2012年07月01日

大空への追想 (2)

著 : 日辻常雄 (兵64期)

第1章 水上機の巻 (承前)

    第1話 大空への憧れ (承前)

        その2 血書事件と海兵入学

 霞ケ浦、海鷲の町に溢れる青年士官の姿と、支那事変の雰囲気による大空への決心はますます深くなっていった。

 中学校には張り切った配属将校がおった。 この先生が私の海兵希望をさらに煽ったのである。

 4年生の秋、配属将校が霞ヶ浦航空隊司令 (注) のもとに軍部学校志望者8名を連れて訪問し、激励を受けたことがある。

(注) : 昭和6年のこととすると、当時は小林省三郎少将 (兵31期) になります。

 この時司令は、

「 海兵、陸士の受験はまず厳重な身体検査からである。 ちょうど今操縦練習生採用試験の身体検査が行われているから一緒にやってやる。」


 と言われ、早速検査を受けることになった。

 きびしい検査が終わってから軍医長いわく、

「 君は立派な体格だなー、満点だ。 操縦練習生を今志願しないか、合格疑いなしだぞ。」


 私は即座に、

「 海兵を希望しています。 海兵に入ってから飛行機乗りにはなれませんか。」

 と尋ねた。 すると軍医は、

「 それはなれるよ、しかしね、こんな立派な体格の持ち主は、とかく海兵には入れないものなんだよ。」


 と笑っていた。 さすがは名軍医、俺の頭の程度を見抜いていたようだ。

「 合格して見せます!」
「 しっかりやれよッ!」

 私の大空への希望はこの時固まったのである。 パイロットとしての身体検査に合格の大鼓判を押された以上、是が非でもこの自信のない頭の方を叩き直さなければならんと決意した。

 中学5年、とにかく海兵を受験した。 幸か不幸か、第一次身体検査、4日間の学科試験とも通過した。 150名の採用に対し、最後に残った者がなお750名おるという。 運は天にまかせるのみ。 ところがここに大事件が勃発した。

 昭和8年1月の新春 “土浦中学校に赤の卵” と地元新聞が一面五段抜きのセンセーショナルな記事を書きまくったのである。 まさに晴天の霹靂である。 学校中がひっくり返るような騒ぎとなり、父兄も悲嘆のドン底にたたき込まれてしまった。

 当時の教育環境からすれば大変な問題である。 校長以下、頭を抱えこんでなすことを知らず、配属将校からは、

「 残念だが今年の軍部学校受験生はあきらめろ、先ず採用はあり得ない。」

 と言い渡された。 私は悲憤慷慨の余り、半ばやけくそとなってある行動に出た。

 級長をしていたので、先ず先生に頼んで授業はやめ、1年生に至るまで、少しでも怪しいと思われる奴等については、授業中にもかかわらず先生を無視してその教室に入り込み、指名の上外に連れ出し徹底的に糾明した。 しかし赤の卵等全くいなかったのである。

 私は更に5年生一同を教室に閉じ込め、

「 ただ今から一同血書をもって本校には赤の該当者はおらぬことを声明し、赤新聞の謀略であることを訴え、明日県知事、文部大臣、陸軍大臣に、この血書を持参提出したい。 賛成の者は俺に倣らって欲しい。」


 と勇ましい言葉を吐いた後、自ら左指先を切った。 私の心中には海兵望みなしという配属将校の言葉が焼きついていた。 総員が同意し、教室中に血の匂を漂わせてたちまちのうちに三通の血書ができ上がった。

 しかしその晩のうちに先生たちの必死の説得にあい、血書提出は差しとめられたのである。 学校当局も立ち上がり、父兄とともにかけ回って新聞社に謝罪文を書かせたりして、やや騒ぎは峠をこしてきた。

 2月11日紀元節、式を終わって帰宅すると、「海軍兵学校生徒に採用の予定、採用委員長」 という速達が舞い込んだ。 両親が泣いていた。 私はその通知を鷲づかみにして学校に舞い戻った。

 会議中の職員室に飛び込んだ異様な顔色の私を見て、先生達は一瞬警戒の色を見せた。 黙って差し出した通知書を、私の手からひったくるように取りあげた配属将校は、たちまち目を光らせて大声を張りあげた。

「 日辻が海兵合格しましたッ!」

 と手を高く差し上げると、先生達は歓声をあげたが、皆涙を流していたのを今でもよく覚えている。 校長も、

「 よかったな。」

 と一言いい泣いていた。 校長にすれば、私の合格よりも、この騒ぎの渦中にあって海兵合格者が出たということで、今回の事件なんか問題にしていないことを実証してくれたことが嬉しかったのである。

 翌日の朝礼の際、陸士合格も一名出たことが分かり、総員の前で、私ども2名がお立ち台の上で紹介され、校長は、

「 海兵、陸士合格者が出たということは、本校の赤誠が認められたものであり、今回の事件はこれで解決した。」


 と言われた。 どこからともなく万歳が叫ばれ、校歌の合唱となって、三枚の血書がその場で焼き捨てられたのである。 嬉しいやら恥ずかしいやら、穴に入りたい気持ちとは、まさにあの時のことであろう。 全く波乱の中の海兵合格であった。

(続く)

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