2011年10月04日

錨と錨鎖の話し (4)

1.錨について (承前)

 錨についての続きです。 先に錨の用途による4つの種別についてお話ししました。

 では、昭和期になっての 「副錨」 の廃止に伴い、従来主として艦尾舷側に装備されていた 「中錨」 を改めて 「副錨」 と呼ぶように定義し直したのでしょうか?

 実は結局今次大戦終戦時までしなかったんです。

 したがって、戦後の物書きさん達の手になる出版物はそのほとんどがこの艦尾舷側に装備されたものを 「副錨」 と書いていますが、これは正規には誤りで、あくまでも 「中錨」 が正式です (あるいは右舷が中錨で左舷が小錨の場合もあります) 。 私の知る限りでは、確か正しく 「中錨」 と書かれたものは一つも無かったような ・・・・

 例えば次のものなどがその一例です。

anchor_stream_01_s.jpg
( 学研歴史群像シリーズ 『大和型戦艦』 より )

anchor_stream_02_s.jpg
( シコルスキー著 『戦艦大和図面集』 日本語版より )

 因みに、ここで出てくる 「After Anchor」 や 「艦尾用錨」 などという名称・用語はありません。 中錨は一般的には艦尾外舷に装備されますが、別に艦尾だけでの使用に限ったものではありませんので当然です。

( 船のことなのですから、どうせならせめて 「Stern anchor」 とぐらいは言って欲しかったところですね (^_^; )

 また後者の図では 「艦尾曳航フェアリーダー」 とありますが、その様な名称・用語のものもありません。 これは曳航用専用ではなく、中錨を 「振れ止め錨」 として使用する場合はもちろん、前後浮標繋留、岸壁繋留などでも当然ながらここを使用するからです。 というより曳航用よりはむしろこれらの方が主用です。

 ただし、戦後の海上自衛隊においては、米海軍からの貸与・供与艦艇には元々本来の 「副錨」 という考えが無かったこともあり、艦尾に装備する従来の 「中錨」 を正式に 「副錨」 と呼ぶことになりました。

 勿論これは戦後の海自のことであって、だからといって旧海軍艦艇の中錨を 「副錨」 と呼ぶのは誤りであることは頭に置いていただいて宜しいかと。

 では肝心な 「大和」 型の主錨の要目は?

 残念ながら私の手持ちのデータにはありません。 15トンと書かれた刊行物もありますが ・・・・ もし正式な要目をご存じの方がおられましたら、是非ご教示下さい。

 なお、旧海軍における主錨及び副錨の大きさの基準は、次の様に定められていました。

IJN_ships_anchor_data_03_s.jpg

 これからすると、「大和」 型の主錨を仮に15トンであったとしても、それ程大きくは違ってはいないということになります。

 因みに、現在の海自イージス艦の 「こんごう」 型では、前錨 (第1主錨) が 5.6トンですから、この旧海軍の基準からすると1万2千トン程度の艦艇用を装備していることになります。 (左錨 (第2主錨) は3.5トン)

 これは最近の海自艦艇は風圧面積が旧海軍艦艇と比較して大きいことがその要因です。

( 主錨、副錨は 「しゅびょう」 「ふくびょう」 ですが、前錨、左錨は 「まえいかり」 「ひだりいかり」で、「ぜんびょう」 「さびょう」 とは読みません。 右舷、左舷を 「うげん」 「さげん」 と言わないのと同じです。 )
(続く)

----------------------------------------

 次へ : 「錨と錨鎖の話し (5)」

 前へ : 「錨と錨鎖の話し (3)」

posted by 桜と錨 at 08:35| Comment(10) | TrackBack(0) | 海軍のこと
この記事へのコメント
旧海軍の主錨及び副錨の大きさの基準、トン数の欄で駆逐艦、巡洋艦等の錨の重さがわかりました、いままで何気なく取り付けていた小さな主錨(模型)は実はかなり重たかったんですね
Posted by 北鎮海軍 at 2011年10月06日 23:54
北鎮海軍さん、こん**は。

艦船が錨泊するとき、どれくらいの風力に堪えられるかというのは、実は錨の爪が海底に食い込む力ではなくて (というより、ほとんどの場合食い込みません)、錨と錨鎖の重さに関係するんですよ。
Posted by 桜と錨 at 2011年10月07日 13:00
はじめまして。最近どうしても気になったことがあって質問したいのですが、加賀型以降の戦艦で副錨が廃止されたのには何か理由があるのでしょうか?

「イタリアのヴィットリオ・ヴェネト級では凌波性改善のために艦首形状を改正した結果、代償重量を捻出するため4番艦のローマから副錨を廃止した」という話を聞いたのですが、副錨ってそんなに簡単に撤去して良いものなのでしょうか。中錨などと違って独自の役割があるわけではないので「所詮は予備」ということなんでしょうか。日本の戦艦が大改装時に副錨を撤去したのも同じような理由なのでしょうか。

もしそうだとしたら大和型に副錨がないのは疑問です。そもそも、二次大戦時でも列強各国の戦艦の中で副錨を装備していないのは日本とアメリカくらいのようです。この辺りについて何か知っていらっしゃいませんか?
質問ばかりですいません……
Posted by にきし at 2019年10月06日 14:07
にきしさん、はじめまして。

>副錨ってそんなに簡単に撤去して良いものなのでしょうか

これは単に用兵者の運用上の問題が大きいですね。

本連載でご説明したように、主錨関係の艤装法が次第に変わり、予備としての副錨は必要が無くなってきましたし、何よりも使い難いものでしたので。

この副錨が予備のものであることは、例えば旧海軍では錨鎖が戦艦クラスで主錨は16節であるのに対して副錨は8節が定数であることでも明らかです。 これでは通常の錨泊にさえ使えません。

>大和型に副錨がないのは疑問です。

何を疑問とされているのかよく判りませんが ・・・・ 必要ありませんし、運用上も全く問題ありません。


Posted by 桜と錨 at 2019年10月07日 16:24
副錨は昭和期には重要なものとされなくなり、使い勝手の悪さもあって廃止されたのですね。
そういえばこの連載の5ページ目で左錨は通常は使わず、その分をつなぎ替えて前錨鎖を延ばしていたと書いておられましたが、主錨って基本的には一つだけでも用に足りるのでしょうか?
そうだとすれば艦首に主錨と同じサイズの錨が3つも4つも要らないというのも納得がいきます。

それと、通常では使わない左錨はどのような時に使っていたのですか?ソナーが艦首に無い艦では普通に使われているのですか?それとも何か別の役割があるのでしょうか。前錨の6割程度の重さしか無い理由も気になります。
Posted by にきし at 2019年10月12日 08:31
にきしさん。

>主錨って基本的には一つだけでも用に足りる

錨関係の艤装法の進歩に加え、錨の形状、錨鎖の製造方法なども進歩してきたこともあり、通常の錨泊でしたら単錨泊で十分です。

また、港でも繋留岸壁が整備されてきましたので、錨泊や浮漂繋留の機会が少なくなり、また双錨泊や二錨泊を行う必要も無くなってきましたので、現在の護衛艦程度でしたら単錨泊が基本です。

>通常では使わない左錨は

艦首のソーナー・ドームがない艦艇では、現在でも艦首の左右に同じ錨を同じ艤装要領で装備しております。

そして錨鎖の摩耗を均等にするために、錨泊時には奇数月と偶数月で左右を使い分けるのが一般的です。

ソーナー・ドームを有する艦艇では、前錨と左錨を装備するのが普通ですが、左錨は全くの応急用の予備です。

その結果として、私の現役中にこの左錨を使用するような機会は一度もありませんでしたし、また使ったということも聞いたことがありません。

とは言っても、錨鎖切断などの可能性が “ゼロ” になったわけではありませんので、これもあって予備かどうかは別にして錨は2つ必要です。

因みに、現在でも毎回の錨泊の後の揚錨の時には、揚がってくる錨鎖の全てのリンクの一つ一つを、運用員がハンマーで叩いてその音によりリンクにクラックが入っていないかを確認することになっています。


Posted by 桜と錨 at 2019年10月12日 13:22
いろいろ疑問が解けました。
だんだん錨と関係ない質問になってきて申し訳ないのですが、岸壁繋留というのはやはり錨泊やブイ繋留よりも面倒が少ないのでしょうか。

あと、戦前の日本で錨泊やブイ繋留が多く行われていたのは岸壁の整備につぎ込めるほどの予算がなかったからということなのでしょうか?それとも地理的な要因があったのでしょうか?
世界の艦船に載っている写真などで戦闘射撃訓練の度に艦載艇をハンモックでぐるぐる巻きにしているのを見ると時間とお金をかけてでも繋留岸壁を整備する方が長い目では割に合うと感じるのですが。

第一次大戦前のイギリス戦艦が煙突を前檣の前に移してまで艦載艇収容設備のスペースを確保していたというのは、当時のイギリスのような大海軍国でさえ長い岸壁を国中に整備するのは大変だったということなのでしょうか。そのような水陸施設の整備って軍艦自体を作るのに対してどれくらい大変なことなのでしょうか。
Posted by にきし at 2019年10月17日 15:38
にきしさん、こん**は。

岸壁繋留と錨泊・ブイ繋留の関係は、帆船時代から続く各国の伝統や慣習、それに商船と軍艦とのこともありますから、一概にどうだと言える話しではありません。

例えば、操艦の立場で言えば、艦が大きくなればなるほど、前後浮漂繋留や岸壁繋留ではタグなどの支援が必要になります。

また、軍艦の場合は保全などの問題や停泊訓練などからすれば、ブイ繋留や錨泊など陸地から離れている方が都合が良いですが、補給や整備の面からは海軍工廠などの岸壁をお考えいただければその利便性はお判りいただけるかと。

現在では、客船の場合はもちろんですし、コンテナ輸送の場合は専用岸壁が必須になってきます。その他の船舶・漁船などでも岸壁繋留が主流です。

また、軍艦においても様々な状況・状勢を勘案して、各国海軍でも岸壁繋留が主流になってきています。

そして、例えば米海軍などと日本海軍とで決定的に異なるのは 「基地」 (Base) というものの考え方が全く違うと言うことも考慮する必要があります。


なお、岸壁整備の費用や技術的な問題については私の所掌範囲を外れますので。


Posted by 桜と錨 at 2019年10月17日 23:50
船の停泊は「車を停める」ような単純な話ではなく、整備や補給をするか否か、或いはその船の役割とかによって岸壁でしかできないことや陸から離れていたほうが良いことがあるのですね。

因みに米海軍と日本海軍とで基地に対する考え方が違ったというのはどういうことなのですか?
Posted by にきし at 2019年10月18日 16:15
にきしさん

>基地に対する考え方が違った

まずは横須賀でいいですので、米海軍及び海上自衛隊の基地、及び旧海軍時代の基地と比較してみることから始められることをお勧めします。

Posted by 桜と錨 at 2019年10月18日 19:51
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/48314679
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック