇) に分類されており、元々は米沿岸警備隊の哨戒艇で、1971年にマルタに譲渡されたものです。

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「Melita I」 「Melita II」 : 「Fast SAR (Search & Rescue) Launches」 (高速捜索救難艇) と呼ばれるもので、1998年にイタリアで建造されました。 その分類名のとおり、海上での捜索救難が主たる任務です。 全長12.6m、速力32ノットです。 元々がマルタの 「市民保護局」 (Civil Protection Department) 所属だったのですが、1999年に海軍に移管されました。

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「P01」 : まあこんなものまで就役艦艇数に含めるのか、という感じのものですが、「Fast Interceptor Craft」 (高速臨検艇) と呼ばれ、2003年イタリア製のRIB (Rigid - Inflatable Boat) です。 全長10.43m、速力35ノット。

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 なお、私のマルタ滞在後の今年7月になって、全長21mの 「P21」 というオーストラリア製の新しい哨戒艇が就役したようです。 このクラスがあと3隻続いて就役するそうで、順次古い 「P32」 「P23」 「P24」 と交代してこれらは除籍されるようです。

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( 元画像 : 「Times of Malta」 より )

 そして、この海軍基地内にデ〜ンと置いてあるのがこれ 「Italian Military Mission」 (イタリア軍事顧問団) のヨットです。 う〜ん、贅沢なものです、羨ましい。

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 オマケですが

 日本出発前にマルタについて調べていた時に、Google Earth でこんなものを見つけてしまいました。

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( 元画像:Google Earth より )

 グランド・ハーバーの最奥にある造船所の一角です。 うん? 潜水艦? それもかなり古い形のような?

 で、当然、滞在中に例の軍艦大好きの仕事仲間と一緒に捜索に出掛けてきました (^_^)

 バスを乗り継いで、地図を片手に捜しまして・・・・ ありました、これです。 映画のロケで使った実物大の浮かぶUボートです。

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 残念ながら両脇が造船所と工場で、この位置の道路上からしか見ることができませんし、他の係留船が邪魔になって全景が撮れません。

 しかし、どの映画のものかよく判りません。 考えられるのはウォルフガング・ペーターゼン監督の 「Uボート」 (1981年) か、ジョナサン・モストウ監督の 「U−571」 (2000年)です が、前者だと28年も前になりますから、後者なのか? それでも9年も前のものになります。 未だに何か使い道があるんでしょうかねぇ。

 更にオマケですが、

 1/1 Uボートの横に繋留されていた除籍されたマルタ海軍の旧 「P29」 「P30」 「P31」 の内の1隻です。 元々は旧東ドイツ海軍の掃海艇 「Kondor I」 型で、他の2隻とともにここで解体を待っているようです。

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 そして更にオマケです (^_^;

 1/1 Uボートを見ての帰りに、道沿いの工場の敷地にこんなものがゴロンと置いてありました。 一体何に使ったものなのか?

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 小さな島国なのに、いや〜、色々楽しませてくれて実に面白いところですね、マルタは。
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2009年10月28日

マルタあれこれ(19) ハーバー・クルーズ (後編)

 一旦外海に出たクルーズ船は、聖エルモ砦の先端を回り、第2次大戦の空襲で破壊された防波堤の内側を通ってグランド・ハーバーに入ります。

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( 外海から望むバレッタの全景  防波堤の向こうがグランド・ハーバー )

 ところが、2回目の時には丁度ここで大型客船の入港とガッチンコしてしまい、防波堤の先まで行ってこの大型船の後ろに回って中に入ることに。

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 しかも、狭い港内でのこの大型船の岸壁横付け作業のために、グランド・ハーバー内は、通常の反時計回りでは通れなくなってしまい、反対の時計回りで回ることに変わってしまいました。

 この時は焦りました。 肝心のグランド・ハーバーの眺めが良いのが、折角確保した船の右側の席ではなく、反対の左側の席になってしまったからです。 もっとも、その程度のことでメゲル私達ではありませんでしたが (^_^;

 通常ならば、グランド・ハーバーに入ったクルーズ船はまず聖エルモ砦からバレッタ沿いに走ります。

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( 湾口から見たグランド・ハーバー )

 戦勝記念塔とその隣りのロワー・バラッカ・ガーデン。

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 続いて、バレッタの名所中の名所、アッパー・バラッカ・ガーデンを海上から。

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 この写真は先にもご紹介しましたが、3回目の時に丁度正午の午砲でした。 左上の午砲の砲煙と、ガーデンの展望台に鈴なりの観客がお判りになるでしょうか?

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 バレッタの先 (奥) のフロリアーナの、いつも大型客船などが着く新しいクルーズ船埠頭には、湾口で出会ったイタリアを本拠地とするドイツのアイーダ・ラインの大型客船が横付け作業中。 一度はこんな船でノンビリと地中海クルーズをしてみたいものですねぇ。

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 ここは、3回目の時には英海軍のフリゲイト 「カンバーランド」 (F85 Cumberland) が入港していました。 もちろん家内を放ったらかして写真を撮りまくり (^_^)

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 う〜ん、熱心に眺める人がいますねぇ〜

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 その先のフェリーフェリー・ターミナルに停泊中のシシリー島との定期便フェリー。 イタリアはこんな船でいける程近くです。

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 続いてグランド・ハーバー最奥のマルサ・クリーク (Marsa Creek) をぐるりと回りますが、この辺は小さな造船所や工場が建ち並び、あまり面白いところはありません。

 反転してバレッタ対岸のスリーシティへ向かいます。 がその前に、グランド・ハーバーの最奥から湾口をパチリ。

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 反転した後はまず、フレンチ・クリーク (French Creek) へ。 ここはマルタ最大の造船所である 「マルタ造船」 のドックが両岸に幾つも並びます。 その一つ、珍しい丸屋根付きのドライ・ドックです。

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 こんなものもありました。 遊覧飛行用の水上機。 でも、いつもここにいましたので、あまり飛んでいないような・・・・?

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 そして、今回のマルタ滞在では陸からは訪れる機会がなかった古都 「セングレア」

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 セングレアの 「聖フィリップネリ教会」 (Church of St. Philio Neri) です。 マルタでは町の地区毎にそれぞれ 「教区教会」 が建てられていますので、本当に沢山の立派な教会があります。

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 湾内ではこんな練習をしている二人がいました。 レースでもあるんでしょうか。 それにしても面白い漕ぎ方のボートですね。

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 続いて、セングレア先端のセーフ・ヘブン公園を回って、ビットリオーザとの間の 「ドックヤード・クリーク」 (Dockyard Creek) へ。

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( 右手前がセングレアのセーフ・ヘブン公園  左奥がビットリオーザの聖アンジェロ砦 )


 砦には皆あちこちに監視塔がありますが、これはセーフ・ヘブン公園の突端にあるもの。 監視塔の側壁に彫刻があるので有名だそうですが、別にとりたてて・・・・

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 最奥にある古いドック。 ドックヤード・クリークの名の起こりのものですが、現在では使われておらず、最近になって綺麗に整備して公園になっております。

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 このドックの右手側は、前出のスピルバーグ監督 「ミュンヘン」 で主人公達がヨルダンを襲撃するシーンで使われたところです。

 クリーク内全体が今ではヨット・ハーバー状態になっておりますが、その中でも最も大きい 「超々」 が付く豪華クルーザー。 ビットリオーザ散策編で陸上からの後ろ姿はご紹介しましたが、こうして横からみると本当に大〜きくてスゴイです。 うらやましい。

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 ビットリオーザ先端の 「聖アンジェロ砦」  ここは既に書きましたように、2年前にマルタ共和国からマルタ騎士団へ返却され、行く行くはホテルになる計画があるそうです。

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 そして、聖アンジェロ砦先端を回って、次の 「カルカーラ・クリーク」 (Kalkara Creek) へ。

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( ドックヤード・クリーク付近からグランド・ハーバーの湾口を望む )

 反対のカルカーラ・クリーク側から見た聖アンジェロ砦 

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 最後は、リカゾーリ岬先端にあって、グランド・ハーバーの湾口でバレッタの聖エルモ砦の対になる 「リカゾーリ砦」 です。 ここも大変大きな砦ですが、何故か使われずに放置されているようです。 もちろん一般には非公開。 少々もったいないですね。

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 これで約1時間半のハーバー・クルーズの見所は終了し、スピードを上げて出港したスリーマのフェリー乗り場に帰ります。

 当然、船を下りたところで記念写真を。 いいんですよ、銀婚式ですから (^_^)

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 皆様にもお楽しみいただけたでしょうか? えっ、桜と錨のブログなのに、マルタ海軍の艦艇写真はどうしたか、ってですか?

 それは次回で V(^_^)
posted by 桜と錨 at 22:03| Comment(0) | TrackBack(1) | マルタあれこれ(完)

2009年10月27日

マルタあれこれ(18) ハーバー・クルーズ (前編)

 さて、マルタ滞在中の大物中の大物がこのハーバー・クルーズです。

 この連載の最初の方でも述べましたが、私にとってマルタ滞在は何と言ってもグランド・ハーバーを存分に眺めることです。

 そしてそれは、アッパー・バラッカ・ガーデンやスリー・シティなどからの眺めは勿論ですが、それよりも何よりも、元船乗りにとっては実際に海上から回って見ることが一番です。

 実は、マルタ滞在中に何と3回もこれを堪能してしまいました V(^_^)

 最初は事前偵察で、次が仕事仲間で軍艦好きの人達とマルタ海軍の基地・艦艇探索を兼ねて、そして最後の3回目が本番の家内とのデートです。

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( クルーズ会社のパンフレットから )

 ハーバー・クルーズは、「Captain Morgan Cruises」 や 「Luzzu Cruises」 など何社かがやっています。 どの会社、どの船に乗っても、バレッタ北側のマルサイムシェット・ハーバーと南側のグランド・ハーバーの両方を、ほとんど同じコース、同じ約1時間半程で回ります。

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( 同   上 )

 ハーバー・クルーズ船の発着は、何れも観光客で賑わう繁華街のあるスリーマのフェリー乗り場からです。

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( 元画像 : google Earth より )

 このフェリー乗り場からはハーバー・クルーズの他に、青の洞門 (Brue Grotto) やコミノ島周遊など色々な観光船が出ています。

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( コミノ島回りの帆船風の観光船 )

 また、ここからは湾を横断するバレッタへのフェリーも15分間隔ぐらいで出ています。

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 ところで、ハーバー・クルーズとは言っても、その船の大きさには各社とも大中小色々あります。 最も大きいのが200トンぐらいで、最も小さいのはそれこそモーター・ボートです。 私は3回でこの大中小のそれぞれに乗ってみました。

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 大きいのが良いのか小さいのが良いのかは、その時の天候次第で、後は乗る人の好みの問題でしょう。 大きいのは揺れませんし、船上もユッタリとしていますが、各クリークの奥深くまでは入れません。

 それに対して小さいのは各クリーク奥の狭いところまで入ってくれますが、その分入る時はユックリでも帰りはかなりのスピードですし、何よりも波風がある時は揺れと飛沫の覚悟が要ります。 中サイズはその中間ですね。

 因みに、最も小さいクルーズ船の船内はこんな具合です。

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 (あっ、これは別に右のご婦人を狙ったショットではありません。 念のため。)

 この時は私も入れて乗客は6人。 後4〜5人も乗れば一杯の感じです。 もちろん、これはこれで充分楽しいです。

 料金はどれに乗ってもほとんど同じで15ユーロ (約2050円) くらいです。

 さてそれではどうやって乗るのが良いか? ホテルのカウンター等からの事前予約もありますが、それではダメです。 何がダメって、なかなか良い席が確保出来ないからです。

 ハーバー・クルーズを堪能しようと思ったら、船の前部の天井や日除けなどのないオープン・デッキ、それも右側の席を確保するのがベストです。 (クルーズは通常左回り(反時計回り)ですから、岸に近いのは右側なんです。)

 まあ、彼女・彼氏とのデートなら日陰やキャビンの中の席でも良いのでしょうが・・・・

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(そうです、この場所が最高なんです。)

 スリーマのバス・ターミナルでバスを降りると、もうそこがフェリー乗り場です。 海岸沿いの道に出た途端に 「今すぐハーバー・クルーズの船が出るよ、こっちこっち!」 と日本の飲み屋街のポン引きさん顔負けの呼び込みが次々にかかります。

 で、これに乗ってはダメ。 出港前に一人でも多く詰め込もうという魂胆で、こんなのに乗ったらロクな席は残っていません。 (このため、どの会社のどの便も大体定刻より5〜10分遅く出港します。)

 ポン引きさん達を無視して、海岸沿いに点々と並ぶチケット売場で次の便の出発時刻を確かめ、すぐ近くに繋留されているその船を見てまだお客がほとんど乗っていないものを捜します。 毎正時と半の30分間隔で何隻づつも出ますので、気に入った船を捜せば良いのです。

 そして空いている次の便に早めに乗り込んで席を確保します。 これでOK

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( 待ち時間は、回りの風景や海の中を覗いていれば飽きることはありません )

 では出港!

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( フェリー乗り場の対岸の景色  中央がマヌエル島 )

 ガイドは船長自らか補佐の人がやります。 最も小さいボートでは英語だけ、あと大きくなるにつれてイタリア語、ドイツ語、フランス語なども入ります。 もっとも、その英語にしても例によって酷いマルタ訛りですので、私にはほとんど解りませんでしたが (^_^;

 先ずはフェリー乗り場のすぐ右手にある「スリーマ・クリーク」から。 陸沿いはマルタの比較的新しい住宅街です。

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 海岸沿いでは、家族やグループがあちこちで思い思いに海水浴を楽しんでいます。

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( 左手前の立っている二人は・・・・見なかったことに )

 そしてマヌエル島を回ります。 先のバレッタ散策編でも書きましたが、この島の先端の 「マヌエル砦」 (Fort Manoel) は長い間放置されて荒れ放題になっていましたが、現在ではホテルとする計画が進んでいるようで、多少の工事の手も入っているのが見えました。

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 次に、高級住宅街でもある街並みの綺麗なイムシーダ・クリークへ入ります。

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 写真からも高級感が解るでしょうか? またこの当たりはEU各国の大使館も多いところです。

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( 英国大使館 )                  ( ギリシャ大使館 )

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(イタリア大使館)

 帆船の形をした陸上のレストラン。 その名も 「ブラック・パール号」 とか。

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 奥から出てきたヨットとすれ違い。 おっと、これはお嬢様? マダム?

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 バレッタ半島の付け根、「フロリアーナ」(Floroana)沿いに進むと、マルタ海軍の基地があり、艦艇が並んでいます。 もちろんここでは3回とも写真は撮りまくり。

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 続いて、バレッタの北側の砦壁沿いに進みます。

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 堡塁の壁にある紋章。 この堡塁の造築を受け持った騎士のものでしょうか。

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 バレッタの聖パウロ教会 (手前の尖塔) とカーマライト教会 (奥のドーム屋根)

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 そして聖エルモ砦。

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 岩だらけの小高い半島を削って、その削った石を高く積み上げた堡塁

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 ご満足いただけていますでしょうか? 奥様

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 では一旦港外に出て、いよいよグランド・ハーバーへ向かいます。

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( 左手の船の奥がマルサイムシェット・ハーバーの湾口
  正面が聖エルモ砦で続く右手にかけてがバレッタ市街 )
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2009年10月17日

マルタあれこれ(17) ラバトの散歩

 私と家内の散歩は、イムディーナから隣のラバト (Rabat) へ続きます。

 先にも書きましたように、ラバトはイムディーナと一緒に発展してきた街ですが、前者が貴族や富豪などの住む 「城内」 であるのに対して、後者は日本風で言えば 「下町」 です。

 イムディーナのメインゲートを出て、ゲート前の広場になっている幅100メートルもない 「ハワード公園」 (Howard Gardens) を横切れば、もうそこがラバトの街です。

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 とは言え、ターリ、イムディーナに続いての散策ですので、ここラバトはメインの見所である 「聖パウロ教会」 (St. Paul's Church) までブラリブラリと街中を歩いて終わりにしました (^_^;

 イムディーナのメインゲートから同教会までは約400メートルほど。 行きと帰りで違う道を歩きました。 立ち並ぶ建物の風情は、やはりこちらは庶民の街の顔です。

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 街角もどことなくノンビリ・ムード

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 ラバトの街の中心である聖パウロ教会の前の 「パリッシュ広場」 (Parish Square)

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 因みに、右の白と水色のパラソルがあるオープン・テラスは、2005年のスピルバーグ監督の映画 「ミュンヘン」 でも主人公達が寛ぐところとして出てくるカフェです。

  「聖パウロ教会」 の正面は今まで見てきた中では最も教会らしいものです。

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 中はこぢんまりとしています。 主祭壇は割とシンプルですが、内装は大変に重厚で、荘厳な雰囲気を醸し出しています。

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 ドームの装飾は、私的にはここが最も綺麗だと思います。

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 また、両側の礼拝堂も繊細な装飾がなされています。

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 ここは教会の脇にある博物館は有料ですが、教会内の拝観だけなら無料です。 (で、あとでオチがあるんですが)

 そして、目玉は何と言っても、この教会の地下にある洞窟です。 紀元1世紀に聖パウロがマルタに漂着した際に、一時ここに隠れて布教活動を行ったとされているところです。

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 ここは鉄柵に鍵が掛かっていて入れないのですが、教会の入口付近に何人か人が集まったと思うと、どこからともなくおじさんが現れて 「こっち、こっち」 と手招きをします。

 で、ゾロゾロと階段を下りていくと、鍵を開けて中に入れてくれ、頼みもしないのにマルタ訛りの英語で解説が始まります。

 よく聞き取れないのですが、何でもこの像の本物はバレッタの 「国立美術館」 にあり、これはレプリカだとのことは判りました (^_^;

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 最奥にある聖パウロの布教所といわれるところ。

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 地下洞窟の床も、例に漏れずマルタ騎士の墓標になっています。

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 で、一頻り解説が終わると、紙幣が乗った真鍮のお皿を取り出しまして、心ある皆さんのお気持ちを、と寄付の要求。 彼はどうもこれで食べているらしい (?) と、ここに来て知りました。

 全部案内を聞いてしまった後では、何某かを出さざるを得ません。 な〜んだ、敬虔なる信者のボランティアじゃあないんだ (^_^)

 余談ですが、この聖パウロの地下洞窟、1990年にローマ教皇のヨハネ・パウロ2世が訪れたところとしても知られていますが、ところが最近の研究では聖パウロは実際はマルタには来なかったとされているようです・・・・・?

 市販のガイドブックによれば、ここラバトにはその他の見所として、ローマ時代のものを集めた美術館である 「ローマン・ドムス」 (Roman Domus) や2ヶ所のカタコンベ (地下墓地) などがあるようですが、時間の関係で全てパスしました。

 面白いところでは、昔の駅舎を利用した レストランも近くにありますが、こちらも寄らず。 (マルタにも19世紀末〜20世紀初めに鉄道が走っていたことがあります。 今でもイムディーナの城塞の下を縦貫するその時のトンネルがあるそうです。)

 これでターリ → イムディーナ → ラバトとマルタ内陸の3ヶ所の散策を終わって、バスに揺られてホテルへ戻ります。

 本日一日の家内の戦果です。 まあ、遙々地中海のマルタ島まで来て、何とも他愛のないものばかり。 (右下の航空博物館のパッチは私の数少ない戦利品ですが (^_^; )

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2009年10月14日

マルタあれこれ(16) イムディーナ (後編)

 家内と二人で街中をブラブラ。 バレッタなどと同じようにメインの通りには観光客が大勢溢れていますが、横道はほとんど人通りがありません。 細い路地が縦横に走っており、それぞれの道で違った趣があります。 観光客の少ない時を狙うと、まさに 「サイレント・シティ」 です。

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 街自体がこぢんまりとしていますので、右に左にと路地を散策しながら回っても30分もあれば充分です。

 カロッチンも結構狭い道の間を走っています。

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 建物も道路も黄色と言うよりクリーム色一色の中に、窓やドア、そして周りを飾る木々や草花の色彩のバランスがとても素敵です。

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 街の最も北端の堡塁がちょっとした広場になっています。 ここからの眺めがなかなかです。

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 街を一回りしつつ、例によって家内のお店巡り。 いいんですよ、銀婚式ですからごゆっくり (^_^;

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 そして最後はお約束の休憩。 堡塁広場のすぐ脇にある、赤白のパラソルで有名なカフェ 「Fontanella」 です。

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 下の室内でキチンとした食事もできますが、昼間は当然上のオープン・エリアが人気。 食事の時間帯を外れていますが、結構混んでいます。

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 当然 「チスク」 ビールです。 そして隣席を見て同じものを注文した 「FTIRA」 なかなかの味でしたが、二人で一つで充分のボリュームです。

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 眺めは最高、パラソルの下での冷たいビール。 う〜ん、た〜まりませ〜ん。

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 遠くに、バレッタ市街、その向こうに地中海が望めます。 マルタ島の大きさ (小ささ) が実感できます。

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 マルタすずめ (?) が食べ物屑を貰いに目の前までやって来ます。 観光客も面白がって千切っては石壁の上に沢山ならべますので、次から次へと何羽も。

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 さて、家内との散歩は次のラバトへ向かいますが、メインゲートへ戻る途中で、家の前で犬と遊んでいる少年に出会いました。 これほどのイケメンは、マルタ滞在中にそうそうは出会いませんでしたね。

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( 因みに犬の名前は 「銀歯」、いや 「ギンバ」 だそうです (^_^) )


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 ところで、マルタ滞在中のある日仕事が早く終わりましたので、仲間内で 「たまにはチャンとした夕食をしたいねぇ」 と言うことになりまして、赤バス (赤いボックスタイプの8〜14人乗りチャーター専用バス、早い話が大型タクシー) を頼んで、夕刻のイムディーナを訪れました。

 5月末のマルタの日没は20時過ぎ (サマータイム) で、21時頃にならないと真っ暗になりません。 食事の予約は20時からなので、それまで夕暮れの街の中を散歩。

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 で、大聖堂の前に来ると、正面入口前に数台のクラシックカーがならんでいます。 

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 近づいてみると、その中の一台にレースの飾りが。 うん、これは!

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 はい、大聖堂の中で結婚式が行われていました。 いや〜、良いですねぇ〜、こんな由緒あるところで挙式なんて。 日本人がよくやる偽教会挙式とは全く比較になりません。 良いチャンスに出会いました。

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 で、その日の夕食は有名なレストラン 「The Medina」 イタリアンとマルチーズ料理が中心のお店です。

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 皆でシェアしながらの料理も、そしてワインもなかなかでした。 そして雰囲気も申し分なし。

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 バーも併設されており、食後の一服はここで可能。 ここのバー・ラウンジもなかなかの雰囲気。 そしてデザートの類も大人の味でグー。 冬はここで暖炉にあたりながらの食事もできるそうです。

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  ( リラックスできるラウンジ )         ( 照明もグッドのバー・カウンター )

 そして帰り道。 ライトアップされた古都の街並みもまた最高でした。

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( 大聖堂 )

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( とある館 )

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( メインゲート裏 )

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( メインゲート表 )

 こうしてみると、滞在中にライトアップされたグランドハーバーの夜景を間近に見る機会がなかったのは、返す返すも残念でなりません。
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2009年10月13日

マルタあれこれ(15) イムディーナ (前編)

 今回は、マルタ島内陸の古都 「イムディーナ」 (Mdina) を2回に分けてご紹介します。

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( 元図 : Google Earth より )

 イムディーナは、元々がフェニキア人が身を守るために、丘の上の要地に砦を築いたのが始まりとされ、その後ローマ人、アラブ人によって発展してきたとされています。

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 そしてそのうち同じ丘の上でも、この城壁に囲まれたところを 「イムディーナ」 (“壁に囲まれた町” の意)、これに隣接する一般庶民の地区を 「ラバト」 (Rabat) (単に “町” の意)と、2つに区別して呼ぶようになりました。

 こちらイムディーナの方は13世紀以降 「優美な町」 と呼ばれ、聖ヨハネ騎士団来島まではマルタの首都として繁栄してきたところです。

 もっとも、首都とは言っても、城壁で囲まれた僅か300m四方の城塞都市に過ぎないんですが。

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 そして、オスマントルコによる大包囲戦を勝利した後、騎士団によって現在の首都であるバレッタが築かれると、貴族や商人達が次々にそちらに移ってしまい、イムディーナはやがて 「静寂の都市」 (サイレント・シティ) と呼ばれるようになったとのこと。

 このサイレント・シティの姿が、今のイムディーナにそのまま残されています。 毎日訪れる多くの観光客を除いては。

 ただし、現在のイムディーナは、17世紀末の大地震によりほとんどの建物は崩壊したため、全てその後再建されたものです。

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( メインゲート付近の城壁 )


 メインゲートとそれへ通じる石橋です。 街へ入るには、ここの他はあと2ヶ所に小さなゲートがあるだけです。 当然ながら古都の形態をそのまま保つ以外には、近代的な発展の要素は全くありません。

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 まあともかく、記念の一枚を。 ゲート上のレリーフが大変綺麗です。

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 それでは、この前編では街中の散策の前に、先にイムディーナの見所をいくつかご紹介しましょう。


1.「大聖堂」 (Cathedral)

 ここはイムディーナに来たら絶対に外せないところでしょう。

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( 大聖堂の正面 )

 隣接する 「大聖堂博物館」 との共通チケットになっています。 が、ここだけチケットが残っていない・・・・(^_^;

 バレッタの 「聖ヨハネ大聖堂」 に比べると規模も小さく内装なども質素ですが、やはりこちらの方が格式が高いだけあって非常に威厳のある厳粛なたたずまいです。

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( 正面の主祭壇とドームの装飾 )

 両脇の礼拝堂も非常に繊細な作りになっています。

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 綺麗なステンドグラス。 しかし昔の色ガラスはこんなに鮮やかでしたっけ?

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 マルタの教会の例にもれず、ここも床は騎士達の墓標で埋められています。 これが一つ一つ大変に凝ったできですので、これらを眺めて歩くのもまた面白いです。

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 当然ながら記念写真を。

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2.「大聖堂博物館」

 大聖堂前の広場横の隣接した建物に開設されており、教会が収集した美術品や、かつて教会で使用されていたものなどが多数展示されています。

 ただ残念ながら、この方面にはあまり素養がありませんので、まさに 「猫に小判」 状態 (^_^;

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( 法衣などは宝石が埋め込まれた金糸銀糸の大変豪華なものがズラリ )

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( 貴重なパイプオルガンの楽譜も多数 )    ( 判らないなりに熱心に覗き込む人 )


3.「イムディーナ体験館」 (Mdina Experience)

 ちょっと判りにくい場所にあり、かつ判りにくい入口です。 が、途中の道々に客引きの綺麗なおね〜さん達がいて親切に教えてくれます。

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 入場料5ユーロ (約680円) はまあ妥当なところか。

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 映画館風のオーディオビジュアルなもので、古代から近代までのイムディーナの歴史を解説しています。

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 座席の袖にあるイヤホーンの切替で日本語を含む12ヵ国語から選択できます。 ただし聞こえてくる音声がちょっと単調なので、最後の方はウトウトと(^_^;


4.「イムディーナ・ダンジョン」 (Mdina Dungeon)

 メインゲートを入ったすぐ右脇にあります。

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 たしか入場料はここも5ユーロ (約680円) くらいだったかと (?)

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 実際にあった中世の地下牢を利用したもので、蝋人形をつかった様々なシーンが展示されています。

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 まあ、面白いと言えば面白いですが、あまり気持ちの良いところではありません。

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 当然、家内はこのようなところは入りたがりませんので、表で記念撮影のみです。

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5.「国立自然史博物館」 (National Museum of Natural History)

 なんでこのようなものがこんなところに? と思いますが、何故かあるのです。

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 メインゲートを入った先の右にある、騎士団長ウィルヘーナの別荘兼裁判所だった館を利用したものです。

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 こういうところ、私はついフラフラと入ってしまうんですよね。 入場料はたったの2.33ユーロ (約320円)。 この中途半端な金額がなんとも (^_^)

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 で、中は別にどうと言うことはありませんで、極くふつ〜の自然史博物館です。 しかし、中にはマルタ固有の生物の標本などがありますので、じっくり見て回ると面白いと思いますが・・・・

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 平日でしたので、丁度小学生の校外学習の団体と一緒になりまして、先生と児童約200名程、まあそれは賑やかで、館内中に可愛い声が響き渡っていました。

 次回はイムディーナの後半で、街の中をブラリブラリの散策です。
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2009年09月22日

マルタあれこれ(14) マルタ航空博物館

 「マルタの飛行場」 「国立戦争博物館」 「海事博物館」 に続く、桜と錨のブログならではのマルタ記事の4つ目は、ターリ飛行場跡にある 「マルタ航空博物館」 (Malta Aviation Museum) です。

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 まあ、こんなところはとても家内を連れてくるようなところではありませんので、もちろん訪れたのは事前偵察時を利用してです。

 航空博物館は近代的な国立競技場の脇にあり、ターリ工房村からすぐ近く、歩いて3分ほどのところですが・・・・工房村からは丁度曲がり角の先になっていますので、一般道に出ると “あれっ、こっちでいいの?” と思うようなところにあります。

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 曲がり角を曲がると金網のフェンス越しに “ああ、ここか” と判るのですが・・・・金網のゲートの正面には突然としてこんなものが置かれておりまして、いきなり “おいおい、まともなところなのか、大丈夫かい?” と思わされますが・・・・

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( BAC 1-11 のコックピット部分 )

 ゲートを入った右側の建物の入口奥が受付です。

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 チケットは5ユーロ (約680円) 少々高めです。 日本人、というか東洋系の入場者などは全く無いとのことで、館員さんが “一体何を好きこのんで” というような不思議そ〜うな顔で受付をしてくれました。

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 受付の先からはいきなり展示スペースです。 というよりこの建物は元々の整備ハンガーをそのまま利用したもので、そこに現在まで入手したものを単に並べてあるという感じです。

 もちろん例によって見学者は私以外誰〜れもおらず、まさに “貸し切り” 状態。 館員さん達もシエスタ (お昼寝) の最中なのか、受付の一人だけ。 お陰で気兼ねなく写真を撮りながら見て回れます。

 先頭は、「シーホーク」 (Hawker Seahawk Mk6) がお出迎え。 50年代にマルタに駐留した 「804海軍航空隊」 の塗装とか。

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 以下、順に回って行きますので、主要なものをご紹介。

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( 左 : Le Pou de Ciel、 右 : Armstrong Whitworth Meter N.F.14 )

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( 左 : Rolls-Royce Derwent Mk9、 右 : Link Trainer )

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( 左 : Cessna L-19E Bird Dog、 右 : Gloster Meter T.7 と思う (^_^; )

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( 左 : De Havilland D.H.122 Sea Venom、 右 : Fairey Swordfish )

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( 左 : Bristol Siddeley Sapphire、 右 : Napier Lion )

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( 左 : Douglas DC-3 Dakota、 右 : Beechcraft 18 )

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( 左 : Aeritalia(Fiat) G.91R、 右 :De Havilland D.H.115 Vampire T.Mk11 )

と言うことで、ほとんどの機体はまだレストア最中又は入手時のまま保管中の状態です。 もっともスペース的には復元状態では飾れないと言った方が適当かとも。

 一角に、大戦中にマルタに駐留した英連邦軍の62個航空隊のクレスト (エンブレム) が飾られていました。 凄い数ですねぇ。 これを見ても如何にマルタを巡る航空戦が熾烈であったかが判ります。

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 で、次に広場を横切った敷地の反対側にある別のハンガーに向かいます。 ここは、4年前に部外財団の資金を得て新たに作られたもので、「マルタ航空戦記念格納庫」 ( The Air Battle of Malta Memorial Hanger) と名付けられています。

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 本博物館の目玉とも言うべき、「スピットファイアー」 (Supermarine Spitfire Mk IX) が復元状態で置かれています。

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 そしてもう一つが、「ハリケーン」 (Hawker Hurricane Mk IIA)

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 両機とも実際に大戦中のマルタの空を飛んだことのある機体だそうです。

 このハンガーはまだまだスペースがあり、これから逐次レストアされた機体が追加されるのかもしれませんが、現在は航空機以外の色々なものが置かれています。

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( 左 : David Brown Tractor、 右 : Bofors 40-mm AA Gun )

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( 左 : Fiat 500A Topolino、 右 : Willies Jeep )

 2ヶ所の展示場を一回りして中央の広場に出ると、翼が外されたDC−3が置かれています。 7年前にオークションにかけられたものを入手したもので、翼は別に保管されていおり、手を入れれば飛行可能なものとのこと。

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 広場の片隅にはカマボコ兵舎利用のカフェも併設されていましたが、人ごとながら経営は成り立つのかどうか・・・・?

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 チョット見、今後のこの博物館の行く末が気になるところですが、それでも細々とレストアも続けているようで、それはそこ、マルタ風の “ノンビリ行こうや” なのかもしれません。 1994年創設以来既に15年続いていますし、新しい機体も入ってきていますので。

 次は、このターリからすぐ先の丘の上に広がる古都 「イムディーナ」 (Mdina) へ向かいます。

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2009年09月06日

マルタあれこれ(13) ターリ・クラフト・ヴィレッジ

 さてマルタ散策の続きは、グランドハーバーを離れて、マルタ島内陸の古都 「イムディーナ」 (Mdina) と 「ラバト」 (Rabat) に向かいます。

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( 元図 : Google Earth より )

 その前に、イムジーナやラバトに向かう途中にある 「ターリ」 (Ta'Qali) というところに寄ります。 既に第2回の 「マルタの飛行場」 のご紹介で出てきました 「ターリ飛行場跡」 です。

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( 元図 : 左は市販の観光マップより、右は Google Earth より )

 ここでは 「ターリ工房村」 (Ta'Qali Crafts Village) と 「マルタ航空博物館」 が見所になりますが、今回はその前者を。

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 ホテルのある 「セントジュリアン」 (St. Julian's) 地区からは、「65番」 というバスに乗ればこの 「ターリ」 を経由して 「イムジーナ」 「ラバト」 へ行くことができます。

( マルタでのバスの乗り方などについては、また別項でお話しします。 これがちょっと変わっていて、面白いんです。)

 しかしこのマルタ・バス、車内放送や表示もなければ、車内からはバス停そのものも良く判りません。 したがって、途中下車するには地図と睨めっこで、回りの景色を見ながら 「もうこの次かな?」 と当たりを付けなければなりません。

 そして、このターリ工房村自体が何の変哲もない、広い平地の真ん中にありますので、どこで降りれば良いのか・・・・で、バス停を1つ間違えてしまい、歩くはめに。

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( でも、間違えて降りたのは私達だけではありませんで (^_^; )

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( 丁度バス停に観光バスが通りかかったところ  ここが元々の目的のバス停 )

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( バス停から更に約300メートルほど先の工房村に向かう道 )

 この工房村には、ガラス製品、セラミックス、ジュエリー、レース編み、タイル・レンガ製品、被服類、各種観光土産類、等など沢山のお店が集まっています。

 敷地は飛行場跡の庁舎・隊舎地区を転用したもので、このため、中には当時のカマボコ兵舎をそのまま使っているお店もあります。

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 それらの中でも、やはりここの中心はガラス工房でしょう。 マルタを代表する 「イムディーナ・グラス」 「フェニシアン・グラス」 「ゴゾ・グラス」 の3つの種類、それぞれの工房があります。

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 各工房では、ガラス製品を作っているところを見学できるようになっています。

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 その作業場の隣りは展示・直売店になっています。 まあ、それこそ色々なものが雲霞の如く並んでいます。

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 でもやっぱり、「あっ、こんなものが家に飾ってあったらな〜」 と思うようなものはそれなりのいい値段ですし、それよりも、嵩張って、壊れ物で、重い物ですから、買ったとしても持って帰るのが大変です。

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 まあ何と言いますか、女性という人種は、こういうところをあれこれ、ブラリブラリとあてどなく見て歩くのが楽しいらしいんですなぁ〜

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 で、最後はお約束の休憩。 いえいえ、いいんですよ、銀婚式ですから。

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( オープン・テラスというより、単にお店の前の道路にテーブルとイスを並べたカフェで )


 ここの飛行場跡地は大変に広く、まだまだ使われていない土地がありますので、工房村の回りにはこんなものが沢山そのまま残っています。 私としては、こっちの散策の方が面白いんですが・・・・

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 次回は、この工房村の隣にある 「マルタ航空博物館」 です。
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2009年08月22日

マルタあれこれ(12) 海事博物館

 ここも私のブログならではこそ、ご紹介しなければならないところでしょう。 古都ビットリオーザにある 「海事博物館」 (Maritime Museum) です。

 場所は前回の衛星写真からのものに示してありますのでご参照ください。

 市街入口ゲート前から、市中に入らずに左手の坂道を海岸まで歩いて約5分です。 ヨット・ハーバーの海岸沿い道路に通じるゲートがあるところの建物ですので、すぐに判ります。

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 まずその前に。

 そのゲートの前の小さな広場に、ガイドブックにも紹介されている 「自由の像」 (Freedom Monument) というのがあります。 1979年に英軍がマルタから完全撤退する時に、今次大戦を共に戦った記念に作られたもので、英国水兵とマルタの船員が握手をし、その横で国旗を掲揚している4体の像からなります。

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 しかしこれ、飾られている場所も場所なら、像そのものも “何、これ?” という感じのものです。 折角作るならもう少しマシなものにならなかったのかと。 回りの景色の中に全く埋もれてしまっています。

 さて 「海事博物館」 ですが、ここは騎士団時代には兵器庫として、また今次大戦中は英軍のパン工場に使われていたそうですが、時計塔のある、なかなかドッシリした建物です。

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 ところが、例によって入口はどこ? というようになっておりまして ・・・・ これではとても前を通りがかった人が “ちょっと入ってみようか?” とはなりませんよねぇ。

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 入口奥の受付で入場料4.66ユーロ(640円) を払って中へ。

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 正面の階段を上がった2階が展示スペースになっています。

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 後で聞いたら、以前は一階の両側は昔の大きなボイラーなどが展示されていたそうですが、私が行った時には両側とも何か工事の最中でした。

 階段や階段を上がったところはなかなか雰囲気もよく、これは期待できるかも、と思ったのですが ・・・

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 ドアを抜けて展示室に入ったら ・・・・ ガ〜ン、何これ、く、暗〜い ・・・・ これではとても三脚無しにはまともな写真が撮れない ・・・・ orz

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マルタでも、今まで回ったところは確かに一般的に暗いのですが、それでもここは際だっています。

 もしかして、閉館まであと1時間もなく、しかも先客は誰〜れもいないので、既に館内の照明を落としている?

 ともかく、何枚かはまともな写真は残るかと思い、フラッシュを焚いたり焚かなかったり、フィルターを替えたり、カメラの撮影設定を色々変えたり、で駆け足で撮りまくるだけは撮りまくりました。

 が、結局、まともなものはほとんど無し(T_T) いくら私の腕が悪いからといって ・・・・

 皆様には、まあ何とかお見せできるものだけピックアップして、個々の説明抜きで駆け足に。

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( 部屋の仕切り壁の所を利用してこう言うものも作られています )

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( 他に誰〜もいない、暗〜いところで見ると ・・・・ )

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(近代・現代艦船の模型の写真はほぼ全滅 ・・・・ orz )

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 展示物は、古代から近代までの船や海事に関するものが多種多彩で、ゆっくり見て回れば貴重なものもあったのかもしれません。

 もっとも、中にはこんな冗談かと思うようなものも展示されていましたが (^_^;

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 しかし、いくら何でもこの暗さでは ・・・・ 広〜い館内で私一人しかおらず、少々薄気味悪かったのも確かです。

 歴史上数々の戦いがあった小さな島で、こんな展示物のある建物の中ですから、絶対にいますよね、霊が (^_^;

 まだ2/3ぐらいしか回っていないところで、“お〜い、大丈夫か〜?” っと館員さんが心配して見回りに来ました。 というより、どうも本音は “俺もそろそろ帰りたいんだけど” ということのようです。

 仕方なしに玄関を出たら、すぐに内側のガラス扉は中から鍵を掛けられてしまいました。 まだ正規の閉館時間まで15分もあるのに ・・・・

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 ここも後で通訳として仕事を手伝ってくれている日本人ガイドさん達に話したら、案の定 “一体何しにそんな所へ行ったの? 私なら日本人旅行者は絶対に連れて行かないところ。 だって後で入場料返せって言われるに決まっているから” とのこと。

 いえ、元船乗りだから、と返事をしたら、“フ〜ン、それでねぇ” と言ってまたまた変人を見る目つきをされました orz

★  ★  ★  ★  ★

 さて、ここビットリオーザには、私の2007年版のガイドブックには載っていませんが、最近もう一つの軍事関係博物館ができたようです。

 「戦時下のマルタ博物館」 (Malta at War Museum) というところです。 市街への入口ゲート前のところには看板も出ているのですが ・・・・ これも場所が判りませんでした (^_^;

 帰国後に調べてみたら、まさにその入口ゲート脇にあったようです。 残念!

 どんなところかは、次のURLのサイトなどでも紹介されていますので、ご参考までに。


 これも場所が判らなくてたどり着けなかったバレッタの 「ラスカリス戦争記念館」 の様な感じで、バレッタの方は司令部跡、こちらは庶民の避難場所跡、という棲み分けのようですが、果たしてどれだけの見学者を呼び込めるのか ・・・・?

 ただ、ここは入場料が7ユーロ(960円) もするようです。 他と比較しても、またマルタの一般的な物価からしても、かなり高い。
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2009年08月08日

マルタあれこれ(11) 古都ビットリオーザと聖アンジェロ砦

 午後も大部回りましたので、大急ぎでバレッタ前のバスターミナルからバスに乗って古都 「ビットリオーザ」 (Vottoriosa) へ向かいます。

 グランドハーバーを挟んでバレッタの対岸側は、このビットリオーザと、「セングレア」 (Senglea)、「コスピークワ」 (Cospicua) という古い3つの都市を併せて 「スリーシティー」 (Three Cities) と言われるところが観光の中心になります。

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( 元画像 : google Earth より )

 その中でも、ビットリオーザは、マルタ (聖ヨハネ) 騎士団が1522年にオスマン・トルコによってロードス島を放逐されてた後、1530年神聖ローマ帝国皇帝からマルタを与えられ、来島した時に最初に住み着いたところです。

 元々の地名は 「ビルグ」 (Birgu) といいますが、1565年のオスマン・トルコによる大包囲戦を勝ち抜いた時に、戦勝を記念して現在の名前になったそうです。

 このスリーシティーもガイドブックによると見所は沢山あるそうですが、取り敢えずビットリオーザだけを駆け足で回ることに。

 バレッタからの公営バスはビットリオーザ市街の中には入らず、市の入口前のターミナルまで。 ここからあとは歩きです。

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( 元画像 : google Earth より )

 市内への現在のメインの入口。 英国統治時代に車などが通れるように城壁を切り取り、橋を新たに作ったようです。

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 本来の市への入口。 ここから入って、更に石橋を渡った先に更に堡塁のゲートがあります。 現代ではとても社会活動上実用になるようなものではないことは一目瞭然。

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 新旧の入口から通じる石橋。 手前が本来のもので、奥が現在の常用のもの。

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 市街に入って道をまっすぐ行くとちょっとした広場に出ます。 「ビクトリア広場」 と言って、ガイドブックによると、この広場を起点にして街中を散策すると良い、と書かれていますが、この広場そのものは「こんなもの?」という、別にどうと言うことはない、単なる小さな広場です。

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 もっとも、復活祭などのお祭りの時には飾り付けやライトアップ、花火など大変に綺麗で、大勢の人が集まって混雑するそうですが。

 ビットリオーザもバレッタと同じで細長く小高い半島ですので、市街を縦に走る道は平坦ですが、左右に横切る道は急な坂道が多く、それも大体が階段です。

 バレッタとは異なって、こういう路地裏的風景が特徴です。 う〜ん、こう言うのも何となく気が休まっていいですね。

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 そして、先端の 「聖アンジェロ砦」 (Fort St. Angelo) に向かいます。

 市販のガイドブックには 「広場から真っ直ぐ街を突き抜けるように歩くと、・・・(中略)・・・小さな船溜まりがあり、その上のブリッジの先が」 と書かれています。

 ガイドブック内の写真や地図もそうなっています。

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( ともに市販のガイドブックから )

 そこで、広場から真っ直ぐ進むと・・・・??? 橋ってどう行くの? 道の突き当たりから右に折れてみますが・・・・やはり行けない?

 で、反対側に行って海岸沿いに出てみると・・・・!!!

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 橋が無くなってる!!!

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( 元画像 : google Earth より )

 この橋も砦へ車などが通れるように英国統治時代に造られたもののようですが、どうも2年前に砦を騎士団に返還した際に、これを撤去して元の姿に戻したようです。 凄いですね!

 現在では聖アンジェロ砦は、海岸沿いの道を先に進んだところにある砦本来のメイン・ゲートからしか入れないようです。

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 ここは平日の午前中しか公開されていないと聞いていましたので、せめてガイドブックにあるように石橋の先のゲートから覗き見だけでもと思っていたのですが・・・・残念!

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( 2007年版のガイドブックでは橋の上はこうなってるのに・・・・ )

 こんなことは、市販のガイドブックにもインターネットでも、どこにも書かれていません。 帰国してから Google Earth で確認して、“あ〜、やっぱりか!” と (^_^;

 しかたがないので、海岸沿いの道をバスターミナルまで戻ります。

 対岸のセングレアとに挟まれた 「ドックヤード・クリーク」 (Dockyard Creek) は豪華なヨットやボートの近代的な係留施設になっています。

 中にはこんな “超” が付く豪華なものも。

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 「お嬢さん、僕のこの船で冷たいものを飲みながら、ちょっとしたクルーズなど如何ですか?」・・・・な〜んて言って見たいものですねぇ (^_^)

 この程度の大きさのものになると、それこそもう雲霞の如く、です。

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 また、観光客にはこのような小さな船から “クリーク巡りはどう? 楽しいよ!” の声がかかります。 4〜5人だと一人数ユーロ程度だと思います。

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 この海岸沿いの道沿いにはオープン・カフェなども多く、ヨット・ハーバーを眺めながらノンビリした時を過ごすのも。 特に街や城壁がライトアップされる夕方が良いと聞きましが・・・・その頃にはもう帰るバスが無いんです。

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 最後に、ビットリオーザで見かけた猫ちゃん。 マルタで見かけた猫の内では、この子が最も貴公子然としていました。 なかなか気品があるでしょ?

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 余談ですが、この猫ちゃんの尻尾、なかなか良いでしょ? マルタ騎士団の騎士達の間でこれを切り取って兜の飾りにすることが流行ったため、遂にマルタの猫には尻尾が生えなくなってしまった、なんて言っていた人がいました。 でも、ちゃんとあるじゃないですか (^_^;

 次は、このビットリオーザにある 「海事博物館」 (Maritime Museum) です。
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2009年08月04日

マルタあれこれ(10) バレッタ散策−その他

 マルタの首都バレッタを私なりにご紹介してきましたが、最後に少し補足というか、付け足しを。

 バレッタでは、観光名所としてご紹介したところ以外に次のようなものがあるとされていますが、今回は時間の都合で回ることができませんでした。

国立美術館 (National Museum of Fine Arts)

  色々な展示物は勿論ですが、建物が元英国総督公邸だったところだとか。 その意味では見てみたかったです。


国立考古学博物館 (National Museum of Archaeology)

  先史時代の 「眠る女性像」 など面白いものが沢山あるようです。


マヌエル劇場 (Manuel Thaater)

  欧州で3番目に古い劇場で、4層のバルコニーを巡らせた大変豪華な作りと内装が見物だそうです。 家内と近くまで行ったのですが、遂に入口が判りませんでした(^_^;


グレートシージ(大包囲戦)体験 (Great Siege of Malta)

  1565年のオスマントルコによる大包囲戦をハイテク技術を用いたアトラクションで体験できるとされていますが・・・・


マルタ・エクスペリエンス (The Malta Experience)

  多分古都イムジーナで見たものと同じ様なものと思いますので、そちらでご紹介します。


 そして、私的に何よりも残念だったのは 『ラスカリス戦争記念館』 (Lascaris War Rooms)

 第2次大戦中に英軍が司令部として使ったところで、当時の状況を人形などを使って再現しています。 次のURLなどで紹介されていますのでご覧下さい。


 アッパー・バラッカ・ガーデンの下のラスカリス要塞にあるはずなので見に行ったのですが、道が判らず途中で断念。 大統領官邸警護の警察官にも地図を見せながら聞いたのですが・・・・

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( こんな谷底みたいなところ判るわけが )

 仕事を手伝ってくれた日本人のガイドさん達にも聞いたのですが、行ったことも見たこともないとアッサリ。 逆に 「何でそんなところへ行きたいの?」 と変人を見るような目で見られてしまいました (^_^;

 さて、バレッタ散策の最後として、こんな散歩道も。

 それは、バレッタへの入口であるシティー・ゲートの上。 車道が通っており、両脇に歩道もありますが、もちろん誰〜れもおりません。

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( 中央の五角形のものが 「聖ヨハネ堡塁」 緑の木々のところが 「ヘイスティング公園」)

 上からはバスターミナルや、その向こうに隣のフロリアーナ (Floriana) の街並みが。

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( バスターミナル 右の建物がホテル・フェニシア )

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 また反対側は広場からその奥のリパブリック通りが。 行き交う人々を見ながらノンビリ出来ます。

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 そして、グランドハーバー側とは反対側に歩くと、堡塁上沿いが 「ヘイスティング公園」 という公園になっています。 この公園の中をブラリブラリと歩いて行きますと、マルサイムシュットハーバーが見えてきます。

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 正面が同湾の中央にあるマヌエル島、その向こう、右側が観光客で賑わうスリーマ市街です。

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 マヌエル島の先端にある 「マヌエル砦」 (Fort Manoel) これまで長い間放置されて荒れ放題になっていましたが、現在ここにホテルを造る計画が進んでおり、既に整備工事も始まっているようです。

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 スリーマの更に右手側、湾口付近ではリゾートマンションなどの建設ラッシュが現在も続いています。 このスリーマ周辺は100年ほど前には小さな教会と数軒の漁師の家しか無かったそうです。

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 公園の先まで行くと、バレッタ市街の海岸沿いが望めます。 中央奥の尖塔が 「聖パウロ教会」、その右のドーム屋根が 「カーマライト教会」 です。

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 時間に余裕があれば家内とノンビリ散歩もできたのですが・・・・

 シティー・ゲート横の 「聖ヨハネ堡塁」 (St. John's Bastion) にある 「マルタ騎士団在マルタ大使館」 の入口です。 なかなか良い雰囲気ですね。

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 ローマに本部を置き、主権実体を有する国際組織として国連でも承認されているマルタ騎士団、正式名称は 「Sovereign Military Hospitaller Order of St. John of Jerusalem of Rhodes and of Malta」、日本語にすると 「ロードス及びマルタにおけるエルサレムの聖ヨハネ病院独立騎士修道会」 だそうですが、このように世界各国に在外公館を置いています。 残念ながら日本はマルタ騎士団を国として認めていないのでありませんが。

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 さて、バレッタはこれでお終い。 次に行きましょう。
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2009年07月29日

マルタあれこれ(9) グランドハーバー沿いの散歩道

 仕事のことを除くと、私的にマルタに関心があるのは、先にも書きましたようにグランドハーバーをじっくり見ることです。

 そこで、「国立戦争博物館」 を見た後は、来島予定の家内を案内するための “事前偵察” を兼ねて、このグランドハーバーをノンビリ見るための 「散歩道」 を探すことにしました。

 戦争博物館から一旦聖エルモ砦前に戻り、ここから海岸沿いの道を歩いてみることに。

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 聖エルモ砦前から 「リパブリック通り」 を反対方向に見たところですが、首都バレッタのメイン・ストリートと言いながら、ここまで来ると観光客どころか人の姿がほとんどありません。 静かなものです。

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 そして坂道を降りて行くと二階建ての、チョット見は倉庫のような大きな建物があります。 現在は 「地中海会議センター」 (Mediterranean Conference Center) として使われている元「施療院」 (Sacra Intermeria) (1) です。 即ち聖ヨハネ騎士団の病棟で、一般市民も療養させたとのこと。 ここも一般に公開されており、蝋人形などの当時についての展示物などがあるそうですが、残念ながら “パス”。

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 「施療院」 の左手はマルタ警察の 「警察学校」 (Police Academy) (2) です。 ここを入って左手に行くとそのまま聖エルモ砦の中に行けます。

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 少し先に行った道端から見たところ。 正面が 「戦勝記念塔」 (4)、その右が 「ロワー・バラッカ・ガーデン」 (Lower Barrakka Gardens) (3) です。 下には漁師村が。 首都とはいえ、こんなノンビリとした風景のあるところがマルタらしくて良いですね〜。

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 「戦勝記念塔」 です。 一応ゲートがありますが、誰でも入れます。 観光客は誰もおらず、小さな女の子がお母さんと一緒に遊んでいるだけ。

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 戦勝記念ベル (Siege Bell) 1940〜43年の枢軸軍による大包囲戦の戦勝記念として作られたとか。 鳴らしてみようかと思ったのですが、引き綱がどこにあるのか判りませんでした (^_^;

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 戦勝記念塔から聖エルモ砦を振り返ってみたところ。 まさに “黄色い岩だらけの島” そのものです。

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 その右手側の対岸、グランドハーバー入口の 「リカゾーリ砦」 (Fort Ricasoli) ここも非常に大きな砦ですが、非公開となっています。 この中で映画 「トロイ」 の、例の木馬を城内に引き入れるシーンが撮られたとか。

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 リカゾーリ砦の右手がビーギの元英軍病院跡。 大変大きな施設ですが、現在は一部が職業訓練学校として使われているだけとのこと。

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 戦勝記念塔から、隣接するロワー・バラッカ・ガーデン越しに見たグランドハーバーの湾奥、マルサ・クリーク (Marsa Creek)

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( ロワー・バラッカ・ガーデンは先にご紹介したアッパー・バラッカ・ガーデンと似たようなものですが、標高が低いのと、戦勝記念塔の方が海側にありますので、ここも “パス” 戦勝記念塔の方が眺めは良いです。)

 戦勝記念塔とロワー・バラッカ・ガーデンに両脇を挟まれた坂道を下っていくと、正面に対岸ビットリオーザの先端にある 「聖アンジェロ砦」 が見えます。

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 聖アンジェロ砦は、マルタ共和国がマルタ騎士団から借りていたものを2年程前に同騎士団に返却したそうです。

 未だに同騎士団が存在すると言うこと自体が驚きですが、それよりもマルタ共和国政府が借りていたこんな大きな砦を返したというのも驚きですね。

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 ここは現在平日の午前中のみ一般に公開されていると聞きましたが、訪れるチャンスはありませんでした。 ( この聖アンジェロ砦も含めた古都ビットリオーザについては、また後ほどに。)

 そのままグランドハーバーを眺めながら海岸沿いに歩いていきますと、結構所々でノンビリ釣りをしている人達を見かけます。 余り釣れてはいないようでしたので声を掛けるのは止めましたが (^_^;

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 そしてアッパー・バラッカ・ガーデンの下まで歩きます。 ここの感じもやっぱり “黄色い岩だらけの島” そのものです。

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( 右側中腹に並んで建つのが 「ブリティッシュ・ホテル」 と 「グランドハーバー・ホテル」 こぢんまりとした二つ星のホテルですが、ここもそれなりに良いところだと聞きました。 なによりも、部屋の窓からグランドハーバーが一望できます。)

 1863年の撮影とされるグランドハーバーに停泊する英海軍艦船とアッパー・バラッカ・ガーデン。 帆船の群れを除けば、この雰囲気そのままが今に残っています。 

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( 無断流用防止のため透かしを入れましたので少々見難い点はご容赦を )

 対岸は、左の聖アンジェロ砦と右の古都セングレア(Senglea) に挟まれたドックヤード・クリーク (Dockyard Creek) ヨット・ハーバーになっていて沢山のボートやヨットが係留されています。 中には超豪華な大型クルーザーもチラホラ。

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 ここまでの海岸沿いの道は、両脇に歩道がある幅10m近い広い道路ですが、人はおろか車さえもほとんど通りません。 と言っても、日曜日で、しかもシエスタ(昼寝)の時間帯でもあったんですが・・・・

 海岸沿いの道路を右手に折れて、ダラダラした坂道を登っていくと旧城門の一つ 「ビクトリア・ゲート」 (Victoria Gate) (5) です。

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 この門をくぐって左手の狭い坂道を登っていくと、先程の2つのホテルの前を通り、アッパー・バラッカ・ガーデンのところに出てきます。

 坂道の途中に続く木陰のある城壁沿いの道。 ここもノンビリ散歩には良さそうです。

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 細い坂道の後半は急な階段です。 その途中でこんな看板が出ている倉庫のような雰囲気の入口がありました。 う〜ん、ちょっと覗いてみたかったですねぇ (^_^)

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 もちろんバレッタの反対側にも同じように海岸沿いに散策できる道があります。 こちらは観光客でいつも大変賑わっているスリーマ (Slima) などを望みながらで、オープンカフェなども結構並んでいてそれなりに人通りも多い様です。

 私的にはノンビリ散歩を楽しむには観光客も滅多に通らないこのグランドハーバー側の海岸通りの方が好みです。 それに観光名所を回るのも良いですが、こういう散歩の方が本当にマルタらしさを味わえると思います。

 余談ですが、折角家内の来島に備えて仕事の合間に “事前偵察” までしたのですが、バレッタ散策での時間の余裕が無かったのと、それよりもなりよりも家内は坂道が大の苦手ですので、“幻のデートde散歩” となってしまいました (^_^;

 ところで、この “事前偵察” の日は 「シッコロ」 と呼ばれるアフリカからの南風が吹いており、朝方は雨、午前中はドンヨリとした曇り空で、午後からは晴れてきたもののモヤがかかっていました。

 お陰で、ご覧いただいたとおりどうも写真の発色がイマイチで、本当にマルタらしいカラッとした明るい雰囲気を十分に写せなかったのが残念です。

 なお、グランドハーバーについては、この後でもう一つの “目玉” をご紹介するつもりですので、お楽しみに。
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2009年07月25日

マルタあれこれ(8) 国立戦争博物館

 さて、これが出てこなければ桜と錨のブログとは言えないでしょう。 バレッタの 「聖エルモ砦」 の一角にある 「国立戦争博物館」 (National War Museum) です。

 この国立戦争博物館は先の聖エルモ砦一般見学者用ゲートから砦壁沿いに歩いて3分ほどのところにあります。

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( 元画像 : Google Earth より )

 ここはマルタの観光名所としては珍しくゲートの上に看板が掲げられていますので、すぐに判ります。 っと言っても、道沿いには他に何〜んにもありませんので間違いようがないのですが・・・・ (^_^;

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 ゲートから中に入った建物入り口の受付で見学チケットを購入します。 2.33ユーロ (約320円)、他のところに比べると極めて安いです。

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 戦争博物館とは言っても、展示されているのは第2次世界大戦におけるものがほとんどです。

 建物は元々英歩兵連隊の駐屯宿舎だったところをそのまま利用しています。 したがって中は大変狭く、かつ展示物をあれもこれもとドッサリ置いていますので、これら展示物の間をすり抜けるようにして見て歩くことになります。

 このため写真撮影はOK (もちろんフラッシュなしで) ですが、狭すぎて良いアングルを撮るための距離が取れずに苦労します。

 更に館内が大変に暗〜く、オマケにその照明が展示ケースのガラスに反射するため、なかなかよい写真が撮れません。

 しかも “事前偵察” の最中ですから、ここ以外にもまだまだ他に探して回らなければならない場所が沢山あります。 約30分位の本当の駆け足で、取り敢えずは写真だけをという感じになってしまいました。

 ということで、個々の展示物の説明は省略して、当日と同じく皆さんと共に駆け足で見ていくことにしましょう。

( もしもっと大きいサイズで掲載をご希望のものがありましたらお知らせ下さい。 考慮します。)

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 まだまだ沢山あるのですが、サーバーの容量の関係がありますのでこの辺で。

 本当は一つ一つの展示物をゆっくり見て、よい写真を撮りたかったのですが・・・・何とかもう一度と思いましたが、今回の滞在中にそのチャンスはありませんでした。 残念!
posted by 桜と錨 at 23:24| Comment(0) | TrackBack(0) | マルタあれこれ(完)

2009年07月19日

マルタあれこれ(7) 聖エルモ砦

 続いては、バレッタのメイン・ストリート 「リパブリック通り」 を真っ直ぐ突き抜けた、半島の先端に位置する 「聖エルモ砦」 (Fort St. Elmo) です。

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( 元画像 : Google Earth より )

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( ゲート前広場より見た陸側の聖エルモ砦 )

 ここには聖ヨハネ騎士団 (後のマルタ騎士団) がマルタに移住する前から小さな砦があったそうで、1565年のオスマン・トルコによるグレート・シージ (大包囲戦) の際には最終的に陥落してしまった悲劇の場所でもあります。

 その後騎士団が荒涼たる半島に現在のバレッタを構築する際に、この砦も大規模な改築が行われて現在の姿となり、その後は長く英軍の駐屯地として使われてきました。

 現在ここはマルタの警察学校となっています。 このためこの 「聖エルモ砦」 は、毎日曜日にのみ公開されており、平日及び土曜日は非公開です。

( 因みに、マルタ観光で一番困るのが、バレッタなど一箇所の中でも日曜日は休みのところと、逆に日曜日しか開いていないところがあることです。 したがって、結果的に1回(1日)のみでは見られないところが出てきます。 )

 そして、この日曜日に、月2〜3回程度は 「イン・ガーディア」 (In Guardia) というマルタ騎士団の当時の姿を再現したショーが行われます。

 また1ヶ月〜2ヶ月に1回程度は 「アラーム」 (Alarme) という1798年のナポレオン軍による占領から1800年の英軍による解放までを紹介するショーもあります。

 「イン・ガーディア」も「アラーム」も、共にその日の午前中に1回のみ、約50分の内容で砦内の隊舎広場で行われます。

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( パンフレット  中に英・独・仏・伊・露、そして日本語の簡単な説明があります )

 その他の日曜日には午前中のみ砦内のガイド・ツアーがあるようですが、こちらは見ておりませんので、内容は不明です。

 私が訪れた日は 「アラーム」 の日でした。 「アラーム」 は年間開催数も少ないので、マルタを訪れた日本人でもこれを見た人は、非常に少ないと思います。 ( そもそも聖エルモ砦まで行こうという人が少ないですから 。)

 非常に大きな砦ですが、一般公開用の入口は広い広場の先にある小さなゲートです。 ここから石橋を渡って砦の中に入ります。

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( 一般見学者用入口 )

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( 正面奥が入口から砦門に通じる石橋 )

 「アラーム」 及び 「イン・ガーディア」 の入場料は5ユーロ (約700円) です。

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 展示広場の周りにぐるりと見学用の椅子が並べられています。 午前11時開催ですので、10時半頃早めに入って見やすい良い場所を確保しようと思ったのですが、この時既に1/3程は先客がおりました。

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( ショーが行われる会場となる隊舎広場 )

 早い人は1時間以上前から待っているとのこと。 そして、11時の開催時までには団体さんも加わって、多くの立ち見が出来るほどでした。

 実は先にご紹介した 「騎士団長の館」 の 「武器庫」 をパスして先を急いだのは、このショーに間に合わせるためでした。

 それではショーの始まり、始まり!

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( 平和な日々を送っているマルタの人々 )

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( そこへ突如ナポレオン軍が侵攻してきます )

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( マルタ軍も果敢に抵抗をしますが・・・・ )

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( 多勢に無勢、圧倒的なナポレオン軍の前に・・・・ )

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( あえなくマルタは占領されます )

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( ナポレオン軍は飲めや歌え、やりたい放題で )

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( 抵抗・反抗するマルタ市民には容赦無い措置が )

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( っと、そこへ待ちに待った来援の英軍が到着 )

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( マルタ市民も立ち上がり )

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( 壮烈な戦いの末に )

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( 遂にナポレオン軍を追い出してマルタは解放され )

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( 元の平和な日々が戻りました めでたし、めでたし )

 と言うことらしいです・・・・多分・・・・そうだと・・・・思う・・・・ (^_^;

 内容は、写真でご覧いただく以上に、田舎のドサ回り劇団より遥かにレベルが低いものですが、まあ観光客相手のショーと考えれば、衣装なども含めこれはこれなりに楽しめます。 それにほとんど途絶えることなく次々と小銃や大砲の轟音が続きますので。

 後で聞いたら、出演者はここのマルタ警察学校の職員や一般市民のボランティアだそうです。

 ショーのある日はこのショーだけで、砦内のツアーはありません。 また、入口から隊舎広場まで以外は立入できません。 残念!

 しかたなく帰りかけたら、入口の石橋のところで出演者の一人が 「お前さん日本人かい?」 と声をかけてきました。 で、記念写真を。

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( 毎回出るのが楽しみだと言う市民ボランティアの一人 )

 余談ですが、マルタ滞在中、あちこちで何回となく 「日本人 (Japanese) か?」 とは聞かれましたが、「中国人 (Chinese) か?」 「朝鮮人 (Korean) か?」 とは一度も聞かれませんでした。

 マルタの人は余程の親日家なのか、それとも日本人しか知らないのか? はたまた、私の顔が余程典型的な日本人の顔をしているのか (^_^)
posted by 桜と錨 at 12:25| Comment(0) | TrackBack(0) | マルタあれこれ(完)

2009年07月17日

マルタあれこれ(6) 騎士団長の館

 バレッタでの一般的な観光において、これも外せないものの一つが 「騎士団長の館」 (Grand Master's Palace) でしょう。

 ここは1547年に立てられた、文字通り歴代マルタ騎士団 (聖ヨハネ騎士団) 団長の公邸だったところで、重要な会議や行事にも使われたとされています。

 現在は 大統領官邸 兼 国会議場 となっており、また外国来賓などの応接用にも使われているようです。

 したがって、一般に公開されているのはこの館のほんの一部ですが、それでも上記の行事などが行われる場合には (急遽) 休館となるようです。

 この 「騎士団長の館」 は、「聖ヨハネ大聖堂」 からリパブリック通りを更に100m程先のところで、左手が広い 「パレス広場」 となっており、その右手ですので判りやすいです。 でも見学者用の入口は大変にシンプルで、何の表示もありません。

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( 警備員さんと一緒に記念写真 )

 入口を入ったところに、「騎士団長の館」 の 「諸公室」 (State Rooms) と 「武器庫」 (Armoury) の2つの案内看板が。

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 元々は両方を1つのものとして公開していましたが、今は別々に公開しており、チケット (4.66ユーロ、約640円) もそれぞれです。 もちろん共通チケットもありますが、ちと高い。 確か6〜7ユーロぐらい。

 ずっと入った中庭の左手にチケット売場があります。

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( 緑豊かな中庭 )

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( 塔に飾られている時計は大変に凝ったものです )

 が、家内と行った時は 「騎士団長の館」 は休館でした。 ガ〜ン!! 何か公式行事をやっていたためなのでしょうか? あるいは木曜日は定休日だとも聞いたことがありますが・・・・?

 この点は、ガイドブックにもインターネット情報でもキチンと書かれていませんので、ハッキリ判りません。 不親切と言えば不親切。

 まあ家内としては、ともかくチケット売場までは行ったという記念で(^_^;

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 で、これで終わってしまっては私のブログになりません。 はい、ちゃんと “事前偵察” をして、しっかり写真も撮ってあります。

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( 騎士団の甲冑が並ぶ廊下の一つ )

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( 壁を覆う10枚の大きなタペストリーがある 「審議の間」 )

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( 緑のカーペットが敷かれた騎士団長の書斎 「騎士見習いの間」 )

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( 現在は国会議場として使われている 「最高審議の間」 )

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( 赤で彩られた 「大使の間」 )

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( 壁にグレートシージ (大包囲戦) を画いたフレスコ画のある元礼拝堂 )

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( フレスコ画の一枚 )

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( 公開されていない方の中庭の一つ )

 ただし、時間の都合で先を急ぐために 「武器庫」 の方はパスしました。 あとから考えると私的にはチト残念。 色々面白いものが展示されていたようです。

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posted by 桜と錨 at 23:44| Comment(0) | TrackBack(0) | マルタあれこれ(完)

2009年07月12日

マルタあれこれ(5) 聖ヨハネ大聖堂

 さて、バレッタ散策の次は、一般的な観光名所の一つ 「聖ヨハネ大聖堂」(St.John's Co-Cathedral) です。

 マルタ国内はもちろん、このバレッタ市内にも由緒ある教会は沢山ありますが、その中で最も有名なものの一つです。 折角マルタに来たのですから、せめてここぐらいは見ておくべきところとして、私も行ってきました。

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( 元画像 : Google Earth より )

 シティー・ゲートからメイン・ストリートのリパブリック通りを300mほど行った右手にあります。 ちょっとした木立の緑がある広場になっており、オープン・カフェもありますのですぐに判ります。

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( リパブリック通りから大聖堂正面を見たところ )

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( 大聖堂玄関からリパブリック通りを見たところ )

 しかし大聖堂という割には正面の飾りも質素で、両側の塔の上に鐘があることで “あっ、ここなのか” と。

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 ここは一般に公開されているのは平日で、土曜日は午前中のみ。 日曜日はミサなどのために観光客は入れません。

 で、家内と行ったのは平日でしたので、正面玄関から入ろうとしたら、リパクブッリク通り側のサイドにある受付へ行けとのこと。 まあ、言われてみればな〜るほど、そのとおりなのですが、その受付入口が判りにくいこと。

 ともかく受付で大聖堂と付属美術館共通チケットを購入 (大人一人5.82ユーロ =約800円) して中へ。 う〜ん、マルタの物価基準からすればかなり高い。

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 中にはいると、まあ何と言いますか “荘厳” という一言に尽きます。 私はクリスチャンではありませんし、宗教や西洋美術のことはよく判りませんが、そんな私でもここに入ると何か厳粛な気持ちになるから不思議ですね。

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 大聖堂の中は撮影OKですが、もちろんフラッシュはダメ。 正面の祭壇には補修のための足場が組まれていたのが残念です。

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 両サイドには4つずつの小さな礼拝堂が設けられていますが、これは出身地ごと8つの騎士団それぞれのためのものだそうです。 したがって、使われている言語もそれぞれになっています。

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 そして次女から “絶対にカラバッジョ(Caravaggio)の絵画を見てこい” とのことでしたので、家内と一緒になって探しましたら、その礼拝所の一つに彼の代表作の一つ 「聖ヒエロニムス」 が飾られていました。 しかし 「?」 ・・・・何となく迫力がない・・・・それに彼の最高傑作とされる 「聖ヨハネの斬首」 はどこ・・・・?

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 係員に訪ねたら、入口が半透明ビニールで覆われている所の中だとのこと。 えっ、あれって工事中じゃないの? 入ってもいいの・・・・? そうか、「シエスタ」(午睡) で作業する人達もお昼寝の時間なんだ、と勝手に解釈。 

 ビニール覆いをかき分けて中に入ると、ありましたありました、上の2つも含めた原画はここに。 ただしここは撮影禁止。 残念ですが、皆さんにはパンフレットから。

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( 市販のパンフレットより もちろん実物を間近で見るとすごい迫力です )

 家内はこれらの絵の実物を見ることが出来て感激の様子でしたが、宗教にも西洋美術にも不案内な私としては、「聖ヨハネ大聖堂」 について皆さんにご紹介できるのはここまで、取り敢えずはバレッタの観光名所の一つとしてご紹介を。

 知ったか振りをして、ガイドブックからの抜き書きを私のブログで連ねても意味はありませんので。

 余談ですが、家内を案内するために “事前偵察” でバレッタに来た時は日曜日でしたので、この 「聖ヨハネ大聖堂」 は一般公開をしておりませんでした。

 しかし正面玄関より人が出入りしておりましたので、私も何気なく入って見ましたら、まさにミサの最中でした。

 玄関を入ったところで、帽子を脱いで、カメラのレンズにキャップをしてから見入ったところ、警備員さんが 「立入禁止だけども、そこの柵から中へ入らなければ良いよ」 と言ってくれました。

 私と同じように知らずに入ってきた他の観光客風の人は全て追い出されていましたが・・・・お陰で始めて本当のミサというものを見ることができました。

 ついでに途中で私も知っている賛美歌が出てきましたので、一緒に歌ってしまいました、もちろん日本語で (^_^) パイプオルガンの響もなかなかでした。 この時の警備員さんに感謝!

 ところで、この大聖堂へ来る途中のリパブリック通りにマクドナルドのお店がありました。 周囲の景観を損ねない、極めてシンプルな店構えです。 この辺は流石ですね。 もっとも店内はごく普通のマックの内装ですが (^_^;

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 次回は、大聖堂のすぐ近くにある、これも有名な 「騎士団長の館」 の予定です。
posted by 桜と錨 at 16:03| Comment(0) | TrackBack(0) | マルタあれこれ(完)