2011年10月07日

日露海戦懐旧談 (31)

海軍特務少尉 有 延 芳 太 郎

日本海海戦砲後の感想 (承前)

   十、いざ海戦

 時も時、信号兵の慌しき旗旒信号の掲揚あり、続いて戦闘旗の展開さるゝや戦闘ラッパが鳴り響いて各員配置に付きました。

 次から次へと変り行く号令に戦況の推移を察しつゝ初めて実弾の音を聴く。 そして大砲の発射に依りて如何様な変動があるや皆目解らず、落付かざる気持で号令さるゝ通りに動作して居ましたが、距離六千幾百と号令された時楯の隙間から射腺を見れば微かに見ゆるは山なす敵艦褪せたる黄土色の太き長き怪物が我れと平行に海波を蹴って進んで居ました。

 「何んと太いものだな」 と思ひました。 それも其の筈敵と我とは形式が異り、我が艦は水上に現はるゝ目標面を小にし、敵は唯頑丈のみを旨とせる為外貌上多大の差異あるに依る。 其れを知らざる私等の目には犬を予想した眼に獅子を見るが如く感ぜられたのであります。

 本艦は未だ発射せぬに敵弾我が艦上をかすめ、近弾は跳弾と変じてリュン、リュンとうなりをたて我等が頭上をかすめますので、初めは私の身を楯に潜める様にしましたが、砲長から注意されてやっと我に返るのでありました。

 私は右舷前中部の五番砲側に居た為確実なことは云へませぬが、何んでも本檻は主隊と離れ艦尾に駆逐艦を率いて居ました。


   十一、我れ先づ一発

 右舷に 「三笠」 を見て本艦の艦首が 「三笠」 より少し前に出た位な所で先づ一発を発射しました。 その時確か取舵に過って居たと思ひます。 艦長の慌しき声で 「舵故障ハンドホイールに就け」 と叫ばれたので、中甲板応急員補作員等が人力ホイールに就いた様でした。

 吾等は懸命な時であり何時故障が復旧したか分りません。 厳めしき射撃命令は次から次へとかゝり、打つは打つは十発も打たぬ間に旗艦 「スワロー」 ( 「スワロフ」 のこと) 撃沈との艦内伝令の知らせあり、万歳の声も揚る。

 激しき射撃が続けられ不発が屡々起る、直に撃発に移る、初は左照準器の望遠鏡で打って居ました。


   十二、嶄新の兵器も可惜効無し

 海水飛沫のため照準望遠鏡の鏡面くもり到底打てぬので、望遠鏡を脱してH字型照準器で打つことにした。 如何に嶄新兵器も可惜効をなさずに終った。

 不発毎に私は電路員の中川兵曹を呼びに行けと (一) の命令。 リュン、リュンと飛び来る敵弾の中を走り廻りつゝ何れに居らるゝや皆目目当もつかぬを探し廻ってはやっと来て貰ひ、電路に短絡あるを見出しては直し又電気打方をなす。

 戦は愈々酣になり御承知の通り敵艦の火災、我が弾丸の炸裂する凄惨極まる模様、続いて船体傾きマスト折れ、幽かながら敵艦の舷窓から吹き出す火焔、さながら阿嗅叫喚其のものでありました。
(続く)


posted by 桜と錨 at 19:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 日露海戦懐旧談(完)
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