2015年06月28日

日本海軍の日向と陰


今週の本家サイトの更新で、2つの旧海軍の文書を公開しました。 一つは 『次室士官心得』、もう一つは 『大東亜戦争戦訓研究調査資料』 です。


前者は、戦後旧海軍の躾けやリーダーシップを語る時に必ずといってよいほど出てきますので、ご来訪の方々なら少なくともその名前はご存じのものと思います。

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とはいっても、なかなかその全文を掲載したものはなく、しかも原本の形での公開は珍しいものでしょう。

今回ご紹介するものは、猪口家から海自に寄贈されたものをディジタル化したものですが、残念ながらこれの元々の所有者が「武蔵」艦長で亡くなられた猪口敏平氏なのか、あるいは戦闘機乗りとして戦死された長男の猪口智氏なのかは判りません。

練習艦隊が作成して海軍兵学校、機関学校及び経理学校を卒業して少尉候補生として乗り組んだ者に配布したもので、巻末に付録として明治44年第二艦隊司令官であった八代六郎の 「青年将校に対する訓示」 と、「部下統御上必須の要素」 の2つが収録されています。


そして、この 『次室士官心得』 が旧海軍に対する郷愁と共に語られる “日向” の面であるとするならば、後者はその “陰” の面であるとも言えるでしょう。

終戦直後の昭和20年9月に、海軍航空本部が今次大戦敗因の戦訓調査として委員会を設けて纏めたものの中の一つです。

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本公開史料の元々の原本は当時の関係者が個人的に保管していたもので、昭和35年になってそれを借り受けてタイプ起こしし直したもので、昭和51年に某所の倉庫の中に眠っていたものを私の尊敬する恩師の一人である故杉原祐介氏が発見し、後にこれを氏の教育参考資料としてコピーし希望者に配布したものです。

内容は旧海軍の航空行政に関する人事、施策、組織運営など全般にわたって当事者達の所見を取り纏めたもので、終戦直後というまだなまなましい記憶のうちに書かれた率直なものであり、大変に貴重な内容であると言えます。

例えば、上記の 『次室士官心得』 に見られるような旧海軍の良き伝統の中で成長したはずの高級士官が、部下であった中堅士官達からここまで言われるのかという辛辣なものも散見されます。

組織指導者にして確固たる信念、指導方針無く、又所掌事項に対する実力乏しくして、統制力、強制力無く、徒に 「トコロテン」 人事の恩恵に浴し、盲判を以て能事とせるのみならず、往々にして見る その卑しむべき特権的私信行為は今次大戦の重要要因たるべし

自粛自戒は東洋政治の根本原理なるにも拘わらず、指導者にして人格低劣、其の地位を利用して特権なるかの如く利己的私信行為を敢えてなしたる者 極めて多く、之がため被指導者の滅私奉公、敢闘精神を冷却せしめ、組織の団結を失い、組織の能力発揮に一大支障を与えたるは今次敗戦原因の最根本要因なりと信ず

指導的重要配置に配せられたる高級士官にして其の所掌事項に対する専門的実力のみならず企画指導性に乏しく、徒にその位置に座するのみにして、全く指導者として不適切なる者 比較的多きを数え

新級士官当時は分隊事務其の他雑務に忙殺され、ために之を以て能事とし、専門術科其の他指導者としての必須事項に対する勉強の慣習を失い、進級するに及びて比較的暇となるも勉強努力の気力無く、又 「仕事は若い者がするものなり」 との態度を持ちし、過去の貧弱なる経験のみに依存し、人間向上は停止するに至る

ただしこれらを含め、敗戦により解体される組織の関係者がその職務を離れるにあたっての、ある意味 “言いたい放題” の傾向が無きにしもあらずの点が見られ、客観性に欠ける面があることもまた事実です。

したがいまして、初心者の方々が本史料の内容をこのまま引用することなどは十分な注意が必要であることは申し上げるまでもないことです。

当事者達のほとんどが既にこの世を去ってしまいましたので、今後この史料を含めた旧海軍の航空行政について研究者の手によるその客観的な再評価がなされることを期待する次第です。

では、翻って旧海軍の伝統を継承すると公言している海上自衛隊ではどうなのかというと ・・・・


なお、後者は防衛研究所の所蔵リストを見ると同じタイトルのものがあるようですが、未見ですのでそれが元々の原本なのか本公開史料と同じタイプ起こしの複製なのかはわかりません。

posted by 桜と錨 at 15:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと

2015年05月22日

別冊宝島 「戦艦大和と武蔵」


既に書店に並んでいるものと思いますが、宝島社から別冊宝島 「戦艦大和と武蔵」 が出版されました。

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内容はビジュアルを前面に出した入門解説書の、いわゆるムック本ですが、もちろん何と言っても目玉は先日発見されたシブヤン海の水深1000メートルの海底に眠る 「武蔵」 で、ポール・アレン氏のチームにより撮影された各部の映像です。

3時間に及ぶ動画の中から主要な場面を選んで、それらの映像に簡単な説明を加えたものが8頁の記事として纏められています。

この解説については私もアドバイスをさせていただきました。 従来から知られていることが再確認できる個所、そして今回新発見されたものなどなど、艦船ファンの方々には興味が尽きないものであろうかと思います。

ところで、ちょっと小さな画像なのが残念ですが、同記事の2頁目に海底に散乱する 「武蔵」 の全体像を示すスキャナーのモニター画面が掲載されています。

これをご覧いただけば、「大和」 に比べていかに 「武蔵」 が文字通りバラバラになっているかがお判りいただけると思います。

今回のポール・アレン氏の発見は、戦後70年にして初めてその所在が確認されたことはもちろんですが、併せてこの世界最大の戦艦がかくも粉々になっていることが判明したことも大きな成果ではないでしょうか。

そして、誌面ではちょっと判らないのですが、このスキャナー画像を詳細に見ますと、実は無人探査機は今回の捜索の最後に船体部分から少し離れた位置にある主砲塔も調査していることが判ります。

ところが、今回公開された動画の中にはこの部分はありません。 今後機会があれば (お金次第で?) 別途出てくるということなのでしょうか ・・・・?


本書は専門的なマニアックなものではありませんので、私はこの映像解説以外の記事には全くタッチしておりませんが、彩色写真などを始めとして、初心者向けとしては良く纏められていると思います。

書店で目にされた時には、是非一度手にとってご覧下さい。

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2015年04月25日

『丸』 6月号


潮書房の月刊誌 「丸」 の6月号が間もなく書店に並びます。

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今月号は水雷戦隊の特集ですが、私も一つ書かせていただきました。 タイトルは

「 水雷戦の魂 “トーピード4兄弟” 」

編集部さんからいただいたテーマは 「大正期〜太平洋戦争時の水上艦艇用魚雷について」 だったのですが、編集部さんによって上記のような格好良いタイトルをつけていただきました (^_^)

元々のテーマにあるように、大正期以降の水雷戦隊を構成する駆逐艦及び旗艦たる軽巡洋艦に搭載された魚雷について、次の4種類の概略をお話しするものです。

       六年式
       八年式
       九〇式
       九三式

4種とも全て太平洋戦争において現役のもので実戦でも使用されていますが、有名な酸素魚雷たる九三式については結構色々な雑誌などで紹介されているものの、その前の3種類についてはあまり見かけたことがありません。

各魚雷についての性能要目の他、その特長とするところをごく簡単にお話ししましたが、それでも今まで知られていなかった内容もあちこちに採り入れたものとしております。

特に、各魚雷の同一スケールでの略図 (誌面がもう少し大きければ・・・・) や、機関系統の概略などは初出のものと思います。

ご来訪の皆さんには、是非手にとってご一読いただければ幸いです。


本来ならば、各魚雷の詳細について、旧海軍の史料を元に図面などを示してお話しするともっとよくお判りいただけると思うのですが、残念ながら今回いただいた紙幅の関係でこの程度に。

いずれは初期のものから終戦時までの旧海軍の魚雷史について、各魚雷の詳細も含めて纏めてみたいと考えています。

またこれに加えて、旧海軍の魚雷発射法、雷撃法、そして水雷戦術などについてもお話しできれば。

今回の特集記事の中では出てこなかった 「水雷聯隊」 のことや、水雷戦隊の詳細な戦術などは、この方面に興味のある方々には面白いものではと思います。

う〜ん、どこかスポンサーになっていただける出版社さんなどはありませんかねえ ・・・・ ?

でもこのようなマニアックな内容では売れないかも (^_^;

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2015年04月19日

『一般計画要領書 潜水艦の部』 の追加


本家サイトの今週の更新として、『史料展示室』 コーナーの 『一般計画要領書』 中の 『潜水艦の部』 に次の4つのPDFファイルを追加公開しました。

   伊号第121潜水艦
   伊号第361型潜水艦
   伊号第400潜水艦型
   波号第201潜水艦型


伊号潜の3つは原紙が比較的明瞭ですので白黒反転させてゴミ取りをしたものですが、波号第201潜については原紙のブルー・プリントを複写したままでPDF化しました。

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2015年03月26日

海の墓標 「武蔵」


今日は都内某所で、今回ポール・アレン氏によって発見された 「武蔵」 の、先日ネットで流れたそのフル映像を見てきました。

本当はそれによって今回明らかになった各部の構造などをお話ししたかったのですが ・・・・

従前、「武蔵」 は左艦首から沈みつつあるあの有名な写真の、あの姿のまま静かに海底に沈座してるのではとの話しもありましたが、現実は予想もしなかったまさにバラバラ、粉々の鉄塊となって水深1000mの海底に散乱するものでした。

あの世界最大・最強を誇った鋼鉄の浮かべる城、戦艦 「武蔵」 がまさかこのような惨状になっているとは。

・・・・ この姿を見てしまうと、このまま英霊と共に文字通りの “海の墓標” として、そっとしておきたい思いで一杯です。

今回戦後70年目にしてその状況を発見できたこと、それだけで十分であり、亡くなられた乗員達も安らかに眠っていただけるのではと。

今はただそれだけです。

「武蔵」 と、そして運命を共にした英霊に、合掌

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2015年02月22日

本家サイトの今週の更新


本家サイトの今週の更新は、引き続き 『帝国海軍水雷術史』 の既存HTML版ページのPDF化で、第3巻第6編の第1章〜第8章を置き換えました。 魚雷を始めとする各水雷兵器の発達・変遷史です。

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元々の原本の印刷が悪いところがあり、文字が擦れたりしているところがありますが、十分にお読みいただけると思います。

原典史料からのPDF版でお楽しみ下さい。

これにてHTML版にて残ります既存ページは、第3巻第5編第2章の一号機雷関係だけとなりました。



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2015年02月08日

本家サイトの今週の更新


本家サイトの今週の更新は、先週に引き続き 『帝国海軍水雷術科史』 のPDF化で、第4巻第7編について、既にテキストベースにて公開しておりましたページも含めて全てをPDF版にて公開しました。

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この第7編は艦艇の水雷関係の艤装についての変遷ですが、色々と興味深い事項が書かれています。 原本からのPDFにてお楽しみ下さい。


なお、この第7編の内容に関連して、たまたまタイミング良く某所にて 「笠置」 と 「千歳」 の艦首発射管廃止のことが話題になっておりました。

中には、英国の造船所で勝手に艦首発射管を装備しないことにし、日本到着後にこれを知った旧海軍が驚いて後から辻褄合わせの公文書を出した、などと言い出す人が出てくるに及んでは何をか況やで (^_^;

当サイトの当該ページをご覧いただいた上で、キチンと反論を書かれている方もおられることは、管理人として嬉しい限りです。
posted by 桜と錨 at 20:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと

2015年02月01日

『帝国海軍水雷術史』 第1巻 PDF化完了


本家サイトの今週の更新として、「水雷講堂」 にて順次公開中の 『帝国海軍水雷術史』 に新規ページを追加いたしました。


これにて同水雷術史の第1巻全てのPDF化が完了いたしました。

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当該コーナーでは、この後は第2巻以降の既存のテキストベースのページを先にPDF化していきたいと考えております。

もちろんいつも通りのスローペースになると思いますが (^_^;

posted by 桜と錨 at 18:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと

2014年12月17日

伊15潜 一般計画要領書 更新!


