2019年05月06日

脱帽時の制帽の握り方


去る4日に練習艦隊が遠洋航海出航に備えるために呉から横須賀へ回航となりました。

Eバースでは出港行事が行われ、多数の報道陣や家族、一般市民も訪れたようで、この様子は呉市役所の広報などでも報じられたところです。

候補生学校を卒業した初任三尉の実習幹部達が環太平洋の遠洋航海を経験し、船乗りとしての基礎的な知識・技能を磨くと共に、諸外国を訪れて見聞を広める重要な機会です。

が、それはそれで良いのですが ・・・・

Facebook でもコメントしましたが、岸壁で見送る高級〜中級幹部達の帽振れの動作があまりにもお粗末であり、みっともないのには驚いた次第です。

呉市の広報写真で見る限りでは、まともに基本が出来ているのは数名しか確認できません。

kureshi_PA_photo_R010504_01.jpg
(呉市広報の写真より引用)

https://www.facebook.com/kure.city/photos/a.440791985981554/2339815022745898/?type=3&theater

ほとんどの者がツバの脇を掴んでいます。 これ程までに船乗りとしての基本的な躾け、威容、スマートネスに欠けるものはない、しかもこれを公衆の面前で平然としてやるとは、元船乗りとして恥ずかしくて仕方ありません。


制帽を着用しての状態から脱帽する時には、帽子のツバの真ん中、つまり真正面から親指と人差し指・中指の3本で握ります。 これによって右上腕と帽子が真っ直ぐとなって、形良くなるようにしているのです。

これは帽振れの動作であろうと、屋外から屋内に入る時に脱帽する時でも同じです。

このことは幹部なら候補生時代から躾として、わざわざ意図せずともいつでも自然にこれが出来るように厳しく指導されて来た、基本中の基本の一つのはずですが ・・・・

考えてみてください、写真のほとんどの者のような握り方で脱帽して、もしそのまま不動の姿勢をするとしたらどうなるでしょう?


ご参考までに、私が候補生学校の入校式の時の写真です。 これが正しい制帽の持ち方、握り方です。

Boushi_01_mod_s.jpg

そして、同じく候補生学校卒業式の最後、機動艇に分乗して練習艦隊に向かう初任三尉を表桟橋から見送る海上幕僚長の鮫島海将 (中央) と候補生学校長の石榑海将 (右) のお二人です。 お二人を始め背後の皆もキチンと基本どおり正しく制帽を握っておられます。

Boushi_02_mod_s.jpg


たかが脱帽の仕方のことでは、と言われる人もあるかも知れませんが、こういう事から一つ一つ船乗りとしての躾け、伝統、そして威容とスマートネスが崩れて来るのです。

あるいはこれはその場その場で臨機応変にやっていること、と言われる人もあるかもしれません。 しかしこれはその臨機応変とは言いません。 基本ということが身についていない、と言うことです。

まさに海上自衛隊の現状の一端を表していると言えるでしょう。

そして気が付く人は気が付かれたでしょうが、通常は船体と同じ灰色の側幕で、練習艦や特別な場合には白色のものが使用されるのですが、折角の 「かしま」 のそれは、シワシワ、ヨレヨレに張られたままになっています。 この様な晴れの儀式の場合であるにも関わらず、です。

これなども潮気が抜けていると厳しく躾けられてきたことの一つなのですがねえ ・・・・

posted by 桜と錨 at 00:58| Comment(2) | TrackBack(0) | 海軍のこと

2019年05月05日

「南西諸島所在の旧陸海軍基地」 概観一覧


先ほど 「令和」 最初の本家サイトの更新として、『旧海軍の基地』 コーナーにて 「南西諸島所在の旧陸海軍基地」 概観一覧ページを追加公開しました。

  http://navgunschl2.sakura.ne.jp/bangai/IJN_Nav_Base/000A_14_Nansei_AB.html

Nansei_AB_List_sat_h31_01_mod.jpg

併せて、沖縄本島の 「沖縄北」 基地のページを作成しました。 ここは本来は旧陸軍の飛行場ですが、当初から陸海軍の共同運用とされており、旧海軍も航空隊司令部レベルの通信施設などを置き、また実際に航空機の運用も行っておりますので、“準” 旧海軍基地としてご紹介することにしました。

  http://navgunschl2.sakura.ne.jp/bangai/IJN_Nav_Base/A027-Okinawa_North.html

なお、この南西諸島でも 「秘匿基地」 と称するものも含め戦時急造のものが計画され、あるいは工事に入ったものの未完成又は途中放棄のものが多数有りますが、同コーナーのポリシーにより、いつもどおりこれらのものは日米両側の史料で詳細の確認が取れるもの以外は原則として省略しております。

