2011年08月08日

日露海戦懐旧談 (16)

海軍特務中尉 南 村 鶴 太 郎

『 日露戦争の従軍を憶ひて 』 (承前)

   一五、高砂の沈没 (承前)

 僕が丈夫な洗濯桶を待って居ることを知って、誰であったか忘れたが 「南村ではないか、好いものを持って居るなオレにも仲間入りさして呉れ」 と云ひつゝ桶に手をかけた。

 尚其の附近に居る者二、三名、無言のまゝで近く寄って来たので、これでは駄目だと思ひ、今度は自分一人の所有物となすべく小の桶一個を引き出して来たが、之れにも人が目をつけて居る様に思はれて不安の下に時を移して居たが図らずも眼前に救命袗二個が釣下げられて居るのを発見したので、桶を打捨て飛びつく思ひで其の一着を身にまとひ、他の一着を手にもち親友唐津摩一等水兵に渡すべく名を呼び捜して見たが、何等の答もなく行先不明であったのと、且艦の沈没は迫って居たので傍に居った船匠兵白石某に与へた。

 艦は益々傾斜して上甲板中央まで波が洗ふ様になったが、それでも尚ピンネース、第一カッターを下すべく一生懸命働いて居るものがあった。

 僕も亦カッターの方に行き共に働いたが、艦の傾斜甚だしき為め、遂に其の目的を達すにことを得なかったのみならず、ピンネースを卸さんとして之に従事したる者、釣上げられたる瞬間に其の艇の舷側と煙突にはさまれ、即死又は負傷した不運な者も数名あった。

 僕は戦友四五名と共にカッターのマストを便りに右舷々側中部に移り、金比羅様を念じて居た。

 其の時水雷長川添大尉は来られ、「ボート長じやーないか」 と僕に問はれたので 「はい、私です」 と答へた。 「一緒に行かう、其のマストに何人居るか」、「貴官とも五人です」 と答へた。

 折しも艦長より軍歌及煙草を許された。 君が代を唱へるもの、軍歌を歌ふ者、中には俗歌 「死んで花實が咲くならば生きて苦労はすまいもの」 と、しゃれて居る者もあり或は悲観の餘りしくしくないて居る下士官も目撃した。

 此の時 「水雷長、煙草一本願ひます」 と言ふ者もあった。 水雷長は 「此の危急の場合煙草か ・・・・」 と言ひつゝポケットを探り 「おー、一本残って居る ・・・・」 とて彼に与へた。

 彼はマッチをとさがし漸くこれに火を付け、美味しさうに吸ふて居たが、傍に居た者 「僕にも一寸吸はして呉れ」 と頼み込み、一本の煙草を四五人で吸うて居た。

 其の時艦は全く横転して舷側は殆んど平になり、波は足元まで襲ふて来た。 僕は沈没の刹那、艦と共に捲き込せるのむ恐れ 「水雷長もう行きませう ・・・・」 と促すと 「いや急ぐな」 と云はれたが、其の時巳に多数の人は飛び込み泳いで居るもの、或はおぼれつゝあるものも見へた。

 水雷長は何んと思はれたか突然 「艦長! 艦長!」 とさけび 「左様なら ・・・・」 といひ終るや海に入り暫く泳いで居たが、間もなく暗黒の海に姿を消した。

 折しも雪降りで寒さは強く、空は益々暗黒にして、僕も心細く次第に悲観に傾いて来た。

 是れより先き本艦水雷にかゝるや、直ちに無線電信を以て危急を各艦に通知し、探照燈を點じて上空を照らし、尚時々発光信號をなして艦の位置を知るに便ならしめた。

 此の時又、大聲にて 「艦長! 左舷バウに航海燈が見えます」 と報告するものがあった。 自分も其の光を認めて大に元気づき上衣はそのまゝ袴下を脱いで泳ぐ用意をした。
(続く)


posted by 桜と錨 at 17:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 日露海戦懐旧談(完)
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