2012年01月12日

日露海戦懐旧談 (38)

海軍軍楽特務中尉 河 合 太 郎

祖国を守れ

 日本海海戦当時旗艦 「三笠」 の前部砲塔伝令員であった。

 私には今尚ほ髣髴として目前に見る心地のする事が沢山ある。 其れは水平線上に見え始めた敵艦無数の煤煙、皇国興敗の信号、沈み行く敵艦、砲煙中の旭日旗、夕陽の中の追撃、敵艦の捕獲、捕虜となった敵将の来艦、死に行く兵員の萬歳等恰も絵巻物を広げた様に限りないが、最も深い印象として忘れられないものは戦の首途に於て対馬海峡上勇ましくも又悲壮なる艦長の訓示であった。

 五月二十七日の朝 「敵の大艦隊対馬海峡を通過せんとす、全艦隊直ちに出動せよ」 と云ふ命命が出た。 何んといふ嬉しい命令だろう。 満載して居た石炭を惜しげもなく海に捨てゝ艦足を軽めつゝ対馬海峡へと向った。

 「敷島」、「富士」、「朝日」 以下帝国艦隊の精鋭ずらりと単縦陣に並んで波を蹴る勇ましさ、旭日旗燦として、威風堂々敵を圧するものがあった。

 全員の身体には褌に至るまで新らしいものが着け換へられた。 原籍と戦闘配置を記した木札を肩から脇に掛け、少量の毛髪と爪とを手箱に納めた。 言はば戦に臨む覚悟と晴衣が出来上った。

 天気は晴朗なれど浪の高い対馬海峡を南下しつゝあったが、丁度正午頃 「総員後甲板に集合」 と云ふ号令が出た。 一同最後の告別と感じ異様の緊張で集合した。

 伊地知艦長は一段高い所から、「一同に訓示する」 と其の顔にも既に決死の色が見える 、、、 しばらく無言 、、、 艦は怒涛に揺られ波は上甲板をかすめる。 咳一つするものがない。 決死の将卒は踏みしめる足にも既に敵を呑むの概があった。 艦長は軈て声を新にして

 「 諸子も既に知って居る様に一、二時間の後には愈々バルチック艦隊と雌雄を決せんとするのである。 吾等は今日あらんが為めに困苦欠乏臥薪嘗胆を久しうして居た。 明けても暮れても根拠地で訓練ばかりして居たが其の手練を示す時が今来たのである。

 敵艦隊は吾に比し有力である。 然し我々には祖先伝来の大和魂がある。 如何にしても敵艦隊を全滅しなくてはならない。 殊に我が 「三笠」 は数隻を引き受けなければならない。 其の責任の甚だ大なると共に此の上ない名誉である。

 畏くも 陛下は吾等を股肱と仰せられ国民は吾等に信頼して居る吾等にして万一不覚を取ることがあるとしたら、 上陛下に対し奉り、下国民に対して何の面目があるであらう。

 祖先伝来汚された事のない我が帝国である。 祖国を守れ 、、、 墳墓の地を守れ 、、、 一死報国己が本分に全力を尽くして貰ひたい。」

 艦長の眼には熱い涙が滲んで居る。 誰一人として感涙せぬ者はない。 艦長は更に声を大にして

 「 本日諸士の命は本職が貰ったから左様承知ありたい。 本職も亦諸士と生死を共にする。 吾々は今こそ本分を尽くして大御心を安じ奉り、祖先の霊に対へる時である。

 今より遥かに聖壽の無窮を祈り、帝国の隆盛と戦の首途を祝すべく諸士と共に帝国海軍の萬歳を三唱したい。」

 「 天皇陛下萬歳! 大日本帝国萬裁! 帝国海軍萬歳!」

 喉も裂けよと祖国に向って最後の訣別をした。 泣かぬ者は一人もない。 悲しいのではない。 嬉しいのでもない。 只名状し難い一種異様の涙であった。 松村副長は一歩を進めて艦長に向ひ

 「 御訓示身にしみました。 吾等一同は粉骨砕身、決して敵に敗けない事を誓ひます。 艦長は実に吾等の生命であり吾等の士気を握られる大切な御身体でありますから、自重自愛御武運の長久を祈りせす。 我等は只今より艦長の武運を祈るべく一同と共に艦長の萬歳を三唱致します。」

 「 「三笠」 艦長萬歳! 萬裁! 萬歳!」

 熱烈な声は天地も裂けむばかり大海原に響き渡った。

 古今に稀な日本海海戦の大勝利は素より御稜威に因るものではあるけれど、此の決心が全艦隊の将卒にあったからだと私は信じて居る。 私は日本海海戦の記念日にはいつも此の訓示を思ひ浮べて精神教育の一端にして居るのであります。
(続く)


posted by 桜と錨 at 17:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 日露海戦懐旧談(完)
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