先日本家サイトにて公開いたしました伊号第15潜水艦の 「一般計画要領書 (改正) 」 ですが、残念ながら私の手元にある元史料は1頁欠落となっており、この状態でのPDF化でした。

ところがこれをご覧いただいたHN 「陸奥」 氏より、 この度氏保有の当該史料からこの欠落頁の画像を提供いただきました。

これを先のPDF版の各頁と横並びになるように少し加工して当該PDFに追加し、先程改めて公開いたしました。

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これで伊15潜の 「一般計画要領書」 は全頁が揃いました。 嬉しいことです。 HN 「陸奥」 氏には心より感謝申し上げます。

いや〜、それにしても、やはりあるところにはあるもんですねぇ。

posted by 桜と錨 at 20:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと

2014年12月08日

呂号第500潜水艦


本家サイトは昨日定期更新を行うつもりで準備していましたが、バタバタしていてUPするのが今日になってしまいました (^_^;

引き続き 「一般計画要領書 潜水艦の部」 で、呂500潜を追加しました。

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元々の原本の状態が悪いのでグレー版としておりますが、コントラストなどを調整しましたので十分お読みいただけると思います。 ただし約24Mバイトありますので、ダウンロードの際にはご注意ください。

皆さんご存じのとおり、呂500潜は独 IX-C1 型の1隻 「U-511」 で、昭和18年に旧海軍に譲渡されましたが、日本までの回航はドイツ海軍の乗員の手によって行われました。

このような譲渡艦についても本史料が作成されていたことは興味深いですね。

posted by 桜と錨 at 09:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと

2014年11月30日

「伊号第15潜水艦」 一般計画要領書


本家サイトの今週の更新は、先週に引き続き 『一般計画要領書』 の潜水艦の部に、「伊号第15潜水艦 (改正)」 と 「同 (第2回改正)」 の2つの追加です。

cover_I_015_mod_s.jpg  cover_I_015_mod2_s.jpg

両者を比較していただいて、どこがどの様に変わったのかを見ていただくと大変興味深いものがあるかと思います。

ただし、残念ながら前者の12頁が欠落しております。 これは造工史料としての原本から無かったものか、その後のどこかで抜けたものかは判りません


さて、いよいよ明日からは師走。 あれもしたい、これもしたいと思っているうちに、一年一年がどんどん早く、短くなっていくような気がします。

posted by 桜と錨 at 17:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと

2014年11月24日

「潜丁二型」 と 「呂60潜」


3連休も終わり、いよいよ師走も間近ですねえ。

先程本家サイトの今週の更新を行い、『史料展示室』 コーナーで先週から公開を始めた 『一般計画要領書』 の潜水艦の部に、「潜丁二型」 と 「呂60潜」 の2つを追加しました。

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前者はモノクロ版を白黒反転しゴミ取りをしたものですが、後者は劣化で状態が悪いためグレー版のままです。 何とか判別して読めるかと ・・・・ (^_^;

posted by 桜と錨 at 17:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと

2014年11月17日

『一般計画要領書』 潜水艦の部


ちょっと日付が変わってしまいましたが、本家サイトの今週の更新を兼ねて、ご来訪40万名達成感謝記念企画の第3弾として 『史料展示室』 コーナーで既に公開しております旧海軍艦艇の 『一般計画要領書』 に 「潜水艦の部」 を追加公開いたしました。

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ただし、他艦種のようにその艦種で1つのファイルとして纏められているのと異なり、潜水艦は各艦型ごととなっておりますので、非常に沢山のファイルがあります。

つきましては、取り敢えず今回は 「伊号第1潜水艦」 「伊号第373潜水艦」 及び 「潜戊型潜水艦」 の3つとしております。 残りのものは今後順次公開していく予定ですが、例によってスローペースとなりますことをご了承ください。

一応当該ページに公開予定リストを掲載してありますが、もし優先して公開希望のものがございましたら、お知らせくだされば考慮いたします。

原典のブループリントからの複製ですので、元の状態が良いものは白黒反転してゴミ取りをしてありますが、ファイルにより又はページにより経年変化で劣化して読みにくくなっておりますものは、そのままグレーでディジタル化しています。

なお、本史料は懇意にしていただいているHN 「閑居不善庵」 氏のご厚意により、当サイトでの公開を前提としてご提供いただいたものです。 このような貴重な旧海軍史料を一般に公開して後世に伝えることができますことは、サイト管理人として光栄の至りであり、閑居不善庵氏に心よりお礼申し上げる次第です。

posted by 桜と錨 at 01:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと

2014年10月27日

海防隊編成


メールにて 「第十版 内令提要 巻一」 中の 『海防隊編成』 公開のご要望をいただきましたので、先程本家サイトの 『海軍法規類集』 コーナーにUPいたしました。

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なお、昭和20年2月現在の内令提要の文書だけでは物足りない方もおられると思いますので、併せてこの海防隊編成に関する昭和19年7月〜昭和20年8月の全内令を1つのPDFファイルとして公開しました。

ただし、この全内令では昭和20年2月以降の分についてもしかすると抜けがあるかもしれません。 お気づきの方がおられましたら是非ともお知らせください。

posted by 桜と錨 at 22:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと

2014年10月19日

『合衆国海軍発達小史』 公開


本家サイトの今週の更新を兼ね、ご来訪40万名達成感謝企画の第2弾として、「史料展示室」 コーナーにて軍令部訳版の 『合衆国海軍発達小史』 を公開しました。

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これは1911年に初版が出版された George R. Clark の 『A Short History of the United States Navy』 に、その後の推移・情勢などを加筆した1927年の第6版を昭和12年に軍令部が邦訳したものです。

その創設から軍縮条約までを約500頁に纏めた米海軍の通史ですが、おそらく著作権の問題を考慮したのでしょう、水交社などから公刊されることはありませんでした。

おそらくそのために、国立国会図書館を含む公的機関・図書館などでも本書を所蔵するところはごく僅かしかありません。

加えて、現在でも日本では日本語になった米海軍史の適当なものがありませんので、その意味では貴重なものと考えています。

なお、ディジタル化するにあたり、軍令部版は写真や絵画などは印刷の関係であまり良くありませんので、これらは原本のものに入れ替えましたことをお断りいたします。 この点では “元の史料そのまま” とは言い難いですが。

原本の第6版も準備出来次第併せて公開する予定にしておりますが、ちょっと頁数が多いので ・・・・

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このあと第3弾としてちょっと大物を考えていますが、これまた頁数が多いですし、またディジタル化でのゴミ取りなどのかなりの手間暇を要しますので、少々お時間を頂戴することになりそうです。 もしかすると別企画にするかもしれません (^_^;

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2014年09月07日

『海軍電気技術史』 全編公開完了!

久々に本家サイトでのコンテンツ追加です。 気にはなりつつも延び延びになってしまっていた 『海軍電気技術史』 ですが、最後に残っていた第6部を公開しました。

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これにて第2部〜第7部の全ての公開が完了いたしました。 (第1部たる第1章は元々の原典が存在しません。 というより当時から未完のままでした。)

お陰様でもう暫くしたら本家サイトはご来訪40万名を達成することになりますが、その感謝企画の前に何とかと思っていましたので、これで一安心です。

既に同ページ公開当初に申し上げておりますが、ここで公開しますのは昭和22年に関係者の手によって纏められて10部が印刷され、昭和44年になって防衛庁 (当時) 技術研究本部において残っていたその内の1部を元にタイプ起こしをしたものです。

これにより、故福井静夫氏の手によって無断で加筆修正されて出版されてしまった 『海軍造船技術概要』 とは異なり、内容は全く昭和22年のオリジナルどおりとなっています。 したがって、この点からも貴重な旧海軍に関する史料となっています。

今回公開するこの第6部においても、これまでの出版物などでは書かれたことの無かった内容も数多く含まれ、かつ旧海軍の直接の関係者の手になるものだけに、改めてこれが今日残されていることに嬉しさを感じずにはいられません。

どうか旧海軍についての第一級ともいえる本史料をお楽しみください。

なお、昨今のネット事情から、他の公開史料と同じPDF型式として各頁の上下に当サイトの表示を入れ、かつ印刷及び加工は出来ない設定としておりますことをご了承ください。

専門の研究家の方々などで印刷可能バージョンをご希望の方がおられましたら、お知らせくだされば考慮いたします。

う〜ん、それにしても、私は未見ですが原本の原稿が神戸大学の「渋谷文庫」の中に現存しているようです。

原稿の保存状態が分かりませんが、これを是非復刻して欲しいものです。 この手のものを多く手がけられる原書房さん、いかがでしょう?

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2014年08月02日

「涼月」 と 「冬月」

次の記事にて遠山純一氏よりコメントをいただきました。


本ブログの仕様としてコメント欄には画像が使えませんので、「涼月」 「冬月」 の艦名について改めてこちらでご紹介することにします。

まず 「涼月」 (スズツキ) についてですが、昭和17年達18号により次のとおり命名されています。

S17_tatu_018_s1.jpg    S17_tatu_018_s2.jpg
( 元画像 : 防衛研究所戦史室所蔵史料より )

また 「冬月」 (フユツキ) については、昭和18年達235号により次のとおり命名されています。

S18_tatu_235_S1.jpg    S18_tatu_235_S2.jpg
( 元画像 : 防衛研究所戦史室所蔵史料より )

これらは現在ではアジ歴でも見ることが出来ます。

   達18号  : レファレンスコード C12070116300 の24頁目
   達235号 : レファレンスコード C12070120400 の1頁目

「涼月」 の表記については、一般には 「凉月」 と記されるものもありますがこれは誤りで、上記命名文書のとおりです。

また、「艦船類別等級表」 や 「駆逐隊編成表」 「定員表」 など旧海軍の公文書全て (戦闘詳報などを除く) で 「涼月」 とされておりますので、達18号の誤字でもありません。 (もっとも、命名文書で艦名の誤字などはあり得ないことですが)


現在出版されている辞典の多くでは 「涼」 (三水) と 「凉」 (二水) とは同意義の異体字とされていますが、偏の三水と二水では意味が異なりますので、厳密には2つの字は使い分けられるべきものでしょう。

このことについては、「涼月」 についても旧海軍はキチンと考えて命名していると言えます。

もちろん、一般的にはあまり区別する必要はないのでしょうが、しかしながら大きな禍根を残すケースもあります。

そうです、故福井静夫氏が戦後直ぐに海軍艦艇史研究家として売り出したときにやってしまいました。 一般に知られる最初のものが 『帝国海軍艦艇一覧表』 ではないでしょうか。


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( 元画像 : 同書37頁より )

まあ当該一覧表は手書きですので “略字のつもり” と見ることもできるかもしれませんが、氏の初期の著作で活字となっているものも 「凉月」 (二水) となっていますので、あながちそうとも言い切れません。

例えば、『昭和軍艦概史V 終戦と帝国艦艇』 (共同出版 昭和36年) などです。


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( 元画像 : 同書53頁より)

そして氏が 「凉月」 (二水) としてしまったことにより、その後他の人々もこれを踏襲したと考えられるものが数多く出てしまいました。 代表的なものでは、堀元美氏、中川努氏などの記事もその中です。

旧海軍の公文書などは防研所蔵の史料も整理され、今では多くのものがアジ歴で見ることができるようになりましたが、当時の状況を考えると一般の人達にはそう簡単に調べることができませんでしたので、この福井氏の著作の誤りは痛かったと言えるでしょう。

後年になって福井氏もこの誤りに気付いたのでしょう、それからのものは正式表記の 「涼月」 (三水) となりましたが、それまでについての訂正文などは全く見られないままでした。

このため、今日でさえ日本版ウィキペディアでもわざわざ “「凉月」 (二水) では無い” 旨の記注がなされているなどの現状であることは皆さんご存じのとおりです。

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2014年07月25日

『世界の艦船』 9月号

『世界の艦船』 9月号 (通刊803号) の特集は 「連合艦隊 太平洋戦争を振り返って」 です。

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そのメインで 「太平洋戦争の日本軍艦」 として戦艦、空母、巡洋艦、駆逐艦及び潜水艦の艦種について各項が設けられています。

その内の戦艦について受け持たせていただきました。

本日その9月号が編集部から届きましたが ・・・・ あれ、他の4艦種の記事とちょっと毛色が違う? 私の内容で編集部の意図に合っていたのかどうか (^_^;

ただ、これまでの出版物では語られなかった切り口であり、こういう見方のことも伝え、多くの読者の方々に考えていただきたい事項のものであると思っております。

是非手にとってご一読いただけると嬉しいです。

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2014年07月20日

旧海軍の 「迎送式」 について (続4)

すっかり遅くなってしまいましたが、昨年11月の記事の続きが残っておりましたので (^_^;

前回は新任の長官が桟橋 (岸壁) への迎えの長官艇に乗艇して旗艦に向かうところまででした。

次は、迎えの短艇が旗艦の右舷舷梯に到着し、長官が乗艦することになりますが、この時に 「海軍礼式令」 (以下 「同令」 と言う) 第69条中の着任の新司令長官が将旗を掲げて舷門を入る場合が適用となります。

即ち、

    1.旗艦総員及び麾下各級指揮官等が出迎える
    2.衛兵礼式を行う
    3.兵曹一名が舷門で号笛を吹く

では、この1.の旗艦総員はどこにどの様に整列するのでしょうか?

実は、この整列場所、整列要領については旧海軍として統一された規定のものはありません。 これは各艦の後甲板などの広さや、構造・装備品などの配置によって変わってくるためですが、とは言っても基本的な要領・考え方は同じです。

この各艦毎の整列要領などについては、その艦の戦闘、非常応急、各種作業などの配置を定める 「部署」 の中で規定されます。

今、昭和期の適当なものが出てきませんので、代わりに大正期の戦艦 「河内」 のものをご紹介します。


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( 「河内部署」 より )

もちろんこの要領はいわゆる 「登舷礼式」 とは別のものです。 したがって、映画 「トラ・トラ・トラ」 のように、前檣楼や最上甲板舷側などの各部に兵員が居並ぶようなことはありません。 あれはあくまでも映画の演出上のことです。

そして旗艦乗員以外の者の参集する範囲は、同令により次のとおりとされています。

第129条 4号
 艦隊司令長官、独立艦隊司令官又は戦隊司令官に対しては其の旗艦以外の麾下の各艦長、各艦士官室高等武官、各艦士官次室高等武官、准士官総代各1名其の旗艦に参集し対舷に整列して其の旗艦の総員と共に送迎す

2.は同令第96条の中で次のように規定されています。

衛兵 (衛兵司令之を指揮す) は其の舷又は対舷の後甲板に整列捧銃を行い喇叭 「海行ば」 一回を吹奏す

ただし、連合艦隊旗艦のように軍楽隊が乗艦する場合には、同令第56条の規定により喇叭に代わり軍楽隊が吹奏します。 その軍楽隊の整列位置は通常衛兵隊の右側です。

3.は、これは現在の海上自衛隊でも同じですので皆さんなら一度はお聞きになったことがあると思いますが、指揮官が舷門を出入りする時の例の 「ホ〜〜ヒ〜〜、ホ〜〜〜〜」 という息の続く限りの大変長いものを2回吹きます。

1回目は短艇が舷梯に着くまでに吹き終わるもの。 そして2回目は新長官が短艇から舷梯に一歩足を進めた時から息が続く限りです。

したがって映画 「トラ・トラ・トラ」 において、舷梯を上がり舷門を通過したあとの次のシーンは、乗員が舷側に並んでいることを除けば間違ってはいないといえます。

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( 同映画広報用画像より )

ただし、黄色縁取りがある赤色の敷物は誤りです。 この様な敷物に縁取りがあることはありませんし、そもそも余計な華美を嫌う旧海軍において戦艦の木甲板に敷物を敷くなどは、陛下の行幸でもない限りありません。 これも映画上の演出と言えます。

新長官を出迎える (整列した乗員などの列外にいる) のは旧長官であり、通常ですとその後ろに参謀長、副官、旗艦艦長が控えます。

そして旧長官が案内して長官専用昇降口から長官室に入り、長官公室で申継が行われますが、これは通常は映画のシーンにあるように実際も簡単な形式的なものです。

詳細な申継はもし時間的な余裕があれば陸上に場所を設けて非公式で行われますし、余裕がない場合には申継書の授受のみで終わる場合もあります。 何れにしても詳細はあとから参謀達が説明することになりますので。

この申し継ぎが終わると、旧長官の離任がこれまでご説明した着任と逆順で行われます。

旧長官を送り出したあと、通常は長官公室において各級指揮官及び司令部幕僚による伺候式を儀式として行い、続いて新長官の訓示が行われ、これにて司令長官の離着任についての行事を終わります。

もちろん、この一連の流れや要領はその状況などにより多少変わりますし、また伺候式や訓示などは時間をずらして行うこともあります。


さて、連合艦隊司令長官の交代よる迎送式に伴う一連の流れをお話ししてきましたが、付け加えておかなければならないことが2つあります。

まず一つ目が服装についてです。

司令長官に限らず、離着任の場合は 「海軍服装令」 第3条第15号の規定によって 「通常礼装」 と定められ、同第10条の規定により夏季の場合の着装法は第二種軍装に同じとされています。 そして、同第3条16号の規定により、これを送迎する者も同じく 「通常礼装」 とされています。

また通常礼装の場合は勲章は、第28条第3号の規定により最上級のもの1個を佩用することとされています。

したがって、映画 「トラ・トラ・トラ」 でのシーンは、昭和14年8月のことですのであの服装で合っていることになります。

もっとも、史実が夏季以外であったならば、衣装さんはその準備などで大変なことになったでしょうが (^_^;


最後の1つは映画 「トラ・トラ・トラ」 の冒頭シーンでも出てこなかったことですが、何かお気づきでしょうか?

