2017年08月21日

拙稿 「アイオワ級の兵装」 の補足 (3)


第3回目は Stable Vertical Mk41 についてです。

主砲の射撃指揮システムについては、今回の9月号増刊が大戦時の 「アイオワ」 級の砲熕兵装について限定した内容のものでしたら、方位盤 Mk38 や射撃盤 Mk8、そして射撃用レーダー Mk13 などについてもう少し詳しいお話ができましたが、兵装全般にわたる概要とその変遷でしたので、紙幅の関係もあってかなりラフなものとせざるを得ませんでした。

その中で、主砲の発砲管制モードについても少し触れましたが、当初3つ予定していた説明図が1つになってしまいましたので、もう少し補足しておきたいと思います。


米海軍の射撃指揮システムでの最大の特徴が Stable Vertical という垂直ジャイロを組み込んでいることはお話しました。

main_battery_sys_illust_01_s.JPG

( 方位盤のイラストが Mk38 でなく Mk34 になっていますが、それ以外ではシステムの構成やデータ系統はこの通りです )

この 「アイオワ」 級の主砲射撃指揮システムに組み込まれているのが Stable Vertical Mk41 です。

SV_Mk41_illust_01_s.JPG

この装置のメインが垂直ジャイロで、次のような構造になっています。

SV_Mk41_illust_02_s.JPG

このジャイロによって照準線を含む垂直面及びそれに直角な水平面に対する動揺を検出し、これを補正することができます。

つまり旧海軍の射撃指揮装置のように動揺手によってこれを手動で計測する必要がないということです。

ただし、この機能は動揺が激しい場合には非常に便利ですが、逆に動揺があまり (ほとんど) ない場合にはジャイロの誤差 (追従遅れなど) により手動の方が正確な場合もあります。

方位盤で測定される甲板面基準の照準線の仰角及び旋回角は、自動的に水平面基準でのものに換算されて射撃計算に使用され、そして計出された発砲諸元は自動的に甲板面基準でのものに換算されて各砲に送られます。

射撃指揮装置におけるジャイロの使い方というのは、もちろんこれが主たる目的であり、基本ですが、米海軍の優れたところはこのジャイロの機能を更に活用したことにあります。

拙稿でも一部触れましたが、このジャイロの機能を応用して次の3種類の発砲管制モードが設定されています。

  継続発射(continuous fire)
  周期指向(intermittent aim)
  選択仰角(selected level)

このうち継続発射モードの概要図については9月号増刊の中に入れておりますが、これをあわせてこの3つの概念図は次のとおりです。

firing_mode_01_s.JPG
( continuous fire mode )

firing_mode_02_s.JPG
( intermittent aim mode )

firing_mode_03_s.JPG
( selected level mode)

それぞれの発砲管制モードの意味と使用法を考えてみて下さい。 お判りになりますでしょうか?

状況に応じて適切に切り替えて使用すれば大変に有効な機能であったと言えます。


ジャイロを使用して甲板面 → 水平面 → 甲板面という座標変換は英・独海軍でも考えたことですが、照準線に対して動揺安定させ、これを発砲管制に利用するというこれらの発想は、米海軍以外には無かったものです。

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(前) : 拙稿 「アイオワ級の兵装」 補足 (2)

(次) : 拙稿 「アイオワ級の兵装」 補足 (4)

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2017年08月20日

大正2年度艦隊戦闘射撃アルバムより


先日こちらのブログで、そしてそれを纏め直したものを本家サイトの 『砲術の話題あれこれ』 コーナーにて 『発射門数と命中率』 というテーマで艦砲射撃というものを説明したところです。

つきましては、これに関連してご参考までに本家サイトの今週の更新として、同サイトの 『懐かしの艦影』 の 『落穂拾い』 コーナーにて、大正2年度の艦隊戦闘射撃のアルバムから比較的状態の良い12葉を選んで公開 しました。

shageki_T02_01_s.JPG

『落穂拾い』 コーナー :

『大正2年度艦隊戦闘射撃アルバムから』 :

大正2年というと、英海軍から一斉打方の技法が導入されたばかりですが、まだ方位盤も射撃盤なども発明されておりませんので、射撃指揮所から指示された諸元を砲側の照尺に調定し、砲側照準により射撃指揮所からの号令及びブザーに合わせて一斉に発砲するやりかたでした。

もちろん、砲塔砲は動力の問題で 「交互打方」 ( 旧海軍では当時はこれを 「一斉打方」 と呼びました ) であることはご覧いただけるとおりです。

大変に古いものですが、弾着の写真は珍しいものであり、水柱の立ち方や射弾の散布の仕方などがお判りいただけると思います。

posted by 桜と錨 at 16:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 砲術の話し

2017年08月19日

拙稿 「アイオワ級の兵装」 の補足 (2)


補足の第2回目で、16インチ砲弾についてです。

9月号増刊の拙稿では、第2次大戦後に採用又は開発、計画された16インチ砲弾については本来の 「戦艦」 としてはあまり重要ではありませんので、紙幅の関係もあり全て省略させていただきました。

このため、ここで少し補足しておく必要があるかなと思っております。

1.HC Mk14

大戦後に制式化され、かつ唯一 「アイオワ」 型に実戦配備されことが明らかなのが HC 弾の Mk14 です。

拙稿中でも触れましたが、「アイオワ」 級の16インチ砲システムは限定的ながら 方位盤 Mk37 を使用して対空射撃が可能でした。 しかしながら、当初の砲弾は AP Mk8 と HC Mk13 の2種のみで、しかもこの HC Mk13 は 弾頭及び弾底ともに触発及び遅延信管のみで、時限信管は使用できませんでした。

そこで大戦中にこの Mk13 で時限信管が使用できるように改良がなされたものが採用されました。

1945年の米海軍のマニュアルでも、Mk13 は弾頭信管として触発信管(PDF)の Mk29、時限信管(MTF) の Mk42 及び Mk62 の3種が使用可能となっています。

MTF_Mk42_illust_01_s.JPG
( 時限信管 Mk42 の構造図 )

ところが、この時限信管を装着できるように改修した Mk13 と同じものを戦後になって新たに製造し、この時これを HC Mk14 と名付けたのです。 このことは1959年の米海軍のマニュアルでも、16インチ砲弾の一覧から Mk13 が削除され、代わりに Mk14 がリストアップされていることからも確認できます。


2.核砲弾 Mk23

HC Mk13 を改修して弾体内に核弾頭の W23 を装着できるようにしたもので、1956年に実用化され、50発が製造されたとされています。

またこれに併せて 「ミズーリ」 を除く3隻の第2主砲塔及びその隣接区画が改造され、この核砲弾を格納する保全区画が設けられたとされ、一説にはこの保全区画の定数は弾体、核弾頭 W23 各10発と、同演習弾 Mk24 9発であったとしているものもあります。

この核砲弾 Mk23 は早くも1962年には全弾が破棄されたとされていますが、この時までに実際に各艦に実戦配備されていたことがあったかどうかは不明です。

もちろん、この砲弾に限らず米海軍は従来から核兵器の艦船への搭載の有無については一切明らかにしておりませんが、艦船での核兵器の維持管理には大変面倒なものがあり、また当時の情勢・状況からも、おそらく配備されたことは無いまま終わったものと考えられます。

3.制式化された砲弾

1980年代になって、HC Mk13 をベースとした次の HC 系の砲弾が開発されたとされています。

(a) Controlled Valiable Time Fuze を装着した HE-CVT Mk143
(b) 対人用の弾子を内蔵した Anti-Personnel Improved Conventional Munition (ICM) Mk144
(c) Mk143 の信管を Electronic-Time (ET) and Point-Detonating (PD) fuze に換装した HE-ET/PT Mk145

これらは1990年の湾岸戦争の時に実戦配備状態にあったともされていますが、詳細は不明であり、また実際に使用されたかどうかも明らかになっていません。


4.計画・開発された砲弾

上記の3.以外に対人用の Mk146、射程を延伸した HE-ER Mk148 など様々なものが計画又は開発途中まで行ったとされていますが、いずれも実用化に至らずに終わっております。

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(前) : 拙稿 「アイオワ級の兵装」 補足 (1)

(次) : 拙稿 「アイオワ級の兵装」 補足 (3)
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2017年08月17日

拙稿 「アイオワ級の兵装」 の補足 (1)


「世界の艦船」 9月号増刊の 『米戦艦 「アイオワ」 級』 で、拙稿 「アイオワ級のメカニズム A 兵装」 において紙幅の関係などで盛り込めなかった事項などを少しずつ補足してみたいと思います。


その第1回目で、16インチ主砲塔の前面装甲厚についてです。

これについては、一般出版物などでは従来から17インチ+2.5インチの19.5インチ とされてきました。 例えば、ノーマン・フリードマン氏の 『U.S. Battleships: An Illustrated Design History」 においても

The original 18-inch face was replaced by 17-inch plate backed by 2.5 inch of STS to give the equivalent of single plate 18.75 inches thick.

としてこの2.5インチ厚のステンレス (STS) 鋼板を装甲に含めていました。

しかしながら、米海軍ではこのSTS鋼板は いわゆる “装甲” (Armor) とは考えておらず、その主目的である 「splinter plate」 として 装甲板 (armor plate) とは別の扱い としており、公式文書でもそのように記述されています。

編集部さんにご説明して、今回これを本来の 前面装甲厚17インチ としております。

次の図は米海軍の教範にあるものですが、残念ながら紙幅の関係で割愛せざるを得ませんでしたので、ここでご紹介します。

16in_Turret_Splinter_plate_01_s.JPG

なお、この装甲厚については、著名なサイト NavWeaps でも加筆修正がなされているようですね。

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(次) : 拙稿 「アイオワ級の兵装」 の補足 (2)

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2017年07月30日

五十口径八八式十糎高角砲、ですよね?


ネットで旧海軍の 「五十口径八八式十糎高角砲」 の話題が出ていました。

ご存じの通り、この10センチ高角砲は海大5型3隻と海大6型a6隻の計9隻のみに装備されたもので、水上艦艇にも陸上部隊にも一切装備されなかったという大変にマイナーな砲です。

しかも単装の高角砲とは言いながら、射撃指揮装置もなく、砲も全て人力操作というものですので、装備された昭和初期でさえ対空射撃の性能としては貧弱であり、むしろ駆逐艦以下の小艦艇及び商船などを対象とした両用砲であったと言えます。

これもあって、本砲に関するデータは極めて少なく、特に砲外弾道についてはほとんど残されていません。

某所で出た

「NavWeaps」 というHPを拝見したところ
    最大射程 45度で16200 m
    最大射高 90度で11200 m

というデータ (と John Campbell の 「Naval Weapons of World War Two」 なども) の元々の出所は 「USNTMTJ O-47 N-1 」 と推定されます。

この報告書のデータそのものは旧海軍からのものですので、おそらく間違ってはいないと考えられますが、ただし日本側の根拠文書などは不明です。

( USNTMTJ の報告書の内容も必ずしも細部に渡って全て正確とは限らず、日本側の回答者が間違えているなどの点が含まれているものがあることには要注意です。)


その某所の中で

この砲の砲弾の薬莢長はどれほどなのでしょうか?

というのがありました。

何故質問者がこの様なマイナーな砲の、それも薬莢長などに関心を持っているのかは判りませんが、折角の機会ですから本家サイトに旧海軍の史料を纏めてこの砲のデータ頁を作成し公開することにしました。


まあここまでのデータはよほどの研究者の方々でもない限り必要ないでしょうが、こういうものもキチンと残しておかないと、と思いますので (^_^)


ところで、です。

弾薬包全長と弾長、薬室長が分かれば、弾頭を薬莢口に装着する部分(用語があると思いますが)の長さと薬莢長も求まる

とコメントした人がいましたが、本当ですか?

弾長 : 38.09cm (通常弾、九一式時限信管装着)、弾薬包の長さ : 100.54cm、薬室長 : 62.50cmですが、これで薬莢長はいくらになるのでしょう?

たぶん 「薬室長」 という用語の意味を勘違しているのではないかと思いますが ・・・・?


それよりは、今になってまさか回答者の参照文献に遠藤昭氏の 『高角砲と防空艦』 (原書房、昭和50年) などが出てくるとは思いも寄りませんでしたので、私としてはむしろこちらの方がある意味驚きでした (^_^;
posted by 桜と錨 at 13:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 砲術の話し

2017年07月21日

発射門数と命中率 ・ 続 4 (終)


それでは最後に 「交互打方」 と 「一斉打方」 についてです。

旧海軍では昭和12年の『艦砲射撃教範』で 一斉打方 交互打方  指命打方 及び 独立打方 の4つの打方が規定されました。

これは、明治期から昭和初期まで は砲塔動力の問題で砲塔砲では余程のことがない限り左右砲の斉発は行わないこととされ、交互打方を常用とし、これを 「一斉打方」 と呼んできました。

昭和10年代になってこの砲塔動力の問題が何とか解決して連装砲の斉発が実用に耐えるレベルとなってきたことから、昭和12年の 『艦砲射撃教範』 の全面改訂時に実態に即して次のように名称が改められました。

一斉打方トハ一指揮系統ニ属スル砲 (連装砲) ヲ一斉ニ発射セシムルヲ言フ

交互打方トハ一指揮系統ニ属スル連装砲ヲ二連装砲ニ在リテハ左右交互ニ三連装砲ニ在リテハ右中左交互ニ又ハ左右砲中砲ヲ交互ニ発射セシムルヲ言フ

指命打方トハ一門又ハ数門ノ砲 (砲塔) ヲ指定シ毎回若干門宛発射発令時ニ発射セシムルヲ言フ

独立打方トハ一指揮系統ニ属スル砲 (砲塔) ヲ各砲単独ニ発射セシムルヲ言フ


では 「一斉打方」 と 「交互打方」 の両者はどちらが命中率は高くなる のでしょうか?

某所では結局正解は出てきませんでしたが、前者の 「一斉打方」 です。 何故か?

ここまでの説明を読まれた方にはお判りいただけると思いますが、「一斉打方」 の場合は 「交互打方」 に対して一斉射の射弾数が倍になるからといって、平均散布界も戦闘公誤も倍になるわけではありません。 つまり射心近くに弾着密度が高くなりますので、有効弾獲得の確率も高くなるからです。

そして交互打方は半数門づつ打つからと言って、射撃速度が一斉打方の2倍になる訳ではありません。 弾着観測のために弾着時期と発砲時期が重ならないようにずらさなければならないからです。

一般的には少なくとも5秒以上離すこととされていました。 このため、通常は一斉打方の方が射撃速度は速くなります。 この点も多くの人が誤解をしているところでしょう。

ただし、交互打方では 8〜12 門艦の場合は一斉射 4〜6 門になり、弾着観測が容易で (=誤観測が少なくなる) かつ斉射間隔が短くできますので、目標の変針・変速や、測的誤差などの累積に対する対応が早くできるというメリットがあります。

日本海軍の射法は、射撃指揮官が斉射弾の一発、一発の弾着 (=目標に対して遠か近かを) を正確に観測して射弾指導を行うことが基本だからです。

これにより、旧海軍では 試射はその時の状況・状勢や試射法によって交互打方、一斉打方の適する方を選択 し、本射は基本的に一斉打方、場合 (敵が変針変速を頻繁に行う、射心移動が大きいなど) により交互打方 を用いました。

したがって某所で出た

日本海軍の大型艦の射撃は射撃速度維持の面もあって交互射撃が基本であり、それは八門艦や九門艦でも変わりません。

というのは誤りです。


では、欧米海軍の場合はどうだったのでしょう?

前回、欧米海軍には試射・本射と言うものはなかったと書きましたが、実は旧海軍の 「交互打方」 に相当するものも無かった (=定義されていない) のです。

例えば米海軍の場合では 「打方」 について次のように規定されています。

Salvo fire is that type of firing in which a number of guns that are aimed at the same target and ready to fire are fired simultaneously by mean of a master key at the control station, by an automatic contractor, or on the same salvo signal.

Sprit salvo. When less than the full number of guns in a multiple gun mount or mounts os ordered to fire on one salvo signal.

Partial salvo. When less than the full number of guns (in single gun mount batteries) or less than the full number of mounts or turrets (in multiple gun mount batteries) is ordered to fire on one salvo signal.

つまり、「(full) salvo」 が 「一斉打方」 に相当しますが、「split salvo」 「partial salvo」 というのは旧海軍で言うところの 「指命打方」 に近いもので、これらの特定の応用形式が 「交互打方」 にほぼ相当するものになります。

米海軍においては前回お話ししたように、比較的広い散布界と射弾修正のやり方により 水上射撃においては 「(full) salvo」 が原則 です。

ただし、交互打方の様なことは全くやらなかったかというと、そうではありません。 陸上射撃 (対地支援射撃、NGFS) です。

陸上射撃では、水上砲戦の様に相互に打ち合う訳ではありませんし、目標が動き回る訳でもありませんので、腰を据えてじっくりと行ない、かつ前進観測班の弾着観測を得つつ射弾修正して行けば良いので、弾幕(区域)射撃を要するような 「full salvo」 の場合以外は 「pertial salvo」 又は 「split salvo」 が原則 です。

おそらく、

英米海軍も重巡以上の艦の射撃法の基本は交互射撃であり、全砲による斉発は戦時中に夜戦等で「射撃機会が限られる」場合等での特例で実施しています。

は何か勘違いしたのでしょうね (^_^;


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では本スレの総まとめです。

1.条件無しの一般論として、砲の命中率は1門での射弾であろうと100門であろうと変わりません。 変わるのは命中速度です。

2.現実の射撃では命中率はその都度その都度で異なります。 したがって、各砲種について常に一定の命中率が得られるということはありませんし、あり得ません。

3.交互打方が一斉打方に比べて命中率が高くなるわけではありません。 むしろ本射においては後者の方が理論的に高くなる場合が多いです。


(本項終わり)

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前 : 「発射門数と命中率 ・ 続 3」



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2017年07月17日

発射門数と命中率 ・ 続 3


今回は 「試射」 と 「本射」 の話です。

(注) : 以降は特に断らなければ全て射線方向の 「距離」 についてで、射線に直角方向の 「苗頭」 については省略します。 理由は簡単です。 左右の弾着のズレは見れば判るからで、修正も容易だからです。

この試射と本射は旧海軍の砲術に関するバイブルの一つ 『艦砲射撃教範』 で次のように定義されています。

試射トハ本射ニ用フベキ照尺量ヲ探知スル目的ヲ以テ行フ射撃ヲ謂フ

本射トハ命中ヲ期シテ行フ射撃ヲ謂フ

そして旧海軍では射撃実施においても両者は明確に区分されており、射撃指揮官は射撃開始に当たり両者の実施要領を下令しなければなりません。 例えば 「緩斉射弾観測、緩射」 「初弾観測、急斉射 (初観急)」「試射無し、初弾より急斉射」 など のようにです。

ところが、欧米諸海軍においてこの様な試射・本射に匹敵するものがあるかというと、ありません。 旧海軍独自のものと言えるでしょう。 これが射法上の大きな違いの一つといえるところです。


射撃計算というのは早い話、測的結果により 「射表」 から目標の未来位置 (=弾着時の目標の予想位置) に対する弾道を求めることです。

この射表は気温・湿度や大気圧などの諸条件をある 「基準状態」 を定めてこれによる基準弾道について作られています。

「射表について」 :

そしてこの基準弾道に対して 「弾道基準修正」 と 「弾道当日修正」 の2つを加えて、その時その時の条件に従った弾道を求めることになります。

「弾道修正の概要」 :

その一方で、砲の仰角を設定する距離目盛 (=照尺距離、又は照尺量) は射表と同じ「基準弾道」 により、しかも100m単位で刻まれています。

このため、例えば測距と測的による射距離が225 (ふた、ふた、ご) (2万2千5百m) であっても、照尺距離として調定 (設定) するのは232であったり214などとなるわけです。

これが発砲諸元の一つとして刻々と各砲台に送られ、各砲台の照尺手が照尺計で基針で示されるこの値に追針が一致するように照尺手輪 (ハンドル) を操作します。

この照尺量の最初のもの、つまり初弾発砲時の照尺量を特に 初照尺 といい、以後の射撃結果を左右する重要なものとなります。

つまり前回お話ししたように、様々な誤差の結果として、如何に緻密に射撃計算を行なおうとも、多かれ少なかれ弾着時の目標位置 (=実距離) と射心とは差が出ます。 これを 初弾偏倚量 と言います。


したがって、「試射」というのは、言い換えるとこの偏倚量を如何に正確に把握し、そして如何に迅速かつ正しく修正して標心と射心を一致させるか、つまりその時の 適正照尺量 を得るか、と言うことになります。

このための方法として 捕捉 ということを考えました。 即ち、連続する2つの斉射弾で目標を前後 (遠近) に挟むこと により、この2つの斉射弾の照尺量の中間値をもって射撃を行い、夾叉 することを確認してそれを 「適正照尺量」 としたのです。

もちろんこのためには散布界の大きさ (=戦闘公誤の大小) や2斉射間の照尺量の差 (=捕捉濶度) など全て公算により緻密に計算されたものであることは言うまでもありません。

そしてこの適正照尺量を迅速に得るためと弾着観測の容易さのために、その一つの方法として (一般的に) 試射には 「交互打方」 を用いたのです。

誤解の無いように申し上げれば、交互打方とは命中率を高めるためではなく、適正照尺量を把握してその後の射撃 (交互打方か一斉打方かに関わらず) の命中率を高めるためです。

これにより、本射においてはこの適正照尺量を維持しつつ (=命中を期した射撃を継続しつつ) 可能な限り発射速度を高め、目標の変針・変速などに迅速に対応していく、と言うことになると言えます。

この試射の要領についてどの様な方法があるのかというと、旧海軍では公算に基づき一定の標準を定めておりました。

次の 「試射の要領」 の中で最後に「試射法の決定」として詳しく解説してあります。



それでは欧米諸海軍ではどうだったのか?

旧海軍のような公算を基礎とした緻密な射法を作り上げることはありませんでした。 したがって試射・本射のような区別をもって射撃を行う方法ではありません。

射法は、基本的には初弾から偏倚量を観測してそれを修正していく形です。

特に米海軍では、散布界が比較的広いことから、偏倚量の修正によって比較的早くこの散布界の中に目標を入れることができますので、その中から命中弾が出ることを期待しました。

いわゆる 「夾叉」 という意味では米海軍の方がやりやすかったわけですが、その反面例え夾叉をしても命中率は高くは無かったということになります。

これが太平洋戦争後半での “数打ちゃ当たる” 式の射撃方法に繋がるわけです。


こういった艦砲射撃の基本的なことを抜きにして、的外れな知識を披露した上で

キーワードは「正規分布」「t分布」「標本数(サンプルサイズ)」→「標準偏差」あたりになろうかと

などと言われても ・・・・ (^_^;

何か実際の実験結果でもあれば良いんですが…

学校でのお勉強の知識だけでなく、艦砲射撃について真面目に調べれば、実験結果ではなく実際の射撃データがいくらでも旧海軍の史料などに残されているんですけどねぇ ・・・・


次回は本スレの最後として 「交互打方」 「一斉打方」 と命中率についてお話しする予定です。


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前 : 「発射門数と命中率 ・ 続 2」

次 : 「発射門数と命中率 ・ 続 4 (終)」

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2017年07月16日

『砲術スタディ・ガイド』


本家サイトの今週の更新として、管理人が幹部候補生だった時の一般幹部候補生第1課程 (防大卒) 用の 『砲術スタディ・ガイド』 を 『現代戦講堂』 の 『資料展示室』 コーナーにて公開しました。

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ここで公開しますのは44年も前のものであり、かつ秘密文書などに指定されたものではなく、もちろん内容的にも秘密に関わるものは皆無です。

とはいっても、艦砲射撃や砲戦についてその基礎的な事項の全般を網羅しており、この方面に興味のある一般の方々にとっても良き入門用のものであると思います。

昨今は秘密漏洩事件などもあり、防衛省・海上自衛隊でも部内文書の取り扱いにつきましては大変にうるさくなってきまして、なかなかこういうものは公開されませんので、興味を持っていただけるのではないかと。

最近になって、海上自衛隊のOBでも “「三笠」 の12インチ主砲は発砲時に駐退・復座はしなかった (=そういう機構にはなっていなかった)” などとと言い出す者も現れる始末です。

そういうご時世ですので、“そんな基礎くらい鉄砲屋でなくても現役の時に習っただろう、恥ずかしい” ということで、これを機会に今回公開することに (^_^;

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2017年07月13日

大和ミュージアムの企画展 ・ 続


大和ミュージアムで現在開催中の 「大和」 の潜水調査結果の企画展について、その展示写真の解説に大きな誤りがあることはご紹介しました。

yamato_exhib_No25_photo_p41_01_s.JPG
( 指摘の当該写真 引用 : 「第25回企画展 ガイドブック」 (同館発行) 41頁 )

「友と待ち合わせ」:


これについて同館の学芸課にその指摘メールを送ったところ、次の返事が返ってきました。

(ここから ↓)
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お問い合わせの件について(大和ミュージアム学芸課)

お世話になっております。
このたびは、メールをどうもありがとうございました。
以下、回答させていただきます。

〔第一主砲塔バーベットについて〕
第一主砲塔バーベットという表記については、確かにご指摘のとおり、「円形支基の旋回歯轍」と存じますが、一般の方に見ていただくにあたり、該当表記では一見してわかりづらいことから、「第一主砲塔バーベット」と表記しております。

〔施条について〕
施条(しじょう)ついては、軍事用語ではなく、「物に筋目をつけること」(『広辞苑』)という一般的な意味で用いました。

当館では、一般の方にもわかりやすい説明を心掛けております。
ですが、堤様のような海軍関係の方には誤解を招くようですので、次回の変更の際に、表記を修正させていただきます。

1 第一主砲塔バーベット→第一主砲塔バーベットの内側
2 凹凸(施条)→凹凸  (施条を削除)

では、用件のみにて失礼致します。

-------------------------------------------------------------
(ここまで ↑)

だそうです。

う〜ん、何か苦しい言い訳に過ぎないように感じるのは私だけでしょうか ・・・・ (^_^;

そもそも 「一般の方にもわかりやすい」 ために間違った説明をする というのは全く筋が通らない話かと。 私達よりも、逆に一般の人達の誤解を招くようなことの方がよほど問題でしょう。

バーベットではないのに、バーベットと言う

バーベットについて先の 「ガイドブック」 の6〜7頁の記述とその注釈にある

・・・・ 艦首部から第1主砲塔バーベット部(6)までの詳細な情報が・・・・

6 第1主砲塔の台座部分のこと

という理解なので、当該写真の説明も間違ったのではありませんか?

軍事のことを説明するのに “軍事用語ではなく広辞苑から一般的な意味で” 全く意味が異なる用語を使う

軍事用語として 「施条(せじょう)」 は明確に定義されており、他の意味で使うことはありませんしあり得ません。 それを意味の異なる用語を一般用語だからと言ってわざわざ使う? これでは私達にではなく、逆に一般の人に誤解を与えるでしょう。

何かおかしくありませんか、学芸課さん?

しかも次回変更するという修正表記も感心しません。 「バーベットの内側」 (に付いている) では誤解を生じますし、「凹凸」 や 「筋目」 が単なる抽象的な形状を表しているとは言ってもも、それだけでは肝心なその物が何なのかを全く表してはおりません。

“一般の人に判りやすい” にしても、もう少し 本来の意味を正しく呈した 表現の仕方があるのではないでしょうか。


それに、そもそも私は 誤りを指摘しただけ であって、別に学芸課に 問い合わせたわけではありません が ・・・・

軍事についてあまり知識のない普通の学芸員さん達というのは皆さんこういう感覚なんでしょうかねえ、他人事ながらちょっと心配になりますが (^_^;

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2017年07月10日

発射門数と命中率 ・ 続 2


前回説明しましたように、現実には毎回毎回の射撃で命中率は変わってきます。

例え同一の発砲諸元で射撃をしようとも、様々な要因による誤差のため1弾ごと弾道が微妙に異なってくる、即ち散布するからです。

このため、砲弾を目標に命中させるのは極めて難しいことになります。 これについては本家サイトに簡単に纏めてありますのでご参照ください。

「射撃理論解説 超入門編」 :

これは1門で撃とうと多数門で一斉に撃とうとも同じことです。

そして、なぜそうなるのか、その原因は何なのか、の詳細については、次のところで解説しております。

「射弾の散布」 :

この個々の弾道の異なり方はそれ程極端には大きくありませんので、明治期の砲戦距離のように5〜6千m以内でしたら、各砲ごとの砲側直接照準射撃でも照準さえ正しければ何とかなる程度です。 しかしながらこれが1万mを超え、2万とか3万mになりますと、そうはいきません。

したがって、1門ずつでそれぞれの砲弾が目標に命中することを期待するのではなく、複数門を同一の射撃計算値に基づいて発砲し、その弾着の散布の中から命中弾が出ることを期待することになります。

そのためにはまず発射する複数門について、照準と測距、測的 (彼我の運動の解析) 及び射撃計算を1つにする必要があります。 これが方位盤であり、測距儀、測的盤、射撃盤で、それぞれが発達して一つの射撃指揮装置となっていきます。

これに基づく射撃計算の理論については本家サイトの次のところで解説しておりますが、これはあくまで砲弾を目標に命中させるために元となる基本の弾道計算とも言えます。

「射撃理論 初級編」 :

即ち、複数門による射撃はこれに基づいて行われるわけですが、上で申し上げたように現実の各種の微少な誤差により、この値からずれる、即ち散布を生じます。

1門の連続弾でも、複数門の斉射でも、砲弾は絶対に1点には弾着しないからです。


とすると、次に必要となるのはこの散布の仕方を把握することになります。 これが 散布界 です。

shahou_sanpu_mod2_s.jpg

そして艦砲射撃においては、その散布界の中心、即ち 射心 を目標位置の中心 標心 と一致させるように修正 して、散布界の中に目標を包み込むようにする ( 夾叉 と言います) ことにより、その中から命中弾が出ることを期待する しかありません。

もちろん目標たる敵艦は点ではなく、幅、長さ、高さがありますので、射撃訓練においてはそれに応じた 「有効帯」 「有効幅」 の中に入った弾着数をもって命中率を算定することになります。


実際には毎回毎回の射撃のみならず、1回の射撃でも毎斉射毎斉射で散布界の大きさや散布の状況は異なりますので、同一艦あるいは同砲種での射撃データにより 平均散布界 を求めることから始まります。

米海軍や英・独海軍においてはその艦あるいは砲種としての性能データとしては、せいぜいがこの平均散布界の算出止まりであり、後は実際に撃ったその場で射心の位置を弾着観測により求めて、これにより射弾の修正を行うことでした。

したがって米・英・独海軍の艦砲射撃における 「射法」 はこれが基礎です。

しかしながら平均散布界とはいっても、当然ながらその散布界の中に斉射弾が均等に弾着するわけではありません。

例えば次の図は散布界は全て同じですが、それぞれその中の斉射弾の散布の仕方は異なります。

youso_sanpu1_s.jpg

そこで旧海軍ではこれを更に進めて 公算、即ち統計と確率の応用による方法 による 公誤 (公算誤差) を採り入れ、その一つとして散布界の中でどの様に斉射弾が弾着するのかを数値で表すことにしました。 これが 戦闘公誤 、即ち 平均散布界の中で射心から射弾の半数が弾着する範囲 を示す方法です。

詳しくは次の記事を参照してください。

「戦闘公誤」 :

この戦闘公誤によって艦に装備されている同一砲種 (主砲、副砲など) の性能と砲機調整などの状況を把握すると共に、これを基準として適正な射法を構築したのです。

もちろん、各艦、艦型、同一砲種搭載艦などについて、平均散布界、戦闘公誤を出し、これらから門数による関連性をも求めており、これらも全て射法の中で考慮されています。

そしてこの公算による射撃データの分析の中で重要なものの一つが 初弾偏倚公誤 です。 これは照準、測距、測的を始めとして、ありとあらゆる誤差の結果として、最初の斉射弾の射心が実際の弾着時の標心からどれだけずれる (=初弾偏倚量) 可能性があるかを過去のデータから公誤で求めたものです。

この初弾偏倚公誤の値によって、具体的などの射法を適用するかの重要な判断基準の一つになります。

初照尺とそれによる初弾偏倚公誤については、旧海軍の実際を次のところで解説しております。

「初照尺の精度」 :

これによって試射の要領が決められることになりますが、この 「試射」 「本射」 についてはこの後で。

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前 : 「発射門数と命中率 ・ 続」

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2017年07月06日

発射門数と命中率 ・ 続


まずは極々初歩的なことから。

「命中率」 というのは発射弾数に対する命中弾数の割合です。 この定義は変わりようがありません。 命中率の “概念” も何も入る余地はありません。

そして発射門数と命中率の関係は、先にも書きましたとおり、何の前提条件もなく ただただ単純な問題として 採り上げるならば、ある命中率の砲種について、門数が1門であろうと2門であろうと、あるいは100門であろうと 命中率は変わらない ことはお判りいただけるかと。

つまり、門数が増えると 「発射弾数」 が増え、それに比例して 「命中弾数」 が増えるだけのことで 「命中率」 が変わる訳ではありません。

例えば、命中率5%とされる砲なら、1門で100発撃って5発の命中弾、100門なら10000発撃って500発の命中弾、いずれも命中率5%です。

某所での質問の発端となったという架空の例え話の

大和一隻とアイオワ級二隻が戦闘すればどちらが有利か、

その中の回答に、アイオワ級側の門数が大和の二倍だからといって、命中する確率も二倍にはならず、云々

などに対しては本来この回答で十分です。

ただし、です。

発射門数が変わると目標に対する 単位時間当たりの命中弾数、つまり 命中速度 が変わります。 これはまた射撃時間が変わっても変わります。

( 命中速度は艦砲射撃においては重要な要素の一つですが、先の某所の中では出てこなかったものの一つです。)

上の例では100発を5分間で発射するなら、1門での命中速度は1発/分ですが、100門の命中速度は100発/分です。

また、1門で100発を5分間で発射したものを2分半で発射するなら (発射速度を倍にするなら)、命中速度は1発/分から倍の2発/分になります。

この理屈は、まさに 太平洋戦争後半に米海軍が採用した砲戦術 です。 日本海軍に対して命中率の低さを、発射門数 (隻数) の多さと発射速度の高さを利用したもので、「命中速度」 を極度に発揮しようというものです。

もちろんこれには大量の “無駄弾” が伴うことは言うまでもありません。 命中率は度外視なのですから。 優れた砲塔動力と物量 (砲弾、艦艇数) を誇る米海軍だからこそ採用できた戦術ですが、裏返せば “止むに止まれず” という発想でもあります。

これに対して、持たざる国の日本海軍では、貧弱な科学・工業力と平時における訓練からしてそのような贅沢な発想は生まれるわけもなく、また命中速度の重要性は理解しつつも “やりたくとも出来なかった” と言うのが実情です。

ここまでは、難しい数式や理論などは必要ありませんので初心者の方々でも十分にご理解いただけると思います。


さて、ここからです。 もう一歩話を進めると、ここでテーマとなっている 「命中率」 という問題です。

上のようにごく単純化した話ならともかく、現実にはどの砲種であれ常に一定の 「命中率」 が得られるということはあり得ないことです。

特に艦載砲の場合には、その砲固有の性能 (特に射表上の 「単砲公誤」 と言われるもの、米海軍では 「平均散布界」 )に加え、艦艇の砲装・艤装・砲齢、気象海象、薬温・薬質、射撃の方法・整備の良否等々、その時その時の状態、状況、条件などによって同一の砲でも命中率は変わってきます。

早い話が、撃つ度に命中率は変わってくる、ということです。

ではその一定しない命中率というものを艦砲射撃においてどのように解決していくかというと、それが 射法 になります。

もちろん、この射法の基礎になるのが射撃関係員の日頃からの綿密な砲機調整であり、教育訓練であることは申し上げるまでもありません。

これについての詳細はこの後で。

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2017年07月03日

発射門数と命中率


ネットにあったことですが、

門数が倍化しても、命中率は倍では無く √(増えた門数+門数)÷√(門数) だと聞いたのですが

という質問です。

確かにこの質問には、回答者のレスにもあったように発射門数と命中率についてその前提のことが全く欠落しているというのはその通りですが ・・・・

しかしながら単にこの問題だけなら射撃理論云々以前の高校の数物でも習ったことで十分です。

また、回答者のレスも全くの的外れというか何というか (^_^;

  交互打方の採用により、修正が早く、正確になるため、命中率は向上 ?
  公算射撃 (散布界の選定等) ?
  6から9 (10?) 門が、命中率が良好 ?
  12門艦は交互打ち方を、8、9門艦は一斉射撃を主用 ?

そもそも

命中率とは、どの様な概念でしょうか。

って、命中率の概念? あるのは “定義” で、それも専門用語ですらないごく普通の用語ですけどねえ。


さてご来訪の皆さんならどの様にお答えになるでしょうか?

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次 : 「発射門数と命中率 ・ 続」


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2017年06月30日

GFCS Mk56、ですよね ?


米海軍の GFCS Mk56 は大戦後の3インチ及び5インチ砲用の射撃指揮装置の標準装備となったもので、米海軍のみならず英海軍及び海上自衛隊でも使用されました。

もっとも、海上自衛隊にはなかなかリリースしてもらえず、やっと 「つき」 型及び 「くも」 型になってからでしたが。

ところで、米海軍では元々は 「射撃指揮装置」 ( GFCS、Gun Fire Control System ) という一つの装置はありませんで、方位盤や射撃盤などの個々の指揮兵器が発達してそれぞれが緊密に連接するようになりましたので、大戦期にそれらを一つに組み合わせたシステムとしてメインの方位盤の名称をとった、例えば 「 Mk37 Gun Director Sysdtem 」 などと呼んでいました。

これが現在のように一つの射撃指揮装置として呼ばれるようになったのは大戦後のことで、GFCS Mk37 が最初のものです。 以後 GFCS Mk56、Mk57、Mk63 等々全てこれで統一されるようになりました。

さてこの GFCS Mk56 ですが、次のような機器で構成されています。

GFCS_Mk56_components_01_s.JPG

また、これらの機器の配置とその機器間の基本的なデータの流れは次の様になっています。

GFCS_Mk56_illust_01_s.JPG

GFCS_Mk56_data_flow_01_s.JPG

これらはネット上の某巨大掲示板でも紹介があった1955年版の 「 NAVPERS-10798 Naval Ordnance and Gunnery Vol.2 Fire Control 」 にあるものと同じものです。

このように、方位盤 ( 射撃用レーダー Mk35 と一体 ) が上部構造物上などに位置する他は、残りの全ての機器は船体内の 「射撃管制室」 ( Fire Control Room ) に装備されています。

( 因みに、上記の NAVPERS-10798 では 「 operation center 」 となっていますが、これは従来の 「射撃盤」 ( Range-keeper ) の時代に 「 plotting room 」 と呼ばれていたものが GFCS となった時の初期の呼称で、すぐに現代に通用する 「射撃管制室」 となりました。 これをわざわざ 「オペレーション・センター」 と直訳すると言うことは ・・・・ (^_^; )

これだけでは私のブログらしくないので、もう少し手持ちの他の資料から違うものをご紹介すると、

GFCS_Mk56_illust_02_s.JPG

GFCS_Mk56_illust_02a_s.JPG

GFCS_Mk56_illust_02b_s.JPG

ご来訪の中には 「なぜ Computer は Mk42 と Mk30 の2つもあるの?」 と思われる方もおられるかもしれません。

これは、いわゆる従来の射撃盤 (Range-Keeper) の機能を、水平面内での弾道計算とこれを甲板面での発砲諸元の変換の2つに分けたためです。 即ち、

GFCS_Mk56_SG_01_01_s.JPG

GFCS_Mk56_Comp_Mk30_illust_01_s.JPG

GFCS_Mk56_SG_01_02_s.JPG

GFCS_Mk56_Comp_Mk42_illust_01_s.JPG

この2つの射撃盤 (計算機) は、確かに射撃計算については従来どおりのメカニカルな機構を採用しています。 これらの計算はディジタル・コンピューターの出現まではこれが一番便利だったからです。

しかしながら、

コンピューター・マーク42は、ギヤとシャフトとカムなどでできた、人力の機械式アナログ・コンピューターですよ。中に回路なんて、入っていません

すばしっこく動き回る砲射撃指揮装置と、シェイク・ハンズでフィードバックさせるならば、制御するコンソールや機械式コンピューターは、当然、真下に設置しなくてはならないでしょう。

まさか 射撃盤 Mk42 の射撃計算機構がメカニカルだからといって、データの入出力までもがリンケージ機構で方位盤を始めとする他の機器と繋がっているなんて思っておられるわけではないですよね? それに 「人力の機械式」 ?

GFCS Mk56を構成する各機器間の接続は基本的に全て信号ケーブルなんですが ・・・・

したがって方位盤以外の機器を納める 「射撃管制室」 は “方位盤の直下” である必要は全くありません。 艦内スペースと重量などにより船体の中央寄り、下甲板の適当な位置に置かれるのが一般的です。

例えば、海上自衛隊の 「つき」 型と 「くも」 型での方位盤と射撃管制室の関係は次の様になっています。

JDS_Tsuki_Class_draw_01_s.JPG
( 「つき」 型の配置図 )

JDS_Kumo_Class_draw_01_s.JPG
( 「くも」 型の配置図 )

それ以前に、

さすがに、水銀スイッチなどは使っていないでしょうが、当時の配線は、光ケーブルなどではありません。

などは何を言いたいのかさっぱり判りません。 わざわざ言及する必要の全くないことで ・・・・ (^_^;

この GFCS Mk56 は優れた射撃指揮装置ですが、それはこれの射撃用レーダー Mk35 によるところが大です。 回路図を追いかけていくと大変に興味深いものがありますが、これはまた機会を改めてに。

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(7月4日追記):

折角ですからもう少し具体的なものをご紹介を。

砲旋回角及び砲仰角の系統図から計算機 Mk42 についての部分です。

GFCS_Mk56_Comp_Mk42_illust_02_s.jpg

この図中の 「リンケージ・ユニット」 とあるところが、先にお話しした通常の射撃計算に用いられる各種のメカニカル機構で、例えば次の様なもので構成されている部分です。

GFCS_Mk56_Comp_Mk42_illust_03_s.JPG

つまり、計算機 Mk42 は射撃計算のために多くのメカニカル機構が使われていますが、それしか入っていないということではなく、ましてや連接する機器とのデータの入出力までもがメカニカル機構であるわけではないということです。

posted by 桜と錨 at 20:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 砲術の話し

2017年06月13日

安式十二吋砲は駐退しない?


私もかつて長い間鉄砲屋の末席に身を置いてきた者の一人ですが、その私が最近驚いた、というより驚愕したことがあります。

それは 「三笠」 など日露戦争で活躍した戦艦に搭載された 「四十口径安式十二吋砲」 は、発砲時に砲身は退却しなかったと言っている人がいるということを聞いたことです。

最初はお付き合いのあるさるところから 「某所からその様なことを言われたが実際のところはどうなのか?」 と質問がありました。

この時はいくら何でもまさか本気でそんな事を言う人はいないだろうと思いましたし、そもそも近代砲においてその様なことになっていれば反動で忽ち砲架が壊れてしまいますよと答えておいたのですが ・・・・

その後すぐに、今度は長くお付き合いのある全く別の友人から同じことを聞かされました。 しかも某所からは、もし駐退するならそれを示す図面と駐退量を教えてくれと言われたと。

ここまでくると、その某所が本気で安式十二吋砲は駐退しなかったと思っていたことがハッキリしました。

もう何をか言わんやで (^_^;


この砲については、旧海軍によるその各部の詳細が判るいくつかの公式図面が残されています。 例えば当該駐退機については次の様なものです。

Type_Arm_40cal_12in_draw_02_s.jpg

また詳細な公式性能要目も残されており、これについては既に私の本家サイトでも公開しているところです。 もちろんその中に駐退量のデータも含まれています。


これらの旧海軍史料は、一度でもキチンと調べさえすればいずれもすぐに出てくるものです。

そもそも、12インチもの大砲が無退却などあり得ないことはちょっと考えれば判りそうなものですが ・・・・


なお私の知る限りでは、駐退しない砲で有名なものが一つあることはあります。 以前紹介したことがありますが、ホッチキス社の1〜6ポンド速射砲で、同砲開発後の初期段階の1880年代のことです。

Ho_3pnd_RF_non-recoil_photo_01_s.jpg
( 3ポンダーの例 )

もちろんこれは小口径の砲だから可能な話しであり、しかもその後すぐに駐退機付きの砲鞍と退却砲架にとって変わったことは申し上げるまでもありません。

posted by 桜と錨 at 20:28| Comment(3) | TrackBack(0) | 砲術の話し

2017年06月05日

横須賀ベルニー公園の 「陸奥」 砲身


長らくお台場の 「船の科学館」 の屋外に展示されていた戦艦 「陸奥」 の41糎主砲砲身が多くの方々の尽力により横須賀のベルニー公園に移設されました。

“陸奥砲身の里帰り” と言うことでテレビなどのマスコミにも採り上げられましたので、ご存じの方も多いと思います。

41cm_gun_yokosuka_01_m.jpg

そして私の友人である日本製鋼所の国本康文氏の現地調査により横須賀のものは呉海軍工廠製であることが確認されております。

これで戦時中に柱島泊地で爆沈を遂げた 「陸奥」 を戦後に解体引き揚げを行った際の三番、四番砲塔の計4本の砲身のうち、呉の 「大和ミュージアム」 に1本 (四番砲塔左砲、日本製鋼所室蘭製作所製)、横須賀に1本 (同右砲) が旧海軍の遺産として保存されることになりました。

旧海軍史を研究する者の一人として、また鉄砲屋の末席に身を置く者としても大変に喜ばしいことです。


・・・・ なんですが、ところがちょっと残念なことが。

先日横浜在住の友人よりメールで、横須賀の砲身が左に回転しておりこのため砲尾部が傾いているとの指摘をいただきました。

添付されている写真を見たところ確かに左に曲がっています。

41cm_gun_yokosuka_02_m.jpg

何故こうなったかは判りませんが、おそらく 「船の科学館」 に展示されていたときからこの様になっており、移設の際にこの状態でクレーンで吊り上げ、そのまま横須賀に設置したのではないかと思われます。

まあ大変な重量物でもあり、設置に当たっていろいろな事情や制約があったことは推測されます。

しかしながら、見る人が見ればすぐに気が付ついて “?” と思うことでしょう。

また船乗りとして “垂直なものは垂直に、水平なものは水平に” “あるべき位置に正しく” “端正かつ威容の保持” と厳しく躾けられてきた私達からしても、ちょっとスマートネスに欠けるところではあります。

もちろん今更これを正しい姿に直すのは費用の点からも大変なことでしょうが、折角の横須賀への移設の良い機会だっただけにちょっと惜しまれるところです。

(写真は2枚とも横浜在住の友人撮影、同氏より引用の許可を得ております。)
posted by 桜と錨 at 16:44| Comment(4) | TrackBack(0) | 砲術の話し

2017年03月06日

艦載砲と度量衡 (後)


大正6年に旧海軍の艦載砲の名称は全て 「センチ」 で統一されました。 しかしながらこれは実口径に近い切りの良い値を採用しました。

例えば元々の口径で14吋 (355.6ミリ) は36糎、3吋 (76.2ミリ) は8糎と言うようにです。

ところがこの大正6年に兵器採用された 「四十五口径三年式四十一糎砲」 はメートル法により設計・製造されたため実口径が410.00ミリであったわけです。

このためこの直後にちょっとした問題が起きることになります。

そうです、大正10年のワシントン海軍軍縮会議によって戦艦の主砲の口径が16インチ (406.4ミリ) 以下に制限される見込となり、条約成立の暁には厳密には条約違反になってしまいます。

当の造兵・用兵者達からすれば “何を今更” ということですが、ヤード・ポンド法を使用する米英の主導であってみれば致し方ないことではありました。

現実的には単なる度量衡の違いによる誤差の範囲とも言えるのですが、旧海軍ではあらぬ誤解を受けないようにするため、大正11年3月29日内令兵第9号をもって名称のみを 「四十五口径三年式四十糎砲」 に改めたのです。

IIJN_Gun_Rename_T11_s.jpg

まあ、姑息といえば姑息な方法なのですが (^_^;


そして大正6年からのメートル法による艦載砲の開発は、のちにもう一つ大きな問題を生じることになります。

それが重巡洋艦や空母 「赤城」 「加賀」 の主砲として搭載された 「五十口三年式二十糎砲」 です。 この砲は名称は8インチと言いながら、実口径は203.2ミリではなく、 200.00ミリで設計・製造されたものです。

何もなければこれはこれで良かったのですが、先のワシントン海軍軍縮条約において重巡洋艦の主砲は8インチ以下とされ、このため以後の各国海軍の重巡洋艦は条約制限一杯の8インチ砲となることが予期されることになりました。

たかだか3.2ミリの差と思われるかもしれませんが、これによって砲弾重量は約110kgと約126kgで16kg、即ち1.5割もの差となるのです。 これは更に続くロンドン海軍軍縮条約によって保有量の制限を受けたことにより兵力量に劣る旧海軍にとっては死活問題であったと言えるでしょう。

そのため元の二十糎砲の内径を削って正8インチとし、昭和6年4月8日の内令兵第3号をもって 「五十口径三年式二号二十糎砲」 としたのです。

もちろん、砲の口径を少し拡げただけで済む問題ではなく、砲弾や装薬も新規に開発し直しであり、またこれに合わせるために装填機や揚弾薬機はもちろん、弾火薬庫の改造も必要になりますので、大変な手間暇を要する後戻りとなりました。

加えて元の20糎砲弾及び装薬の在庫が大量にあったため、これの消耗のため改造後の「赤城」「加賀」では砲廓砲は二号砲に改装されないままとなりました。

後知恵にはなりますが、41糎砲の時のように当初から210.00ミリ、あるいは205ミリで開発する手もあったのではないかと ・・・・


さてここでご来訪の皆さんにお尋ねします。

「特型」 駆逐艦以降に搭載された 「五十口径三年式十二糎七砲」 及び太平洋戦争期でも各艦艇に広く搭載された 「四十口径八九式十二糎七高角砲」 ですが、なぜ 「十二糎七」 という中途半端な (と言うより正確な) 呼称になっているのでしょうか?

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(平成29年3月8日追記):

そうです、「特型」駆逐艦に搭載された 「十二糎七」 という口径の砲は、ロンドン条約によって駆逐艦の主砲が5.1インチ (129.54ミリ) 以下に制限されたため、その限度で開発されたものです。

ただし、フランスは軍縮会議の時に既に130.00ミリを搭載した 「L'Adroit」 級を保有しており、その主張により当初案の5インチから5.1インチに変更されました。

条約ではフランスは部分参加に止まったものの、旧海軍もこの130ミリでも良かったと言えますが、米英がヤード・ポンド法による砲を搭載するであろうことから正5インチでも良いと判断されたものと考えられます。

この砲は大正13年に 「一三式十二糎砲」 として兵器採用されましたが、やはり明治期から続く安式十二糎砲 (実口径120.00ミリ) 系列のものとは区別する必要があり、また 「十三糎」 では条約上誤解を生じるおそれがあると判断されたため、結局昭和4年11月13日になって内令兵第2号により 「五十口径三年式十二糎七砲」 という実寸に合わせた中途半端な数値のものに変更されたのです。

また八九式高角砲になぜ実績のない5インチが採用されたのか詳細は不明ですが、平射砲を改造した8糎や12糎より威力の大きなものが要求された結果と考えられます。

この砲も 「三年式十二糎七砲」 に合わせて昭和7年2月6日内令兵第6号により 「四十口径八九式十二糎七高角砲」 として兵器採用されました。


さて最後に、もう一つこの呼称法で例外があるのにお気づきと思います。

そうです 「最上」 型軽巡洋艦に装備された 「六十口径三年式十五糎五砲」 です。 これも十二糎七砲と同じで、ロンドン条約により軽巡の主砲が6.1インチ (154.94ミリ) 以下に制限されましたので、こちらは限度一杯の155.00ミリのものを開発しました。

厳密にいうと0,06ミリの超過ですが、そこは換算上と設計・製造上の誤差の範囲ということであり、またこれも同じくロンドン軍縮会議の時に既にこの155.00ミリ砲を搭載したフランス軽巡 「Duguay-Trouin」 型が就役しており、フランスの主張により主砲の口径制限が6インチから6.1インチに修正された経緯がありますので、問題はなかったわけです。

名称も 「十五糎」 は既に6インチのものがありますし、「十六糎」 では条約制限をオーバーした名称になりますので、この 「十五糎五」 という実口径に合わせたものとされました。

なお余談ですが、この砲は射弾精度が大変に良好なため海軍部内では評価が高かったのですが、当初の計画どおり後に8インチ砲に換装されております。

換装後は 「大和」 型の副砲や 「大淀」 の主砲として転用されてはいますが、それにしても何故始めから換装するつもりのものをわざわざ新規に開発・製造したのかは疑問の残るところです。

(この項終わり)

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「艦載砲と度量衡 (前)」 :

「艦載砲と度量衡 (中)」 :


posted by 桜と錨 at 18:05| Comment(4) | TrackBack(0) | 砲術の話し

艦載砲と度量衡 (中)


さて艦載砲に戻ります。

度量衡ばかりでなく、制度というものが後追いになることは世の常です。 これは艦載砲の世界でも例外ではなく、「メートル法条約」 が出来た時には既に滑筒砲から旋条砲へと進んでしまっておりました。

したがって旋条砲の口径も先にお話ししたように砲弾重量のポンド表記や砲身重量のトン表記が使われていました。

しかしながら、「メートル法」 使用となったからと言って、そう簡単に規格を変える訳にはいかないことはご理解いただけるでしょう。

当時は砲と弾薬がセットになって購入されるのが普通です。 状況によってはこれに予備品や弾薬の追加が行われました。

そうなると、多くの国で使用されている砲の場合には、度量衡がメートル法に換わったからと言って、それに応じて新たに設計からの全てをやり直すなどのことはできません。

例えば、有名なホッチキス社の3ポンドや6ポンドの速射砲の口径はメートル法換算で47ミリと57ミリですが、既に世界各国で広く使われており、今更砲の規格を変更したり新たに口径50ミリや60ミリを砲を設計することは生産及び流通上からしても困難なことです。

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( ホッチキス社製の3ポンド速射砲 )

したがって砲や弾薬そのものはそのままにして、同社のパンフレットでは1885年まではこのポンド表記だったのものを、1887年版では手っ取り早く、3ポンド砲は47ミリ砲、6ポンド砲は57ミリ砲と両方並記することになりました。

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Hotchkiss_1887_pamph_p17_s.jpg
( 1887年版の保社版フレットから )

同様にして、英国以外の欧州各国ではメートル法で表記にする場合は中途半端な数字の艦載砲がこの後も残ることになったのです。


では旧海軍の場合はどうだったのでしょう。


明治維新によって新たに海軍が創設された時、その艦艇は元幕府や各藩が各国から購入したものばかりで、搭載する砲も実に種々雑多なものでした。

明治3年に 「兵制之儀」 が定められて海軍はイギリス式とすることとなりましたが、かと言って当時は国内で砲を製造する能力はありませんので、当分の間外国製を導入するしか方法がありません。

そこで艦載砲の統一の必要性から優秀なクルップ砲を多く採用しましたが、このクルップは比較的早期にメートル法へ移行しておりましたので、必然的にこれに従ったものが多くなりました。

日清戦争前に清国海軍に対抗するために建造した三景艦も、その主砲にフランス・カネー社の32センチ砲を採用しましたが、これもメートル法で設計されたものでした。

そして副砲には優秀な速射砲が求められたことから、英国アームストロング社のものが選択されましたが、これは本来の口径4.7インチ (119.38ミリ) ではなく当時英国に派遣されていた山内万寿治によってメートル法による口径120.00ミリの特注品となっています。

しかしながら、その後は戦艦などは建造技術が優秀な英国への発注が多くなり、このため艦載砲も同一である方が有利であると考えられてアームストロング社、次いでビッカース社のものが採用され、そしてこれらの技術導入による国産化においても必然的にヤード・ポンド法によるものとなりました。

これによって明治35年には海軍省達第13号によって旧海軍で用いられる度量衡法の内、艦船・機関・兵器及び艤装に関するものは英国式によることと定められたのです。


ところが、その後 「海軍度量衡調査会」 を設けて世界の趨勢やそれぞれの度量衡法の利点欠点などを再度調べ直し、その結果を踏まえて大正2年には海軍省達101号をもって兵器に関する使用単位はフランス度量衡法を用いることに変更されました。

そして更に大正4年の海軍省達第99号ででは、大正6年度以降新製する兵器は全てこのフランス度量衡法により製造することとされました。

これにより世界に先駆けて採用することとされ、また初の全国産大口径砲となる 「陸奥」 「長門」 の16インチ砲も、全てメートル法により設計・製造されて実口径410.00ミリの 「四十五口径三年式四十一糎砲」 として大正6年7月17日に内令兵第10号をもって兵器採用されたのです。

また併せて大正6年10月5日には内令兵第17号をもって砲術長主管兵器の名称改正が行われ、全て従来の 「吋」 呼称から 「糎」 呼称に変更されました。

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もちろんこれは単なる呼称の話しですから最も切りの良い数値で近似されたもので、実口径が変わったわけではありません。

したがって実口径が必要な時には性能要目表などを見ることになりますが、造兵者あるいは砲術専門でもない限り、通常はこれで全く問題もなかったわけです。


う〜ん、はやり2回では終わりませんでした (^_^;

(この項続く)

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「艦載砲と度量衡 (前)」 :

「艦載砲と度量衡 (後)」 :

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2017年03月04日

艦載砲と度量衡 (前)


これも以前某所などで出た話題ですが、何故155ミリとか150ミリといった口径の砲が出来たのかということでした。

結局のところ、残念ながらどこも最後まで度量衡とそれに伴う設計や製造機器などのことは出ずに終わってしまったようです。

そこで艦載砲の口径について、かつての砲弾の重量に基づくポンド表記からインチやミリメートル表記への変遷について少し振り返ってみたいと思います。


ご存じの通り、初期の艦載砲においては砲身は青銅製又は鋳造の前装滑筒砲であり、砲弾は球形実弾でした。

したがって、砲の大きさは砲弾の重量 (例えば40ポンド砲)、あるいは砲身そのものの重量 (例えば80トン砲) によって表されてきました。

砲の筒内も、そして砲弾も、それ程精密に作られていた訳ではなく、個々ものによってそれなりの誤差があり、また射耗あるいは錆によっても変わって来ました。

ですから、その都度各砲のその時の実際の筒径に合うサイズの砲弾を選んで各砲側などに準備していました。 その程度のことで良かったわけです。

実際の射撃では、砲弾の前後に詰物を入れ、発射ガスが砲弾と筒内との隙間から逃げないようにすると共に、動揺などにより砲弾が転げ出ないようにしていました。

しかし、射程を伸ばすために砲弾は次第に長軸弾となり、そしてその安定飛翔のために筒内には施条が施されるようになってきました。 また、装薬 (発射薬) の発展もあって、砲身も次第に積層砲、そして鋼線砲へと進歩してきます。

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艦載砲のこの辺の変遷については本家サイトの次の記事にありますので参照してください。

この艦載砲の発展に伴い砲及び砲弾の製造・加工は次第に精密なものが要求されるようになり、そのために工作機械や治具・工具も精密・正確なものが必要となってきました。

ここに来て、それら全ての規格を揃えるために各国で度量衡の制定とそれに従った工業体制が生まれてくるわけです。

もちろんこれは艦載砲に限ったことではなく、産業革命による工業生産全般について言えることです。

元々欧州大陸各国では 「ドイム」 (duim、兌母) という尺度を使っていましたが、これは各地域・国によって同じ1ドイムでも多少異なったものでした。

このため1799年になって共通の尺度 「エル」 (ell、會爾) が定められました。 これは産業革命による欧州域内における工業製品流通上の必要性から来ていることは論を待ちません。

そして1875年 (明治8年) になってパリで開催された国際度量衡総会で採択された 「メートル法条約」 へと繋がるわけです。

これは欧州大陸諸国で採用されましたが、一人英国のみは従来からのインチ・ポンド法にこだわり続けました。

10進法に比べると、人間の感覚からすれば12進法というのは極めて効率が悪いように思いますが、これは大国の威信と長年の慣れからくるものなのでしょう。


我が国においては明治18年 (1885) にメートル法条約に加盟し翌19年に公布していますが、明治24年になって定められた 「度量衡法」 (明治24年3月244日法律第3号) は従来からの尺貫法を基本としつつメートル法も許容し、かつメートル法の原器よりの換算を使用するという極めて変則的なものでした。

そして更に明治42年に 「改正度量衡法」 (明治42年3月8日法律第4号) となってヤード・ポンド法も許容して3者併用とすることになり、混乱に拍車をかけたわけです。

そこで大正10年になってこの度量衡法が改正され (「度量衡法中改正法律」 大正10年4月11日法律第71号) やっとメートル法に統一されることになります。

とは言え、このメートル法への統一も数々の反対にあって長い間なかなか定着しませんでした。 しかしながら太平洋戦争終結後の米英の占領下にあってもヤード・ポンド法に戻ったわけではなく、結局昭和26年の 「計量法」(昭和26年6月7日法律第207号) となってメートル法で決着がつけられたと言えるでしょう。

(この項続く)

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「艦載砲と度量衡 (中)」 :

posted by 桜と錨 at 21:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 砲術の話し

2017年02月26日

「世界の艦船」 4月号 (通刊第856号)


『世界の艦船』 最新号の4月号がそろそろ書店の店頭に並ぶ頃です。

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4月号の特集は 「第2次大戦の列国戦艦」 で、私も本文記事で次の2本を担当させていただきました。

  「 第2次大戦時の水上砲戦技術 」
  「 レーダー射撃 VS 光学射撃 」

両方とももう少しマニアックにとも思いましたが、艦砲射撃だけに興味があるわけではない一般読者の方々もおられるでしょうし、この方面の初心者の方々もおられるでしょうから、まずはこのレベルの基礎知識を持っていただければというものにしました。

特に米海軍の射撃指揮装置や射撃用レーダーについてはもっと詳細にと考えましたが、紙幅の都合もあり、これはまた次の機会にでも(^_^;

それでももちろんいつも通り今まで出版物などでは書かれたことのない内容を盛り込んでおります。

特にレーダー射撃や旧海軍の公算射撃に基づく高命中率などはまだまだ誤解があるようですが、これまで色々書いてきた成果もあってかなり認識が直ってきていると自負しており、今回の2本の記事はその総まとめ的なものであると思っております。

書店で見かけられた時には、是非手にとってご覧下さい。
posted by 桜と錨 at 22:52| Comment(2) | TrackBack(0) | 砲術の話し

2016年12月27日

発射弾数の記録


某所でこういう事が話題になっていました。

 実戦で発射弾数を記録するものでしょうか?

平時であろうと戦時であろうと各砲ごとその時に発射した弾数、弾種、装薬 (発射薬) 種は必ず記録します。

その理由は大きく3つあります。

1.砲身命数 (砲齢) の計算のため

特に大口径になればなるほど命数は小さいため、この計算は重要です。

2.故障や事故が生起した時の原因究明ためのデータの一つとして

例え小さな故障であろうとも、これによって人身事故や砲の毀損に繋がり兼ねませんので、その分析には発射の記録も重要なデータになります。

そしてこれらが正確に記録されているからこそ、これが砲の改良や操法 (操作法) の改善などに繋がっているのです。

3.射撃における指定された発射の確認のため

平時の訓練であろうと戦時における実際の砲戦であろうと、指定されたこれらの確認は、有効な射撃を実施するためには重要なことです。


特に1.及び2.については各砲1門ごとにその砲の経歴や構成などを記した 「海軍砲砲歴」 という帳簿が備えられており、その都度各種の記録が書き加えられてその砲の現状が更新されます。

そしてその中でも発射弾数は最も重要な記録であり、だからこそその記注についての注意までが艦政本部から出されているのです。

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この発砲の記録は明治時代から行われており、ですから例えば日露戦争時に多発した筒発についても、各艦の戦闘詳報などにおいてどの砲が何時、何発目にどのような状況で撃ったときに生起したか、などが明らかにされているわけです。

“後々の戦闘への参考資料にでもした” などと言うようなそんな軽い話しのものではないことはお判りいただけるかと。

posted by 桜と錨 at 15:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 砲術の話し