2012年06月09日

陸軍の砲弾で悩む

 次のイラスト・シリーズは旧陸軍の砲弾を予定していることは既にお知らせしてあるとおりです。

 ここで今ちょっと悩んでおります。 それは口径何ミリのものから始めるか、ということです。

 ご存じのとおり、旧陸軍では 「砲」 とは20ミリ 以上のものでした。 (正しくは13ミリ以上が 「砲」 ですが、実質的に20ミリ未満のものが存在しませんでしたので。)

 一方、旧海軍では明確な定義はされていなかったものの、大正期以降の実際的な区分としては口径40ミリ以上のものを指していました。

( 明治期には最小11ミリまでの「機砲」というものがありましたが、大正期以降は40ミリまでが 「機銃」 として存在しました。)

 それでは、旧海軍に合わせて40ミリ以上にするか、というと問題が出てきます。 37ミリの戦車砲や対戦車砲、高射砲などがあるからです。 これらのものを外すわけにはいかないでしょう。

000_37mm_AMMO_s.jpg
( 左から一式 (対戦車砲)、九四式 (対戦車砲)、九四式 (戦車砲)、ラ式 (対戦車
  砲) 用の各37ミリ砲弾薬で、弾丸は全て九四式榴弾、各弾頭には仮栓を装着 )

 では37ミリまでを含めるか、というと今度はこの口径の機関砲が出てきます。

 機関砲を含めるとなると、20ミリ以上と言うことになりますが、やはり機関砲弾を一般的な意味での “砲弾” に含めるには私としてもちょっと抵抗があります。

 そして今後のこととして、旧海軍の砲弾シリーズの時に機銃弾である20ミリから始めるとすると、では7.7ミリや13ミリの機銃弾はどうするのか、ということになってしまいます。

 う〜ん、どうしましょうかねぇ ・・・・ ?  悩んでしまいます (^_^;

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2012年03月29日

黒色火薬と無煙火薬 (続)

 先に某巨大掲示板での黒色火薬と無煙火薬の違いについての質問をご紹介しました。


 結論から申し上げると、質問事項に対する答えは 「No」 です。 無煙火薬との違いは燃焼速度遅延のための大きな形状の薬粒にし易いかどうかではありません。 薬質本来の違いからくる燃焼の仕方そのものが異なるからなのです。

 黒色火薬も無煙火薬も、その製造過程においてまず 「餅塊 (mill cake)」 というものを作り、そこから所要の形状のものにします。

 黒色火薬で 「細粒」 「小粒」 「中粒」 「大粒」 (これは単に薬粒の大小を表すだけではなく、その制式名称でもあります) の場合は、餅塊から圧搾機によって薄板状のものを作り、その上でこれを細かく砕いて所要の大きさの粒 (球形又は立方形) のものにします。 「六稜火薬」 の場合は、餅塊をその型に圧入して作ります。

 したがって、黒色火薬でも無煙火薬と同様にもし必要があるなら任意の形状、サイズのものを (多少の程度の差はあれ) 容易に作ることができます。

 では、何故火砲の装薬として無煙火薬の様に大きなサイズの薬粒が用いられなかったのでしょうか? そして何故無煙火薬に取って代わられたのでしょう?

 その大きな理由の一つが、黒色火薬は薬粒のサイズを大型のものにすると燃焼速度を正確、精密に制御できなくなるからなのです。 ですから、燃焼遅延の目的としての薬粒サイズはせいぜいが六稜火薬程度のもので最大の限度だったのです。

rokuryou_02_s.jpgrokuryou_01_s.jpg

 皆さんご存じのように、薬粒の燃焼は表面から順次内部へと進みます。 このため薬粒のサイズを大きくすると、それだけ燃焼に要する時間がかかることになります。 つまり装薬全体の燃焼完了時間を遅くすることができます。

 したがって、無煙火薬においては、燃焼速度 = f (表面積、温度、圧力) の関数としてその燃焼速度を厳密に制御可能です。 つまり、温度と圧力を同一条件とした場合には、その燃焼速度は薬粒の形状とサイズによる表面積の大小によって管制することができます。

 これによって、大口径、長砲身の砲では単純に大型の薬粒を用いることが可能であり、薬室・薬莢内の装薬充填密度を高め (薬量を増やす)、かつ所要の正確な燃焼速度を得ることができることにもなります。

 これに対して黒色火薬の場合は、粉末 → 細粒 → 小粒 → 中粒 → 大粒と大きくなるにつれて、薬粒と薬粒の間に大きな空間が必要になります。 これは火焔を迅速に装薬全体に回すためです。

 特に六稜火薬の場合には、その形状から薬嚢あるいは薬莢の中の充填密度を高くして多くの薬量を詰めることができます。 したがって、その六角柱の形状の中心に比較的大きな孔 (黒色火薬の場合は1孔又は7孔、褐色火薬の場合は1孔) が絶対必要になります。

 つまり、この孔は無煙火薬の薬粒の様に燃焼表面積を大きくするためというより、火焔がこの中を通って装薬全体に早く伝わるようにするためなのです。

 ここで大きな問題があります。

 皆さんご存じのように、黒色火薬の粒状のものを通常の大気中に並べて点火しても、その点火点からシュルシュル ・・・ と燃えていくに過ぎません。

 また、板状あるいは棒状に圧縮成形したものに点火した場合は粒状の時より更に遅く、僅かに秒速数cm 〜 十数cmでしかありません。 これは混合火薬という性質上からくる 「逐次燃焼」 のためです。

 しなしながら、粒状薬を容器に入れて点火すると瞬時に燃えます。 熱と圧力の作用によるからです。

 また、板状あるいは棒状のものをその断面より僅かに大きな筒の中に入れて点火すると、更に早く瞬間的に燃焼します。 秒速300m 〜 400mの燃焼速度とされています。 これは火焔がその隙間に沿って一気に広がるからで、この現象を 「伝火」 と言います。

 板状あるいは棒状の黒色火薬を装薬として使用した場合、この伝火が適切に起きるか起きないか、そしてどの様に起きるのかは偏に状況・状態次第であり、燃焼速度が秒速数cm〜400mの間のどこになるのかこれを予め計算し、予測することは困難なのです。

 つまり、黒色火薬では形状やサイズを変えて大型の薬粒を作っても、それに比例するごとく燃焼速度を所要の値に正確、厳密に制御することが出来ないということなのです。

 したがって、黒色火薬においては、燃焼速度を遅くする為に薬粒のサイズを多少大きくするのは六稜火薬程度が限度であり、それ以上の緩燃性を追求するためには火薬としての成分そのものを変えるほか方法が無かったのです。

 この後者の方法として取られたのが黒色火薬におけるの熱及びガス発生の主要源である木炭の質を変えることです。

 つまりそれまでの完全な炭化のもの (それ故に黒色火薬と言われる) から、300度C以下の比較的低温で炭化したものを使う事により燃焼速度を遅くすることへと進みます。 その炭の色が褐色であったことから褐色火薬と呼ばれるものがこれで、その代表的なものが英国の 「SBC」 (Slow Burning Cocoa) 火薬です。

 しかしながら、褐色火薬と言えども本来の性質は三味混合という黒色火薬そのものですから、結局のところ燃焼速度が制御可能な薬粒としては六稜火薬程度が限度であることには変わりはなく、したがって黒色火薬よりは遅くできたものの、それ以上の緩燃火薬としては無煙火薬の誕生を待つしかなかったのです。

 簡単にご説明すると以上のとおりです。 繰り返しますが、これは単純に大型の薬粒が作り易いかどうかという問題ではないと言うことです。

 そして無煙火薬の誕生により装薬としての燃焼速度をさらに遅く、しかもそれを正確かつ厳格に制御できることになりました。

 これにより、鋼線砲の発明と併せ、大口径砲の軽量化かつ長砲身化、そしてそれによる砲口威力の増大が可能となり、艦載砲の発展を著しく推し進めることになったのです。

 その状況については、次の記事で概略をご説明しておりますので、そちらも参考にして下さい。


 もちろん黒色火薬と無煙火薬との利害得失はこの燃焼速度の問題だけではないことは申し上げるまでもありません。 含有水分、発生熱量及びガス量、残渣、取扱・保管、等々のことがあり、特に小 〜 中口径速射砲における砲煙のことは燃焼速度制御と並ぶ大きな問題点です。

 それにしても、今日では黒色火薬 (褐色火薬を含む) については産業用火薬として以外、特に艦載砲用の詳細について、これを解説した適当な一般刊行物などがないですよね 〜  『火器弾薬技術ハンドブック』 などでもほとんど書かれていないし ・・・・

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2012年03月10日

黒色火薬と無煙火薬

 某巨大掲示板にて、黒色火薬と無煙火薬の違いについて質問が出ていました。

 曰く、両者を比較して無煙火薬の方が

 紐状薬や方型薬など装薬として成形しやすいがため燃焼速度の調整しやすいだけじゃないか

 ご来訪の皆さんならどの様に説明されますでしょうか?

 ご存じのとおり、無煙火薬の発明により装薬 (発射薬) としての燃焼速度を管制できるようになり、これによって艦載砲のスリム化と長砲身化が可能になりました。

 この長砲身化のメリットは、初速の増大、そして砲身構造の改善に繋がります。

( もちろん無煙火薬の利点はこれだけではないことは申し上げるまでもありません。)

 したがって、この無煙火薬の利点を正しく把握することは、艦載砲の発達を語る上では大変に重要なポイントの一つになります。

 当該掲示板では質問がUPされてから日にちが経っていますが、残念ながら今のところまともな回答はついておりません ・・・・ さてこの後どの様な回答が付くのか楽しみにしているところです。

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次へ : 「黒色火薬と無煙火薬 (続)」

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2012年01月08日

明治〜大正初期の砲熕データ追加

 本家サイト 『海軍砲術学校』 の今週の更新として、先程 『砲術講堂』 内の旧海軍の 『砲熕武器要目諸元』 について、明治期〜大正初期の4.7吋〜2.5听砲のデータを追加公開 しました。


 当面数値データのみですが、日露戦争期を中心にして取り敢えずはこれだけの種類のものがあれば戦史などを研究される方々には充分なものと思います。

 なお、これらのもののうち昭和期でも使用されていた砲については、昭和期の旧海軍史料に基づく詳細なデータを当該項の方でまた別個に公開する予定です。

4in7_cal45_arm_ped_01_s.jpg
( 45口径安式4吋7砲 (高脚砲架) )


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2012年01月01日

謹賀新年


shimekazari_h24_s.jpg

 年が明けまして、新年早々本家サイトの更新をいたしました。

 『砲術講堂』 内の旧海軍の 『砲熕武器要目諸元』 について、明治期〜大正初期の頁を追加し、12吋〜3吋砲のデータを公開 しました。


 取り敢えずは一般要目を中心に纏めましたが、全て旧海軍の史料に基づいております。

 当該頁については今後他の砲についても日露戦争期前後を中心に順次追加公開していく予定です。 また今回分についてもデータを更新するとともに、射表データや図面などを追加していく予定です。

Mikasa_30cm_gun_01_s.jpg
( 「三笠」 主砲塔断面図 )



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2011年12月06日

四十口径安式十二斤速射砲

 既にご紹介しておりますHN 「八坂」 氏のブログ 『軍艦三笠 考証の記録』 において、先日 「三笠」 の12ポンド速射砲訓練風景の絵葉書が紹介されました。

 「三笠」 のハリカンデッキ下の12ポンド砲の様子がよく判る写真は私は初めてです。 大変に貴重なものですね。


 そして八坂氏によるいつもどおりの大変丁寧な考証が記述されております。

 ただ1個所、この12ポンド砲についてのみ若干の誤解をしておられたようですので氏にお知らせをいたしたところですが、八坂氏には早速当該記事に修正を加えていただけました。

 そこで、ついでですので当該砲についてこちらでもう少し補足をしたいと思います。

 ご存じの方もおられるかと思いますが、実はこの砲は砲架の種類によって2つのタイプに分かれます。

 一つが 「高脚 (Pedestal) 砲架」 と言われるもので、露天甲板に装備される12ポンド砲にこれを用いました。 いわゆる 「露天砲」 の類です。

3in_draw_02_s.jpg
( HP 『海軍砲術学校』 所蔵史料より )

 この砲は、旋回輪と俯仰輪とをもって操作しますが、動揺が小さくかつ平易な状況下にあっては、旋回は射手が肩当てにより体で動かすことも可能です。

 もう一つが 「中心軸 (Central Pivot) 砲架」 と言われるもので、当該絵葉書に写っているような主として砲廓や中甲板など露天以外の場所に装備されるものです。 いわゆる一般的に言う 「砲廓砲」 の類です。 日露戦争後にはこの種の砲を 「中甲板砲」 とも呼んだ時期がありました。

3in_draw_01_s.jpg
( HP 『海軍砲術学校』 所蔵史料より )

 この12ポンド砲の中心軸砲架では、旋回・俯仰ともに射手が肩当てによって体で動かすようになっており、旋回輪も俯仰輪もありません。

 当然ながら 「中心軸砲架」 よりは 「高脚砲架」 の方が砲架の構造が複雑ですが、後者の方が堅牢であり海水などによる侵蝕にも強くなっています。 また平易な状況下にあっては、旋回輪と俯仰輪で照準を定めた後はいわゆる 「据え撃ち」 が可能です。 中心軸砲架では射手が支えていないと砲がぐらついてしまいます。

 ではこの12ポンド砲の場合どちらの方式が良いのか、と言うことですが、その時その時の状況によってそれぞれ長短がありますので、何とも言えないところです。

 こういった点も含めて、この12ポンド砲についても何れはデータを纏めて本家サイトの 『砲熕武器要目諸元』 の方にご紹介したいと考えておりますが ・・・・


 ところで、なぜ当該写真の12ポンド砲には 「鋼楯」 と言われるシールドが無いのでしょう? 日本海海戦直後の写真ではシールドが付いていることはハッキリしています。

mikasa_M3805_01_s.jpg   mikasa_M3805_02_s.jpg

 何かの都合で一時的に外されているのでしょうか? それにしてもそう簡単に取外し・取付けが出来るようなものではありませんが ・・・・ ? 撮影時期と併せ、もう少し情報が欲しいところです。


 それにしても、八坂氏の 『軍艦三笠 考証の記録』 は相変わらず素晴らしいブログですね。 こういう地道かつ足下のしっかりした考証のサイトは嬉しいもので、つい続きがUPされるのを待ちわびてしまいます (^_^)

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2011年08月05日

VT信管と対空射撃 (5)

2.信管の信頼性 (承前)

(2) VT信管

 回路図も含めて、当時のVT信管の一般的な構造や作動原理については、本家サイトの方でご説明する予定にしていますので、少々お待ちいただきたいと思いますが、それはともかく。

 太平洋戦争中に Mk32 及び Mk40 は Mk53 に取って代わられたとされていますが、実際終戦までにこれらのVT信管がどの程度の比率で用いられたのかは手持ち史料がありませんので判りません。

 それにしても、初期のVT信管である Mk32 のデータをよくご覧いただきたいと思います。


 Mk32 は最高 20%近くが早発してしまいます。 そして残りの 80%の内の 65%しか正常に作動しないとされています。 ということは射程が長い場合には約半数しか機能しないと言うことです。 後継の Mk53 でも長射程では約7割程度です。

 これは射撃精度が良いとか悪いとかの結果とは無関係で、単に信管が正常に作動するかどうか、という話です。

( この時点で、是本氏の言う “命中率30〜50%” は既に誤りであることがお判りでしょう。)

 さて、そので先の弾片散布図を思い出してください。 そして、下図がVT信管の電波の送信パターンです。 VT信管がこのような送信範囲で作動していたのでは、先の弾片散布に対してはほとんど役に立たないことがお判りいただけると思います。

VT_Fuze_effect_01_S.jpg

 そこで、VT信管の受信回路では、目標からの反射波の到来方向による受信感度を調整することによって、この弾片散布に合わせるようにしているのです。

 つまり、下図のように、受信部の感応範囲を弾片散布に最も適合するように設定しています。

VT_Fuze_effect_02_s.jpg

 しかし、当然ながらVT信管の感応・起爆時とその後の弾丸の炸裂、弾片散布との間にはタイムラグがありますので、想定する目標の大きさはもちろん、速度、相対的な運動方向などを勘案して、この感応範囲が決めなければなりません。

 下図は各種VT信管の感応範囲を比較したものです。 これも手書きの大変ラフなものですが、大凡の傾向は把握していただけるものと思います。

USN_VT_Fuze_Sensitiv_01_s.jpg

 初期の Mk32 はやや前向きに、次の Mk40 は正横少し前に、そして Mk53 が弾片散布より僅かに前方になってます。 これは理論と実証データによって、順次改良がなされてきたと言うことです。

 それでは、このVT信管の感応範囲と弾片散布範囲とによって、これが何を意味するがお判りでしょうか?

 そうです、VT信管と言えども、射弾に “適度な散布” がなければ命中率は高くならない、と言うことなのです。

 つまり、どんなに優秀な射撃指揮装置を用いようと、測的・射撃計算には誤差があります。 しかも目標は、その解法上の前提とする 「等速直進運動」 を維持して飛ぶ訳ではありませんで、特にレシプロ機の場合は通常に飛行してもかなりの “振れ” があります。

 即ち、この誤差をVT信管の作動や弾片散布の値以内に収める、つまりそれだけ精度の高い指揮装置は砲熕武器などは、現在においても難しいということです。

 したがって逆に、目標に対してこのVT信管の作動と弾片効果の範囲内に “どれかの” 射弾が入るように “適度な散布” と言うものが必要になってきます。

 VT信管さえあれば、そして精度の高い射撃指揮装置があれば、何が何でも有効な対空射撃が出来る、というような簡単なものではないことがお判りいただけると思います。
(続く)

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2011年07月27日

VT信管と対空射撃 (4)

2.信管の信頼性

 (1) 九一式時限信管

 「九一式時限信管」について、その詳細は本家サイトにて既にご紹介してあるところです。


 この時限信管の作動誤差値については、旧海軍の実射試験データから ± 0.15秒とされています。

 下図は、旧海軍史料による九一式時限信管歯輪付の通常弾の弾道略図です。 手書きの非常にラフなものですが、おおよその弾道についてはお判りいただけると思います。 

com_127mm_40cal_traj_01_s.jpg

 八八式及び八九式十二糎七高角砲において初速 720m/秒とすると、この口径でこの初速程度の砲では、その弾道からするならば対空射撃における有効射程はだいたい飛行秒時 20秒程度、射距離 9000m程度までくらいと言えます。

 そこで、この射距離付近においては存速 300m/秒程度となりますので、信管作動誤差 ± 0.15 秒の時、弾丸破裂点の散布は ± 45m 程度となります。 これに上下左右の誤差を考慮した範囲が炸裂範囲となります。

 この射程より近い場合には存速が高く、これにより弾道 (距離) 上の作動範囲が広くなりますが、その代わり射撃精度と弾道性能そのものが良くなることはもちろんです。

 ではこの信管作動誤差による破裂散布範囲は大きすぎるのか?

