2011年02月23日

南西方面護衛戦資料

 今回は海上護衛戦について、まだ比較的新しい資料を2つご紹介します。

 防衛研究所から出されたもので、平成6年の 『 南西方面航路における船団護衛作戦 −第1海上護衛隊の船団護衛作戦 』、もう一つは平成7年の 『 南西方面航路における船団護衛作戦 −第901航空隊の対潜作戦 』 です。

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 共に、防衛研究所戦史室に残る各種の史料を中心にして纏め上げたもので、統計的な観点から要領よく記述されています。

 両者は、というより第901航空隊そのものが第1海上護衛隊の作戦を補完する意味で作られたものですから、この2冊は合わせて1冊と考える方がよいでしょう。

 ただ残念なのは、本ブログで連載しました 『第12震洋隊物語』 でもコメントしましたとおり、『第1海上護衛隊戦時日誌』 の昭和19年12月分が防衛研究所にもないことです。 このデータの欠落はちょっと痛いところ。

 とはいえ、これだけ纏まったものというのは他にありませんので、この分野に興味のある方は入手されておいて損はないと思います。 特に巻末の注記にある引用史料名は有益でしょう。

 それにしても、この資料を読んで改めて思うことは、旧海軍が護衛戦を軽視した云々よりも、結局の所 “持たざる者” の性で如何ともしがたいものであったこということです。 まさに “貧すれば鈍する” で。
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2011年03月01日

福田一郎著 『潜水艇史話』

 今回ご紹介する資料は、昭和45年に海上自衛隊第1潜水隊群で印刷・製本して部内配布したものです。

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 約250頁の部内資料とは言いながら、今回のものは部外の印刷業者に外注したハードカバーの立派な “書籍” です。

 著者の福田一郎氏は、もちろん音楽評論家の方ではなく (^_^; 海兵26期、元々の水雷畑から潜水艦乗りの道に進まれた元海軍少将です。

 本書は、元々は昭和33年〜35年に当時の雑誌 『海と空』 に連載された 『どん亀話』 『続どん亀話』 を元に、改めて単行本用に書き直されたものですが、“さる事情” (本書序より) により出版には到りませんでした。

 その原稿をそのままボツとすることは勿体ないということで、昭和44年に福田氏が海自に寄贈したものを、先のとおり第1潜水隊群において参考資料としたものです。

 内容はタイトルが示す様に、その誕生から第1次大戦までの初期潜水艦の発展について、その建造史に止まらず、作戦・運用、戦史、事故・災害に到るまでの幅広い内容を簡潔に述べたものです。

 写真も豊富で、中には大変珍しいものもかなり含まれています。 ただ残念なことに、印刷・製本のコストの関係と、当時の技術をもってしてはこれを活かし切れていない点でしょう。

 本書がどれだけ印刷され、どこにどの様に配布されたのか不明ですが、もしかしたらどこからか古本として古書店に出るかもしれません。 (ネット上の履歴を見ると実際に出たことがあるようです。)

 この方面に興味のある方は入手されておいて損のないものと思います。

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( 明治38年10月第1潜水艇隊各艇竣工記念  最前列左から
  4人目が当時第4号潜水艇艇長だった著者の福田一郎大尉 )

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 余談ですが、本書が部内資料として印刷された際の著者の 『前書き』 の中に次のことが記されています。

 挿入すべき多数の図面は本冊子の (当初企図した) 発行に尽力された福井静夫氏に一括して託してあるので、ここには手元に残った若干のものだけを使用したに止まったのは 甚だ遺憾 である。
( ) 及び 太字 は管理人による)

 これが言外に何を言わんとしたのかは明々白々でしょう。 海軍の大先輩たる著者に海自部内資料でここまで言わせるのかと。

 それで結局その故福井静夫は何をしたのか? 多くの関係者が存命であった当時であるならば、まだ解明可能であり後世に残せる史実も多数あったにも関わらず、それら全てを永遠の闇に葬りさっただけ。 「艦艇研究家 福井静夫」 の名だけを残して。

 今日の艦艇愛好家さん達の中には、厖大な史料・資料が散逸せずに残ったのは福井静夫の大いなる功績である、などと “本末転倒” なことを言い出す人がいます。

 それが残ったのはそれを福井静夫が意図した訳ではなく、単なる死後の結果論でしかありません。 実際、段ボール箱数百個分といわれたそれらは、キチンとした何らの整理も管理もされていなかったのですから。

 そしてその史料・資料集めの口実として利用した 『日本海軍艦艇総集』 (注) などは始めからそのつもりはなかったと判断せざるを得ません。 事実、今日に至るまで、本人が 「何分冊になるのか判らない」 と公言した、その原稿・草稿の “だたの1枚” でさえ明らかになっていないのですから。

(注) : 福井静夫が度々口にして “公約” した 『日本海軍艦艇総集』 について、ご存じない方がおられましたら、本家サイトの次のものをご参照下さい。

posted by 桜と錨 at 20:31| Comment(2) | TrackBack(0) | 海軍のこと

2011年03月06日

「第2次大戦中の対潜戦闘」

 今回ご紹介する資料は、第2次大戦中の対潜戦に関するものです。

 米海軍のOEG (Operations Evaluation Group) が1946年に出した報告書 『 OEG Report No.51 Antisubmarine Warfare in World War II 』 です。

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 本資料は2部構成となっており、第1部が1941年〜45年の大西洋における対潜戦を7期に分けての統計的概観であり、第2部が対潜戦における各種戦術の詳細な分析です。

 第1部の統計的な手法による簡潔な概観はもちろんですが、第2部での独航船と船団と問題、艦艇や航空機による攻撃法、レーダーの用法など、素晴らしい内容が盛りだくさんです。

 対象となっているのは独潜水艦のみで、日本の潜水艦に対するものは皆無です。 残念ながらそれくらい日本海軍の潜水艦は米海軍の対潜戦においては全く問題にされていなかったということです。

 この資料は研究者の間ではよく知られたものでしたが、残念ながら最近まで一般に知られることはありませんでした。 元々が秘密文書でもなかったのですが、何故か原本が部外に出ることがほとんどなかったことにもよると思います。

 しかし、最近ではこれの全文が有名な 「Hyperwar」 というサイトで公開されており、誰でもが読めるようになりました。


 この資料は、当然のことながら海自でも米海軍から入手し、翻訳の上参考資料として部内配布されました。 昭和30年 (1955年) の事です。

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 海自でもその名を知られた筑土竜男氏の翻訳ですから、訳も適切で、かつ解りやすいものであることは申し上げるまでもありません。 

 ところが、残念ながら目先の事しか興味のないのが海自の悪い癖で、この折角の資料もほとんど活用されることも読まれることもなく消えていきました。

 今となってはまだこれが残っているものがあるのかどうか ・・・・ ? この方面に興味のある一般の研究家の人にとっては、これが日本語で読めるのですから多分垂涎の資料となったと思うのですが。

 もちろん、ここに書かれた内容まで踏み込んだ日本語の一般刊行物は未だに出てきていないことは申し上げるまでもありません。
posted by 桜と錨 at 22:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと

2011年03月07日

福井静夫 『帝国海軍艦艇一覧表』

 昨日に続いて資料のご紹介を。

 故福井静夫作成の 『帝国海軍艦艇一覧表』 です。

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 この資料の名前は皆さんよくご存じと思いますが、実際にお持ちの方は少ないのではないでしょうか? しかも約50年以上も前のもので元々がブループリントですから、もしお持ちの方でも既に感光して相当変色し、文字が消えかかっている頁もあるのではと思います。

 この資料は、福井静夫本人の弁によれば、昭和27年に “ある必要上” があって作成したものとされています。 そして昭和36年に正誤訂正を行った後 “特定希望者” に配布したとされています。
 
 なお、海人社からも 『世界の艦船』 誌上において何回かに渡って販売していたことがありますが、こちらは私自身は現物を見たことがありませんので、どの様なものであったのかは判りません。 (当時の物価からすると、ブループリントにも関わらず異常に高価であったことは覚えています。)

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( 昭和30年代初期の 『世界の艦船』 誌上の広告より )

 内容的には、今日においては既に各種出版物などで知られていることばかりですので別にどうということはありませんが、福井静夫の著作物という話題性の点では、古書店などで目にされた際には入手されておいてもよろしいかと。

 何れにしても、本資料の第1頁目で福井静夫自身が次のように書いています。

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 で、その “決定資料” はどうなったのでしょうか? 結局のところ、平成5年に死去するまでの間、この一覧表さえ満足なものを作成しないままでした。 当然これは氏が公言した 『日本海軍艦艇総集』 の一番の基礎になるはずのものにも関わらず、です。

 それどころか、例えば著名な艦艇研究家である田村俊夫氏によって 「秋雲」 を 「夕雲」 型とする間違いの決定的な史料を突きつけられてさえ、この一覧表の自らの誤り (多分単なる勘違い、写し間違いであったはず) を認めることはありませんでした。

 もちろんこの 「秋雲」 については、田村氏の研究を待つまでもなく、旧海軍自身が、例えば次の様に 「秋雲」 は 「陽炎」 型であるとしていたにも関わらずです。

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( 昭和6年内令79号 「艦船要目公表範囲」 別表4の3 昭和18年6月改訂版 より )

 結局、福井静夫にとって本当のところは、旧海軍艦艇の真実などどうでも良かったのではないかとさえ疑いたくなります。

 ましてやこの一覧表程度のものさえ完成しなかったこと一つをとっても、『日本海軍艦艇総集』 の刊行など単なる史料集めの口実に過ぎず、始めからそのつもりは無かったと言わざるを得ません。
posted by 桜と錨 at 22:21| Comment(4) | TrackBack(0) | 海軍のこと

2011年03月08日

『海軍電気技術史』 −(前)

 今回ご紹介する史料は、知る人ぞ知る旧海軍関係の貴重な資料です。

 終戦直後に関係者が集まって各分野・部門ごとに旧海軍の技術史を纏めたものの一つ、 『 海軍電気技術史 』 です。

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 元々のものは、昭和22年になって一応完成した原稿のうち、第1章を除いたものが10部ほどガリ版印刷されたとされています。

 その内の1部、編纂委員長であった名和武元海軍技術中将保管分が防衛庁 (当時) に寄贈されましたが、既に経年劣化もあって非常に読み難いものでしたので、昭和44年にこれを技術研究本部においてタイプで起こし直して印刷・部内配布したものが、今回ご紹介するものです。 (以下単に 「防衛庁版」 と言います)  第1章を除く第2〜第5章を6部 (分冊) に分けて簡易製本されたもので、全頁数は900頁を越えます。 

 ただ残念なことに、この防衛庁版では本来第1部 (第1分冊) たるべき第1章が欠落しています。 防衛庁版ではこの第1章は 「原本紛失のため削除」 とされていますが、果たして本当なのでしょうか?

 当該資料の執筆者の一人である深田正雄氏に直接伺った話では、この電気技術史の全原稿が完成した時に、第1章の原稿は委員長の名和氏が 「これは俺が預かる」 と言って持っていったままそれきりになった、とのことでした。

 第1章の記述内容は第2章以下の概観であり、旧海軍電気技術の総括であったと推測されます。

 何か当時部外に出ては不都合な内容があったのか、あるいは海軍の技術行政・制度そのものに対する批判、特に当時存命中の上層部の者に対する、が書かれていたのか、とも考えられますが、それならそれとして当事者達の忌憚のない意見として貴重なものだったはずです。

 この第1章の原稿は、どこからかポロッと出てくるのではないかと期待しているのですが ・・・・

 何れにしても、現在残されている第2章以下の内容は大変貴重なもので、電気技術史とは言いながら、電気そのものはもちろんのこと、その電気が関係した砲熕武器・射撃指揮装置、電波兵器、電信電話、磁気兵器など広範かつ詳細なものが含まれています。

 この防衛庁版は研究者の間では有名なものでしたが、その内容の多くは今まで一般には出たことがなく、ほとんど知られていない事項も沢山含まれています。

 何故この様な貴重なものが復刻され出版されないのか、私としては不思議でなりません。

 今となってはこの防衛庁版もどこにどれだけ残されているのか判りませんが、もしチャンスがあるならば、旧海軍の武器関係に興味のある方は例えコピーであっても絶対に入手されておかれるべきものと思います。

 元々の資料作成経緯の詳細や現在の原稿の所在に関連した事項などについては、この後お話しします。
(この項続く)

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『海軍電気技術史』 −(後)

posted by 桜と錨 at 18:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと

2011年03月09日

『海軍電気技術史』 −(後)

 続きです。

 防衛庁版を作成した際に、名和氏自身による 『編纂当時を回顧して』 という一文が第2部の頭に追加されました。

 ご参考のために全文をご紹介します。 以下のとおりです。


      編纂当時を回顧して

 本海軍電気技術史の編纂が企図 (追記 (1) ) されたのは終戦後の混乱未だ去りやらぬ昭和20年秋の頃であった。

 当時は占領軍の指令が相次いで発布され、我国の将来に対する確たる目算等到底樹て得べくもなく物情騒然たる時代であった。

 このような時期に海軍の技術史の編纂が企図されたには自ずから幾つかの理由があったであろうが、その中には海軍の技術関係の仕事に従事していた人々(本電気技術史の場合は電気関係の人々)が分散してしまわぬ中に、その記憶が薄れぬ中に、又所要の資料が消滅せぬ中に、更には時勢の推移によって事実が歪められない中に速かに着手して正確な史実を残して置きたいと云う理由があった為である。

 編纂作業の本拠は史実調査部 (追記 (2) ) に置かれた。 編纂の作業が具体的に動き出したのは昭和21年2月初めであった。 記述の正確を期する為、執筆は当時連絡可能な旧海軍の電気関係 (一般電気、電波、有線、音響、磁気、電池等) の技術に直接携った担当者 (追記 (3) ) に依頼すると共に広く助言を求め、各種の資料も可能な限り蒐集の努力が払われた。

 又随時編纂委員会を開催し編纂幹事の外関係者の参集を求め執筆原稿を審議し内容の正確を期したものである。 従って記述されている史実の内容は高い正確度を有するものと考えている。

 当時、最も気を配ったことは、このような史実の調査や編纂の作業は勿論占領軍に対し特に秘密裡に行なわれたものではないが、記述の内容等が占領軍の何等かの忌諱に触れ、執筆者その他関係者に不測の事態を生ずることがあってはならぬと言うことであった。 当時は一般の郵便封書も占領軍の手によって開封検閲されることも度々ある時代であった。 従って執筆の依頗等は口頭により、又原稿の受領は手渡しとし、殆んど郵送によることはなかったのである。 遠隔の地に在住する人々に対しては委員長や幹事が直接現地に出張したことも屡々であった。

 昭和22年10月頃、編纂の作業は終了したのであったが、印刷する紙の入手も困難な頃であり、印刷する術もないところから、所謂藁半紙に謄写版刷りを僅かな部数、幹事等が自ら手刷りしたような次第であった。

 斯くて星霜を経る20有余年、その間は僅かに限られた範囲の利用に止まっていた。 防衛庁技術研究本部に在職中の松井技官から旧陸海軍の技術戦史的なものを集録したいとの意向を知らされ、昭和43年8月海藤雅美君を経て一部を寄贈したのであるが、この度防衛庁技術研究本部に於て史実の記録保全と更には故きを温ぬるの資料とするの意を以って本電気技術史を印刷に付せらるるの措置を採られたことは編纂関係者の洵に倖とするところである。

 茲に幾多の感概をこめて当時を回顧すると共に、この度の措置を採られた防衛庁当局に対し深く敬意を表する次第である。

     昭和44年3月

          海軍電気技術史編纂委員長
          元海軍技術中将 名和 武

 追 記

(1) 旧海軍の史実調査 (軍令、軍政、技術関係等の全てを網羅) の企図は昭和20年秋、旧海軍省の部局長会議を経、時の海軍大臣米内光政元大将の決によるものである。
 元海軍艦政本部長、海軍中将渋谷隆太郎氏が右の中、海軍の全技術史 ( 造船、造機、造兵等の全部門 を包含) の取り纏めを行なわれた。 本電気技術史はその電気編と称すべきものである。 取り纏められた全技術史は渋谷元中将の手元に保管 されている。
  尚、ここに印刷された電気技術史は、当時謄写版刷りされた原文のままである。 従って集約整理の余地を残しているものであることを附記する。


(2) 当時史実調査部 (部長、元軍令部第1部長、元海軍少将富岡定俊氏) は旧海軍大学内に在り、現財団法人史料調査会の前身とも称すべきものである。 当時同部の方々にも種々協力を得た。


(3) 本電気技術史の編纂に当り、執筆、助言又は資料の提供等協力された方々の主な氏名は次の通りである。 (氏名省略) 

 ( 太字 は管理人による )

 さて、皆さんはこれを読んでどう思われるでしょうか?

 旧海軍の電気技術関係者達が、当時の状況の中で後世にその記録を残すために最善を尽くしたと理解できます。 これは今日の私達にとっては全く頭の下がる思いです。

 そして、その上で

1.本 『電気技術史』 の原稿そのものは今現在どこにあるのでしょうか?

2.本 『電気技術史』 以外の、当時作成されたとする他の部門の原稿あるいはその印刷したものは今現在どこにあり、どうなっているのでしょうか?


1.については神戸商船大学 (現神戸大学海洋学部) 付属図書館の 「渋谷文庫」 に所蔵されている中に、本資料の 「袋 原紙」 として分類されているものがあります。 これがこの資料の原稿と思われますが、確認はしておりません。

 ただ、手書きの原稿にしては防衛庁版のタイプ印刷と比べて頁数が少なすぎるような気もしますが? どなたか同図書館で現物を確認して、ご教示いただけるとありがたいのですが ・・・・ (^_^;

 もっとも、防衛庁版がありますので、第1章以外は元原稿が無くても内容的には困りませんが。

2.について、全技術史の内、造船関係については牧野茂と福井静夫の二人によって昭和29年に 「日本造船工業会技術委員会特殊資料部会」 の希望者に配布されましたが、これを基にしたものが昭和62年に 『海軍造船技術概要』 として 「今日の話題社」 (当時の同社代表は戸高一成氏) より復刻されていますので、皆さんよくご存じでしょう。

( “復刻” と言うよりは、内容の一部に既に昭和29年の時から福井静夫の手が入っているようですが、どこをどの様に書き換えたのか明らかしていません。 牧野茂による同書の前書き及び緒言においては同氏も言葉を濁しています。 そして 元の原稿を書き換えた ことによって “牧野茂・福井静夫編” を主張しているようですが、私に言わせればとんでもないことで、貴重な史料の勝手な改竄 です。 艦艇研究家を名乗るならば、元の史料は元のままとし、その何処がどの様に自分の調査研究と異なるのかを明確に区別して示すべきであり、それが筋であり責任です。 本来の原稿は既にお話ししてきましたように旧海軍技術史の一部門として関係者によって作成されたものであり、福井静夫個人が作成したものでも、福井静夫個人のものでもないのですから。)

 また作成した全技術史の原稿を預けたとされる渋谷元中将の所蔵史料、そして同氏が中心となっていた「生産技術協会」が所蔵していた膨大な旧海軍関係史料は、機関関係を中心としたその一部のものが先の 「渋谷文庫」 として現存することは広く知られています。 しかし、ここにも機関と電気以外のものは無いようです。

( 渋谷元中将の死後 (昭和48年没) 「生産技術協会」 も自然消滅してしまったようですが、同時に同協会が所蔵していた膨大な旧海軍関係史料は、一部が先の「渋谷文庫」として残っていますが、その大部分は行方不明となったと言われています。 さて、これらはどうなってしまったのでしょう?)

 あと残るところは、上記の名和元中将の文言からすると、最も疑われるのが 「史実調査部」 の後身である 「(財) 史料調査会」 です。 そして福井静夫がここの理事であったことを申し上げれば、私が何を言いたいのかもう皆さんにはお判りいただけるでしょう。

 しかも、史料調査会の中の旧海軍関係史料を集めた 「海軍文庫」 は、その所蔵史料の全貌を一切明らかにしてきませんでした。 もちろん、史料調査会の職員など特別な極く一部の関係者を除けば、その史料が一般の研究者達に活用されることは全くありませんでした。

( 逆に、少なくとも福井静夫個人は、自分が集めた (手段はどうあれ) 史料と、管理者としてのこの 「海軍文庫」 の膨大な史料の両方を自由に使えたと言うことになります。)

 しかしながら、福井静夫が死去した翌平成6年、その 「海軍文庫」 の所蔵史料は同調査会の主任司書 (福井静夫の死後に理事?) であった戸高一成氏の手によってそのほとんど全てが 「昭和館」 に移され、同氏はその翌年同館の図書情報部長に就任。 そして更に平成16年には 「昭和館」 に移したその一部と 「海軍文庫」 に残った僅かなものは呉にある 「呉市海事歴史科学館」 (通称 「大和ミュージアム」 ) に移され、翌年戸高氏はそこの館長に就任したことは皆さんご承知のとおりです。

( もちろん、この呉の同館へは福井静夫の所蔵史料が遺族の手によって売却されていることもご承知のとおりです。 伝え聞くところによると2千万円だったとの話しも。)

 これら 「昭和館」 や 「呉市海事歴史科学館」 の所蔵史料の中に、残りの技術史の原稿はあるのでしょうか、無いのでしょうか?

 終戦直後に関係者が苦労して纏め上げた旧海軍技術資料は、一体どうなったのでしょう? なぜ残りの貴重な旧海軍技術史の所在が未だに公にされないのでしょう?

 名和、渋谷両中将を始めとして、説明責任を有する人達の全てが、皆その責任を果たして来なかったように思われます。 当然その中には福井静夫も含まれます。

 この海軍技術史の全貌もまた、このまま闇から闇へ永遠に葬られるのでしょうか?

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『海軍電気技術史』 −(前)

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2011年03月20日

大井篤 『海上護衛参考書』

 大震災のため未だにコンテンツをゆっくり作る精神的なゆとりがありませんので、記事として簡単に書ける資料紹介を。

 今回ご紹介するのは、その著書 『海上護衛戦』 で有名な 大井篤 氏の手になる 『海上護衛参考書』 です。

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 本資料は、大井篤氏がその著 『海上護衛戦』 との重複を避けて纏められたものを、昭和29年に海上自衛隊が術科学校における幹部教育の参考書としたものです。

 当初は 「部外秘」 に指定されていましたが、その後この秘密指定は解除となり、そして暫くして本資料そのものが廃版となって処分されてしまいました。

 全101頁で、内容的にはいわゆる海上護衛についての一般論で、次の目次構成となっています。

      第1章  海上護衛の重要性
      第2章  「海上護衛」 という言葉
      第3章  海運に対する脅威
      第4章  海上護衛の方法

 創設後日も浅い海上自衛隊にとっては、その当時としては第2次大戦での実務経験者の纏めたものとしてそれなりに読まれたのでしょうが、組織の体制が整い、また教育・訓練についても米軍からのものが導入されてくるにつれて、次第に色あせてしまったのは致し方のないところと思います。

 とは言え、『海上護衛戦』 と併せて読む時、海上護衛ということそのものについて、そしてまた大井篤氏の考え方がよく判る貴重なものであることには替わりはありません。

 この方面に興味のある方は是非一度お読みいただくと、色々と参考になるものも多いと思います。 ただし、今日となってはこれもどこにどれだけ残っているものか ・・・・
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2011年03月27日

マハンの著作 − (前)

 今回の資料紹介は、ちょっと変わってマハンの著作物を。

 マハン (Alfred Thyer Mahan, 1840-1914) といえばすぐに 「シーパワー」 という言葉が浮かんでくるぐらいに有名ですが、その代表作である 『 The Influence of Sea Power Upon History, 1660-1783 』 でさえ全編を通して読まれた方は少ないのではないでしょうか。

 また、マハンの著作といえば、日本ではこの 『海上権力史論』 と 『海軍戦略』、そしてせいぜい 『ネルソン伝』 ぐらいしか知られていませんが、実は非常に沢山のものがあります。 そして読んでみて面白いものも多いのです。

 そこで、このマハンの著作について、現在ではそのほとんどがネット上で読めるようになりましたので、私が知るものをご紹介したいと思います。

 昔苦労して図書館などを探し回ったものが今では簡単に読めるのですから、いや〜、良い時代になりましたね (^_^)


(1) 単行本

『 The Gulf and Inland Waters 』 (1883)

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『 The Influence of Sea Power Upon History, 1660-1783 』 (1890)

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 マハンと言えばこの著作ですが、邦訳が明治29年に水交社から 『海上権力史論』 全2巻で出ており、これは 「近代ディジタルライブラリー」 で読むことができます。

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 なおこれの現代語訳のものは、残念ながら抄訳ですが北村謙一氏訳で次のものが出ており、後者の新装版は現在でも新品として手に入ります。

      『海上権力史論』 (1982年、原書房)
      『海上権力史論』 (2008年、原書房、新装版)


『 The Influence of Sea Power upon the French Revolution and Empire, 1793-1812 』 (1892)

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 邦訳は明治33年に水交社から 『仏国革命時代海上権力史論』 全2巻で出ており、これも 「近代ディジタルライブラリー」 で読むことができます。

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『 Admiral Farragut 』 (1892)

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『 The Life of Nelson : The Embodiment of the Sea Power of Great Britain 』 (1897)

 当初は全2巻で刊行されましたが、その後の第2版以降は合本となって1冊で出版されています。

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 この本も明治39年に海軍教育本部から 『英国水師提督ネルソン伝』 として邦訳が出ていますが、残念ながらまだ 「近代ディジタルライブラリー」 では公開されておりません。 ただし現在でも古書として8千〜1万円程度でそれなりに出回っているようです。

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『 The Interest of America in Sea Power, Present and Future 』 (1897)

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 本著は邦訳が明治32年に 『太平洋海権論』 として出ており、これも現在では 「近代ディジタルライブラリー」 で読むことができます。 ただ、同ライブラリーのものには何故か内表紙 ↓ がありません。

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『 The Major Operations of the Royal Navy 1762-1783 』 (1898)

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 元々は 『 The Royal Navy: A History from the earliest times to the present 』 (1897) (全7巻) の中で、その第31章をマハンが担当したものですが、これを取り出して単行本としたものです。

『 Lessons of the War with Spain,and Other Articles 』 (1899)

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『 The Problem of Asia and Its Effect Upon International Policies 』 (1900)

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『 The Story of the War in South Africa 1899-1900 』 (1900)

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(続く)

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     マハンの著作物 − (中)

     マハンの著作物 − (後)
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2011年03月29日

マハンの著作 − (中)

(1) 単行本 (続き)

『 Types of Naval Officers : Drawn from the History of the British Navy 』 (1901)