そうです 「礼砲」 です。

本来ですと、「海軍礼砲令」 第31条の規定に基づき、司令長官又は司令官たる海軍大将、中将、少将、及び司令官たる海軍大佐に対しては、その着任時及び解職による退艦時に、夫々17、15、13及び11発の礼砲をその麾下の艦何れか1隻により行わなければなりません。

しかしながら、支那事変のため昭和12年8月に 「官房4021号」 をもって同第34条 (戦時事変規定) の規定を適用して、以後我が国文武官に対する礼砲は特令の場合以外は行わないこととされました。 そしてこれがそのまま太平洋戦争まで続くことになります。

reihourei_kanbou4021_S120802_s.jpg

したがって、映画の冒頭シーンは昭和14年のことですので、礼砲が無かったのは正しいことになります。

(逆に言うと、この状況により本来はあるべき礼砲がなかったと言うことを映画をご覧になったどれだけの方々が理解されているか、ということにもなりますが (^_^; )

ついでに申し上げるならば、昭和18年2月には 「官房軍144号」 をもって礼砲令第30条 (戦時規定) を適用して、太平洋戦争中は特令する場合以外は皇礼砲や対外礼砲を初め 「礼砲令」 に定める礼砲の全てを行わないこととされました。

reihourei_kanbougun144_S180208_s.jpg


(この項終わり)

(追記) : 本家サイトの 『海軍法規類集』 コーナーに 「海軍礼砲令」 (大正3年勅令第12号) を追加しました。

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「 旧海軍の 「迎送式」 について (続3) 」 :

「 旧海軍の 「迎送式」 について (続々) 」 :

「 旧海軍の 「迎送式」 について (続) 」 :

「 旧海軍の 「迎送式」 について 」 :

posted by 桜と錨 at 13:33| Comment(2) | TrackBack(0) | 海軍のこと

2014年06月11日

P. Scott 著 『英海軍での50年』 邦訳版

パーシー・スコット海軍中将 ( Admiral Sir Percy Scott, BT. ) は英海軍における近代砲術の生みの親とも称せられる人物として知られていることは皆さんご存じのことと思います。

そのスコット中将の手になる回想録が1912年に出版された 『Fifty Years in the Royal Navy』 です。

Scott_FiftyYears_000_s.jpg

この回想録は近代砲術のみならず英国の近代海軍の発展を知る上で貴重な文献であり、古くからこの方面の研究者の間では良く知られてきたものの一つです。

しかしながら、我が国では戦前においても水交社などからの本書の邦訳版が出されたことはなく、このためもあって、専門の研究者以外ではなかなか読む機会がなかったといえます。

この度、本ブログでも度々ご紹介してきた 「三笠」 研究では第一人者の一人と言っても差し支えないHN 「八坂八郎」 氏によってその邦訳版が私家出版されました。

Yasaka_FiftyYears_Scott_cover_s2.jpg

氏は 「三笠」 研究のための基礎知識として、関連する当時の文献を幅広く読まれてきており、既にそのうちの2冊の邦訳版を出されています。

このパーシー・スコットの回想録邦訳版はその3冊目になります。

先の本フリマに併せて作られましたが、次のコミケ(8月)でも前2作と共に出品されるようです。

邦訳はこれまでどおり、非常に丁寧で、かつ大変判りやすいものです。 また、写真も前回は残念ながら印刷の都合で少しモアレがかかってしまっていましたが、今回は綺麗な印刷です。

そして装丁はこれまでのような分冊式ではなく、原本と同じ全1冊ものとして製本され、しかも表紙カバー付きの立派なものとなっています。

原著の方は現在では復刻版としていくつかの出版社から出ていますし、また既にネット上でも公開されていますので比較的簡単に手に入れることができます。

しかしながら、やはり日本語で読めるというのは実に有り難いところですので、この方面に関心のある方は、是非入手されて損はないと思います。

もし入手を希望される方がおられましたら、氏のサイトから直接コンタクトをとってみて下さい。


(プロフィール欄からメッセージが送れます。)

それにしても、こうして着実に成果を挙げられていることは賞賛に値しますね。

posted by 桜と錨 at 22:03| Comment(2) | TrackBack(0) | 海軍のこと