2018年05月20日

艦砲操式沿革と改訂経緯


本家サイトの今週の更新として 『旧海軍の砲術』 コーナーで 『艦砲操式沿革と改訂経緯』 のページを公開しました。

  http://navgunschl.sakura.ne.jp/koudou/ijn/ijn_frame.html
  http://navgunschl.sakura.ne.jp/koudou/ijn/soushiki/soushiki_enkaku.html

本家サイトで旧海軍の砲戦術史の連載を始めまして、先日その第1部たる明治40年代の砲戦術の解説まで終わり、続いて大正初期のことに入る準備をしております。

この砲戦術に関連して、やはりこの 「艦砲操式」 についてご理解いただいておく必要があると考えた次第です。

「艦砲操式」 と言いますのは、単に 砲熕武器の操作法だけではなく、砲台員がチームとして射撃指揮官の指揮に従ってその 砲台において “どの様に射撃を行うのか” ということも含めたもので、艦砲射撃、そして砲術の基礎をなす重要な部分の一つです。

Kanpousoushiki_M36_cover_s.JPG
( 明治36年改訂版の艦砲操式の表紙 )

そしてその反面で、砲熕武器という本来爆発物を取り扱う大変な危険を伴うものですので、この 「艦砲操式」 の変遷というのはある意味で 砲熕武器の損傷や人員死傷の事故による教訓とその改善の積み重ねの歴史 でもあります。

旧海軍が砲術を発展させていく中で、こういう大変な苦心・苦労を積み重ねてきたということをご理解いただければと思います。

全て旧海軍自身の手になる各種史料に基づいておりますが、当該ページの様な内容を纏めたものは初めてのものであろうかと自負しております。

posted by 桜と錨 at 16:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 砲術の話し

2018年05月13日

十四糎砲の被帽通常弾


先週、本家サイトの掲示板の方で 「五十口径三年式十四糎砲」 の 「被帽通常弾」 についてのお尋ねがありましたので回答を付けたところです。

質問された方からのお返事はありませんのでご理解されたのかどうかは判りませんが、折角の機会ですから、本家サイトの今週の更新として 『旧海軍の砲術』 コーナーにて同砲及装薬等、そして同砲用の 「被帽通常弾」 のデータを追加公開いたしました。

http://navgunschl.sakura.ne.jp/koudou/ijn/buki/gun/gun_data/gun_data_main1.html
http://navgunschl.sakura.ne.jp/koudou/ijn/buki/ammo/proj/proj_data_main1.html
http://navgunschl.sakura.ne.jp/koudou/ijn/buki/ammo/powder/powder_data_main1.html

14cm_50cal_Type3year_draw_mod.JPG

14cm_capped_common_mod.jpg

14cm_50cal_powder_mod.jpg

余程の方でないとここまでの詳細データは必要とされないでしょうが、私のサイトならではということで、こういうものもキチンと残しておかなければと思っております。

それにざっと眺めていただくと、色々と興味深い点にもお気付きになることもあって面白いのではと。

posted by 桜と錨 at 13:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 砲術の話し

2018年04月15日

明治40年代の砲戦術 完了!


本家サイトの今週の更新として、先週に引き続き 『桜と錨の海軍砲術史』 コーナーで明治40年代の砲戦術に残りの項目を追加し、これにて同年代の話しを完了しました。


ただしいくつかの項目、特に 「射法」 と 「戦術」 については大正中期の砲戦術まで進んだところで全体の内容を見直す予定にしています。

前者については近代射法が芽生えたばかりであり、大正8年の 『艦砲射撃教範』 の全面改定まではそれこそ日々進歩して変わりつつあり、また後者については秋山真之の 『海軍基本戦術』 『海軍応用戦術』 及び 『海軍戦務』 の3部作の影響が大きく、そこから離れられなかった面があります。

( 真之の3部作については既に原本全文を本家サイトの 『史料展示室』 にて公開しておりますので、まだの方は是非ご参照下さい。)

当時としては、砲戦術の重要な要素である個艦及び艦隊の戦術については、基本的に真之の 『海軍基本戦術 第二編』 がほぼそのまま活きていたと言えます。

Akiyama_Tac1-2_cover_s.jpg   Akiyama_Tac1-2_cover_type_s.jpg
( 左 : 原本、右 : 活字起こし版の表紙 )

したがって明治40年代という期間を区切って述べることが大変に難しいものがあるためです。


なお、準備ができ次第、次の大正初期の砲戦術の項目に入りたいと思います。 お楽しみに。

posted by 桜と錨 at 14:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 砲術の話し

2018年04月08日

明治40年代の砲火指揮法


本家サイトの今週の更新として、先ほど先週に引き続き 『桜と錨の海軍砲戦術史』 中の 『明治40年年代』 のコーナーで 『軍艦の速力』 と 『砲火指揮法』 の2つの項を追加公開しました。


特に後者の 『砲火指揮法』 は元海軍関係者が戦後ものしたものや一般の刊行物ではまず無かったものではないでしょうか?

また 『戦艦及一等巡洋艦砲火指揮通信装置制式』 については明治45年の内令兵第2号で制定されたものは知られていますが、その元となった海軍砲術学校が起案した草案は初出のものと思います。

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この 『桜と錨の海軍砲術史』 は旧海軍の砲術家たる用兵者達がどのように考えていたのかをご紹介するものですが、これがあって初めて旧海軍史の全容が充たされるものと考えております。

まだ始まったばかりですが、引き続きお楽しみいただければと思います。


posted by 桜と錨 at 11:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 砲術の話し

2018年04月01日

明治40年代の軍艦の防御


本家サイトの今週の更新として、『桜と錨の海軍砲戦術史』 に明治40年代の続きとして 『軍艦の防御』 の項を追加公開しました。


用兵者側からする軍艦の構造についての見解は技術者のものとはまた別な面白さがあると思います。

併せて、ページのレイアウトなどを少し修正するとともに、ご参考としていくつかのページに艦型図を追加しました。

これは単に解説文や表だけはなかなかご理解いただけないところもあると思いますので、イメージ的に掴んでいただくためです。 元にしましたのは有名な 『ブラッセイ海軍年鑑』 の当時の版です。

この当時から 『ジェーン海軍年鑑』 とこの 『ブラッセイ海軍年鑑』 の2つが広く知られておりましたが、前者はその立ち上がりがウォーゲームのデータ・ブックであったこともあり、旧海軍ではいわゆる “軍艦識別帖” 的に扱われることが多かったのに対して、ブラッセイは最新の技術的な内容が豊富であり、かつそれに関連した図表なども多く、海外の専門知識を吸収するために良く読まれていました。

例えば、昭和19年に福井静夫氏が書いた呉海軍工廠の初級技術士官教育用テキスト 『軍艦の発達』 でも、このブラッセイの艦型図をほぼそのまま書き写したものが数多く含まれており、旧海軍の技術サイドでも有益な出版物とされていたことが解ります。

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posted by 桜と錨 at 15:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 砲術の話し

2018年03月25日

明治40年代の軍艦砲装論


本家サイトの今週の更新として、『桜と錨の海軍砲戦術史』 に明治40年代のお話しの続きとして 『軍艦の砲装』 の項を追加公開しました。


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内容的にはまだまだ纏めきれないところがありまして、今後機会を見て手直ししていくつもりにしておりますので、取り敢えずのものとお考え下さい。

とは言っても、度々申し上げておりますとおり、元技術士官達などがものしてきたものとは視点が異なり現場で直接関わってきた用兵者達のものであるだけに、これまで伝えられてきた話しとは異なったものがあることはお判りいただけるのではないかと思います。

posted by 桜と錨 at 18:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 砲術の話し

2018年03月18日

「砲術家としての加藤友三郎」

本日は 「加藤友三郎元帥研究会」 の第4回呉セミナーにおいて、上記のタイトルで若き日の友三郎と砲術について発表してきました。

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私はどうも高い壇上の演台から大勢の参加者の方々を前にして格式高いお話しをするようなことは苦手ですので、同会の大之木会長にお願いして、会場は教室で和気あいあいとなるような、そんな雰囲気にしていただきました。

しかしながら、思いもかけず新原市長などもお見えになり、来賓の方々は最前列にお並びになられましたので、ちょっと緊張してしまいましたが (^_^;


砲術家としての加藤友三郎の経歴は、明治13年に海軍兵学校を卒業してから 「吉野」 砲術長として日清戦争で活躍し、明治27年に海軍省軍務局に補職替えとなるまでがメインです。

が、何しろ砲術の話しであり、かつ明治初期 〜 中期の旧海軍のことですので、出来るだけ平易な内容とした関係で、持ち時間の都合上本日の話しは英国で建造中の 「吉野」 の造兵監督官となるところまでとさせていただきました。

残りの肝心な 「吉野」 の話しはまた次に機会がありました時にということに。

それでも参加の皆さん方には熱心にお聞きいただき、当時の旧海軍の砲術の実態と、それによる “鉄砲屋” としての加藤友三郎がどのような経験を積んだのかについての概要を、多少はご理解いただけたのではないかと思っております。

( 私の話し方が下手なのはご容赦いただくとして (^_^; )


貴重な発表の機会を与えていただきました大之木会長と、会場設営などの裏方に回っていただきました事務局の皆さんには厚くお礼申し上げます。

また是非本日の続きの機会を (^_^)

posted by 桜と錨 at 22:26| Comment(2) | TrackBack(0) | 砲術の話し

2018年03月12日

日本銃砲史学会の例会


週末は 「日本銃砲史学会」 からお誘いをいただきましたので3月例会での発表のために上京してきました。

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( 定例の例会会場の早稲田大学材料技術研究所、通称 「材研」 )

この学会はその名の通り、主として江戸期〜明治期の陸上での銃砲についての専門の方々が集まって研究活動をしているところです。

公式ホームページ : http://www.fhaj.jp/

従いまして海のことについてのことはあまり無いのですが、それでもかつて海軍の砲術界の重鎮であられた故黛治夫氏の論文などが会誌に掲載されたこともあります。

私とこの学会とは、4年前にこの黛氏の論文が学会創設50周年に当たり会誌に再掲載されることになり、私がその解題を書かせていただき、これに関連して日本海海戦劈頭での敵前大回頭と丁字戦法についての一文を載せていただいたことがご縁でした。

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また、併せてこの丁字戦法の実相についてお話しさせていただいたところです。

teiji_kouwa_h260308_01.JPG

今回は旧海軍における対空用の射撃指揮装置についてのリクエストがありましたので、上京して久々にお話させていただいた次第です。

とは言いましても、この射撃指揮装置の本当のミソのところは初めての方々にはちょっと難しい内容になりますので、今回はその最初の概要と簡単な米海軍との比較のことに絞らせていただきました。

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しかしながら参加された皆さん方には興味を持っていただけたようで、大変熱心にお聞きいただき、かつ時間をオーバーしての質疑応答となりまして、例会後の懇親会でも引き続いて皆さんとワイワイとなり、大変嬉しいことでした。

今回の機会をいただきました、事務局のメンバーの方々には改めてお礼申し上げる次第です。

posted by 桜と錨 at 12:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 砲術の話し

2018年02月25日

明治40年代の弾丸について


本家サイトの今週の更新として、先週から公開を始めました 『桜と錨の海軍砲戦術史』 に 明治40年代の弾丸についての頁を追加 し、併せて先週分についてもレイアウトや内容などを多少修正しました。


当時の大〜中口径砲の弾丸についての旧海軍用兵者の考え方を概説したものですが、特に日露海戦における戦訓は当時の諸外国海軍にも大きな影響を与えたことが判り、その後の戦艦やその艦載砲の発達に併せて、弾丸についての考え方の変化にも興味を持っていただけるのでは無いかと思います。

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posted by 桜と錨 at 16:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 砲術の話し

2018年02月18日

『桜と錨の海軍砲戦術史』 開設!


本家サイトの今週の更新を兼ねて、『砲術講堂』 中の 『旧海軍の砲術』 で 『桜と錨の海軍砲戦術史』 の連載を始めました。


内容は戦後になっての元造船・造兵技術者の手になるものや、研究者の人達がものしたものではなく、あくまでも今に残る旧海軍史料に基づきながら “当時の用兵者がどのように考えてきたか” という視点のものです。

これは今までほとんど語られたことは無いものですし、技術者や研究者によって広められたものとは幾分、というかかなり異なったものです。

しかしながら、この視点での理解がないと本当の意味での旧海軍史は語れないと思っています。 何しろ実際に旧海軍を作り上げ、運用し、戦ってきたのは彼らなのですから。

連載は、明治40年代に旧海軍において 「砲戦術」 という言葉が生まれてから、太平洋戦争における 『砲戦教範』 改訂草案の策定、そして終戦間際の電探射撃要領作成に至るまでになります。

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これから時間を見て少しずつ続けていきたいと思いますが、何しろ大変に永い期間のものですし、また少々専門的な事項にわたりますので、連載が最終的にいつまでかかるのか、どの様な形になるのかはまだ判りません。

しかしながら、戦後の鉄砲屋の末席に身を置き、砲術を中心とした旧海軍史をライフワークとしてきたものとして、これは是非とも書き残しておかなければならいものと思っています。

どうぞ気長にご愛顧いただけましたら嬉しいです。

posted by 桜と錨 at 13:56| Comment(3) | TrackBack(0) | 砲術の話し

2017年12月17日

名著 消ゆ!


さる一般の方からお知らせをいただきましたが、『攻撃理論概説並に射撃理論』 というテキストについて防衛省に問い合わせたところ “見つからなかった” との回答があったとのこと。

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ご来訪の皆さんの中にはご存じの方もおられるかもしれませんが、当該書は昭和29年に海上自衛隊術科学校 (当時、現在の海上自衛隊第2術科学校の前身) において教科書として使われたもので、教官で旧海軍出身の松下辰吉氏の手になる海上自衛隊における砲術関係の名著の一つとされているものです。

私が海上自衛隊に入った時には既に使われておりませんでしたが、その頃でも射撃を専門とする幹部にとっては必読の書の一つでした。

そして私が定年退官する頃でもあちこちにそれなりの数が残っておりましたが ・・・・ 現在では上記の通り海上自衛隊の中には “見つからない” と。

もしこれが本当ならば、海上自衛隊は何故こんなことをするのか、こんなことになるのか。

このような海上自衛隊の歴史的資料として大変に貴重で価値のあるものでありながら、その保管・管理はもちろん、そもそもその資料の選定の段階から全てを全く中身が判らない事務官などの素人に任せっぱなしにしているのでは?

海上自衛隊は遅きに失したものの、平成6年に 「歴史保存に関する達」 を定めております。 しかしながらこういう状況を聞くにつけ、一体何のための規則であり、一体何をやっているのかと。

これだから “海上自衛隊は自分で自分の足跡を消しながら前に進む組織” と言われるのです。

かつて海上自衛隊50年史の編纂に携わった同期の者が 「桜と錨よ〜、海上自衛隊には何にも残っていないぞ〜」 と嘆いていましたが、その実状・実態は全く変わっていないのではと思わざるを得ません。


ただ、極めて遺憾かつ残念な出来事ではありますが、当該書は500部印刷されており、術科学校における教育使用が終了して当該書の不要決定された時に、当時の心ある射撃幹部達がそれを惜しんでかなり個人的に保管したとされていますので、もしかしたら誰かから、あるいはどこからかヒョッコリ出てくる可能性も無きにしもあらず、と淡い期待を抱いておりますが ・・・・ ?


あ〜、こんなことになるような予感がしたので、全文ディジタル化保管しておいて良かったと心底から実感しています。

posted by 桜と錨 at 21:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 砲術の話し

2017年11月19日

12糎7の平射砲と高角砲は同じ砲弾?


以前某所で次のような話題が出ていました。

日本海軍の5インチ50口径の砲弾と40口径の高角砲の砲弾の弾体は、同じものなのでしょうか? 重量は同じ23Kgですし、生産からすると同じ方が合理的な様にも思えます。 実際は、如何でしょうか?

結局のところ答えはつかなかったようです。

答えは “同じところもあるが、異なるところもある” というのが正解です。

ご存じのように、「五十口径三年式十二糎七砲」 と 「四十口径八九式十二糎七高角砲」では前者は薬嚢砲ですが、後者は弾薬包を使用します。 そして初速が異なります。

このため 導環の形状と弾底からの位置が異なる のです。

したがって、弾体そのものは基本的に同じ なのですが、この導環とその位置が異なるため、両砲で 使用弾薬の共通性はありません。


本家サイトでは既に後者についての詳細データを公開しておりますが、これを機会に前者の方もUPすることにしました。


まあここまでの内容を必要とされる方はそうはおられないとは思いますが、こういうものもキチンと残しておく必要があると思っています。

私が本家サイトをやっている意義でもあります。

posted by 桜と錨 at 14:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 砲術の話し

2017年09月21日

桜と錨の独り言


私は twitter などはやりませんので、その代わりにここで呟きを。


旧海軍の 「120×851R弾」 ? 一体何のことを言っているのでしょう、それは。

そもそも旧海軍には弾薬についてこの様な呼称法はありません。

一部のミリタリー・ファンの間では通用するものかもしれませんが、正しい用語・名称を使わなければ判りませんよ。

まずはそれが記載されているというサイトの管理者に、それが何で、その根拠は何かを問い合わせることが先でしょうね (^_^)

posted by 桜と錨 at 19:44| Comment(2) | TrackBack(0) | 砲術の話し

2017年09月06日

『艦砲射撃訓練規則』 (補足)


これはどうしても補足しておかなければ片手落ちになるでしょう。

先にこの訓練規則を説明した時に、もしかしたら “あれっ” と思われた方もおられるかもしれません。 そうならその方は大変に旧海軍に詳しいと言えます (^_^)


実は、太平洋戦争が開戦となった直後の昭和17年1月8日に 『戦闘訓練規則草案』 が定められて試行されました。

sentoukunrenkisoku_souan_S17_s.jpg


これによって 『艦砲射撃訓練規則』 を始めとする、魚雷発射、航空、艦隊運動、機関運転などそれまでの訓練規則の全てが 「停止」 となったのです。

ただ残念ながらこの内令により海軍省教育局長から所要の向きに配布されたとする別冊そのものは見たことがありませんし、防衛研究所にも残されていないようです。

とは言っても、どの様なものであったのかの大凡の見当は付きます。

即ち、太平洋戦争が始まり戦時状態となった海軍においては、平時における訓練規則がそのまま実施できるわけはありません。

例えば、射撃訓練についても平時におけるように事細かなことは不可能ですし、ましてや外地に展開する艦艇部隊がそのような訓練をする余裕はありません。

それに規定された標的でさえ満足には揃いませんので、その時その時で標的として使えそうなものを使うしかない状況です。

ですから、開戦後早々に訓練についても平時の態勢から戦時態勢へと切り替えたわけです。

このため、この 『戦闘訓練規則草案』 は本来の各種訓練規則に準拠しながらも、相当に簡略化されたものであったはずです。 特に手続きや書類などについては。

当然ながら戦争が終結して平時の態勢に戻れば、また元の各種訓練規則に則った訓練が再開されたはずですが、敗戦という結果に終わりましたので、この試行も終戦までそのまま続いたのです。

ただし射撃訓練の実施要領のようなことについては基本的にそのまま踏襲せざるをえません。 変えようがないからです。

したがって、これら各種訓練規則は 「廃止」 ではなく 「停止」 とされており、規則そのものは終戦まで存続したのです。



付け加えるなら、この規則などは 『海軍制度沿革』 にはありません。 これは昭和15年に編纂され、昭和12〜13年、一部は14年のものまでしか収録されていませんから、それ以前のことを調べるならともかく、多くの方々に関心のある太平洋戦争開戦前から終戦までのものは当然ながら載っていないわけです。

この 『海軍制度沿革』 以降の旧海軍について調べるには、まずは『海軍諸例則 第14版』と『内令提要 第10版』 (と一部については 『軍極秘内令提要』 ) を見る必要があり、かつ基本です。

そして、これらどれにしても 「なかなか検索に骨が折れますが」 などと言うことはありません。

これらの記載要領については全てキチンと分類されておりますので、目次及び索引の使い方に少し慣れればすぐに探せるようになります。

なお、これらの目次及び索引については、本家サイトの 『史料展示室』 でも公開しておりますので、こちらも活用いただけると嬉しいですね。

『海軍制度沿革』 目次 :
    http://navgunschl2.sakura.ne.jp/tenji/28_nav_reg_his.html
『海軍諸例則 第14版』 目次及び索引 :
    http://navgunschl2.sakura.ne.jp/tenji/04-shoreisoku.html
『内令提要 第10版』 目次及び索引 :
    http://navgunschl2.sakura.ne.jp/tenji/02-nairei.html

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2017年08月27日

16”45/50口径砲の弾薬詳細


月刊誌 『世界の艦船』 9月号増刊の 『傑作軍艦アーカイブ C 米戦艦 「アイオワ」 級』 に拙稿 『メカニズム A 兵装』 を掲載していただき、また同記事の詳細補足を本ブログで連載しているところです。

これに関連して、同記事で簡単にご紹介した16インチ45/50口径砲の弾薬について、本家サイトの今週の更新として、その一部ものの詳細データについてのページを追加しました。

USN_16in_AP_Mk8_01_s_mod.JPG



これまでに同誌などでご紹介してきました各種の兵装の記事に関連して、紙面にはなかなかなりにくい個々のものの詳細データなどについて、今後とも折を見て随時追加して行きたいと思っています。

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2017年08月23日

拙稿 「アイオワ級の兵装」 の補足 (4)


第3回目に引き続き Stable Vertical Mk41 についてです。

前回 Mk41 の機能を活用した3種の発砲管制モードについて説明しましたが、そこでこの Mk41 の外観イラストを見て 「?」 と思われた方もおられるのではないでしょうか?

そうです、この Mk41 には引金が3つ並んで取り付けられています。 これですね。

Iowa_firingkey_illust_01_s.JPG

右側から、
   Hand Firing Key
   Automatic Firing Key
   Salvo Signal Key
となっています。

なぜこれらが Mk41 に付けられているかというと、これが先の発砲管制モードに必要だからなんです。


拙稿で簡単に説明したように 「アイオワ」 級の主砲システムにはその運用のために各種のモードが設定されています。

(1) 主砲作動モード
    a.自動 (Automatic Control)
    b.指示器追尾 (Indicator Control)
    c.手動 (Local Control)
(2) 主砲管制モード
    a.主用管制 (Primary Control)
    b.副次管制 (Secondary Control)
    c.砲側管制 (Local Control)
(3) 発砲モード
    a.主用発砲管制 (Primary Fire Control)
    b.副次発砲管制 (Secondary Fire Control)
    c.補助発砲管制 (Auxilliary Fire Control)
    d.砲側発砲管制 (Local Fire Control)

3つの発砲管制モードではこれらを適切に組み合わせて発砲回路の形成の仕方を決定します。

「継続発射」 (Continuous Fire) モードというのは、いわゆる中〜大口径砲の通常の発砲要領のもので、旧海軍や英・独海軍などとほぼ同じです。

firing_mode_01_s.JPG

つまり、各砲塔へ送られる砲旋回角及び砲仰角の諸元の値は、射撃盤 Mk8 において水平面基準で射撃計算されたものを、Mk41 からの動揺データにより甲板面基準の値に変換されたものです。 (図では一例として±4度として描かれております。)

各砲塔ではこのデータにより 「自動」 (Automatic Control) 又は 「指示器追尾」 (Indicator Control) モードにより砲旋回角及び砲仰角を操縦します。

したがって、砲の旋回角と仰角とが動揺修正を加えられた射撃計算値に一致していれば、いつでも発砲回路は発砲可能 (Ready) 状態となります。

この状態で主発砲キー (マスター・キー)(方位盤、発令所、射撃指揮所、各砲塔のいずれのものでも選択指定可能) の 「Hand Firing Key」 を引けば、Ready 状態の砲は発砲します。

斉射間隔をキチンと管制したい時などは発令所で、照準が最適の瞬間に発砲したい時は方位盤で、砲戦状況を見ながら適切な時期に発砲したい時には射撃指揮所で、というように引金を引く場所とタイミングを選べるわけです。


しかしながら、動揺の激しい場合などではこの動揺修正された砲旋回角や砲仰角ではその動揺に伴って常に値が変動しますので、「自動」 モードでも 「指示器追尾」 モードでも、どうしても誤差 (追従遅れ) が出てしまいます。

このような場合には、射撃盤 Mk8 で砲旋回角及び砲仰角の発砲データに動揺修正値を加えず、元の水平面基準で計算された値を砲へ送ります。 こうするとこの発砲データは動揺修正が加味された場合のように変動しませんので、誤差 (追従遅れ) はほとんどでません。

したがって、Mk41 の動揺データにより甲板面が水平面と一致する瞬間、即ち動揺が±0の時に、砲の旋回・俯仰は水平面基準の射撃計算値のままで発砲すればよいこととなります。

これが発砲管制モードでの 「周期指向」 (Intermittent Aim) です。 事前に 「Automatic Firing Key」 を引いておけば、丁度動揺がゼロ (±0) になった時に自動的に Ready 状態にある砲の発砲回路がオンとなり発砲することになります。

firing_mode_02_s.JPG

この 「Intermittent Aim」 モードは、照準線方向 (レベル、Level) の動揺か、またはそれに直角方向 (横方向) (クロス・レベル、Cross-level) の動揺で行うかを Mk41 のスイッチで選択することが可能です。

もちろん普通の状況ならレベルを選択しますが、例えば船体の横動揺が激しい時に艦首尾方向に射撃する場合などでは、クロス・レベルを選択することもあり得るわけです。


3つ目の 「Selected-level」 モードはこの 「Intermittent Aim」 の応用で、例えば動揺が水平に対してどちらかの側に偏っているような場合、あるいは船体そのものが傾いている場合には、水平 (±0) ではなく、ある一定の甲板面の傾きの値を Mk41 に手動設定して、動揺がその値と一致した瞬間に発砲しようというものです。 (図では一例として5度となっています。)

firing_mode_03_s.JPG

もちろん砲に送る砲旋回角及び砲仰角は、水平面基準での計算値にこの設定値を加味したものであることは申し上げるまでもありません。 そしてこのモードで発砲する時も 「Automatic Firing Key」 を使用します。


一番左にある引金は 「Salvo Signal Key」 で、その名の通り、主砲発砲の前に予め方位盤、射撃指揮所及び各砲塔へ注意喚起のブザーを鳴らすものです。 ただしこれは旧海軍のように各種の戦闘号令に応じたブザー信号を出すような凝ったものではありません。


強力な砲塔動力と精巧な自動制御機構による自動操縦モードといい、この発砲管制モードといい、流石は米海軍と言えるでしょう。

人の技に頼った旧海軍と、それに頼らず誰でもが簡単・平易にそれなりのレベルを発揮できることを考えた米海軍との大きな違いがここにもあります。

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(前) : 拙稿 「アイオワ級の兵装」 補足 (3)

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2017年08月21日

拙稿 「アイオワ級の兵装」 の補足 (3)


第3回目は Stable Vertical Mk41 についてです。

主砲の射撃指揮システムについては、今回の9月号増刊が大戦時の 「アイオワ」 級の砲熕兵装について限定した内容のものでしたら、方位盤 Mk38 や射撃盤 Mk8、そして射撃用レーダー Mk13 などについてもう少し詳しいお話ができましたが、兵装全般にわたる概要とその変遷でしたので、紙幅の関係もあってかなりラフなものとせざるを得ませんでした。

その中で、主砲の発砲管制モードについても少し触れましたが、当初3つ予定していた説明図が1つになってしまいましたので、もう少し補足しておきたいと思います。


米海軍の射撃指揮システムでの最大の特徴が Stable Vertical という垂直ジャイロを組み込んでいることはお話しました。

main_battery_sys_illust_01_s.JPG

( 方位盤のイラストが Mk38 でなく Mk34 になっていますが、それ以外ではシステムの構成やデータ系統はこの通りです )

この 「アイオワ」 級の主砲射撃指揮システムに組み込まれているのが Stable Vertical Mk41 です。

SV_Mk41_illust_01_s.JPG

この装置のメインが垂直ジャイロで、次のような構造になっています。

SV_Mk41_illust_02_s.JPG

このジャイロによって照準線を含む垂直面及びそれに直角な水平面に対する動揺を検出し、これを補正することができます。

つまり旧海軍の射撃指揮装置のように動揺手によってこれを手動で計測する必要がないということです。

ただし、この機能は動揺が激しい場合には非常に便利ですが、逆に動揺があまり (ほとんど) ない場合にはジャイロの誤差 (追従遅れなど) により手動の方が正確な場合もあります。

方位盤で測定される甲板面基準の照準線の仰角及び旋回角は、自動的に水平面基準でのものに換算されて射撃計算に使用され、そして計出された発砲諸元は自動的に甲板面基準でのものに換算されて各砲に送られます。

射撃指揮装置におけるジャイロの使い方というのは、もちろんこれが主たる目的であり、基本ですが、米海軍の優れたところはこのジャイロの機能を更に活用したことにあります。

拙稿でも一部触れましたが、このジャイロの機能を応用して次の3種類の発砲管制モードが設定されています。

  継続発射(continuous fire)
  周期指向(intermittent aim)
  選択仰角(selected level)

このうち継続発射モードの概要図については9月号増刊の中に入れておりますが、これをあわせてこの3つの概念図は次のとおりです。

firing_mode_01_s.JPG
( continuous fire mode )

firing_mode_02_s.JPG
( intermittent aim mode )

firing_mode_03_s.JPG
( selected level mode)

それぞれの発砲管制モードの意味と使用法を考えてみて下さい。 お判りになりますでしょうか?

状況に応じて適切に切り替えて使用すれば大変に有効な機能であったと言えます。


ジャイロを使用して甲板面 → 水平面 → 甲板面という座標変換は英・独海軍でも考えたことですが、照準線に対して動揺安定させ、これを発砲管制に利用するというこれらの発想は、米海軍以外には無かったものです。

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(前) : 拙稿 「アイオワ級の兵装」 補足 (2)

(次) : 拙稿 「アイオワ級の兵装」 補足 (4)

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2017年08月20日

大正2年度艦隊戦闘射撃アルバムより


先日こちらのブログで、そしてそれを纏め直したものを本家サイトの 『砲術の話題あれこれ』 コーナーにて 『発射門数と命中率』 というテーマで艦砲射撃というものを説明したところです。

つきましては、これに関連してご参考までに本家サイトの今週の更新として、同サイトの 『懐かしの艦影』 の 『落穂拾い』 コーナーにて、大正2年度の艦隊戦闘射撃のアルバムから比較的状態の良い12葉を選んで公開 しました。

shageki_T02_01_s.JPG

『落穂拾い』 コーナー :

『大正2年度艦隊戦闘射撃アルバムから』 :

大正2年というと、英海軍から一斉打方の技法が導入されたばかりですが、まだ方位盤も射撃盤なども発明されておりませんので、射撃指揮所から指示された諸元を砲側の照尺に調定し、砲側照準により射撃指揮所からの号令及びブザーに合わせて一斉に発砲するやりかたでした。

もちろん、砲塔砲は動力の問題で 「交互打方」 ( 旧海軍では当時はこれを 「一斉打方」 と呼びました ) であることはご覧いただけるとおりです。

大変に古いものですが、弾着の写真は珍しいものであり、水柱の立ち方や射弾の散布の仕方などがお判りいただけると思います。

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2017年08月19日

拙稿 「アイオワ級の兵装」 の補足 (2)


補足の第2回目で、16インチ砲弾についてです。

9月号増刊の拙稿では、第2次大戦後に採用又は開発、計画された16インチ砲弾については本来の 「戦艦」 としてはあまり重要ではありませんので、紙幅の関係もあり全て省略させていただきました。

このため、ここで少し補足しておく必要があるかなと思っております。

1.HC Mk14

大戦後に制式化され、かつ唯一 「アイオワ」 型に実戦配備されことが明らかなのが HC 弾の Mk14 です。

拙稿中でも触れましたが、「アイオワ」 級の16インチ砲システムは限定的ながら 方位盤 Mk37 を使用して対空射撃が可能でした。 しかしながら、当初の砲弾は AP Mk8 と HC Mk13 の2種のみで、しかもこの HC Mk13 は 弾頭及び弾底ともに触発及び遅延信管のみで、時限信管は使用できませんでした。

そこで大戦中にこの Mk13 で時限信管が使用できるように改良がなされたものが採用されました。

1945年の米海軍のマニュアルでも、Mk13 は弾頭信管として触発信管(PDF)の Mk29、時限信管(MTF) の Mk42 及び Mk62 の3種が使用可能となっています。

MTF_Mk42_illust_01_s.JPG
( 時限信管 Mk42 の構造図 )

ところが、この時限信管を装着できるように改修した Mk13 と同じものを戦後になって新たに製造し、この時これを HC Mk14 と名付けたのです。 このことは1959年の米海軍のマニュアルでも、16インチ砲弾の一覧から Mk13 が削除され、代わりに Mk14 がリストアップされていることからも確認できます。


2.核砲弾 Mk23

HC Mk13 を改修して弾体内に核弾頭の W23 を装着できるようにしたもので、1956年に実用化され、50発が製造されたとされています。

またこれに併せて 「ミズーリ」 を除く3隻の第2主砲塔及びその隣接区画が改造され、この核砲弾を格納する保全区画が設けられたとされ、一説にはこの保全区画の定数は弾体、核弾頭 W23 各10発と、同演習弾 Mk24 9発であったとしているものもあります。

この核砲弾 Mk23 は早くも1962年には全弾が破棄されたとされていますが、この時までに実際に各艦に実戦配備されていたことがあったかどうかは不明です。

もちろん、この砲弾に限らず米海軍は従来から核兵器の艦船への搭載の有無については一切明らかにしておりませんが、艦船での核兵器の維持管理には大変面倒なものがあり、また当時の情勢・状況からも、おそらく配備されたことは無いまま終わったものと考えられます。

3.制式化された砲弾

1980年代になって、HC Mk13 をベースとした次の HC 系の砲弾が開発されたとされています。

(a) Controlled Valiable Time Fuze を装着した HE-CVT Mk143
(b) 対人用の弾子を内蔵した Anti-Personnel Improved Conventional Munition (ICM) Mk144
(c) Mk143 の信管を Electronic-Time (ET) and Point-Detonating (PD) fuze に換装した HE-ET/PT Mk145

これらは1990年の湾岸戦争の時に実戦配備状態にあったともされていますが、詳細は不明であり、また実際に使用されたかどうかも明らかになっていません。


4.計画・開発された砲弾

上記の3.以外に対人用の Mk146、射程を延伸した HE-ER Mk148 など様々なものが計画又は開発途中まで行ったとされていますが、いずれも実用化に至らずに終わっております。

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(前) : 拙稿 「アイオワ級の兵装」 補足 (1)

(次) : 拙稿 「アイオワ級の兵装」 補足 (3)
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2017年08月17日

拙稿 「アイオワ級の兵装」 の補足 (1)


「世界の艦船」 9月号増刊の 『米戦艦 「アイオワ」 級』 で、拙稿 「アイオワ級のメカニズム A 兵装」 において紙幅の関係などで盛り込めなかった事項などを少しずつ補足してみたいと思います。


その第1回目で、16インチ主砲塔の前面装甲厚についてです。

これについては、一般出版物などでは従来から17インチ+2.5インチの19.5インチ とされてきました。 例えば、ノーマン・フリードマン氏の 『U.S. Battleships: An Illustrated Design History」 においても

The original 18-inch face was replaced by 17-inch plate backed by 2.5 inch of STS to give the equivalent of single plate 18.75 inches thick.

としてこの2.5インチ厚のステンレス (STS) 鋼板を装甲に含めていました。

しかしながら、米海軍ではこのSTS鋼板は いわゆる “装甲” (Armor) とは考えておらず、その主目的である 「splinter plate」 として 装甲板 (armor plate) とは別の扱い としており、公式文書でもそのように記述されています。

編集部さんにご説明して、今回これを本来の 前面装甲厚17インチ としております。

次の図は米海軍の教範にあるものですが、残念ながら紙幅の関係で割愛せざるを得ませんでしたので、ここでご紹介します。

16in_Turret_Splinter_plate_01_s.JPG

なお、この装甲厚については、著名なサイト NavWeaps でも加筆修正がなされているようですね。

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(次) : 拙稿 「アイオワ級の兵装」 の補足 (2)

posted by 桜と錨 at 14:56| Comment(7) | TrackBack(0) | 砲術の話し