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『 Retrospect and Prospect : Studies in Internarional Relations Naval and Political 』 (1902)

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『 Sea Power in Its Relations to the War of 1812 』 (1905) (全2巻)

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『 Some Neglected Aspects of War 』 (1907)

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『 From Sail to Steam : Recollections of Naval Life 』 (1907)

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『 Naval Administration and Warfare : Some General Principles with Other Essays 』 (1908)

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『 The Harvest Within Thoughts on the Life of the Christian 』 (1909)

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『 The Interest of America in International Conditions 』 (1910)

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『 Naval Strategy : Compared and Contrasted with the Principles and Practice of Military Operations on Land 』 (1911)

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 本書は昭和7年に尾崎主税中佐訳で 『海軍戦略 全』 として出ており、これの復刻版が昭和53年に原書房から出ております。 後者も既に絶版ですが、古書として2〜3千円程度で比較的簡単に手に入ります。

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 なお、昭和7年版のものを元に、これを全文タイプで起こし直して横書きにしたものが昭和31年に海自の部内資料 『兵術参考資料 海軍戦略』 として作成されました。 ただしこちらは今日となっては残っているものがあるのかどうか ・・・・ ?

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『 Armaments and Arbitration ; or The Place of Force in the International Relations of States 』 (1912)

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『 The Major Operations of the Navies in the War of American Independence 』 (1913)

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(続く)

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     マハンの著作物 − (前)

     マハンの著作物 − (後)
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2011年03月31日

マハンの著作 − (後)

(2) 共著

『 The Royal Navy : A History from the earliest times to the present 』 (1897) (全7巻)

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 マハンは第3巻第31章 「Military History of the Royal Navy , 1763-1792 : Major Operations」 を担当しました。 そして前回お話ししましたとおり、この部分だけを抜き出した単行本が出ています。

 なお、本書は当初全5巻で立ち上がりましたが、最終的には全7巻の大作となりました。 これも現在ではネットで全巻とも読むことができます。


(3) 雑誌記事

 沢山のものがありますが、私が知る限りでは次のものです。 このリストは私の今までの研究成果の一つでもありまして、これだけ並んでいるのは少なくとも日本ではここだけかと。

 なお、これらも現在では全てネット上で読むことができます。

『 The United States Looking Outward 』 (Atlantic Monthly, Dec 1890)

『 Admiral The Earl of St. Vincent 』 (Atlantic Monthly, Mar 1893)

『 Admiral Saumarez 』 (Atlantic Monthly, May 1893)

『 Admiral Load Exmouth 』 (Atlantic Monthly, Jul 1893)

『 The Isthmus and Sea Power 』 (Atlantic Monthly, Oct1893)

『 Admiral Earl Howe 』 (Atlantic Monthly, Jan 1894)

『 Possibilities of an Anglo-American Reunion 』 (North American Review, Nov 1894)

『 Lessons from the Yalu Fight 』 (The Contury, Aug 1895)

『 The Future in Relation to American Naval Power 』 (Harper's New Monthly Magazine, Oct 1895)

『 Nelson at Cape St. Vincent 』 (The Contury, Feb 1896)

『 The Engineer in Naval Warfare 』 (North American Review, Dec 1896)

『 Nelson in the Battle of the Nile 』 (The Contury, Jan 1897)

『 The Battle of Copenhagen 』 (The Contury, Feb 1897)

『 Nelson at Trafalgar 』 (The Contury, Mar 1897)

『 Preparedness for Naval War 』 (Harper's New Monthly Magazine, Mar 1897)

『 A twentieth-Century Outlook 』 (Harper's New Monthly Magazine, Sep 1897)

『 The Strategic Feature of the Gulf of Mexico and the Caribbean Sea 』 (Harper's New Monthly Magazine, Oct 1897)

『 Current Fallacies upon Naval Subjects 』 (Harper's New Monthly Magazine, Jun 1898)

『 The Spanish Armada 』 (The Contury, Jun 1898)

『 The Peace Conference and the Moral Aspect of War 』 (North American Review, Oct 1899)

『 The Merits of the Transvaal Dispute 』 (North American Review, Mar 1900)

『 Effect of Asiatic conditions upon International Policies 』 (Harper's New Monthly Magazine, Nov 1900)


 で、これで終わっては私のブログらしくありません。

 以上のようにマハンには非常に沢山の著作がありますので、とてもではありませんが全部読んでいる暇はない、あるいはまずどんなところが注目されているところなのかを読んでみて、それからそれらの個々の著作に入っていきたい ・・・・ 等と思われる方もおられると思います。

 そこでお薦めなのが次のものです。

『 Mahan on Naval Warfare』 (Allan Westcott, 1918)

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 マハンの没後、当時米海軍兵学校の教官であった Allan Weatcott の手によって編纂され1918年に刊行されたもので、要するにマハンの著作の “良いとこ取り” です。 邦訳が無いのが残念ですが、上記のご要望は充分に満たせるものと思います。

 もちろんこれも現在ではネット上で読むことができます。


 いや〜、良い時代になりましたねぇ。 昔、散々苦労して集めたのは、一体何だったのかと (^_^;
(この項終わり)

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     マハンの著作 − (前)

     マハンの著作 − (中)
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2011年04月27日

『戦艦 「陸奥」 引揚解体写真集』 更新!

 本家 『桜と錨の海軍砲術学校』 ご来訪19万名達成の感謝企画としまして、先程同サイトの 『懐かしの艦影』 中の 『戦艦 「陸奥」 引揚解体写真集』 を更新し、全ての写真を拡大表示可能といたしました。

 拡大表示は全て 900 x 600 ピクセルにて統一いたしましたので、これだけのサイズになるとちょっとした迫力をお感じいただけるかと。 これに伴い、一覧のサムネール写真も全て 240 x 180 ピクセルで統一して作り直しました。 更に、新たに数枚の写真を追加し全69枚としました。

 どうか存分にお楽しみ下さい。

 このような貴重なアルバムを本サイトで公開できますことを管理人として光栄かつ誇りに思う次第です。 今回の拡大表示公開をご承諾いただいた本アルバム所有者及び仲介の労をとっていただいた阿部源市氏のお二人に、この場にて改めて感謝と御礼を申し上げる次第です。

 なお、公開を早くすることを優先しましたので色調調整は一部不充分なものもあります。 これに就きましては、管理人の納得のいく加工ができましたら適宜差し替えていくつもりです。 また、例によって拡大表示には一人歩き防止のために薄いロゴを入れております。 ウィキでさえ信用できないこのご時世、やむを得ないものとご了承下さい。

 さて、数ヶ月後には本家サイトご来訪は20万名の大台に乗ることになります。 次の記念企画はちょっと大物の文書の公開を予定しています。 まだ少し先の話しになりますが、こちらもお楽しみに。
posted by 桜と錨 at 18:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと

2011年05月03日

海戦史の通史

 海戦史に興味のある方にとって、手元に1冊あると便利なのが古今東西の海戦史全体を概観した通史なのですが、これがなかなか良いのがありません。

 現在比較的簡単に手に入るものとしては、E.B.ポッター編集の 『 Sea Power : A Naval History, 2nd Ed 』 (Naval Institute Press, 1982) くらいでしょう。

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 ただし、これは第2版とは言いながら実際は初版の要約版でして、初版の約900頁に対してその約半分弱の約400頁でしかありません。

 この初版の方は、1960年に Prentince Hall という出版社から出されておりましたが、現在でも古書として比較的手に入りやすいかと思います。

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 通史ではありますが、当然のことながら米国、米海軍からの視点が強く打ち出されていることは仕方のないところでしょう。 それでもこれ1冊あると便利です。

 私的には、もし第2版の新刊を購入されるなら、初版の古本を探される方をお薦めします。 内容も豊富ですし、値段もあまり変わらないようですから。

 因みに、この初版の中の第35〜43章だけを抜き出したものが、実松譲、冨永健吾両氏の共訳によって 『ニミッツの太平洋海戦史』 (恒文社、1962年) として出ています。 これは読まれた方も多いのではないでしょうか。

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 で、この通史を戦史教育の参考資料として海上自衛隊が活用しなかったはずがありません。 上記の邦訳出版された第35〜43章を除き、残り全部を昭和40年から41年にかけて幹部学校の指揮幕僚課程学生に課題の一つとして分担し訳させ、それを同校研究部で纏めたのがこれ ↓ です。

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 全3巻、約1200頁あります。 学生の訳ですから読みやすいとは言い難いものがありますが、それでもちょっとした調べ物の時には英語の原本よりは遥かに楽であることは間違いありません。 もし原本とこれの両方があるなら、該当項目をこの邦訳版で確認してから原本に当たれば更に便利です。

 印刷部数180部とあり、しかも同校内での教育使用ですから、もう残っていないでしょうねぇ ・・・・ もったいない。


 では、日本で作った通史はないのか? と言うことですが。

 かつて海上自衛隊幹部学校の研究部で、その成果として第2次大戦までを纏めたものが昭和56年に 『世界海戦史概説』 全5巻として作成され、同校の戦史教育用に使われた他一部は部内配布されました。

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 そしてこの部内用とは別に、第4巻と第5巻の2分冊であった太平洋方面のものを1つに整理して全4巻としたものが、現職の海自幹部を中心とする有志の集まりである 「兵術同好会」 によって印刷・製本されて、希望する会員などに有料配布されました。

 ただ、募集方法や期間が極めて限られておりましたので、ある意味 “知る人ぞ知る” になってしまった感が無きにしもあらずで、実は私も当時艦艇勤務中で申し込みを逃してしまいました。 ですから、この 「兵術同好会」 版の方は持っておりません。 もしかすると皆さんの中にはお持ちの方がおられるのではないでしょうか。

 この 『世界海戦史概説』 は、上記のように幹部学校研究部の研究成果ですので、当然まだ続きがあります。

 現在このシリーズとして纏められて部内配布されているのは、第6巻の 『その1 朝鮮戦争』 と 『その2 中東戦争・印パ戦争・キューバ危機』 の2分冊です。 ただし、これはまだ既刊の第1〜5巻のように一般の方々向けには公開されておりません。

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 また、既に 「湾岸戦争」 についても一つの研究成果がありますので、これもそのうちこのシリーズに入るものと考えます。

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 実は ・・・・ 海上自衛隊には戦史教育用として幹部学校のこれら一連の研究成果をディジタル化した正規のCD版があるのですが ・・・・ と申し上げたら、欲しい人もおられるのでしょうねぇ ・・・・ (^_^;
posted by 桜と錨 at 19:05| Comment(2) | TrackBack(0) | 海軍のこと

2011年05月06日

旧ソ連海軍水上艦艇識別ガイド

 いや〜、良い世の中になりましたね。 ネットでこんなものも公開されるようになりました。

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 1982年 (昭和57年) に米国の国防情報局 (DIA、Defense Intelligence Agency) が作成した旧ソ連海軍の水上艦艇識別ガイド 『 Soviet Navy Surface Ship Identification Guide 』 です。

 当時のDIAが認識していた旧ソ連海軍の潜水艦を除く全艦船が写真付きで網羅されており、今日においても充分に貴重な資料たり得ます。

 表紙に 「米国政府機関のみ限定配布」 との表示がありますが、秘密文書としての指定などは記載されておりません。 実際問題としてどのような取扱だったのかが興味のあるところです。

 既に結構あちこちのサイトにUPされておりますので、ご存じの方もおられるかと思いますが、まだ未見の方でこの方面に興味のある方は探してみて下さい。

 なお、探すのが面倒だという方には暫く次のところに置いておきますので、ダウンロードしてご覧下さい。 約36Mありますのでご注意を。 また再配布などはご自由に。

//navgunschl2.sakura.ne.jp/data/Shiryou/pdf/DIA_Soviet_Navy_Surface
_Ships_ID_Guide_1982.pdf

(頭に“http:”を入れ、途中の改行を外して下さい。)
posted by 桜と錨 at 21:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと

2011年05月29日

『海軍諸例則 第三版』 (明治23年)

 本家サイトの今週の更新として、「史料展示室」 にて明治23年改訂の 『海軍諸例則 第三版』 上中下巻の目次を公開しました。

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 既に今次大戦終戦まで使われた第14版の全目次・索引は公開しているところですが、今回は明治中期のまだまだ若い時代のものです。

 この海軍諸例則は、明治17年の初版が米国返還文書の一つとして防衛省防衛研究所図書館に収蔵されているようですが、現在のところネット上で内容が公開されているものとしては 「近代ディジタルライブラリー」 にある国立国会図書館収蔵の第4版が最も古いもので、今回の第3版はそれより一つ前のものになります。

 なお、差し当たりは目次だけですが、集録されている個々の例規類について具体的にご要望があれば逐次公開していくことも考慮したいと思います。

posted by 桜と錨 at 13:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと

2011年07月10日

本家サイトご来訪20万名達成

 お陰様で本家サイトは2日前の金曜日にご来訪20万名を達成いたしました。 つきましては先程本家サイトを更新し、ご来訪20万名達成の感謝企画として旧海軍関係の幻の史料と言われるものの一つである 『海軍作戦通信史』 の全文を公開しました。

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 日本版が昭和28年の警備隊術科学校テキスト 『海軍作戦通信史』、米軍版が同じく昭和28年の 『Japanese Monograph No.118』 の2つですが、公開頁中で詳しくご説明してありますようにこれらの原史料は同じもので、終戦直後に旧海軍関係者が記録した一連の同類のものの中の一つです。

 太平洋戦争期の旧海軍の通信に関することはもちろん、航空基地整備やレーダー配備などについても貴重なデータが網羅された第1級の史料であると考えます。

 これらは戦史叢書などでも引用されておらず、今日までその全容が全く出たことのないものです。 どうぞじっくりとお読みいただき、お楽しみ下さい。

 また、ご縁がありましてHN 「よ〜いち」 氏が主催する 『春や昔 〜「坂の上の雲」ファンサイト〜』 と相互リンクいただくことになりましたので、本家サイトの 「リンク集」 に新規登録いたしました。 司馬遼太郎氏 『坂の上の雲』 を中心に据えた大変に素晴らしいサイトです。 是非ご来訪いただきお楽しみください。

posted by 桜と錨 at 11:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと

2011年07月11日

『軍艦 「関東」 越前海岸遭難記』

 最近のお出かけの時に往復の車内で読んだものです。 サブタイトルが 『海軍将兵を救助した福井県の漁民たち』 とされています。

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 本ブログでも何度か出てきましたように、特務艦 「関東」 は徳山から舞鶴に向かって航行中の大正13年12月12日、悪天候に見舞われ、激しい吹雪の中艦位を失って福井県の越前海岸、糠浦に座礁しました。 船体は大破、乗員・便乗者207名中の97名が殉職したものです。

 本書は 「関東」 の座礁事故そのものはもちろんですが、それにも増して、サブタイトルどおり乗員・便乗者の救助に当たった糠浦及びその近郊の村落の人々の活躍の話に重きが置かれています。

 私が今回読んだのは改訂第3版の文庫版で、初版は昭和43年の自費出版 『関東艦の遭難』 です。 そしてその後、平成2年に第2版、平成11年に第3版が出たものです。

 著者は上坂紀夫という元高校教師の方。 何と言っても驚かされるのは、最初の自費出版に始まって、ただひたすらに当時の真実を求めて調査研究を継続され、常に新しい成果が盛り込まれていることです。 その執念、直向きさにはただただ脱帽です。

 そして最大の特徴は、著者が自己の推測や所見・意見などを極力抑え、多くの資料や当事者からの聞き取りに基づいた事実を淡々と述べていることです。 これが読む者をして当時の状況が眼前に浮かんで来るような、もの凄い迫力となっています。

 光人社NF文庫の中でも、傑出したものの一つではないでしょうか。

 大変に良い本です。 そして、好きですね〜、こういう人。 是非ご一読いただきたい、元船乗りとしてもお薦めの一冊です。


posted by 桜と錨 at 17:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと

2011年07月17日

「三笠」 後甲板の写真

 先日 『軍艦三笠 考証の記録』 という大変に素晴らしいブログをご紹介しましたが、そこの中で日露戦争中の 「三笠」 の後甲板の写真が紹介されています。 それと同じ元写真からのものがこれです。

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 そして、その出典である大元のものがこれ ↓ です。


 フランスで発行された 『L'Illustration』 の1905年4月22日版の中に集録されています。

 同冊子にはこの写真のクレジットが記載されていませんが、それではこの写真はいつ撮影されたものか、という事です。 

 この写真にはその判別の為のポイントとなるものが5つあります。

(1) 乗員の制服は上衣が白、下衣が紺であること。

(2) 合戦準備状態ではありますが、一部が緩和されていること。

(3) 海軍将兵に混ざって私服の外国民間人が数名写っていること。

(4) この便乗者の乗退艦に軍艦旗を掲揚した艦載の汽艇が使用されていること。
(艦尾にはカッター有り。)

(5) 特に公的儀式などの様子ではなく、非常にリラックスしたムードであること。


 以上のことを勘案すると、この冊子が出版された明治38年4月以前で該当するものは1つしかありません。

 即ち、明治37年 (1904年) 7月17日に長子島泊地において 「満州丸」 に乗船して来航した貴族院・衆議院議員や内外国報道関係者、観戦武官など55名を迎えた時のものであることに間違いは無いでしょう。

 この時は、裏長山列島の根拠地からざわざわ 「三笠」 「朝日」 の2隻で長子島泊地まで出向きました。 観戦団一行の訪問は僅か30分、そして 「三笠」 「朝日」 も行事が終わると僅か3時間足らずで根拠地に向け帰投しています。

( 因みに、「満州丸」は7月14日に塩太澳に入港、17日長子島泊地に立ち寄った後長崎に向かっています。)

 おそらく裏長山列島の根拠地の状況を部外者に見せたくなかった為の措置と考えられます。  ( 長子島泊地と裏長山列島の根拠地とは10ノットで片道僅か2時間半の航程です。)

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 この時のことは 「聯合艦隊戦時日誌」 や 「三笠戦時日誌」 (↓) でも記述されています。

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( 防衛研究所保有保管資料より  赤線は管理人による )

 また、明治37年は7月11日に聯合艦隊の服装が上記の上白、下紺に変わっておりますのでこの点でも合致しています。

 それにしても、「三笠」 後甲板の艤装の細部がよく判る大変良い写真ですね。 特に、キャプスタンの台座は十字形ではありませんし ・・・・

 こういう写真を見ると、この時に撮ったものがまだ他にあるのではないかと期待してしまうのですが (^_^)

posted by 桜と錨 at 12:19| Comment(2) | TrackBack(0) | 海軍のこと

2011年08月01日

学研新刊 『八八艦隊計画』

 学研から新刊本が届きました。 同社の歴史群像シリーズの一つとしての 『八八艦隊計画』 です。

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 もう書店に並んでいるようですので、ご覧になられた方もおられるのではないかと思います。

 同シリーズは、最近は基本的に “ビジュアル化” の方向が更に強くなってきており、本号もその例外ではありません。 写真が大変に豊富で、私もお付き合いがある案堂画宇氏の手になる彩色画も含まれています。

 本文の方は、元々同シリーズが専門書の一歩手前である非常にマニアックなところがありますが、もちろんその面でも本号はそれが継承されています。

 ネタばらしをしますと、本号の企画は 『続・長門型』 として立ち上がったものですが、途中でこれを含めた八八艦隊についてのものに変更となりました。 したがって、記事も写真も 「長門」 型が多いのはその関係が残っているためと聞いています。

 主要部分はお馴染みの大塚好古氏が書かれていますが、砲熕武器については国本康文氏が、そして戦術・砲術については私が書かせて貰いました。

 本来ですと、艦艇というものを語る時には、その建造上の技術的なことはもちろんですが、海軍としての戦略・戦術思想や砲術・水雷術などの用兵的なことがなければ話半分、ということになってしまいます。

 そこで当時の用兵的なことを担当させて貰いましたが ・・・・ なにしろ割当頁数が少ない (^_^;  ホンのさわり程度のことしか書けませんで、もっと面白いことも沢山ありますが総て省略せざるを得ませんでした。 まあ、戦略戦術や砲術などの細かい話しについてはなかなかビジュアル本としては難しいところであり、これもまた致し方ないことかと思いますが。

 ところで、今回は本家サイトの 『懐かしの艦影』 で公開している 『戦艦 「陸奥」 引揚解体写真集』 の原本アルバムを仲介させていただきまして、本号の中で17枚が掲載されました。

 ただこれは紙幅の関係もあって、残念ながらアルバム全体からすれば約1/4の枚数であり、かつサイズも少々小さいです。 全容は本家サイトの方 ↓ でお楽しみ下さい。



posted by 桜と錨 at 17:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと

2011年08月06日

『Mechanism of Men of War』 翻訳本

 先にご紹介した 「三笠」 に関する素晴らしい考証サイト 『軍艦三笠 考証の記録』 の管理人であるHN 「八坂」 氏よりサンプルをいただきました。

 1896年にロンドンで出版された Reginald C. Oldknow の著の翻訳本で、今回の一冊目は全13章のうちの始めの4章です。

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 原書は、当時英海軍の C. N. Robinson 中佐監修の下に一連のシリーズ物として刊行された 『Royal Navy Handbooks』 の中の一つであり、同シリーズは現在では本書も含めてその内の幾つかをネット上のフリー・オンラインで読むことができます。

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 このシリーズは大変に質の高いもので、当時のことを研究される方には参考になるものがあります。 特にこの中の一つである 『Naval Gunnery』 は、出版当時旧海軍でも砲術教科書編集の参考としたものとして知られているほどです。

 ただ、こういう類の書籍の翻訳は、余りに原著の文章に忠実ですと日本語として判り難くなり、逆に判り易い日本文にしようと思うと意訳にならざるを得ない欠点があります。

 その点、八坂氏の翻訳本は非常に丁寧な訳で、しかも判り易いものに仕上がっています。 それに何しろこういうものを日本語で読めるのはありがいたいですね。

 今回は来週8月14日 (日) のコミックマーケット80で同人誌として出品される予定だそうです。 詳細は次のURL ↓ でご覧下さい。 この方面に興味のある方は入手されておいて損はないと思います。


 こういう足が地に着いた研究・考証をするという姿勢は好きですね〜。 何しろ基礎をしっかりと身に着けた主張は、その信頼性が全く違ってきますから。

 残りの章の翻訳が待たれるところです。 (と、さり気なく催促してみる (^_^; )


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2011年08月20日

『日本魚雷艇物語』

 お出かけ中の読書の続きで、今回は今村好信氏著 『日本魚雷艇物語』 です。

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 平成15年に光人社から同名の単行本で出されたもので、今年6月に同社NF文庫の一冊として再版されたものです。

 内容は始めの約1/2が日本海軍の魚雷艇の開発史に関するもので、続いて約1/4が魚雷艇関係の戦記、最後の約1/4が米海軍の魚雷艇の話しで構成されています。

 著者は東大出の元短現技術士官で、任官後は呉海軍工廠や艦政本部などでこの魚雷艇関係の職務に従事しております。

 従って、本著の前半はいわば自分の土俵の話しでもあり、後半は戦後に見聞きしたり調べたりした魚雷艇の運用・作戦上のものを纏めたもの、ということになります。

 全体としては、この手の出版物がほとんど無いこともあって、よく纏まった労作と言えます。 特に前半は自分が直接携わった分野だけに、この著者ならではのものとして評価できるでしょう。

 この分野の話しが好きな方にはお勧めの一冊です。


 ただ、惜しむらくは、記述全体の底に流れるものが戦後元技術士官達がものしたものに多く見られるものと同じということです。 つまり “作る側の一方的な視点” であり、それも当時の個人の狭い経験範囲に立脚するもの、ということです。

 元技術士官達のこの手の出版物が多く見られたせいぜい昭和40年代〜50年代前半ぐらいまでならともかく、今日となってはもう少し客観的かつ冷静な態度が必要ではなかったか、と私としては思います。

 即ち、著者はその序言で

「 日本海軍悲劇の魚雷艇について、その沿革に遡り敗戦に至る歴史を辿る時、方針決定の誤りがいかに致命的な結末を招くかを知ることが出来る。」 (当該書27頁)

 と言い切り、この観点で全体が貫かれています。

 しかし、ちょっと考えてみてください。 本当にそうなんでしょうか?

 欧米に比べると技術力・工業力は勿論、国力が大人と子供以上の差がある日本にとって、如何に海軍と言えどもありとあらゆること総てに均等に力を配分することはできません。 どうしても重点指向にならざるを得なかったことは当然のことで、今なら誰でも理解できることです。

「 日本海軍は、仮想敵国米海軍との太平洋上決戦を主要戦略として 「大艦巨砲主義」 に徹し、小形攻撃用舟艇・魚雷艇戦略の検討を疎かにしたことが、原因であった。」 (当該書27頁)

 では、戦艦を止め、潜水艦を止め、航空機や空母も止め、魚雷艇の開発・整備に全力を注いでいたら太平洋戦争で勝てたのでしょうか? 米海軍はそのようにしていたのでしょうか?

 そのようなことは絶対にあり得ないことは言うまでもないでしょう。

 確かに、日本海軍の兵力整備や用兵思想には問題点も多かったことは事実ですが、だからといって、かつての自己の立場からの視点・観点のみでは、一般読者の知識も進んだ今日にあってはとても受け入れられるものでは無いでしょうし、ましてや敗戦の真の反省には何らの役にもなりませんし。

 では結局、日本海軍の魚雷艇が上手くいかなかった原因はどこにあったのか?

 そうです。 要するに、海軍の技術部門も含め、当時の日本にはその工業力も技術力も無かった、ということに尽きます。

 これは別に魚雷艇だけの話しでは無いことは勿論でしょう。 航空機も、レーダーや無線機などの電子機器も、そして当の 「大艦巨砲主義」 の象徴と言われるその戦艦の船体も機関も大砲も装甲も指揮装置でさえも ・・・・ 総てにおいて劣っていたのですから。

 ピストン・エンジンにしたところで、航空機用、自動車用は言うに及ばす、当時小型舟艇においてさえ既にレジャーボートの類が産業として成り立っていたような国と、片や自転車でさえ満足に普及していなかったような国とではどれだけの差があるのか、は一目瞭然です。

 そして、結局は真空管一つどころかパッキン一つさえ、満足なものが生産できなかった国では。

 そのような工業力・技術力のレベルの国家にあっては、いくら東大出の元短現技術士官が嘆いたところで、出来ないものは出来ないのであって、今になってからそれを棚に上げた上で嘆きの矛先を用兵サイドに面と向かって投げかける、理由も、必要も、意味もありません。

 この点さえなければ、良く出来た本なんですが ・・・・


posted by 桜と錨 at 13:07| Comment(2) | TrackBack(0) | 海軍のこと