著 : 坂部省三 (元海軍少将、海兵37期)
第二章 海上作業の要訣 (承前)
第一節 安 全 (承前)
第四項 危険防止 (承前)
従来英国では海軍士官の養成に帆船を使用して居り、仏蘭西海軍に於いても帆走練習艦を復活して毎年兵学校生徒の半数宛を地中海に於いて練習航海せしめつつありと言う。
又独逸の水上飛行学校に於いては、帆走を課して居る。 之は水上機の着水に風力の影響する所を会得せしむる企図が窺われる。
之も浜田中将
(吉治郎、海兵33期) の御意見なるが、帆走訓練には決して大規模の設備を必要としない。 「カッター」 で十分であると言うのである。 手軽にして而も短時間無経費にて訓練の目的を達することが出来る。 何故かと言うに帆走の妙味は舵を握って初めて会得することが出来るからである。
江田島の兵学校に於いても、最近100噸余の 「初加勢」
(注1) に於いて帆走の訓練を始めたと言う報告を得て、誠に頼母しく思う次第なるが、海軍全般としても斯くの如き船乗に大切なる訓練を行なう余裕を持つ様になることを希望しておる。
目安の養成は海上勤務者にとり之亦疎かにする能わず、目測の訓練は勿論船具に及ぼす応力、或は材料の強度並に状態等に関しても運用術提要等を参考として常に確かなる目安の涵養に努め、之をして第2の天性たらしめ常に危険を未然に防止するようにしたい。
然るに運用作業に対する海軍の現状を見るに、大抵腰試めのこと多く、殊に海上作業に於いては 「元へ」 又は 「待った」 の許されざる場合多く、アット言う間に各種の失敗を招致すること多し。
艦内作業にしても危険を防止する為昔より注意され、戒められ来りたること数限りなく、聞いて見ればつまらなく思うようなことが多い。 然し其のつまらないことを疎かにする人が更に多い。 例えば、
(イ) 「重量物は決して必要以上に高く吊り揚げてはならぬ」 と言うことは知っておるが、「メーンデリック」 を使って機動艇を必要以上高く吊り揚げて平気で居る。
(ロ) 「重量物の直下に居ってはならない」 と言うことは百も承知だが、大抵一人や二人違反者があって叱られて居る。
(ハ) 重量を担った鋼索を 「ビット」 に巻き止めるには5回以上巻かざれば滑るにきまっておるが、4回位で平気な顔をして居る。
(ニ) 1本の索具にしても新品あり古品あり、或は一部の 「ヤーン」 が切れて脆弱のものもある。 然し使用者は5吋 「ホーサー」 は5吋だけの強度があるものと見て少しも其の現状に注意を振り向けない。
其の他濡れたる索具は硬化して滑り易いから取扱いに注意すべしとか、動索に身体を托すなとか、色々言われており日常目の前に沢山出会うことであるが実行する者が少なく、又兵員を躾けてやろうと言う気分も少ない様である。
昭和9年年齢満期となった長岡と言う特務大尉は、永年運用作業に従事し御奉公を完うせる人なるを以て運用作業に対する所見を聞いて見たところ、「何も申すことはないが、永年の間一人も怪我人を出さざりしことを何よりの満足と思う。」 と答られた。
怪我を起さぬこと、即ち危険防止と言うことは作業上指揮者にとり最も大切のことにして、長岡特務大尉のやり方を見るに索具1本、足場1つにしろ、わかりきった様なことにも其の場其の場にて必ず事前に注意を与え、用心と言うことに気分を弛めさせない様にしながら作業を進めておる。 大いに学ぶべきところであると思う。
要するに、
「指揮者は常に確かなる眼力、敏感なる頭脳、冷静なる心の修養に努め、機会ある毎に感を養い、常に正しき号令を下し得る素養を涵養すること肝要にして、海上に眼を慣らすこと愈々久しく、艦上に術を練ること愈々精しなければ、是等の要求は感応的に働き、随応随変自ら運用の妙諦を会得するに至るべし。」
「運用術の極致は智得にあらずして自得に在り」 と言うのである。
(続く)
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(注1) : 元皇室ヨット 船歴などについてはいつもお世話になっているHN 「hush」 氏のサイト 『近代世界艦船事典』 の次の記事を参照して下さい。
写真は大正5年神戸港において御召艇を務めた時のもの (雑誌 『海軍』 大正6年12月号より)