 これについてはもう少し詳細に検討の余地が残されていますが、しかしながら射撃指揮装置による射撃計算の誤差や発砲諸元伝達、発砲時の誤差などを考慮し、適宜の散布であることが必要となることは確かです。

 とするならば、先の弾片散布図と併せて考えるならば、これは射撃指揮装置の性能・精度さえそれなりに確保されていれば、当時としてはそれ程悪い値ではありません。

 むしろ、旧海軍の対空射撃の思想であった、射撃指揮装置1基で2〜4基の連装砲を管制しての弾幕射撃であるならば、この誤差散布は逆に充分に受け入れられるものであると言えます。

 初心者の方はこの射撃における誤差が小さければ小さいほど命中率は高くなるのではないかと思われるかもしれませんが、艦砲射撃というのはいわゆる “狙撃” とは違います。 如何に照準が正しかろうと、また如何に射撃計算が正確であろうと、射弾には必ず何某かの “誤差” が伴いますので、この “適度な散布” というのが重要なのです。

 この適度な散布による弾幕の中に目標を包み込まなければ “絶対に” (いつも申し上げますが、確率 “0%” という意味ではありません) 命中しません。 対空射撃システムのみならず、水上射撃も含めた 「艦砲射撃」 というものを考える場合には、このことが重要なのです。

 因みに、当時の旧海軍におけるこれら射撃指揮装置や高角砲をもってする対空射撃の考え方については、次の史料が参考になるでしょう。

『艦船対空砲装の研究』 (昭和18年、横須賀海軍砲術学校)

Kitamura_AAGunnery_01_s.jpg

(続く)
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2011年07月17日

『日露戦争期の旧海軍の砲術』

 先に62回にわたって連載しました 『日露戦争期の旧海軍の砲術』 を纏め直し、本家サイトの 『砲術講堂』 中の 『砲術の話題あれこれ』 にその第2話として掲載しました。


 本ブログ上では “ブログ” という性格と仕様によって、連載ものはかなり見にくいものとなっておりますので、本家サイトでは随分とスッキリした形でお読みいただけるようになったと思います。

 ついでに、例の 『別宮暖朗本』 について本記事で指摘した個所を1つに纏めたものを追加してみました。 これでも引用上の最小限のものに過ぎないのですが、たったこれだけでも一体何頁分になるのかと。

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2011年07月12日

VT信管と対空射撃 (3)

 さて、少し間が開いてしまいましたが、最初のお話しは日米両海軍の砲弾とその信管です。 各砲弾・信管の詳細データにつきましては、既に本家サイトの方にUPしてありますのでそちらをご覧下さい。

「四十口径十二糎七高角砲通常弾」

「九一式信管」

「38口径5インチ砲用 Mk−35 対空通常弾(VT信管付)」

「Mk32 VT信管」及び「Mk53 VT信管」


これらのデータを比較しながら、少し補足を。

1.砲弾の弾片効果

 米海軍の38口径5インチ砲用の対空通常弾には現在本家サイトでデータ公開中のMK35の他にMk31及びMk34がありますが基本的にはほぼ同じものです。

 威力に関する諸元で日米のものを比較すると次のとおりです

弾   種12.7cm/40
通常弾
5”/38
AAC
8cm/40
三号通常弾
3”/50
AA
全 重 量23.00kg25.03kg5.790kg5.9kg
炸 薬 量 1.778kg 3.29kg0.465kg 0.336kg
比   率7.73%13.1%8.03%5.57%

 さて、その両海軍の対空弾の弾片の有効範囲ですが、実はこれはその定義が非常に難しいもがあります。 何しろ “弾片” ですし、相手は航空機ですから、何を以て “有効” とするかということは、単なる弾片の拡散範囲や存速などだけでは決められないものがあります。

 例えば、旧海軍史料によるデータでは次のものがあります。

 弾  種12.7cm/40
通常弾
8cm/40
三号通常弾
 破裂高6000 m4000 m
 散布界直  径70 m40 m
面  積15000 m5000 m
 弾片密度
 (個/1m
平  均4.04.0
中央部55 (1〜300g)64 (1〜100g)
中間部10 (10〜300g)2 (10〜100g)
周辺部0.4 (100〜300g)0.3 (50〜100g)
( 弾片密度の ( ) 内は弾片1個の重量 )

 とはいえ、これだけでは話が続きませんので、各種史料を総合し、弾片の大きさ、散布界、存速、密度などを勘案して、「有効範囲」 をごく一般的に 「1発の弾丸の弾片により航空機に対して何等かの被害を与えられる範囲」 として考えますと、大体次の様な値になります。

 砲 種12.7cm/405”/388cm/403”/50
 遠 近20 m25 yds14 m15 yds
 左右・上下20 m18 yds14 m10 yds

 ところがここでご問題になるのは、この弾片の拡散範囲というのは、破裂点を中心とする “円球全体内に均一” に広がることではない、ということです。

 つまり、下図はその有効範囲における弾片撒布の状況を示した図です。 手書きのもので大変にラフなものですが、大体のパターンを理解していただくには十分と思います。

AA_proj_effect_01_s.jpg
( 図の上が弾道切線 (≒弾軸) の方向 )

 38口径5インチ対空通常弾 (AAC)、12糎7高角砲通常弾、8糎高角砲三号通常弾及び50口径3インチ対空通常弾で、総て同じ傾向のパターンであることがお判りいただけるでしょう。

 したがって、目標に被害を与える (=撃墜する) ためにはこの有効破片飛翔範囲に目標を捉える必要がある、と言うことです。
(続く)

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2011年06月22日

VT信管と対空射撃 (2)


 対空戦能力の評価要素

 太平洋戦争中の日米両海軍艦艇による対空戦の実態をお話しするとは言っても、両海軍艦艇で使用された対空武器システムについては、その総ての種類を網羅してご説明することはとてもではありませんができませんので、HN 「猫」 さんからお尋ねいただきました第2次大戦中の日米両海軍の代表的なものに絞ることとします。

 具体的には次のシステムです。

   米海軍側 : 射撃指揮装置Mk−37 + 38口径5インチ両用砲

   日本海軍側 : 九四式高射装置 + 四十口径八九式十二糎七高角砲

 そして、各艦艇のそれらのシステムを中心とする対空戦能力を評価するため、これを次の要素について分けてお話しし、最後にその総括としての総合能力の評価を纏めてみることとします。

  (1) 砲弾 (信管を含む)
  (2) 砲熕武器
  (3) 射撃指揮装置 (FCレーダーを含む)
  (4) 個艦の対空戦システム

 米海軍では大戦後半となりますと駆逐艦以上には艦内にCIC (Combat Imformation Center) が設けられ、ここでレーダーを中心とする戦闘情報が集約され、これに基づく戦闘指揮が行われるようになりました。 これについても最後の項で合わせて触れてみたいと思っています。

 ただし、「対空戦 (Anti-Air Warfare,AAW)」 ということについては、現在では関連する事項を含めますと大変に幅広い内容となります。 また、本来ですと当時の艦隊における部隊防空にまで踏み込んでお話ししないと、なぜ日米海軍の対空戦があの様な様相になり、あれだけの差が出たのかの実態に繋がりませんが、これらについてはまた項を改めて別の機会とさせていただきます。

 つきましては、本家サイトに この 「四十口径十二糎七高角砲通常弾」 と 「九一式信管」 の詳細データについて既にUPしてありますのでご覧ください。

http://navgunschl.sakura.ne.jp/koudou/ijn/buki/ammo/proj/com_127mm_40cal.html
http://navgunschl.sakura.ne.jp/koudou/ijn/buki/ammo/fuze/fuze_type91_mt.html

 これのご説明は、次ぎに米海軍側の砲弾と信管のデータをUPしたところで纏めてしたいと思います。

( 現在、本家サイトでは米海軍のページは未開設のままですので、取り敢えず必要なものを公開できるように暫定版を作成中です。 ちょっと思わぬ手間暇がかかっていますが ・・・・ (^_^; )
(続く)

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2011年06月19日

VT信管と対空射撃 (1)

 始めに

 本家サイトの掲示板の方でHN 「猫」 さんより次のご質問をいただきましたが、お答えを兼ねて、これを機会に第2次大戦中の日米両海軍の対空射撃について少し纏めてみたいと思います。

 同書 (是本信義著 『日本海軍はなぜ敗れたか』 ) には 「VT信管は化け物か?」 と題する対空射撃に関する項もありまして、日本の九四式高射装置と12.7cm砲に対して米国のMk.37と5インチ砲は命中率において0.3対30〜50%で、米側が圧倒的に有利とする記述がありました。 (最初、日本側は平射砲の三年式かと思ったのですが、高角砲とありました)

 私の知る限り、米軍は比島沖で1000発/機以上の砲弾を使用していたはずですが、是本氏の示された数字は理論値か何かなのでしょうか?

 また、氏はVT信管が有効に機能するためには高性能のGFCSが不可欠であり、また、時限信管であってもGFSC次第で十分な命中率が期待できると述べております。 その根拠として、氏がきくづき砲術長時代に Mk.56 を使用して吹流しへの射撃を行った際に初弾で命中させた例を挙げておられます。 そして、結論として、能力的に不十分な九四式高射装置を使用する日本側にVT信管を配備してもさほど効果がないと結論づけております。 この辺りの信憑性は如何なものなのでしょうか?

 合わせてお尋ねしたいのですが、事例として挙げられている 「きくづき」 のような戦後のフネの場合、砲自体が進歩している上、門数が減少していますから、戦中のフレッチャー級その他と対空射撃の手法が異なると考えてよろしいのでしょうか?

 ところで、先にも是本信義氏の著作 『日本海軍はなぜ敗れたか』 の記述内容につきましてご質問をいただいた時にも書きましたが、私は当該書を読んだことがありませんので、今回は正確を期すために近くの図書館から借りてきました (^_^;

Koremoto_books_01_s.jpg

 この2つの著書とも中で使われているネタはほとんど同じものなのですが、すぐに気がつくのは両書とも論述の具体的な根拠についてその出所 (引用) が全くと言ってよいくらい示されていないと言うことです。 特に今回話題にする対空戦については、私としてもその根拠が一体何に基づいているのか全く判りません。

 つきましては、太平洋戦争当時の日米両海軍の対空戦についてお話しするに当たっては、まず両海軍艦艇の武器システムがどのようなものであったかの実態について、主として双方海軍の部内資料に基づいてご紹介するところから始めることにします。 もちろんこれら資料には戦後のものも含みます。

 内容的には一般の方々にはちょっと詳細すぎるかなと思うところまで踏み込みたいと思いますが、折角の機会ですのでこれまで一般刊行物では出たことのない、桜と錨のブログならではのものにしたいと考えています。

 ただし、纏めるのには少々手間暇がかかりますのでかなりのスローテンポになりますことは予めご承知置き下さい。
(続く)

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2011年06月07日

日米両戦艦の砲術 (補)

本家サイトの掲示板の方にも書きましたが、HN 「猫」 さんからお尋ねいただいた是本信義氏の著作での記述内容につきまして、私は当該書を読んだことはありませんし購入もしておりませんので、正確を期すために近くの図書館から借りてきました。

 つきましては、先にお話しした 「大和」 と 「アイオワ」 の砲戦について、日米戦艦の試射に関する私のコメントで全く間違いはないことを確認しました。


 そして更に、試射に関すること以外でも、この件について是本氏が誤ったことを書かれていることを知りました。 ( 『日本海軍はなぜ敗れたか』 の p209〜213、及び 『誰も言わなかった海軍の失敗』 の p177〜180 )

 何が正しくないかと言いますと、先にお話ししたMK−8及びMK−13のFCレーダーは勿論ですが、それを用いる米海軍の射撃指揮システムに関する総てについてです。 そのいくつかをご説明しましょう。

Mk-38_Gun_Director_01_s.jpg
( Mk−13レーダー装備のMk−38方位盤 )

 まず、名称からして誤っています。

アイオワのMK38GFCSは
   ( 『日本海軍はなぜ敗れたか』 p213 )

アイオワは大和のそれをはるかに上まわる 「MK−38GFCS」 を装備していた。
   ( 『誰も言わなかった海軍の失敗』 p178 )

とありますが、米海軍にMk−38というGFCS (Gun Fire Control System、射撃指揮装置) はありません。 当該Mk−38というのは方位盤 (Gun Director) の名称であって、「アイオワ」 型はこれと、Mk−8 Rangekeeper (旧海軍の測的盤+射撃盤に相当)、MK−8(Mk−13) Radar Equipment、Mk−41 Stable Vertical などが組み合わされたシステムであり、当時はまだこれらを一括して1つの 「GFCS」 とは呼んでおりません。 ただし、“ is known informally as the Gun Director Mark 38 system ” ではありました。

 たかだか名称ぐらいで、と思われる方もおられるかもしれませんが、このことを知らないと言うことはこの射撃指揮システムのことをキチンと調べていない (判っていない) という証明になります。

USN_GFCS_01_s.jpg
( 射撃指揮システムの構成例  方位盤の図はMk−34ですが、Mk−38でも同じ )

そして、測的及び射撃計算を行う Rangekeeper ですが、

以上のシミュレーションは、弾道計算を行う射撃盤すなわちコンピューターの性能を同じとした場合で、本当は大きな差があった。 「大和」 の九八式射撃盤は、各種データを手動調定して所要の計算を行う機械式だったが、アイオワのMk38GFCSは、当時としては最高の性能を誇る電気計算機を使用していた。
   ( 『日本海軍はなぜ敗れたか』 p212〜213 )

 残念ながらMk−8 Rangekeeper は日本海軍の九八式射撃盤と同じ “完璧な” 機械式です。 そして九八式とは射撃解法のやり方 (理論式) が異なる点を除けば、精度はほとんど互角と言えます。

MK-8_rangekeeper_01_s.jpg
MK-8_rangekeeper_02_s.jpg

 むしろ当日修正などでは九八式の方が優れていた点もあります。 ただし、工業量産品か職人の手作りかという差はありますが。

98shki_shagekiban_01_s.jpg
( 『九八式射撃盤改一参考書』 の表紙 )

 また、砲の操縦については、

自動操縦システムを持たない日本海軍は、砲側に送られてくるデータに基づき、砲台に一名の旋回手と砲身一門に一名の射手がローカル操縦で砲を動かしていた。 「大和」 の主砲三連装三基計九門の場合、旋回手三名、射手九名が必要なのである。 一方、「アイオワ」 は、サーボモーターを使用するフィードバック回路によるリモートコントロールシステムで、自在に自動操縦していた。
   ( 『日本海軍はなぜ敗れたか』 p213 )

 これも残念ながら、「アイオワ」 の主砲でも同じように砲塔に配員が必要であり、各種の操縦モードをその時の状況により切り替えていました。 もちろん氏の言うように Rangekepper から送られてくる発砲諸元により自動操縦を行うこともできましたが、だからといって常にこれで精度の高い砲の指向ができたわけではなく、海面状況などによっては、旋回手と射手による手動操縦 (それも幾つかのサブモードがあります) の方が良好な場合も多いのです。 というより、主用するモードは後者だったのですが。

USN_gun_elev_mech_01_s.jpg
( Schematic Diagram of Gun Elevation system )

 もちろん、米海軍の電動油圧、Aend-Bend などによる制御方式は確かにすばらしいものがありますが、水上目標を照準して追尾している限りにおいては、日本海軍の水圧、基針追針方式でも通常状態なら何等遜色があるわけではありませんし、状況によっては反ってこちらの方が精度が高い場合もあり得ます。

 そして最大の誤りは、先にご説明したMK−8 (Mk−13) FCレーダーです。 氏の言うような性能・能力はありませんでしたし、それよりも何よりも、

満足な捜索レーダーも持たず、射撃用レーダー皆無の 「大和」 は、優秀な捜索、射撃用レーダーを持つ 「アイオワ」 にロックオンされ、何が何だかわからないうちに命中弾を浴び沈没ということになっていたであろう。
   ( 『日本海軍はなぜ敗れたか』 p213 )

 「ロックオン」 という用語をどのような意味で使っているのかの説明がありませんので判りませんが、少なくとも現代における一般的な 「自動追尾・自動照準状態」 ということであるなら、このMk−8やMk−13も含めてその様なレーダーは当時の米海軍には存在しませんでした。 この ↓ ようなコンソールでレーダー員が手動で測っていましたし、ましてや連続かつ平滑化されたデータが自動的に Rangekeeper に入力されるわけではありません。

Mk-13_console_01_s.jpg

 また一方の日本海軍では、レイテ沖海戦までに2号2型の改造によって曲がりなりにも電探射撃ができるレベルにありましたし、捜索用レーダーにしてもこの砲戦距離程度ならばある程度の能力が発揮できましたので、「何が何だかわからないうちに」 となる可能性は低いと言えるでしょう。

 それ以前に、科学的合理性を説く両書において、広い大洋の真ん中で 「大和」 と 「アイオワ」 がそれぞれ単独で会敵して砲戦に至る、と想定すること自体に無理がありますが(^_^;  したがって、

文句なしに 「大和」 に軍配が上がりそうだが、それは海軍砲術を知らない人のまったくの素人考えと言える。 ズバリ言って、この勝負 「アイオワ」 の勝ちである。
   ( 『日本海軍はなぜ敗れたか』 p210 )

ところが、それは海軍砲術を知らない素人の考えなのである。 ズバリいって、この勝負はアイオワの完勝なのである。
   ( 『誰も言わなかった海軍の失敗』 p177 )

 もし是本氏が日米両海軍の砲術・艦砲射撃についてチキンと調べていたならば、少なくともこの様な断言には至らなかったのでは、と残念に思います。

 2回にわたり 「日米両戦艦の砲術」 と題して是本氏の記述の誤りを指摘した種々の事項は、この両書全体の論点からいうと小さなことではありますが、逆に言うと海自OBを名乗り、その上に 「私が護衛艦 「きくづき」 の砲術長を勤めていた時 云々」 と言っているだけに、この様なことをキチンと調べてから誤りの無いように書かないと、折角の著作全体の鼎の軽重を問われることになりかねないでしょう。

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(注) : 本項で使用した写真・図は総て本家サイト 『海軍砲術学校』 所蔵史料からです。
posted by 桜と錨 at 18:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 砲術の話し

2011年06月01日

日米両戦艦の砲術

 本家サイトの掲示板でHN 「猫」 さんから次の様なご質問をいただきましたが、私の見解をお答えするには少々長くなりますのでこちらに記事として掲載させていただきます。

 是本信義著 「なぜ敗れたか日本海軍」 の中で、大和 (光学測距) とアイオワ (電測) の比較をした部分がありまして、彼我の距離30,000m、弾着まで1分30秒、修正射に45秒と仮定してシュミレートされています。

 まず初弾が敵艦前方300mに着弾したところから始めて、大和の場合左切れ300m > 「右寄せ10次」 > 全遠 > 「下げ1,000次」 > 全近 > 「高め500急げ」 > 夾叉となって、夾叉まで試射三度、8分15秒を要するのに対して、アイオワは電探 (Mk.8か?) で最初の試射から遠近左右の誤差を測定してその次ぎから夾叉&斉射に移れるように書いてあります。 (測距儀が距離の自乗比で誤差が増えるのに対して電探は誤差が理論上一定であることも強みらしいです)

 ここで疑問なのですが、実際は帝国海軍の射法にも幾つか種類があるわけですし、交互射撃で修正に要する時間を短縮する等のことが行われていたように記憶しています。 実際、氏が主張するように、光学器のみの射撃でここまで時間がかかるものなのでしょうか?

 お尋ねの件の著者である海自OBの是本信義氏ですが、直接の部下になったことはありませんが現役の時に良く存じ上げている先輩です。 部内では有名だった方ですので。 また退職後は幾つかの著書を出されているようですね。

 ただし、氏の著書は読んだことはありませんので、お尋ねの件の内容だけに限って申し上げるならば、残念ながら旧海軍の砲術についてはほとんど調べておられないようです。 また、「アイオワ」 型搭載の Mk−8 (後にMk−13に換装) も含めた当時の米海軍の射撃用 (FC) レーダーにつきましてもその性能要目などの実態についてあまりご存じないように思います。


1.仮定諸元などについて

 射距離3万mで弾丸飛行秒時が1分30秒となっておりますが、明らかに誤りです。 46糎砲の射表がありませんので正確な秒時は出せませんが、40糎砲及び米海軍の16インチ砲の射表から判断しても、常識的には約60秒程 (55〜60秒前後) です。


 以下、ここでは射距離3万mというより飛行秒時60秒の場合としてご説明します。

 また 「修正射に45秒」 とありますが、これは弾着時からこれの観測により修正を行ってその修正弾を発砲するまでの 「修正費消時」 のことと思いますが、明らかに長すぎます。 旧海軍では一般的には10秒程度、長くとも (技量が低い場合) 20秒程度とされています。


2.旧海軍の試射要領などについて

 一斉打方を用いるか交互打方で行くかは別にして、試射を是本氏提示のような 「緩射 (緩徐なる一斉打方)」 で実施することは、少なくとも昭和10年代の旧海軍では特別なことが無い限りあり得ません。

 また是本氏提示の射弾修正における修正量も違います。

( 例えば、修正量 (捕捉濶度)が 1000mであるなどは旧海軍ではありませんし、捕捉後の本射移行の修正量はその半分の500mではありません。 簡単に説明するため切りの良い数字で、というのも判らないことはありませんが、しかしそれでは旧海軍の砲術の正しい解説にはなりません。)

 仰るとおり、旧海軍には試射の要領も含めて幾つかの射法や射撃のやり方がありますが、それのどれをその時に採用するかは何とも言えないものがあります。 砲術長を始めとする射撃関係員の技量や、彼我の対勢、気象海象状況、等々で変わってくるからです。

 ただし、これらのこと総てを脇に置いておいて、単純に “昼間砲戦での極めて平易な状況” でかつ砲機の状態や乗員の能力技能などに問題ないとした場合として考えますと、その標準とする試射のやり方などは当然決められています。

 これにつきましては、本家サイトにある 「砲術講堂」 で 「旧海軍の砲術」 → 「射法」 → 「射法理論」→ 「水上射撃の射法理論」 と辿っていただくと、その中に 「試射の要領」という項目があります。 つまり ↓ で、


 その項にある 「6.試射法の決定」 の一番最後に、標準の適用試射法を記述しています。 これが旧海軍における今次大戦開戦時のものです。

 残念ながら、というより当然のことですが 「大和」 型の射撃データが加味されたものではありませんが、旧海軍の技量という点からは 「大和」 型においても少なくともほぼこのまま適応可能と考えられます。

 したがって 「大和」 型の場合、ご質問の例ではごく普通 (標準) の状況ならば照尺差500m又は600mとする 「初弾観測2段打方」 又は 「同3段打方」 を交互打方によって実施すると考えられます。

 以上のことからするに、その典型的なものが旧海軍史料にありますのでそれをご紹介します。

IJN_shokan3dan_01_s.jpg
( 海軍砲術学校作成のテキストから )

 修正費消時を10秒とし、修正第1弾と2弾で捕捉 (弾着が目標を前後に挟む) して本射に移行する場合に、初弾発砲から本射第1弾の発砲までに2分30秒 (弾着までは3分30秒) としています。 これは旧海軍における大口径砲の射撃のごく一般的な要領の例を示したものです。

 もし初弾と修正第1弾で捕捉したならこれより−10秒、修正第2弾と3弾で捕捉するなら+30秒ですが、後者は旧海軍の射撃データに基づくとそれが生起する確率は低いと考えられます。

 しかも、「大和」 型はその 「九八式射撃盤改一」 において、測距儀(3重 x 4基=12種)や電波探信儀などから合わせて最大15種の測距データを2個の測距平均器により同時に平滑して平均距離を出しますので、これによってかなり測距誤差を縮小することが可能となっています。

 したがって射距離3万m程度ならば、もしかすると 「大和」 型の性能・能力的には 「初弾観測急斉射 (初観急) 」 が適用できた可能性も充分考えられます。 とすると、本射第1弾発砲までは僅かに70秒 (弾着までは2分10秒) となり、これで夾叉できる確率も高いですし、交互打方による急斉射を実施すれば相当早期に有効弾を獲得することが期待できることになります。

 左右誤差については、当時の日本戦艦の術力からすると、初弾からほぼ左右正中が期待できますので、試射においてこの修正はほとんど必要ないと言えます。 (というより、それが過去の射撃成績から期待できるからこそ、この射法適用が決められているのですが。)

 したがって、どう転んでも是本氏の8分15秒などというような見積りは旧海軍の常識から言って絶対に出てきません。 もちろん、射撃指揮官が生まれて初めて射撃指揮をする少・中尉だったと仮定するなら話は別ですが (^_^)

( なお、本射を交互打方から一斉打方に替えるかどうか、替えるとすると本射移行後の何時からか、などはその時の状況によります。)


3.米海軍の砲術について

 一方で 「アイオワ」 型ですが、米戦艦は原則として一斉打方のみです。 そして問題は、当時のFCレーダーはその機能・構造から方位精度 (方位分解能) が非常に悪く、また照準線の決定 (方位は勿論、俯仰も) できませんので、FCレーダーのみでの射撃はほとんど不可能 (=役に立たないという意味) です。

 つまり当時のFCレーダーの利点は、単一データとしては測距儀よりも精度が高い測距データのみということです。 ましてや射撃に有効な精度での左右偏倚量などは得られません。

( 加えて、Mk−8やその前のMk−3はシステムとしての信頼性 ・ 安定性が悪く、このためすぐにMk−13が開発されています。)

 このため有効な射撃を実施するためには、日本側と同じく光学照準が絶対に必要になります。 これはスリガオ海峡夜戦をご覧頂ければお判りと思いますが、FCレーダーのデータのみでは全く当たっていません。 当たる訳がない (確率0%という意味ではありません、念のため) のです。

 これからすれば、要するに試射を緩射で実施するのと同じことになり、夾叉が得られる (=適正照尺が得られる) のは上手く行って第2弾、常識的には (まともな夾叉が得られるのは) 第3弾からですので、60秒+20秒又はその2倍、即ち1分20秒又は2分40秒で本射に入ることができる可能性が高い、ということです。 (日本側より長い修正費消時20秒としているのは、レーダー員の読み取りとそれに基づく修正に時間がかかるためです。)

 ただし、最初から急斉射を実施すれば、もし初弾の修正が正しい場合には急速に有効弾を獲得できる可能性もあります。 もちろん逆に無駄弾(無駄な斉射)も大変に多くなりますが。

 その一方で、弾着観測・修正のやり方は、日本海軍では弾着と目標との距離差は関係なく、単に遠か近かにより公算データに基づいた修正で夾叉に持っていく方法ですが、これに対して米海軍の射弾修正は、弾着観測によってその都度弾着の中心点と目標位置との差分 (観測平均距間量の全量) を修正していく方法ですので、下手をすると夾叉がなかなか得られないということになります。

 しかも先のFCレーダーの性能 (方位分解能と距離分解能) からして、9発の水柱一つ一つがスコープに写るわけではなく、ボヮ−とした一塊の映像 (エコー) ですし、しかもその一塊は実際の水柱の散布界を現すものではありません。

 また、スコープ上で夾叉を確認できたとしても、そのレーダー性能上からどの様な夾叉の仕方なのかはほとんど判別できません。 極めて近距離に弾着した場合、実際には全遠又は全近であっても夾叉のように写ります。 (このレーダー弾観というのは、現在の射撃指揮装置においても大変に難しいものです。)

 したがって、米海軍における射弾修正の適否は、一重にFCレーダー員によるスコープ上の読み取り結果にかかっているといっても過言ではありません。


4.総 括

 以上のことから、3万m程度の昼間砲戦では 「大和」 型も 「アイオワ」 型も射撃計算そのものにそれ程差が出る訳ではありませんので、後は射法 (射弾指導) と射弾精度次第ということになります。

 射撃精度については、大戦後半には米海軍も散布界の短縮などでかなり精度を上げてきたとはいえ、それでも日本海軍の方がまだまだ上です。 つまり夾叉弾が得られた時に、その斉射弾で命中弾を得る確率は散布界が小さい日本側の方が高いと言うことです。

 その代わり、残念ながら、「大和」型も含めて日本側は連続射撃においてどれだけの装填秒時が維持できるのか実績がありません。 基本的に機力に依存する米海軍の方がこの面では有利であることは間違いありません。 実際、大戦中の米海軍の射撃はこれを最大限に活用した方式を採りましたので。 (ただし 「大和」 型の装填機構が実際面でどの程度向上し得たのかは判りません。)

 結果、米海軍の 「数打ちゃ当たる」 方式と、日本側の 「緻密打法」 方式のどちらに分があるか、ということになります。 これはもう、一重にその時の状況次第、と申し上げる以外にはありません。 砲術 ・ 艦砲射撃とはそう言うものです。

 もちろん最初にお断りしましたように、以上のことはあくまでも “極めて単純、かつ平易な状況・状態での単なる一般論” に過ぎないことを改めて申し上げておきます。

 ただハッキリしているのは、是本氏の提示されたものは残念ながら日米両海軍の実態 ・ 実状とはかけ離れており、根拠にも参考にもできない、ということです。

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(6月7日追記) このお話の続きは、



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2011年05月01日

日露戦争期の砲術の話しを終えて

  『艦砲射撃の基本中の基本』 に始まって 『安保清種の砲術』 まで全62回にわたって日露戦争期における旧海軍の砲術についてお話ししてきましたが、これにて取り敢えずこの項は一応の終わりにいたしたいと思います。


 ここまでお読みいただいた方々には、当時の旧海軍の砲術がどの様なものであったかをご理解いただけたものと考えております。

 『別宮暖朗本』 の砲術についての記述は全くのウソと誤りでしかないこともお判りいただけたと思いますが、まあ当該本については話しのネタの “ダシ” に利用させていただいただけですので、この本やその著者そのものについては本来は別にどうでもよいことです。

(もちろん、当該本について砲術以外のことについてはこれからも順次ウソと誤りを指摘して、読まれた初心者の方々がその口調に惑わされて勘違いをしないように事実・史実をお話ししていきますが。)

 日露戦争期における砲戦については、黄海海戦、旅順やウラジオストック砲撃、そして肝心な日本海海戦、特に東郷ターンや丁字戦法、等々採り上げるべきものは沢山ありますが、これらはそれぞれのテーマを設けて改めて別の機会にお話しすることにします。

 実は、この日露戦争期のことは私が本当に書きたいことのホンの “序章” に過ぎません。 「本編」 はこの日露戦争後の近代射法誕生以降のことであり、旧海軍が世界に誇った砲術であり、それに基づく砲戦術の話しです。

 したがって、これまでの話しはその近代射法誕生以前の砲術がどのようなものであったのかを理解していただくためのものであって、この内容を前提として本来のお話しへ続けたいと思います。

 とは言え、照準を始めとする射撃基礎の問題については、これ以前も以降も同じであり、これを近代射法誕生以降どのような形で解決していくのかもテーマの一つになりますので、砲術におけるキー・ポイントとして充分にご理解いただきたい重要な点です。

 そして、日露戦争期の旧海軍の砲術についてここまで詳細かつ具体的に説明したものは、砲術の大御所である黛治夫氏の著書も含めて無かったことであり、初めて明らかにし得たものであると自負しております。

 今後二度と出版物やネットにおいて “日本海海戦において連合艦隊は一斉打方を世界に先駆けて採用して勝利した” などと全く根拠のないことを言う人が出てこないことを願う次第です。

posted by 桜と錨 at 18:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 砲術の話し

2011年04月27日

安保清種の砲術 (10)


二十七、装甲鈑の背後に於ける充実せる石炭庫は防御上極めて有効なるを実証したり 防御甲板上の炭庫には中甲板の裏面迄毎に隅なく石炭を充実し置くは戦に臨むの準備として特に注意すべき要件の一なりとす


二十八、弾片防御用として釣床 「マントレット」 等の有効なるは既に普く了知せらるる処なりと雖も今回の海戦に於て其効果実に驚く可きものあるを実証したり

殊に艦橋、小口径砲の背後、砲塔砲廓の指揮塔空隙の側背等に使用したる釣床の如きは孰れも多少の破片弾片を食止め明かに人員砲具等を防護し得たる実跡を留め前檣中部の周囲に併縛したる釣床及び司令塔の周囲を巻きたる索具の如きは亦多数の破片弾片を食止め大に其散乱を防阻したるを証せり 「マントレット」 は釣床に比すれば少しく劣る処ありと雖も依然有効なりし


二十九、12尹砲塔の自働照準装置は全くに精巧に失し往々歪みを生じ易きの慮あり直接式に改良を要す

尚砲塔砲に照準器改装手を必要とするは一般の認むる処にして其位置と照準器に相応の設備を要す


三十、今回の海戦に 「ボロジノ」 型戦艦が砲弾に対して比較的脆かりしに反し 「クニヤージスワロフ」 が幾多の魚雷攻撃を被りしに拘わらず (魚雷の幾発が命中したりしやは固より不明なれども殆ど運動の自由を失いたるものに対し孰れも近距離より発射したるを以て割合に多数の命中ありしを推し得べし) 沈没容易ならざりしは此同型艦の特色たる水線下裏面の特製甲鈑が預って少なからざる効果ありしに由るに非ざるか兎に角戦利艦 「アリヨール」 に就きて充分装甲法を講究し新艦防御上の参考に資すること目下の急務なり


三十一、12尹砲発射に際し砲塔の換装室及其弾薬庫に在りし者は其激動の強弱により射弾の徹甲弾なると鍛鋼弾なるとを容易に区別し得たりしと言う 思うに両者其弾壁の硬軟により筒 (「月」 偏に 「唐」) 面に摩擦さうるの度に強弱あるが為に非ざるか筒内作用の参考に資するに足るやを思い暫く茲に付記す



 以上が6回に分けてご紹介した加藤寛治の 『日本海海戦に於ける実験事項並びに将来の改良に就いての希望』 の全文です。

 まさにこれが連合艦隊旗艦 「三笠」 砲術長による日露海戦における砲戦・艦砲射撃の総括であり、当時の関心事がどこにあったかを示すものです。

 そして砲術について言うならば、これを要するに 「三笠」 においてさえ一斉打方は実施していませんし、ましてやその必要性も着想もまだ無かった、ということです。

(この項終わり)

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2011年04月23日

安保清種の砲術 (9)


二十六、司令塔にして海戦に災害を被りしもの敵にして 「ツレサレウ井ッチ」 「リューリック」 「オスラビヤ」 等其重なるものにして我に於ても今回の海戦に三笠、朝日、富士、日進等孰れも人員要具に多少の損傷を被れり 之れ蓋し現時の司令塔が恰も弾片派遣の収容所たるが如き位置に設置せらるるに因るものにして必ず改良せざるべからざるものの一つなり

元来司令塔なるものは戦闘中主脳将校が其艦を指揮操縦すべき最良唯一の発令所として設計せられたるものなるに拘わらず今日尚実戦に際し艦長其他主務将校等の位置に関し区々として多少の議論ある所以のもの必意するに司令塔の位置比較的低きに過ぐると展望の点に於て較や欠く所あるが為めに外ならずして其位置の高低展望の便否は実際一艦の戦闘力発揚上少なからざる関係を有するを以てなり

砲火の指揮は指揮者の眼高大なれば大なる程有利なるとは夙に一般の認める処にして実戦を経るに従て益々其感を深くせり

近来英国に在りても指揮者の位置を上檣楼に選定すべしとの議論ありと言うも蓋し所以あるなり 然れども其効果は指揮に関する通信機関の完全なる具備と相俟たざるべからざるが故に造船上設計せられたる指揮者の位置を離れて戦闘中任意の位置を選ぶは自から幾分の不利不便を免れずさればとて現時の司令塔を其儘高めんには 「ツリム」 の許さざる所にして勢い鈑厚を減ぜざる可らず 然るに操艦に要する諸機関なるものは各種の砲弾に対し絶対的に防護するの必要あり 舵機は固より回転「テレグラフ」の微と雖も其破損は直ちに陣形紊乱の因をなして戦局の不利を醸すことなきを保せず 「ツレサレウ井ッチ」 「リューリック」 の如き舵機に関する其好適例なり

是に於てか高きに従て益々有利なるべき指揮者の位置と飽迄防護を要すべき操艦諸旗艦の位置との調和は自から容易ならずして其孰れかに幾分の譲歩を見るか全然分離するか二者を選ばざる可からざるに居たる

今試に司令塔に就ての小官の考案を述ぶれば左の如し 但し一等巡洋艦以上の新造艦に対するものとす

現時の厚甲鈑司令塔を廃し中甲板「シタデル」甲鈑内に薄甲鈑大型司令塔を設け此処に舵輪其他操艦に要する一切の旗艦を備え尚お砲火指揮に関する諸機関の予備装置を設くるものにして其大さは適宜とし甲鈑の厚さは「シタデル」甲鈑と相俟て各種の砲弾に対し絶対的に防護せらるるに足るを要す 其天蓋甲鈑も亦然り、前檣の下半部を装甲檣とし其頂点に一司令塔を設け此処に「コンパス」測距儀其他砲火指揮に関する一切の機関を備ふるものにして下層司令塔、上檣楼、各指揮塔に通ずる伝話管の如きは殊に大径なるを要す 其の高さは現時の「コンパスブリッジ」より較や高きを適当とし其大さは内径3米突乃至3米突半位とす

上層司令塔並に装甲檣の厚さは3吋乃至3吋半位にて4千米突内外の距離に於ける6尹以下の砲弾と破片とを防護するに足るを要す


Mikasa_ModCon_01_s.jpg

   測距儀は上層司令塔の上部と装甲檣の台とに2個を常備し孰れも防護鈑を有す 別に日常の航海用として操舵に要する機関の一部を現時の如く下層司令塔より 「ホイルハウス」 に導く可し 「ホイルハウス」 は戦時取除く様設計するも可なり

前檣は装甲檣とは全く独立にし小形のものを設くるも可なり 右は昨年10月小官八雲在職中提出したる意見と其主義に於て同一なるも今回の海戦に於て益々其必要を認めたるに付微細の点に修正を加え更に提出せるものとす


(この項続く)
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2011年04月19日

安保清種の砲術 (8)


十九、由来飛行中に於ける長弾運動は孰れも其弾軸と弾道切線と或る角度をなし遠きに従って其角度を増し弾頭の画く軌跡は恰も延伸せる 「スパイラルスプリング」 様の形状を呈するものにして弾長の大なるに従って弾丸銃身周に於ける曲線旋動の度は自から増加するを免れずとせば我鍛鋼弾の如き弾長大なるものは遠距離に対し能く其弾軸を正当なる方向に維持し得べきや否や聊か疑なき能わざるなり

旅順及浦潮の間接射撃に於て我十二尹及八尹砲弾の爆裂せざりしものありしと言うが如き 8月10日の海戦に7千内外の距離にて 「アスコリッド」 命中したる我8尹砲弾が爆裂せずして其儘石炭庫に存留せりと言うが如き

将た今回の海戦に於ても捕虜将校 (旗艦 「スワロフ」 の参謀長並に砲術士官なりと言う) の語る所なりと言うを聞くに我砲弾の中に著しき長口径弾ありて其命中せる場合には同じく爆裂したれども其飛来の状態は恰も跳弾の如くにして明らかに他と区別し得たりしと言うが如き

果して然りとせば我鍛鋼弾は7、8千以上の距離に於ては命中弾の幾分は或は爆裂せずして了るものあるやを疑わざるを得ず

尚斯弾飛行にして斯の如き現象あるとせば徹甲弾と同一縦尺を以てしては命中に少なからざる影響を及ぼす患なしとせず造兵上特に講究を要すべき処にして唯だ遽に其長弾を短くするが如きは徒に鍛鋼榴弾の本能を減却し去るに過ぎず此辺の所深く当局者の考慮を切望するものなり

我徹甲榴弾の装甲板に対する効果は不明なれども徹甲実弾を必要とせざるや否やに就き併て講究を望む


二十、海戦後検査したる所によれば後砲塔12尹砲身は約3ミリ呉製6尹砲身は約2ミリ其内筒の砲口の方に延長したる実跡あり

右は何れも本年1月呉工廠に於て換装したるものにして新砲を以て多数の発砲をなす時は其内筒の延出は或は免れざるものならんか


二十一、6尹砲砲尾腕の予備は14門に対し3個あり 従来装載の安社製砲に対しては孰れも適合したりしが本年1月換装したる呉製砲7門に対しては一つも適合せず

依て同4月工作艦関東丸に依頼し内1個を呉製砲に嵌合する様摺合せを施したれども呉砲の用に適合するもの必ずしも其乙丙に適合し能わざるを発見せり 斯りては呉砲の6門は全く砲尾腕の予備を有せざると同様にて準備上頗る遺憾なき能わず

多数の製作に際し各部厘毫の差異は固より免れざる処なるべしと雖も斯種の如き尾栓装置の緊要なる部に対しては造兵上一層の注意を切望するものなり


二十二、「ボートデッキ」 12听砲の準備弾薬にして其甲板に併列しありしもの10個は敵弾命中のため悉く誘発せり 然れども其位置に直接せる6ミリ鉄板の 「ロッカー」 内に格納しありし12听準備弾薬10個は 「ロッカー」 の壁板甚だしく破られたるに拘わらず毫も異条なかりし 12听砲準備弾薬格納用鉄 「ロッカー」 の設備は最も其必要を見る


二十三、6尹砲廓天蓋に敵6尹弾の命中爆裂するや其直下1米突半に準備しありし廓内後壁弾台の鍛鋼弾3個 (各430ミリを隔つ) や装填のため3番砲手の抱き居りし鍛鋼弾1個は1米突乃至4米突の距離に吹飛ばされ其導環は孰れも離脱し弾頭弾底の一部に欠損を生ぜしものありしも一つも炸発を起さざしりは幸なりし

然れども危機は真に一髪の間を存せざりしものにして曩には蔚山沖海戦に痛惨なる磐手の一例あり 今回の海戦に本艦に於ても上甲板砲廓の天蓋を破られしもの3弾に及べり

司令塔、砲塔、砲廓の如き主要部の天蓋は充分の防御を必要とするは既に吾人が屡々唱道したりし所にして少なくも新艦に対しては其断行を切望するものなり


二十四、本艦に於て防御部の外側に敵弾を被りしは12尹砲弾2発6尹砲弾5発にして12尹弾は孰れも5千内外の距離にて下甲板6尹甲鈑を貫き背後の石炭庫に其破片を留め6尹弾は5500乃至5800の距離に於て1弾は前砲塔外鈑に他の4弾は中甲板6尹砲門付近に命中し孰れも貫徹せずして其儘外側に炸発したるものなり

従て6尹以上の備砲にして敵弾のため廃砲に帰したるは砲鞍耳に直接命中を受けたる10番6尹砲1門のみに過ぎざりしと雖も外側炸裂、跳弾破片等のため砲身に多数の微痕を被り若しくは照準器砲具等を毀損せられたるもの6尹砲6門の多きに及べり

敵にして若し我下瀬弾の如き強猛なる高勢爆裂弾を使用せしものとせば我備砲は6尹砲以上のみにても恐らく半数以上の廃砲を見るに至りしこと推するに難からず 其他船体部に於ても彼我其位置を換ゆるとせば其災害の程度実に惨憺たるものありしを疑わず 将来の造船造兵に就ては深く戦利艦の被害程度に鑑み周到なる講究を重ねて高勢爆裂弾に対する船体兵器の防御に充分の改良刷新を施すこと最も緊要なりとす

各国に於て高勢爆裂弾の研究益々発達したる暁に於ては交戦未だ幾何ならずして忽ち沈黙に帰するが如き多数の備砲あらんより寧ろ幾分の砲数を減ずるも砲身孔、砲身の間隙、砲座の天蓋等其他充分の防護を施し長く交戦に堪える兵装を備えるを反って得策とするに至るべし


二十五、今回の海戦に於て敵装甲艦が砲弾のため比較的容易に沈没したりしは交戦距離比較的近くして我砲火の効果極めて確実偉大なりしに因るや固よりなりと雖も敵艦が石炭其他を過度に増載して常用水線以下に没し居たると当日風波高くして乾舷の較や低き部に穿たれたる弾孔は著しく浸水の媒をなしたるとに帰するを得べきが如し

現に我艦船に於ても水線付近に被弾して浸水のため甚だ困難を感じたるもの少なからざりしを思えば将来の新戦艦には下甲板 「シタデル」 甲鈑を前後に拡張して水線帯甲の上部に更に 「コンプリートアーモアベルト」 を装着すること得策に非らざるか

然れども我速力の彼に比し概して優越なりしは今回の海戦に於て戦略戦術上至大の効果を奏したるものにして今後益々之が増進を図るの必要あるを以て速力の幾分を犠牲として装甲に充つるが如きは断じて不可なり 其辺の処深く当局者の考慮を切望す


(この項続く)

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2011年04月14日

安保清種の砲術 (7)


九、下瀬弾の特長たる其爆裂効果は別問題として其命中弾の顕著にして遠距離にありて容易に識別し得るの点は実に砲火指揮上偉大の効果あるを認むると同時に其近弾が著しく敵の照準発射を妨ぐるに効ありしは益々其実証を示したり


十、我下瀬弾と雖も命中の箇所により其爆煙を認め得ざりし事往々あり殊に徹甲弾に於いて然りとす恐らくは船体を貫きたる場合ならんか

我十二尹砲弾が五千二百の距離に於いて工作船 「カムチャッカ」 に命中し遂に爆煙を挙げざりしも其一例なり


 下瀬火薬については、装甲に命中した際に薬室内の前部に圧縮され伊集院信管作動前に不完爆となったとの指摘もされており、「三笠」 側から炸裂しなかったと見えた場合の個々の事象が信管不良により作動しなかったのか、あるいはこれによるものかのどちらであるのかの詳細は今日となっては検証不可能です。

十一、海戦中目撃し得たる限りに於いては水面を打ちたる我が砲弾の約三分の一は爆裂したり 敵弾の我艦に命中して爆裂せざりしものありしも又往々水面爆発を致したるものありし


 ロシア海軍においては、徹甲弾・徹甲榴弾については遅延信管が使用されていたことはその捕獲艦からも明らかにされていますが、榴弾 (旧海軍で言う鍛鋼榴弾) の場合の信管については不明で、本項からすれば瞬発信管が用いられていたことも考えられます。

十二、十二尹砲は固より六尹砲に於いても交戦中一発毎に特製 「ポンプ」 を以て筒 (「月」 偏に 「唐」) 中を洗浄せしめたるは砲身冷却として夫れ自身有効なりしのみならず自然濫射を防ぎ砲員は頭脳を冷静ならしむるに間接の利ありしを認めたり


十三、四千五百乃至五千米突以外の射距離に於いて十二听砲以下の砲員受弾員等を毎々防御部内に位置せしめたるは大いに死傷者を減じたる一因なりし 戦闘中は必ず実施すべき守則の一なりとす


十四、六尹及び十二听砲揚弾機は今回の戦闘中殆ど故障を不見して其供給速度も毫も不足を感ぜざりし

然して各揚弾機の 「チェーン」 を通ずる滑輪の周囲に帆布帯を巻きたると十二听揚弾機の一部は 「チェーン」 に換ゆるに索を以てしたるは大いに各部の喧噪を減じ号令伝達の防害を少なくせり


十五、敵の陣形混乱の場合に際しては往々二様の目標を選ぶの必要あり 且つは両舷戦闘の必要上より距離測定器は必ず二個を艦橋若しくは其付近に常備するを要す

同一目標に対する場合にありても両者を参考とするは大いに利あるのみならず激動のため中途にして器も歪を生じたる際之を更換する間一方に於いて有効なる測距を継続し得るは至大の利益にして今回自然に実験したる処なり


十六、発砲電池、夜中照準用電池等の不能に帰するは使用の繁閑、潮、雨、寒暑に曝露するの多寡等種々の原因よりして戦時特に其多きを見る 本艦に於いて本年二月中旬呉出港以来五月上旬まで約三ヶ月間に此種の電器五百九十四個中不能に帰したるもの其数実に百八十三個の多きに及べり

今不能に帰せし電器毎月約百分比を挙げれば左の如し 尚参考として八雲に於いて実験したるものを保記す

     (表 略)

兎に角各艦は毎月約一割の電器を失ひつつあるものとして三笠にては毎月平均六十余個の電器を新にする必要あり

幸いに工作艦運送艦等の便豊なりしを以て毎々良好の状態を保ち得たりしも扨て戦場に臨むや風波起こりして海水瀑の如く砲門より進入し中甲板砲の発砲電池は短電路のため不能に帰せしもの多く主として信頼使用したりしは 「トランスフォーマー」 よりの 「ダイナモ」 電流なりし

然して我六尹砲の撃発装置の如きは遺憾ながら最後の副装置として信頼し難きものあり 各艦各砲に 「ダイナモ」 電流の応用は特に其必要を見る

又駆逐艦の如きは平素に在りても潮雨の爲め其電池を侵さるること多く海戦当日の如き殊に甚だしかりしと云う 駆逐艦装備の十二听砲に限り全然撃発専用に改むる方寧に簡単にして有利なりと認む


十七、通信近刊を導くに防御部内を通ずるは固より緊要なりと雖も伝話管の如きは其委曲延長の結果大いに通信の明瞭を欠くを免れずして今回の戦闘に於いても司令塔よりの後部六尹指揮塔に通ずるものの如きは殆ど用をなさざりし

艦橋と前後砲塔共に各指揮塔間の如き砲火指揮上最も緊要なる箇所には別々副装置として成るべく屈曲少なき大径直通伝話管を導き其破損せらるる迄の間極めて有効なる指揮を継続するは少なからざるの利益あり

又高声電話器は酣戦の際に於いても蓄音機的一種異様の発音をなすを以て場合により伝話管よりも有効なりしと云う


十八、「バー」 式距離号令通報器は戦闘中毫も故障なく終始有効なりし


 この件については、先の 「加藤寛治の砲術」 において黄海海戦時の戦訓として距離号令通報器は故障が多い旨がありましたが、工作艦 「関東丸」 による現地での目盛板の改造と併せての改修の成果が現れたものとも考えられます。
(この項続く)
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2011年04月10日

安保清種の砲術 (6)


二、砲戦の要訣は沈着精確なる射撃を以て努めて多数の命中を期するにあり 今回の海戦に於いては比較的近距離に在りても主として徐射常射を用い命中の確実を博し得たり

然れども艦砲射撃教範に規定しある徐射なるものは別に其必要を認めず一門毎の発射速度を著しく制限するは反て射手をして無為に困ましめ且つ砲台一般の労力不経済を免れず

寧に砲台の指命発射を以て常射を行い所謂砲数の制限を以て全艦の射撃速度を加減するを可とするが如し

従て徐射の号音も其必要を認めざるのみならず酣戦の際常射より徐射に復せんとする場合の如き往々急射の号音と誤解を来すの恐れあるを覚ゆ


 「指命打方」 を常用とし、それによって間接的に射撃速度を調整するとうアイデアであるということは即ち、「三笠」 砲術長をもってしても 当時はまだ本射における 「一斉打方」 の必要性は認識しておらず、かつ斉射間隔によって射撃速度を調整するという発想も無かったことになります。

三、敵の陣形混乱に陥り各艦右往左往に運動するに当たりては各砲台をして誤りなく艦橋より令する目標を会得せしむるには頗る困難を感ず 殊に目標返還の際の如きは酣戦中と雖も一時打方を中止して普く目標を会得せしむるの必要に迫らるる事多し

此場合に所するため艦橋及び各指揮塔に画度 「ダイレクター」 を備え各砲座には悉く旋回度を画し置き正横線を基線とし前方何度にある二煙突戦艦、後方何度にある三檣敵艦と令するが如きも大いに所令の目標会得を速やかならしむるの一手段なりとす

又た指揮塔を少しく外方に突出せしむる等其耕藏を多少の改良を施し塔内より直接砲台の砲身を視得る様にし砲台長をして毎に揮下の諸砲が果たして目標を誤解し居らざるや否やを確かめしむるも極めて緊要なり


 「ダイレクター」 を日本語にすると 「方位盤」 ですが、安保清種がここで言っているのは、今日で言う 「目標指示器」 の一種のことです。 つまり、「一斉打方」 によって有効な斉射弾を構成するための一元的な照準の必要性による、後の 「方位盤」 のアイデアではないことに注意して下さい。

四、海戦の際彼我離合し打方を開始する場合には毎に試射として一舷六尹砲の斉射を用いたり 或場合には其単発試射に優ること遠きを感ぜせしめたり


 適正照尺、つまり当時で言う 「決定距離」 を早期に得るための方法としての斉射の必要性を言っていますが、本射における連続した有効弾獲得のための斉射の必要性は言っておりません。 つまり、まだ安保清種には 「一斉打方」 の発想も必要性も無かったことになります。

五、砲戦中僚艦の弾着と混同して自艦の者を識別し能はざるに到らば近戦中に在りても一時打方を中止し 更に一斉試射を以て砲火を再始する事最も緊要なり


 砲側照準による独立打方であったからこそ、集中射撃時における弾着錯綜によるこの戦訓が出てくるのであって、本射も一斉打方であったならばこの意見が出ることはあり得ません。

六、混戦中自艦及び僚艦の落弾目標の幅に蝟集する場合に於いても四千米突内外の距離に在りては発砲の瞬時より其飛行を注目せば艦橋より自艦十二尹砲弾の弾着を区別し得ること比較的容易ならん


 射距離4千メートルにおける12インチ砲の弾丸飛行秒時は6.5秒ですので、秒時計などを使わなくとも弾着時期が判別できるという意味であって、決して目で弾を追えるということではありませんのでご注意を。

 もちろん、12インチ弾でしたら状況によっては瞬間的に弾が見えることはありますが、砲煙や発砲の衝撃等々によって常に確実かつ容易に見えるということはあり得ませんし、砲術長がこれをやっていては他の肝心なことが何もできなくなってしまいます。

七、高度低き日光に面して砲戦を交ゆるは照準の困難は兎に角弾着を識別し能わざる点に於いて極めて不利なり

廿七日海戦の末期に於いて 「ボロジノ」 「アリヨール」 等に対する際の如きは日光の爲め艦橋より僅かに十二尹砲弾の弾着を認め得るに過ぎずして専ら上檣楼監視将校の言を信頼し弾着の修正を施したるも到底其効果少なきを悟り一時打方を中止するの已を得ざるに到れり

風波高き時風下に位置するの不利亦た之に譲らず


八、上檣楼に弾着監視将校を配すること並びに上檣楼、艦橋間の通信確保は緊要事項なり


 この第7項及び第8項については、特にご説明するまでもないことでしょう。
(この項続く)
posted by 桜と錨 at 13:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 砲術の話し