2016年01月25日

オールド・セイラーの眼 (46・完)


◎ シリーズ完結を迎えて


英国イーグルモス社さんによる 『世界の軍艦コレクション』 全80巻が最終の 「祥鳳」 をもって完結いたしました。 まずはイーグルモス社さんにお祝いを申し上げたいと思います。

本シリーズについては、当初モデル・アドバイザーとして参画していた時に 「モデル・アドバイザーの独り言」として、続いてそのアドバイザーを私の事情により降りて以降は 「オールド・セイラーの眼」 として連載してきました。

本シリーズは元々が艦船及びスケール・モデル初心者を対象とするものではありますが、その対象者による購読を左右するであろう世間一般の評価を決めるのは、その対象者ではなく、それなりの艦船やスケールモデル愛好家、コレクターの人達であることは明らかです。

したがって本シリーズについても、考証やモデル化にはそれなりの専門性が加味されていなければならないと考えたからです。

そして連載は少々辛口のコメントの連続になりましたが、それもイーグルモス社さんに対する改善・向上を期待するからでもありました。


そもそも、この業界・分野における後発新参企業であるイーグルモス社さんが、先行大手のディアゴスティーニ社さんなどに肩を並べて行くためには、ラインナップの独自性と、考証面と製造との両面における “質” を売りにすることが肝要です。 それが “流石はイーグルモス社” という評価に繋がります。

これがなければ、世間一般には “また同じ様なことろが一つ新たに出てきただけ” で終わってしまうでしょう。

本シリーズ開始時に私がモデル・アドバイザーを引き受けたのは、イーグルモス社さんのその “独自性” と “質” の実現努力に期待し、また少しでもそのお手伝いができれば、と思ったからです。

全80巻が終わってみれば、やはり営利企業である以上結果的には少々無理な要求だったのかな ・・・・ と。


とは言っても、本シリーズは連載冒頭で申し上げたその基本コンセプトからして、その対象者の方々が “気軽に棚に並べて楽しむ” ものとしては十分なものであったと言えるでしょう。

そして予定どおりの全80巻を最後まで販売し終えたことは評価してよいと思います。

何はさておき、イーグルモス社さん、シリーズ完結おめでとうございます!!

オールド・セイラーの眼 (45)


◎ 第80巻 「祥鳳」

シリーズ最終の第80巻は潜水母艦 「剣崎」 から空母に改装された 「祥鳳」 で、就役直後でありかつ最終時の姿である1942年の設定となっています。

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モデラーさんとしてモニターをされているHN 「おまみ」 氏の評価記事は次のURLにアップされています。


いろいろ指摘されていますが、総合としては、

“ 全体的にあっさり&ダルめに見えますが、代わりに大きな考証ミスがなく、そこのマイナスポイントが低いので総合的に良作 ”

う〜ん、最後ですので多少は華を持たせたのでしょうか、ちょっと甘すぎるような ・・・・ (^_^;

ご存じのとおり、元々のスケジュールではこの 「祥鳳」 は第32巻で、そして 「瑞鳳」 が第80巻に予定されていましたが、連載の第29巻 「瑞鳳」 のところでも書きましたように、迷彩塗装の後者を先にするようにアドバイスし、これがイーグルモス社さんに受け入れられたものです。


そして私としては、入れ替えた第80巻は 「祥鳳」 ではなく、ラインナップにバラエティさを持たせるために改造前の潜水母艦 「剣崎」 としてか、あるいは全く他の艦をラインナップするようにリコメンドしたのですが、結局そのままとなりました。

シリーズ最終巻を飾るのには、もう少しインパクトのあるそれらしいモデルを期待したのですが ・・・・


で、問題はその出来です。

残念なことに当初の第32巻予定としてその最初のモデル・プランが送られてきた時 (3年前) に、あれこれ指摘をしましたが、結局それら全ては当時から何一つ修正されないままとなっています。

しかも同型艦の 「瑞鳳」 が第29巻に変更された時に、その誤りについて指摘して多少は修正されたのですが 、なぜか今回の 「祥鳳」 では元のとおりに戻ってしまいました。

つまり当初の企画段階での問題の多いモデル・プランのまま、そのままでモデル・デザインされ、製品化されてしまいました。 もちろん “イーグルモス・クオリティ” で。

従って今回のモデルは端的に言って全くの “祥鳳もどき” になっています。

なぜ3年も前の指摘を放置し修正しなかったのでしょう? 私がモデル・アドバイザーを降りた後、一体誰がチェックしたのでしょう?

特に、艦首・艦尾の側面形状及び船体断面形状、飛行甲板後部の平面形状、格納庫後部 (左舷) の形状などなどは、如何に1/1100スケールとはいえ目立つところですが、結局間違ったままです。

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加えてモデル・デザインもお世辞にも良好とは言い難く、シリーズ共通の問題点である装備品を含む各部のスケール相応のデフォルメは改善されず、そして隙間、段差など部品の合いの悪さは相変わらずで、シリーズの最後の最後でこの出来かと少々溜め息を禁じ得ません。

特に前部飛行甲板のよじれ、飛行甲板と格納庫との間の大きな隙間、などなどです。

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加えて、特に舷側の各スポンソン下部は、本シリーズの日本空母の例に漏れず、船体舷側とずれています。

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何故こんなことになるのでしょう? モデル・デザイン以降、製品となって出荷されるまで誰もチェックしなかったのでしょうか?


このシリーズ最後の 「祥鳳」 を見る限り、これまで私が指摘してきた本シリーズ共通の問題点は結局ほとんど改善されなかったということになります。

私がモデル・アドバイザーを降りた以降も、本連載において少々辛口のコメントをしてきたのも、多少なりとも順次改善・向上をイーグルモス社さんに期待してのことだったのですが ・・・・

シリーズ開始早々この指摘に対するイーグルモス社さんからの回答は、“シリーズを通してクオリティのレベルを変えたくない” でしたが、それはこのことだったのかと思わずにはおられません。

最後の最後で少々残念なところです。

2016年01月21日

オールド・セイラーの眼 (44)


◎ 第79巻 「ガングート」

シリーズ第79巻はロシア海軍初のド級戦艦である 「ガングート」 型のネームシップ 「ガングート」 で、就役時の姿である1914年の設定となっています。

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ご存じのとおり 「ガングート」 は今回設定の就役時よりは近代化改装後の特異な艦橋・煙突構造の姿の方が有名で、今回もこちらの方を期待された向きも多かったと思いますが ・・・・

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モデラーさんとしてモニターをされているHN 「おまみ」 氏の評価記事は次のURLにアップされています。


いろいろ指摘されていますが、総合としては、

“ ディテール不足で手抜き感が目立ちました ”
“ 出来の良いのが多い外国艦枠の一端としてはやや物足りなさを感じました ”

と言うもので、私としても全くの同感、同意見です。

確かに資料が少ないと言えばそうなのですが、写真などもそれなりに残されていますので、きちんとしたリサーチさえしていればスケール的にはそれなりのものを作ることは可能であったはずです。

いつも言っていますように、資料の多い艦も少ない艦も考証とデザインにかける手間暇は同じ、という本シリーズの欠点が如実に出ており、残念ながら、外国艦のみならず日本艦も含めた本シリーズ中の出来としては “並以下” と評価せざるを得ません。

ディテール不足というのは全くそのとおりですが、それに加えてこのスケールにおいても表現すべきこの艦の特徴が出ていません。

おまみ氏の指摘に加えて、私としては次の点は指摘しておかなければならないでしょう。

艦首形状が違います。

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艦尾形状もまったく “らしさ” がありません。

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そして前部艦橋の形状が違います。

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写真のとおり、就役直後の艦橋前部は司令塔のみで、すぐに航海艦橋が前面に追加になり、さらにこれに改良が加えられます。

モデルの設定はこの時のものと思われますが、デザインとしての “らしさ” がありませんし、なによりも司令塔下部の構造が違います。

後部艦橋もデザインとして不良です。

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その他、独特な木甲板の表現の省略はもちろん、中部上甲板に数多くある吸気筒などはもう少し何とかならなかったものかと。

結論としては、この 「ガングート」 をシリーズ中の一つとして選択したことは評価できますが、それ以外には見るべきところがありません。 それにこの期に及んで艦橋、煙突、マストなどは傾いていますし ・・・・

外国艦の最後としてもう少し力を入れて欲しかったですね、イーグルモス社さん。

2015年12月30日

オールド・セイラーの眼 (43)


◎ 第78巻 「大淀」

シリーズ第78巻は 軽巡 「大淀」 で、連合艦隊旗艦への改造後の姿である1944年の設定となっています。

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ご存じのとおり 「大淀」 はC計画により建造された唯一の巡丙型ですが、これが本シリーズで日本巡洋艦の最後にラインナップされたことは評価できるでしょう。

余談ですが、意外と知られていない (今まで書かれたことがない) こととしては、主砲用の方位盤 (二式方位盤、旧称九四式方位盤六型) と射撃盤 (九二式射撃盤改二) は最新式のものを装備しており、旧海軍の平射用指揮装置としては最も能力の高い高射機能を有していることです。

例によってモデラーさんとしてモニターをされているHN 「おまみ」 氏の評価記事は次のURLにアップされています。


いろいろ指摘されていますが、総合としては、

“前部マストの前のめり以外は並もしくはそれ以上のレベルにある”

と言うものです。

私としても全くの同感、同意見です。 本シリーズとしてやっと日本艦も本来あるべきレベルになってきたとも言えます。

この 「大淀」 については就役時も改装時も公式図が残されていますし、また艦艇研究家の田村俊夫氏が発掘したすばらしい全景写真などもありますので、1/1100スケールでモデル化するには基本的にそれほど難しい艦ではありません。

あとは旗艦への改装以後の変化についての考証と、モデル・デザインのことになります。

この点については良くも悪くも、いわゆる “イーグルモス・クオリティ” がそのまま出ておりますが、それでも前述の通りこれまでの日本艦に比べればかなり良くできていると言えるでしょう。 そして見栄えもまあ十分な範囲と言えます。

前回も書きましたが、このレベルが本シリーズの最初からあったらと思うのですが ・・・・

と言うことで、今回はこれ以上は書く必要はないでしょう。

細部はおまみ氏が書かれておりますし、また元格納庫後部隔壁の表現などには多少の疑問もありますが、まあ細かいところが気になる方々は、上記の史料などと見比べていただければと思います。

2015年12月24日

オールド・セイラーの眼 (42)


◎ 第77巻 「熊野」

シリーズ第77巻は 「最上」型4番艦の「熊野」で、当初の軽巡としての姿である1938年の設定となっています。

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本シリーズでは 「最上」 型は4隻全てラインナップされており、「熊野」 が最後に軽巡時代の姿で今回モデル化されました。

4隻の内どれかは1つは軽巡としての姿が望まれたわけで、これは一般的には 「最上」 又は 「三隈」 が順当なところであると思います。

しかしながら「最上」 型の3、4番艦である 「鈴谷」 「熊野」 は船体設計をやり直した改最上型、あるいは 「鈴谷」 型とも言えますので、本シリーズでもこの両者の差別化も必要となります。

「最上」 は航空装備を強化した改造後、「三隈」 は 「最上」 型重巡としてのスタンダード、「鈴谷」 が改最上型の重巡としてモデル化されたため、この 「熊野」 が軽巡としてラインナップされたのは、結果として極めて自然な選択であったと考えます。

例によってモデラーさんとしてモニターをされているHN 「おまみ」 氏の評価記事は次のURLに既にアップされています。


おまみ氏の評価としては、いろいろ細かいことも指摘されていますが、総合としては、

   “考証においては大きなミスはないように思う”
   “造形は平均レベル。可もなく不可もなくという感じ”

と言うものです。 そして、主砲を除くと先行の 「鈴谷」 のモデルと良くも悪くもデザインが極めて酷似しているとの所見。

これらのことについては私も全く同感です。 その意味では、もう少し評価を上げても良いかなと思ったのですが ・・・・

しかしながらこのシリーズ、同型艦であっても全て一からモデル・デザインをやり直しており、それはこの 「鈴谷」 と 「熊野」 でも同じです。

それにも拘わらずこの2つのモデルが極めて良く似ている、ということは即ち元の図面が同じということです。

このためその良い面はともかく、悪い面としては第66巻 「鈴谷」 の時に指摘した船体のサイズと形状が違う、という点はそのままになっています。


つまり、一からモデル・デザインをやり直したにもかかわらず、考証的な再チェックはなされていないと言うことです。

ただし、上甲板以上のデザインについては 「鈴谷」 よりは向上しており、15.5糎三連装砲塔 (サイズなどに若干の疑問はあるものの) により、「最上」 型 “軽巡” の雰囲気は良く出ていると思います。

まあ、台座のラベルが「重巡」になっていることや、後ろ側の艦載機が移動架台に載っていないことなど、細かいことを言い出したらキリがありませんが、1/1100スケールのフルハル・モデルとして気軽に並べて飾って見るには、まずは十分な見栄えではあるでしょう。

日本艦については、シリーズ冒頭からせめてこのレベルくらいが保たれていればと思いますが ・・・・


ところで、“ブック” と呼ばれる付属の解説本 (本来はこちらがメインなんですが (^_^; ) については、既にお話ししてきたとおりシリーズの当初から私は一切ノータッチでしたので、本連載でもほとんど触れてきませんでした。

まあ、艦船が専門でないライターさんが書いておられるものですし、対象とする初心者さん向けのものであることから、でもあります。

しかしながら、“?” と思わざるを得ない個所も毎号いくつもあることもまた確かです。 この第77巻では、その筆頭は次のものでしょう。

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(解説本6ページより)

キャプションは 「新造時の主砲である15.5cm 3連装砲塔5基を装備した1930年代中頃の熊野。 主砲の砲身を別々に俯仰できることが写真からわかる。」 だそうです。

これ、昭和17年8月撮影とされる有名な写真なんですが (^_^;

20糎砲への換装により、仰角をかけた状態で定位置とせざるを得なかった2番砲塔と、水平が定位置の3番砲塔の砲身が重なって写っているだけのことで、きちんと見れば、各砲塔2門の連装砲であることは明白なんですがねえ。

因みに昭和14年撮影とされる軽巡時代の有名な写真を左右反転させたものがこれです。 この様なものを間違えるのかと。

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これを要するに、ライターさんも編集担当者さんにも、艦船の専門家は本シリーズの企画にはおられないと言うことは明らか。

如何に初心者向けのものとはいえ、これでよいのかは少々疑問とするところではあります。

まあ、購読者は “付録の” スケールモデルが目当てだから、と言えばそうなんですが ・・・・

2015年12月03日

オールド・セイラーの眼 (41)


遅れを取り戻さなければ (^_^;

◎ 第76巻 「リシュリュー」

シリーズ第76巻は フランス戦艦の 「リシュリュー」 で、1945年の第2次大戦終戦直後の設定となっています。

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モデラーさんとしてモニターをされているHN 「おまみ」 氏の評価記事は次のURLです。


おまみ氏の総合評価としては

“ 他国にはない奇異なスタイリングでコレクションの中でも映えますし、戦艦だから大きいので価格的にもお得感高い ”

で、私としても、細かいことを気にしないならば全くの同感です。

ただ、確かに迷彩塗装の見栄えからはというのは判りますが、でもやはり何故1945年のモデル設定なんでしょう?

「リシュリュー」 は就役時も改装後も共に公式図が残されており公開されています。 これに基づけば特にモデル設定の1945年にこだわる理由は無いはずですが ・・・・

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私の知る限りではモデルの迷彩塗装は第2次大戦終結後にダーバンで修理された以降のはずで、知られている写真では1945〜46年のものです。

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穿った見方をするならば、手っ取り早く手に入ったこの本によりそのままモデル化してしまったと言われても、とも (^_^;

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本モデルの考証そのものについては、それ程大きな誤りは無いように見受けられます。

ただしモデル・デザインについては、何点か指摘を。

まず、艦首形状です。 確かに1/1100スケールでどこまで表現するかになりますが、ここはもう少しきちんと表現して欲しかったですね。 それにラインも少々違いますし ・・・・

076_Richelieu_model_02a.jpg  076_Richelieu_model_02b.jpg

Richeliue_draw_plan_01_bow_s.jpg  Richeliue_model_bow_01_s.jpg

高角砲及び機銃については、本シリーズ共通であまり出来が良いとは言いがたいものがあります。

この辺はいつも書いていますように、デザイナーは艦船については素人さんであることが判ります。 スケール的に如何に小さいとはいえ、軍艦としての武装に関心がないというか、こだわりがないというか ・・・・

上部構造物最下段の甲板にあるブルワークが、本シリーズとしては意欲的とも言えるほど極めて薄くできているのですが、残念ながら製造工程で (左右両舷とも) こうなってしまっては逆効果かと(^_^;

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そして本シリーズに要求するのは無理なのかもしれませんが、船底の形状には全く関心が無いように思われます。 特にビルジキールより内方が正しく表現されていたのは本シリーズではほとんどありませんで、この 「リシュリュー」 もご多分に漏れずです。

折角のフルハル・モデルですので、もう少し細部までこだわっても良かったのではと思っています。

ただし、上に書きましたようにモデルの全体的な見栄えは確かに良いです。 迷彩塗装がなされた本シリーズの外国艦の中でも上位に入るのではないでしょうか?

それだけに、おまみ氏も指摘されているように、せめて前部艦橋構造物は全面明るい灰色にならなかったものかと。

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トップと司令塔上部ができるならそれほど難しい話しではないでしょうし、もしこれが正しく表現されていたならもっと高い評価を与えても良いでしょう。

( そう言えば ・・・・ 公式サイトの見本写真では前部艦橋構造物は正しく全面明るい灰色になっているのに、生産販売品では違ったものになっていますね。 なぜ変更になったのでしょう? これってクレーム対象にならないのでしょうかねえ ・・・・ )

2015年12月01日

オールド・セイラーの眼 (40)


またまた一回遅れになってしまいました (^_^;

◎ 第75巻 「羽黒」

シリーズ第75巻は 「妙高」 型4番艦の 「羽黒」 で、1944年のマリアナ沖海戦後の姿の設定となっています。

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まずはいつもどおり、モデラーさんとしてモニターをされているHN 「おまみ」 氏の評価記事のご紹介で、次のURLです。


おまみ氏の総合評価としては

“ 今回の羽黒は、妙高型三隻の中では出来が一番良い ”
“ シリーズ全体から見ても、手直ししたくなる部分が少ないという点で、品質的には平均かそれ以上 ”

ということで、まあシリーズ中で同型艦の3隻目ですから当然と言えば当然のところでもありますが ・・・・

こうして3隻を並べて見ても、それなりの見栄えであり悪くはないでしょう。 そしてこれが本シリーズの基本コンセプトの一つでもあります。

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(右手前から、今回の 「羽黒」、第62巻 「那智」、第17巻 「妙高」 の順)

ただし、逆に各艦ごと出来不出来の個所が目立ってしまうのは残念なところと言えます。

考証的には、船体形状、特にバルジとビルジキールが違う (結局同型艦3隻で正しいのは一つもありませんでした) 他は、艦橋構造物の測的所の形状が少々おかしいことを除けば、それほど大きな問題点はないでしょう。 単装機銃の欠落などはこのスケールではそれ程目立ちませんし、舷窓の塗装もまあ ・・・・

しかしながら、考証とモデル・デザイン、製造組立塗装の全ての面について、これまでづ〜っと言い続けてきた本シリーズ共通の問題点は相変わらずです。

ダイキャスト船体とプラ製の接合部の大きな隙間と段差は結局改善されませんでしたし、組立・塗装における製品管理も不充分なままです。

いまだにこの様に傾いたものがそのまま検品を通るような状況は ・・・・ (^_^;

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その意味では、いわゆる “イーグルモス・クオリティ” からすれば “並よりは上” と言う評価になるでしょう。


それにしても、本シリーズ全80巻中日本艦艇の重巡で同型艦が全部揃わないのはこの 「妙高」 型だけで、3番艦の 「足柄」 が欠となっています。

これだけ日本艦中心で進めてきたシリーズなのに “何故?” と思うのは私だけではないでしょう。

確かに太平洋戦争中の戦歴としてはあまり華々しいものはありませんが、1937年戴冠式に伴うスピッド・ヘッド沖での国際観艦式に第1次近代化改装途中で派遣され、列国海軍艦艇が居並ぶ中 「飢えた狼」 とまで評されてその名が知られている艦なのに、です。

元モデル・アドバイザーとしては、これはもう他の艦と入れ替えてもラインナップとして揃えるべきであったと考えます。 ちょっとシリーズとして中途半端であったと。

2015年11月11日

オールド・セイラーの眼 (39)


◎ 第74巻 「千歳」

シリーズ第74巻は日本空母の「千歳」で、1944年に栗田艦隊の囮部隊となった小澤艦隊の一艦としてエンガノ沖海戦参加時の迷彩塗装の設定となっています。

ご存じのとおり、「千歳」は有事には空母に改造されることを前提にした水上機母艦として建造されましたが、ミッドウェー海戦後の空母増勢計画により(予定どおり)空母に改造されたものです。

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いつもどおり、モデラーさんとしてモニターをされているHN 「おまみ」 氏の評価記事は次のURLです。

細かな点はいろいろ指摘されているものの、総合評価としては一言

“ 細かい事は気にしないのでキレイな迷彩姿の千歳の模型が欲しいという人にはオススメ ”

というものです。

迷彩モデルとしては外国艦の見栄えに押されている本シリーズのなかで、これは確かに評価できるでしょう。 ただし残念ながらあくまでも “迷彩塗装のドハデさにおいてだけは” です。

日本艦、特にこれまでの空母のモデルの場合と同じく、というよりそれ以上に考証とモデル・デザインの両面については全く評価すべき点はありません。 並以下であり 「千歳」 のスケールモデルとは言い難い出来です。

したがって、おまみ氏の言う “細かい事は気にしないのであれば” どころか、塗装を除けば “千歳もどき” です。

問題なのは、この飛行甲板前部の “垂れ下がり” です。 なんでしょうかこれは。

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チョット見には例によって前部支柱が寸足らずでこのための組立ミスかな、と思いましたが、公式サイトのサンプル写真でも、またおまみ氏のものでも同じですので、これは明らかに考証・デザインの誤りと考えられます。

したがってもうこのことだけでもモデル全体の印象が冒頭写真のとおり 「千歳」 とは全く違ったものになってしまっています。

そして考証面については、おまみ氏もいろいろ指摘されていますが、それよりも何よりも船体形状が全く違います。

この 「千歳」 は直ちに考証に使用できる一般艤装図などは公表されてませんし (私の知る限りでは)、写真なども十分ではありません。 これからするならば、この設定時の考証には手間暇がかかり、モデリングもなかなか難しいものがある一隻と言えることも確かです。

それでも断片的にはいくつかの公式図が知られていますし、考証に役立つ写真もそれなりにあることはあります。 したがって、しっかりした考証をしていればそう極端な大きな誤りは出ないはずですが ・・・・

まず艦首側面形状が違います。

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次いで、船体後部の形状などはちょっと酷いです。 いったいどこからこんな図面が出てきたの、というくらい全くの別物になっています。

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そして船体断面形状も全く違います。

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本シリーズ開始早々にモデル・アドバイザーとして参画した時に、ラインナップとして後になればなる艦ほどモデル化が難しいので、前半の比較的楽な (= 資料が多い) 艦が並んでいる間に、これらは早くからじっくり考証とモデル・デザインに取り掛かる必要がありますよ、と度々アドバイスしていたのですが ・・・・

これに加えて、相変わらず初歩的な考証ミス、というより基本的な事項を理解していないということが多すぎます。

例えば、おまみ氏の指摘にもある艦載機の並び順、右舷煙突以降の高角砲・機銃の防煙用シールドの欠落、などなどです。

そしてモデル・デザインですが、またしても他の日本空母の例に漏れず、飛行甲板下の高角砲・機銃などの各プラット・フォームやスポンソンと、その下の支柱部分とが全て大きくずれています。

こんなことはモデル・デザイン段階でも、初期のテスト・サンプル組立段階でも、一目でおかしいことは気づくはずのものです。 本当に開発・製造過程において誰一人として気づかなかったのでしょうか?

これらのことは既刊の日本空母モデルで同じことを毎回毎回繰り返しており、その度にいろいろなところから指摘されてきたはずです。

それにも拘わらず、シリーズがここまで進んできて何故いまだにこんな初歩的なミスさえ改善されないのでしょうか? 私には全く理解不能です。

毎回同じことばかりを繰り返して指摘していますが ・・・・

本当にこの様な考証とモデル・デザインのものが、本シリーズ出版の企画当初から意図していたレベルなんでしょうか? 本当にこれで良いのでしょうか、イーグルモス社さん?

残念ながら、私としては “しっかりして下さい” としか申し上げようがありません。

2015年10月23日

オールド・セイラーの眼 (38)


続けて今回発売の第73巻です (^_^; 

◎ 第73巻 「ウエスト・ヴァージニア」

シリーズ第73巻は米戦艦としては2隻目である 「コロラド」 型3番艦の 「ウェスト・ヴァージニア」 で、1941年に太平洋戦争開戦劈頭の真珠湾で沈められた当時の姿の設定となっています。

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いつもどおり、モデラーさんとしてモニターをされているHN 「おまみ」 氏の評価記事は次のURLです。


細かな点はいろいろ指摘されているものの、総合評価としては本シリーズにおける外国艦の例に漏れず、日本艦艇に比べれば見栄えも出来も良好な部類ということでしょうか。

確かに、後檣の塗装の誤りなどを除けば、こうしてケースに入れて飾っても1/1100スケールとはいえそれなりの見栄えがします。

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それだけに、細部の考証が中途半端なままなのは惜しいと思います。 おまみ氏もいろいろ指摘されている以外にも、水中魚雷発射管口の欠落、舵の位置のズレなどなど、例によっていくつも見られます。

そして、 「コロラド」 は船体線図1枚のみは米海軍から公式図が公表されているにも関わらず、モデル・デザイナーはどうもこれも見ていないように思われます。 したがって、舷側装甲を考えても、断面形状が少しおかしい。

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結論として、本シリーズでは見栄えと出来の良いモデルが続く外国艦のなかにあっても、それほど悪くはないレベル、と言うのがせいぜいでしょうか。

もっとも、艦橋構造物などはスケール上のデフォルメを含めたモデル・デザインとして考えた場合、この造形でどこまで購読者に受け入れられるのかと、いうことになります。

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そして私の手元に届いたサンプルでも、その象徴たる前後のパゴダ・マストが傾いて「ハ」の字になってたり、上の写真のように塗り分けがちょっと酷い等々があり、折角の見栄えを大きく損ねています。


そもそも、このモデルはなぜ当初予定の 「コロラド」 から急に 「ウェスト・ヴァージニア」 に変更となり、しかも同艦として最も見栄えのする就役後でもなく、真珠湾後の近代化改装が施された姿でもなく、わざわざ1941年の設定となったのでしょう?

おまみ氏は日本人受けをするように真珠湾で日本海軍が沈めた艦の当時の姿として、という理由を挙げておられますが ・・・・

私として最も考えられるのは、まず 「コロラド」 ではモデル化するに足る良い資料が集まらなかったところへ、米海軍が公開している 「ウェスト・ヴァージニア」 の公式図 (13葉綴) を見つけたことではないかと。

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そしてその公式図のままの1939年ではなく、わざわざ上記の理由を考慮して1941年にしたのではないか ・・・・ と ?

結果として、やはり1939年から1941年当時までの変化についてはその考証が中途半端になってしまいました。

なぜ素直に公式図のまま1939年にしかなったのでしょう。 折角 「ビッグ7」 の一隻であるこの艦をモデル化するのに、それで何の問題も無いはずなのに、です。

ちょっと勿体ないと思わずにはおられません。

2015年10月20日

オールド・セイラーの眼 (37)


前回に引き続き、またまた1回遅れとなってしまいました (^_^; 

◎ 第72巻 「摩耶」

シリーズ第72巻は 「高雄」 型モデル4隻目の 「摩耶」 で、1944年に損傷復旧の機会を利用して三番主砲塔を撤去し高角砲などの対空兵装を強化した、いわゆる防空巡洋艦となった姿の設定となっています。

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いつもどおり、モデラーさんとしてモニターをされているHN 「おまみ」 氏の評価記事は次のURLです。


総合としては
  “高雄型はどれもなかなか良作、この摩耶はその中でトップかもしれない”
  “突出して良い部分があるわけではないが、ひどい部分もない”
  “模型として無難な線に仕上がっている”
という評価ですが ・・・・ う〜ん、もう少し辛口でも良いんではないでしょうか (^_^;

最大の問題点は船体形状。 バルジの形状も (従ってビルジキールも) 正しくありませんし、中部上甲板の舷側への張り出しもありません。

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結局このシリーズでは 「高雄」 型4隻の全てで船体形状の正しいものは一つもありませんでした。

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そもそも、なんで同型艦でありながら基礎的なところから全て一からデザインし直さなければならないのか? しかもそれでも同型艦で揃っていればまだですが、1隻1隻全てバラバラ。

本シリーズの大きな欠点 (欠陥?) の一つは結局シリーズ最終場面に来てもそのままです。

そして1944年にも関わらず舷窓はそのままであることを始めとして、日本艦艇についての基礎的な考証の抜けは相変わらずです。

細部についてはおまみ氏が指摘されているのでそちらをご覧いただくとして ・・・・

私のところに届いたサンプルでは上の写真のとおり、本モデルでの目玉であり、顔でもある前部艦橋構造物の上部が大きく傾いていることでしょう。 遠くから眺めても、一見しておかしな形になってしまっています。

製造不良と言うより、相変わらずの製造工程の管理監督がキチンとなされてないこともそのまま、ということですね。

結局のところ私の評価は、本シリーズの日本艦艇の出来としては中庸レベルであり、他所で言われている “イーグルモス・クオリティ” そのままと言わざるをえません。

せめて評価できる点と言えば、敢えて 「摩耶」 最高の見せ場である1944年の改装後の姿を選定した、ということでしょう。

折角そこまでやったのなら、モデル全体としての出来も見栄えももう少し頑張って欲しかったところです。

2015年10月07日

オールド・セイラーの眼 (36)


バタバタしていて、またまた1回遅れとなってしまいました (^_^; 

◎ 第71巻 「秋月」

シリーズ第71巻は日本の防空駆逐艦として知られる 「秋月」 型のネームシップ 「秋月」 で、1942年の就役時の設定となっています。

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いつもどおり、モデラーさんとしてモニターをされているHN 「おまみ」 氏の評価記事は次のURLです。


細かな点もいろいろと指摘されていますが、総合としては “全体としては平均的な出来” という評価です。

う〜ん、私としては “何となくピンボケ” の 「秋月」 のような ・・・・ っと思わずにはおられません (^_^;

何が原因なのかというと、如何に1/1100のスケールで全長13センチほどのモデルとは言え、特徴として押さえるべきところがキチンと押さえられていない、ということに尽きるでしょう。

公式図面も残されていますし、「秋月」 型の写真も考証資料も、モデル・デザインには十分と言えるものがありますので、その気になりさえすればこのスケールでもビリッとしたものが出来るはずと思います。

その最大のポイントが艦橋構造物で、あの特徴あるスラッとした姿が表現できていません。 基本的なデザインも、そして本シリーズの欠点の一つである部品分割とその製造・組立も、全てが悪い方向に出ていると言えます。

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そして、艦首形状は、艦首先端の側面形状も、シア・ラインも、艦底形状も正しくありません。 断面形状のフレアもほとんど表現されていませんし、艦首部の平面形状も少々可笑しいです。

また、煙突形状も異なっていますし、艦尾側面形状も違っています。

これらによって 「秋月」 のモデルとしての見かけが大きく損なったものとなってしまっています。

スケールによるボートダビットの省略などや、後部射撃指揮装置の考証誤り、またまたやってしまった艦首菊花紋章のモールドなどは、これらに比べれば小さいことで (^_^;

そして見栄えとして気になるのは、例によって先発の駆逐艦モデルと同じで、ヒゲが1本飛び出たような烹水所煙突、そしてデザイナー自身もこれが何であるのか理解できていなかったと思われる爆雷装填架と投射機、などなどでしょう。

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う〜ん、シリーズとして日本駆逐艦の最後となるモデルがこの出来なのか、と暫し。

もう少し “山椒は小粒で” というところがあっても良かったのではないでしょうか、イーグルモス社さん。

2015年09月16日

オールド・セイラーの眼 (35)


何だかんだと言っているうちに、ともかくシリーズ全80巻中の70巻まで来ました。 あと10巻です (^_^) 

◎ 第70巻 「プリンツ・オイゲン」

シリーズ第70巻はドイツ艦としては6隻目、重巡洋艦としては初となる 「プリンツ・オイゲン」 で、ビスマルクと共に大西洋における通称破壊戦を試みた、いわゆる1941年の “ライン演習作戦” 時の設定となっています。

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いつもどおり、モデラーさんとしてモニターをされているHN 「おまみ」 氏の評価記事は次のURLです。


総合として “今回の製品は造形が良く出来てます” “20cm弱の小さな模型でありながら実に見映えします” という評価です。

う〜ん、私としても前回の 「朝日」、その前の 「球磨」 を見てしまった後では、“何これ、良いじゃ〜ん” と思わずにはおられません (^_^;

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おまみ氏も指摘しているように、本シリーズ共通仕様として迷彩塗装は上部構造物は省略されているという欠点を我慢するならば、見栄えとしてはまず申し分ないでしょう。

本シリーズとしての基本的な問題点 (部品分割法、塗装・組立など) はそのままですが、ほとんど気にならないほどです。

もっともこの 「プリンツ・オイゲン」 についても公式図や写真、考証資料など豊富に揃っていますので、これに忠実にモデル化するならば、大きなミスなどは生じようが無いと言えます。 モデル・デザイナーはさぞ楽だったかと (^_^)

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細かなところはおまみ氏も指摘されていますし、その他にも10.5cm連装高角砲の形状など色々ありますが、1/1100というスケールと全体の見栄えを考えれば特に問題とするほどでは無いでしょう。

それにしても、なぜ本シリーズは外国艦は軒並み出来と見栄えが良いのでしょうか、イーグルモス社さん? 単に史料・資料の問題だけとは ・・・・

以前も書きましたが、日本艦もせめてこのレベルであれば、と思うのは私だけではないでしょう。

2015年09月12日

オールド・セイラーの眼 (34)


なかなかブログ更新の暇がとれなくて滞っておりますが ・・・・ こちらは2週間おきに新しいのが出ますので、なんとかこなさなければなりません。

既に次の第70巻が発売になっておりますが、一つ遅れと言うことで (^_^;

◎ 第69巻 「朝日」

シリーズ第69巻は日露戦争を勝利に導いた旧海軍6隻の戦艦のうちの1隻 「朝日」 で、日本海海戦時の1905年の設定となっています。

本シリーズでは既に第8巻 「三笠」、第30巻 「敷島」 が出ておりますので、3隻目のインナップになります。

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いつもどおり、モデラーさんとしてモニターをされているHN 「おまみ」 氏の評価記事は次のURLです。


総合として “今回の朝日は基本良い出来” “造形は敷島型の中では最も良い” という評価です。

しかしながら、私としては既にシリーズ70巻を目の前にして残念ながらこの出来なのか、という想いです。 考証、モデルデザインの全ての面において並以下としか評価できません。

逆に言うと、前・後煙突の形状はそれなりに正しいのですが、こういう当たり前のことが評価ポイントに見えてしまいます (^_^;

考証とモデル・デザインとで問題をどこで線引きするかということがありますが、まずは主として考証上の点から。

(1)船体の最大幅は水線付近で2ミリ近く広くなっており、逆に全長は2ミリ近く短くなっています。 しかも船体断面は水線付近で膨らんだ丸い形状が上手く表現されていないため、上甲板ラインが異常に広く(従って中央構造物の幅も違う)、かつ船体全体が極めてデップリとボテッとしたものとなっています。

(2)艦首側面形状が正しくありませんし、それ以上に艦尾部側面形状などは全く誤っています。

(3)1905年の設定であるならば、ファイティング・トップは1904年末に撤去されいるにも関わらず、これが表現されています。

(4)「三笠」 「敷島」 で表現されていたボートダビットがないことはともかくとして、日露戦争中は後甲板の短艇は撤去されています。

(5)ボート・デッキは鉄甲板であるにも関わらずデッキ・タン塗装となっていますし、また日露戦争中の煙突頂部の黒色塗装の範囲も違います。

(6)その他の細部はおまみ氏も指摘されているところですが、それ以外にも、前部マストのヤードは3本、同前部マストの通称 「鳩の巣」 と言われる見張所の欠落、などなど限りがありませんが ・・・・

(9月13日追記) : 肝心なことを一つ書くの忘れていました (^_^; 見かけというか見栄えの点では最も大きな考証ミスと言えるでしょう。

上甲板は全面木甲板ですが、前後主砲砲口の旋回範囲付近は幅広い円弧状の鉄甲板となっており、これが表現されていません。

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これは当時の英海軍における大口径砲搭載艦の流行のもので、おそらく発射時のブラストから甲板を保護するための措置であったと考えられます。

前部は甲板幅も狭く、かつキャプスタンやアンカー・ベッドなどがありますのでそれほどでもありませんが、後部は甲板が広いので非常に目立つところです。

ちょっとこれは痛いかと。



次ぎに主としてモデル・デザイン上の問題点です。

(1)スターン・ウォークの表現などはスケールを考えても “何これ” というレベル。

(2)主砲のバーベット部の形状が正しくありませんので、これが見かけを損ねています。

(3)前後部艦橋の形状バランスがよくありません。 このため艦全体の印象がかなり違ってきております。

(4)舷側の12ポンド砲は、砲門部はそれなりに表現されているものの肝心な砲身がありません。 おまみ氏は部品の強度上からと好意的に見ていますが ・・・・ それにしても砲門の凹部にまで舷窓表現の黒点があったり (^_^;

(5)部品分割が悪いためか前部の錨床 (アンカー・ベット) の形状が不良ですし、そもそも何で錨や錨鎖を黒色にするのか?

(6)艦尾の中錨は前部の主錨や副錨より大きいという (^_^; しかもわざわざこれも黒色で。


う〜ん、元モデル・アドバイザーの一人としては、シリーズがここまで進んできてちょっと残念な出来としか評価のしようがありません。

それともイーグルモス社さんは、このレベルでシリーズのスタンダードだからOKとしているのか ・・・・ ?

はっきり申し上げて、デザイナーは艦船についての全くの素人さんと考えられますし、そしてイーグルモス社さんは企画段階で仕様書と資料をそのデザイナーに投げただけで、後のチェックはしていないのではと思われるのですが、いかがですか?

上に掲げた指摘点などは、モデル・デザイン以降どこかの時点で一度でもきちんとチェックをしていれば防げる、“凡ミス” ともいえるものばかりなんですが。


それよりも何より申し上げたいのは、なぜラインナップとしての 「朝日」 の選択なんでしょう?

冒頭に書きましたように、既に 「敷島」 型として 「三笠」 「敷島」の2隻が出ています。 全80巻のシリーズで更に3隻目の 「朝日」 を出す必要性が私には理解できません。 世界の 「軍艦コレクション」 であって 「戦艦コレクション」 ではないのですから。

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( 手前から今回の 「朝日」、第30巻 「敷島」、第8巻 「三笠」 の順 )

ラインナップのバラエティさからするならば、日露戦争期の選択ならば「春日」「日進」か「八雲」などの装甲巡洋艦でしょうし、あるいはせめて「富士」「八島」かと。

そして日露戦争期からでなくとも、日清戦争期の三景艦などは当然ラインナップされていてしかるべきであったと考えます。

前回も書きましたが、どうも本シリーズのラインナップ選択の基準が曖昧というか、筋の通ったコンセプトが感じられません。

もう少しコレクションとして魅力ある選択が欲しかったところです。

2015年08月13日

オールド・セイラーの眼 (33)


◎ 第68巻 「球磨」

シリーズ第68巻は旧海軍が誇った5500トン型軽巡の最初のタイプである 「球磨」 型のネームシップ 「球磨」 です。

これにて、5500トン型軽巡3タイプ及びその前の 「龍田」 型を合わせた4タイプの全てが揃うことになりました。

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いつもどおり、モデラーさんとしてモニターをされているHN 「おまみ」 氏の評価記事は次のURLです。


総合として “考証が毎回詰め切れていません” という評価です。

私としても全くそのとおりと思いますが、むしろ詰め切れていないというよりは、疎かになっていると言った方が良いでしょう。


・・・・ う〜ん、それにしても何故わざわざ1940年設定の 「球磨」 なんでしょうか?

「球磨」 型の中から選定するにしても、私ならこの設定年代の 「球磨」 は絶対に選択しません。 改造時期・改造点がはっきりしていませんし、公式図はもちろん、満足な写真さえ残されていないからです。

前部及び後部の探照燈の改造、高角砲から機銃への換装、消磁電纜の追加、前部マストのヤード、後部見張所などなど、実施時期が正確に確定していないところが多くあります。

考証的にキチンとしたモデルとするなら、少なくとも鮮明な写真が残されている新造時あるいは昭和10年前後とするべきであったと考えます。

もちろん 「球磨」 の艦歴上特段何かモデル化するに足るような出来事があった訳ではありませんので ・・・・


そして何故 「球磨」 型としてこの 「球磨」 の選択なんでしょうか?

5500トン型軽巡3タイプ全て一番艦、というのも判らないわけではありませんが、シリーズとしてのバラエティさを出すなら、この 「球磨」 型については大戦中の姿のものの選択の方がベターであったと言えるでしょう。

その意味ではおまみ氏も推奨している 「北上」 か 「大井」 とするべきであったと言えますし、あるいは迷彩塗装の 「多摩」 「木曾」 でも良かったと考えます。

これらの方がこの1940年設定の 「球磨」 よりは、はるかに購読者に受け入れられ、歓迎されたと思うのですが ・・・・


そしてこの1940年設定の 「球磨」 の本モデルについてです。

確かに、前部艦橋の形状や1番と2・3番煙突との形状差など、このスケールとしてはある程度評価できる個所がありますが、その反面、飛行作業甲板左舷の形状誤りなどは “一体何に基づいたの?” と言わざるを得ないものです。 どうやったらこんな大事なところを間違えるのか、と。

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もうこの件一つでこのモデルの考証レベルを評価するには十分と言える程です。 設定年代の状態について、真面目に調べて検討した結果とは全く見えません。


これら以外の上部構造物や艤装・装備品などについてはおまみ氏が細かく書かれていますのでそちらに譲るとして、そもそも船体形状さえキチンと考証されていません。

一般的に 「スプーン型」 と称される、艦首側面の形状が正しくありません。

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船体断面形状、特に船底部の形状やビルジキールの位置も違います。

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そしてもうこうなると笑わざるを得ない後部船底部。 一体どこからこの様な形状が出てきたのでしょうか? 多少なりとも艦船についての知識があるなら、この様な形には絶対にならないことはすぐに分かるはずです。 先行の 「長良」 「川内」 でも決して正しくはありませんが、少なくとも艦船モデルとしてはまがりなりもそれらしくなっていたのに ・・・・ です。

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( 今回の 「球磨」 )

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( 「長良」 )


モデル・デザインについては、もう本シリーズで毎回とも言えるほど指摘したところがそっくりそのままです。

特に今回は、機雷敷設用軌条上のリノリュウム押さえのモールドのミス、短艇、主砲、魚雷発射管などなどのデザイン不良を始め枚挙に暇がありませんが、それこそ上記の考証ミスに比べれば小さい小さい、となってしまいます (^_^;

要するに1/1100というスケールによるデフォルメを考えても良い出来とはとても言えません。

そしてここまで来てもシリーズとして全く統一されていない共通の装備品や艤装品はもちろん、モデル一つ一つを一からデザインするため、5500トン型軽巡3タイプとして各部のデザインがバラバラの出来不出来の多さ。

その反面、シリーズ共通の部品分割法や組立・塗装の不具合点はやはりそのままで ・・・・


こうして1+3タイプを並べて飾って眺める分には、本シリーズの基本コンセプトからも決して見栄えは悪いものではありません。 ( 「長良」 の木甲板ミスは目立ちますが (^_^; )

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( 手前から 「球磨」 「長良」 「川内」 「龍田」 の順 )

折角のフルハル・モデルでのシリーズなんですから、なぜもっと基本的な考証とデザインに力を入れないのでしょう?

そしてシリーズとしてのモデル選択になぜもっと明確なポリシーを持たせないのでしょう? 実に勿体ない話しですね。

2015年07月30日

オールド・セイラーの眼 (32)


◎ 第67巻 「ハーミス」

シリーズ第67巻は英海軍の空母 「ハーミス」 (ハーミーズ) で、1942年インド洋作戦実施中の旧海軍機動部隊によりまさに “爆撃標的” として撃沈された当時の設定とされています。

ご存じのとおり、この 「ハーミス」 は1924年に建造された英海軍初の純粋な空母ではありますが、試作艦的意味合いの強い小型空母です。

日本においては上記のとおり、一応機動部隊が撃沈した英空母としてその名はよく知られていますが、その一方で艦そのものについての詳細はあまり知られていない一隻でしょう。

したがって英国の出版社たるイーグルモス社さんが、自国の空母をどのようにモデル化するかが大きな見所の一つであるといえます。

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いつもどおり、モデラーさんとしてモニターをされているHN 「おまみ」 氏の評価記事は次のURLです。


総合として “飛行甲板の木張り表現ミスさえなければ、あっさりディテールながらシルエットがハーミーズの特徴捉えてるし、迷彩塗装の船体もカラフルで見映えするので良作だったと思います。惜しい。” という評価です。

確かに、飾って眺める分には、濃緑色の飛行甲板と船体の迷彩もあって、見栄えとしては十分なものと思います。 これは評価してもよいでしょう。

そして、日本においては図面も含めて資料が非常に少ないことから、スケール・モデルとしての稀少価値も併せて、私もこの 「ハーミス」 のモデルには大変期待をかけるものがありました。

それはそうでしょう、イーグルモス社さんにとっては自国の空母です。 シリーズとして満を持しての選択であり、モデル化であると考えるのは当然のことです。


・・・・ しかし残念ながら、その期待は全く裏切られたと言って良いでしょう。

結論としては、十分な考証は全くなされていないと断言できます。

その典型がおまみ氏の指摘にもある飛行甲板の木甲板のモールドです。 このようなことは、残された写真をチェックしただけでも一目瞭然のものです。

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そして、各部もかなり違います。

その一つが、後部エレベーター付近の飛行甲板の形状です。 ここは、写真を見ても明らかなように、緩く盛り上がっていなければなりませんが、これが表現されていません。 また、飛行甲板周囲の転落防止用ネットとその支柱が表現されていません。

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それに目立つ太い飛行甲板支柱のところから格納庫甲板が艦尾甲板より一段高くなっていますが、モデルでは面一のままの表現となっています。

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艦尾の形状も全く違います。

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これらも写真をチェックしていればすぐに分かるはずのものです。

そしてこれら全ては 「ハーミス」 の大きな特徴的なところですから、当然ながらキチンと表現されなければなりません。

加えて、後部エレベータ下には搭載機が (何故か) 1機置かれていますが、この状態を表現するならエレベーターは下降状態でなければなりません。

そしてその両脇に細い支柱のようなものが表現されていますが、これは本来エレベータの昇降用ワイヤーの部分ですから、エレベーターが下降状態でなければ見えません。


モデル・デザインについては、1/1100というスケールを考えたとしても、非常に大まか (ラフ) であることはおまみ氏の指摘にもあるとおりです。

( 艦橋構造物などはちょっとラフというレベルを超えていますが ・・・・ (^_^; )

その他飛行甲板前部が艦橋構造物前端付近のところで幅が広くなっていなければなりませんが、これが例によってダイキャスト船体との接合及び部品分割の関係で上手く表現されていません。 せめてここの舷側沿いも濃緑色に塗られていればまだ、と思います。

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それに、これだけ大きな平面を持つ艦橋構造物両側面になぜ迷彩がないのでしょうか?

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( 沈没直前の 「ハーミス」  艦橋構造物側面の形状と迷彩がよく判ります )


・・・・ で結局のところ、このモデルデザイナーは、キチンとした考証やモデルデザインをしておらず、単にその辺にある資料をお手軽に利用しただけではないかと疑わざるをえません。

例えば次のURLにあるイラストをご覧下さい。

http://www.shipbucket.com/images.php?dir=Real%20Designs/Great%20Britain/CV%2095%20Hermes%201942.png

このイラストをそのまま1/1100スケールのモデルにしただけと言われても仕方がないでしょう。

そして甲板上の航空機の配列にいたっては、機種こそ違うものの次のURLにあるスケール・モデルの写真そのもの (^_^;

http://sdmodelmakers.blogspot.co.uk/2013/02/hms-hermes-95-aircraft-carrier-model.html

これでは折角の見栄えではあっても、元モデルアドバイザーの一人としては全くのガッカリです。

イーグルモス社さん、厳しい指摘ですが、本当にこのような考証やデザインのやり方でいいんでしょうか?

2015年07月16日

オールド・セイラーの眼 (31)


◎ 第66巻 「鈴谷」

シリーズ第66巻は旧海軍の 「鈴谷」 で、1940年に当初の軽巡から重巡へ改装された時の設定とされています。

「鈴谷」 及び 「熊野」 は一般的に 「改最上型」 とも呼ばれているように、基本的には 「最上」 型の3・4番艦ですが、船体設計をやり直しておりますので 「鈴谷」 型と言ってもよいものです。

したがって、本モデルではこの点をどのように表現するのかも見所の一つであるといえます。

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いつもどおり、モデラーさんとしてモニターをされており、本シリーズのレポでコラボさせていただいてるHN 「おまみ」 氏の評価記事は次のURLです。


総合評価として “良くも悪くもこのシリーズなりの鈴谷の形になっていると思います。 甘めかもしれないけど平均点。 (ただし最近の品質低下で平均点下がっています)” とされています。

詳細評価も含めてほぼ全面的に同意します。 特に本シリーズの基本コンセプトからすると、決して見栄えは悪いものではないのですが ・・・・

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( 手前から第66巻 「鈴谷」、第32巻 「三隈」、第20巻 「最上」の順 )

ただし、これは本シリーズを並べて離れて見る場合であって、手にとってみるとやはり色々と問題がある、という出来になってしまっています。

特にこの 「鈴谷」 はモデル設定である重巡改装時の姿として一般艤装図及び船体線図などの公式図が残されていますので、これに基づいてキチンと考証とデザインをしていれば間違えようのない “はず” のものです。

しかしながら、本モデルを見る限りでは、本当にこの公式図を確認したの? というところが随所にあります。 その最大の問題点が船体形状です。

全長200.6m (=182.4mm) に対してモデルは179mmで約3.5mmも短く、逆に船体最大幅19.2m (=17.5mm) に対して18.6mmと1mm以上広くなっており、船体平面形状は実艦よりズングリムックリしています。

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また、船体断面形状が異なっており、特に 「最上」 型に対して 「鈴谷」 型は船体最大幅よりもバルジ幅が広く、船体舷側から大きくはみ出ているという特徴が表現されていません。

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加えて、船体前部の形状も異なります。 まず平面形状は全体がズングリであるのに対して艦首部は明らかに細すぎます。

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そしてこのシリーズの最大の欠点であるダイキャスト船体とプラ甲板との接合部の大きな隙間のために、これが一層強調されて見えます。

また側面形状では、艦首上甲板の反り上がり (sheer) が大きすぎますし、また艦首先端の2つの直線を基本とした特徴ある形状が全く表現されていません。

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船体後部では、上掲の船体断面図の如く丁度装填演習砲当たりから上甲板が下りの傾斜となっており、「最上」 型と異なる特徴の一つとなっていますが、これも表現されていません。


船体以外での主要な点については、主砲や艦橋構造物上部の誤り、高角砲に至っては何を今更という形状、煙突のおかしなジャッキステイ、推進軸の付き方が違う、などなど。

その他、後部の洗い場が凸形状になっているなど詳細に見ると数限りなくあります。

これらを見るに、単なるスケールからするデフォルメ上の問題ではなく、明らかにモデル・デザイナーは艦船についての全くの素人さんであるが故のものと判断されます。

そしてこの素人さんがデザインするものを、企画〜デザイン〜製造の全ての段階において誰も考証的なチェックをしていないのではないかと。

例えば次の画像と本モデルを見比べてみて下さい。 タミヤさんの公式サイトにある1/700のものですが、艦載機を含め基本的にこれと実にそっくりなデザイン (^_^;

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( 元画像 : タミヤさんの公式サイトからお借りしました )

これを見ると、もしかするとデザイナーは公式図に基づくのではなく、これをそのままスケールダウンすることを図ったのでは? と疑わざるを得ないレベルのものです。

おまみ氏も指摘されている “最近の品質低下で平均点下がって” ということの典型例の一つと言えるでしょう。 オールド・セイラーの眼からしても、大変残念な出来となっています。

イーグルモス社さん、既に66巻です、シリーズとしてのこれまでの蓄積が製品に反映されても良いのではないでしょうか?

それとも、シリーズ最後まで全くその単品限りでその時その時の担当デザイナー任せで行くのでしょうか?

2015年07月09日

オールド・セイラーの眼 (30)


色々書かなければならないことが溜まってしまいましたが、なにはともあれまずはこれを消化しないと (^_^;


◎ 第65巻 「磯風」

シリーズ第65巻は旧海軍の 「陽炎」 型駆逐艦の一隻 「磯風」 で、1945年の天一号作戦時の設定とされています。

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モデラーさんとしてモニターをされているHN 「おまみ」 氏の評価記事は次のURLです。


“わずか11cm弱の駆逐艦模型と考えると解釈の誤差の範囲” ということで “ディテールはシリーズ平均。駆逐艦と思うとそこそこ出来てる。” と評価されています。

ただし、

シリーズ3隻目の旧海軍駆逐艦ですが、おまみ氏も当然指摘しているように、またしてもなぜ菊花紋章が?

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最初の第39巻 「吹雪」 で私やおまみ氏はもちろんのこと購読者の方々からも散々言われているにも関わらず、第51巻 「朝潮」 で同じことを繰り返し、更にこの第65巻の 「磯風」 に至っても。

もう何をかいわんやで、ここまで来るとデザイナーはもちろんイーグルモス社の企画担当部門さんの姿勢に疑問を投げかけずにはおられません。

モニターや購読者の声が全く活かされておらず、全てをデザイナーと製造メーカーに丸投げしているままになっているのか? と。

イーグルモス社さんにしてみれば “たかだか塗装のミスくらいで” ということなのかもしれませんが、旧海軍艦艇に関するこんな肝心なことさえ出来ていないと言うことは、シリーズとして “キチンとした” スケール・モデルを出すという姿勢に欠けていると評価されてしまいます。

そしてこれは何もこの菊花紋章の件だけに限らず、“軍艦” としての基本についても多々見られることは度々書いてきました。

イーグルモス社さん、日本の艦船モデルのモデラーさんやコレクターさん、そして購読者さんのレベルを見誤っていませんか?


今回はこのことだけで評価は十分なので、これに比べれば艦橋前の機銃座の形状が異なるとか厨房用煙突の取り付け方がおかしい、等々多くのことは小さい問題ということになりますが ・・・・ サンプルをいただいている者としてもう少し付け加えます。


1.何故1945年設定の 「磯風」 なのか?

おまみ氏も言われているように、確かに 「陽炎」 型で最も有名な 「雪風」 ではなく 、これまであまり大きな話題とならなかった 「磯風」 を選択したことは、 ある意味評価できるかもしれません。

しかしながら、それは1945年の「磯風」の確たる資料があってのことでしょうか? 例えば、艦尾の爆雷投下軌条などは1945年の 「磯風」 は本当にこの状態だったという根拠は何でしょうか?

「雪風」 ならその1945年の詳細な考証がなされており、また1/700や1/400の詳細な図面集も出ており、これらから1/1100にスケールダウンすることは容易です。

今回のモデルを見る限りでは、「雪風」 をそのままモデル化して名前だけ 「磯風」 としているとして、一体どこが違うと主張できるのでしょうか?


2.何故 「吹雪」 「朝潮」 「磯風」 の選択なのか?

本シリーズではこの後 「秋月」 が予定されていますが、これを除けばこれまでの3隻を飾るのに、特型以降の旧海軍駆逐艦の1/1100スケールのフルハル・モデルとして一体どれだけの見かけに差が出るというのでしょうか?

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本シリーズの対象が艦船及び艦船モデルの初心者がメインであることを考えるなら尚更のことです。

特に 「磯風」 と 「朝潮」 では、電探や機銃の増設といった年代設定を別にすれば、このスケールではほとんど判らなくなると言えるでしょう。

それならば、なぜどちらか (私としては 「朝潮」 ) を止めて、太平洋戦争でも活躍した 「神風」 「睦月」 型など特型以前のものを選択しなかったのか。 あるいは何故丁型駆逐艦をラインナップしなかったのか。

シリーズ構成上のバラエティさからすれば、あまりにも中途半端であると言えるでしょう。


3.シリーズ共通の問題点はそのまま

多分モデルごとにデザイナーが異なり、またデザイン発注の仕様からなんでしょう、全て一からデザインし直すために、姉妹艦であっても形状が異なり、また共通装備品でも毎回出来が異なるという点。

そして逆にそれにも関わらず、ダイキャストの船体とプラ材の甲板との接合部に大きな段差や隙間が生じ、また艦橋構造物などの部品分割法の不良により大きく見かけを損ねる形状になる、等々の欠点は毎回同じであるという点。

全体の塗装や細部の塗り分けに毎回出来不出来が生じる点。

相変わらず傾きや隙間などなどの組立不良が生じる点。

これらの問題点は相変わらずほとんど改善されないため、見栄えを大きく損ねており、シリーズとしての質の向上が見られません。


う〜ん、イーグルモス社さん、残りあと15巻、せめてもう少し何とか頑張りませんか?

2015年06月18日

オールド・セイラーの眼 (29)

何かバタバタしておりまして、ブログの更新も2週間近く開いてしまいました (^_^;

◎ 第64巻 「ミネアポリス」

シリーズ第64巻は久々の米海軍艦艇となり、重巡 「ニュー・オーリンズ」 級の3番艦 「ミネアポリス」 で、1942年のルンガ沖夜戦 (アメリカ名 タサファロンガ海戦) 時の設定とされています。

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モデラーさんとしてモニターをされているHN 「おまみ」 氏の評価記事は次のURLです。


“ディテールは平均的レベルで悪くない。ただ秀作の多い海外艦の中ではあっさり気味” とされつつも “造形、組み立て塗装ともに問題なくなかなかの出来” と評価されています。

確かに本シリーズを並べて飾ってみる分には見栄えは十分であると言えるでしょう。 ただそれだけに残念なところがあるのも事実です。

私としては次の4点については指摘しておかなければならないでしょう。


1.飛行作業甲板と後部上部構造物

このクラスでは2番艦の 「アストリア」 の公式図が公開されており、またこの 「ミネアポリス」 そのものも多くの写真とともに1/700や1/500などの詳細な分割図面を掲載した書籍がいつくか出ています。 したがって、これらを基に1/1100にスケール・ダウンしたフルハル・モデルをデザインすれば容易で、かつ大きな間違いが出ようもないものです。

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・・・・ にも関わらず、格納庫前の作業甲板付近から後部上構にかけての形状が間違っています。

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実艦ではカタパルトのあるこの格納庫前の作業甲板は両舷にわたり上甲板と同一平面の面一であり、かつ舷側には切れ目のないブルワークがあります。

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しかしながら、モデルでは何故か作業甲板は上甲板より一段高くなっており、しかも船首楼甲板 (最上甲板) よりは低いという、非常に奇妙なモデル・デザインになっています。

しかもカタパルト後部で両舷とも上甲板と同じ高さの凹部分があり (ご丁寧にラッタルまで表現されている)、かつここには舷側のブルワークがありません。

そして更に問題なのは、実艦では後部上部構造物の両側が舷側と面一となっていますが、モデルでは舷側より幅が狭くなっています。

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( 1942年撮影の 「ミネアポリス」 中部右舷 )

なぜこの様になってしまったのでしょう? 図面と写真を確認していれば間違いようのないはずですが ・・・・


2.高角砲座

ブルワークを含む高角砲座を何故か別部品としてしまったために、最上甲板に据え付けられている高角砲がこの部品分だけ腰高になってしまい、非常に奇妙な見かけになっています。 明らかにデザイン・ミスかと。

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このため、高角砲の形状云々以前に、上記1.と合わせ、艦中央部から後部にかけての外観が異なっており、折角のモデルの見栄えを大きく損ねています。


3.工夫のない塗装

ネービーブルー一色の塗装時の設定であることからある意味致し方ない点があることは確かですし、ワンポイントとして初めてハルナンバーが付いていることは評価できるでしょう。

しかしながら、後は煙突頂部とボートなどが僅かに塗り分けられている以外は何等の工夫もありません。 まるで青の塗装缶の中にドップリつけたような ・・・・ (^_^;

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このハルナンバーが付けられるなら、なぜ装備品などを細かく塗り分けることをしなかったのでしょう? ハルナンバーだけで塗装の費用が一杯に?


4.ダイキャスト製船体とプラ製上甲板との接合部

これは本モデルに限ったことではなく、本シリーズ当初からの大きな問題点の一つです。

ダイキャスト製船体にこだわったため部品製造上の問題である程度は致し方ない点もあるのでしょうが、しかしながらデザイン時の不必要な大きな間隙の採用により、組立時にほとんど常に上甲板が船体上縁より落ち込んでしまい、まるで艦全周にわたりブルワークでもあるような状態となっているのが常です。

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この部品分割におけるデザイン上の問題はこれまで度々指摘してきましたとおり、他にも上部構造物各層の部品間に組立時大きな隙間や段差が出来ることがあります。 またこのため水平・垂直などが正しくならず、個体によって傾いたり曲がったりしていることも多々発生しています。

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イーグルモス社さんはこの問題をこのまま最後まで改善するつもりはないように見受けられます (^_^;


なお、モデルでは前部マスト頂部にSCレーダーのアンテナが表現されています。 ルンガ沖夜戦直後の損傷の写真でははっきりしませんで、このSCレーダーは架台上になく、その前方にSGレーダーが装備されているように見えます。

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( 左 : ルンガ沖夜戦後の 「ミネアポリス」、右 : 1942年撮影の 「アストリア」 )

しかしながら、1942年にMk3 FCレーダーと同時期に装備されたとされていますので、まあそれはそれで良しとするにしても、それにしても大袈裟で、というより形状が少々違いますが ・・・・

2015年06月06日

オールド・セイラーの眼 (28)


◎ 第63巻 「瑞鶴」

シリーズ第63巻は、旧海軍正規空母のラインナップ最後の 「瑞鶴」 で、1941年の設定とされています。

大方の期待を裏切り、残念ながら迷彩塗装ではなく、開戦時の設定ですが ・・・・

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モデラーさんとしてモニターをされているHN 「おまみ」 氏の評価記事は次のURLです。


“プロポーションの根本である船体形状を間違えてるのはちょっとキツイ” の結果として “全体として今回の瑞鶴は翔鶴より後退したと言わざるを得ません” と評価されています。

細部の指摘事項については、このおまみ氏の記事をご参照していただくとして、私として特に問題とする点は次のとおりです。


1.船体のプロポーション

おまみ氏もこの件については指摘されていますが、実際のところ、実艦の最大幅 29m (1/1100スケールで 26.4mm)、喫水線幅 26m (23.6mm) に対して、モデルでは 23.3mm、21.7mmしかありません。

その一方で、飛行甲板は実艦の最大幅 29.5m (26.8mm) に対して 27.8mmです。

この結果は、先の第60巻 「蒼龍」 と同じことに。 飛行甲板とその両舷にあるプラットフォームと船体舷側の構造物との辻褄が全く合っていません。

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( 上 : 右舷、下 : 左舷 )

このようなことは、艦船の素人さんでも一目で気付くはずのものです。 なぜ度々こんなことが続くのでしょうか?

デザイナーは自分でデザインしていておかしいと思わなかったのでしょうか? そしてイーグルモス社の担当者も、デザインやモデルの試作を見た時に誰も不思議に思わなかったのでしょうか?

この問題に比べれば、船体に消磁電纜が表現されていないことなどは小さいことになってしまいます。


2.艦首形状

もう一つの大きな欠点が艦首のバルバス・バウ。

姉妹艦の第18巻 「翔鶴」 の時はバルバス・バウは表現されていたものの、側面形状が大きく違っていました。

今度の 「瑞鶴」 は、このバルバス・バウが表現されていない上、側面形状もまだ正しくありません。 なぜこのようなことに?

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3.飛行甲板

飛行甲板は空母のモデルにおいてはその “顔” ともいえるものです。

この 「瑞鶴」 でも飛行甲板の着艦制動索などが正しくありませんし、部品デザイン及び組立不良により飛行甲板が波打っています。

これらにより、モデルの見栄えを大きく損ねています。

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この部品分割時のデザイン不良と、それに起因する組立不良は本シリーズ当初からの問題点であり、いまだに改善されていないことの一つです。


3.各種装備品など

機銃・高角砲を始めとする旧海軍の各種装備品について、この63巻に至るまでいまだにデザインの共通化が図られていません。

そして今回の 「瑞鶴」 では、高角砲などは “今頃何これ?” という形状のものです。 しかも、右舷煙突より後部の防煙用盾付きの高角砲や機銃は、その他のものとの違いさえ表現されていませんし、機銃射撃装置は全て盾付きで誤りです。

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( 上 : 右舷前部、下 : 右舷後部 )


既に度々指摘してきましたが、本シリーズでは同型艦であっても、何故か装備品に至るまで毎回全て一からデザインをやり直しています。 なぜこの様なことをするのでしょう?

結局本シリーズにおけるモデル・デザインのやり方の基本が間違っているのだと考えます。 これも度々指摘してきましたように、史料・資料の多少に関わらず、考証とデザインにかける手間暇は毎回同じである、ということです。

このため、この史料・資料の量と質が、そのままモデルの出来に反映されており、シリーズとしてのモデルの質、即ち “出来” の均一化が図られておらず、各モデルごとそのレベルがバラバラになってしまっています。

これは単に実艦の史料・資料が多い少ないだけではなく、1/1100の統一スケールにおける、デザインのあり方の問題です。

何もこの1/1100スケールの本シリーズに “超絶” 的な精密さを求めている訳ではありません。

しかしながら、実艦の忠実な考証に基づいて、スケール的な適度なデフォルメが必要であることは当然のことです。

かつて私がモデル・アドバイザーの一人としてお手伝いをしていた時にも度々、これではダメ、と進言してきたのですが ・・・・

この 「瑞鶴」 の考証及びモデル・デザインについては、残念ながら本シリーズの中でも低い部類にしか評価できません。

そしてこの点については、最近の本シリーズはちょっとレベルが悪くなっていると感じます。

イーグルモス社さん、このような現状で最後まで走られるのでしょうか?

2015年06月01日

オールド・セイラーの眼 (27)


遅くなりましたが、バタバタしており十分な時間が取れませんので、今回はごく簡単に。

◎ 第62巻 「那智」

シリーズ第62巻は、「妙高」 型の2番艦 「那智」 で、1941年の設定とされています。

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例によってモデラーさんとしてモニターをされているHN 「おまみ」 氏の評価記事は既に次のURLにUPされております。


“艦橋のリサーチミスがなければ良作だった妙高を超えていました” との評価ですが、“考証に関しては初期から中期にかけては向上が見られましたけど、それ以降は再び下がり調子”と付け加えられています。

これについては、大筋としては私としても全く同意できるところです。


最も肝心なところは、本シリーズでは 「妙高」 型4隻中の2隻しかラインナップされなかったことです。 第17巻の 「妙高」 が1944年設定 (迷彩塗装の1945年設定は避けた?) はよしとして、ならば何故もう一隻が1941年設定の 「那智」 なのか?

1944年ならば公式図が残されていますし、就役後の姿なら写真なども揃っています。 特段のトピックがあるわけでもないし、史料や写真がほとんど無く不明な点の多いこの年代設定には大いに疑問の残るところです。

私がモデル・アドバイザーの一人であった時には、可能な限り年代と艦型にバラエティさを出すように要望してきました。 それが本シリーズの一つのウリにもなっていた筈です。

だとすると、1944年設定の 「妙高」 に対して、就役時の 「那智」 あるいは訪欧時の 「足柄」 でも良かったのではないでしょうか? このことは 「那智」 に限らず、他の巻でもちょっと設定が中途半端過ぎるところが目立つような気がします。


そしてモデルの出来についてですが、これはおまみ氏も指摘されているように、艦橋の形状が誤っている、ということに尽きるでしょう。 なぜこのようなことになってしまったのかちょっと理解に苦しむところです。

艦橋というのはいわば艦船の顔です。 これでは1941年どころか、後の改造後の姿でもありません。

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Nachi_photo_1942_01_s.jpg  nachi_bridge_draw_1941_01_s.jpg

企画、考証、モデル・デザインのいずれの段階でも誰も気が付かなかったのでしょうか?

前部マスト、1番砲塔測距儀覆、舷窓、高角砲などなど挙げればキリがありませんが ・・・・ これら全ては艦橋の誤りに比べれば小さいことです。

そして2・4番砲塔上のアンテナの表現などは、まあ好みの問題としても、折角1・2・4番砲塔と3・5番砲塔との天蓋形状の違いさえそれなりに表現されているのに、です。

全体の見栄えとしての製造上のレベル向上が見られているだけにいかにも残念なところと言えます。

さて、いよいよ第63巻は待望の 「瑞鶴」 ですが ・・・・