2012年02月23日

日露海戦懐旧談 (45)

海軍特務少尉 内 山 虎 夫

日露戦争半ばより従軍の感想


(管理人注) : 本稿では作戦行動などに関することについては特に内容にコメントは付さず、原文のままで掲載します。

 浅学且又年を経ること二十有余年にして記憶も薄らぎ従つて日時其の他に於ても多少の前後もあらん、唯々頭に浮び来る事を其の儘に記す。

 回顧すれば二十有余年前、時恰も日露の風雲急なるとき遠大なる希望を抱いて海軍に身を投じ首尾よく甲種合格となり、三十七年六月一日呉海兵団に入団す。

( 昔時の新兵分隊の編成及教育は区割長一、二曹一名、教員は予備無章一水、助手は二号に一名の割、受持員数各号二十名宛にして硬教育を実施せられ現今の教育の比にあらず。)

 此の年十二月二十七日、「第二十六号観音丸」 に便乗佐世保に向ふ。 其の途次、機雷にかゝり舵機故障を生じた為戦地から帰還の途にある運送船が、「名古浦丸」 と下関海峡に於て衝突し両船とも約三、四十度の傾斜をなせるを見て、茲に初めて海上の危険を痛感せり。

 二十九日午前佐世保に入港。 次いで 「富士」 に乗艦、直に入渠、艦の状況作業不明のため徒らに焦慮するのみにて其の心労一方ならず。 かくして午後愈配置は決した。 第三分隊の八番八糎砲に而も砲員に配置されたことは無上の喜びであった。

 常時の艦長は大佐松本和 (7期) 、副長中佐土師勘四郎 (20期) 、分隊長中尉松本匠 (27期) 、分隊士少尉平本栄 (平山? 31期) 、砲台附兼先任下士官一曹木藤源太 (綽名が鬼源太)、砲長一水菅原文吉であつた。

 午後四時頃なりしならん、新乗艦者は四番砲廓ケースメートに集合を命ぜられた。 木藤先任下士官日く 「本日貴様等が乗艦するため開戦以来数次の戦闘に参加したる勇士を涙をのんで退艦せしめたのである。 只今より貴様等は本日退艦したるもの同様に働け。 艦の様子が判るまで上陸禁止」 と。

 越えて三八年二月八日、佐世保抜錨鎮海に向け回航。 日課は日曜、祭日の区別なく、航泊を問はず、殆んど毎日の様に合戦準備、戦闘教練、内筒砲射撃、装填教練、小口径砲員は十五糎砲以上の弾薬運搬及伝令等に日も尚足らざるの有様であった。

 四五日後石炭船 (運送船) が横付けられ載炭作業があった。 我々兵員にこの載炭が最も困難とする所である。 英炭なるが為に全身は真黒となる。 漸く積み込み終れば未だ顔も洗はざるに最早何直哨兵交替用意の令がかゝる。 粉炭まみれの事業服その健に外套を着用哨兵配置につく。

 斯くの如き訓練を繰り返し繰り返し待つ中、三月、四月と過ぎ敵は漸次近付いて来た。

 上は艦長より下は吾々に至るまで烈しい訓練にその身はへとへとに、それこそ文字通り綿の如く疲れ乍らも、其の心中には偉大なる希望の光を輝かして居たのである。

 夜更けて哨兵が水の如き月光を浴びつつ佇めるも、ただただ皇国へ御奉公の一念あるのみ。 砲に一点の曇りもなく、故郷の老いたる父母より吾が子可愛さに真心こめて送り来りし御守札も我が身よりも砲が大切と砲架に結び付けられ、筒中は銀色に輝いて八糎砲ながらも 「怨敵御参なれ」 と言はぬ許りに装填を待うてゐる。 上下には一点の蟠もなく士気はいやが上にも充溢して居た。

 三月中旬頃より清津方面に上陸すべき陸軍を載せたる運送船は鎮海湾に集合。 其の数二十余隻となり、三月二十四日運送船は順次抜錨単縦陣を制りつゝ登舷礼式を行ひ出港。 我が第一戦隊は之を護衛して清津に向ふ。

 当時清津方面は降雪甚だしく、山谷の積雪白皚々たり。 碇泊後掃海終つて陸軍は直ちに揚陸を開始した。 「日進」、「春日」 は此の地に碇泊、「三笠」、「敷島」、「富士」、「朝日」 の四艦は浦塩港外に至り威嚇砲撃をなしたれども、敵方よりは梨の礫の音沙汰もなし。 斯くて第一戦隊は此の任務を路へて鎮海に帰港す。

 是れより先、露国は大小三十八隻より成る艦隊を編制しロヂエストウエンスキー中将長官として之を統べ、本国を出発し印度洋を経て我が台湾の南方に近付いて来たとの報あり、我が軍の一部は哨戒に従事し主力は鎮海湾にありて来敵を待つて居た。

 五月二十六日第一、第二艦隊は出動当目は甚しき荒天なるにも係らず堂々艦隊運動を施行せられた。 碇泊後直ちに運送船を横付けし載炭す波浪高さため本艦と運送船との防索切断危険此の上なかりき。

 炭庫満載はもとより上甲板にも所せまきまで載炭し運送船横付け離し方、水雷防禦網入れ方、哨兵配備等と目まぐるしき袖に五月二十六日の夜は過ぎ明くれば、二十七日吾々の永へに記念すべき日本海海戦の当日となった。
(続く)


posted by 桜と錨 at 18:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 日露海戦懐旧談(完)
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