2011年07月19日

日露海戦懐旧談 (13)

海軍特務中尉 南 村 鶴 太 郎

『 日露戦争の従軍を憶ひて 』 (承前)

   一二、黄海の大海戦

 以上の如く海陸両方面よりする攻撃は益々激烈となり、港内にありては自滅する外途なきを悟りたる敵艦隊は、八月十日に至り決然大挙して出港したので、茲に黄海に於ける大海戦の幕を開くことになった。

 是れより先僚艦 「吉野」 を喪ひたる我が第三戦隊は、装甲一等巡洋艦 「八雲」 を加へて勢力を増し (注) 、此の日も港口近くに進出して敵艦隊の動静を採り、逐一之を我が主力艦隊に報告し、敵と接触を保ちつゝ黄海に誘致した。

 敵は掃海艇及快速巡洋艦 「ノーヴイツク」 を先頭に、主力戦艦六隻は中堅となり、四隻の巡洋艦之に次ぎ、八隻の駆逐艦は側方を警戒しつゝ病院船を従へ、陣形頗る堂々たるものがあった。

 我が艦隊は旗艦 「三笠」 を先頭に、「朝日」、「富士」、「敷島」 の四戦艦と 「日進」、「春日」 之に次ぎ、十五隻より成る駆逐隊を引き連れ、敵の針路を横切りつゝ次第に敵に接近し、午後一時過より互に砲火を開き砲戦次第に激烈となった。

 折しも出港に遅れし 「浅間」 は来りて列に入り、第五戦隊は敵の後方に占位して、退路を阻止する形となった。

 「八雲」 を旗艦とする我が遊撃隊は第一回の戦ひに参加せざりしも、午後二時過より本隊に合し、第二回の接戦に加り敵の殿艦にして常におくれ勝ちなる戦艦 「ポルタワー」 に向って砲撃を加へたが、敵は時々応射するのみにして、砲火は主に旗艦 「三笠」 に集中し、砲声天に轟き飛弾は霰の如く艦の周囲に落下し、之れが水柱のため彼我の艦形は殆んど認め難く我等は 「三笠」 の悪戦苦闘の状況を察し大に心を痛めて居たが、午後五時半頃に至り、敵の旗艦 「ツエザレウヰツチ」 は司令塔に我が砲弾を受けて舵機を損じたので艦首を俄かに右に廻転しつゝ味方の列中に突入した。

 之れがため敵の陣形忽ちにして乱れた。 我が軍此の機に乗じ、敵を包囲猛撃して大に之を破り、敵の艦隊は四分五裂の有様となった。

 時、正に日は西海に傾き、我が第三戦隊は敵の巡洋艦 「アスコリツド」 を南方に追撃したが、敵の逃走案外早く、夜に入るに及んで姿を見失ひ残念ながら長蛇を逸した。

 翌朝更に索敵行動を執りつゝ旅順沖に迫ったが遂に敵影を怒めなかった。
(続く)

(注) : 実際には4月23日付の 「聯隊法令第49号」 をもって既に 「八雲」 「浅間」 の2隻は第3戦隊に編入 (臨時) されています。 なお、第3戦隊旗艦が 「八雲」 に指定 (臨時) されたのは 「聯隊機密719号」 による6月2日のことですが、「八雲戦時日誌」 よると実際には6月1日に既に移乗しています。



posted by 桜と錨 at 20:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 日露海戦懐旧談(完)
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/46842369
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック