前者は旧海軍が使用する旗章類についてキチンと一つに纏めて規定された最初のもので、特に 「軍艦旗」 の制定に伴うことが最大の特徴です。 これは明治29年に大きな改訂がなされた後、大正3年に 『海軍旗章令』 となります。
そして後者はこの 『海軍旗章令』 の最後のもので、昭和20年2月までの改訂・改正が盛り込まれたものです。 太平洋戦争期は基本的にはこれでした。
明治の創設期はともかくとして、両者を比較していただけるならば、明治22年以降、この海軍旗章についてもかなりの変遷があったことがお判りいただけるでしょう。
そこで、スケールモデルや艦船画に興味がある方もおられると思いますので、その中から 「将旗」 について少し。
昭和期まで使われた 「大将旗」 「中将旗」 「少将旗」 の3つの将旗が制定されたのは、『海軍旗章條例』 が明治29年に改訂された時からです。
明治22年から29年までは、後の 「大将旗」 と同じものが 「将旗」 として指揮官たる大中少将の旗章として定められていました。
では当時、大将、中将、少将のそれぞれはどのようにして区別していたのでしょうか?
それは当該條例に規定されているとおり、掲揚する場所 (マスト) の違いと、紅球を中将の場合は将旗の上に、少将の場合は上下に付けることにより、これを現していました。 例えば日清戦争の時はこの形です。
そして大中小将の各将旗が定められた明治29年以降も注意が必要です。 何故なら、各将旗の掲揚場所の変遷があるからです。 簡単に纏めると、次のとおりです。
| 年 代 | 大将旗 | 中将旗 | 少将旗 |
| 明治29年〜 | 大檣頭 | 前檣頭 | 後檣頭 |
| 大正 3年〜 | 前檣頭 | ||
| 昭和 7年〜 | 大檣頭 | ||
したがって、例えば日露戦争の時は、連合艦隊司令長官たる東郷平八郎の将旗は開戦時から黄海海戦前の37年6月までは中将旗が前檣頭に、6月以降は大将旗が大檣頭に、ということになります。 (・・・・って、NHKのVFXさん、全部キチンと直してくれましたよねぇ? (^_^; )
以上のように、年代によって中将旗及び少将旗は掲揚場所が異なってきますので要注意です。
ついでに申し上げると、海軍旗章とは別ですが、艦船モデルによく取り付けられている万国船舶信号旗 (現在の国際信号旗) ですが、これも明治34年まで、34年から昭和8年までと、昭和9年以降とではアルファベット旗で模様・形が違うものがあります。 また数字旗は昭和8年まではまだありませんでした。 もちろん海軍部内で定めた数字旗やその他の信号旗は明治期からありましたが。
ネット上や模型雑誌などでよく紹介されている 「国際信号旗」 はこの昭和9年1月1日以降のものですので、これも要注意ですね。

( 左 : 明治34年まで 右 : 明治34年から昭和8年まで )
旧海軍が使用した旗章類のことたった一つにしても、色々あって結構複雑なのです。 先にお話しした 「戦闘旗」 にしても、「大和ミュージアム」 現館長の戸高氏でさえ間違われるくらいですから ・・・・ (^_^;




































































