2011年07月25日

『艦船乗員の伝統精神』 − (33 ・ 終)

著 : 坂部省三 (元海軍少将、海兵37期)

  第三章 乗員の伝統的良風 (承前)

    第二節 勤務と躾 (承前)

      第三項 躾教育の方法 (承前)

(3) 教育と訓練

 艦船乗員の伝統精神、就中船乗としての躾、嗜等に関しては一般に其の知識薄き為万事持合せの常識を以て片付け、只其の場を過すと言う状態を繰返しつつあり、故に幹部の研究、下士官及び一等兵の特別教育に伴い、一般兵に対しても相当に教育と訓練を施し常識を高め自覚を喚起する要あり。

 之れには班長を直接の指導者に任じ、毎週少し宛の資料を与えつつ其の部下に対し心身共に修練を与うる方法を講ずることは極めて有効なりと信ずるものなり。 又別科時を利用し次項 (4) に記載せるものの如き各種の操作を興味ある如く繰返し、身のこなし方を鍛錬する要ありと思う。

 尚、日常莫大の時間を消費しつつある艦内保存整備は、分隊長分隊士監督指導の下に行うことにより、直接指揮に影響を及ぼし作業の効率激増は勿論、部下接触に伴い上下の親しみを深くし、躾教育の効果甚大なり。

 斯くして艦内には懶け者の蔭を潜め職工気分に墜せんとする通弊を阻止し、自ら艦内を明朗に導くものにして、部下教育と躾とを主とせる保存整備にあらざれば、軍隊としての価値誠に疑わしきものあり。 吾人の一層努力を要する点なりと思考す。

 以上概ね個人に対する躾教育の方法に関し其の要点を陳述せるも、更に之を総合的に考え、或は分隊本位に或は艦内全般に及ぼし、一艦としての各種美風を醸成する如く、小より大に、簡より繁に教導薫化すべき問題益々多きものありを認む。

 例へば乗員一般に対し 「労を惜まず」 と言う良風を涵養せんと欲するも決して容易の業にあらず、平素より乗員を旨く躾くるを可とするか、又辛き躾を可とするか、緩厳宜しきを得べしとは再三耳にすることなるも、常に乗員をして勇み喜んで作業に赴かしむる如き具体的教育の方法は更に真剣に研究を要する問題である。

 荒天に際会し、乗員の労を思いて準備を怠り遂に各種の失敗を招致したる例多く、又夜間電動測深儀の用意を躊躇して艦を坐洲せしめたるが如きは戒むべきことにして、必要の時期に際しては亳も乗員の使役に躊躇することなく、乗員又決して労を厭わざるの域に達せしめなければならない。

 曽て某艦繋泊中夜間荒天来襲したる際、当直将校の発令前既に短艇は 「インボート」 して固縛せられ、風上側舷梯は水を切り、水上の短艇には太き舫索送らるる等、自ら各部の受持に従い荒天準備は完成せられたりと言う。

 之等は各分隊が常に責任を自覚し当然為すべきことを為したるに過ぎざるも、一方乗員が平素より船乗に仕立てられ、事に処し亳も労を惜まざる発露と見るを得べく、大に参考とするに足るものと思う。


(4) 競技の励行と趣味の喚起

 従来行われ来たる 「スオーブ」、舫舷物、索具の安全止、甲板洗刷毛等の作製は海軍の運用術を稍穿き違いたる雑業競技なり。

 又近来応急戦技の高潮と共に運用術方面の実業も進展の緒に就き、漸く複雑多岐に赴き、稍々生還したる観ありと雖も、之が為動もすれば平時の運用術を疎かにする傾向あるは、吾人の大に警戒を要すべき点にして、此際乗員に対し正確なる身のこなしを躾くる目的を以て次に示す如き競技を励行し、海上に於る各種作業に対し自信力を与え、興味を喚起する方法を講ずる要ありと思う。

  (1) 分隊単位又は班連合の編成を以て短艇帆走又は櫂漕の競技を行う。
帆走は船乗の特種性養成に最も有効なることは第二章第四項に於て述べたる通りにして、吾海軍としても此位の余裕は持ちたいものである。

  (2) 救助艇備え方又は碇泊中 「カッター」 を 「ダビット」 より卸し、溺者 (浮標) を救助して舷梯に達着の競技

  (3) 舷側より適当の距離に短艇を漂泊し、「サンドレット」 投げ方の競技を可及的全員に行い、分隊毎に成績を発表す

  (4) 繋船桁に繋留しある短艇を 「ダビット」 下に回し、揚げ方用意迄の班競技

  (5) 小錨搬出又は鋼索搬出収納等の分隊競技

  (6) 「シヤース」 又は仮製 「デリック」 の構成等の分隊競技

  (7) 登檣法に関する各種個人競技

  (8) 短艇操法並に達着法

  (9) ・・・・・・・・


 以上は躾教育の方法として気付きたる要点を陳述せるに過ぎざるも、尚之を実行に移し研究を進むれば各種の新機軸も生れ、一層有効なる方法を案出し得るものと思考す。

 或は大に苦しめて自ら開発せしむべしとの説を聞くことあるも、乗員一般が此方面を余り弁へざる現状に於ては、当分の間手を執る如くして教導するにあらざれば、正しき筋道に誘導すること困難なり。

 惟うに幹部が大きく構えて録々教ゆることなく、啓発主義を唱へて徒に叱責し以て足れりとする如きは、仮令害ありとも利する所少なく、要は懇切に而も連綿不断の努力を必要とするのである。

(終)
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2011年07月21日

『艦船乗員の伝統精神』 − (32)

著 : 坂部省三 (元海軍少将、海兵37期)

  第三章 乗員の伝統的良風 (承前)

    第二節 勤務と躾 (承前)

      第三項 躾教育の方法

 「如何にせば乗員に躾教育を徹底せしむべきや」 の問題は甚だ困難の如く思わるるも、幹部が誠を以て乗員の自覚を喚起し教導宜しきを得ば、比較的容易に其の目的を達成し得るものと認む。

 而して其の方法は艦船の任務或は統率者の流儀に依り之を一律に論及する能わざる故、貧弱なる過去の経験に鑑み極めて平凡の方法を茲に述べんとするものである。

(1) 幹部の意気込と根気

 「部下乗員を立派に育ててやる」 と言う強い意気込を以て幹部一同が結束し、協力一致、指導に当ることが洗決問題なり。 而して其の実行は連綿不断誠意と熱を以て克く導き、短気を起さず万遍なき根気を特に必要条件とする。

 次には毎週一回研究会を開き幹部各員の意見を交換し、歩調を揃えて進まなければならない。 之が為各員は日常厳密なる注意を以て乗員の躾を研究し、事の善悪良否に論なく参考となる事項は総て之を手帳に記注し置き、研究会に於て報告し相互の知識を交換すると共に改善の資料に充つ。 特に当直将校又は短艇指揮、甲板士官等は最善の努力を払う必要がある。

 之により幹部各員の運用眼は次第に発達し細事をも見逃さざるに至ると共に、第一、士官自体の態度並に勤務が模範的ならざるを得ない。 斯くして幹部も自ら船乗の資格を得らるることになる。 所謂一挙両得の方策である。

 右研究会に於て蒐集したる事項は之を副長が示達するもの、分隊長の教示すべきもの、班長の指導すべきもの等に分類し重複することなく確実に部下に伝達し、分隊毎に其の記録を保存するがよい。

 副長の示達は課業整列の時、一、二の項に就き極めて短時間に而も成るべく連続的に実施するを要す。 其の他分隊長、班長等の教示時機は別に之を定む。

 而して之等の教示は必ず実例を挙げ、或は具体的の範を示し、或は善行者を呼出して表彰する等、乗員をして興味を持たせ次から次へと彼等が楽しみに待つ如く工夫せざれば其の効果は少ないと思う。


(2) 下士官と一等兵の重視

 下士官は士官と兵の連鎖にして、軍紀風紀は固より如何に幹部が協力一致乗員の躾に邁進すると雖も、其の中間に介在する下士官に自発的熱意なき時は折角の努力も水泡に帰し、何等の効果をも齎らすことは出来ない。

 由来、我海軍に於ては下士官と兵とを同視し下士官に充分の貫目を与えざる弊あり。 故に、下士官は不知不識の内に兵と同様の根性となり遂には其の責務をも軽視するに至るものなり。

 幹部は宜しく此の点に充分の考慮を払い、下士官に対する待遇を改善し自ら其の重責を反省せしむる如く誘導すると共に、兵の躾に対しても先ず下士官の根本教育を徹底し、自尊心を高め常に兵の先頭に立ちて愉快に教導し得る資格を与え、下士官をして配置の職務にのみ満足せしめず、常に進んで部下たる兵の躾に専念する如く仕向くることが肝要である。

 又一等兵に対しては下士官同様の特別の教育を施し、艦内百般の作業に対する身のこなし、或は船乗としての嗜み等に関し常に身を以て範を垂れ得る如く自信力を与え、古参兵たるの資格を具備せしむる必要がある。

 近来は、下士官に其の見識なく、一等兵に実力無きを以て、日常起る各種の非常識を看過し今日の状態に低落せしめたるものにして、此際下士官及び一等兵を精一杯活躍せしむる如く研究を進むることは、目下の急務なりと思考する。

 尚之等教育の時機は年度の初頭に於て日課手入時等を利用し、非直の半数宛に対し幹部は当分総出となり歩調を一にして之に当たらなければならない。
(続く)


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2011年07月16日

『艦船乗員の伝統精神』 − (31)

著 : 坂部省三 (元海軍少将、海兵37期)

  第三章 乗員の伝統的良風 (承前)

    第二節 勤務と躾 (承前)

      第二項 躾教育 (承前)

 右は艦内手入に関し乗員の躾上留意すべき数例を指摘せるに過ぎざるも、吾人は更に日常の諸作業に対し船乗としての身のこなし方に就て深甚の注意を払い、常に之が指導に心掛け、「スマート」 なる水兵らしき水兵の養成に努めざるべからず。

 身のこなし方は仕事の種類に適応して先ず身体の構えを正しく、鍛錬を積みて其の 「コツ」 を会得し始めて船乗らしき勘と資格を備え、随応随変作業をして円滑、確実迅速に処理し得るものである。

 昨年の防禦戦技に於て波浪高き海面を高速力編隊航行中の巡洋艦が前檣上桁被害の想定に接っしたる時、或一艦は登檣危険なるの故を以て中止せるも、他は総て救命索を使用して容易に其の被害を修復し得たり。

 此頃迄一般の人は 「戦闘中高速力航行中は檣桁の作業は不可能なり」 と思い込みたるものなるが、救命索を用うれば気も落付き、作業も比較的困難ならざるを立証せるものにして、水兵が登檣を恐るるが如きは海軍の恥辱なりと言うべく、躾教育の緊要なる所以茲に存す。

 一斉投錨に際し錨鎖の 「アンスリップ」 を遅れ、錨位に狂いを生じたる例尠からず、即ち 「スリップ」 一つ切るにも身の構えあり、「コツ」 あり、訓練すれば百発百中である。

 「サンドレット」 の利用は横付作業其の他艦船には屡々起ることにして、投方の良否は直に作業の進行に影響すること大なり。 然れども艦船に於て此訓練を見ること少なく、訓練を積み身のこなし方完全なりせば目的とする方向40米に到達せしむることは容易である。

 甲板を拭う姿勢は腰を低くし足を交互に伸して踏み出し身構えを確かりし、力を入れて拭う様に仕込まれて来たものだが、近来は 「スオーブ」 も固く絞らず、腰を高く上げ力も入れずして甲板面を撫でて居る。 之等は皆躾が足りないから段々に兵員が無精に流れて行く証拠である。

 近来の号笛は実に貧弱で聞くに堪えないものが多い。 運用作業は固より艦内諸号令の総てが号笛に依り発動せらるるものにして、艦船には誠に相応しく又必要欠くべからざるものに拘らず、益々退歩して来て総員に対する号笛も当直に対するものも区別さへ知らぬものが殖えて来た様である。

 殊に 「サイドパイプ」 は各国海軍共通のもので、儀礼の荘厳にも関わること故、確かりと底力のある吹き方を要求するものなり。

 尚海上の作業に於ては号令を以ては到底其の目的を達し得ざる機微の点多きに鑑み、号笛の訓練を一層高潮する要ありと思う。

 尚短艇の卸し方にも、漕ぎ方にも、或は投鉛にも、「ホーサー」 伸し方にも、夫々海上勤務特有の身のこなし方あり。 又 「ブルーム」 一本使うにも方式あり、艦内万般の操作皆之に基づかざるものなし。

 其の他艦内百般の作業、一として身のこなし方に関せざるものなし。 新兵又は陸軍軍人等の乗降艇或は階段昇降の不器用なる腰付きは一体何を語るものなるや、吾人は常に此精神を忘れず一々根気よく乗員の躾に心掛けざるべからず。
(続く)


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2011年07月08日

『艦船乗員の伝統精神』 − (30)

著 : 坂部省三 (元海軍少将、海兵37期)

  第三章 乗員の伝統的良風 (承前)

    第二節 勤務と躾 (承前)

      第二項 躾教育 (承前)

 次に艦内保存整備の方法並に其の努力に関しては、十数年前の砲術戦技万能時代に比し稍覚醒の感ありと雖も、艦愛護の観念並に之れに関連する躾教育は依然として進歩を認めず、退歩したる時代を其の侭継承し居るに過ぎざるなり。

 昔より艦船兵器を 「伝家の宝刀と心得よ」 又 「御上のものは我物の如く大事にせよ」 と言う訓示があるが、或人は之に対し、「自分の物と心得よと言うは不都合である。 御上のものであればこそ自分のもの以上に大切にすべしと言うのが本当である」 と反駁せるを大谷中将 (幸四郎、既出) は至極同感であると言われたが、何れにせよ伝家の宝刀を大切にし、其の精美を以て誇りとする日本武士道の精神の如く、艦船兵器に対する愛護の精神を兵員に植付け、之に対する日常の躾を怠ることなければ、塗粧面の上に靴で上ったり、釘のある靴で 「リノリューム」 甲板を走る者もなくなる訳である。

 由来一般乗員の通弊として物を使用しても其の侭やり放し、甲板其の他を平気で汚し、紙屑等を所構わず捨てると言う常習的欠点がある。

 故に舷窓の盲蓋を締め付けんとしても回蝶器が見当らず、機関兵が油靴にて木甲板を汚し、煙草盆の附近は吸殻と灰だらけ、居住区は何回掃いても塵埃の尽きる暇がないと言う有様である。

 之等は総て乗員の嗜みが足りない証拠にして、克く彼等に自覚を与え、各員相互に 「汚さず散さず始末する」 と言う習慣を附ける様に工夫し指導すれば、忽ち改善せられ其の成果は相当大なるものがあると思う。

 又艦内を綺麗にする習慣は陸上に於て見られざる如き努力を払いつつあるが、一方を美しくしながら反って一方を汚すと言う悪癖は、之れ亦見逃し能わざる共通の欠点なり。

 例えば、金物磨き中、甲板に油を垂らし或は靴の踵にて甲板を瑕付け、内舷塗り方に塗具を木部に附け、甲板洗いには海水を外舷に流し、風上側 「ダビット」 にある 「カッター」 を洗い其の飛沫にて外舷を汚す等、毎日数えれば其の数幾何なるを知らざるも、之等は皆乗員を船乗に躾ける為最も大切なる事項にして、連綿不断誠意ある幹部の指導と下士官の厳密なる注意とに依り面目を一新するものと思う。

 大谷中将が 「掃除の八割は整頓なり、整頓が出来れば掃除と清潔は先ず出来上ったと言うてよい」 と言われ、尚清潔と整頓を保つ為には 「整頓を崩さざるに心掛けよ、清潔ならんとせば先ず汚さざるに留意せよ」 と戒められて居る、誠に至言なりと言うべし。 吾人は之等の点に関し大に努めなければならないと思う。
(続く)


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2011年07月03日

『艦船乗員の伝統精神』 − (29)

著 : 坂部省三 (元海軍少将、海兵37期)

  第三章 乗員の伝統的良風 (承前)

    第二節 勤務と躾 (承前)

      第二項 躾教育

 艦船乗員の心得に関しては以上各項目に亘り陳述せる如く、各員は其の立場に応じて教養すべき特質あり、嗜みあり、躾あり、之を一概に論及すること能わずと雖も、更に乗員の躾に対し先輩より教導を受けたる数例を補足し、吾人の反省を促さんとするものなり。

 英、仏海軍に於ては、最近、帆式練習艦を建造し衰退せんとする 「シーマンライク」 の美風涵養に努めつつありと言うが、吾人が兵員に対し最も強く要求せんとする 「シーマンライク」 の要点は、「敏捷にして几帳面なる兵員を仕立てるに在り。」

 即ち乗員の多くに此の躾が徹底せざる間は日常の作業は怪我多くして捗らず、艦内雑然としてだらしなく艦の威容等は到底望むこと能わざるものなり。 故に足一歩舷梯に踏みかけると直に艦の内容が窺われると先輩が言われたるも至言である。

 乗員が几帳面に躾られて居る艦は、舷梯に備えてある 「スオーブ」 は能く絞って正しく伸ばしてあり、階段に汚れ目も見えず甲板に立っても益々すがすがしい美感に打たれるものである。

 之に反し、無精者の多い艦に行くと 「スオーブ」 はだぶだぶに水を含んで乱れており、舷梯下部の 「スタンション」 はぐらぐらして 「メーンロープ」 は汚れて弛んで居り、附近舷窓の金物に緑錆が吹いておる。

 又少し昇ると番兵塔の紐の端が解けて下っておる。 斯う言う艦内は必ず不整頓にして、幹部に船乗が少なく乗員の躾が行届いて居らぬものと目利して大方間違いはない。

 曽て太田質平少将 (海兵32期) が 「春日」 の艦長時代 (大正14年〜昭和2年)、兵員に対する躾教育は非常に厳格であって、甲板の水溜り等は一々甲板掃除の号令がなくとも手の空いておる者は誰でも行ってそれを拭う様でなければならないと言われたが、其処迄躾教育が徹底すれば保存整備等は問題にならないと思う。

 又兵員の帰艦時刻に桟橋に待合せて居る迎えの短艇の状況を見ると、直に其の艦の風紀が窺われるものである。 即ち厳格に躾られて居る軍艦の短艇は極めて静粛であるが、行為の悪い者の多い所は喧噪を極め艇内で多数煙草を吸っても艇長は平気で居る。

 此辺の有様は外国の上陸員と大差無く、短艇軍紀の静粛は実に上陸員の 「ボート」 より紊乱して行くものと判定する。

 元来短艇内に於ける喫煙は特に許可せられたる時に限られたるものにして、定期の機動艇内に於ても上長者に遠慮して之を控えるのが慣例とされて居た。 然るに近来は、艦長乗艦中にも拘らず平気で喫煙を始むる者が漸加して来たのは遺憾千万にして、上長に対する伝統的良風も之等の点より漸次衰退して行くことを恐るる次第である。

 尚短艇は常に艦外に在ること多きを以て平素の躾充分ならざる時は、艇員は自ら不精に流れ艇の整備は固より風紀上にも著しき影響を及ぼすものなるを以て、当直将校並に短艇指揮は常に此の点に留意し何処迄も几帳面の遺風を維持することに努めるを要す。

 即ち艦内に収置しある短艇は毎朝甲板洗いの際受持艇員の一部をして必ず之を清浄ならしめ、又 「ブーム」 に繋留しある機動艇は艇員の起床後必ず其の甲板を洗い、外舷を手入し、内舷を拭い、舫索は綺麗に之をたがね、艇員の服装を正し、所謂艇としての威容を整正ならしめざるべからず。

 静かなる晴天に於ても前後の覆類撤去は各艦区々にして一致を欠き、軍艦例規の規程を励行せざるもの次第に増加し来れるは全く兵員の無智に起因するものとは言え、之等の躾教育に関し監督者の一層鞭撻を希望して己まざる所なり。
(続く)


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2011年06月28日

『艦船乗員の伝統精神』 − (28)

著 : 坂部省三 (元海軍少将、海兵37期)

  第三章 乗員の伝統的良風 (承前)

    第二節 勤務と躾 (承前)

      第一項 勤 務 (承前)

2.短艇指揮 (承前)

 短艇指揮と言う問題に関しては操作上のことは固より、先ず艇員の容儀と艇の威容より改善して行かねばならぬ。 航行中指揮並に艇員の姿勢が正しく敬礼を厳格に行う短艇を見る時、其の艦の教育が如何にも徹底し誠に奥床しき感に打たれるものである。

 然るに指揮又は艇長たるものが 「カバー」 に寄り掛ったり、甚しきは煙草を吸ったりして居るのを見ると其の艦の躾が如何にもだらしない様に窺われるものである。

 斯くの如く、上に立つものが不体裁の行為をするのでは艇員は何時か之を見真似て堕落し、艦長乗艇の艇員が勝手の姿勢で勝手の位置に居る様になり、短艇軍紀の厳粛等は到底望み得べき所にあらず。

 苟も指揮として乗艇した以上、其の船の主権者たることを自覚し、率先範を垂れると共に克く艇員の風儀操作を教導しなければならない。

 此の教導と躾が厳格に行われざる結果、艇員の服装容儀は自然乱れ勝ちとなり、「マーク」 の切れた汚ない軍服を纏ひ、又荒天でもなく必要のない時にも跣足になり、折角其の日の番兵と同じ服装をさせ、威容を考えてやっても何にもならぬこととなる。 此の不精が延いては艇の威容を破壊する因となり、清潔も整頓も疎かになるものである。

 曽て加藤寛治大将が横浜に外国軍艦を訪問された時、自分の乗って来た短艇が甚しく汚ないので、冷汗をかかれたと言うことである。 昔より 「艦を窺うには其の短艇を見るに如かず」 と言われてある通り、大に吾等の三省すべき問題である。

 自分は副長時代に短艇を揚収する際、固有指揮が之に立会い艇内外の整備等の世話をしておる所を目撃する時、涙の出る程其の尊い精神に感激したことを能く覚えて居る。 斯う言う艇に限って内火艇の故障が少なく、又故障しても錨がなくふらふら流される様な間抜を演ずることはないと信ずる。

 理屈は後にして一日も早く多数の人に実践躬行を希望して己まざる次第にして、只是れ短艇は各其の所属の特権及名誉を代表すると言う名文を知って居っても、実行の伴わざる御奉公は何もならないと思う。

 近来桟橋等に於て度々目撃することであるが、艦長迎えの短艇に艦長が乗艦しても尚後よりポツポツ来る士官等を待合せ、艦長の御許しを受けないものがある。

 又甚しきものに至りては艦長と同じ 「シート」 に商人とか女中の様な者が同座しても敢て注意を与え様としない。 従来苟も艦長が乗艇した以上、部外者を艇外から見える所に立たせたりしてもならないと戒められて居る。

 之等は皆時代の思想余波が漸次軍隊に浸潤して来て、不知不識の内に上長に対する敬意が薄らいで行く証拠にして、大に考慮を要すべき点であると思う。

 昔より吾々の教えられたことは、

 「艦長用としては常に一番上等の機動艇を用意して置いて、何時急に艦長が出艦と言う場合でも不都合のない様にせよ、又艦長が乗艇されたら直ぐ短艇は離すものと心得よ。」

 とか其の他色々艦長に対する礼に関しては常に厳格なる注意を与えられて来たのである。 特に吾人の注意を喚起したいと思う。
(続く)


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2011年06月21日

『艦船乗員の伝統精神』 − (27)

著 : 坂部省三 (元海軍少将、海兵37期)

  第三章 乗員の伝統的良風 (承前)

    第二節 勤務と躾 (承前)

      第一項 勤 務 (承前)

2.短艇指揮

 短艇の取扱は将来に於る大艦操縦の基礎をなすものにして、又 「シーマンライク」 の精神を養成する上にも絶好の機会である。 昔より先輩が短艇に 「チャージ」 (艇指揮) を乗せることを八釜しく言われたのは、艇の保安に関する問題と併行して此経験を獲得させようと言う親切心に外ならないのである。

 由来 「ボランチーヤ」 と言う言葉が伝えられて居るが、「ボランチーヤ」 を一回多くやれば一回だけ自分の良い経験となり、海上に多く出れば出ただけ其の人を船乗に仕立てると言うことを意味するものにして、指揮は常に其の心構えを以て勇み立ち毫も 「やらせられる」 と言う如き退嬰的の気分は一掃せねばならぬと思う。

 艇指揮としての技倆は海上に於る各種の状況を消化し万遍なき苦心と修練とを積んで漸く慣熟の域に達することが出来るのであるが、動もすると天狗になり虚栄心を起こし、妾りに速力を出し色々の失敗を繰返して居る。

 昔は他艦の艇を少しでも毀損させると、副長は態々侘に行ったものである。 故に先輩は教えて曰く、

 「自艇の速力は自己の頭脳より先に進まざる様に注意せよ。」

 一般に老練なる指揮は速力の調節が上手にして、舷門達着の時万一後進が掛らない様な場合にも決して驚かない様に持って来る。 又夜間或は船舶輻輳する海面に於は咄嗟の場合衝突を充分回避し得る程度に減速し、決して油断をしない。 

 之に反し生兵法の指揮のやり方は後進が掛らないと既に取返しがつかず、合戦準備の如き騒ぎをして艇を毀損し、或は航走中不安の念に駆られつつ近回りして坐礁し、或は艦の首尾に接近航過して他艇と衝突したる例は非常に多い。

 鼻の高い短艇指揮は非常に多いが、櫂立てをして 「カッター」 を理想的に舷門に達着し得る人は殆ど無いと思う。 之は実行して見れば直に分ることにして風潮の強い時は勿論、機動艇ですら艇尾を舷門に衝突せずに達着し得る人は少ない。

 又艇首員にして爪竿を以て機動艇の行脚を止めんとして大騒ぎをして居る者が多い。 機動艇は 「カッター」 とは異り 「モーメンタム」 が大きいから其の行脚は後進力に依り之を止め、角度は舵により調節すべきものにして、人力を要求するのが無理である。 之を教えず或は之を強いる為、艇首員が海に落ちたり爪竿を毀損したりして居る、一考すべきことであると思う。

 過多に人員を乗艇せしむることは駆逐艦、潜水艦の如き小さな機動艇には注意を要するものにして、仮令天候静穏なる時と雖も無理をすべきものにあらず。 艇を覆没せしめたる例は概ね其の軌を一にして乗員の過大に起因するもの頗る多し。

 米海軍にては特に此点に注意し、多数の上陸員を送迎する時は必ず艇指揮として青年士官を乗艇せしめて居る。 之は保安上のみならず短艇軍紀上より見て大切のことと思う。
(続く)

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2011年06月15日

『艦船乗員の伝統精神』 − (26)

著 : 坂部省三 (元海軍少将、海兵37期)

  第三章 乗員の伝統的良風 (承前)

    第二節 勤務と躾

      第一項 勤 務

1.当直将校

 当直勤務は海上の実兵指揮並に運用術技能の体得上、絶好の機会にして、之が修練を積み始めて危険を未然に看破し、或は人を経済的に運用し能率ある作業の実行を期し得らるるものなり。

 故に運用術の直系は当直勤務にあると言われてある如く、之を克く遂行し得るものにして始めて船乗の資格が備わったものと言うことが出来る。

 「当直勤務が確かり出来ない士官は将来役に立たぬ」 と先輩より戒められて居った。 蓋し斯ういう海軍士官は事に処して役に立たないのみならず、艦の危険を醸成する虞があるからである。

 由来海軍には、「率先難事に赴く」 と言う伝統の美風がある。 何か嫌な仕事か、又は難しいことが起ると自ら勇み進んで、「よし俺がやってやる」 と引受ける。 之れ即ち海軍気質とも言うを得べく、当直将校の 「モットウ」 として尊重すべき金言にして、何事も進取の気象を以て積極的に勤務することが肝要である。

 昭和8年上海に於て軍艦 「出雲」 が外国船の触衝を受けたる時、極力被害を減少し得たるは各部の共同連繋宜しきを得たるとは言え、当直将校が克く即断即決、積極的に機宜の処置を講じ得たるに因るものなりと言う。

 即ち当直将校は危険を看破するや、上陸員の帰艦者を其の侭作業に配員し、下流隣接艦の触衝に備うる等事前の準備を完成して、然る後危険を防止する処置に出でた為である。

 右の如く危急の場合に処し勇往邁進、克く作業の目的を達成し得たる所以は当直将校が船乗として修練を積み其の特質を発揮したるに依るは勿論なりと雖も、一方 「出雲」 の軍紀が厳正にして士気旺盛なりしが為であると思う。

 優柔不断為す所を知らざる如き態度に出づる時は折角の士気も沮壊するに至るべく、当直将校たるものは意を茲に致し常に厳格なる態度を持し明敏なる頭脳を以て 「テキパキ」 と事を処し、部下をして指揮者の態度を反影せしむる心掛が肝要である。

 米国の当直将校勤務提要の総論に於て、当直将校に対し次の四点を要求して居る。

      (1) 事前の準備
      (2) 細心なる注意
      (3) 常識
      (4) 自己の態度

 吾我海軍に於て当直将校に要求する所は斯の如き抽象的簡単なる文句にて満足すべきものにあらず、宜しく先輩の教え来れる伝統精神を玩味研究し、自ら拠るべき所を明確に究めて腹を定めて常に積極的に活躍すべきものなりと信ずる。

 由来、吾海軍の当直将校は航海長に頼り過ぎる弊のあることを痛感して居る。 之が因となり独断専行の良風を失い、或は艦を坐礁せしめたる例甚だ多し。

 兵学校に於る航海術の教育時数は極めて多大なるのみならず、候補生時代の実習は其の大部分を占めて居る。 吾一人の航海直は斯術科錬磨の道場にして、積極的の研究は必ず躍進的進歩を促し将来の根底を築き上げ得るものと思う。

 又碇泊直と雖も航海直に比して決して油断すべきものにあらず。 常に眼を八方に配り、一艦の軍紀は勿論保安其の他百般の任務に対し常に充全を期する構えあるを要す。 殊に近来は小事を軽視し易き常弊にあり、注意ずべきことなりと思う。

 曽て名和大将 (又八郎、海兵10期) が運用術練習艦 「富士」 に乗艦せられ小笠原に航海せし時、船乗の心得に就き種々教示せられたるが、運用術の大本でありながら天幕の 「ストップ」 が垂れて居る様では困ると叱られたことがある。

 数年前或艦の出港前に乗艦せる時、「メーンデリック」 を以てする機動艇の収揚は甲板士官と掌帆長之に当り、当直将校は後甲板に腕を組んで立っておる状況を見て、責務を知らざること夥しきものなりと痛感せり。

 又荒天等に対し舫索、「サンドレッド」 等の準備を怠り他艦の艇より催促を受くるが如き、或は自艦の傾斜を矯正せんとする心組もなく、艦内外の威容に無関心なるが如き、当直将校として当然履行すべきことを怠り、不知不識の内に堕落しつつある例枚挙に遑あらず。 要は責務の無自覚と積極的研究の不足に起因するものにして、特に注意を喚起する次第である。
(続く)

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2011年06月11日

『艦船乗員の伝統精神』 − (25)

著 : 坂部省三 (元海軍少将、海兵37期)

  第三章 乗員の伝統的良風 (承前)

    第一節 艦の威容 (承前)

      第二項 内容の整備

 内容の整備に関し注意すべき事項は、数限りなき事なるも、本項に於ては其の要点を述ぶるに過ぎない。

 (1) 艦橋は最高指揮官の艦を指揮する神聖なる所として伝えられ、20年前迄は艦橋に昇るや直に敬礼さえ行ったもので、今日に於ても其の精神に変りはなく神聖に且つ清潔に保つべきである。

然るに此処は航海中以外に監督の行届かない所なるを以て、信号長に此気持ちがないと隅々に甲板洗の砂が残つていたり、小 「カバー」 類の紐に端が解けていたり、出港前慌てて一部を塗り、服に塗具を附けたりすることを度々見受ける注意を要すると思う。


 (2) 「常に甲板を清浄に保つ」 と言うことは、吾海軍伝統精神の良風として昔より嗜められて来たことで元は副長も、当直将校も跣足になつて何んな寒い日も、兵員と共に甲板洗いに出て監督指揮したものである。

殊に舷梯附近は汚穢、留水等のことなく訪問者が舷門を登って上甲板に立つ時、すがすがしい良い感じを与える様にすることが肝要である。 尚舷梯の 「メーンロープ」 の汚れて居るのは恥辱であるとされておる。


 (3) 将官 (艦長) 室昇降口並に其の附近の天窓、其の他特に艦の威容上必要と認むる真鍮金物は一般に磨き上げるのが例であって、十数年前戦技万能時代には、何事も打算的になって之等を塩拭きにした頃もあったが、塩拭きと言うものは簡単な様で反って然らず、毎日一通り拭った位では決して光沢は出ない。

雨天続きで少し手が抜けると直ぐ緑錆が拭き、又新に磨き上げざれば落ちなくなる。 斯ういうことは自然に乗員を不精に導き遂には滑動部が動かなくなり、威容上にも保安上にも影響する所多大である。


 (4) 各公室の整備の良否は誠に艦の威信に関するもので、常に室内の清潔と整頓とに意を用い装飾品等は上品に工夫する必要がある。 公室の状態を一見すると、大凡其の艦の内容と無精の士官の多い少ないことが窺われるものである。

甚だしきは煙草盆が手近にあるに拘らず 「リノリューム」 の上に平気で灰を落して汚しておる。 新聞や書類の整頓は従兵がやることに定めて放り散らかすのは、大間違であって常に各員が各自の私室を飾り立てて綺麗にする様に、公室に対しても清潔、整頓の良習慣が欲しいと思う。



 要するに外容と言い、内容と言い、之が整備の良否は士官と兵とを問わず乗員一同の不断の心掛と習慣とに依るものであって、保存手入でも分隊長分隊士が可及的監督指導してやれば、士官の精神が兵員に反影して自ら大改善が生れ出ることと思う。
(続く)

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2011年06月06日

『艦船乗員の伝統精神』 − (24)

著 : 坂部省三 (元海軍少将、海兵37期)

  第三章 乗員の伝統的良風 (承前)

    第一節 艦の威容 (承前)

      第一項 外容の整備

 艦の外容整備に関し、吾々が常に注意して乗員に躾込まなければならないと言う要点を述べれば次の如し。

 (1) 「外容は先ず艦の直線的輪郭を破壊する勿れ」 と伝えられて居る。 即ち、船具又は乾物等の不整頓の為、外見朦朧として居つては威信を失墜すると言うのである。

殊に出入港に際しては乗員の配列に注意して威風堂々仰ぎ見るものをして自ら畏敬の念を起さしむる様に心掛けなければならない。 又仮令、荒天に際会したる直後に入港する様な時でも尚外観の威容を整え、成るべく乱れたる形跡を止めない様にせよと言われて居る。

又折角の直線的輪郭も、往々人の動きに依り破壊せられ直に一艦の内容を窺われることが多い。 之は外国港湾に在ると否とを問わず、平素より躾おくべき問題にして所謂集合離散を正しくせよと言うことである。

即ち登舷礼式は固より衛兵礼式の場合に於ても一人二人宛バラバラ銃を携えて駆け付ける状態は、艦そのものが狼狽して居る如く見ゆるものなり。 或は出入港に際し砲門より僅か一人外を覗く者ありても、艦全体の輪郭は乱さるるものなり。

艦外に顕わるることを整一にすべしとは従来厳格に戒められしことにして、少し以前は洗濯物の揚卸、天幕の張り方畳み方に至る迄一々先任艦に倣い、在泊の艦艇一斉の動きを誇りとしたのである。明治3年頃迄は総員起床には小銃、初夜巡検には听砲を先任艦にて発砲すると共に、港内一斉に 「ラッパ」 が鳴り響いたものである。

便利主義も或程度迄は必要なりと謂いながら、艦の威容発揮に関する精神迄も没却したくないものと思う。 兵学校に於ける窓の開閉、毛布整頓の習慣と誇りも、之を艦上に移してこそ其の真価ありと言うべきなり。


 (2) 航泊を問わず船体並に檣、桁は傾斜なく常に正しき状態に維持するを要す。 又入港直後には特に之等の外容を調査し、外舷並に檣桁の汚れを清浄する習慣を作る必要があると思う。

昔は檣にも桁にも 「スモークカバー」 があつて航海中は必ず之を被せ入港すると直ぐ外して甲板洗いと共に汚れを洗つたもので、外見に関する顧慮は乗員に徹底して居たのである。


 (3) 軍艦旗、艦首旗、長旗等の揚旗線充分之を緊張して、バタバタせぬ様又旗は絡まない様常に一杯揚がつて居らなければらない。

軍艦旗は高品に定まって居るが、従来之を艦内装飾の幕の代りに使用したりすることは何かと思う。 其のくせ将旗を 「スクリーン」 に使つたのを見ない、大いに考うべきことと思う。

又長旗の檣に絡み付いて居ない様、先輩は八釜しく注意された。 近頃一番気を留めて注意するのは艦長である。

 長旗の伝説は昔英艦隊が蘭軍を破った時、提督は敵を海の彼方に撃壊したと言う意味を象り、鞭を縛着する代りに長き吹流を檣頭に掲げたのが今日指揮権を表す長旗の始まりで武侠気質の旺盛な時代に起つて居る。


 (4) 外舷は常に之を清浄に保持すると共に、御紋章及艦名は燦然たる光輝を発した隊、艦名類、吃水標等は鮮明なるを要す。

昭和2年艦隊で函館に入港した時、各艦の多くが外舷真水拭を行つて居るのを見て、某砲台長曰く、「外舷等を拭うのは馬鹿々々しい、其の時間に装填法でもやつた方が増しだ」 と、私は説明回答の勇気もなかつた。 其の頃は戦技さへ優良なら夫で結構、艦の威容などはどうでも好いと言うのが一部の空気であつた。


 (5) 錨及主錨鎖は汚れたるまま放置することなく、碇泊中要すれば之を塗粧し常に清浄に保持すべし。

昨年艦隊錨地に行き機会ある毎に外容の状態を見たが、錨の一部に泥のついた侭収錨してあるものが相当多かつた。 之は先輩より恥辱であると教えられて居る。


 (6) 「ダビット」 に釣りある短艇は弛みなく水平に挙揚し、又短艇を卸したる間は 「ダビット」 を総て均等に併立せしめ、其の絞轆は正規の状態に捌き確り張合せあるを要す。


 (7) 手摺り、「リッジロープ」 等は常に緊張し、亦天幕、側幕類は瓢動せざる様適度に緊張し、其の止紐を垂下せしむるべからず。


 (8) 諸覆は洗濯補修を励行し、常に之を清浄に維持すべし。 「ケンパス」 類の汚れて薄黒いのは誠に見苦しく、其の艦の無精を物語つて居り、昔より常に之を白く保てと戒められて居る。 近来 「ケンパス」 類の汚れて平気で居るのは甚だ多い。

但し天幕を諸覆と同類に考えて洗うと笑われたものである。 蓋し地質を痛めて其の目的に添わなくなるからである。 然し一時的に余り汚れたのは海水を流して軽く 「ブルーム」 で落したものである。


 (9) 「ブームス」 上の積載物の乱雑は特に外容の美観を損すること著しきを以て、不用の物件は整理し日常之が整頓を怠らざるを要す。



 以上は大体の要点を列挙せるに過ぎざるも、艦長、副長の多くは艦の出入に自艦の姿を顧みて注意する様に、乗員一般が此気分になり、商船や貨物船と違い軍艦旗に恥かしくない様に致したいものである。
(続く)
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2011年05月31日

『艦船乗員の伝統精神』 − (23)

著 : 坂部省三 (元海軍少将、海兵37期)

  第三章 乗員の伝統的良風

 艦船の乗員の心掛は以上述べ来りたる所を実行に移し、誠心誠意、衰退し来れる船乗の精神を復活するにあるも、尚言い尽し得ざりし点を本章に於て具体的に追補したいと思う。

    第一節 艦の威容

 軍艦は主権に伴う尊敬と礼遇とを受くべきものなるを以て、乗員は常に艦内外の整正に努め、艦の威容保持に関しては特に最善の注意を払い、「軍艦は威信厳然として、戦わずして己に敵を屈するの概あるを要す」 と言われておる。

 然るに軍港内を一巡して見るに、外容のみに関しても大抵は欠点を有し、完全なりと思うもの僅かに過ぎざるは誠に遺憾とする所である。

 抑も、軍艦に於ける保存整備の目的は 「艦船の現有する戦闘力を維持、又は増進し、戦闘並に作戦上の要求を充たさんが為なり」 と信ずるが、吾々には前に述べた通り海軍の伝統精神である艦の威容を保持する為には、「外を綺麗に内を明るく」 と言う嗜みが大切であると思う。

 私は検閲の講評を拝見する度毎に考えるのは、錆と掃除、整頓の問題に限らず、更に大きく見て外舷や帆布、索具類等の手入整頓又は威容等に関し、乗員等の嗜みに対し一層詳細の講評を戴きたいと思う。

 佐世保に於ては、昭和6年より艦船部長が時々港内を巡視して講評して居るので、佐世保在泊軍艦の外舷は近頃軍港中一番綺麗であるが、外舷のみならず之を艦の威容と言う所まで拡げたらよいと思う。
(続く)

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2011年05月24日

『艦船乗員の伝統精神』 − (22)

著 : 坂部省三 (元海軍少将、海兵37期)

  第二章 海上作業の要訣 (承前)

    第二節 経 済 (承前)

      第二項 物の経済

 艦内経済は、日常百般の作業に伴う乗員の躾にして、仮令 「ピン」 1本索具一切れの小さき問題にても、吾々は常に躾てやると言う誠を以て正しい方法を履行せしめ、総てを経済的に旨く使いこなす様に指導して行かねばならぬと思う。

 一条の索を捲き止めるにも、結索と言う観念が薄らいで来て居る故、解く時のことを考えず、其の場限りの素人結びをやり、解く時になって其の端を切捨てるという不経済をやって居る。 又其の間違いを指摘してやる人も居らない。

 又艦尾に短艇を1つ繋ぐにしても、索梯 (注1) を1本出して之に繋留させておる。 索梯は元来昇降用に造られておるもの故、之に力を入れては忽ち毀損して仕舞う。 別に 「ホーサー」 を出し、之に 「ラージペインター」 (注2) を採り、索梯には弛みを与えて 「スモールペインター」 を採るのが正式である。

 繋船桁も其の通りに出来ておるが、其の誤った便利主義を矯正し教えてやる当直将校が居ない。

 又錆止を行う時は能く鉄部の銹の粉を拭い取り、錆止めは可及的薄く延して摺り込む様に塗り、充分乾いてから更に其の数を重ねて初めて効力を発揮するが、錆粉も落さず田舎娘が化粧する如く厚く錆止を塗るから塗具も不経済、効力も少なく間もなく又錆びてくると言う状況である。

 之等は皆士官に其の研究が不足で、日常教え導くと言う躾教育の観念に乏しいから艦船乗員は自然に船乗から遠ざかって行くのである。

 尚其の他天幕を甲板の突起物に引懸けて破り、或は捲きたる侭放置して炎暑に晒し、内部が蒸されて変質脆弱となり、又は濡れたる侭収納して黴を生じ、徒らに腐蝕を促すと言う様に日常大小となく見逃されて居る。

 之等の不経済は枚挙に遑ない程沢山あり、之を海軍全体に考えると莫大なものになると思う。

 大正15年 「比叡」 に着任した時、居住区の 「リノリューム」 を見ると、各所が手の附けられない程腐蝕破損して居るのを見て驚いた。 其の原因を探究すると、毎土曜大掃除毎に机、腰掛、手箱類を居住区で石鹸拭をなし、「リノリューム」 に流し落ちた石鹸水を海水で流して居る。

 之では 「リノリューム」 は乾燥する暇はなく、腐蝕部とか瑕穴より水が鉄板との間に浸み込み鉄板を発銹せしめ、「リノリューム」 の大腐蝕を起こすのであって、其の大本を正さざれば何回 「リノリューム」 を修理しても及ばないのである。

 其処で爾今大掃除には石鹸を要するものを前部露天甲板に運び出して洗い、居住区では一切水を使わぬことに命じたところ、昇降口が狭いので時間内に間に合わざると苦情を言い出した。

 然し之を1、2回励行させて見ると居住区の洗い方が省け机も手箱も徹底的に美しく且つ乾燥して時間は反て減じ、然も衛生的となり 「リノリューム」 は腐蝕しなくなり、秋の検閲には一寸の破れ目も見えなくなった。

 誠に人は躾次第でどうにでもなるものであり、知らないで続けて居る馬鹿々々しき習慣は他に相当にあるものと思う。

 例えば、日曜、祭日等に行う飾索の如き花型を甲板に造って居るが、雨が降ってきても揚げ様とせず、靴にて平気で其の上を踏んで居る。 分隊点検には甲板が狭くて踏まざれば歩く通路がないのである。

 索具はなるべく汚さない様に乾燥せしめておくことが大切にして、「ダビット」 に正しくわがねて固縛するのが理想で少しも見苦しいことはない、改正すべきであると思う。

 又帆布類の如きも、場所に依りては高価なる麻天幕でなく木綿にて充分間に合う所もあると思う。

 次に物の経済に関連して特に考慮すべきことは、利用ということである。 我海軍の通弊は経済を穿き違えて、単に蓄積のみを考え徒に倉庫を狭め、遂には腐蝕廃物に帰せしむると言う例尠からず。

 昭和5年に 「陸奥」 に赴任せし時、前々より希望して居った艦内不用物件大整理を行いし処、数百種の物が中部甲板に山をなし、塗具罐の半入りの侭硬化して無駄になっておるものが各砲塔より数多く出た。

 其の他金属類も夥しい量に達したので、必要物件を残して各科相互に融通せしめ、大部分は工廠の材料に送り陸奥の腹の中は誠に綺麗になった。 以後佐世保鎮守府にては不要物件整理を続けて居る。

 海軍全体が真剣に不要物件大整理を行えば駆逐艦1隻位造る材料は出ると思う。

 以上述ぶる所は僅かに数例に過ぎざるも、仮令不用の電灯1箇を考慮して消灯するのも経済的に処理せんとする精神は洵に貴重にして、吾々は常に克く此の精神の修練発揚に努むれば艦内至る処に新機軸が生れて来ると思う。
(続く)

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(注1) : いわゆる 「縄ばしご」 のこと。
(注2) : Painter 舫索。
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2011年05月19日

『艦船乗員の伝統精神』 − (21)

著 : 坂部省三 (元海軍少将、海兵37期)

  第二章 海上作業の要訣 (承前)

    第二節 経 済 (承前)

      第一項 人の経済 (承前)

 私は 「比叡」 の運用長の時、艦隊では戦技万能主義の時代なりしを以て、運用術の教育にも、保存整備にも人を貰えない、其処で日課手入の拭い掃除中下士官は半数、兵は4分の1宛運用術関係の教育を施した。

 最初は日課手入に人員の不足を訴えて来たが、慣れて来ると不足でなくなった。 之は各人が忙しく働く様になったからである。 誠に人は躾一つであると考える。

 尚運用教育が一通り終了した後は、此の人員を元の拭い掃除に帰さないで受持部の保存整備に従事させた。 之が為別に手入に人を貰わなくとも艦内は何時も美しく保存されたことを克く記憶して居る。

 保存手入に対して費して居る各艦の人員と時間とは非常に多大なるものにして、之を海軍全体の延員数にして見たら莫大になると思う。 従って其の方法の良不良に依り人員の経済には大変なる差を生ずる。 然るに指導者に其の頭脳がなく、改善指導と言う精神が足りないから、実に馬鹿馬鹿しいことを各所で平気で行っておる。

 例えば階段又は手摺支柱の根本の如き亜鉛鍍金の部分を一々錆落しをしておる。 此所は何時も湿気や水の滞留する箇所なる故、年に何回も錆落しを繰返さねばならないと言うことになる。

 之は予備艦時代に艦の手で取外して工廠に持って行き鍍金をすれば簡単に済み、艦隊に行っても数年は持つ、若し工廠で金がかかるから兵員でこつこつ錆落しをしろと言うなら、それは人よりも金を問題としておるので、宜しく予算を立直す必要があると思う。

 之等は工廠にやってくれるのを待っておるから出来ないのであって、兵員で鍍金場に担ぎこみ小人数の人を手伝に送れば、経費も少なく迅速に捗るもので自分は之を再三再四実行して来た。

 尚 「ワニシュ」 「ラック」 部の剥し方に苛性曹達と蓚酸の混合物を用ゆれば極めて簡単迅速美麗に済むものを、昔通り 「ビール」 瓶の破片や小刀にて削り取り多大の時間を費して凸凹を造り美観を損して居る。 誠に馬鹿馬鹿しいことと言わねばならぬ。

 又錆落にも錆落機の供給を多くし、更に軽便に使用し得る様になれば其の効果は甚大で、教育訓練に使う時間が非常に増して来ると思う。

 総て作業員の過剰と言うことは、啻に作業を混乱に導くのみならず各種の危険を惹起する原因なるを以て指揮者は常に此点を考慮し作業の按配並びに適材適所の配員に注意すると共に、外力又は機力の善用に努め常に垢抜した仕事をやる様に心掛けることが肝要である。

 例えば大正12、3年頃迄は、入港して浮標に繋留する舫索は7吋8吋と言う太い麻索を用い、之を機械に捲くと切断する虞があると言うので前甲板に黒山の様に人が出て張合せたものである。

 之は確かに船の小さい時代の遺風であると思い、細い鋼索に改め揚錨機に4回捲き、之に数人就かしむることに改めたら、人は実に僅かで済み然も不慮の急張に対しては其の破断力以内にて舫索自ら滑り出し、一切危険の心配を要せざるに至れり、近頃は各艦概ね此やり方である。

 以上は数例に過ぎざるも、多くの人が今頃人の経済と言う点に十分研究心を向けて仕事を進むれば、艦上の作業は飛躍的に進歩を促すことと思う。
(続く)
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2011年05月16日

『艦船乗員の伝統精神』 − (20)

著 : 坂部省三 (元海軍少将、海兵37期)

  第二章 海上作業の要訣 (承前)

    第二節 経 済

 「物を旨く使う」 と言うことは、運用作業上極めて緊要にして、之を亦経済的なりとも言い、能率ある仕事とも言う。 如何なる作業を為すにも能率と経済との関係は車の車輪の如く離るることを許さないのである。 而して経済の根本義は人、物、時とに論なく無駄を省き能率ある仕事を完成するにある。

 大谷中将 (既出) は次の様に説明して居る。

 「運用と経済は寧ろ同一語である。 苟も経済を無視したる運用は畢竟 「エネルギー」 の浪費にして、延いては国力の叛逆的消費である。」

 尚安全第一を唱えて徒に 「エネルギー」 を空費し、或は 「事勿れ主義」 を 「モットー」 として貴重なる時間、莫大なる人力と物との浪費を戒められて居る。 誠に至言であると思う。


      第一項 人の経済

 総て艦内諸作業を行うに当り、監督者は常に最小限度の配員を以て作業を最も簡易適切に遣り遂げると言う工夫を凝らして、之を部下乗員に教え導き、常に無駄のない仕事をやらせる様に仕向けることは海軍の現状を一新せしむる為に大切な要件であると思う。

 4年前永野大将 (修身、海兵28期) が赤軍の長官になられた時、私が伺候したら斯う言うことを言われた。

 「実に人を余計に使い過ぎる、1本の索にも沢山たかっておる。」

 誠に其の通りにして、天幕1枚を畳むにも、又短艇を1隻揚げるにも、人の経済等と言うことは頭に考えてない様である。

 吾々は候補生時代より作業に対する適負と言うことは、特に喧しく先輩より教えられて居ったのであるが、軍艦其のものの習慣や規則も人を経済的に使う様に改まって居らぬ点もあると思う。

 例えば 「メーンデリック」 にて、水雷艇を揚げる時、艦が少し傾斜して居ると一舷の 「ガイ」 は非常に楽であるが、他舷の 「ガイ」 はなかなか重い。 斯う言う時も分隊の受持と言う規定を墨守して楽の方の作業員を苦しい方に融通して経済的な運用作業を遂行せんとする人が少なく、只うんうん引張らせ多大の時間を浪費して居る。

 又毎日数回ある甲板掃除に一々出てくる兵員は行列の如く多数にして、手ぶらにて只続いて歩いてる者も相当にある。 自分は副長時代に随分八釜しく言って之を改めさせた。 元来海軍の様に人を不経済に使う所は無い様である。 日課手入等も断然改善する余地があると思う。

 第一其の方法が旧式であって、一々狭い隅々の 「パイプ」 の上を拭いて居る有様は、丁度障子の桟を一つ一つ雑布で拭いて居るも同然である。

 抑も居住区に塵埃の多いのは起床時に毛布を払うことに因るもの多く、奮発して毛布 「カバー」 を造ってやれば直ぐ解決のつく問題にして、石炭を焚かざる今日の船には塵埃の出ようが無いと思う。 之は人と時間の経済のみならず衛生上の見地よりも大なる問題であると思う。
(続く)
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2011年05月14日

『艦船乗員の伝統精神』 − (19)

著 : 坂部省三 (元海軍少将、海兵37期)

  第二章 海上作業の要訣 (承前)

    第一節 安  全 (承前)

      第四項 危険防止 (承前)

 従来英国では海軍士官の養成に帆船を使用して居り、仏蘭西海軍に於いても帆走練習艦を復活して毎年兵学校生徒の半数宛を地中海に於いて練習航海せしめつつありと言う。

 又独逸の水上飛行学校に於いては、帆走を課して居る。 之は水上機の着水に風力の影響する所を会得せしむる企図が窺われる。

 之も浜田中将 (吉治郎、海兵33期) の御意見なるが、帆走訓練には決して大規模の設備を必要としない。 「カッター」 で十分であると言うのである。 手軽にして而も短時間無経費にて訓練の目的を達することが出来る。 何故かと言うに帆走の妙味は舵を握って初めて会得することが出来るからである。

 江田島の兵学校に於いても、最近100噸余の 「初加勢」 (注1) に於いて帆走の訓練を始めたと言う報告を得て、誠に頼母しく思う次第なるが、海軍全般としても斯くの如き船乗に大切なる訓練を行なう余裕を持つ様になることを希望しておる。

 目安の養成は海上勤務者にとり之亦疎かにする能わず、目測の訓練は勿論船具に及ぼす応力、或は材料の強度並に状態等に関しても運用術提要等を参考として常に確かなる目安の涵養に努め、之をして第2の天性たらしめ常に危険を未然に防止するようにしたい。

 然るに運用作業に対する海軍の現状を見るに、大抵腰試めのこと多く、殊に海上作業に於いては 「元へ」 又は 「待った」 の許されざる場合多く、アット言う間に各種の失敗を招致すること多し。

 艦内作業にしても危険を防止する為昔より注意され、戒められ来りたること数限りなく、聞いて見ればつまらなく思うようなことが多い。 然し其のつまらないことを疎かにする人が更に多い。 例えば、

 (イ) 「重量物は決して必要以上に高く吊り揚げてはならぬ」 と言うことは知っておるが、「メーンデリック」 を使って機動艇を必要以上高く吊り揚げて平気で居る。


 (ロ) 「重量物の直下に居ってはならない」 と言うことは百も承知だが、大抵一人や二人違反者があって叱られて居る。


 (ハ) 重量を担った鋼索を 「ビット」 に巻き止めるには5回以上巻かざれば滑るにきまっておるが、4回位で平気な顔をして居る。


 (ニ) 1本の索具にしても新品あり古品あり、或は一部の 「ヤーン」 が切れて脆弱のものもある。 然し使用者は5吋 「ホーサー」 は5吋だけの強度があるものと見て少しも其の現状に注意を振り向けない。


 其の他濡れたる索具は硬化して滑り易いから取扱いに注意すべしとか、動索に身体を托すなとか、色々言われており日常目の前に沢山出会うことであるが実行する者が少なく、又兵員を躾けてやろうと言う気分も少ない様である。

 昭和9年年齢満期となった長岡と言う特務大尉は、永年運用作業に従事し御奉公を完うせる人なるを以て運用作業に対する所見を聞いて見たところ、「何も申すことはないが、永年の間一人も怪我人を出さざりしことを何よりの満足と思う。」 と答られた。

 怪我を起さぬこと、即ち危険防止と言うことは作業上指揮者にとり最も大切のことにして、長岡特務大尉のやり方を見るに索具1本、足場1つにしろ、わかりきった様なことにも其の場其の場にて必ず事前に注意を与え、用心と言うことに気分を弛めさせない様にしながら作業を進めておる。 大いに学ぶべきところであると思う。

 要するに、

 「指揮者は常に確かなる眼力、敏感なる頭脳、冷静なる心の修養に努め、機会ある毎に感を養い、常に正しき号令を下し得る素養を涵養すること肝要にして、海上に眼を慣らすこと愈々久しく、艦上に術を練ること愈々精しなければ、是等の要求は感応的に働き、随応随変自ら運用の妙諦を会得するに至るべし。」

 「運用術の極致は智得にあらずして自得に在り」 と言うのである。
(続く)

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(注1) : 元皇室ヨット  船歴などについてはいつもお世話になっているHN 「hush」 氏のサイト 『近代世界艦船事典』 の次の記事を参照して下さい。



     写真は大正5年神戸港において御召艇を務めた時のもの (雑誌 『海軍』 大正6年12月号より)


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2011年05月11日

『艦船乗員の伝統精神』 − (18)

著 : 坂部省三 (元海軍少将、海兵37期)

  第二章 海上作業の要訣 (承前)

    第一節 安  全 (承前)

      第四項 危険防止

 禍を未然に防止し常に安全なる作業を遂行する為には日常生起する万船の作業に対し細大漏さず 「危険防止」 なる運用眼を養成し置くこと肝要なり。

 此修練の積んだ人は仮令困難なる作業に直面するも、常に鋭敏なる眼力を以て的確なる判断を下し、突発的に起る諸般の異変に対しても危険を未然に看破することが出来ると言うのである。

 元来、運用眼とか船乗眼とか言うことは、昔より伝わって居る言葉であり、如何に機械万能の今日と雖も千変万化極まりなき海上の作業には依然として重要性の大なるものにして、運用眼というものは英国で言う 「キーンアイ」 と似たものなるが、之を簡単に言えば正確なる目安と良い勘とを合せた様なものにして、確りした眼力を有する船乗に対して言われしものと思う。

 先輩は教えて曰く、

 「船乗には目先の効くことは肝要なり、処置は遅れざるを要す。」

 勘の養成が船乗に必要なこと勿論なるも、正当なる勘を会得する為には常に学理的計画に基づき研究と修練とを積むことにより、段々正しい勘が其の人に植込まれるものであるが、愈々実行となると理論に偏したり数字の末節に捉われる様な事があってはならないと言われている。

 船を取扱う人にとり、勘の養成上軽視することの出来ない訓練の手段は、帆走であると言われて居る。 浜田中将は最も之に力を入れられた人である。 帆走訓練が船乗にとりて如何に必要なるかを述ぶること次の如し。

 (1 ) 帆走は艦の操縦に直接の影響の多い 「ツリム」 の関係を会得することが出来る。 又更に進んで 「ツリム」 を利用して操縦の妙味を発揮することが出来る。

昭和2年 「膠州」 が南洋に於いて坐礁した原因は、船の釣合が悪かった為、新針路距離が増大せしも之に気が付かざりし為と言われて居る。


 (2) 帆走は、風を薬篭中のものとする稽古が出来る。 風潮の影響を十分腹に入れておる者でなければ、本当の船乗とは言えないと伝えられて居る。 我薬篭中の風潮を更に善用して初めて船を立派に取扱うことが出来るのである。

従来、風落に対する考慮が不十分なりし為、浮標に触れて推進器を毀損し、或は坐礁したる例尠なからず。 最近 「浅間」 が坐礁せしも流圧が大因をなして居る。

大正13年 「長門」、「陸奥」 の触接事件も両艦の吸引作用も影響せりと雖も、主なる原因は風落の考慮に足らざりし点ありと言われて居る。


 (3) 帆船には 「リーウェイ」 がある。 又速力は零の事もある。 或時は針路は必ずしも目的地を指して居らない。 時に依りては反対のこともある。 之等を体得して居って初めて衝突を予防することが出来る。

曽て明石海峡に於いて軍艦 「平戸」 が帆船の船尾をかわり得るものと考え、艦を操縦して之に衝突して居る。 此時帆船の速力は零であったと言うことである。


 (4) 帆船に於いては指揮、艇長、艇員の気分が 「シックリ」 合って初めて微妙なる外力をも征服し、或は活用して立派なる操縦、航海が出来る。 又 「シートメン」 の守る 「シート」 一本の油断にて艇を顛覆し、風上側見張員のボンヤリにて衝突を起し、一人が一寸動いても大帆を瓢動し浦帆を打つと言うことになる。


 実に帆走は 「シーマンライク」 の気分涵養に大切であり、又士官が直接部下と小艇に乗り、一心一体壮快なる気分を以て部下を指導薫化することを得るものにして、上官は因より部下兵員を船乗に躾けるに最も適当なるものであると思う。
(続く)

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2011年05月08日

『艦船乗員の伝統精神』 − (17)

著 : 坂部省三 (元海軍少将、海兵37期)

  第二章 海上作業の要訣 (承前)

    第一節 安  全 (承前)

      第三項 確 実

 日常生起する運用作業は一般に軽視せられ易く、為に注意を欠き粗漏に流れ不知不識の内に乗員の気分を無精に導き、遂には大事を惹起し、或は艦の保安に関し、或は人命を損傷し事物を毀損する等、其の波及するところ以外に甚大なるが如し。

 例えば日常の教練に於いて防水扉蓋の閉鎖に手を抜き形式に流れ常に其の作動並びに水防の良否を確めざる結果、実際に処して其の用を為さず艦を危険に頻せしめたる例多し。

 又入港に当りては、錨鎖を一時 「スリップ」 に持たせ確実に投錨する規定なるに拘らず、其の手順を省略し直接制動機に依り之を行い、遂に錯誤を生じ錨を亡失したる例あり。

 故に、「海上勤務者として最も必要なる性格は、何事も几帳面に処理し確実にして安全なる作業を遂行するに在り。」

 古来幾多の失敗は、放漫なる 「ダロウ」 主義に起因すること多し、注意を要す。 

 艦船繋泊中浮標に錨駐しある鉄枷の 「スモールピン」 一本離脱すれば錨鎖も次いで離脱し、大艦も忽ち坐洲又は触衝の大事件を惹起することとなる。

 一般艦船に於いても、強風の前後には必ず 「スモールピン」 の状態を調査し、其の良否を届けしむることを習慣とする必要あり、斯る手段は艦の保安のみならず、乗員に対し確実と言う気分を植付ける躾として軽視すべきものではないと思う。

 確実に事を処すると言うことは、安全を期す為万事に必要なることは勿論なるも、吾人は艦の保安に関しては絶対に之を厳守せざるべからず。

 艦船が艦位の不正確なるを知りつつ航行を続け、坐礁の悲運に際会したる例は枚挙に遑なき程多数に上りつつあり、注意を要すべきである。
(続く)

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2011年05月05日

『艦船乗員の伝統精神』 − (16)

著 : 坂部省三 (元海軍少将、海兵37期)

  第二章 海上作業の要訣 (承前)

    第一節 安  全 (承前)

      第二項 作業の統制と静粛

 作業の実施に当り、指揮者が克く作業員を指揮掌握し常に作業をして円滑、静粛に進捗せしむることは、安全を期する為大切の要件なり。

 殊に不慮の事件突発に際しては、往々統制を乱し、喧噪混乱に陥り易きを以て、海上勤務者は平素より各種の場合を想起し、事に処し憶せず、騒がず、適法の手段を講じ得る如く心の準備を確りして置かざれば概ね不統制に陥るものである。

 昭和2年艦隊錨地に於いて軍艦 「常盤」 の機雷爆発するや、各艦は急速救援の方法を講ぜんとせしも乗員は亜然として号令通り動かず、救援に甚だしく時間を浪費せり。

 斯る場合総員又は軍事点検等の号音に依り先ず乗員を掌握し、艦内の統制を計り、然る後乗員を区署し作業を発令すべしとは従来先輩より教えられて来たことである。

 又日常百般の運用作業に於いて喧噪に陥り易き生因は、概ね上下の意志疎通を欠く為に依るものにして、之が為危険を惹起し、或は人を殺傷し、物を毀損する等、累を他に及ぼすこと多きを以て、指揮者は予め自己の胸算並びに実施の方法等を十分理解せしめ、常に作業を静粛円滑に進捗せしむる心掛が肝要である。

 従来運用作業には手先信号あり、号笛あり、日常の運用作業には、概ね之に依り遂行し得る如く指導するべきものにして、近来防毒関係より海軍の手先信号は漸く統制せられ躍進的進歩を促さんとする今日、益々之が活用を怠らざれば、艦内日常の作業も極めて静粛に進捗し、海上作業に一大革新を齎らすものと思う。

 意志疎通の問題は、作業の統制上常に密接なる関係を有するのみならず、艦船操縦者として立つべき吾人の更に考慮を要するものにして、古来相互の意志連絡の欠陥に基き、重大なる事故を惹起したる例は甚だ多い。

 大正13年特務艦 「関東」 が福井県海岸に坐礁破砕して、艦は全滅となり、且多数の人命を失いたる事件は、艦長、航海長の意志疎通を欠きたるに一因せりと言う。

 又昭和5年潜水学校教程演習に於いて、潜水艦と駆逐艦との衝突事件は艦長と学生との意志疎通に欠くる所ありしに因ると言う。

 昭和8年軍艦 「出雲」 が上海に於いて英船に触衝せし時、幹部は期せずして各配置に就き迅速適切なる処置を講じたる為被害を減少し得たるは、艦内真に人の和に依る協同精神の発露にして、言わず語らずの内に意志疎通の実を挙げ得たるものなりと言う。

 由来、攻撃力の訓練の方面に於いては、特に軍紀を重んじ極めて厳粛に実施せらるるを常とし、射撃の如き、砲術長統制の下に命令一下秩序整然として全員全能力を発揮し得ると雖も、運用方面の作業、例えば艦船横付等に際しても作業喧噪を極め、前後舫索を張合すにも相互の連絡なく、指揮統制上甚だ遺憾とするもの多く、其の他一般に厳粛を欠き作業の統制を乱し易し。 海上勤務者として大いに考慮すべき点であると思う。
(続く)

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2011年04月29日

『艦船乗員の伝統精神』 − (15)

著 : 坂部省三 (元海軍少将、海兵37期)

  第二章 海上作業の要訣 (承前)

    第一節 安  全 (承前)

      第一項 事前の準備 (承前)

 艦船出港前に天候静穏なる時、動もすれば其の環境に眩惑せられ油断を生じ、載貨に考慮を欠き、荒天に際会して危険に瀕する例尠からず。

 先年駆逐艦 「早蕨」 が台湾海峡に於いて顛覆沈没せしも、此の理由に当て嵌まる所が多分にある。

 艦船の移動物固縛と言う問題は昔より厳守せられたることなるが、近来は時化て来ない中は之を行わない船が殖えて来た様である。

 此事に関し先輩より教えられて居ることは、船は航海して居る以上何時、何処で坐礁又は衝突するかも知れない、坐礁すれば大体船は傾く、又衝突して浸水して傾く、傾けば移動物は一方に移動して船は益々傾き、各種の損害及び危険を伴う、其の時に至って急に固縛は出来ない。 故に天候の如何に拘らず移動物は事前に確かり固縛して出港するのが船乗の嗜であると言うのである。

 其の他流速大なる港湾に碇泊中の艦船は、絶えず他船の運動に注意し、衝突の危険ありと認むる時は迅速に錨鎖を伸し臨機の処置を講じ得る準備を要するとか、船舶の運航頻繁なる所に繋泊する船は、他船の近接に対し急速防舷し得る準備が必要であるとか、種々注意されて居ることは沢山あるも、之を実行して居る船は甚だ少ない。 之が為め損害を蒙って居る例は非常に多い。

 明治43年鈴木貫太郎大将が 「宗谷」 の艦長として呉淞を出港するとき、運動の命令に無理ありし為、「宗谷」 は回頭の際圧流せられ、其の横腹は刻々下流に錨泊中の 「千歳」 に接近し、あわや衝突の危険に瀕せる時、「千歳」 の前甲板には艦長並びに当直将校が立ち、作業員を配し捨錨準備が完成して居った。 此の状況を艦橋より目前に見下した時、誠に敬服の念に打たれたことを今直明白に記憶して居る。

 次に事前に関連して特に海上勤務者にとり必要なることは、時間の余裕を見積ると言うことである。

 昭和8年某船が針尾瀬戸に於いて触礁せるは出港時刻に余裕なく風浪の為速力減少したので潮の好時機を失したためであると言う。

 大正11年軍艦 「新高」 がカムチャッカ西岸に碇泊中、暴風の為覆没し生存者僅かに16名に過ぎざりし事件は、事前の準備に余裕を取らざりしものにして、彼の時出港し得たりとすれば其の難を逸れ得たらんも、汽醸が間に合わざりしと言うことである。

 時間の余裕と言うことは、啻に艦の保安に関するのみならず、日常生起する総ての作業に必要なる条件にして、船乗には当面の状況並びに作業の難易を事前に看破する眼力が必要である。

 此の眼力無き為作業に着手して後仕事を急ぐ結果、当然履行すべき手続を省略し、或は作業に無理を及ぼし各種の失敗を招致することになる。

 例えば、風潮の影響大なる時、揚錨出港に当り時間の余裕を見積らざりし為、抵抗多く揚錨機に無理を及ぼし、驚いて機械を休め或は静かに運転せんとするも、時刻切迫し遂に機械を焼損し、出港を遅延せしめ累を艦隊全般に及ぼしたる例あり。

 其の他周密なる計画の下に慎重なる操艦を行わず、行当りばったりの結果重大なる事故を惹起したる例甚だ多し。 誠に事前の準備は作業を安全に導く第一歩なりと言うことが出来る。
(続く)
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2011年04月25日

『艦船乗員の伝統精神』 − (14)

著 : 坂部省三 (元海軍少将、海兵37期)

  第二章 海上作業の要訣 (承前)

    第一節 安  全

 作業は其の大小に論なく絶対安全を第一義とし、聊かも人命に危害を加え又は物を毀損せざることが大切な要件である。

 然れども海上作業に於ては寸時を争う突発的の境涯極めて多く、安全々々と言っては何事も手が出せないのであって、安全第一主義を穿き違えて引込思案に陥らざる様一層の警戒を要す。

 故に海上勤務者は特に鋭い目 (キーンアイ) の涵養に努め、概ね下記事項の修練と躾とを怠らざる様注意することが肝要である。


      第一項 事前の準備

 作業を行なうに当たりては事の軽重に論なく事前に周到なる研究調査を行い、正鵠なる胸算を立て確信を以て作業を遂行し、常に成果の万全を期すると言うことが安全を確保する要件であり、又其の習慣が其の人を 「シーマンライク」 に仕立てる根本義であると信ずる。

 故に、何事の按劃もなく漫然と只作業を行って居る様にては幾年経過するも何等の進歩もなく各種の失敗を繰返すに過ぎない。

 一例を挙げれば、「荒天に際し安全を期する要訣は、事前の準備を完全にして荒天を待ち、積極的に荒天に打勝つに在り」 と言うのである。

 昭和2年艦隊が厦門碇泊中、強風と潮とが一致せぬ為走錨の虞あり、多くの艦船が錨鎖を延出せるに拘らず、此の準備を怠りし駆逐艦は、走錨して隣艦に触衝し、其の艦の錨鎖を切断し錨を亡失して居る。

 昭和9年9月大阪港を襲った台風は未曾有のものにして、港内の大小船舶は殆ど総て坐洲、沈没又は危険の状態に頻したりしも、只一隻 「錫蘭丸」 は前日より上陸を止めて安全なる浮標に繋留換を行い、荒天に対する準備を完成し荒天を俟って居った為、全く無難に済みしと言う。

 此の美談は当時紙上にも掲載された有名のことにして、畏くも天聴に達せりと言う。 右は船乗として当然為すべきことを実行したるに過ぎず、海軍としては別に不思議とは考えられざることなるが、なかなかそう行って居らぬことを残念に思う。

 即ち、大正9年呉軍港にて首尾繋留中の某駆逐艦が荒天の為艦尾索が切断せられ艦尾が擱坐せるが、之は単に天候回復すべしと軽信し、午後一人の保安上適当なる将校を残さず上陸した為と言われて居る。

 又大正13年別府在泊の駆逐艦が坐洲せる時にも荒天前なるに拘らず、幹部は殆ど上陸した後であったと言うことである。

 斯の如き例を示すは誠に忍びざる所なるも、苟も、陛下の軍艦を守っておる吾々軍人の大いに三省すべき問題であると思う。

 又事前の準備と言うも作業の種類に依りては当時の環境に捉われることなく、先々の状況変化をも能く洞察し、各種の異変に即応し得る様安全にして確実なる方法を講じ置くべしと言うことは、昔より戒られたることにして、海上勤務者の特に注意を要する点であると思う。
(続く)
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