2012年02月07日

日露海戦懐旧談 (42)

海軍機関特務中尉 沖  四 市

日露戦争懐旧録

 軍艦 「春日」 ! 鳴呼懐へば、懐かしき軍艦 「春日」、二十三年の昔、日露戦争には小官一等機関兵として乗組み、三等機関兵曹に進級し、爾来機関部員として戦争中永く運命を共にした軍艦 「春日」 !

 日露の風雲急を告げた当時伊国ゼノア、「アンサルド」 会社にて建造のアルゼンチン国 「アルゼン」、「タイン」 即ち 「日進」、「春日」 の二隻、危く敵国の手に移らんとしたものを、駐英公使及英、仏、伊の駐在武官監督官等の闇中飛躍により終に我が有に来した歴史ある軍艦で、而も戦役中、常に第一線に活躍し武勲を奏したので、国民に忘るゝ事の出来ない深い印衆を与へたからである。

 尤も本艦は未成艦の儘回航したので途中種々困難に遇ひ、殊に機関部回航員は主として印度人を使役した関係上、二月十六日横須賀に到着した時の有様は中、下甲板は石炭の粉末渦高く足を踏み込む事さえ出来ない。

 殊に下甲板機械室の上にあるチリオン喞筒の如きは粉炭を掻き分け此虞にも機械らしきものがあると云って発見した様な始末で、艦内到る処缶詰の穀、パンの残片、空瓶等実に目も当てられぬ乱雑振りであった。

 然し一方戦端は開かれ、仁川に旅順口外に海戦の幕は切って落され、号外は頻に其の情報を伝へるときであるから、乗組員は緊張して昼夜の分ちなく艦内の整理作業に全カを尽す、工廠よりは造機、造船、兵器の職工来りて一日も早く完成する様努力した。

 間もなく呉に回航主として兵器の修理及弾薬、燃料、糧食其の他の軍需品を満載し、不用品は全部陸揚して茲に臨戦準備も完整した。

 其の間乗員は大車輪の活動、殊に機械室には長途の同航中、各滑動部の手入がしてなかった為め摩耗摩損の箇所甚だ多く高速力発揮に懸念されたので、機械部分隊長、野口大機関士 (興国) を始め、機械部員は団結して出征後萬遺算なきを期するための準備として自発的に上陸を止め、昼夜兼行不良箇所全部を完成した。

 素より本艦乗員は横須賀各学校から解散せる教員練習生が主として定員になったのであるから、勿論各所轄の兵員混乗して居たのである。

 本艦の従軍は少し後れて慥か三十七年四月九日我が聯合艦隊の根拠地、裏長山列島に到着した様に記憶して居ります。 防材を廻らした湾内に旗艦 「三笠」 が檣頭高く中将旗を翻したる英姿は今尚脳裡に深く残って居り、此の広い湾内に第一、第三戦隊及駆逐艦、御用船、特務艦が処狭い程碇泊して居る。

 私共は軍艦と云へば白色塗と考へて居たのでありますが、一年計りの陸上勤務 (今の機関学校練習科の前身たる海軍機関術練習所) より飛び出したのであるから、艦体全部の鼠色を見て如何にも戦争気分の漲りとも申しませうか、勇気横溢の感がした。

 内地に居た時出征を希うた本望は斯くの如くして達したのであるが、今は早や敵と出合って砲火を交へる時が待ち遠くて堪へられなくなりました。

 愈々聯合艦隊は根拠地抜錨、旅順に向ふ日が来た。 第一戦隊旗艦 「三笠」 を先頭に 「初瀬」、「朝日」、「富士」、「八島」、「敷島」 及び第三戦隊 「高砂」、「吉野」、「春日」、「日進」、駆逐艦を率いて威風堂々黄海の波を蹴て十節の原速力にて航行。

 四月十二日夕刻旅順口遥か沖合に到りし頃、駆逐艦、特務船に分れを告げる為め登舷礼式の号笛艦内に響き渡る。 何事かと上甲板に上れば、彼等は夜陰に乗じ重大任務を帯び旅順口外に向ひ出発するなりと。

 艦隊は 「三笠」 を始め全艦隊漂泊して、各艦乗員は登舷礼により見送りの位置に就く。 見送らるゝ両艦はしとしと降る春雨の中に白波切って旅順方面に消え失せた。

 本隊は微速カを以て翌十三日午前七時頃円島沖合に来り。 暫時にして敵艦隊出動せりとの喧声聞えました。 時午前九時年頃、旗艦 「ペトロパブウスク」 を先頭に敵艦隊は旅順口外に表はれ出動するものゝ如し。 我が旗艦 「三笠」 よりは戦闘速力を出し得る準備をなせの信号あり。

 各艦時を移さず、整備を報告。 我等は待ちに待ちたる初陣で、今こそ敵御参なれと艦内の同士は血湧き肉躍る。 刻一刻と今や火蓋を切るか砲声聞ゆるかと機械室にて戦闘速力の命来ると待ち兼ねて居る。

 余り長いので機関長入澤機関中監より上甲板の模様を見て来いとの伝令役を命ぜられた自分は上甲板に出て敵艦隊の方向に眼を注いだ其瞬間、一発の爆音と共に山の如き水柱立ち昇り、今迄敵旗艦の主檣に翻って居た中将旗は水煙薄らいで見れば既に其の影を没し、此の時我が艦隊の将卒は異口同音に萬歳の声を八方に挙ぐ。

 是ぞ昨夕重大任務を帯びて出発せる駆逐艦及特務船の勇敢なる活動により敵前に沈置せる機雷の奏功せるなり。

 世界海軍の名将と唱はれしマカロフ将軍も東洋艦隊司令長官に新任され、一回の戦もなさず旅順口外の海底に葬られしは、敵ながら哀悼せずには居られぬ。
(続く)


posted by 桜と錨 at 21:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 日露海戦懐旧談(完)
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