2018年10月14日

『 東北地方所在の旧陸海軍航空基地 』


本家サイトの更新が滞っていますが ・・・・

『旧海軍の基地』 コーナーに 『 東北地方所在の旧陸海軍航空基地 』 の概要一覧ページを追加公開しました。

   http://navgunschl2.sakura.ne.jp/bangai/IJN_Nav_Base/Nav_Air_Base_list.html
   http://navgunschl2.sakura.ne.jp/bangai/IJN_Nav_Base/000A_08_Touhoku_AB.html

Touhoku_AB_List_sat_h30_01_mod_s.JPG

日米の史料を付き合わせて、基地の位置と概要の整合が取れるところをピックアップしております。

東北地方は基地数が多くありませんので、暫定ページではなく、一応この形で完了とします。 今後は残った旧海軍基地個々の詳細ページを追加していく予定にしています。

例によって、一覧図の基地名にカーソルを当てていただくと当該基地のデータがポップアップするようにしております。


それにしても不思議なのは旧陸軍の 「淋代飛行場」 です。 ここは米軍史料では地図や写真も含めたデータがあるのですが、肝心な旧陸軍側のものが全く出てきません。

もちろんここは 「ミス・ビードル号」 の太平洋無着陸横断飛行の出発地として知られる淋代海岸に設けられた臨時滑走路とは全くの別のものです。

情報をお持ちの方がおられましたら是非ご教示をお待ちしております。


次は北陸・中部地方に手が付けられるか ・・・・ ?

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2018年09月23日

旧海軍の釧路不時着陸場


本家サイトの 『旧海軍の基地』 コーナーで 『北海道所在の旧陸海軍航空基地一覧』(暫定ページ) を公開したところですが1つ抜けていましたので、一覧図をこれを追加したものに更新しました。


Hokkaido_AB_sat_h30_01_mod2_s.JPG

旧海軍の釧路不時着陸場です。 昭和7年に根室不時着陸場と共に北海道庁より移管を受け、本土から千島方面への飛行ルート上に樺山、広尾、釧路、根室と連なるものとして計画されたものですが、その後の状況については不詳です。

AB_Kushiro_map_1932_01_s.JPG
( 昭和7年に作成された移管候補地の位置図 )

ただし、大戦中には米軍史料でも Emergency Landing Ground とされており、終戦時の地図などでも記載されているところです。

AB_Kushiro_map_1945_01_s.JPG

また旧陸軍及び米軍の撮影写真でも確かに写されたものがあることから、大戦時にも何らかの形で使用されたものと思われますが ・・・・

Army_AB_Kushiro_photo_1944_01_s.JPG
( 昭和19年に旧陸軍が撮影したとされる写真より )

終戦時に作成された連合軍に対する旧海軍関係の引渡し史料にも出てきません。

旧陸軍のものなら省略しても良かったのですが、旧海軍のものですので一応データとして追加することにしました。

Army_AB_Kushiro_sat_h30_01_mod_s.JPG
( Google Earth より現在の衛星写真 )

なお、当該不時着陸場については後日改めて解説ページとして纏めて 『旧海軍の基地』 コーナーでご紹介するつもりにしております。


posted by 桜と錨 at 13:11| Comment(2) | TrackBack(0) | 海軍のこと

2018年09月17日

北海道所在旧陸海軍航空基地一覧の暫定ページ


暫く間が開きまして、かつ一日遅れの本家サイトの定期更新ですが、『旧海軍の基地』 コーナーに 『北海道所在の旧陸海軍航空基地一覧』 の暫定ページをUPしました。

  http://navgunschl2.sakura.ne.jp/bangai/IJN_Nav_Base/Nav_Air_Base_list.html
  http://navgunschl2.sakura.ne.jp/bangai/IJN_Nav_Base/000A_07_Hokkaido_AB.html

Hokkaido_AB_sat_h30_02_mod_s.jpg

日米の史料を付き合わせて、基地の位置と概要の整合が取れるところをピックアップしております。

例によって、一覧図の基地名にカーソルを当てていただくと当該基地のデータがポップアップするようにしていきますが、取り敢えず旧陸軍の浅茅野第一、同第二、旭川及び沼ノ端の4つを設定しております。

各航空基地の概要説明なども含め、今後順次追加していく予定ですが、当面は旧陸軍のもののポップアップ・データから進めていきます。

できれば東北〜台湾までの暫定ページを作り、その後に外地の地域別が出来ればと思っていますが ・・・・

posted by 桜と錨 at 19:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと

2018年09月02日

「大和」 型の船体強度の問題 (1)


先日、「大和ミュージアム」 館長の戸高氏と雑談をしていた時のことです。

私 : 「大和」 と 「武蔵」 の潜水調査の映像を見て、その船体の折れ方が驚くほどよく似ているんですよね。

戸高氏 : それは私も感じたところです。

私 : 被害や沈没の状況が異なり、かつ主砲塔や主砲火薬庫の爆発もなかったのに、両艦とも同じように船体が3つに折れている。 やはり船体構造に問題があったということでは?

戸高氏 : それはあり得ることかもしれません。


さて、私は常々 「大和」 型の船体構造については大きな疑問を持っていたのですが、今回の両艦の潜水調査の映像を見てそれを確信した次第です。


前回の 「主砲塔バーバットの疑問」 でもお話ししましたように、潜水調査から判明した事実は “主砲塔内の徹甲弾も主砲火薬庫の装薬も爆発 (完爆) していない” ということです。

これは両艦の主砲塔バーベット、そしてその内側にある円形支基 (リング・サポート) が綺麗に残っていること、そして分断された砲塔各部の映像からは爆発・火災の跡は見られないことなどが明らかな証拠です。


では、なぜ 「大和」 も 「武蔵」 も同じように3つに折れているのでしょうか? しかも爆発説さえない後部でも。

そうです、これは 「大和」 型の船体構造の問題に帰結されると言えます。

この問題点についてこれから少しお話しをしたいと思います。


( このことは、昨年放映されたNHKさんの 「ドキュメント 戦艦武蔵の最後」 の制作の時にプロデューサーさんには強く申し入れたのですがこれは採用されず、結局 “主砲塔爆発” という一般視聴者に見栄えの良い形に纏められていることはご存じのとおりです。)

(続く)

posted by 桜と錨 at 21:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと

2018年09月01日

8月30日付 『朝雲新聞』


『朝雲新聞』 の 「世界の新兵器」 コーナーで艦船シリーズとして4ヶ月毎に掲載していただいてる私の第7回目の記事です。

今回はさる5月に進水した韓国海軍の強襲揚陸艦 「馬羅島」 です。

Asagumo_h300830_Marado_m.jpg

ご承知のとおり、本艦は 「独島」 型の2番艦に当たりますが、その 「独島」 は搭載するHSの選定・調達の遅れは勿論のこと、艦そのものも信じられないトラブル続きで現在もなお実戦配備にはほど遠いと言われています。

これもあって、この 「馬羅島」 は 「独島」 から実に13年目、2番艦とは言いながらシステムなどは一新されており、実質的に改独島型となっています。

しかも、当初言われていた2番艦は 「独島」 より大型となり、かつ航空運用能力も強化されたものとなるのではとの観測がありましたが、結局新型艦建造によるリスクを冒さずに手堅く 「独島」 を改良・改善した形となったことは、この 「独島」 の就役後の状況を反映したものと言えるでしょう。

2020年中に就役するとされていますが、さて、本来なら 「独島」 で実現するはずだった性能・能力を発揮できるのでしょうか。

この意味からも今後が注目されるところです。

posted by 桜と錨 at 17:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと

2018年08月31日

旧陸軍の木浦飛行場


先日本家サイトの 『旧海軍の基地』 コーナーにて 『朝鮮半島の旧陸海軍航空基地』 の一覧をUPし、これについては本ブログでもご紹介したところです。

  http://navgunschl2.sakura.ne.jp/bangai/IJN_Nav_Base/Nav_Air_Base_list.html
  http://navgunschl2.sakura.ne.jp/bangai/IJN_Nav_Base/000A_06_Korea_AB.html

この中で最後まで入れるか入れないか迷ったのが、旧陸軍の木浦飛行場です。

ここは、旧陸軍の史料では南北に走る滑走路が約3km隔てて長さ1800mの第1滑走路と1500mの第2滑走路の2本あったとされています。

これについては手書きのラフな位置図が残されています。

Army_AB_Moppo_IJA_location_01_m.jpg

ただ、これを元に現在の衛星写真と重ねてみると ・・・・

Army_AB_Moppo_sat_h30_02_mod_m.jpg

第1滑走路の推定位置にはそれらしい地形は全く見当たりません。 本当にこれであっているのか ・・・・ ?

第2滑走路は現在の木浦飛行場から北へ800mほどずれた位置までそれらしいところ (進入誘導灯が置かれています) が見られます。 とすると現在の飛行場は元の第2滑走路跡というよりは、ほぼ新しいものとして建設されたと言うことになります。

また、これら飛行場については米軍の史料及び戦後の米軍地図などでも正確な位置及び飛行場のレイアウトなどは全く出てきません。

そして何故か現在の木浦飛行場でさえ1962年(1999年改訂)版のTPCや1972年(2000年改訂)版のOCNでは飛行場としての表示はありません。

これらのことから、結局UPした一覧からは外しました。

あったのは間違いありませんが、もう少し確たる情報が出て来た時に改めて付け加えたいと思っているところです。

posted by 桜と錨 at 10:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと

2018年08月17日

『世界の艦船』 9月号増刊


もう書店に並んでいることと思います。 『世界の艦船』 の9月号増刊 (通巻第885号) は 『傑作軍艦アーカイブ E 英戦艦 「キング・ジョージ5世」 級』 です。

SoW_No885_cover_s.jpg

本文記事の中で、私も次の項を担当させていただきました。

「キング・ジョージ5世級のメカニズム A 兵装」

本シリーズの他の号と同様に 「キング・ジョージ5世」 級5隻の兵装とその変遷の概要ですが、今回は特に用兵者の視点から少々辛口の評価をしております。

本級はその特異な兵装で知られている反面、太平洋戦争初頭のマレー沖海戦においてその2番艦である最新鋭の 「プリンス・オブ・ウェールズ」 が 「レパルス」 と共に旧海軍の中攻隊の攻撃によってあっさりと撃沈されてしまい、また大西洋方面ではビスマルク追撃戦などにおいてその主砲は全くの期待外れであったことなどで知られています。

これを含めて、本級では米海軍より一歩進んだ射撃用レーダーを装備したにもかかわらず、その主砲はもとより、対空射撃能力を有する砲塔式副砲も含めた対空兵装もほとんど実用に耐えるものでは無かったことを採り上げました。

総合評価としては、あまりにも中途半端かつ不完全な兵装であったと言えます。 その根本原因は英海軍が第2次ロンドン条約の制約に拘ったことと、計画線表にしたがって建造を急いだことなど、まさに政治的に翻弄されたためで、ある意味では大変に不幸な艦型でした。


本艦型を特集するにあたり、英海軍の艦艇についてはいまだに十分な公式データなどが揃っているとは言い難いものがありますので、他の執筆者の方々も苦労されていたようです。 

編集部さんの方で豊富な写真を揃えてくれておりますので、艦船好きの方でしたら一冊お手元に置いておかれても損はないと思います。

書店の店頭で見かけられた時には是非手にとってご覧下さい。

posted by 桜と錨 at 22:22| Comment(2) | TrackBack(0) | 海軍のこと

2018年08月05日

朝鮮半島所在の旧陸海軍航空基地


相変わらず暑いですね〜 (最近こればっかり (^_^; )

相変わらずバタバタしております、というより暑さで少々バテておりますので、本家サイトの今週の更新は、先週に引き続き 『旧海軍の基地』 コーナーで 『朝鮮半島所在の旧陸海軍航空基地一覧』の頁を公開しました。

   http://navgunschl2.sakura.ne.jp/bangai/IJN_Nav_Base/Nav_Air_Base_list.html
   http://navgunschl2.sakura.ne.jp/bangai/IJN_Nav_Base/000A_06_Korea_AB.html

Korea_AB_list_sat_h30_01_s.jpg

旧海軍の航空基地については既にそれぞれの頁で紹介済みですので、旧陸軍のものが概観出来るようにしました。

例によって当該頁では一覧図の各航空基地名上にカーソルを当てるとそれぞれの基地の概要がポップアップするようにしております。

いずれも日米双方の史料で確認が出来たものをリストアップしております。


この朝鮮半島の旧海軍航空基地も、先の樺太・千島と同じく旧ソ連・ロシアの基地を調べていた結果の副産物です。

その戦後の航空基地で確認がとれた北朝鮮所在のものは現在のところこれ ↓ です。

AB_N_Korea_all_sat_h30_01_s.jpg

そして韓国所在のものはこれ ↓ です。

AB_S_Korea_all_sat_h30_01_s.jpg


う〜ん、残念ながらこれらについてもその詳細を公開する機会は無いかも ・・・・ ?

でも、本当に朝鮮動乱の終戦宣言がなされ、かつ南北朝鮮の融和が図られた時に、北朝鮮はともかく、韓国のこれらの航空基地、特に戦時用飛行場などはどうなるんでしょうね。


さてこの旧陸海軍航空基地一覧のシリーズ、この後少し間が開くかもしれませんが、次はどこにしましょう。 北海道? それとも台湾?

posted by 桜と錨 at 09:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと

2018年08月01日

深田正雄氏 ご逝去


私の尊敬する旧海軍軍人の一人である深田正雄氏が去る7月30日永眠されました。 105歳ですので大変なご長寿でした。 そして最期は文字通り眠るような大往生であられたと伺っております。

ここにご来訪いただく方々にはお名前をご存じない方はおられないでしょうが、深田氏は東北大学在学中に海軍造兵学生となり、昭和11年に卒業と当時に任官されて以後海軍の造兵士官の道を歩まれた方です。

大学での専攻もあって、海軍では電気関係の配置、いわゆる“電気屋”でしたが、この電気というのは艦船のほとんど全てのことに関係してきますので、そのため幅広い知識が求められました。

そのことは本家サイトの 『史料展示室』 コーナーでも公開している 『海軍電気技術史』 に網羅されている内容からも明らかです。

『史料展示室』コーナー目次 :
     http://navgunschl2.sakura.ne.jp/tenji/tenji_main.html
『海軍電気技術史』 :
     http://navgunschl2.sakura.ne.jp/tenji/29-nav_elec_his.html

そしてその電気屋としての知識と経験を基にものされた深田氏の代表作は次の3冊でしょう。

  『軍艦メカ開発物語』
  『造艦テクノロジー開発物語』
  『回顧 海軍十年』

前2作はその名のとおり、海軍の兵器・装備に関する基礎的な解説書ですが、非常に多彩な内容であると同時に、大変判りやすい文章で、この分野に興味のある方々にとっては現在でも格好の入門書であると思います。

Fukada_meca_cover_s.jpg  Fukada_tech_cover_s.JPG

そして3作目は氏の海軍生活の回想録ですが、“技術士官の目から見た海軍” というものをよく表しており、また読んでいても大変に面白く楽しめるものです。

Fukada_kaiko_cover_s.jpg

何よりもこの回想録は、某氏の著作に代表されるような戦後になっての元技術士官達による上から目線での自己の正当性を印象付けるための用兵側に対する嫌みがないのが良いです。 深田氏の健全な人格がよく現れていて好感がもてます。


冒頭にも書きましたように、105歳と言えば相当なご長寿で、しかもこれまでほとんど持病らしいものもなくお元気で過ごされておられました。

私もご縁があってお付き合いいただきましたが、大変に真摯で飾り気や気取ることのないすばらしい方でした。

またお一人、旧海軍を知り、かつある意味支えてこられた方がお亡くなりになられたことは、旧海軍の研究をライフワークとする私としても大変に残念で、また淋しい想いです。

故深田正雄氏のご冥福をお祈りする次第です (合掌)


posted by 桜と錨 at 16:27| Comment(2) | TrackBack(0) | 海軍のこと

2018年07月29日

樺太所在の旧陸海軍航空基地一覧


台風12号に伴う雨は今のところ大したことはありません。 夕方までこのままならば危惧された更なる被害はそれほど出ないかも ・・・・ ?


今週の本家サイトの更新は、『旧海軍の基地』 コーナーに樺太の 「敷香」 及び 「大泊」 の2つの航空基地を追加しました。 併せて 「北緯50度以南の旧陸海軍航空基地一覧」 の頁を作成し公開しました。

Karafuto_Island_AB_sat_h30_mod_s.JPG

   http://navgunschl2.sakura.ne.jp/bangai/IJN_Nav_Base/Nav_Air_Base_list.html
   http://navgunschl2.sakura.ne.jp/bangai/IJN_Nav_Base/000A_05_Karafuto_AB.html

先にもお話ししましたように、千島列島と樺太所在の旧陸海軍の航空基地一覧は、ちょっと所用があって終戦から現在までの旧ソ連及びロシアの極東地域 (一応バイカル湖以東) に所在する (した) 航空基地 (民間飛行場を含む) を調べていた副産物です。

現在まで確認が終わった樺太所在の旧ソ連及びロシアの航空基地はこのように ↓ なります。

USSR_Sakhalin_AB_list_sat_h30_mod_s.jpg

そして現在までに確認が終わった極東所在の旧ソ連及びロシアの航空基地はこのように ↓ なります。

USSR_Far-East_AB_list_sat_h30_mod_s.jpg

( えっ、小さすぎて判らない、ですか? これの詳細はちょっと公開するチャンスは無いかもしれません (^_^; )

もちろんここには、今では既に無くなった基地も含まれております。 また舗装された滑走路がないプロペラ機時代の飛行場、いわゆる離着陸場 (Landing Ground) や不時着陸場 (Emergency Landing Ground) など、そして陸上設備がほとんど無かった水上機基地などは、今となっては概略の場所だけで正確な位置が特定できないものも多くあります。


それにしてもつくづく思うのは、偵察衛星などまだ無かった時代の米軍情報が驚くほど正確だったことです。 これは本当に凄いことです。

そして、私などが現役の頃さんざん苦労して集めたデータが、今では Google Earth でいとも簡単に誰でもその詳細を見ることができます。 良い時代になりましたね。

posted by 桜と錨 at 13:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと

2018年07月15日

旧海軍の航空基地管理


暑いですね〜

豪雨が過ぎ去ったと思ったとたんに一挙に真夏です。 被災された方々や現場で復旧に当たっておられる方々は大変でしょうね。 皆さん頑張って乗り切っていただきたいと思います。


本家サイトの今週の更新は、『旧海軍の基地』 コーナーでのコンテンツの追加・更新に関連して、その中で出てきました旧海軍の航空基地管理について関連する昭和17年10月31日から同20年7月25日までの内令の全てを1つのPDFファイルに纏めたものを公開しました。

kichikanri_p1_s.JPG

   http://navgunschl2.sakura.ne.jp/IJN_houki/IJN_houki_main.html
   http://navgunschl2.sakura.ne.jp/IJN_houki/PDF/Koukuukichi_kanri_nairei_all.pdf

旧海軍の各航空基地の頁を作成するために以前に作っておいたものですが、この機会に皆さんにもご紹介することにしました。

ご存じのとおり、開戦から1年が経つと特設航空隊がどんどん増設され、また常設航空隊も作戦のために本来の原駐基地を離れることが多くなってきました。

これまでは本隊が不在となった航空基地は 「海軍航空隊残留隊令」 によって元々の航空隊の一部が残留隊として残って管理していましたが、これでは本隊の業務管理も面倒ですし、他の航空隊が使う場合などでも不便です。

そこで、常設航空隊も作戦に応じた展開・移動がし易いように、航空隊名も練習航空隊を除いて原駐基地名ではなく特設航空隊と同じナンバー隊名に変更するとともに、これまでの 「残留隊令」 を廃止し、航空基地の管理は専門の基地管理隊又は所属上級部隊の隷下にある陸上部隊に任せることにしたのです。

また、元々が原駐航空隊が置かれていない航空基地も、航空部隊の増設により使用する頻度が多くなってきますと、その維持管理が問題となって来ました。

これが広い意味での 「空地分離」 の始まりとも言えるものであり、今回公開する航空基地管理に関する一連の内令となりました。


しかしながら、こういうものも意外とありそうでなかなか無いんですよね。 戦史叢書や『日本海軍航空史』などでも纏まった内容のものはありません。

各航空部隊と共にこういう基地管理についても旧海軍航空史を考える上では重要だと思うんですが ・・・・

posted by 桜と錨 at 15:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと

2018年07月08日

本家サイトの今週の更新


大雨での被害は我が家付近はほとんど無いのですが、ここの大団地群へ通じる道が全て通行止めとなって陸の孤島化しておりまして・・・・

という訳でも無いのですが、今週の本家サイトの更新は先日公開した 「関東地方所在の旧陸海軍航空基地一覧 (暫定頁) 」 で、場所と状況が特定できない 「千葉飛行場」 を除く旧陸軍の全41基地についてポップアップ表示ができるようにしただけです (^_^;


Kantou_AB_List_sat_h30_mod_s.jpg

旧陸軍の各飛行場についてはそれぞれの専用ページを作る予定はありませんが、一応これだけの情報があればまずは十分かなと。

それにこういう一覧データは出版物でもネット上でもほとんどありませんので、何かの時に参照するのに便利ではないかと思っております。

基地関係では、次は樺太を纏めてみる予定にしております。

実は、千島列島も樺太も別の用事があってちょっと調べ物をしていたのですが、そこでの副産物としてのものです。

posted by 桜と錨 at 14:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと

2018年07月05日

方位と距離の呼称法 (補)


見張の場合の方位及び距離についての基本の呼称法については既にご説明したとおりですが、昔輸送艦の見張員をやっていたという方から次のようなコメントをいただきました。

見張り報告で80(やーまる)とか普通に使ってましたよ? 視界内に入ってきたフネを報告する際に100m1単位でやってました

根拠と言われても「当時そういう報告の仕方を教わって見張り員配置の時にそのままやっていた」としか言いようがありませんが。


先の説明ではあまり細かいことや例外的なことまで言及すると本題の主旨から離れますし、煩雑になりますので、方位や距離の呼称法について “艦橋内でも様々な種類、場合、状況がありますね” ということに止めました。

折角ですから、この海上自衛隊における場合について補足として少しお話しすることとします。


見張の報告における方位及び距離の呼称法については、報告を受ける者が即座かつ直感的に理解できるように、艦首を基準とする左右180度までの相対方位と、目測による大凡の距離をメートル単位で行うのが旧海軍からの基本です。

( ちなみに、いただいたコメントの中にある 「相対角」 というのは旧海軍・海上自衛隊の用語にはありません。 また “見張りの報告” を 「口語」 という言い方もしません。)

もちろん方位にしても距離にしても迅速に目標などの状況を報告するために、羅針儀や測距儀などによる正確な測定ではなく、目で見たところをそのまま伝えるわけです。

ですから、「(距離) 8千」 と言っても極めて “アバウト” なものであることは申し上げるまでもありません。 このため航海科員や見張に付く他科乗員も、出来るだけ正確に目測する練度が要求され、その訓練が重視されていました。

そしてこれには、測距・測的系統や砲戦などにおける正確な方位・距離と明確に区別するための呼称法が定められていたのです。

もちろん旧海軍時代には、伝達は直接の口頭又は専用の伝声管を使用し、測距・測的系統などのものとは区別されていたわけです。

これは戦後に海上警備隊・海上自衛隊になっても基本は同じでした。

ところが、艦橋内 (特に国産艦艇が揃い始めてから) での方位・距離の使用については既にお話ししたとおり、様々な用途や状況でのものがありますので、旧海軍からのものとは見張の報告要領なども多少変化を必要とするようになりました。

その大きな切っ掛けは主として次の2つです。

1.伝声管は補助用として装備されるだけとなり、米軍式の無電池電話 (SP) 系統の一つである JL (見張) 系が主用され、これに CIC も組み込まれており、この CIC の充実と共に見張員にもレーダーによる正確な方位・距離情報が入るようになったこと。

2.測距・測的用の専用の測距儀が装備されなくなり、これに替わって艦橋内に65式66測距儀(基線長66センチ)が常備され、航海科員により手軽に使用されるようになったこと。

これらによって、見張による距離の報告も艦橋内での煩雑さを避ける意味もあって、次第に百メートル単位での呼称法が使われることが多くなってきました。

私の記憶では、確か昭和50年代に入ってからの頃であったと思います。 この頃には当直士官教育でもこれによるところが出てきたはずです。

しかしながら、いずれにしても見張における本来の基本は変わることはありませんが、艦艇における装備の現状による実用上のこととして、艦橋内でのことも次第に変化していくことはあり得ることです。

つまり船乗りが一般的に言うところの “応用動作” の一つですね。

ただし、今現在の海自の 「見張教範」 の記述がこの方式に変更されたのかどうかは寡聞にして知りません。

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前記事 : 「 方位と距離の呼称法 」


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2018年07月02日

方位と距離の呼称法


某所で次の様な質問が出ていました。

艦橋では方位や距離の数字を読み上げたりすると思いますが、その時の数字の読み方について教えて下さい。

その後に続く文章からはおそらく全くの初心者の方かと思いますので、それはそれで仕方が無いのでしょうが ・・・・

一言で “艦橋で” とはありますが、方位や距離の呼称法について “どこの国の” “いつの時代の” “どの様な状況で” “どの様に使う” 場合なのかという前提が全くありません。

旧海軍か海上自衛隊でのことなんでしょうが、それにしてもこの前提がなければ本来は答えられないことではあります。

回答を付けた方々も何故かこれには全く触れておりません。 (まあ某所は質問したい人、回答したいと思う人がそれぞれ自由に書き込むところですので、それでも全く構わないのでしょう。)


旧海軍でも海上自衛隊でも、艦上で “聞き間違いの無いように” 呼称法が決められており、数字などは一般的なものとしての読み方もあります。

よく知られている、一 (ひと)、二 (ふた)、三 (さん)、四 (よん) ・・・・ というのはその代表的な一つですね。

Seamen_nav_text_01_cover_s.JPG
( 旧海軍の水兵さんが航海術について最初に習う教科書 )


しかしながら、見張り、測距・測的、砲戦・水雷戦、操艦・操舵、艦位・位置、時刻やそして測深 (測鉛) 法などではそれぞれの教範類において異なった (独特な) 報告・号令が定められています。

これらはそれぞれその必要があってのことで、これらが随時艦橋内で報告や指示・命令とし飛び交うことになります。

例えば、最も頻度の多いのが見張についてで、これは報告を受けた者がわざわざ羅針儀を見なくとも即座にその場で直感的に分かるように 「潜望鏡、右 (左) 20 (ふたじゅう) 度、(距離) 3千 (さんぜん)、向かってくる」 などとと艦首を中心にして左右180度まで、距離は目測概略のメートル単位又は遠距離の場合はマイル単位 (その場合は○○マイルと言う) で報告します。

よく言われるような百メートル単位は見張では使いません。 これは測距・測的や砲戦などの場合です。

また、艦位・位置でしたら360度法の方位とマイル単位 (2マイル以内ならメートル≒ヤード単位) での報告になりますし、操艦・操舵での方位も360度法で、例えば 「235 (ふたひゃくさんじゅうご) 度、宜候〜」 のようにです。

もちろん、旧海軍でも磁気羅針儀しかなかった古い時代と、転輪羅針儀 (ジャイロ・コンパス) を使い出してからとでは大きく異なってきたことは言うまでもありません。

また特に測深 (測鉛) は呼称法の中でも最も独特なものの一つでしょう。

そして戦後の海上自衛隊ではレーダーやソーナーの装備が当たり前になりましたが、レーダーは360度法で距離はマイル単位 (2マイル以内はヤード単位)、ソーナーはヤード単位 (TASS等の長距離の場合はマイル単位) です。 

これらのように、艦橋における方位や距離は全て一つの呼称法しかないのではなく、それぞれの場合などで異なることを説明する必要があるでしょうね。

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次記事 : 「 方位と距離の呼称法 (補) 」

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2018年07月01日

幌筵島以南の千島列島所在旧陸海軍航空基地


なんか相変わらずバタバタしておりますので、本家サイトの更新も3週間開いてしまいました。

先ほど 『旧海軍の基地』 コーナーにて 「松輪」 「天寧」 「年萌」 の3基地を追加し、併せて 「幌筵島以南の千島列島所在旧陸海軍航空基地一覧」 を公開しました。


千島列島の旧陸海軍基地につきましては、出版物はもちろんネットでもあまり纏まったものが見あたりませんので、先の占守島及び幌筵島の分と併せてお楽しみいただけるのではないかと思っています。


Army_AB_Shibetoro_data_01_ss.JPG
(旧陸軍の 「蘂取第一飛行場」 のポップアップ画像例 (縮小))

この基地一覧は、現在更新中の関東地区所在一覧暫定頁が一段落しましたら、次は樺太をやってみたいと考えております。

なお、関東地区所在一覧は現在旧陸軍の26基地までポップアップ表示するようにしました。 残りあと西側の15基地です。

posted by 桜と錨 at 11:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと

2018年06月17日

旧陸軍航空基地のポップアップ追加


落ち着いて本家サイトのコンテンツを作る余裕がありませんので (バタバタしているのはいつもですが (^_^; )、今週の更新はお休みしました。

その代わりと言ってはなんですが、先週暫定ページとして公開した関東所在の旧陸海軍航空基地一覧図に 「鉾田」 に加えて、「壬生」 「高萩」 「成増」 「柏」 「東金」 「銚子」 の各陸軍基地についてポップアップを追加しました。


Army_AB_Kashiwa_data_01_ss.jpg
( 柏基地のポップアップの縮小画像 )

「福生」 や 「立川」、「調布」 などの有名どこよりは、こういういわゆるマイナーな基地の方を優先して、それも可能な限り戦時中や戦前の状況を現在の衛星写真と比較した方が面白いのではないかと (^_^)

ただ、各画像の説明は省略しているのですが ・・・・

posted by 桜と錨 at 19:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと

2018年06月10日

関東所在の旧陸海軍航空基地


本家サイトの今週の更新として、先にこちらでご紹介した 「関東所在の旧陸海軍航空基地位置一覧図」 と旧海軍の 「五井航空基地」 についてそれぞれのページを追加しました。

  http://navgunschl2.sakura.ne.jp/bangai/IJN_Nav_Base/000A_04_Kantou_AB.html
  http://navgunschl2.sakura.ne.jp/bangai/IJN_Nav_Base/A021A-Goi.html

前者は前回の 「占守島・幌筵島」 の場合と違って大変な基地の数になりますので、取り敢えず Google Earth の画像を加工したものを手直しした一覧図のみの “暫定ページ” です。

とはいってもそれだけでは面白くありませんので、旧陸軍の 「鉾田飛行場」 を例にとって、前回と同じように遊び心としてポップアップ表示するようにしてみました。

本家サイトでは旧陸軍の飛行場について個々の頁を作る予定はありませんが、折角ですので手元にあるデータを元に当面この形でご紹介していきたいと思っております。


それにしても、後者の 「五井基地」 というのは不思議なところですね ・・・・

↓ は当該ページで現在の地図との比較用に基地位置のトレースに使った国土地理院の昭和31年版 (27年測量) 2万5千分の1地図です。

Goi_map_1952_01_s.jpg

posted by 桜と錨 at 11:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと

2018年06月07日

五井水上機基地


先に関東地方所在の旧陸海軍航空基地の位置一覧図をご紹介したところですが、やはりいくつか入力忘れがありましたのでリストに追加したところです (^_^;

ところで、この一覧の中に入れるか入れないかで迷ったものが一つあります。 それがタイトルの 「五井水上機基地」 です。

この基地、ご存じの方はおられますか?

米軍史料のいくつかの中に出てくるものですが、日本側では旧海軍史料はもちろん 『日本海軍航空史』 (同編纂委員会(海空会)、時事通信社) などでも全く出てこないものです。

米軍史料では終戦時にまだ “建設中” としかありませんので、具体的な位置や実態などは分からなかったのですが ・・・・

国土地理院の写真閲覧ページをサーフィンしていましたら出てきました。 昭和22年の米軍写真に基地全体が写ったものがあります。 ↓↓↓

AB_Goi_photo_1947_01_s.jpg
( 昭和22年の米軍写真を元に加工 )

米軍史料にあるレイアウトの略図ともよく合致します。 ↓↓↓

AB_Goi_layout_01.jpg
( 左側が五井基地、右側が陸軍の千葉飛行場 )


また1945年版の米軍地図でも位置、地形ともに一致します。 ↓↓↓

AB_Goi_map_1945_01_s.JPG

現在の千葉県市原市の五井海岸と言われるところで、コスモ石油の製油所などの工場が並んでいるところです。 工業地帯としての海岸線の大規模な埋め立てによって、現在では全く当時の地形の面影は残されていません。

AB_Goi_sat_h30_01_s.jpg
( Google Earth より )

う〜ん、こんなところにあったんですねえ。

でも米軍史料にもあるように終戦までに完成していなかったようですが、もし仮に完成していたとしても、この時期の東京湾にあってどれだけ活用できたのかは疑問が残るところではあります。


ただし、この五井基地が判明したのはよいのですが、逆にすぐ近くにあったとされる陸軍の千葉飛行場がこの昭和22年の米軍の一連写真でも全く判別できず、分かりませんで ・・・・

posted by 桜と錨 at 12:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと

2018年06月03日

関東地方所在の旧陸海軍航空基地


先週末に急な上京が入りましてバタバタしましたので、今週の本家サイトの更新はお休みしました。

代わりと言っては何ですが ・・・・

現在旧海軍の航空基地について順次本家サイトにて公開していますが、先週占守島と幌筵島について公開しましたように、やはり旧陸軍の航空基地との位置関係も分かる方がいいかなと思って、手元にあるデータを入力中です。

そこで、その中から取り敢えずのご参考までに Google Earth の画像を使った関東地方に所在した旧陸海軍全航空基地の位置の一覧図をご紹介します。

Kanto_AB_sat_h30_02_mod_s.jpg

一応日米の情報を付き合わせて確実なところを表示しています。

ご覧いただいてお判りのように、陸軍の航空基地の何と多いことか。 ちょっと考えさせられるものがありますね。

もちろんこの他に不時着陸場や終戦間際の秘匿基地、未完成の急造基地などがありますが、これらは省略して入れていません。 (というより私としてはあまり興味がありませんので (^_^; )

代々木の練兵場を不時着陸場として使用することを考えていたようですが ・・・・

このデータを元に、本家サイトの 『旧海軍の基地』 コーナーを今後どうしていくかはこれから考えていくことにします。

posted by 桜と錨 at 23:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと

2018年05月27日

加藤友三郎研究会年次総会・講演会


本日は日本海海戦において旧海軍がバルチック艦隊に大勝した海軍記念日ですが、まさにグッド・タイミングで一昨年末に発足した 『加藤友三郎元帥研究会』 の初の年次総会、併せて講演会が行われました。

講演は海軍と政治の関わりについて熱心に研究され、この方面の著作も何冊か出しておられる福井工業専門学校の手嶋泰伸氏が 『軍人政治家としての加藤友三郎 −海軍と政党政治のはざまで』 と題して約1時間の話しでした。

tomosaburou_soukai_h300527_01.JPG

内容的に割り当て時間が少々足りなかったかな、という充実したもので、しかもこの手のことを研究される学者の方々にありがちなちょっとアンチミリタリー的なことは一切無く、極めて公平・冷静に分析されたものでした。

まだまだお若いですが、しっかりした研究手法とものの見方、そして健全な判断力を身につけておられ、これからが楽しみなお一人と言えるでしょう。

tomosaburou_soukai_h300527_02.JPG
( ご紹介しても多分問題ないと思いますが ・・・・ )

久々に良い講演を拝聴しました。

posted by 桜と錨 at 22:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと