2012年03月07日

日露海戦懐旧談 (47)

海軍特務少尉 内 山 虎 夫

日露戦争半ばより従軍の感想 (承前)


 二十七日の戦闘に於て命中弾九発、其の中にて一番損害の大なりしは後部砲塔の命中弾なり。

 常時は現今の如き通信装置はなく砲術長の示す距離苗頭は艦橋の示教盤に調へられ、砲台長は之れを見て修正し各砲に号令す。 伝令員は之を各砲にメガホン又は伝声管に依りて伝ふ。

 自分は軽砲を使用せざる間は上甲板瓦斯抜口より中甲板四番十五糎砲に伝令の任あり。 砲門よりロ−リングの烈しき度毎に海水は瀧の如く浸入す。

 然れども照準器はH字型なるを以て望遠鏡の如く使用困難ならず、四番六吋砲の如きは七十六発発射し砲身は焼けて塗具は全部脱落せり。 斯くの如き発砲に故障の一つだになかりしは実に砲員が如何に不断砲機の整備に細密な注意を払ひ居りしかゞ伺はれる。

 自分等の八糎砲は最も近距離にある仮装巡洋艦等に対し発射弾数三十八発、命中炸裂する我が砲弾を手に取る如く見るを得た時愉快禁ずる能はず。

 敵艦は我が射弾に依り致命傷を受け傾き始めると、艦員先を奪うて檣によぢ昇る。 然れどもそれも暫く経てば前後或は左右舷に傾きて赤き船腹を見せるものあり。 沈没と共に上甲板以上に居りしものは蜘蛛の子を散らしたるが如く水上に浮びつ沈みつ、浮標、木片其の他の浮物に身を託するものあり。 所謂 「溺るゝものは藁をも摘む」 の譬の通り我が艦隊が附近に接近すれば手を挙げて救助を求むる等実に悲惨の極である。

 日没前 「スワロフ」 は前部より沈みつゝありしにも拘らず発射速度緩慢ながらケビン砲は尚射撃を継続しつゝあり。 「スワロフ」、「オスラビヤ」、「ボロジノ」、「アレキサンダー」 等の主力は遂に相前後して我正義の弾丸に海底深く撃沈せられたり。

 波浪高き為め、今朝より竹敷に待命中なりし我が水雷艇隊は通報艦 「八重山」 に率ひられ戦場に来たるを以て、我が主力艦隊は日没頃より駆逐艦、水雷艇隊に攻撃を譲り戦場を後に速力十五節にて鬱陵島方面に向へり。

 駆逐艦、水雷艇隊は朝まだきより骨肉の嘆をもらしつゝ待つて居りし事故すわと計りに攻撃を開始した。 故に敗残の敵艦は処々に探海燈を点じて之に応照し昼をも欺くばかりなり。 砲声は一段と物凄く唸りを生じ凄惨の気漲る。 昼の戦闘に身はへとへとに疲れながらも其の夜は二直哨戒なり。

 正子を過ぐる頃探海燈の光も一つ消え二つ消え、今はそれさへ見えず砲声もやみ、音するものは唯機関の軋と舷側に砕けては散る潮の音のみ。

 戦時治療所に傷ける戦友を見舞へば昨夜までバルチック艦隊の来航を今や遅しと待ちわびし友も今は真白き繃帯を朱に染め昏々として呼べども更に答なし。 之が戦場の常とはいへ束の間にまざまざと見せつけられた有為転変様々只感無量であつた。

 斯くて二十八日の夜は明け放れたが渺々たる海原に敵の片影だになく只木片等の漂流を見るのみなりき。 其の中に右舷艦首の方向水平線上に薄き煤煙を発見したれども、次第に遠く薄く遂に視界を離れた。 之敵艦高速カを利用して浦塩に遁走したのであつた。

 漸次にして右舷正横前に又数條の煤煙を発見せり。 是れ後の 「石見」、「壱岐」、「見島」、「沖ノ島」 の四艦であつた。 我が艦隊は之を砲撃しつゝ刻々接近すれども応戦の模様見えず、能く見れば昨日の戦闘旗に替ふるに白旗を以て降伏の意を示せり。

 此処に於て我が艦隊はこれを前後左右より包囲して各艦より捕獲員を編成して之を捕獲し、初めて日本軍艦旗を掲揚せられ、捕虜は各艦に収容する事となり 「富士」 はネボカトフ司令官以下二百名を迎へた。

 昨日までは司令官と仰がれたネ少将も今は捕虜の身の哀れさ、乗艦にも舷側に下げられし索梯子を挙ぢ登る見すぼらしさ。 見れば頭部に負傷し繃帯をなし居れり。

 准士官以上は士官病室、其の他は中甲板第一区に収容して番兵を附し、佐世保入港まで上甲板に上ると許さゞりき。 捕虜の中には愛妻の写真をポケットより出し、なつかしみ且喜ぶ者もありき。

 斯くの如くにして遂にバルチック艦隊は全滅したのである。

 今静かに過ぎし当時をしのび現在の世相と比較するに国民一般が軍隊に対する後援の程度、社会の期待、国防に関する熱意等に於て格段の差異なきやに思考せなる。

 今や世界は挙つて口に筆に平和を叫ぶも、其の裏面に於て互に何を考へ何をしつゝある。 平和果して何時迄続くか。 現在の状況にて進んだならば一朝平和は破れ、国難襲ひ来るの時、果して日露会戦当時の如く困苦欠乏に堪へ、隠忍持久の大勇猛ありや否や大に心すべき事である。
(続く)


posted by 桜と錨 at 12:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 日露海戦懐旧談(完)
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