Army_AB_Okinawa_East_1944_01_mod.jpg
( 旧陸軍が途中で建設放棄した 「沖縄東」 飛行場予定地跡 )


これにて一応日本本土全ての地域別の旧陸海軍航空基地一覧を網羅し終えました。 各ページともまだまだ不十分なものですが、今後少しずつ修正していく予定にしております。

それにしてもつくづく不思議に思うのは、こんな一覧さえ未だに十分なものがネットでも出版物でも無いんですよね。


当該コーナーでの次は 「台湾所在の旧陸海軍基地」 のつもりなんですが ・・・・ これが (も) ちょっと難物です。

何しろ旧陸軍はもちろん、旧海軍でもまともなリストさえなく、戦史叢書でさえ記述個所によって整合が取れていない始末です。

一つ一つの確認に大変手間がかかりますので、今のところ何時完成するかは全く目途がたちません m(_ _)m


posted by 桜と錨 at 14:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと

2019年04月28日

沖縄本島の 「小禄」 「佐敷」 航空基地


本家サイトで平成最後となりました今週の更新は、先週に引き続き 『旧海軍の基地』 コーナーにて 「小禄」 及び 「佐敷」 の2つを追加しました。

   http://navgunschl2.sakura.ne.jp/bangai/IJN_Nav_Base/Nav_Air_Base_list.html
   http://navgunschl2.sakura.ne.jp/bangai/IJN_Nav_Base/022A-Koroku.html
   http://navgunschl2.sakura.ne.jp/bangai/IJN_Nav_Base/A026_Sashiki.html

ただ、後者については旧海軍において戦前から 「佐敷基地」 あるいは 「馬天基地」 と呼ばれてきた水上機基地ですが、本ブログでも連載いたしました日辻常雄氏 (海兵64期) の回想録 『大空への追想』 でも出てきますように、その名は旧海軍部内でもよく知られているにも関わらず、基地の詳細については全く不明なところです。

もしご存じの方がおられましたら、是非ともご教示いただきたいと存じます。

なお、本家サイトの同コーナーでの方針として、いわゆる 「秘匿基地」 と呼ばれる戦時急造の航空基地で、計画のみ、あるいは途中で工事中止となり放棄したり終戦までに完成しなかったものについては、日米の詳細データが揃ってるもの以外は、これまでどおり基本的に含めないことにしております。

例えば、「小禄」 近傍で工事途中に放棄された 「与根」 航空基地予定地などです。

AB_Koroku_photo_1945_02_mod.jpg
( 米軍により小禄基地上空から撮影された与根航空基地予定地跡 (奥) )


これにて南西諸島所在の旧海軍航空基地を全て終りましたので、この後他の地域と同様に南西諸島所在の旧陸海軍航空基地の概観一覧ページを作成したいと思っています。

この旧陸軍の基地の内、「沖縄北」は本来は旧陸軍の基地ですが、旧海軍との共同運用であり、また旧海軍も本基地に航空隊司令部に準ずる通信施設なども置いておりましたので、本基地の詳細については他の旧海軍の航空基地と同様に1ページを作成することで考えていますが ・・・・ ?


posted by 桜と錨 at 14:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと

2019年04月26日

4月25日付 『朝雲新聞』


『朝雲新聞』 の 「世界の新兵器」 コーナーで艦船シリーズとして4ヶ月毎に掲載していただいてる私の第9回目で 「平成」 最後の記事となります。

今回はいつもの戦闘艦艇ではなく、現在同型艦4隻が順次建造中の英国海軍の高速艦隊給油艦 「タイド」 級についてです。

#9_h310425_Tide_m.jpg

満載排水量で3万8千トンという大型艦ですが、補給艦ではなく給油艦に特化したところに特徴があるといえます。

しかしながらこの 「タイド」 級、設計自体は英国なんですが、建造は4隻一括で韓国3大造船メーカーの一つである 「大宇造船海洋」 に発注したのです。

韓国で建造された戦闘艦艇については、これまで様々なトラブルの発生が伝わってきておりますが、案の定というか、本級でも1番艦の艤装中に機関関係の不具合が見つかり、これの解決ために1番艦と2番艦の就役が約半年遅れてしまいました。

もちろん原因は、設計自体にあったのか造船所側にあったのか、の詳細は不明ですが (^_^;

現在3番艦までが就役しており、就役後についてはこれまでのところ大きなトラブルの発生は生起していないようです。

上で「英国海軍の」と言いましたが、正確にはご存じのとおり、英国海軍における補助艦艇は全て 「英国海軍艦隊補助部隊」 (RFA、Royal Fleet Auxiliary) という海軍自体とは別の組織に属し、武器等担当の少数の海軍軍人が乗り組む以外は、民間人の手によって運航されています。

このため本級も正規の 「軍艦」 ではありませんので、軍艦旗の 「ホワイト・エンスン」 ではなく、商船用の 「ブルー・エンスン」 の一種を掲揚しています。

RFA_ensign_s.jpg

この RFA は米国の 「軍事海上輸送軍団」 (MSC、Military Sealift Command) に似た組織で、作戦時には配属された艦隊の指揮下に置かれます。 そして、MSC は非武装であるのに対して、RFA は平時から武装しているところに大きな違いがあります。

そして皆さんご存じのとおり、1982年のフォークランド紛争においてアルゼンチンに占領されたフォークランド諸島の奪回のため、英国海軍は大遠征を行って大きな犠牲を払いながらも見事にこれを完遂した訳ですが、この大遠征の作戦を支えたのがこの RFA でした。

何しろ世界に誇る豪華客船であるあの 「クイーン・エリザベス2世」 や 「キャンベラ」 を徴用してまで運用したのですから。

posted by 桜と錨 at 20:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと

2019年04月21日

南西諸島所在の旧海軍航空基地


遅くなりましたが、先ほど本家サイトの今週の更新として、『旧海軍の基地』 コーナーにて、「種子島」 「古仁屋」 「石垣 (第一、第二)」 「宮古」 の5基地を追加公開し、既に公開している 「喜界島」 及び 「南大東」 の内容を更新しました。


因みに、↓ は宮古島の旧海軍の 「宮古」、旧陸軍の 「宮古中」 と 「宮古西」 の3つが写っている珍しいものです。

AB_Miyako_photo_1945_03_mod.jpg
( 手前から平良市街、「宮古」、「宮古中」、そして奥右端に 「宮古西」 )

これのほぼ反対側からの写真は旧陸軍の基地の時にご紹介する予定にしています。


これにて、南西諸島所在の旧海軍基地の残りは、あと沖縄本島の 「小禄」 と 「佐敷」 の2つです。

この2つが終わりましたら、南西諸島所在の旧陸海軍航空基地一覧を作成したいと考えております。

posted by 桜と錨 at 23:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと

2019年04月17日

独り言


久々に独り言を呟いてみる (^_^)

日本海軍は93式魚雷の他に駆逐艦用の短射程高速魚雷を作ろうとしていた

う〜ん、それを 「ニコニコ」 とか言うところで聞いたからというなら、そこで聞けば済むことじゃないのかなあ 〜

おそらく 試製 F のことかと。


(16日 追記) : ちょっと笑い話のような回答があったようですので

旧海軍での酸素魚雷の開発においては試製A〜Gが計画されました。

試製Aが九〇式を酸素化した巡洋艦用を狙って開発され、これが後に九三式魚雷一型となって実現、駆逐艦用としてこれの射程を犠牲にして高速化を狙ったのが試製Cですが、試製Aで手こずっている間に先に試製Fが進んだので、主機関の試作までで開発中止。

この試製Fがタービンエンジンを使用して雷速55〜60ノットを狙った、まさに “駆逐艦用の短射程高速魚雷” で、試作実験で所望の高速を得るところまで行ったのですが、開戦の結果として引き続いての実用化への開発は中止されました。


質問の話は別の話が又聞きの又聞きで内容が実際のものからだいぶズレてしまったものなのではないかと推察

キチント調べずにネット情報を自己流に解釈するとこうなるんでしょうねえ (^_^)

まあ、聞きたい人が自由に書き込み、言いたい人が自由にレスできるのが、当該某巨大掲示板の良いところでもありますので、これはこれで良いのでしょうね。


posted by 桜と錨 at 00:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと

2019年04月14日

『朝鮮半島の旧陸海軍航空基地』 一覧ページ更新


今週の本家サイトの更新は、『旧海軍の基地』 コーナーで既に公開しております 『朝鮮半島の旧陸海軍航空基地』 一覧ページに、旧陸軍の 「海雲台」 「密陽」 「泗川」 「晋州」 及び 「木浦」 の5基地を追加しました。


Army_AB_Kaiundai_map_1945_01_s.jpg
( 1945年版の米軍地図より海雲台航空基地 )

とは言っても、それなりのデータが揃っているのは戦後に 「釜山国際空港」 となった 「海雲台」 のみで、他の4基地については残された旧陸軍の史料はほとんどありません。 特に 「密陽」 及び 「晋州」 の2つについてはその所在場所さえ判りません。

しかしながら当面はこれ以上のデータは出てこないと思われますので、これにて朝鮮半島の一覧ページは一区切りといたしたいと思います。

もしこれらの基地についてご存じの方がおられましたら、是非ともご教示下さい。

posted by 桜と錨 at 14:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと

2019年04月07日

制服を着た能吏が現場に出ると (補足)


旧海軍及び海自の船乗りのことにはあまり詳しく無い方もおられると思いますので、先の件について少し補足を。

旧海軍時代から、船乗りの躾けとして厳しく言われてきたことの一つに艦の 威容の保持 というものがあります。

これも個艦でのことも大変多岐にわたりますが、当然部隊、則ち艦隊や戦隊などでのことも含まれます。

個艦での事についてはそれこそ極めて多岐にわたりますが、その内のいくつかは出版物などでも語られておりますし、また本ブログでかつて連載した 『艦船乗員の伝統精神』 の中でも出てきますので参考にしてください。


また海自関係の方々であれば、護衛艦隊の 『艦艇勤務基本しつけ集』 『術科しつけ集』、あるいは海上幕僚監部が出した 『シーマンシップのかん養』 などはご存じかと思います。 ( これらの中で旧海軍から伝わるものが十分に網羅されている訳ではありませんが )


そして部隊でのことになりますとこの 「威容の保持」 のためには特に 斉一 ということが求められます。

これは、一つの港や作業地などに停泊中は、その威容の保持について 旗艦又は最先任艦に合わせる ことになりますし、航海中も同じです。

例えば、艦旗掲揚・降下はもちろん、停泊燈の点灯・消灯、武器やハッチなどの覆の掛け外し、などなどです。

つまり何かを行う場合には、全体が一斉に行い、全体が同じ見かけになっていることが求められる のです。

したがって、港内で桟橋に横付けしている場合や前後浮漂繋留している場合には、それぞれ全艦が同じ向きになるようにすることは言わずもがななことです。

ですから、この呉での様なことなどは “余程の理由が無い限り” あり得ないことになります。

0005067_mod.JPG

では、この時にその様な “余程の理由” と事情があったのでしょうか?

この状況を見る限りでは、その様なことはまず無かったし、その様なことをさせる事情も無かったと言えるでしょう。

海自の定係港では、そこを母港とする艦艇以外が入港する時には、その艦艇に優先的に桟橋を割り当てるのが “常識” となっています。

ですから、もしこの例の 「こんごう」 「むらさめ」 (おそらく 「むささめ」 は 「こんごう」 のために) のように左舷横付けが必要である場合には、当然のこととして桟橋の南側 (右側) が割り当てられますし、もし桟橋に直づけが必要ならば、既にいる艦艇は係留替えして (場合によっては沖で錨泊して) 当該場所を空けるようにします。

他艦も巻き込む手間暇になりますが、それが “伝統” であり “威容の保持” なのです。

ところがこの例のような指揮官所掌事項でこの様なことをすると、それがなし崩しなり、それを発端に艦船乗員の末端に到るまでの全ての “躾け” が崩れて行くことになります ( いえ、実際に既にかなりのことが崩れてきてしまっているのですが )。

艦艇乗員からすれば “何だそんなのでいいのか” “一体どこが斉一 ・ 威容の保持だ” となる訳です。

したがって、各級指揮官自らが “襟を正して” 行くことが重要 なのです。


ここでご来訪の皆さんにお尋ねします。

港に停泊する場合は直ぐに出港できるように 「出船」 とすることが常識であり、またその様に躾けられてきました。

ところが、ここ呉のE及びF桟橋、そして佐世保の立神岸壁などでは従来から 「入り船」 としてきております。

この理由が何故かお判りでしょうか?


posted by 桜と錨 at 16:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと

2019年04月06日

制服を着た能吏が現場に出ると


本家サイトの方でいつもお世話になっている HN 「脇」 さんからご紹介をいただきました。

0005067_mod.JPG

いや〜、これは酷いですね。 平気でこんな事をやる指揮官達がいるのかと思うと、海上自衛隊も情けない組織になったものと嘆かわしい限りです。

“伝統の継承” ? 海自がモットーとして掲げるこれはあれですかねえ、今では 「伝統の継承が “できたらいいねえ”」 という意味なんでしょうね。

旧海軍の時から船乗りの躾として、天幕の紐一本でさえ厳しく指導され、“スマートネス” “威容” を保つためには手間暇を厭わない、とされてきたものは一体何だったのかと。

やはり内局の役人に一佐以上の補職・昇任の人事を握られ、彼等の覚えめでたさが重要と考える “制服を着た能吏達” と、それを見て育つ若い有能な者達が現場に出てくると組織もこうなるという見本ですね。

先の候補生学校の卒業式最後を飾るべき出港においても、あのお粗末さ、みっともなさ。

何というか、海上自衛隊はもう船乗りの世界では無くなってしまいましたね。

posted by 桜と錨 at 10:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと

2019年03月24日

パガン航空基地


先週の本家サイトの更新はちょっと欲張って 『旧海軍の基地』 コーナーでマーシャル諸島所在の海軍航空基地の残り全てを一応網羅いたしましたので、今週はマリアナ諸島の 「パガン基地」 1つの追加です (^_^;


AB_Pagan_photo_1943_01_m_mod.jpg
( 1943年の米潜水艦による偵察写真より )

パガンてどこにあるの? パガンな〜い。

というダジャレが出てきそうなくらい、同コーナーのリストではこのパガンの上にあるテニアンやトラックに比べると遙かにマイナーですが、逆にこういう基地のご紹介も珍しくてよいかと。

とは言っても、この基地、元々が戦前に不時着陸兼中継基地用として建設され、また大戦中もその様に運用されたこともあり、詳細はよく判りません。 このため、ちょっと図・写真などは少ないものとなりました。


なお併せて、本家サイトの掲示板で HN 「かず」 さんからお尋ねのあった串良基地について、折角の機会ですので地図及び写真について追加更新しました。

AB_Kushira_map_1945_01_m_mod.jpg

AB_Kushira_photo_1945_01_m_mod.jpg

posted by 桜と錨 at 16:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと

2019年03月18日

マーシャル諸島所在の旧海軍航空基地


今週の本家サイトの更新用ページをちょっと欲張って作っていたのですが、持病のギックリ腰のためもあってなかなか思うように進まず、日付が変わってこの時間になってしまいました (^_^;

本家サイトの 『旧海軍の基地』 コーナーで 「ウオッゼ」 と 「ヤルート」 ページを作成し公開しましたので、今週の更新は、折角ですのでこれを機会に残りのマーシャル諸島所在の旧海軍の航空基地を追加することにしました。

「ミレ」 「メジュロ」 「マロエラップ」 「ロンゴラップ」 とケゼリン環礁の 「ケゼリン」 「エビジエ」 「ルオット(ロイ)」 の7基地です。

Marshall_sat_h31_01_mod.jpg


これにてマーシャル諸島は一応全て網羅しました。

ただし、「メジュロ」 と 「ロンゴラップ」 は現在のところ日本側及び米側の史料ともに航空基地データが全く見当たりませんので取り敢えずの “暫定版” です。

その他の基地についてもまだまだ荒削りですので、今後時間を見ては修正していく予定にしています。

なお、併せて既に公開している 「エニウェタック」 について修正を加えております。

これらの航空基地について、特に 「メジュロ」 と 「ロンゴラップ」 について、情報をお持ちの方がおられましたら、是非ともご教示いただけるようお願いいたします m(_ _)m


それにしても不思議なのは、ケゼリン環礁の 「エビジエ」 と 「ルオット」 は戦前に開設されたのですが、何故か旧海軍の航空基地リストにありません。

また、昭和12年及び14年に行われた内南洋の航空基地適地調査でも調査そのものは行われたはずなんですが、この2つの基地についてはその調査結果では採り上げられなかったんです。

う〜ん。

posted by 桜と錨 at 01:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと

2019年03月10日

ヤルート航空基地


本家サイトの今週の更新として、前回 『旧海軍の基地』 コーナーに 「ウオッゼ航空基地」 を追加公開しましたので、折角の機会ですから、同コーナーのリストで一つ上にあり、かつ地理的にも近い 「ヤルート航空基地」 を追加公開しました。

AB_Jaluit_photo_1943_02_m_mod.JPG

  http://navgunschl2.sakura.ne.jp/bangai/IJN_Nav_Base/Nav_Air_Base_list.html
  http://navgunschl2.sakura.ne.jp/bangai/IJN_Nav_Base/071A_Jaluit.html

ここはヤルート環礁の中のイミエジ島にあった大艇及び水偵用の水上基地で、正式名称は 「ヤルート」 なんですが、ヤルート環礁、ヤルート島との混同を避けるためもあって、海軍部内の文書でも所在地名を採って 通称 「イミエジ」 としているものも多いです。

そして南方諸島の他の島々の基地と同じく、米軍の直接侵攻を受けなかったところは、制空権を奪われ、補給を絶たれた結果、終戦までの状況は似たり寄ったりとなったところの一つです。

posted by 桜と錨 at 13:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと

2019年02月24日

ウオッゼ航空基地


本家サイトの更新は暫く空きましたが、Facebook にて FBF さんによるウオッゼ島の遺骨収集を兼ねた慰霊訪問のことが話題に出ましたので、折角の機会ですから 『旧海軍の基地』 コーナーにて 「ウオッゼ航空基地」 のページを追加公開しました。


AB_Wotje_photo_1941_01_m_mod.JPG
(昭和16年概成直後のウオッゼ航空基地全景)

同航空基地は昭和16年に陸上・水上の両用基地として建設されましたが、この時に囚人で編成された 「赤誠隊」 が投入されたことで知られています。

また同島は太平洋戦争における南方戦線の小島守備隊の例に漏れず、米軍の直接侵攻から取り残されたことにより、終戦までに空襲・艦砲射撃による戦死者に加えて多くの餓死者が出たことでも知られ、今なお多数の軍人・軍属の方々の遺骨がそのままとなっているところの一つです。

posted by 桜と錨 at 14:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと

2019年02月15日

『世界の艦船』 3月号増刊 『戦艦「扶桑」型/「伊勢」型』


もう店頭に並んでいるところがあるかも知れません。 18日に発売予定となっている3月号増刊は 「 傑作軍艦アーカイブ 7 」 の 『 戦艦「扶桑」型/「伊勢」型 』 です。

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編集部さんの努力によって、素晴らしい84ページもの写真ページや終戦直後のカラー写真などに加え、本文記事も著名な方々が揃い、日本戦艦に興味のある方は是非一冊お手元においておいて損はない出来になっていると思います。

その本文記事中で、私も次の項を担当させていただきました。

   「 扶桑型/伊勢型のメカニズム A 兵装 」

高角砲や機銃などの詳細については、既に出されてきた 「金剛」 型や 「長門」 型などと重複するところがありますので、これらについてはその装備などを簡潔に記述させていただき、後半にこの 「扶桑」 型及び 「伊勢」 型の砲戦能力について述べさせていただきました。

また、「伊勢」 型が航空戦艦に改造された時に搭載された噴進砲についてもこの機会にご紹介させていただきました。


旧海軍は、米英との太平洋戦争の開戦に当たり、その冒頭に空母機動部隊を以て奇襲攻撃を行ない、かつその後も中途半端な作戦を継続するなど、用兵及び戦略を誤るという大失敗をおかしてしまいました。

確かに、海上航空戦力というのは “近い将来においては” 戦艦に替わって海戦の主役になって行くであろう事は、航空機と空母の発達に鑑みれば “想定できる” ことではあります。

しかしながら、今日・明日に行う現実の戦争においては、その “近い将来においての思想” で戦うものではなく、今現在持てるもの全てを最善活用して 戦わなければなりません。

つまり、旧海軍は日本の戦備及び国力のあらゆる点からして、米国とはとても比較にならない、最も不得意とする航空戦力をもって始めてしまいました。

しかも、早期講和を目指すとしながら、何らその見込みも具体策も持たないままに。

結果はご承知のとおりです。 戦力・国力からして初めから勝てる見込みのない戦争をするわけですから、同じ勝てないにしてももう少しやり方があったはずです。

( いえ、山本は近衛に対して 「絶対にやってはダメ」 と強硬に主張するべきでした。 「やれと言われれば半年や一年は暴れてみせましょう」 などは絶対に言ってはならないことだったわけで ・・・・ )

戦後になって、旧海軍の用兵者達がいつまでも大艦巨砲主義にとりつかれて思想・用兵の転換が遅れた、などとおかしな批判をする人がいまだに多く見られます。

それが訳知り顔をした、結果を知った上での後知恵の意見に過ぎないことは明らかでしょう。

今回のテーマである 「扶桑」 型/「伊勢」 型の4隻などは、この太平洋戦争における旧海軍の誤りによって戦力として全く活用されることのないまま終わってしまいました。 大変に惜しいことであり、返す返すも残念なことであったと言えるでしょう。

書店の店頭で見かけられた時には是非手にとってご覧下さい。

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2019年02月03日

旧陸軍の苫小牧飛行場


先週お話ししましたように、ここ苫小牧にあった競馬場は戦前から旧陸軍によって演習時などで臨時の飛行場として使用され、次いで不時着陸場となりましたが、昭和18年頃に飛行場として整備されたとされています。

しかしながら、旧陸軍の史料そのものにはここが苫小牧陸軍飛行場となったと記述されたものが出てきません。

また 「苫小牧市史」 などでも飛行場としての整備がなされたとはされていますが、その具体的な概要や終戦までの運用状況などは書かれていないようです。

そして国土地理院が公開している終戦後の米軍撮影写真でも、飛行場跡らしいものはわかりません。

では、不時着陸場のままであったのか? というとそうとも言い切れないようです。

例えば、1945年に作成された米軍情報資料では、ここは1944年の情報に基づく 「Tomakomai Landing Ground」 としてリストアップされ、次のようなレイアウト図も掲載されています。

Army_AB_Tomakomai_layout_1945_01_mod_s.jpg

これを先にご紹介した1945年版及び1946年版の米軍地図と重ねると、大凡次のようになります。

Army_AB_Tomakomai_map_1945_01_mod_s.jpg
( 1945年版に重ね合わせ )


Army_AB_Tomakomai_map_1946_01_mod_s.jpg
( 1946年版に重ね合わせ )


ご覧いただければお判りのように、単純に元競馬場を滑走路に作り替えただけ、というものではなく、もっと大規模なものです。

ただし、当該飛行場に関する旧陸軍の史料そのものが出てこない限り、今のところ不時着陸場のままであったのか、正式な飛行場であったのかは判断しかねるところです。

ご覧いただいた皆さんからの情報に期待する次第です。

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2019年01月27日

北海道所在の旧陸軍航空基地データ更新


本家サイトの今週の更新は、更新と言えるほど新しいコンテンツの作成が進みませんでした (^_^;

取り敢えず、『旧海軍の基地』 コーナーで既に公開しました 『北海道所在の旧陸海軍航空基地』 について、1946年版の5万分の一の米軍地図が入手できました 「札幌 (民)」 (旧札幌空港)、「札幌」 (現丘珠空港)、及び 「白老」 の3基地につきましてポップアップ・データを更新しました。



なお、北海道地方での懸案の一つとなっています 「苫小牧」 ですが、1945年及び1946年版の米軍地図でも不時着陸場としても含めて飛行場としての記載はありません。 現在のところ、少なくとも終戦時にどこまで旧陸軍として使用されていたのか、確たるものが出てきませんので、本一覧ではまだ保留のままとしております。

Army_AB_Tomakomai_map_1945_01_s.jpg
(1945年版の米軍地図)

Army_AB_Tomakomai_map_1946_01_s.jpg
(1946年版の米軍地図)

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2018年12月30日

九州地方所在の旧陸海軍航空基地一覧


本家サイトの今年最後の更新をしました。

『旧海軍の基地』 コーナーにて 『九州地方所在の旧陸海軍航空基地概観』 の暫定ページ を追加公開です。

   http://navgunschl2.sakura.ne.jp/bangai/IJN_Nav_Base/Nav_Air_Base_list.html
   http://navgunschl2.sakura.ne.jp/bangai/IJN_Nav_Base/000A_13_Kyushu_AB.html

Kyushu_AB_List_sat_h30_01_mod_s.JPG

一覧図のポップアップは全て設定済みですが、各基地の概説欄はまだ途中です。

旧陸軍のポップアップ・データの内、写真については全て戦時中のものを選んでおりますが、良いものがなかなか揃いません (^_^;

同コーナーでは後は南西諸島と台湾が残っておりますが、これらは年が変わってからボチボチとコンテンツを作ることにしております。

その前に本家サイトはご来訪60万名達成の記念感謝企画をまず新年早々からやらなければ (^_^)

posted by 桜と錨 at 21:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと

2018年12月23日

12月20日付 『朝雲新聞』


『朝雲新聞』 の 「世界の新兵器」 コーナーで艦船シリーズとして4ヶ月毎に掲載していただいてる私の第8回目の記事です。

今回はシンガポール海軍最新鋭の沿岸任務艦 (LMV、Littoral Mission Vessel) 「インディペンデンス」 級です。

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本級は8隻が計画され、現在までに5隻が就役、残りの3隻が建造中で、既存の 「フィアレス」 級哨戒艇12隻と順次交代することになっています。

満載排水量僅か1300トンですが、沿岸域での多用途任務遂行を企図した設計で、しかも小型の割には装備もなかなか充実しています。

まさに “山椒は小粒で” と言えるでしょう。

そしてシンガポールの置かれた地勢的、政治的な環境からするならば、小国海軍としてよく考えられた艦型、艦種であると思います。


機会があれば (何せ、業界紙なもので (^_^; ) 是非紙面をお読み下さい。 

posted by 桜と錨 at 13:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと

2018年12月14日

『丸』 1月号別冊 『 日本の戦艦 大百科 』


そろそろ書店に並ぶことと思います。 月刊誌 『丸』 の1月号別冊は 『 日本の戦艦 大百科 』 です。

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この中で私も次の2つを書かせていただきました。

  『 帝国海軍戦艦建造史 』
  『 主砲メカニズム解説 』

前者は近代戦艦の誕生に始まって、日本海軍で建造された戦艦のうち、「金剛」 型以降について概観したもので、当該稿の後に続く各艦型の記事をお読みいただくための序論としての位置づけですが、これまで技術者視点で語られてきたものとは少し異なり、用兵者としての視点を入れてみました。

例えば、かの有名な 「ドレッドノート」 は就役時点ではそれほど高く評価する程のものでは無かったことや、「扶桑」 型及び 「伊勢」 型はこのド級型艦、即ち単一口径の大口径砲主義としての完成形であったこと、あるいは 「大和」 型は船体設計においてこれまで言われてきた以上に大きな問題があったことなど、その理由とするところを述べております。

また後者は14インチ砲、41センチ砲及び46センチ砲の3種について、その砲身、砲塔、弾火薬について解説しております。

特に、「九一式徹甲弾」 というのは太平洋戦争開戦前後の時期には既に存在しなかったことなどについては留意していただければと。

どちらもこれまでには無かった内容と自負しております。 書店で見かけられた時には是非手にとってご覧いただきたいと思います。

posted by 桜と錨 at 20:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと

2018年12月10日

中国・四国地方所在の旧陸海軍航空基地一覧


昨日の本家サイトの更新は日付が回ってしまいましたので、遅くなりましたが改めてこちらで。

年末のバタバタで本家サイトの更新が滞っておりますが、かつ先の記事でもご紹介したとおり今週末は一泊二日で三机での九軍神慰霊祭に行っておりました。

何とか昨晩更新をしまして、これまでに続き『旧海軍の基地』コーナーに 『中国四国地方所在の旧陸海軍航空基地一覧』 ページを追加しました。

Chugoku_Shikoku_AB_list_sat_h30_mod_s.jpg

http://navgunschl2.sakura.ne.jp/bangai/IJN_Nav_Base/Nav_Air_Base_list.html
http://navgunschl2.sakura.ne.jp/bangai/IJN_Nav_Base/000A_12_Chugoku_Shikoku_AB.html

この地方は旧陸軍関係は6飛行場しかありませんで、ポップアップ・データの作成はその分楽です (^_^;

なお、前回同様に戦後も航空基地や空港として残っている (いた) 旧陸軍の3個所については概説の欄で 『航空路図誌』 からのものをご紹介しています。

特に旧高松空港は移転直前のものですので、今となっては珍しいのではと思います。

このコーナー、次は順番で九州地方を予定していますが、ここはちょっと面倒くさいですね、特に旧陸軍関係は (^_^)

posted by 桜と錨 at 13:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと