2017年07月06日

生しらす丼


今日は市内に出て市役所へ。 何の用事かというと、どうも市民税の計算額が腑に落ちないので確認をしにです。

行ってびっくりというか、窓口で確認して4〜5万円多すぎることに担当者も初めて気がついて、その旨教えてくれました。

不動産売買がありましたので、税務署で確定申告をしたにもかかわらずその時にも、そして市民税算定の市役所にしても、それぞれの担当者がすぐに気がつくはずのものがチェックされておりませんでした。 当該事項についてはもちろん別にデータに記録されているにもかかわらず、です。

もしそのままにしていたら ・・・・ でも、こういうことまで一市民が一々確認しなければならないんですかねえ。 足りないときは1円でも督促が来るんですが。

既に第1期分は支払い済みですので、第2期以降の分を再計算し直したもので改めて納付書を作って発行してくれるとのこと。


で、折角市内まで出ましたので、最近出来たというお店へ。 生シラスがウリのところで、その名も海鮮炭焼酒場 「し〜らす」 さん。

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夕方からのメニューは色々あるようですが、昼の部は基本的にこの生シラス丼のみです。

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6月中でしたらオープン記念で半額だったのですが、なにしろ外に行列ができる程でしたので、今日改めて。

桶にご飯、そして升一杯の生シラスです。 ご飯の上にお匙でシラスをかけながら食べますが、海産物は大好きな私でも流石にこれだけの量のシラスは食べきれません。 一生懸命がんばっても1/3程は残してしまいました。

いくら生シラス盛り放題が謳い文句だとは言え、若い人達でもちょっとこれは多すぎるのでは ・・・・ ご飯は少なめですので、後半はひたすら生シラスだけを食べているような (^_^;

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2017年07月02日

NHK 『坂の上の雲』 制作参画の思い出


7月に入りましたね。 早いもので、今年ももう半分過ぎてしまいました。

以前本ブログでNHKのドラマスペシャル 『坂の上の雲』 に海軍関係で制作のお手伝いをした時のことを連載いたしました。

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元々の番組では1話90分として全13話を3年に分けて放送しましたが、これを平成26年になって1話を45分の2つに編集し直して全26回としたものをBSで再放送しました。

この時に、NHK松山放送局が毎週次の回の内容紹介をHPのコーナーで掲載しましたので、私もこれにコラボする形で番宣も兼ねてブログ記事にしたものです。

ブログでは古くなるとだんだん後ろに流れて行ってしまって判りにくくなりますし、また私自身の思い出のためにも (日記などをつける習慣がありませんので (^_^; ) これを今回本家サイトに纏め直したものです。


まだ修正されていないところが残っているでしょうが、後で手を入れることとして取り敢えず公開することにしました。

写真もブログ記事の時よりは多少サイズを大きくしたり新たに追加したものもありますが、これも機会をみて他のものを追々追加・修正していきたいと考えています。

NHKのこのすばらしいドラマを思い出しつつ、また原作である司馬遼太郎の歴史小説 『坂の上の雲』 のファンの方々も含めて、楽しんでいただければと思います。

う〜ん、全編のDVDも発売されていますが少々高いので ・・・・ 機会を見てまた再放送してくれませんかねえ、NHKさん (^_^)


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2017年06月19日

新PCが到着


現在5台のPCが作働している我が家ですが、Win10 は1台のみ。

別にこれでも特に困らないのですが、流石にあれこれのアプリが対応しなくなってきましたし、小さな不具合も色々。 そして動きが極めて重くなってきたことも。

で、遂に家内と私の1台ずつを新しいのにすることに。

もちろん、ゲームをしたり3Dやシミュレーションなどをするわけではありませんので、普通にネットができて、文書作成や画像加工などがそれなりにサクサクできれば良いので、高級機などは全く必要なく、ごく一般的なベーシックなもので十分です。

それにフリーターの年金暮らしの貧乏人ですから (^_^;

色々探してみた結果、某H社のものに決定。 本日2台揃って到着しました。

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HDは1TBありますし (ただし従来から個人的データは全て外付けに)、CPUも一応 Core ですが、メモリーが4MBなのはちょっと少なかったなと。


余談ですが、私はこれまで30年余のパソコン歴での個人的な経験もあって、PCは某N社、某D社、それに某A社のものは二度と買いません。

某N社は、昔 PC98 である日突然かつ完璧に裏切られて切り捨てられ、それまでのソフト資産をフイにすることになったため、今でも会社そのものの姿勢を信用することができません。

某D社はいつも買ってすぐにあれこれ小さな不具合が出、特にメモリー関係が多くRAMを新品に交換しても直らないことが度々。 突然前触れ無くメモリー・エラーを表示してストップ。 その度に再起動させられ、それまでの労力がパアになって泣くに泣けないことに。 そしてカスタマーの対応の悪さも。

ご存じの方も多いと思いますが、この某D社、法人客は神奈川での対応になりますが、個人客は中国のセンター対応 (でした)。

以前購入契約した型番と送られてきたものの表示が全く異なるので、おかしいではないかと問い詰めたことがありますが、日本語の出来る中国人のおね〜さん (?) が単にマニュアルに書いてあることを延々繰り返すだけで、全く埒があきませんでした。

某A社も、その昔某N社から乗り換えてもいいかなと思って試しに買ってみたのですが、マザーボード交換があってその時のカスタマーの対応が酷くかつ横柄であったことから。 ハード・ソフトそのものは使いやすく気に入っていたのですが ・・・・

コンパック社は昔なかなか良かったのですが今は吸収合併で無くなってしまいましたし、某L社はROMにとんでもないプログラムが入っている (いた) との噂も聞きますし ・・・・

ということで、ここ当分は今度の某H社になりそうかなと思っていますが、さて?


取り敢えずは、明日から2台のPCの移行作業です。 でも、Win10 はこれまでの Windows に長い間慣れ親しんだ者にとっては使いにくいんですよね (^_^;

それにこの移行作業、何度やっても手間暇がかかって面倒くさいことこの上なし。

まあこれも時代の流れの一つなんでしょうか。

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2017年06月17日

横須賀ベルニー公園の 「陸奥」 砲身 (続)


先日、横須賀に移設された 「陸奥」 の砲身が少し左に傾いているのでは、ということをご紹介したところです。


その後、この移設についての当時の状況が、これに直接関わった人の話しとして漏れ伝わってきました。

それによると、ご本人曰く、

設置業者が水準器を用いて十分に水平・垂直の設置状況を確認し、担当者達が現場でこれに立ち会っている

ので、

決して傾いているわけではない。 砲を据え付けた場所が海岸に向かって傾斜している所なので、傾いて見えるのではないか

とのことだそうです。

先にご紹介した写真をそのように修正すると、このように ↓ なっているのだと言うことのようですね。

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カメラのレンズによる写り具合や、人の目の見え具合というのはいろいろありますから、もしかするとそうなのかもしれません。

まあ、私は移設された砲身の状況を直接見たことがありませんので、後は現地でご覧になった方々の判断にお任せしますが ・・・・


でも、横須賀というのは面白いところのようですね。

地面が傾斜しているところでは、コンクリートの砲身礎台や囲いのチェーンのついた支柱群はもちろん、立っている外灯や時計塔、そして背景に写っている高層マンションなども、それに応じて傾いて写って見えるんですねぇ (^_^;

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2017年06月16日

庭のアマガエル


夕方、我が家の “提督” ( 私は平の 「艦長」 (^_^; ) の命により、家内の鉢植えやジャングルと化した庭の草花に水を撒いていましたら、鉢植えの一つから小さなアマガエルが顔を出しました。

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梅雨とはいえこのところ雨が降りませんので、シャワーの水が気持ち良いのか全然動きません。

でも、我が家のある団地は周囲より一段高いところにあり、また隣近所には池や水溜まりなどはありません。 しかも家の周りは道路に面した車庫以外は塀で囲まれていますので ・・・・ 一体どこから来たのか?


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2017年06月13日

アカニシ


今晩のお魚を求めていつもの小さなお魚屋さんを覗いてみましたら、アカニシ貝が並んでいました。 内海周辺の地方では一般的に単に 「ニシ」 と呼ばれています。

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貝類やエビ・カニには目がない私としてはもちろん即お買い上げ (^_^;

ちょっと旬の時期は過ぎていますが、ここのお店のものなら間違いなしです。

( 因みに、今日もお刺身用にお魚を半身貰うことにして一匹開いてみたところ、背骨の付近の身に少し問題有りとのことで、こんな具合ですと見せてくれたのですが、素人目にはちょっと判らないような ・・・・ 若大将は 「市場に返品しますから」 と売ってくれませんでした。 こういう商売ですから (^_^) )

アカニシはお刺身でも美味しいのですが、何しろこの堅い殻を割るのが大変で、この辺では大体軽く茹でて身を出すのが一般的だそうです。

関東の屋台などではこれの冷凍の切り身を 「サザエの串焼き」 と誤魔化して売っているところもあるくらいで、値段の割には美味しい貝です。 しかも新鮮な活き貝ですから。

さて、晩酌のお伴に、楽しみ楽しみ。

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2017年06月11日

空き地の花


我が家からすぐ近くの空き地の道路際に、この時期毎年小さな花を沢山咲かせる多年草があります。 赤と白の大変に可愛い花々で、次々に咲きますので結構長いこと楽しませてくれます。

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ネットで調べてみたら、「サルビア・ミクロフィア」 と言い、別名 「チェリーセージ」 ともいうのだそうです。

メキシコ原産なので、元々の持ち主が植えたのでしょう、毎年少しずつ横に増えて茂ってきています。 花は本来は赤一色らしいのですが、このように赤と白のものもあるようです。

私としてはこちらの赤白の方が可愛いと思うのですが、折角ですからもっと似合った素敵な日本名があっても良いのではと (^_^)

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2017年06月03日

我が短艇委員会 優勝!


今日は全日本カッター連盟による第61回競技大会が下関水産大学校が開催校となって行われました。

私も車を飛ばして後輩達の応援に。

防衛大学校は第3予選レースに出場し強豪の海上保安大学校を制して決勝レースへ進出。

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( 応援団諸君によるクルー激励 )

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( 予選レース出艇 )

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( 予選スタート直後 )

決勝は予選をそれぞれ勝ち抜いた東京海洋大学 (旧東京商船大学)、神戸大学 (旧神戸商船大学)、防衛大学校、そして敗者復活戦を勝ち抜いた海上保安大学校の昔ながらの強豪4校で競い合い、見事我が防大短艇委員会が優勝に輝きました。

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( 決勝戦ゴール後の勝利の櫂立て )

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( 表彰式での優勝旗授与 )

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( クルーの記念撮影 )

昨年の成績がちょっと惜しかっただけに、若い後輩クルー達は頑張りました。 安定した力強い橈漕を最後の最後まで発揮してくれました。

おめでとう! そして四年生の62期はこれで引退し、63期による来年の大会準備が始まります。 目指せ連覇!

隣接する下関基地隊の第43掃海隊の2隻も旗旒を掲げて応援してくれました。

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(手前が “GANBARE”、奥が “FIGHT”)

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2017年06月01日

今が旬、セトダイ


お馴染みになった小さなお魚屋さんですが、通りがかりに店先にちょっと色鮮やかなお魚が並んでるのが目につきました。

早速覗いてみたら、内海地方ではこの時期割と見かける 「セトダイ」 (瀬戸鯛) でした。

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( 煮付け用にと言えばここまで下処理をしてくれます。 丁寧な仕事ぶりです )

この辺では 「コロダイ」 と呼ばれることもありますが、これは本来は別の種類。 また広島では一部で 「コショウ」 と呼ばれることもあるようですが、家内は知りませんでした。

笑ってしまう名前では 「タモリ」。 ちょっと見た目が野暮ったく田舎臭い姿から 「田守」、つまりお百姓さんのことだそうですが、これは失礼ですよね (^_^;

この時期、お刺身、煮付け、味噌汁、焼き魚などどれでも美味しいそうです。 魚屋の大将のお薦めは味噌汁でした。

お刺身にはちょっと小振りですので、煮付けにすることに。

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いや〜、これはなかなかの美味です。

旬であり、しかも鮮度と質は確かなお魚屋さんのお薦めだけのことはあります。

あっ、それに家内の料理の腕も良いので ( ・・・・ と言っておきましょう (^_^; )

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2017年05月30日

友あり、遠方より来たる


日曜日から月曜日にかけて親しくお付き合いいただいている友二人が来呉されました。

私がご案内すると言うよりは、私より “通” のお二人ですので昼の部も夜の部も詳細な予定は既に決定済み。

となると、私はご一緒させていただき楽ませていただくだけで (^_^;

初日はまず 「海軍さんの麦酒館」 に始まり、続いて 「ヴォルケイノウ」 でワイワイ。 自衛官でもなく、広島在住でもないのにこのスナックに行きたいというのは ・・・・ その上翌日の昼は昼で呉冷麺が食べたいと (^_^)

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昼間のメインであった 「大和ミュージアム」 では特別企画展などはともかくとして、資料閲覧室で調べ物をしたいというお二人。

で、最後のダメ押しが海上保安大学校にある 「海上保安資料館」 でした。

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保安大は私も過去所要で何度も訪れたことがありますが、この資料館は初めてです。 まあ資料館と言うよりは、どちらかと言うと 「広報展示館」 かと。

館内の写真撮影はフリーということでしたので、いくつかご紹介を。

順に、平成13年の九州西方海域不審船事案で銃撃を受けた巡視船 「あまみ」 のブリッジ、保安庁最初の庁旗、多数の歴代巡視船の模型や舵輪・時鐘など、珍しいところで旧海軍水路部発行の昭和20年頃の呉港の軍機海図です。

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そして昭和天皇ご愛用の菊の御紋章入りの4櫂ボート (通称 「フォア」 ) が無造作に置かれていました。

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( 説明に 「4人乗りの」 と書かれていますが、4人漕ぎで艇長 (コクスン) を入れると5人ですね (^_^; 誰も指摘しないのでしょうか。)

う〜ん、ここも折角ですからもう少し整理して見栄えを良くすると、立派な歴史資料館になると思うのですが ・・・・

ということで、私自身も楽しめた大変に有意義な2日間でした。

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2017年05月24日

JMU呉事業所史料室見学


今日はJMUさんのご厚意をいただきまして呉事業所内にある史料室を見学させていただきました。

ご存じのとおり、戦後の造船業界の変遷を経て 「石川島播磨重工呉造船所」 として大型タンカーを始めとする日本の造船業を背負ってきたところですが、昨今の更なる業界の統廃合により現在では 「JMU (ジャパン・マリン・ユナイテッド) 呉事業所」 となっております。

そして更にその前身は戦艦 「大和」、「長門」 などを建造したことで知られ、旧海軍の工廠中で最大規模を誇った 「呉海軍工廠」 で、現在でもあちこちに当時の面影を色濃く残しているところでもあります。

この構内の現在では 「別館」 と呼ばれている、元々の海軍工廠時代は造船部庁舎・製図工場であった赤煉瓦2階建ての建物を改修して、この中に海軍工廠からの歴史資料を集めた 「史料室」 が展示されています。

私も初めて拝見いたしましたが、思っていた以上に綺麗に整備されており、その歴史をよく理解することが出来るようになっています。

今日は顧問の山中氏が私のためにわざわざご案内をいただきました。 氏は顧問になられて5年目だそうですが、大変よく調べておられ、かつその判り易い説明には感心いたしました。

史料室内は展示資料の著作権・版権などの問題もあって、残念ながら撮影はできません。 これは致し方ないでしょう。 折角ですから玄関で一枚。

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この史料室は元々が造船所職員の教育参考とすることを目的として整備されているため、現在のところいわゆる一般開放の形にはなっておりませんので、部外者の見学には事前の申請が必要になります。

ただ、大変に立派なものですのでもう少し一般にも何とかと思いますが、山中氏とのお話の中では JMU さんでも今後のあり方についても色々検討されているものの、なかなか難しい問題もあるようです。

一案として、いっそのこと全部を市の大和ミュージアムに移しては、というのもあったそうですが、この史料室はこの旧海軍工廠の跡地の中にあってこそ意味があるでしょう。

その一方で、一般開放するには現に稼働している造船所の構内ですから、単なる市の集客のための観光地になってしまっては、企業側としても負担が大きすぎるでしょう。

折角の施設ですので、何か良い方法を考えていただけることを期待する次第です。

私も機会が得られればまた拝見したいものと思います。

なお、以前古い倉庫で纏まって発見されたことでニュースにもなった 「大和」 の建造用現図を始めとする図面類の一式は、全てを既に大和ミュージアムに移管してしまっており、残念ながらこちらにはありません。

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2017年05月21日

「弾道弾の飛翔技術の基礎」


以前当ブログで連載しました 『弾道弾の飛翔技術の基礎』 を、本家サイトの今週の更新として先週新設した 『現代戦講堂』 中の 『対空戦・TMD』 コーナーに纏め直して掲載いたしました。

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昨今話題になっている北朝鮮が実験した弾道ミサイルの 「ロフテッド弾道」 について、単に飛翔距離が長いとか大気圏再突入時の速度が速いということだけでなく、それに伴う技術的に解決を要する問題も多いことをご理解いただければと思います。

むしろ通常の ICBM よりは技術的 (精度的) に難しいものであり、いまだまともに実用に足る IRBM さえ完成していない北朝鮮において、おいそれとできるような話しではなく、今回の実験においてもその目的は不明とされるところです。

そもそも、北朝鮮にこのような弾道ミサイルの実験をまともに観測・測定できる態勢があるのかと。

それがなければ単に “大気圏再突入時に燃え尽きることなく” 一応は弾着まで飛翔した (らしい) としか言えませんが ・・・・

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2017年05月19日

複数魚雷搭載機の魚雷発射法


複数魚雷を搭載可能な航空機におけるその複数魚雷の発射法については、以前本ブログ及びそれを纏め直したものを本家サイトで説明したとおりです。

「魚雷は真っ直ぐには走りません」 :

「(補) 航空魚雷の複数本搭載時の投下法」 :

要は、航空機というハードウェアとしても、そして用兵者の 「用法」 というソフトウェアとしても、単発のみ、あるいは一斉投下のみ、“だけ” というのはあり得ないこということです。

ところが、最近になって米海軍の試作機であったダグラス社の XTB2D Sky Pirate について、同機が搭載する最大4発の魚雷について “一斉投下” であると言いだし、その理由として何の根拠も示されていない “一斉投下が原則” “マニュアルにある” という ウソ をいまだに信じておられる人がおられました。

しかも、この XTB2D の魚雷搭載位置は両翼下の2個所ずつの汎用ハードポイントです。 当然必要に応じて魚雷以外のものも搭載します。 これらも一斉投下? それともわざわざ魚雷搭載時のみ一斉投下 (しかできない) ? そんなバカなことはどこの海軍でもしません。

この XTB2D は試作2機のみで、しかも大した試験・実験も行われなかったようですので、いまだに資料はほとんど無いようで、その前の AM-1/1-Q の例です。

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( 米海軍公式写真より )

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これが軍事における常識ですね。

結局、“とりあえずできるということでいいのでしょうか?” という追加の問に対しては明確な答えが得られていないようです。

う〜ん、もう少し魚雷というものがどういうものなのか、戦術状況とはどういうものなのか、そして用兵の常識というものがどういうものかについて学ばれたらよろしいのではないかと思いますが ・・・・

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2017年05月17日

今夕の呉市内


今日は月一回の軍歌を歌う会 「三水会」 でした。 前回より多い25名の参加で、しかも女性陣 (綺麗どころというべきか) の割合が高いのにビックリしました。

ところが、ママさん手作りのおつまみを食べ、グビグビ飲みながらお喋りに夢中になっていましたら、気が付いたら最後の〆の「同期の桜」まで1曲も歌わず、しかも写真も一枚も無しのままお開きになってしまいました (^_^;

皆さん楽しい一時をありがとうございました。 そしてママさん、いつも美味しいおつまみとお酒をありがとうございます。

で、酔い覚ましを兼ねて繁華街からJR呉駅前まで歩いてみましたが ・・・・ 平日とはいえまだ夜の8時過ぎですが、人通りはほとんど無し。 地方都市というのはどこもこんなものなのでしょうか。

メインの通りは近郊へ帰るのでしょうか、車の交通量はそれなりにあるんですがねえ。

最近は元の繁華街よりは駅周辺が多少賑やかになってきたと言われていますが、これは昼間だけのようで、この時間は駅前でもこのとおりでした。

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う〜ん、何とかもう少し活気が欲しいですね。

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2017年05月10日

オコゼのお刺身


新鮮さとお店の人の人柄に惹かれて、時々お魚が食べたくなった時に覗いてみる近くの小さな鮮魚店です。

GWが開けましたので、漁師さんも漁に出かけ、トラック便も通常どおりに走るようになり、そして市場も普段どおりになりましたので、今日は何か良い物が入っていないかとちょっと寄り道を。

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もう昼前でしたが思惑どおりに色々店頭にも残っていました。 そして、今日は型の良いオコゼが数匹並んでいまして、しかもまだ活きて動いていました。

もうこれは買うしかないと (^_^)

ご存じのとおりオコゼはお刺身にすると大きさの割には取れるところはそれほど多くはありません。 まあ折角の機会だからと奮発して2匹。

そしてシマアジの半身と、私のお酒の肴用に店頭に残っていたバイ貝を全部 (と言っても500gです)。

このお店はお刺身用にと言うと食べる時に切ればよいように柵切りにしてくれ、しかもアラも付けてくれます。

で、今日の夕御飯。 ちょっと包丁の切れ (と腕) が良くありませんので、見かけは悪いですが ・・・・

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いつもどおり大変に美味しかったですし、特にオコゼはもう (^_^)

そして大粒サイズのバイ貝と、シマアジのアラ汁。 これも申し分ありません。

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一応健康的な夕食、ということでした。 明日はオコゼのアラでお味噌汁の予定。

でも、ここのお魚を食べていると、もうちょっと他のところのものは食べられなくなりそうです。
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2017年05月07日

藤田昌雄氏著 『写真で見る 大正の軍装』


お付き合いいただいている藤田昌雄氏が潮書房光人社から新刊を出されまして、私も早速一冊お送りいただきました。

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う〜ん、タイトルからすると今流行の普通のムック本のように思われるかもしれませんが、どうしてどうして、全370頁にわたり大正期の陸軍の軍装について、各兵種の制服はもちろんのこと、階級章や旗章類、装備品などが詳細に解説されています。

そしてタイトルどおり、未発表のものも含めた多数の写真によってこれらを着用した陸軍将兵の姿はもちろん、併せて当時の陸軍内の様子もよく判ります。

まさに大正期における 「陸軍軍装史事典」 というに相応しいものでしょう。 これはちょっと凄い内容です。

当時の陸軍についてはもちろん、近現代史に興味のある方々も手元に一冊置いておいて損はないものと思います。

・・・・ でも、あれっ? 最後の方の 「大泊」 「中華丸」 のページでどこかで見たことのある名前が (^_^;

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2017年05月03日

親の死に目に (後)


2.帰れるだけでもありがたいと思え!

もう40年も前のことです。 任務課程入校のため江田島の1術校に着校したその日、入院療養中であった母の逝去の連絡が入りまして、担当科長からすぐ家に帰れとのこと。

そこで特別休暇申請のため学生隊長のところへ出頭しました。 海自の規則では親の場合には1週間+往返日数が基準ですが、もちろん私も授業の関係でそこまではとは考えていませんでした。

ところがです、その学生隊長は往返日数を合わせて3日の休暇、つまり実質で中1日の許可でした。 そして最後に吐き捨てるように付け加えて、

「 自衛官たるもの親の死に目に会えないなどは当たり前のことだ。 (葬儀に) 帰れるだけでもありがたいと思え!」

一瞬自分の耳を疑いました。 葬儀から戻って来た時に 「死に目に会えただけでも」 と言うならばまだ判らないでもありませんが、これから帰ろうという者に対してこの言葉です。

このことで、この学生隊長に対しては上級者という立場はともかくとして 「人」 としての信用・信頼が無くなりました。

そしてこの日以来私の方から二度と口を利くことはありませんでしたし、将来にわたっていかに補職人事であろうとも同じところで一緒に勤務しようとは決して思いませんでした。 ( 幸いその機会はありませんでしたが )

海上自衛隊といえども中にはこういう幹部もいる、しかも学生隊長という職に就く者でも、と痛感した次第です。 そして私のその後の海自勤務において、よい教訓の一つとなりました。


余談ですが、母の葬儀だけは何とか終えて1術校に戻ってきたその晩、クラスメートが翌日に不在中に終了した科目の試験があることを教えてくれました。

テキスト (海自では 「スタディ・ガイド」 と言います) は貰ってきてくれていましたので、クラスメートに授業の要点を聞いてから、学生舎の空いている部屋で徹夜の一夜漬け。

翌日の試験の結果は、一度もその科目の授業に出ていなかった私一人だけが満点でした。 これには担当教官もビックリ。

学生隊長に対するささやかな当てつけと言えば当てつけでした (^_^;


・・・・ ところがです。 この時の私の帰省のことがそれから20年後に我が家のお家騒動の原因の一つになろうとは、当時は夢にも思っていませんでした。

身内の者でさえこの時のことを20年後でも怨みに感じていたくらいですから、ましてや世間一般の人達に理解してもらうのは無理な話しと思います。

まさに海自部内で良く言われる “海自の常識は世間の非常識、世間の常識は海自の非常識” です。

(本件終わり)

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親の死に目に (前) :

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2017年05月02日

親の死に目に (前)


海上自衛官、特に艦艇勤務の場合、任務行動中に家族などに何かあっても洋上からそう簡単に帰るわけには行きません。

ましてやいざと言う時には親の死に目に会えないこともあるということはよく判っていますし、その覚悟は出来ているところでもあります。

しかしです。 世間一般の普通の人達にとって、有事でもない災害派遣でもない、平時における訓練中などで、親 (や家族) が危篤の場合や死去した時に、海自はその息子 (今では、娘も、ですが) を返さないなどということがスンナリ理解してもらえるでしょうか?

私はそれを求めることは無理だと考えますし、逆にそれは世間の人達から海自に対して悪い印象しか持って貰えないことに繋がると思っています。

先に 「人事はヒトゴト」 と書きましたが、その意味において補職・補任などに限らず、どうも海自は人事全般について普段からの配慮が十分ではないように思います。

私の経験例から2つご紹介します。


1.海演中は親の死に目にも会わせない?

ご存じのとおり、海上自衛隊は年に1回有事を想定した大規模な演習、即ち海上自衛隊演習 (略して 「海演」 ) を実施します。 この期間中は余程のことが無い限り個人的な理由による休暇などは許可されません。

もちろん通常の訓練中などでしたら、予定を変更して近くの港に入って当該隊員を降ろすとか、機会があればヘリコプターで陸上基地まで運ぶなどのことはありますが。


ある年の海演のことです。 上級司令部から演習期間中は何があっても隊員の個人的理由では帰すことは許可しない旨の事前の “念押し” の指示が出ました。 つまり、親の死に目にも会わせない、ということです。

もしそのような可能性がある隊員がいるなら出港する前に降ろしておけ、と。 しかしながら、全てが事前に判るような事柄でないことは改めて申し上げるまでもないことです。

・・・・ で案の定、海演中に四国沖の太平洋を行動している時に私の分隊員のところへ父親からの電報が転電されてきました。

 「ハハキトク、スグカエレ」

本人は長崎・五島列島の中のある島の出身で一人っ子でした。 本人を呼んで確認したところ、実家には両親二人で住んでおり近くに親戚などはなく、もし母親が亡くなった場合には父親一人で葬儀など全てをやらなければならない、とのことでした。

もちろん事前に本人を含め分隊の総員には上記の指示が出ていることは説明してあり、また海演中は行動海域のこともあってまず無理であると納得してもらっています。

・・・・ が、私は今ここで彼を帰さなければ、長い目で見ると決して将来の海上自衛隊のためにならないと考えたわけです。

そこで、飛行長のところへ行って 「何か陸上にヘリを飛ばす用事はありませんか?」 と聞いたところ、「急ぎではないので何時とは決めていないが、機会があれば物品の受領などの連絡便を出したいと思っている」 とのことです。

で、これを上手く利用しない手はない、と (^_^)

艦長のところへ行って事情を説明し、要務飛行は作戦の一貫として禁じられているわけではないのでこれに彼を乗せて帰したい、それなら上級司令部には特に説明する必要は無いのでは、と説得しました。

ついでに、今回彼を帰さなかったら、今後おそらく彼の島からは海上自衛隊への入隊希望者は出なくなるし、息子を海上自衛隊に入れたいと思う親はいなくなりますよ、と (^_^;

艦長も快く了承してくれましたので、飛行長と相談してその日のフライト便追加を決めました。

そして本人には、「大村まで送ってやれなくて申し訳ない。 ただし海演中はもう艦に戻ってくる機会はないので、海演が終わって艦が佐世保に帰港した時に戻ってくればいいから、その間にお父さんとよく話をして、今後のことも含めて実家のことをキチンとしてきなさい」 と言いました。

結局は残念ながら彼が帰り着いた時には既に亡くなっておられたのですが、それでも彼が艦に戻ってきた時には少しは落ち着いたというか、母親の死を受け入れるまでにはなっていたように感じられました。 そして父親から海自を辞めずに一生懸命やれと言われたと。

後日になって父親からも手紙が届き、息子を母親の死に目に会わせるために帰してくれたこと、それも洋上からわざわざ息子のためにヘリコプターを飛ばしてまでしてくれたことに対して海自に感謝し、かつ息子を海自に入れたことを誇らしく思う旨が書かれていました。

海演終了後に艦長が本件を上に話したかどうかは知りませんが、上級司令部の指示に反したことに対してその後何らのお咎めもお叱りもありませんでした。 もしかしたら艦長が自分の責任でやったことと、一人で収めてくれたのかもしれません。

もし仮にこのことで何らかの処分を受けたとしても、本件での艦長以下の対応はこれで良かったと今でも思っています。

人を育てることとはどういことか、そして海自は一隊員といえども大切にしていると世間の人に見て貰えるとはどういうことかと。

海演中に乗員一人を休暇で出したことやヘリを余分に飛ばしたことなどは、海自の中だけのホンの小さなことです。

しかしながら海上自衛隊の将来を考えるならば、こういう小さな積み重ねが大事なことなのでは無いでしょうか?

「人」 を大切にする。 それも隊員本人に対してのみでなく、その家族を含めて。 私はそう考えています。

(本件続く)

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親の死に目に (後) :

posted by 桜と錨 at 14:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに

2017年05月01日

「人事」 と書いて “ヒトゴト” と読む


私のFBFである某君の今回の事案を見るにつけ、つくづく海上自衛隊という組織は人を大切にしないところだと思いました。

いつも書いていますように、海自の現場は本当に良いところです。 隊員達も皆一人一人本当に一生懸命やってくれています。 仲間として一緒に仕事をするには最高であると思っています。

どんな任務でも彼等と一緒ならば大丈夫という自信と信頼があります。

しかしながら、そういう現場の隊員一人一人の思いを逆なでするようなことを平気でするのが、海自という “組織” であり “人事” です。 在職中まさにタイトルどおりと思うことが度々でした。

個々の隊員それぞれは別に大したことを求めているわけではありません。 人事上一寸した配慮がなされれば、どれだけ現場の励みになることかと。 そう言うことなんです。

今回の某君の事案もそう言うことの一つではないでしょうか。

何故チョットだけ転勤の時期を遅らせないのか? あるいは何故補職先を本人の都合の良いところに替えてやらないのか?

たったそれだけのことであり、それによって本人の今後の勤務上、意識的にもいかに海自にとってプラスになることか。

もちろん当の人事担当者の答えは聞かなくても判ります。

  一人一人の都合を一々聞いていては人事業務が進まない。
  本人のローテーションの時期だから。
  本人の経歴管理上のことだから。

・・・・ 云々。 単なる小役人の事務的な言い訳だけです。

余人を持って替え難い? そんな補職が海上自衛隊に一体どれだけあるというのか。 海上幕僚長職でさえそのような配置ではないのに。

かの有名な 『武田節』 にある

  人は石垣、人は城
  情けは味方、仇は敵

平時における軍事組織のあり方で、最も大切なことの一つだと思いますね。

今回のことに限らず、具体的な例はそれこそ沢山ありますが ・・・・

二言目には “精強” を謳い文句にする海上自衛隊。 どうも口先の綺麗事のみで、やっていることは実態が伴わず、現場の隊員達の真摯な努力の上に胡座をかいているような気がします。

posted by 桜と錨 at 16:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 気ままに

2017年04月29日

港祭り


今日は港祭りで、知人の出展を拝見するため市役所まで出かけました。

その出展関係はちょっとややこしいので、機会があればまた別にお話しすることにしますが ・・・・

私はこの港祭りを見るのは、実は今日が始めてです。 家内に港祭りのメイン会場となる市役所前の大通り近くまで送ってもらったのですが、何というか普段はあまり活気がなく閑散としている市街、一体どからこれだけ集まったのかと言うくらい凄い人出でした (^_^;

もちろん近郊からの来訪者も多いのでしょうが、今日一日で約25万〜30万だそうです。 20万都市にしては凄いですね。

ただ私はどうも人混みが苦手なもので、お祭りそのものはほとんど見学しなかったのですが ・・・・

パレードする諸団体がスタート地点の市役所前に集まって次々に出発していきます。 もちろん別にパレードする内容に統一されたものなどはなく、希望するところなら誰でも参加できるようです。

したがって、参加する団体毎に年齢構成も、服装も、そしてパフォーマンスなども様々です。

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そしてこれを見学する一般市民とズラリと並ぶ屋台や出店の数々。

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後から家内に聞いたところ、これが港祭りのメインだそうです。 なるほど〜、知りませんでした (^_^;


残念ながら人混みの中で楽しむ余裕はありませんでしたので、用事を済ませて早々に引き揚げました。 もちろん、送り迎えをしてくれた家内へのお土産は忘れずに。

旧海軍の呉海軍工廠に勤務した工員さん達の当時のお弁当を模したものだそうです。 そぼくな味で、なかなか美味しかったですね。

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もう一つは巡洋艦 「青葉」 のレシピにあったコロッケだそうです。 う〜ん、これは少々好みの別れるところかと。

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それにしても海軍カレーや肉じゃがを始めとして、食べ物でも旧海軍のものの色々なアイデアが出てくるものですね。

posted by 桜と錨 at 22:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 気ままに