2011年07月25日

『艦船乗員の伝統精神』 − (33 ・ 終)

著 : 坂部省三 (元海軍少将、海兵37期)

  第三章 乗員の伝統的良風 (承前)

    第二節 勤務と躾 (承前)

      第三項 躾教育の方法 (承前)

(3) 教育と訓練

 艦船乗員の伝統精神、就中船乗としての躾、嗜等に関しては一般に其の知識薄き為万事持合せの常識を以て片付け、只其の場を過すと言う状態を繰返しつつあり、故に幹部の研究、下士官及び一等兵の特別教育に伴い、一般兵に対しても相当に教育と訓練を施し常識を高め自覚を喚起する要あり。

 之れには班長を直接の指導者に任じ、毎週少し宛の資料を与えつつ其の部下に対し心身共に修練を与うる方法を講ずることは極めて有効なりと信ずるものなり。 又別科時を利用し次項 (4) に記載せるものの如き各種の操作を興味ある如く繰返し、身のこなし方を鍛錬する要ありと思う。

 尚、日常莫大の時間を消費しつつある艦内保存整備は、分隊長分隊士監督指導の下に行うことにより、直接指揮に影響を及ぼし作業の効率激増は勿論、部下接触に伴い上下の親しみを深くし、躾教育の効果甚大なり。

 斯くして艦内には懶け者の蔭を潜め職工気分に墜せんとする通弊を阻止し、自ら艦内を明朗に導くものにして、部下教育と躾とを主とせる保存整備にあらざれば、軍隊としての価値誠に疑わしきものあり。 吾人の一層努力を要する点なりと思考す。

 以上概ね個人に対する躾教育の方法に関し其の要点を陳述せるも、更に之を総合的に考え、或は分隊本位に或は艦内全般に及ぼし、一艦としての各種美風を醸成する如く、小より大に、簡より繁に教導薫化すべき問題益々多きものありを認む。

 例へば乗員一般に対し 「労を惜まず」 と言う良風を涵養せんと欲するも決して容易の業にあらず、平素より乗員を旨く躾くるを可とするか、又辛き躾を可とするか、緩厳宜しきを得べしとは再三耳にすることなるも、常に乗員をして勇み喜んで作業に赴かしむる如き具体的教育の方法は更に真剣に研究を要する問題である。

 荒天に際会し、乗員の労を思いて準備を怠り遂に各種の失敗を招致したる例多く、又夜間電動測深儀の用意を躊躇して艦を坐洲せしめたるが如きは戒むべきことにして、必要の時期に際しては亳も乗員の使役に躊躇することなく、乗員又決して労を厭わざるの域に達せしめなければならない。

 曽て某艦繋泊中夜間荒天来襲したる際、当直将校の発令前既に短艇は 「インボート」 して固縛せられ、風上側舷梯は水を切り、水上の短艇には太き舫索送らるる等、自ら各部の受持に従い荒天準備は完成せられたりと言う。

 之等は各分隊が常に責任を自覚し当然為すべきことを為したるに過ぎざるも、一方乗員が平素より船乗に仕立てられ、事に処し亳も労を惜まざる発露と見るを得べく、大に参考とするに足るものと思う。


(4) 競技の励行と趣味の喚起

 従来行われ来たる 「スオーブ」、舫舷物、索具の安全止、甲板洗刷毛等の作製は海軍の運用術を稍穿き違いたる雑業競技なり。

 又近来応急戦技の高潮と共に運用術方面の実業も進展の緒に就き、漸く複雑多岐に赴き、稍々生還したる観ありと雖も、之が為動もすれば平時の運用術を疎かにする傾向あるは、吾人の大に警戒を要すべき点にして、此際乗員に対し正確なる身のこなしを躾くる目的を以て次に示す如き競技を励行し、海上に於る各種作業に対し自信力を与え、興味を喚起する方法を講ずる要ありと思う。

  (1) 分隊単位又は班連合の編成を以て短艇帆走又は櫂漕の競技を行う。
帆走は船乗の特種性養成に最も有効なることは第二章第四項に於て述べたる通りにして、吾海軍としても此位の余裕は持ちたいものである。

  (2) 救助艇備え方又は碇泊中 「カッター」 を 「ダビット」 より卸し、溺者 (浮標) を救助して舷梯に達着の競技

  (3) 舷側より適当の距離に短艇を漂泊し、「サンドレット」 投げ方の競技を可及的全員に行い、分隊毎に成績を発表す

  (4) 繋船桁に繋留しある短艇を 「ダビット」 下に回し、揚げ方用意迄の班競技

  (5) 小錨搬出又は鋼索搬出収納等の分隊競技

  (6) 「シヤース」 又は仮製 「デリック」 の構成等の分隊競技

  (7) 登檣法に関する各種個人競技

  (8) 短艇操法並に達着法

  (9) ・・・・・・・・


 以上は躾教育の方法として気付きたる要点を陳述せるに過ぎざるも、尚之を実行に移し研究を進むれば各種の新機軸も生れ、一層有効なる方法を案出し得るものと思考す。

 或は大に苦しめて自ら開発せしむべしとの説を聞くことあるも、乗員一般が此方面を余り弁へざる現状に於ては、当分の間手を執る如くして教導するにあらざれば、正しき筋道に誘導すること困難なり。

 惟うに幹部が大きく構えて録々教ゆることなく、啓発主義を唱へて徒に叱責し以て足れりとする如きは、仮令害ありとも利する所少なく、要は懇切に而も連綿不断の努力を必要とするのである。

(終)
posted by 桜と錨 at 18:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 艦船乗員伝統精神(完)
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