本家サイトの掲示板でHN 「猫」 さんから次の様なご質問をいただきましたが、私の見解をお答えするには少々長くなりますのでこちらに記事として掲載させていただきます。
是本信義著 「なぜ敗れたか日本海軍」 の中で、大和 (光学測距) とアイオワ (電測) の比較をした部分がありまして、彼我の距離30,000m、弾着まで1分30秒、修正射に45秒と仮定してシュミレートされています。
まず初弾が敵艦前方300mに着弾したところから始めて、大和の場合左切れ300m > 「右寄せ10次」 > 全遠 > 「下げ1,000次」 > 全近 > 「高め500急げ」 > 夾叉となって、夾叉まで試射三度、8分15秒を要するのに対して、アイオワは電探 (Mk.8か?) で最初の試射から遠近左右の誤差を測定してその次ぎから夾叉&斉射に移れるように書いてあります。 (測距儀が距離の自乗比で誤差が増えるのに対して電探は誤差が理論上一定であることも強みらしいです)
ここで疑問なのですが、実際は帝国海軍の射法にも幾つか種類があるわけですし、交互射撃で修正に要する時間を短縮する等のことが行われていたように記憶しています。 実際、氏が主張するように、光学器のみの射撃でここまで時間がかかるものなのでしょうか? |
お尋ねの件の著者である海自OBの是本信義氏ですが、直接の部下になったことはありませんが現役の時に良く存じ上げている先輩です。 部内では有名だった方ですので。 また退職後は幾つかの著書を出されているようですね。
ただし、氏の著書は読んだことはありませんので、お尋ねの件の内容だけに限って申し上げるならば、残念ながら旧海軍の砲術についてはほとんど調べておられないようです。 また、「アイオワ」 型搭載の Mk−8 (後にMk−13に換装) も含めた当時の米海軍の射撃用 (FC) レーダーにつきましてもその性能要目などの実態についてあまりご存じないように思います。
1.仮定諸元などについて 射距離3万mで弾丸飛行秒時が1分30秒となっておりますが、明らかに誤りです。 46糎砲の射表がありませんので正確な秒時は出せませんが、40糎砲及び米海軍の16インチ砲の射表から判断しても、常識的には約60秒程 (55〜60秒前後) です。
以下、ここでは射距離3万mというより飛行秒時60秒の場合としてご説明します。
また 「修正射に45秒」 とありますが、これは弾着時からこれの観測により修正を行ってその修正弾を発砲するまでの 「修正費消時」 のことと思いますが、明らかに長すぎます。 旧海軍では一般的には10秒程度、長くとも (技量が低い場合) 20秒程度とされています。
2.旧海軍の試射要領などについて 一斉打方を用いるか交互打方で行くかは別にして、試射を是本氏提示のような 「緩射 (緩徐なる一斉打方)」 で実施することは、少なくとも昭和10年代の旧海軍では特別なことが無い限りあり得ません。
また是本氏提示の射弾修正における修正量も違います。
( 例えば、修正量 (捕捉濶度)が 1000mであるなどは旧海軍ではありませんし、捕捉後の本射移行の修正量はその半分の500mではありません。 簡単に説明するため切りの良い数字で、というのも判らないことはありませんが、しかしそれでは旧海軍の砲術の正しい解説にはなりません。)
仰るとおり、旧海軍には試射の要領も含めて幾つかの射法や射撃のやり方がありますが、それのどれをその時に採用するかは何とも言えないものがあります。 砲術長を始めとする射撃関係員の技量や、彼我の対勢、気象海象状況、等々で変わってくるからです。
ただし、これらのこと総てを脇に置いておいて、単純に “昼間砲戦での極めて平易な状況” でかつ砲機の状態や乗員の能力技能などに問題ないとした場合として考えますと、その標準とする試射のやり方などは当然決められています。
これにつきましては、本家サイトにある 「砲術講堂」 で 「旧海軍の砲術」 → 「射法」 → 「射法理論」→ 「水上射撃の射法理論」 と辿っていただくと、その中に 「試射の要領」という項目があります。 つまり ↓ で、
その項にある 「6.試射法の決定」 の一番最後に、標準の適用試射法を記述しています。 これが旧海軍における今次大戦開戦時のものです。
残念ながら、というより当然のことですが 「大和」 型の射撃データが加味されたものではありませんが、旧海軍の技量という点からは 「大和」 型においても少なくともほぼこのまま適応可能と考えられます。
したがって 「大和」 型の場合、ご質問の例ではごく普通 (標準) の状況ならば照尺差500m又は600mとする 「初弾観測2段打方」 又は 「同3段打方」 を交互打方によって実施すると考えられます。
以上のことからするに、その典型的なものが旧海軍史料にありますのでそれをご紹介します。

( 海軍砲術学校作成のテキストから )
修正費消時を10秒とし、修正第1弾と2弾で捕捉 (弾着が目標を前後に挟む) して本射に移行する場合に、初弾発砲から本射第1弾の発砲までに2分30秒 (弾着までは3分30秒) としています。 これは旧海軍における大口径砲の射撃のごく一般的な要領の例を示したものです。
もし初弾と修正第1弾で捕捉したならこれより−10秒、修正第2弾と3弾で捕捉するなら+30秒ですが、後者は旧海軍の射撃データに基づくとそれが生起する確率は低いと考えられます。
しかも、「大和」 型はその 「九八式射撃盤改一」 において、測距儀(3重 x 4基=12種)や電波探信儀などから合わせて最大15種の測距データを2個の測距平均器により同時に平滑して平均距離を出しますので、これによってかなり測距誤差を縮小することが可能となっています。
したがって射距離3万m程度ならば、もしかすると 「大和」 型の性能・能力的には 「初弾観測急斉射 (初観急) 」 が適用できた可能性も充分考えられます。 とすると、本射第1弾発砲までは僅かに70秒 (弾着までは2分10秒) となり、これで夾叉できる確率も高いですし、交互打方による急斉射を実施すれば相当早期に有効弾を獲得することが期待できることになります。
左右誤差については、当時の日本戦艦の術力からすると、初弾からほぼ左右正中が期待できますので、試射においてこの修正はほとんど必要ないと言えます。 (というより、それが過去の射撃成績から期待できるからこそ、この射法適用が決められているのですが。)
したがって、どう転んでも是本氏の8分15秒などというような見積りは旧海軍の常識から言って絶対に出てきません。 もちろん、射撃指揮官が生まれて初めて射撃指揮をする少・中尉だったと仮定するなら話は別ですが (^_^)
( なお、本射を交互打方から一斉打方に替えるかどうか、替えるとすると本射移行後の何時からか、などはその時の状況によります。)
3.米海軍の砲術について 一方で 「アイオワ」 型ですが、米戦艦は原則として一斉打方のみです。 そして問題は、当時のFCレーダーはその機能・構造から方位精度 (方位分解能) が非常に悪く、また照準線の決定 (方位は勿論、俯仰も) できませんので、FCレーダーのみでの射撃はほとんど不可能 (=役に立たないという意味) です。
つまり当時のFCレーダーの利点は、単一データとしては測距儀よりも精度が高い測距データのみということです。 ましてや射撃に有効な精度での左右偏倚量などは得られません。
( 加えて、Mk−8やその前のMk−3はシステムとしての信頼性 ・ 安定性が悪く、このためすぐにMk−13が開発されています。)
このため有効な射撃を実施するためには、日本側と同じく光学照準が絶対に必要になります。 これはスリガオ海峡夜戦をご覧頂ければお判りと思いますが、FCレーダーのデータのみでは全く当たっていません。 当たる訳がない (確率0%という意味ではありません、念のため) のです。
これからすれば、要するに試射を緩射で実施するのと同じことになり、夾叉が得られる (=適正照尺が得られる) のは上手く行って第2弾、常識的には (まともな夾叉が得られるのは) 第3弾からですので、60秒+20秒又はその2倍、即ち1分20秒又は2分40秒で本射に入ることができる可能性が高い、ということです。 (日本側より長い修正費消時20秒としているのは、レーダー員の読み取りとそれに基づく修正に時間がかかるためです。)
ただし、最初から急斉射を実施すれば、もし初弾の修正が正しい場合には急速に有効弾を獲得できる可能性もあります。 もちろん逆に無駄弾(無駄な斉射)も大変に多くなりますが。
その一方で、弾着観測・修正のやり方は、日本海軍では弾着と目標との距離差は関係なく、単に遠か近かにより公算データに基づいた修正で夾叉に持っていく方法ですが、これに対して米海軍の射弾修正は、弾着観測によってその都度弾着の中心点と目標位置との差分 (観測平均距間量の全量) を修正していく方法ですので、下手をすると夾叉がなかなか得られないということになります。
しかも先のFCレーダーの性能 (方位分解能と距離分解能) からして、9発の水柱一つ一つがスコープに写るわけではなく、ボヮ−とした一塊の映像 (エコー) ですし、しかもその一塊は実際の水柱の散布界を現すものではありません。
また、スコープ上で夾叉を確認できたとしても、そのレーダー性能上からどの様な夾叉の仕方なのかはほとんど判別できません。 極めて近距離に弾着した場合、実際には全遠又は全近であっても夾叉のように写ります。 (このレーダー弾観というのは、現在の射撃指揮装置においても大変に難しいものです。)
したがって、米海軍における射弾修正の適否は、一重にFCレーダー員によるスコープ上の読み取り結果にかかっているといっても過言ではありません。
4.総 括 以上のことから、3万m程度の昼間砲戦では 「大和」 型も 「アイオワ」 型も射撃計算そのものにそれ程差が出る訳ではありませんので、後は射法 (射弾指導) と射弾精度次第ということになります。
射撃精度については、大戦後半には米海軍も散布界の短縮などでかなり精度を上げてきたとはいえ、それでも日本海軍の方がまだまだ上です。 つまり夾叉弾が得られた時に、その斉射弾で命中弾を得る確率は散布界が小さい日本側の方が高いと言うことです。
その代わり、残念ながら、「大和」型も含めて日本側は連続射撃においてどれだけの装填秒時が維持できるのか実績がありません。 基本的に機力に依存する米海軍の方がこの面では有利であることは間違いありません。 実際、大戦中の米海軍の射撃はこれを最大限に活用した方式を採りましたので。 (ただし 「大和」 型の装填機構が実際面でどの程度向上し得たのかは判りません。)
結果、米海軍の 「数打ちゃ当たる」 方式と、日本側の 「緻密打法」 方式のどちらに分があるか、ということになります。 これはもう、一重にその時の状況次第、と申し上げる以外にはありません。 砲術 ・ 艦砲射撃とはそう言うものです。
もちろん最初にお断りしましたように、以上のことはあくまでも “極めて単純、かつ平易な状況・状態での単なる一般論” に過ぎないことを改めて申し上げておきます。
ただハッキリしているのは、是本氏の提示されたものは残念ながら日米両海軍の実態 ・ 実状とはかけ離れており、根拠にも参考にもできない、ということです。
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(6月7日追記) このお話の続きは、