2014年02月01日

続々 ・ 敵前大回頭と丁字戦法

敵前大回頭と相対運動 (前)

先の 「続 ・ 敵前大回頭と丁字戦法」 において、相対運動作図というものをご紹介し、これによる敵前大回頭の分析結果を説明しました。

ただ、当該記事の元々が日本銃砲史学会の会報誌 『銃砲史研究 第377号』 での黛治夫氏の記事再録に当たっての私の解題でしたので、十分な説明ができませんでした。

そこで、今回の同誌第378号において 『日本海軍の丁字戦法に関する一考察』 として一稿を掲載していただき、その中でこの相対運動についてももう少し分かりやすく解説してみました。

当該記事に基づき、こちらでも改めて説明してみたいと思います。

先にも書きましたが、「相対運動」 というのは地上に暮らしている一般の人々にとってはなかなか分かり難い概念であると思います。

例えば、都心などで列車に乗っている時、隣の線路を併走する列車との僅かな速度差によって、自分の列車がバックしているかのような錯覚を感じることがあるかと思います。 それも相対運動の結果なのです。

また、北海道などで見通しの良い開けたところで、遠くから相手の車がずっと見えているにもかかわらず、交差点での出会い頭の衝突事故がしばしば発生していることがニュースでも報じられます。 実はこれはこの相対運動の実際を理解していないための “錯覚” によるものなのです。

ただ、普通に生活している限りでは、道路や建物などの地理的に固定された地形地物を見ながらですので、なかなかこの相対運動というものを “感覚” として理解することが少ないといえます。

ところが、洋上では海原以外に見えるのは相手の船だけです。 このため、船対船の関係は常に 「相対運動」 で見ることになります。

簡単な例でご説明します。

今、下図のようにA船とB船が行き逢い、そのまま直進したために X点で衝突してしまったとします。

relative_01_s.jpg

この場合、地上であったならば、A船とB船の動きはこの図のように見えたはずです。

ところが、他に何も地形地物のない洋上において両船が衝突するまでの間、A船からB船、あるいはB船からA船はどの様に見えていたのでしょうか?

上の図を、もう少し細かくして一定間隔での両船の関係を表しますと、下図の左の様になります。 そしてこの図を、A船の船上から見た状況に書き直すと下図の右の様になります。

relative_02_s.jpg   relative_03a_s.jpg

そうです。 船乗りが最も嫌がる 「方位変わらず、距離が近づく」 という状況です。 これは衝突する危険が切迫しているということを示しているからです。

しかも、B船はA船に向首して近づいてくるわけでは無いことに注意してください。 このように横向きの対勢のまま距離だけがどんどん近くなってきます。

これが相対運動というものです。

私も何度も経験がありますが、夜間航海中に艦橋の艦長椅子で暫しの居眠りをしているとき、すぐ外にいる右見張からの 「右〇〇度の赤燈、方位変わらず、距離近づく」 という報告を聞くと、ドキッとして目が覚めます。 衝突の危険があり、そしてこちらに避航の義務があるからです。


この衝突の例の様な場合は簡単ですが、そうでない場合には 「相対運動作図」 あるいは 「相対運動解法」 というものによって相手の船の動きを測る必要が出てきます。

この相対運動作図というのは、今日では 「運動盤」 という紙に印刷されたものによって、三角定規とデバイダー、場合によってはコンパスを使えば簡単にできます。

運動盤用紙は米海軍及び海上自衛隊で最も一般的なものは下図の様なものです。

MarBoard_01_s.jpg

( でもこれ日本製は高いんですよ。 30〜40年前で1枚50円と言っていました。 ですから若手幹部の頃は、書いては消し、書いては消してボロボロになるまで再利用しました (^_^; )

先の衝突の例をこの運動盤で作図すると次の様になります。

MarBoard_02_s.jpg

B船の現在位置から両船の運動の合成ベクトル(薄青線)と並行に引いた薄赤線が 「相対運動線」 になります。 即ちA船からはこの線上をB船が近づいてくるように “見える” わけです。 しかも横を向いたままで。

この相対運動の解析は、戦後になってレーダーが一般船舶にも普及するにつれて良く知られる様になりました。

と言いますのも、レーダーのPPI (Plan Position Indicator) という表示方法は、下写真のとおり、常にその中心が自分の位置 (正確にはレーダーアンテナの位置) であり、表示される地形も他船舶も全てこの中心に対する相対運動として表示されるからです。

RDR_PPI_disp_01_s.jpg

( 因みに、もしこのレーダー画面に映っている場所 (海面) がどこかお解りの方がおられましたらお知らせ下さい。 正解の方には何かプレゼントを考えます (^_^) )

最近ではレーダー信号をディジタル化して自動的にこの相対運動解析を行い、操船者に警報を出す 「衝突予防機能」 付のものが増えてきましたね。
(続く)

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(2月4日追記):

先のレーダー画像は豊後水道水ノ子島の北北東約5浬の地点におけるもので、赤丸が佐田岬、緑丸が水ノ子島です


RDR_PPI_disp_01a_s.jpg

Bungosuido_chart_No210_01_s.jpg

これをご覧いただいてもお判りの様に、沿岸海域の航行でレーダーを利用するにはこれ単独ではダメで、常に海図と付き合わせてこそ初めて役に立つものと言うことができます。

なお、水ノ子島灯台は一般には映画 「喜びも悲しみも幾年月」 のロケ地としても知られていますが、船乗りにとっては豊後水道を行き来するための重要な目印となっています。

また、四国側伊予半島先端の佐田岬と九州側佐賀関半島の間を 「速水瀬戸」 (はやすいのせと) と言い、東の友ケ島水道、北西の関門海峡と並び瀬戸内海に出入りするための海上交通の要衝となっています。


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関連前記事

「敵前大回頭と丁字戦法」 :

「続 ・ 敵前大回頭と丁字戦法」 :

「 『銃砲史研究』 第378号」 :

「 『銃砲史研究』 第377号」 :

posted by 桜と錨 at 12:47| Comment(9) | TrackBack(0) | 砲術の話し
この記事へのコメント
久方振りに投稿させていただきます。
ヘッドアップであれば佐世保を出港して航路に入る手前かとも思いますが、ノースアップで舞鶴をでる辺りでしょうか?
Posted by 以前の名前を失念 at 2014年02月01日 19:05
PM93 さんですよね (^_^)、早速のレスありがとうございます。

う〜ん、私も正解を知らなければそう思ってしまいそうですね。 残念ながらもう少し広いレンジの所です。

Posted by 桜と錨 at 2014年02月02日 11:09
お久しぶりです、先生。

プロコンスルです。

昨年末にPCが故障し、幸いHDDは生きていたので、新しいPCに移行する作業をしたりしておりまして、すっかり年頭のご挨拶を失念してしまいました(実はメールデータのみ移植し忘れて、メールアドレスその他全部失ってしまいました。夜勤明けの寝ぼけた頭で作業してはならないという教訓は得ました(苦笑))。

申し訳ございません。

改めまして、本年もよろしくお願いいたします。

この記事、どれも懐かしいです。

運動盤、レーダー、「方位変わらず距離近づく」

そんなに頻繁ではありませんが、何回かはこの報告をした記憶があります。

「運動盤解法」の練習も何度もやりました。私の場合、運動盤をコピーしたものを使いました。

先生のおっしゃるとおり、本物は高いので。

≫相対運動の実際を理解していない…

これを理解してくれていれば、「丁字戦法はなかった」「並航戦だった」等の不毛な議論は一瞬で終わるんですけどね。

≫もしこのレーダー画面に映っている場所 (海面) がどこか

ダメです、わかりません。

情けないですね、元電測員なのに。

あちこちの海図データを頭に入れたのですけど(先輩に怒られながら)。

ところで話は変わりますが、「運動盤」は一般に入手する方法はあるのでしょうか?

流石に備品やそのコピーを持ち出すわけにもいかず、全部処分してきましたので、手に入るものなら手に入れたいと思いまして。
Posted by プロコンスル at 2014年02月02日 15:51
プロコンスルさん、こん**は。

成山堂という海事図書を専門とする出版社から 「航海当直用レーダープロッティング用紙」 というのが出ています。

これが 「運動盤」 に近いのではと思いますが、見たことがありませんので詳細は分かりません。

特に用紙の四周に米海軍・海自のものの様な各種スケールがあるのかどうか。 これがないとちょっとですね。

それに50枚綴りとはいえ2100円もしますので ・・・・ 海自の知り合いの方からお古を貰うのが一番ではないかと (^_^)

Posted by 桜と錨 at 2014年02月02日 20:21
もしかして、佐田岬ですか?
練習船と初任で1度とおっただけなので、自信ありませんが。
Posted by PM93 at 2014年02月04日 16:15
PM93 さん

正解です。 上の記事追加のとおり、速水瀬戸と水ノ子島との間の豊後水道ですね。

プレゼント、何かこんなものがあればというご希望がございましたらお知らせ下さい、探してみますので。

Posted by 桜と錨 at 2014年02月04日 20:14
それでは、「砲術への想い」の更新をば。
根っこが同じな某組織のとある船で航海長(砲術長併任)をしていますが、当サイトはなかなか勉強になります。
Posted by PM93 at 2014年03月04日 18:47
PM93 さん

了解です。 ちょっとお時間を頂戴しますが、新しいコンテンツを作って追加します。

>根っこが同じな某組織のとある船

白いお船ですね。 灰色の艦と比べると乗員数が少ないのでお仕事は大変でしょうね。 頑張って下さい。

Posted by 桜と錨 at 2014年03月04日 21:33
ありがとうございます。

よろしくお願いいたします。
Posted by PM93 at 2014年03月05日 05:43
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