海軍特務中尉 中 村 芳 蔵
二、二月六日佐世保軍港出港
二月六日の空は快く晴れ渡り、凜烈の潮風は将卒の意気を熾ならしむる様に思はれました。
午前八時に艦長は乗員を後部に集め、前日賜はりました御勅語を奉読し、次で激励の訓示をされました。(注)
(注) : 「三笠戦時日誌」 では総員集合は2月6日夕刻のこととされております。
同九時三十分 「三笠」 の後檣ヤードに出動の信号が挙り、先づ第一駆逐隊より出港を始め、午後一時には第一艦隊が出港致しました。
又第四戦隊は陸軍第一軍の最先鋒たる歩兵第二十二旅団長たる、陸軍少将木越安綱の率うる大村、福岡両聯隊の将卒数千名の分乗せる運送船三隻を護衛して出港致しました。
斯くの如く朝来薄暮に至る迄大小の艦艇舳艫相啣みて出港するのを佐世保鎮守府司令長官鮫島中将は麾下幕僚を従へ汽艇に乗じて港外に見送らる。 長官夫人は海軍将校夫人と共に海兵団軍楽隊を搭載せる汽艇に乗じて嚠喨たる奏楽の裡に各艦艇の間を巡航して其の行を壮にす。
又佐世保鎮守府各艦団部隊軍人、軍属等は短艇に乗じ又は陸岸各所に在りて帽子を翳しハンカチーフを振り其の行を送り別意を表す万歳の声幾度か湧き艨艟幾十隻軍容堂々として進発する有様は既に眼中敵無きの感が致しました。
此日の晩から艦内哨戒を始め一年有半之を継続しました。 軍医官は各哨兵を見廻り何くれと無く衛生に就き注意をされました。
三、露国商船 「ロシヤ号」 拿捕
二月七日午前十一時頃朝鮮八口浦沖に於て一汽船の黒煙を吐きつゝ針路を我に向って直進するあり、直ちに 「台中丸」 をして拿捕せしむ。 是ぞ露国商船 「ロシヤ号」 なり。(注)
(注) : 正確には 「ロシア号」 を拿捕したのは 「龍田」 で、これを 「台中丸」 が引継ぎ八口浦に回航して臨検し、その後八口浦から佐世保まで同船の引致の任に当たりました。
なお、八口浦についていは、以前ご紹介しておりますのでそちらをご参照下さい。
東郷司会長官は各艦に報せしめて曰くロシヤを獲たりと、将卒雀躍して悦び万歳の声一斉に起り、露西亜と戦ふに当り先づ其の国名の船を捕獲す幸先良しと将卒何れも欣喜致しました。
四、二月九日旅順港外に於て敵艦隊及砲台砲撃に従事
此の戦闘は何分臍の緒切って始めての戦闘でありますので多少恐怖の念にかられつゝ臨みましたが、弾丸と言ふものは案外中らぬものと確信を得ました。
我が艦隊の旅順沖に顕はるゝや先づ敵は黄金山砲台より砲撃を開始し数分の後敵艦隊も砲撃を始む。
我が艦隊は距離次第に接近し凡そ九千米近くとなるや旗艦 「三笠」 先づ前部三十糎砲より第一弾を送り各艦之に倣ひ全砲火を敵に集中しました。
敵は前夜我が駆逐隊の夜襲に不意を打たれ既に三艦を傷けられ無念遣る方なきにや殊更に乱射乱撃、敵味方の間は砲弾雨の如し、然れども照準を失して空しく海中に落つるのみ。
我が艦隊は益々接近猛撃を加へたる為め敵艦は周章して砲撃愈々乱れるのみでありました。 我が艦隊は飴り接近せずして引上げました。
此の戦闘に於ける敵の損害
巡洋艦 「ポベター」 に我が三十糎砲命中、火薬庫爆発其の他数隻大火災を起す。
「三笠」 の損害
敵の一弾大檣を擦過し其の揚旗索を切断し檣頭に揚げたる戦闘旗を海中に落す。 新に揚げたる戦闘旗も亦次の一弾のため大孔を穿てり。 軽傷者八名出したる外損害なし。
二月九日以後八月十日の海戦迄の期間に於て数回戦闘に徒事せしも之を略します。
(続く)