2009年06月28日

マルタあれこれ (序)

既にここでもお知らせいたしましたが、去る5月14日(木)成田発、6月7日(日)成田着で約4週間弱の間、マルタに行ってきました。

マルタではほとんどの日が1日14〜16時間の仕事という超ハードスケジュールでしたが、それでも途中と最後には少しばかりの自由時間も取れました。

また、6月2日から6日の間には古女房を銀婚式を兼ねて呼び寄せまして、久々に(始めて?)夫婦二人だけの水入らずの時間も持つことができました。 (残念ながらチケットの都合で、帰りの航空便は別々となってしまいましたが)

そこで、これから暇を見つけては写真の整理をしながら、時折マルタでのことをあれこれ思いつくままに綴ってみたいと思っています。 前回の台湾訪問記のように日にち順にしますと、ほとんどの日が仕事以外では空欄になってしまいますので、今回はある程度テーマごとに。

ご存じのとおり、マルタと言いますと、その最大のマルタ島でさえ淡路島の1/2の大きさしかないにも関わらず、まさに地中海中心部の要衝に位置しており、このため古くから海上交通の中継点として繁栄したのを始め、「マルタ騎士団」 の名で代表されるように歴史的にも大変深いものがあるところです。 また最近ではヨーロッパ人のリゾート地としても有名なところとなっています。

特に後者では、マルタ共和国もEU加盟国ですので、EU内からは出入国審査も長期滞在ビザの必要もありませんし、今では通貨もマルタ・リラからユーロに完全に切り替わっていますので、彼らにしてみればまさに国内旅行気分で気軽に行けるところです。

ただし日本にとっては、最近は少しずつですが観光客も増え、その名前も一般に知られるようになりましたが、それでも非常に遠いですし航空機の直行便もないこともあって、各旅行会社の日本からのパック・ツアーは、2月のカーニバルに合わせたものなどごく少数か、イタリア旅行などとの抱き合わせがほとんどという状況です。

これからの連載が、何某か皆さんのご参考になればと思っています。

ただし、かなり飛び飛びのUPになるかと ・・・・・

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(何はともあれ先ずはマルタの代表的地ビール 「チスク」、なかなか旨いです。)

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2009年06月29日

マルタあれこれ(1)

先ずはマルタへの往復のことからお話しします。

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(ロシア(旧ソ連)の上空を通って。 一昔前なら・・・・)

現在のところ (今後も?) 日本からマルタへの定期直行便はありません。 成田からですとほとんどが欧州経由になりますが、関空からのエミレイツ航空利用ですと中東のドバイ経由というのもあります。 それ以外では日本からソウル〜欧州〜マルタという手もありますが ・・・・

エミレイツ航空ですと、ドバイ〜マルタの乗り継ぎ便も同航空のがありますし、何しろ機内サービスはとても良い様です。 ただし、まず羽田〜関空の余計なフライトがありますし、またドバイ〜マルタはキプロスで給油がありますので、少々余分な時間がかかるのが難点ですが。 今回は女房の行き帰りはこれでした。

私は往路、復路共に成田〜フランクフルト間が全日空 (ルフトハンザとの共同運航便)、フランクフルト〜マルタ間がマルタ国営航空 (Air Malta) でした。

成田〜フランクフルト間の飛行時間は、往路が約12時間、復路が約11時間です。 エコノミーですとちょっとキツイですが、それはそこ貧乏人で、ビジネスクラス、ましてやファーストクラスなどとても乗れませんので、ただひたすらガマン我慢 ・・・・ (^_^;

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(あ〜、まだまだ着かない〜)

フランクフルト〜マルタ間は約3時間ですし、それにエアー・マルタという物珍しい航空便であることもあって、これはエコノミーでもなんとか。
 
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(赤い尾翼に騎士団の紋章)

で、往路はフランクフルトでの乗り継ぎ便が、通常の2時間待ちのものが取れず一便後のものに。 このためフランクフルトでの待ち時間が6時間にも。

これには少々困りました。 何しろフランクフルトの空港ターミナルはドイツ人の気性を現しているのか、機能一点張りのような設備になっており、レストランなど時間を潰すところがほとんど無く、かつターミナル内の待合い用の椅子の数がすごく少ないのです。 (本当はよく探せばもっと沢山あったのかも ・・・・?)

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しかしこれにガックリしてはならじと、ターミナル内でただ一つだけ見つけた飲食コーナーに席を確保し、何はともあれドイツに来た以上はドイツ・ビールとドイツ・ソーセージを。

もちろん、ウェイターさんにメニューを指さしながら日本語で 「これこれ!」 と注文したことは言うまでもありません。

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う〜ん、ビールは日本の方が美味い? ソーセージは日本のどこのスーパーにもある 「シャウエッセン」 と同じ味? 付け合わせ (?) のポテトはマヨネーズ和えのベチャベチャで量だけはやたらと多い(^_^;

これで11.5ユーロ (約1600円) は少々ボッタクリの様な気が? まあ、日本の空港内にあるレストランの “高かろう不味かろう” よりはまだましですが。

( 余談ですが、6月7日(日)の15時に成田に先に帰国した私めは、その足で重い荷物を引き摺りながら、関空経由で20時半頃羽田に着く女房を “優しくも” 出迎えに行きました。 この羽田での待ち時間の間に、久しぶりに日本食をと到着ターミナル内にある 「東〇ラーメン」 なるものを食べたのですが、帰国早々こんな不味いものは他には無いのではと思うくらい後悔させられました ・・・・orz )


この経由地のフランクフルトでは、自分の不勉強さを痛感させられた次第。 それはEUへの出入国です。

始めはフランクフルトでの入国審査で、「何故経由地のドイツで入国審査があるの? そのまま乗り継ぎカウンターへ行けば良いのでは?」 とまず疑問に。

次いで、深夜2時にマルタ国際空港に着いた時。 暗〜い駐機場にタラップで降ろされて、明かりもほとんどないところを所々に立つ地上員の振るケミカルライトに誘導されてトボトボとターミナルまで歩かされました。 え〜、これがマルタ唯一の “国際空港” なの〜? っと思いながら。

そしてまた誰〜もいないターミナル内をトボトボ歩いて荷物受取場へ行き、自動的に流れて来るスーツケースを受け取ったらそれでお終い。 えっ! マルタ共和国への入国審査と税関は?

ここでやっと気が付きました。 EU域内は最初の到着地での入国審査のみ。 一旦入ってしまえば、EU内の他国へは国内旅行と同じで出入国審査も税関も無しだと言うことに。

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(左が私のパスポートのビザ欄、右が女房のそれ)

したがって、私は往復ともフランクフルト経由でしたので、パスポートにはフランクフルトでの5月14日の入国と6月6日の出国のスタンプのみ。 後はEU内どこへ行ったかの記録は何もありません。

一方で、往復ともドバイ経由だった女房のパスポートにはマルタの出入国スタンプが。 “EU” とは、日本とその周辺国の間では到底考えられない、ある意味面白いと言えば面白いシステムです。

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2009年07月01日

マルタあれこれ (2) マルタの飛行場

(1)で “マルタ唯一の国際空港” と書きましたが、実はマルタには現在のところ飛行場は一つしかありません。 (あとはゴゾ島にあるヘリポートだけです。)

それが「マルタ国際空港」(Malta International Airport) です。 元々の飛行場名をとって、現地では一般的に 「ルア空港」(Luqa Airport) と呼ばれています。 (マルタ語では 「q」 は発音しませんので 「Luqa」 は 「ルア」 となるそうです。)

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( 元画像 : Google Earth より )

マルタ国際空港は、英軍のルア飛行場(Luqa Airfield) を軍民共用としたことに始まり、英軍完全撤退後の1977年にジェット機時代に対応すべく拡張し、現在の3千5百m級滑走路と綺麗な新旅客ターミナルを有する形になったのは1992年のことです。

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( 現在のマルタ国際空港  Google Earth より )

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( 市販の観光マップより )

昨年度の実績で、年間310万人の乗降客、2万7千便の離発着だそうで、観光地として季節によりかなりの変動があるものの、平均で一日に8千5百人、74便と言うことになります。 全国土で淡路島の2/3程度の面積しかない離島の小国家にしては、これはなかなかと言うところでしょうか。

・・・・ で、ここで終わってしまっては私のブログらしくないので、ついでにもう少し。

第2次大戦において、マルタは独・伊軍にとって北アフリカへの海上・航空輸送に対する、まさに目の上のタンコブのような存在で、このため英空軍との間で猛烈な航空戦が行われたことは皆さんご存じのとおりです。

第2次大戦時には、ここマルタには5つの英軍飛行場 (航空基地) がありました。 これに加えて、ゴゾ島に緊急着陸用滑走路としての補助飛行場、そしてマルタ島南部の港町カラフラーナ(Kalafrana) には水上機基地があったとされています。

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( 元画像 : Google Earth より )


1.ルア飛行場 (Luqa Airfield)

現在のマルタ国際空港の母体となった飛行場で、1940年に英空軍が開設したのが始まりです。 その後現在に至るまで拡張が繰り返されてきましたが、現在の2本の主滑走路が交叉する区域が元々の飛行場だったところです。

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( 現在のルア飛行場跡  Google Earth より )

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( 市販の観光マップより )


2.サーフィ飛行場 (Safi Airfield)

1940〜43年に英空軍が使用したものですが、現在のマルタ国際空港の主滑走路が延長された際に、この飛行場の敷地が組み込まれてしまったため、滑走路跡などは無くなってしまいました。 しかし格納庫や管理地区などは残されており、ここは現在でもマルタ国軍の航空隊などが使用しています。

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( 現在のサーフィ飛行場跡  Google Earth より )

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( 市販の観光マップより )


3.ハルファール飛行場 (Hal-Far Airfield)

1923年にマルタで最初に恒久的飛行場として作られたところで、英海軍が使用していました。 大戦後に一時期英空軍が使用しましたが、1967年に閉鎖されています。 現在でも2本の滑走路跡及び管制塔・格納庫などの施設の大部分が残されていますが、敷地全体が工場地区などになっているため、次第に消えていく日もそう遠くないと思います。

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( 現在のハルファール飛行場跡  Google Earth より )

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( 市販の観光マップより )


4.ターリ飛行場 (Ta' Qali Airfield)

1940年に開設された英空軍最初の飛行場ですが、1968年に閉鎖され、現在は一帯が国立公園となり、国立競技場などの施設も整備されてきています。 ただ、滑走路跡は現在でもまだ一部は残っていますし、敷地の一部はカマボコ兵舎などがそのまま利用された 「ターリ工房村」(Ta' Qali Crafts Village) となっております。 また、競技場近くには小規模ながらも 「マルタ航空博物館」(Malta Aviation Museum) が出来ています。

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( 現在のターリ飛行場跡  Google Earth より )

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( 市販の観光マップより )

この 「ターリ工房村」 と 「マルタ航空博物館」 についてはまた後で。


5.レンディ飛行場 (Qrendi Airfield)

大戦中の1940〜43年に飛行場として整備され、交叉する長短2本の滑走路があったとされていますが、戦後は飛行場として使用されることはなく、敷地は農業用地として貸し出されるなどしています。 現在では滑走路や施設などごく一部が残っているようですが、全体像は道路や区画割りなどから僅かにその様子が窺われるに過ぎません。

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( 現在のレンディ飛行場跡  Google Earth より )

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( 市販の観光マップより )


6.シェウキーヤ補助飛行場 (Xewkiya Airstrip)

現在はマルタ島〜ゴゾ島間の空の輸送を担う大型ヘリのヘリポートとなっています。 2本の交叉する滑走路があったとされていますが、当時の詳細は不明です。

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( シェウキーヤ補助飛行場跡、現在のゴゾ・ヘリポート  Google Earth より )

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( 市販の観光マップより )


7.カラフラーナ水上機基地 (Kalafrana Seaplane Station)

1917年に英海軍が水上機基地として開設したもので、1946年頃まで使用されたとされていますが、現在はコンテナ・ヤードや石油貯タンク群などを有する近代的な港湾施設に生まれ変わっており、場所も含めた当時の詳細は判りません。

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( 現在のカラフラーナ港  Google Earth より )

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( 市販の観光マップより )

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2009年07月06日

マルタあれこれ (3) バレッタ散策

マルタに来たならば、何はさておいても誰でもまず一番に訪れるのが首都バレッタ (Valletta) でしょう。

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( Google Earth より )

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( Google Map より )


1565年のオスマントルコによるグレートシージ (大包囲戦) を勝ち抜いたマルタ騎士団が、来るべき次の戦い備えて新たな城塞都市作りをして、来島以来の本拠地であったスリーシティから移り住んだのがこのバレッタです。

それまでここは、先端に悲劇の砦 「聖エルモ砦」(Fort St. Elmo) を有するだけの、文字通り岩だらけの荒涼たる半島に過ぎなかったと言われています。

現在でも16世紀後半〜18世紀にかけて順次造営されてきた当時の姿をそのまま残し、市全体がユネスコの 「世界文化遺産」 に指定されています。

このバレッタの散策は、普通はシティー・ゲート前のバスターミナルから始まります。 と言いますのも、バレッタ市内のホテル (三つ星以下しかない) にでも泊まらない限り、それぞれのところからバスで来て、ここで降りるからです。

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( 元画像 : Google Earthより )

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マルタでの移動は、観光でもこのバスを利用するのが一般的で、かつ安くて便利です。 と言うより、車社会のマルタでは、バスを利用するのはほとんどがマイカーを持たない貧乏人か観光客なんですが ・・・・

黄色い車体が目印のこのバス、宮崎駿の 『となりのトトロ』 の 「ネコバス」 のモデルになったと言われています。 このバスについては、また後の別項でお話しします。

このバスターミナル横の広場では、毎週日曜日にサンデー・マーケットが開かれます。 土産物、古本、衣類、家具、道具類、骨董品などや、それこそ家で要らなくなったガラクタまで、ありとあらゆるものが並んでいます。

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( サンデー・マーケット この時は雨上がりの直後であまり活気はありませんでした )

石橋を渡った先にあるのが要塞都市バレッタの表玄関、「シティー・ゲート」 です。 現在は極めてシンプルですが、元来はもっと装飾があったとのこと。 ここは車は通れません。 人と馬車のみです。

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( シティー・ゲート正面 )

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( シティー・ゲート(左側)への石橋 )

シティー・ゲートや市内の要所、あるいは古都イムディーナ (Mdina) などの観光地では、この観光用の馬車 「カロッチン」 が客待ちをしています。 2〜4人乗りで、結構欧米人の観光客が乗っているのを見かけましたが、私は乗る機会がありませんでした。 今回のように本当に駆け足で回らなくてはならない時ではなく、もっとゆっくりノンビリと時間が持てる時にでもないと、勿体ないですから。

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シティー・ゲートを入るとちょっとした広場になっています。 最初に訪れた時にはここでクラシック・カーの展示をやっていました。

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( 広場の正面奥がバレッタのメイン・ストリート 「リパブリック通り」 )

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このゲート裏広場の正面が、バレッタのメイン・ストリートである 「リパブリック通り」 で、真っ直ぐ先端の聖エルモ砦まで続いています。 平日でも土日でもそこそこ観光客などで賑やかです。

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しかしマルタ観光の中心地バレッタでも、人通りが多いのはこのメイン・ストリートだけで、一つ横道に入るとどこもかしこもガランとしています。

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本来ですと、メイン・ストリートよりは、こういった通りをノンビリ歩いて散策する方が古都バレッタ巡りらしくていい、と私は思うのですが ・・・・ 何しろ時間が ・・・・

さて、シティー・ゲートを入ったところで、次回からは幾つかバレッタ市内の有名箇所をご紹介したいと思いますが、何しろ見るべき所は多く、かつたった3〜4時間での駆け足でしたので、それはそこ、私の好みで選んで見てきたところを。

posted by 桜と錨 at 17:10| Comment(0) | TrackBack(0) | マルタあれこれ(完)

2009年07月08日

マルタあれこれ (4) アッパー・バラッカ・ガーデン

私にとってマルタとは、有る意味 “ = グランドハーバー” でもあります。 ここを存分に見なくて、何をしに遠路遙々ここまで来たのかと。

そしてそのグランドハーバーを眺める場所として最も有名なところが 「アッパー・バラッカ・ガーデン」 (Upper Barrakka Garden) です。 ここはバレッタのシティー・ゲートからすぐ、歩いて5分もかかりません。

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( 元画像 : Google Earth より )

しかしこのたった5分足らずの道の途中には、幾つか押さえて置かなければならない場所もあります。

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( 元画像 : Google Earth より )

まず最初が、シティー・ゲートをくぐった広場の右脇に廃墟がそのままになっていますが、「ロイヤルオペラ劇場」 の跡 (1) です。 大戦時にドイツ軍の空襲で破壊されたものですが、元々は大変素晴らしい建物だったようです。

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( 広場側からの正面玄関跡 )

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( サイドの壁の残骸 非常に荘重な作りであったことが偲ばれます )

バレッタ市内は全域が空襲で相当な被害を受けておりますが、何故ここだけが再建されないのか判りません。 現在では駐車場や催し物の展示会場に使われているようです。

そのオペラ劇場跡を右折して真っ直ぐ行くと、すぐにまた広場に出ます。 左側に玄関両脇に大砲を据えた建物がありますが、これが現在の 「首相官邸」 (2) です。 元々は8つあるマルタ騎士団の内のポルトガル騎士団のオーベルジュ (宿舎) だったそうです。

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( 元々の名前は “Auberge de Castille Leon et Portugal” と言うらしいです )

まあ、当然ながら記念写真を。

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この首相官邸とオペラ劇場の中間、道を挟んで右にあるのがバレッタで最初に作られたとされる 「勝利の聖母教会」、左側が 「聖カテリーヌ教会」 ですが、両方とも時間の関係で今回はパス。

意外と観光客には知られていなくて、面白い (もちろん私的に) のが (3) の 「聖ジェームス堡塁」 です。 何が面白いかって? この堡塁、中がくり抜かれていまして、ここが現在では何層にも別れた様々な現代アートのアトリエのようになっており、エレベーターまで付いています。 入場無料でした。

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( 堡塁の入口 右側がレストランや映画館への通用口 )

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( 入口を入ったところの内部階段 なかなか良い雰囲気 )

私が訪れた時には一番下の階でマルタ警察の写真展をやっていました。 もちろん案内人はイケメンの警察官達。 そして、この堡塁の中にはレストランや映画館もありました。

そして 「首相官邸」 の先が目指す 「アッパー・バラッカ・ガーデン」 です。 ここも入場料などは要りません、タダ。

ゲートを入った庭園の先のテラスから、眼下にグランドハーバーが一望の下に見渡せます。

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( 左奥のゲートが入口です )

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( “ガーデン” というからにはもちろん庭園になっています )

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( この外側が展望用のテラスになっています )

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( 最初に行った時はちょっと天気が悪かったためか、ほどんど貸し切り状態 )

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( 海上から見上げたアッパーバラッカガーデン (正面最上段)
その下が礼砲台で、写真では左に午砲の白煙の名残りが )

左手には、左側 「聖エルモ砦」 と右側対岸の 「リカゾーリ砦」 (Fort Ricasoli) に挟まれたグランドハーバー湾口

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( 左から 「聖エルモ砦」 − (湾口) − 「リカゾーリ砦」 − カルカーラ及びビーギ )

正面対岸には、「スリー・シティ」 (Three Cities) と呼ばれるセングレア (Senglea)、ビットリオーザ (Vittoriosa)、コスピークワ(Cospicua)や、カルカーラ(Kalkara)、ビーギ(Bighi)などの古い街並み

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( 左がビーギ、右がビットリオーザの 「聖アンジェロ砦」、その間がカルカーラ・クリーク )

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( 左が 「聖アンジェロ砦」 とビットリオーザの街並み、
右端がセングレア、その間がドックヤード・クリーク )

右手には、マルサ (Marsa) の湾奥が続きます。

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( 左からセングレア、フレンチ・クリーク、マルタ造船所、右奥にマルサ・クリーク )

う〜ん、“これがマルタだ” という実感が湧きます。 いいですね〜

ここでも当然ながら記念写真を。 なにせ銀婚式ですから V(^_^)

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そして意外と狙い目なのが、このガーデン内にあるオープン・カフェ。

地中海の強い日差しの中、パラソルの下の椅子に座って、そよ風に吹かれながらの冷たい一杯。 た〜まりませ〜ん。 散策途中の一休みなら、サンドイッチを摘んでの休憩として最高です。

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( 真ん中のカメラを持った人物は無視してください )

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( 当然ならがビールは 「チスク」 これが合うんです )

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2009年07月12日

マルタあれこれ(5) 聖ヨハネ大聖堂

さて、バレッタ散策の次は、一般的な観光名所の一つ 「聖ヨハネ大聖堂」(St.John's Co-Cathedral) です。

マルタ国内はもちろん、このバレッタ市内にも由緒ある教会は沢山ありますが、その中で最も有名なものの一つです。 折角マルタに来たのですから、せめてここぐらいは見ておくべきところとして、私も行ってきました。

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( 元画像 : Google Earth より )

シティー・ゲートからメイン・ストリートのリパブリック通りを300mほど行った右手にあります。 ちょっとした木立の緑がある広場になっており、オープン・カフェもありますのですぐに判ります。

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( リパブリック通りから大聖堂正面を見たところ )

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( 大聖堂玄関からリパブリック通りを見たところ )

しかし大聖堂という割には正面の飾りも質素で、両側の塔の上に鐘があることで “あっ、ここなのか” と。

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ここは一般に公開されているのは平日で、土曜日は午前中のみ。 日曜日はミサなどのために観光客は入れません。

で、家内と行ったのは平日でしたので、正面玄関から入ろうとしたら、リパクブッリク通り側のサイドにある受付へ行けとのこと。 まあ、言われてみればな〜るほど、そのとおりなのですが、その受付入口が判りにくいこと。

ともかく受付で大聖堂と付属美術館共通チケットを購入 (大人一人5.82ユーロ =約800円) して中へ。 う〜ん、マルタの物価基準からすればかなり高い。

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中にはいると、まあ何と言いますか “荘厳” という一言に尽きます。 私はクリスチャンではありませんし、宗教や西洋美術のことはよく判りませんが、そんな私でもここに入ると何か厳粛な気持ちになるから不思議ですね。

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大聖堂の中は撮影OKですが、もちろんフラッシュはダメ。 正面の祭壇には補修のための足場が組まれていたのが残念です。

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両サイドには4つずつの小さな礼拝堂が設けられていますが、これは出身地ごと8つの騎士団それぞれのためのものだそうです。 したがって、使われている言語もそれぞれになっています。

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そして次女から “絶対にカラバッジョ(Caravaggio)の絵画を見てこい” とのことでしたので、家内と一緒になって探しましたら、その礼拝所の一つに彼の代表作の一つ 「聖ヒエロニムス」 が飾られていました。 しかし 「?」 ・・・・ 何となく迫力がない ・・・・ それに彼の最高傑作とされる 「聖ヨハネの斬首」 はどこ ・・・・ ?

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係員に訪ねたら、入口が半透明ビニールで覆われている所の中だとのこと。 えっ、あれって工事中じゃないの? 入ってもいいの ・・・・ ? そうか、「シエスタ」(午睡) で作業する人達もお昼寝の時間なんだ、と勝手に解釈。 

ビニール覆いをかき分けて中に入ると、ありましたありました、上の2つも含めた原画はここに。 ただしここは撮影禁止。 残念ですが、皆さんにはパンフレットから。

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( 市販のパンフレットより もちろん実物を間近で見るとすごい迫力です )

家内はこれらの絵の実物を見ることが出来て感激の様子でしたが、宗教にも西洋美術にも不案内な私としては、「聖ヨハネ大聖堂」 について皆さんにご紹介できるのはここまで、取り敢えずはバレッタの観光名所の一つとしてご紹介を。

知ったか振りをして、ガイドブックからの抜き書きを私のブログで連ねても意味はありませんので。


余談ですが、家内を案内するために “事前偵察” でバレッタに来た時は日曜日でしたので、この 「聖ヨハネ大聖堂」 は一般公開をしておりませんでした。

しかし正面玄関より人が出入りしておりましたので、私も何気なく入って見ましたら、まさにミサの最中でした。

玄関を入ったところで、帽子を脱いで、カメラのレンズにキャップをしたところ、それを見ていた警備員さんが 「立入禁止だけども、そこの柵から中へ入らなければ良いよ」 と言ってくれました。

私と同じように知らずに入ってきた他の観光客風の人は全て追い出されていましたが ・・・・ お陰で始めて本当のミサというものを見ることができました。

ついでに途中で私も知っている賛美歌が出てきましたので、一緒に歌ってしまいました、もちろん日本語で (^_^) パイプオルガンの響もなかなかでした。 この時の警備員さんに感謝!

ところで、この大聖堂へ来る途中のリパブリック通りにマクドナルドのお店がありました。 周囲の景観を損ねない、極めてシンプルな店構えです。 この辺は流石ですね。 もっとも店内はごく普通のマックの内装ですが (^_^;

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次回は、大聖堂のすぐ近くにある、これも有名な 「騎士団長の館」 の予定です。

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2009年07月17日

マルタあれこれ (6) 騎士団長の館

バレッタでの一般的な観光において、これも外せないものの一つが 「騎士団長の館」 (Grand Master's Palace) でしょう。

ここは1547年に立てられた、文字通り歴代マルタ騎士団 (聖ヨハネ騎士団) 団長の公邸だったところで、重要な会議や行事にも使われたとされています。

現在は 大統領官邸 兼 国会議場 となっており、また外国来賓などの応接用にも使われているようです。

したがって、一般に公開されているのはこの館のほんの一部ですが、それでも上記の行事などが行われる場合には (急遽) 休館となるようです。

この 「騎士団長の館」 は、「聖ヨハネ大聖堂」 からリパブリック通りを更に100m程先のところで、左手が広い 「パレス広場」 となっており、その右手ですので判りやすいです。 でも見学者用の入口は大変にシンプルで、何の表示もありません。

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( 警備員さんと一緒に記念写真 )

入口を入ったところに、「騎士団長の館」 の 「諸公室」 (State Rooms) と 「武器庫」 (Armoury) の2つの案内看板が。

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元々は両方を1つのものとして公開していましたが、今は別々に公開しており、チケット (4.66ユーロ、約640円) もそれぞれです。 もちろん共通チケットもありますが、ちと高い。 確か6〜7ユーロぐらい。

ずっと入った中庭の左手にチケット売場があります。

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( 緑豊かな中庭 )

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( 塔に飾られている時計は大変に凝ったものです )

が、家内と行った時は 「騎士団長の館」 は休館でした。 ガ〜ン!! 何か公式行事をやっていたためなのでしょうか? あるいは木曜日は定休日だとも聞いたような ・・・・?

 この点は、ガイドブックにもインターネット情報でもキチンと書かれていませんので、ハッキリ判りません。 不親切と言えば不親切。

 まあ家内としては、ともかくチケット売場までは行ったという記念で(^_^;

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 で、これで終わってしまっては私のブログになりません。 はい、ちゃんと “事前偵察” をして、しっかり写真も撮ってあります。

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( 騎士団の甲冑が並ぶ廊下の一つ )

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( 壁を覆う10枚の大きなタペストリーがある 「審議の間」 )

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( 緑のカーペットが敷かれた騎士団長の書斎 「騎士見習いの間」 )

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( 現在は国会議場として使われている 「最高審議の間」 )

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( 赤で彩られた 「大使の間」 )

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( 壁にグレートシージ (大包囲戦) を画いたフレスコ画のある元礼拝堂 )

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( フレスコ画の一枚 )

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( 公開されていない方の中庭の一つ )

ただし、時間の都合で先を急ぐために 「武器庫」 の方はパスしました。 あとから考えると私的にはチト残念。 色々面白いものが展示されていたようです。

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2009年07月19日

マルタあれこれ (7) 聖エルモ砦

続いては、バレッタのメイン・ストリート 「リパブリック通り」 を真っ直ぐ突き抜けた、半島の先端に位置する 「聖エルモ砦」 (Fort St. Elmo) です。

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( 元画像 : Google Earth より )

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( ゲート前広場より見た陸側の聖エルモ砦 )

ここには聖ヨハネ騎士団 (後のマルタ騎士団) がマルタに移住する前から小さな砦があったそうで、1565年のオスマン・トルコによるグレート・シージ (大包囲戦) の際には最終的に陥落してしまった悲劇の場所でもあります。

その後騎士団が荒涼たる半島に現在のバレッタを構築する際に、この砦も大規模な改築が行われて現在の姿となり、その後は長く英軍の駐屯地として使われてきました。

現在ここはマルタの警察学校となっています。 このためこの 「聖エルモ砦」 は、毎日曜日にのみ公開されており、平日及び土曜日は非公開です。

( 因みに、マルタ観光で一番困るのが、バレッタなど一箇所の中でも日曜日は休みのところと、逆に日曜日しか開いていないところがあることです。 したがって、結果的に1回 (1日) のみでは見られないところが出てきます。 )

そして、この日曜日に、月2〜3回程度は 「イン・ガーディア」 (In Guardia) というマルタ騎士団の当時の姿を再現したショーが行われます。

また1ヶ月〜2ヶ月に1回程度は 「アラーム」 (Alarme) という1798年のナポレオン軍による占領から1800年の英軍による解放までを紹介するショーもあります。

「イン・ガーディア」 も 「アラーム」 も、共にその日の午前中に1回のみ、約50分の内容で砦内の隊舎広場で行われます。

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( パンフレット  中に英・独・仏・伊・露、そして日本語の簡単な説明があります )

その他の日曜日には午前中のみ砦内のガイド・ツアーがあるようですが、こちらは見ておりませんので、内容は不明です。

私が訪れた日は 「アラーム」 の日でした。 「アラーム」 は年間開催数も少ないので、マルタを訪れた日本人でもこれを見た人は、非常に少ないと思います。 ( そもそも聖エルモ砦まで行こうという人が少ないですから 。)

非常に大きな砦ですが、一般公開用の入口は広い広場の先にある小さなゲートです。 ここから石橋を渡って砦の中に入ります。

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( 一般見学者用入口 )

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( 正面奥が入口から砦門に通じる石橋 )

「アラーム」 及び 「イン・ガーディア」 の入場料は5ユーロ (約700円) です。

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展示広場の周りにぐるりと見学用の椅子が並べられています。 午前11時開催ですので、10時半頃早めに入って見やすい良い場所を確保しようと思ったのですが、この時既に1/3程は先客がおりました。

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( ショーが行われる会場となる隊舎広場 )

早い人は1時間以上前から待っているとのこと。 そして、11時の開催時までには団体さんも加わって、多くの立ち見が出来るほどでした。

実は先にご紹介した 「騎士団長の館」 の 「武器庫」 をパスして先を急いだのは、このショーに間に合わせるためでした (^_^)

それではショーの始まり、始まり!

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( 平和な日々を送っているマルタの人々 )

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( そこへ突如ナポレオン軍が侵攻してきます )

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( マルタ軍も果敢に抵抗をしますが ・・・・ )

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( 多勢に無勢、圧倒的なナポレオン軍の前に ・・・・ )

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( あえなくマルタは占領されます )

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( ナポレオン軍は飲めや歌え、やりたい放題で )

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( 抵抗・反抗するマルタ市民には容赦無い措置が )

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( っと、そこへ待ちに待った来援の英軍が到着 )

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( マルタ市民も立ち上がり )

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( 壮烈な戦いの末に )

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( 遂にナポレオン軍を追い出してマルタは解放され )

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( 元の平和な日々が戻りました めでたし、めでたし )

 と言うことらしいです ・・・・ 多分 ・・・・ そうだと ・・・・ 思う ・・・・ (^_^;

内容は、写真でご覧いただく以上に、田舎のドサ回り劇団より遥かにレベルが低いものですが、まあ観光客相手のショーと考えれば、衣装なども含めこれはこれなりに楽しめます。 それにほとんど途絶えることなく次々と小銃や大砲の轟音が続きますので。

後で聞いたら、出演者はここのマルタ警察学校の職員や一般市民のボランティアだそうです。

ショーのある日はこのショーだけで、砦内のツアーはありません。 また、入口から隊舎広場まで以外は立入できません。 残念!

しかたなく帰りかけたら、入口の石橋のところで出演者の一人が 「お前さん日本人かい?」 と声をかけてきました。 で、記念写真を。

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( 毎回出るのが楽しみだと言う市民ボランティアの一人 )

余談ですが、マルタ滞在中、あちこちで何回となく 「日本人 (Japanese) か?」 とは聞かれましたが、「中国人 (Chinese) か?」 「朝鮮人 (Korean) か?」 とは一度も聞かれませんでした。

マルタの人は余程の親日家なのか、それとも日本人しか知らないのか? はたまた、私の顔が余程典型的な日本人の顔をしているのか (^_^)

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2009年07月25日

マルタあれこれ(8) 国立戦争博物館

さて、これが出てこなければ桜と錨のブログとは言えないでしょう。 バレッタの 「聖エルモ砦」 の一角にある 「国立戦争博物館」 (National War Museum) です。

この国立戦争博物館は先の聖エルモ砦一般見学者用ゲートから砦壁沿いに歩いて3分ほどのところにあります。

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( 元画像 : Google Earth より )

ここはマルタの観光名所としては珍しくゲートの上に看板が掲げられていますので、すぐに判ります。 っと言っても、道沿いには他に何〜んにもありませんので間違いようがないのですが ・・・・ (^_^;

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ゲートから中に入った建物入り口の受付で見学チケットを購入します。 2.33ユーロ (約320円)、他のところに比べると極めて安いです。

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戦争博物館とは言っても、展示されているのは第2次世界大戦におけるものがほとんどです。

建物は元々英歩兵連隊の駐屯宿舎だったところをそのまま利用しています。 したがって中は大変狭く、かつ展示物をあれもこれもとドッサリ置いていますので、これら展示物の間をすり抜けるようにして見て歩くことになります。

このため写真撮影はOK (もちろんフラッシュなしで) ですが、狭すぎて良いアングルを撮るための距離が取れずに苦労します。

更に館内が大変に暗〜く、オマケにその照明が展示ケースのガラスに反射するため、なかなかよい写真が撮れません。

しかも “事前偵察” の最中ですから、ここ以外にもまだまだ他に探して回らなければならない場所が沢山あります。 約30分位の本当の駆け足で、取り敢えずは写真だけをという感じになってしまいました。

ということで、個々の展示物の説明は省略して、当日と同じく皆さんと共に駆け足で見ていくことにしましょう。

( もしもっと大きいサイズで掲載をご希望のものがありましたらお知らせ下さい。 考慮します。)

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まだまだ沢山あるのですが、サーバーの容量の関係がありますのでこの辺で。

本当は一つ一つの展示物をゆっくり見て、よい写真を撮りたかったのですが ・・・・ 何とかもう一度と思いましたが、今回の滞在中にそのチャンスはありませんでした。 残念!

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2009年07月29日

マルタあれこれ (9) グランドハーバー沿いの散歩道

仕事のことを除くと、私的にマルタに関心があるのは、先にも書きましたようにグランドハーバーをじっくり見ることです。

そこで、「国立戦争博物館」 を見た後は、来島予定の家内を案内するための “事前偵察” を兼ねて、このグランドハーバーをノンビリ見るための 「散歩道」 を探すことにしました。

戦争博物館から一旦聖エルモ砦前に戻り、ここから海岸沿いの道を歩いてみることに。

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聖エルモ砦前から 「リパブリック通り」 を反対方向に見たところですが、首都バレッタのメイン・ストリートと言いながら、ここまで来ると観光客どころか人の姿がほとんどありません。 静かなものです。

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そして坂道を降りて行くと二階建ての、チョット見は倉庫のような大きな建物があります。 現在は 「地中海会議センター」 (Mediterranean Conference Center) として使われている元 「施療院」 (Sacra Intermeria) (1) です。 即ち聖ヨハネ騎士団の病棟で、一般市民も療養させたとのこと。 ここも一般に公開されており、蝋人形などの当時についての展示物などがあるそうですが、残念ながら “パス”。

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「施療院」 の左手はマルタ警察の 「警察学校」 (Police Academy) (2) です。 ここを入って左手に行くとそのまま聖エルモ砦の中に行けます。

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少し先に行った道端から見たところ。 正面が 「戦勝記念塔」 (4)、その右が 「ロワー・バラッカ・ガーデン」 (Lower Barrakka Gardens) (3) です。 下には漁師村が。 首都とはいえ、こんなノンビリとした風景のあるところがマルタらしくて良いですね〜。

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「戦勝記念塔」 です。 一応ゲートがありますが、誰でも入れます。 観光客は誰もおらず、小さな女の子がお母さんと一緒に遊んでいるだけ。

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戦勝記念ベル (Siege Bell) 1940〜43年の枢軸軍による大包囲戦の戦勝記念として作られたとか。 鳴らしてみようかと思ったのですが、引き綱がどこにあるのか判りませんでした (^_^;

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戦勝記念塔から聖エルモ砦を振り返ってみたところ。 まさに “黄色い岩だらけの島” そのものです。

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その右手側の対岸、グランドハーバー入口の 「リカゾーリ砦」 (Fort Ricasoli) ここも非常に大きな砦ですが、非公開となっています。 この中で映画 「トロイ」 の、例の木馬を城内に引き入れるシーンが撮られたとか。

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リカゾーリ砦の右手がビーギの元英軍病院跡。 大変大きな施設ですが、現在は一部が職業訓練学校として使われているだけとのこと。

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戦勝記念塔から、隣接するロワー・バラッカ・ガーデン越しに見たグランドハーバーの湾奥、マルサ・クリーク (Marsa Creek)

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( ロワー・バラッカ・ガーデンは先にご紹介したアッパー・バラッカ・ガーデンと似たようなものですが、標高が低いのと、戦勝記念塔の方が海側にありますので、ここも “パス” 戦勝記念塔の方が眺めは良いです。)

戦勝記念塔とロワー・バラッカ・ガーデンに両脇を挟まれた坂道を下っていくと、正面に対岸ビットリオーザの先端にある 「聖アンジェロ砦」 が見えます。

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聖アンジェロ砦は、マルタ共和国がマルタ騎士団から借りていたものを2年程前に同騎士団に返却したそうです。

未だに同騎士団が存在すると言うこと自体が驚きですが、それよりもマルタ共和国政府が借りていたこんな大きな砦を返したというのも驚きですね。

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ここは現在平日の午前中のみ一般に公開されていると聞きましたが、訪れるチャンスはありませんでした。 

( この聖アンジェロ砦も含めた古都ビットリオーザについては、また後ほどに。)

そのままグランドハーバーを眺めながら海岸沿いに歩いていきますと、結構所々でノンビリ釣りをしている人達を見かけます。 余り釣れてはいないようでしたので声を掛けるのは止めましたが (^_^;

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そしてアッパー・バラッカ・ガーデンの下まで歩きます。 ここの感じもやっぱり “黄色い岩だらけの島” そのものです。

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( 右側中腹に並んで建つのが 「ブリティッシュ・ホテル」 と 「グランドハーバー・ホテル」 こぢんまりとした二つ星のホテルですが、ここもそれなりに良いところだと聞きました。 なによりも、部屋の窓からグランドハーバーが一望できます。)

1863年の撮影とされるグランドハーバーに停泊する英海軍艦船とアッパー・バラッカ・ガーデン。 帆船の群れを除けば、この雰囲気そのままが今に残っています。 

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( 無断流用防止のため透かしを入れましたので少々見難い点はご容赦を )

対岸は、左の聖アンジェロ砦と右の古都セングレア(Senglea) に挟まれたドックヤード・クリーク (Dockyard Creek) ヨット・ハーバーになっていて沢山のボートやヨットが係留されています。 中には超豪華な大型クルーザーもチラホラ。

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ここまでの海岸沿いの道は、両脇に歩道がある幅10m近い広い道路ですが、人はおろか車さえもほとんど通りません。 と言っても、日曜日で、しかもシエスタ(昼寝)の時間帯でもあったんですが・・・・

海岸沿いの道路を右手に折れて、ダラダラした坂道を登っていくと旧城門の一つ 「ビクトリア・ゲート」 (Victoria Gate) (5) です。

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この門をくぐって左手の狭い坂道を登っていくと、先程の2つのホテルの前を通り、アッパー・バラッカ・ガーデンのところに出てきます。

坂道の途中に続く木陰のある城壁沿いの道。 ここもノンビリ散歩には良さそうです。

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細い坂道の後半は急な階段です。 その途中でこんな看板が出ている倉庫のような雰囲気の入口がありました。 う〜ん、ちょっと覗いてみたかったですねぇ (^_^)

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もちろんバレッタの反対側にも同じように海岸沿いに散策できる道があります。 こちらは観光客でいつも大変賑わっているスリーマ (Slima) などを望みながらで、オープンカフェなども結構並んでいてそれなりに人通りも多い様です。

私的にはノンビリ散歩を楽しむには観光客も滅多に通らないこのグランドハーバー側の海岸通りの方が好みです。 それに観光名所を回るのも良いですが、こういう散歩の方が本当にマルタらしさを味わえると思います。

余談ですが、折角家内の来島に備えて仕事の合間に “事前偵察” までしたのですが、バレッタ散策での時間の余裕が無かったのと、それよりもなりよりも家内は坂道が大の苦手ですので、“幻のデートde散歩” となってしまいました (^_^;

ところで、この “事前偵察” の日は 「シッコロ」 と呼ばれるアフリカからの南風が吹いており、朝方は雨、午前中はドンヨリとした曇り空で、午後からは晴れてきたもののモヤがかかっていました。

お陰で、ご覧いただいたとおりどうも写真の発色がイマイチで、本当にマルタらしいカラッとした明るい雰囲気を十分に写せなかったのが残念です。

なお、グランドハーバーについては、この後でもう一つの “目玉” をご紹介するつもりですので、お楽しみに。

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2009年08月04日

マルタあれこれ (10) バレッタ散策−その他

マルタの首都バレッタを私なりにご紹介してきましたが、最後に少し補足というか、付け足しを。

バレッタでは、観光名所としてご紹介したところ以外に次のようなものがあるとされていますが、今回は時間の都合で回ることができませんでした。

国立美術館 (National Museum of Fine Arts)

  色々な展示物は勿論ですが、建物が元英国総督公邸だったところだとか。 その意味では見てみたかったです。


国立考古学博物館 (National Museum of Archaeology)

  先史時代の 「眠る女性像」 など面白いものが沢山あるようです。


マヌエル劇場 (Manuel Thaater)

  欧州で3番目に古い劇場で、4層のバルコニーを巡らせた大変豪華な作りと内装が見物だそうです。 家内と近くまで行ったのですが、遂に入口が判りませんでした(^_^;


グレートシージ(大包囲戦)体験 (Great Siege of Malta)

  1565年のオスマントルコによる大包囲戦をハイテク技術を用いたアトラクションで体験できるとされていますが・・・・


マルタ・エクスペリエンス (The Malta Experience)

  多分古都イムジーナで見たものと同じ様なものと思いますので、そちらでご紹介します。


そして、私的に何よりも残念だったのは 『ラスカリス戦争記念館』 (Lascaris War Rooms)

第2次大戦中に英軍が司令部として使ったところで、当時の状況を人形などを使って再現しています。 次のURLなどで紹介されていますのでご覧下さい。


アッパー・バラッカ・ガーデンの下のラスカリス要塞にあるはずなので見に行ったのですが、道が判らず途中で断念。 大統領官邸警護の警察官にも地図を見せながら聞いたのですが ・・・・

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( こんな谷底みたいなところ判るわけが )

仕事を手伝ってくれた日本人のガイドさん達にも聞いたのですが、行ったことも見たこともないとアッサリ。 逆に 「何でそんなところへ行きたいの?」 と変人を見るような目で見られてしまいました (^_^;

さて、バレッタ散策の最後として、こんな散歩道も。

それは、バレッタへの入口であるシティー・ゲートの上。 車道が通っており、両脇に歩道もありますが、もちろん誰〜れもおりません。

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( 中央の五角形が 「聖ヨハネ堡塁」 緑の木々のところが 「ヘイスティング公園」)

上からはバスターミナルや、その向こうに隣のフロリアーナ (Floriana) の街並みが。

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( バスターミナル 右の建物がホテル・フェニシア )

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また反対側は広場からその奥のリパブリック通りが。 行き交う人々を見ながらノンビリ出来ます。

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そして、グランドハーバー側とは反対側に歩くと、堡塁上沿いが 「ヘイスティング公園」 という公園になっています。 この公園の中をブラリブラリと歩いて行きますと、マルサイムシュットハーバーが見えてきます。

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正面が同湾の中央にあるマヌエル島、その向こう、右側が観光客で賑わうスリーマ市街です。

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マヌエル島の先端にある 「マヌエル砦」 (Fort Manoel) はこれまで長い間放置されて荒れ放題になっていましたが、現在ここにホテルを造る計画が進んでおり、既に整備工事も始まっているようです。

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スリーマの更に右手側、湾口付近ではリゾートマンションなどの建設ラッシュが現在も続いています。 このスリーマ周辺は100年ほど前には小さな教会と数軒の漁師の家しか無かったそうです。

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公園の先まで行くと、バレッタ市街の海岸沿いが望めます。 中央奥の尖塔が 「聖パウロ教会」、その右のドーム屋根が 「カーマライト教会」 です。

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時間に余裕があれば家内とノンビリ散歩もできたのですが ・・・・

シティー・ゲート横の 「聖ヨハネ堡塁」 (St. John's Bastion) にある 「マルタ騎士団在マルタ大使館」 の入口です。 なかなか良い雰囲気ですね。

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ローマに本部を置き、主権実体を有する国際組織として国連でも承認されているマルタ騎士団、正式名称は 「Sovereign Military Hospitaller Order of St. John of Jerusalem of Rhodes and of Malta」、日本語にすると 「ロードス及びマルタにおけるエルサレムの聖ヨハネ病院独立騎士修道会」 だそうですが、このように世界各国に在外公館を置いています。 残念ながら日本はマルタ騎士団を国として認めていないのでありませんが。

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さて、バレッタはこれでお終い。 次に行きましょう。

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2009年08月08日

マルタあれこれ (11) 古都ビットリオーザと聖アンジェロ砦

午後も大部回りましたので、大急ぎでバレッタ前のバスターミナルからバスに乗って古都 「ビットリオーザ」 (Vottoriosa) へ向かいます。

グランドハーバーを挟んでバレッタの対岸側は、このビットリオーザと、「セングレア」 (Senglea)、「コスピークワ」 (Cospicua) という古い3つの都市を併せて 「スリーシティー」 (Three Cities) と言われるところが観光の中心になります。

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( 元画像 : google Earth より )

その中でも、ビットリオーザは、マルタ (聖ヨハネ) 騎士団が1522年にオスマン・トルコによってロードス島を放逐されてた後、1530年神聖ローマ帝国皇帝からマルタを与えられ、来島した時に最初に住み着いたところです。

元々の地名は 「ビルグ」 (Birgu) といいますが、1565年のオスマン・トルコによる大包囲戦を勝ち抜いた時に、戦勝を記念して現在の名前になったそうです。

このスリーシティーもガイドブックによると見所は沢山あるそうですが、取り敢えずビットリオーザだけを駆け足で回ることに。

バレッタからの公営バスはビットリオーザ市街の中には入らず、市の入口前のターミナルまで。 ここからあとは歩きです。

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( 元画像 : google Earth より )

市内への現在のメインの入口。 英国統治時代に車などが通れるように城壁を切り取り、橋を新たに作ったようです。

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本来の市への入口。 ここから入って、更に石橋を渡った先に更に堡塁のゲートがあります。 現代ではとても社会活動上実用になるようなものではないことは一目瞭然。

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新旧の入口から通じる石橋。 手前が本来のもので、奥が現在の常用のもの。

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市街に入って道をまっすぐ行くとちょっとした広場に出ます。 「ビクトリア広場」 と言って、ガイドブックによると、この広場を起点にして街中を散策すると良い、と書かれていますが、この広場そのものは 「こんなもの?」 という、別にどうと言うことはない、単なる小さな広場です。

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もっとも、復活祭などのお祭りの時には飾り付けやライトアップ、花火など大変に綺麗で、大勢の人が集まって混雑するそうですが。

ビットリオーザもバレッタと同じで細長く小高い半島ですので、市街を縦に走る道は平坦ですが、左右に横切る道は急な坂道が多く、それも大体が階段です。

バレッタとは異なって、こういう路地裏的風景が特徴です。 う〜ん、こう言うのも何となく気が休まっていいですね。

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そして、先端の 「聖アンジェロ砦」 (Fort St. Angelo) に向かいます。

市販のガイドブックには 「広場から真っ直ぐ街を突き抜けるように歩くと、・・・ (中略) ・・・ 小さな船溜まりがあり、その上のブリッジの先が」 と書かれています。

ガイドブック内の写真や地図もそうなっています。

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( ともに市販のガイドブックから )

そこで、広場から真っ直ぐ進むと ・・・・ ??? 橋ってどう行くの? 道の突き当たりから右に折れてみますが ・・・・ やはり行けない?

で、反対側に行って海岸沿いに出てみると ・・・・ !!!

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橋が無くなってる !!!

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( 元画像 : google Earth より )

この橋も砦へ車などが通れるように英国統治時代に造られたもののようですが、どうも2年前に砦を騎士団に返還した際に、これを撤去して元の姿に戻したようです。 凄いですね !

現在では聖アンジェロ砦は、海岸沿いの道を先に進んだところにある砦本来のメイン・ゲートからしか入れないようです。

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ここは平日の午前中しか公開されていないと聞いていましたので、せめてガイドブックにあるように石橋の先のゲートから覗き見だけでもと思っていたのですが ・・・・ 残念 !

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( 2007年版のガイドブックでは橋の上はこうなってるのに ・・・・ )

こんなことは、市販のガイドブックにもインターネットでも、どこにも書かれていません。 帰国してから Google Earth で確認して、“あ〜、やっぱりか !” と (^_^;

しかたがないので、海岸沿いの道をバスターミナルまで戻ります。

対岸のセングレアとに挟まれた 「ドックヤード・クリーク」 (Dockyard Creek) は豪華なヨットやボートの近代的な係留施設になっています。

中にはこんな “超” が付く豪華なものも。

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「お嬢さん、僕のこの船で冷たいものを飲みながら、ちょっとしたクルーズなど如何ですか ?」 ・・・・ な〜んて言って見たいものですねぇ (^_^)

この程度の大きさのものになると、それこそもう雲霞の如く、です。

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また、観光客にはこのような小さな船から “クリーク巡りはどう ? 楽しいよ !” の声がかかります。 4〜5人だと一人数ユーロ程度だと思います。

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この海岸沿いの道沿いにはオープン・カフェなども多く、ヨット・ハーバーを眺めながらノンビリした時を過ごすのも。 特に街や城壁がライトアップされる夕方が良いと聞きましが ・・・・ その頃にはもう帰るバスが無いんです (^_^;

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最後に、ビットリオーザで見かけた猫ちゃん。 マルタで見かけた猫の内では、この子が最も貴公子然としていました。 なかなか気品があるでしょ?

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余談ですが、この猫ちゃんの尻尾、なかなか良いでしょ? マルタ騎士団の騎士達の間でこれを切り取って兜の飾りにすることが流行ったため、遂にマルタの猫には尻尾が生えなくなってしまった、なんて言っていた人がいました。 でも、ちゃんとあるじゃないですか (^_^;

次は、このビットリオーザにある 「海事博物館」 (Maritime Museum) です。

posted by 桜と錨 at 14:05| Comment(0) | TrackBack(0) | マルタあれこれ(完)

2009年08月22日

マルタあれこれ (12) 海事博物館

ここも私のブログならではこそ、ご紹介しなければならないところでしょう。 古都ビットリオーザにある 「海事博物館」 (Maritime Museum) です。

場所は前回の衛星写真からのものに示してありますのでご参照ください。

市街入口ゲート前から、市中に入らずに左手の坂道を海岸まで歩いて約5分です。 ヨット・ハーバーの海岸沿い道路に通じるゲートがあるところの建物ですので、すぐに判ります。

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まずその前に。

そのゲートの前の小さな広場に、ガイドブックにも紹介されている 「自由の像」 (Freedom Monument) というのがあります。 1979年に英軍がマルタから完全撤退する時に、今次大戦を共に戦った記念に作られたもので、英国水兵とマルタの船員が握手をし、その横で国旗を掲揚している4体の像からなります。

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しかしこれ、飾られている場所も場所なら、像そのものも “何、これ ?” という感じのものです。 折角作るならもう少しマシなものにならなかったのかと。 回りの景色の中に全く埋もれてしまっています。

さて 「海事博物館」 ですが、ここは騎士団時代には兵器庫として、また今次大戦中は英軍のパン工場に使われていたそうですが、時計塔のある、なかなかドッシリした建物です。

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ところが、例によって入口はどこ ? というようになっておりまして ・・・・ これではとても前を通りがかった人が “ちょっと入ってみようか ?” とはなりませんよねぇ。

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入口奥の受付で入場料4.66ユーロ(640円) を払って中へ。

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正面の階段を上がった2階が展示スペースになっています。

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後で聞いたら、以前は一階の両側は古い大きなボイラーなどが展示されていたそうですが、私が行った時には両側とも何か工事の最中でした。

階段や階段を上がったところはなかなか雰囲気もよく、これは期待できるかも、と思ったのですが ・・・

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ドアを抜けて展示室に入ったら ・・・・ ガ〜ン、何これ、く、暗〜い ・・・・ これではとても三脚無しにはまともな写真が撮れない ・・・・ orz

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マルタでも、今まで回ったところは確かに一般的に暗いのですが、それでもここは際だっています。

もしかして、閉館まであと1時間もなく、しかも先客は誰〜れもいないので、既に館内の照明を落としている ?

ともかく、何枚かはまともな写真は残るかと思い、フラッシュを焚いたり焚かなかったり、フィルターを替えたり、カメラの撮影設定を色々変えたり、で駆け足で撮りまくるだけは撮りまくりました。

が、結局、まともなものはほとんど無し(T_T) いくら私の腕が悪いからといって ・・・・

皆様には、まあ何とかお見せできるものだけピックアップして、個々の説明抜きで駆け足に。

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( 部屋の仕切り壁の所を利用してこう言うものも作られています )

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( 他に誰〜もいない、暗〜いところで見ると ・・・・ )

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(近代・現代艦船の模型の写真はほぼ全滅 ・・・・ orz )

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展示物は、古代から近代までの船や海事に関するものが多種多彩で、ゆっくり見て回れば貴重なものもあったのかもしれません。

もっとも、中にはこんな冗談かと思うようなものも展示されていましたが (^_^;

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しかし、いくら何でもこの暗さでは ・・・・ 広〜い館内で私一人しかおらず、少々薄気味悪かったのも確かです。

歴史上数々の戦いがあった小さな島で、こんな展示物のある建物の中ですから、絶対にいますよね、霊が (^_^;

まだ2/3ぐらいしか回っていないところで、“お〜い、大丈夫か〜 ?” っと館員さんが心配して見回りに来ました。 というより、どうも本音は “俺もそろそろ帰りたいんだけど” ということのようです。

仕方なしに玄関を出たら、すぐに内側のガラス扉は中から鍵を掛けられてしまいました。 まだ正規の閉館時間まで15分もあるのに ・・・・

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ここも後で通訳として仕事を手伝ってくれている日本人ガイドさん達に話したら、案の定 “一体何しにそんな所へ行ったの ? 私なら日本人旅行者は絶対に連れて行かないところ。 だって後で入場料返せって言われるに決まっているから” とのこと。

いえ、元船乗りだから、と返事をしたら、“フ〜ン、それでねぇ” と言ってまたまた変人を見る目つきをされました orz

★  ★  ★  ★  ★

さて、ここビットリオーザには、私の2007年版のガイドブックには載っていませんが、最近もう一つの軍事関係博物館ができたようです。

「戦時下のマルタ博物館」 (Malta at War Museum) というところです。 市街への入口ゲート前のところには看板も出ているのですが ・・・・ これも場所が判りませんでした (^_^;

帰国後に調べてみたら、まさにその入口ゲート脇にあったようです。 残念 !

どんなところかは、次のURLのサイトなどでも紹介されていますので、ご参考までに。


これも場所が判らなくてたどり着けなかったバレッタの 「ラスカリス戦争記念館」 の様な感じで、バレッタの方は司令部跡、こちらは庶民の避難場所跡、という棲み分けのようですが、果たしてどれだけの見学者を呼び込めるのか ・・・・ ?

ただ、ここは入場料が7ユーロ(960円) もするようです。 他と比較しても、またマルタの一般的な物価からしても、かなり高い。

posted by 桜と錨 at 13:52| Comment(0) | TrackBack(0) | マルタあれこれ(完)

2009年09月06日

マルタあれこれ (13) ターリ・クラフト・ヴィレッジ

さてマルタ散策の続きは、グランドハーバーを離れて、マルタ島内陸の古都 「イムディーナ」 (Mdina) と 「ラバト」 (Rabat) に向かいます。

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( 元図 : Google Earth より )

その前に、イムジーナやラバトに向かう途中にある 「ターリ」 (Ta'Qali) というところに寄ります。 既に第2回の 「マルタの飛行場」 のご紹介で出てきました 「ターリ飛行場跡」 です。

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( 元図 : 左は市販の観光マップより、右は Google Earth より )

ここでは 「ターリ工房村」 (Ta'Qali Crafts Village) と 「マルタ航空博物館」 が見所になりますが、今回はその前者を。

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ホテルのある 「セントジュリアン」 (St. Julian's) 地区からは、「65番」 というバスに乗ればこの 「ターリ」 を経由して 「イムジーナ」 「ラバト」 へ行くことができます。

( マルタでのバスの乗り方などについては、また別項でお話しします。 これがちょっと変わっていて、面白いんです。)

しかしこのマルタ・バス、車内放送や表示もなければ、車内からはバス停そのものも良く判りません。 したがって、途中下車するには地図と睨めっこで、回りの景色を見ながら 「もうこの次かな?」 と当たりを付けなければなりません。

そして、このターリ工房村自体が何の変哲もない、広い平地の真ん中にありますので、どこで降りれば良いのか ・・・・ で、バス停を1つ間違えてしまい、歩くはめに。

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( でも、間違えて降りたのは私達だけではありませんで (^_^; )

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( 丁度バス停に観光バスが通りかかったところ  ここが元々の目的のバス停 )

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( バス停から更に約300メートルほど先の工房村に向かう道 )

この工房村には、ガラス製品、セラミックス、ジュエリー、レース編み、タイル・レンガ製品、被服類、各種観光土産類、等など沢山のお店が集まっています。

敷地は飛行場跡の庁舎・隊舎地区を転用したもので、このため、中には当時のカマボコ兵舎をそのまま使っているお店もあります。

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それらの中でも、やはりここの中心はガラス工房でしょう。 マルタを代表する 「イムディーナ・グラス」 「フェニシアン・グラス」 「ゴゾ・グラス」 の3つの種類、それぞれの工房があります。

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各工房では、ガラス製品を作っているところを見学できるようになっています。

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その作業場の隣りは展示・直売店になっています。 まあ、それこそ色々なものが雲霞の如く並んでいます。

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でもやっぱり、「あっ、こんなものが家に飾ってあったらな〜」 と思うようなものはそれなりのいい値段ですし、それよりも、嵩張って、壊れ物で、重い物ですから、買ったとしても持って帰るのが大変です。

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まあ何と言いますか、女性という人種は、こういうところをあれこれ、ブラリブラリとあてどなく見て歩くのが楽しいらしいんですなぁ 〜 (^_^)

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で、最後はお約束の休憩。 いえいえ、いいんですよ、銀婚式ですから。

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( オープン・テラスというより、単にお店の前の道路にテーブルとイスを並べたカフェで )


ここの飛行場跡地は大変に広く、まだまだ使われていない土地がありますので、工房村の回りにはこんなものが沢山そのまま残っています。 私としては、こっちの散策の方が面白いんですが ・・・・

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次回は、この工房村の隣にある 「マルタ航空博物館」 です。

posted by 桜と錨 at 19:59| Comment(0) | TrackBack(0) | マルタあれこれ(完)

2009年09月22日

マルタあれこれ (14) マルタ航空博物館

「マルタの飛行場」 「国立戦争博物館」 「海事博物館」 に続く、桜と錨のブログならではのマルタ記事の4つ目は、ターリ飛行場跡にある 「マルタ航空博物館」 (Malta Aviation Museum) です。

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まあ、こんなところはとても家内を連れてくるようなところではありませんので、もちろん訪れたのは事前偵察時を利用してです。

航空博物館は近代的な国立競技場の脇にあり、ターリ工房村からすぐ近く、歩いて3分ほどのところですが ・・・・ 工房村からは丁度曲がり角の先になっていますので、一般道に出ると “あれっ、こっちでいいの ?” と思うようなところにあります。

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曲がり角を曲がると金網のフェンス越しに “ああ、ここか” と判るのですが ・・・・ 金網のゲートの正面には突然としてこんなものが置かれておりまして、いきなり “おいおい、まともなところなのか、大丈夫かい ?” と思わされますが ・・・・

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( BAC 1-11 のコックピット部分 )

ゲートを入った右側の建物の入口奥が受付です。

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チケットは5ユーロ (約680円) 少々高めです。 日本人、というか東洋系の入場者などは全く無いとのことで、館員さんが “一体何を好きこのんで” というような不思議そ〜うな顔で受付をしてくれました。

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受付の先からはいきなり展示スペースです。 というよりこの建物は元々の整備ハンガーをそのまま利用したもので、そこに現在まで入手したものを単に並べてあるという感じです。

もちろん例によって見学者は私以外誰〜れもおらず、まさに “貸し切り” 状態。 館員さん達もシエスタ (お昼寝) の最中なのか、受付の一人だけ。 お陰で気兼ねなく写真を撮りながら見て回れます。

先頭は、「シーホーク」 (Hawker Seahawk Mk6) がお出迎え。 50年代にマルタに駐留した 「804海軍航空隊」 の塗装とか。

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以下、順に回って行きますので、主要なものをご紹介。

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( 左 : Le Pou de Ciel、 右 : Armstrong Whitworth Meter N.F.14 )

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( 左 : Rolls-Royce Derwent Mk9、 右 : Link Trainer )

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( 左 : Cessna L-19E Bird Dog、 右 : Gloster Meter T.7 と思う (^_^; )

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( 左 : De Havilland D.H.122 Sea Venom、 右 : Fairey Swordfish )

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( 左 : Bristol Siddeley Sapphire、 右 : Napier Lion )

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( 左 : Douglas DC-3 Dakota、 右 : Beechcraft 18 )

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( 左 : Aeritalia(Fiat) G.91R、 右 :De Havilland D.H.115 Vampire T.Mk11 )

と言うことで、ほとんどの機体はまだレストア最中又は入手時のまま保管中の状態です。 もっともスペース的には復元状態では飾れないと言った方が適当かとも。

一角に、大戦中にマルタに駐留した英連邦軍の62個航空隊のクレスト (エンブレム) が飾られていました。 凄い数ですねぇ。 これを見ても如何にマルタを巡る航空戦が熾烈であったかが判ります。

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で、次に広場を横切った敷地の反対側にある別のハンガーに向かいます。 ここは、4年前に部外財団の資金を得て新たに作られたもので、「マルタ航空戦記念格納庫」 ( The Air Battle of Malta Memorial Hanger) と名付けられています。

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本博物館の目玉とも言うべき、「スピットファイアー」 (Supermarine Spitfire Mk IX) が復元状態で置かれています。

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そしてもう一つが、「ハリケーン」 (Hawker Hurricane Mk IIA)

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両機とも実際に大戦中のマルタの空を飛んだことのある機体だそうです。

このハンガーはまだまだスペースがあり、これから逐次レストアされた機体が追加されるのかもしれませんが、現在は航空機以外の色々なものが置かれています。

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( 左 : David Brown Tractor、 右 : Bofors 40-mm AA Gun )

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( 左 : Fiat 500A Topolino、 右 : Willies Jeep )

2ヶ所の展示場を一回りして中央の広場に出ると、翼が外されたDC−3が置かれています。 7年前にオークションにかけられたものを入手したもので、翼は別に保管されていおり、手を入れれば飛行可能なものとのこと。

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広場の片隅にはカマボコ兵舎利用のカフェも併設されていましたが、人ごとながら経営は成り立つのかどうか ・・・・ ?

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チョット見、今後のこの博物館の行く末が気になるところですが、それでも細々とレストアも続けているようで、それはそこ、マルタ風の “ノンビリ行こうや” なのかもしれません。 1994年創設以来既に15年続いていますし、新しい機体も入ってきていますので。

次は、このターリからすぐ先の丘の上に広がる古都 「イムディーナ」 (Mdina) へ向かいます。

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2009年10月13日

マルタあれこれ (15) イムディーナ (前編)

今回は、マルタ島内陸の古都 「イムディーナ」 (Mdina) を2回に分けてご紹介します。

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( 元図 : Google Earth より )

イムディーナは、元々がフェニキア人が身を守るために、丘の上の要地に砦を築いたのが始まりとされ、その後ローマ人、アラブ人によって発展してきたとされています。

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そしてそのうち同じ丘の上でも、この城壁に囲まれたところを 「イムディーナ」 (“壁に囲まれた町” の意)、これに隣接する一般庶民の地区を 「ラバト」 (Rabat) (単に “町” の意)と、2つに区別して呼ぶようになりました。

こちらイムディーナの方は13世紀以降 「優美な町」 と呼ばれ、聖ヨハネ騎士団来島まではマルタの首都として繁栄してきたところです。

もっとも、首都とは言っても、城壁で囲まれた僅か300m四方の城塞都市に過ぎないんですが。

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そして、オスマントルコによる大包囲戦を勝利した後、騎士団によって現在の首都であるバレッタが築かれると、貴族や商人達が次々にそちらに移ってしまい、イムディーナはやがて 「静寂の都市」 (サイレント・シティ) と呼ばれるようになったとのこと。

このサイレント・シティの姿が、今のイムディーナにそのまま残されています。 毎日訪れる多くの観光客を除いては。

ただし、現在のイムディーナは、17世紀末の大地震によりほとんどの建物は崩壊したため、全てその後再建されたものです。

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( メインゲート付近の城壁 )


メインゲートとそれへ通じる石橋です。 街へ入るには、ここの他はあと2ヶ所に小さなゲートがあるだけです。 当然ながら古都の形態をそのまま保つ以外には、近代的な発展の要素は全くありません。

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まあともかく、記念の一枚を。 ゲート上のレリーフが大変綺麗です。

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それでは、この前編では街中の散策の前に、先にイムディーナの見所をいくつかご紹介しましょう。


1.「大聖堂」 (Cathedral)

ここはイムディーナに来たら絶対に外せないところでしょう。

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( 大聖堂の正面 )

隣接する 「大聖堂博物館」 との共通チケットになっています。 が、ここだけチケットが残っていない ・・・・ (^_^;

バレッタの 「聖ヨハネ大聖堂」 に比べると規模も小さく内装なども質素ですが、やはりこちらの方が格式が高いだけあって非常に威厳のある厳粛なたたずまいです。

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( 正面の主祭壇とドームの装飾 )

両脇の礼拝堂も非常に繊細な作りになっています。

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綺麗なステンドグラス。 しかし昔の色ガラスはこんなに鮮やかでしたっけ ?

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マルタの教会の例にもれず、ここも床は騎士達の墓標で埋められています。 これが一つ一つ大変に凝ったできですので、これらを眺めて歩くのもまた面白いです。

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当然ながら記念写真を。

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2.「大聖堂博物館」

大聖堂前の広場横の隣接した建物に開設されており、教会が収集した美術品や、かつて教会で使用されていたものなどが多数展示されています。

ただ残念ながら、この方面にはあまり素養がありませんので、まさに 「猫に小判」 状態 (^_^;

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( 法衣などは宝石が埋め込まれた金糸銀糸の大変豪華なものがズラリ )

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( 貴重なパイプオルガンの楽譜も多数 )    ( 判らないなりに熱心に覗き込む人 )


3.「イムディーナ体験館」 (Mdina Experience)

ちょっと判りにくい場所にあり、かつ判りにくい入口です。 が、途中の道々に客引きの綺麗なおね〜さん達がいて親切に教えてくれます。

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入場料5ユーロ (約680円) はまあ妥当なところか。

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映画館風のオーディオビジュアルなもので、古代から近代までのイムディーナの歴史を解説しています。

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座席の袖にあるイヤホーンの切替で日本語を含む12ヵ国語から選択できます。 ただし聞こえてくる音声がちょっと単調なので、最後の方はウトウトと(^_^;


4.「イムディーナ・ダンジョン」 (Mdina Dungeon)

メインゲートを入ったすぐ右脇にあります。

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たしか入場料はここも5ユーロ (約680円) くらいだったかと (?)

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実際にあった中世の地下牢を利用したもので、蝋人形をつかった様々なシーンが展示されています。

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まあ、面白いと言えば面白いですが、あまり気持ちの良いところではありません。

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当然、家内はこのようなところは入りたがりませんので、表で記念撮影のみです。

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5.「国立自然史博物館」 (National Museum of Natural History)

なんでこのようなものがこんなところに ? と思いますが、何故かあるのです。

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メインゲートを入った先の右にある、騎士団長ウィルヘーナの別荘兼裁判所だった館を利用したものです。

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こういうところ、私はついフラフラと入ってしまうんですよね。 入場料はたったの2.33ユーロ (約320円)。 この中途半端な金額がなんとも (^_^)

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で、中は別にどうと言うことはありませんで、極くふつ〜の自然史博物館です。 しかし、中にはマルタ固有の生物の標本などがありますので、じっくり見て回ると面白いと思いますが ・・・・

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平日でしたので、丁度小学生の校外学習の団体と一緒になりまして、先生と児童約200名程、まあそれは賑やかで、館内中に可愛い声が響き渡っていました。

次回はイムディーナの後半で、街の中をブラリブラリの散策です。

posted by 桜と錨 at 18:54| Comment(0) | TrackBack(0) | マルタあれこれ(完)

2009年10月14日

マルタあれこれ (16) イムディーナ (後編)

家内と二人で街中をブラブラ。 バレッタなどと同じようにメインの通りには観光客が大勢溢れていますが、横道はほとんど人通りがありません。 細い路地が縦横に走っており、それぞれの道で違った趣があります。 観光客の少ない時を狙うと、まさに 「サイレント・シティ」 です。

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街自体がこぢんまりとしていますので、右に左にと路地を散策しながら回っても30分もあれば充分です。

カロッチンも結構狭い道の間を走っています。

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建物も道路も黄色と言うよりクリーム色一色の中に、窓やドア、そして周りを飾る木々や草花の色彩のバランスがとても素敵です。

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街の最も北端の堡塁がちょっとした広場になっています。 ここからの眺めがなかなかです。

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街を一回りしつつ、例によって家内のお店巡り。 いいんですよ、銀婚式ですからごゆっくり (^_^;

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そして最後はお約束の休憩。 堡塁広場のすぐ脇にある、赤白のパラソルで有名なカフェ 「Fontanella」 です。

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下の室内でキチンとした食事もできますが、昼間は当然上のオープン・エリアが人気。 食事の時間帯を外れていますが、結構混んでいます。

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当然 「チスク」 ビールです。 そして隣席を見て同じものを注文した 「FTIRA」 なかなかの味でしたが、二人で一つで充分のボリュームです。

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眺めは最高、パラソルの下での冷たいビール。 う〜ん、た〜まりませ〜ん。

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遠くに、バレッタ市街、その向こうに地中海が望めます。 マルタ島の大きさ (小ささ) が実感できます。

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マルタすずめ (?) が食べ物屑を貰いに目の前までやって来ます。 観光客も面白がって千切っては石壁の上に沢山ならべますので、次から次へと何羽も。

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さて、家内との散歩は次のラバトへ向かいますが、メインゲートへ戻る途中で、家の前で犬と遊んでいる少年に出会いました。 これほどのイケメンは、マルタ滞在中にそうそうは出会いませんでしたね。

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( 因みに犬の名前は 「銀歯」、いや 「ギンバ」 だそうです (^_^) )


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ところで、マルタ滞在中のある日仕事が早く終わりましたので、仲間内で 「たまにはチャンとした夕食をしたいねぇ」 と言うことになりまして、赤バス (赤いボックスタイプの8〜14人乗りチャーター専用バス、早い話が大型タクシー) を頼んで、夕刻のイムディーナを訪れました。

5月末のマルタの日没は20時過ぎ (サマータイム) で、21時頃にならないと真っ暗になりません。 食事の予約は20時からなので、それまで夕暮れの街の中を散歩。

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で、大聖堂の前に来ると、正面入口前に数台のクラシックカーがならんでいます。 

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近づいてみると、その中の一台にレースの飾りが。 うん、これは !

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はい、大聖堂の中で結婚式が行われていました。 いや〜、良いですねぇ〜、こんな由緒あるところで挙式なんて。 日本人がよくやる偽教会挙式とは全く比較になりません。 良いチャンスに出会いました。

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で、その日の夕食は有名なレストラン 「The Medina」 イタリアンとマルチーズ料理が中心のお店です。

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皆でシェアしながらの料理も、そしてワインもなかなかでした。 そして雰囲気も申し分なし。

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バーも併設されており、食後の一服はここで可能。 ここのバー・ラウンジもなかなかの雰囲気。 そしてデザートの類も大人の味でグー。 冬はここで暖炉にあたりながらの食事もできるそうです。

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  ( リラックスできるラウンジ )         ( 照明もグッドのバー・カウンター )

そして帰り道。 ライトアップされた古都の街並みもまた最高でした。

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( 大聖堂 )

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( とある館 )

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( メインゲート裏 )

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( メインゲート表 )

こうしてみると、滞在中にライトアップされたグランドハーバーの夜景を間近に見る機会がなかったのは、返す返すも残念でなりません。


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2009年10月17日

マルタあれこれ (17) ラバトの散歩

私と家内の散歩は、イムディーナから隣のラバト (Rabat) へ続きます。

先にも書きましたように、ラバトはイムディーナと一緒に発展してきた街ですが、前者が貴族や富豪などの住む 「城内」 であるのに対して、後者は日本風で言えば 「下町」 です。

イムディーナのメインゲートを出て、ゲート前の広場になっている幅100メートルもない 「ハワード公園」 (Howard Gardens) を横切れば、もうそこがラバトの街です。

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とは言え、ターリ、イムディーナに続いての散策ですので、ここラバトはメインの見所である 「聖パウロ教会」 (St. Paul's Church) までブラリブラリと街中を歩いて終わりにしました (^_^;

イムディーナのメインゲートから同教会までは約400メートルほど。 行きと帰りで違う道を歩きました。 立ち並ぶ建物の風情は、やはりこちらは庶民の街の顔です。

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街角もどことなくノンビリ・ムード

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ラバトの街の中心である聖パウロ教会の前の 「パリッシュ広場」 (Parish Square)

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因みに、右の白と水色のパラソルがあるオープン・テラスは、2005年のスピルバーグ監督の映画 「ミュンヘン」 でも主人公達が寛ぐところとして出てくるカフェです。

「聖パウロ教会」 の正面は今まで見てきた中では最も教会らしいものです。

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中はこぢんまりとしています。 主祭壇は割とシンプルですが、内装は大変に重厚で、荘厳な雰囲気を醸し出しています。

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ドームの装飾は、私的にはここが最も綺麗だと思います。

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また、両側の礼拝堂も繊細な装飾がなされています。

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ここは教会の脇にある博物館は有料ですが、教会内の拝観だけなら無料です。 (で、あとでオチがあるんですが)

そして、目玉は何と言っても、この教会の地下にある洞窟です。 紀元1世紀に聖パウロがマルタに漂着した際に、一時ここに隠れて布教活動を行ったとされているところです。

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ここは鉄柵に鍵が掛かっていて入れないのですが、教会の入口付近に何人か人が集まったと思うと、どこからともなくおじさんが現れて 「こっち、こっち」 と手招きをします。

で、ゾロゾロと階段を下りていくと、鍵を開けて中に入れてくれ、頼みもしないのにマルタ訛りの英語で解説が始まります。

よく聞き取れないのですが、何でもこの像の本物はバレッタの 「国立美術館」 にあり、これはレプリカだとのことは判りました (^_^;

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最奥にある聖パウロの布教所といわれるところ。

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地下洞窟の床も、例に漏れずマルタ騎士の墓標になっています。

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で、一頻り解説が終わると、紙幣が乗った真鍮のお皿を取り出しまして、心ある皆さんのお気持ちを、と寄付の要求。 彼はどうもこれで食べているらしい (?) と、ここに来て知りました。

全部案内を聞いてしまった後では、何某かを出さざるを得ません。 な〜んだ、敬虔なる信者のボランティアじゃあないんだ (^_^)

余談ですが、この聖パウロの地下洞窟、1990年にローマ教皇のヨハネ・パウロ2世が訪れたところとしても知られています。 ところが最近の研究では聖パウロは実際はマルタには来なかったとされているようです ・・・・・ ?

市販のガイドブックによれば、ここラバトにはその他の見所として、ローマ時代のものを集めた美術館である 「ローマン・ドムス」 (Roman Domus) や2ヶ所のカタコンベ (地下墓地) などがあるようですが、時間の関係で全てパスしました。

面白いところでは、昔の駅舎を利用した レストランも近くにありますが、こちらも寄らず。 (マルタにも19世紀末〜20世紀初めに鉄道が走っていたことがあります。 今でもイムディーナの城塞の下を縦貫するその時のトンネルがあるそうです。)

これでターリ → イムディーナ → ラバトとマルタ内陸の3ヶ所の散策を終わって、バスに揺られてホテルへ戻ります。

本日一日の家内の戦果です。 まあ、遙々地中海のマルタ島まで来て、何とも他愛のないものばかり。 (右下の航空博物館のパッチは私の数少ない戦利品ですが (^_^; )

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2009年10月27日

マルタあれこれ(18) ハーバー・クルーズ (前編)

さて、マルタ滞在中の大物中の大物がこのハーバー・クルーズです。

この連載の最初の方でも述べましたが、私にとってマルタ滞在は何と言ってもグランド・ハーバーを存分に眺めることです。

そしてそれは、アッパー・バラッカ・ガーデンやスリー・シティなどからの眺めは勿論ですが、それよりも何よりも、元船乗りにとっては実際に海上から回って見ることが一番です。

実は、マルタ滞在中に何と3回もこれを堪能してしまいました V(^_^)

最初は事前偵察で、次が仕事仲間で軍艦好きの人達とマルタ海軍の基地・艦艇探索を兼ねて、そして最後の3回目が本番の家内とのデートです。

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( クルーズ会社のパンフレットから )

ハーバー・クルーズは、「Captain Morgan Cruises」 や 「Luzzu Cruises」 など何社かがやっています。 どの会社、どの船に乗っても、バレッタ北側のマルサイムシェット・ハーバーと南側のグランド・ハーバーの両方を、ほとんど同じコース、同じ約1時間半程で回ります。

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( 同   上 )

ハーバー・クルーズ船の発着は、何れも観光客で賑わう繁華街のあるスリーマのフェリー乗り場からです。

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( 元画像 : google Earth より )

このフェリー乗り場からはハーバー・クルーズの他に、青の洞門 (Brue Grotto) やコミノ島周遊など色々な観光船が出ています。

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( コミノ島回りの帆船風の観光船 )

また、ここからは湾を横断するバレッタへのフェリーも15分間隔ぐらいで出ています。

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ところで、ハーバー・クルーズとは言っても、その船の大きさには各社とも大中小色々あります。 最も大きいのが200トンぐらいで、最も小さいのはそれこそモーター・ボートです。 私は3回でこの大中小のそれぞれに乗ってみました。

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大きいのが良いのか小さいのが良いのかは、その時の天候次第で、後は乗る人の好みの問題でしょう。 大きいのは揺れませんし、船上もユッタリとしていますが、各クリークの奥深くまでは入れません。

それに対して小さいのは各クリーク奥の狭いところまで入ってくれますが、その分入る時はユックリでも帰りはかなりのスピードですし、何よりも波風がある時は揺れと飛沫の覚悟が要ります。 中サイズはその中間ですね。

因みに、最も小さいクルーズ船の船内はこんな具合です。

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(あっ、これは別に右のご婦人を狙ったショットではありません、念のため)

この時は私も入れて乗客は6人。 後4〜5人も乗れば一杯の感じです。 もちろん、これはこれで充分楽しいです。

料金はどれに乗ってもほとんど同じで15ユーロ (約2050円) くらいです。

さてそれではどうやって乗るのが良いか? ホテルのカウンター等からの事前予約もありますが、それではダメです。 何がダメって、なかなか良い席が確保出来ないからです。

ハーバー・クルーズを堪能しようと思ったら、船の前部の天井や日除けなどのないオープン・デッキ、それも右側の席を確保するのがベストです。 (クルーズは通常左回り (反時計回り) ですから、岸に近いのは右側なんです。)

まあ、彼女・彼氏とのデートなら日陰やキャビンの中の席でも良いのでしょうが ・・・・

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(そうです、この場所が最高なんです。)

スリーマのバス・ターミナルでバスを降りると、もうそこがフェリー乗り場です。 海岸沿いの道に出た途端に 「今すぐハーバー・クルーズの船が出るよ、こっちこっち!」 と日本の飲み屋街のポン引きさん顔負けの呼び込みが次々にかかります。

で、これにあわてて乗ってはダメ。 出港前に一人でも多く詰め込もうという魂胆で、こんなのに乗ったらロクな席は残っていません。 (このため、どの会社のどの便も大体定刻より5〜10分遅く出港します。)

ポン引きさん達を無視して、海岸沿いに点々と並ぶチケット売場で次の便の出発時刻を確かめ、すぐ近くに繋留されているその船を見てまだお客がほとんど乗っていないものを捜します。 毎正時と半の30分間隔で何隻づつも出ますので、気に入った船を捜せば良いのです。

そして空いている次の便に早めに乗り込んで席を確保します。 これでOK

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( 待ち時間は、回りの風景や海の中を覗いていれば飽きることはありません )

では出港 !

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( フェリー乗り場の対岸の景色  中央がマヌエル島 )

ガイドは船長自らか補佐の人がやります。 最も小さいボートでは英語だけ、あと大きくなるにつれてイタリア語、ドイツ語、フランス語なども入ります。 もっとも、その英語にしても例によって酷いマルタ訛りですので、私にはほとんど解りませんでしたが (^_^;

先ずはフェリー乗り場のすぐ右手にある 「スリーマ・クリーク」 から。 陸沿いはマルタの比較的新しい住宅街です。

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海岸沿いでは、家族やグループがあちこちで思い思いに海水浴を楽しんでいます。

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( 左手前の立っている二人は ・・・・ 見なかったことに (^_^; )

そしてマヌエル島を回ります。 先のバレッタ散策編でも書きましたが、この島の先端の 「マヌエル砦」 (Fort Manoel) は長い間放置されて荒れ放題になっていましたが、現在ではホテルとする計画が進んでいるようで、多少の工事の手も入っているのが見えました。

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次に、高級住宅街でもある街並みの綺麗なイムシーダ・クリークへ入ります。

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写真からも高級感が解るでしょうか ? またこの当たりはEU各国の大使館も多いところです。

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( 英国大使館 )          ( ギリシャ大使館 )

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(イタリア大使館)

帆船の形をした陸上のレストラン。 その名も 「ブラック・パール号」 とか。

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奥から出てきたヨットとすれ違い。 おっと、これはお嬢様 ? マダム ?

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バレッタ半島の付け根、「フロリアーナ」 (Floroana) 沿いに進むと、マルタ海軍の基地があり、艦艇が並んでいます。 もちろんここでは3回とも写真は撮りまくり。

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続いて、バレッタの北側の砦壁沿いに進みます。

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堡塁の壁にある紋章。 この堡塁の造築を受け持った騎士のものでしょうか。

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バレッタの聖パウロ教会 (手前の尖塔) とカーマライト教会 (奥のドーム屋根)

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そして聖エルモ砦。

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岩だらけの小高い半島を削って、その削った石を高く積み上げた堡塁

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ご満足いただけていますでしょうか? 奥様

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では一旦港外に出て、いよいよグランド・ハーバーへ向かいます。

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( 左手の船の奥がマルサイムシェット・ハーバーの湾口
  正面が聖エルモ砦で続く右手にかけてがバレッタ市街 )

posted by 桜と錨 at 23:19| Comment(0) | TrackBack(0) | マルタあれこれ(完)

2009年10月28日

マルタあれこれ(19) ハーバー・クルーズ (後編)

 一旦外海に出たクルーズ船は、聖エルモ砦の先端を回り、第2次大戦の空襲で破壊された防波堤の内側を通ってグランド・ハーバーに入ります。

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( 外海から望むバレッタの全景  防波堤の向こうがグランド・ハーバー )

 ところが、2回目の時には丁度ここで大型客船の入港とガッチンコしてしまい、防波堤の先まで行ってこの大型船の後ろに回って中に入ることに。

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 しかも、狭い港内でのこの大型船の岸壁横付け作業のために、グランド・ハーバー内は、通常の反時計回りでは通れなくなってしまい、反対の時計回りで回ることに変わってしまいました。

 この時は焦りました。 肝心のグランド・ハーバーの眺めが良いのが、折角確保した船の右側の席ではなく、反対の左側の席になってしまったからです。 もっとも、その程度のことでメゲル私達ではありませんでしたが (^_^;

 通常ならば、グランド・ハーバーに入ったクルーズ船はまず聖エルモ砦からバレッタ沿いに走ります。

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( 湾口から見たグランド・ハーバー )

 戦勝記念塔とその隣りのロワー・バラッカ・ガーデン。

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 続いて、バレッタの名所中の名所、アッパー・バラッカ・ガーデンを海上から。

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 この写真は先にもご紹介しましたが、3回目の時に丁度正午の午砲でした。 左上の午砲の砲煙と、ガーデンの展望台に鈴なりの観客がお判りになるでしょうか?

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 バレッタの先 (奥) のフロリアーナの、いつも大型客船などが着く新しいクルーズ船埠頭には、湾口で出会ったイタリアを本拠地とするドイツのアイーダ・ラインの大型客船が横付け作業中。 一度はこんな船でノンビリと地中海クルーズをしてみたいものですねぇ。

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 ここは、3回目の時には英海軍のフリゲイト 「カンバーランド」 (F85 Cumberland) が入港していました。 もちろん家内を放ったらかして写真を撮りまくり (^_^)

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 う〜ん、熱心に眺める人がいますねぇ〜

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 その先のフェリーフェリー・ターミナルに停泊中のシシリー島との定期便フェリー。 イタリアはこんな船でいける程近くです。

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 続いてグランド・ハーバー最奥のマルサ・クリーク (Marsa Creek) をぐるりと回りますが、この辺は小さな造船所や工場が建ち並び、あまり面白いところはありません。

 反転してバレッタ対岸のスリーシティへ向かいます。 がその前に、グランド・ハーバーの最奥から湾口をパチリ。

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 反転した後はまず、フレンチ・クリーク (French Creek) へ。 ここはマルタ最大の造船所である 「マルタ造船」 のドックが両岸に幾つも並びます。 その一つ、珍しい丸屋根付きのドライ・ドックです。

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 こんなものもありました。 遊覧飛行用の水上機。 でも、いつもここにいましたので、あまり飛んでいないような・・・・?

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 そして、今回のマルタ滞在では陸からは訪れる機会がなかった古都 「セングレア」

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 セングレアの 「聖フィリップネリ教会」 (Church of St. Philio Neri) です。 マルタでは町の地区毎にそれぞれ 「教区教会」 が建てられていますので、本当に沢山の立派な教会があります。

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 湾内ではこんな練習をしている二人がいました。 レースでもあるんでしょうか。 それにしても面白い漕ぎ方のボートですね。

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 続いて、セングレア先端のセーフ・ヘブン公園を回って、ビットリオーザとの間の 「ドックヤード・クリーク」 (Dockyard Creek) へ。

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( 右手前がセングレアのセーフ・ヘブン公園  左奥がビットリオーザの聖アンジェロ砦 )


 砦には皆あちこちに監視塔がありますが、これはセーフ・ヘブン公園の突端にあるもの。 監視塔の側壁に彫刻があるので有名だそうですが、別にとりたてて・・・・

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 最奥にある古いドック。 ドックヤード・クリークの名の起こりのものですが、現在では使われておらず、最近になって綺麗に整備して公園になっております。

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 このドックの右手側は、前出のスピルバーグ監督 「ミュンヘン」 で主人公達がヨルダンを襲撃するシーンで使われたところです。

 クリーク内全体が今ではヨット・ハーバー状態になっておりますが、その中でも最も大きい 「超々」 が付く豪華クルーザー。 ビットリオーザ散策編で陸上からの後ろ姿はご紹介しましたが、こうして横からみると本当に大〜きくてスゴイです。 うらやましい。

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 ビットリオーザ先端の 「聖アンジェロ砦」  ここは既に書きましたように、2年前にマルタ共和国からマルタ騎士団へ返却され、行く行くはホテルになる計画があるそうです。

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 そして、聖アンジェロ砦先端を回って、次の 「カルカーラ・クリーク」 (Kalkara Creek) へ。

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( ドックヤード・クリーク付近からグランド・ハーバーの湾口を望む )

 反対のカルカーラ・クリーク側から見た聖アンジェロ砦 

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 最後は、リカゾーリ岬先端にあって、グランド・ハーバーの湾口でバレッタの聖エルモ砦の対になる 「リカゾーリ砦」 です。 ここも大変大きな砦ですが、何故か使われずに放置されているようです。 もちろん一般には非公開。 少々もったいないですね。

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 これで約1時間半のハーバー・クルーズの見所は終了し、スピードを上げて出港したスリーマのフェリー乗り場に帰ります。

 当然、船を下りたところで記念写真を。 いいんですよ、銀婚式ですから (^_^)

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 皆様にもお楽しみいただけたでしょうか? えっ、桜と錨のブログなのに、マルタ海軍の艦艇写真はどうしたか、ってですか?

 それは次回で V(^_^)
posted by 桜と錨 at 22:03| Comment(0) | TrackBack(1) | マルタあれこれ(完)