2011年07月16日

『艦船乗員の伝統精神』 − (31)

著 : 坂部省三 (元海軍少将、海兵37期)

  第三章 乗員の伝統的良風 (承前)

    第二節 勤務と躾 (承前)

      第二項 躾教育 (承前)

 右は艦内手入に関し乗員の躾上留意すべき数例を指摘せるに過ぎざるも、吾人は更に日常の諸作業に対し船乗としての身のこなし方に就て深甚の注意を払い、常に之が指導に心掛け、「スマート」 なる水兵らしき水兵の養成に努めざるべからず。

 身のこなし方は仕事の種類に適応して先ず身体の構えを正しく、鍛錬を積みて其の 「コツ」 を会得し始めて船乗らしき勘と資格を備え、随応随変作業をして円滑、確実迅速に処理し得るものである。

 昨年の防禦戦技に於て波浪高き海面を高速力編隊航行中の巡洋艦が前檣上桁被害の想定に接っしたる時、或一艦は登檣危険なるの故を以て中止せるも、他は総て救命索を使用して容易に其の被害を修復し得たり。

 此頃迄一般の人は 「戦闘中高速力航行中は檣桁の作業は不可能なり」 と思い込みたるものなるが、救命索を用うれば気も落付き、作業も比較的困難ならざるを立証せるものにして、水兵が登檣を恐るるが如きは海軍の恥辱なりと言うべく、躾教育の緊要なる所以茲に存す。

 一斉投錨に際し錨鎖の 「アンスリップ」 を遅れ、錨位に狂いを生じたる例尠からず、即ち 「スリップ」 一つ切るにも身の構えあり、「コツ」 あり、訓練すれば百発百中である。

 「サンドレット」 の利用は横付作業其の他艦船には屡々起ることにして、投方の良否は直に作業の進行に影響すること大なり。 然れども艦船に於て此訓練を見ること少なく、訓練を積み身のこなし方完全なりせば目的とする方向40米に到達せしむることは容易である。

 甲板を拭う姿勢は腰を低くし足を交互に伸して踏み出し身構えを確かりし、力を入れて拭う様に仕込まれて来たものだが、近来は 「スオーブ」 も固く絞らず、腰を高く上げ力も入れずして甲板面を撫でて居る。 之等は皆躾が足りないから段々に兵員が無精に流れて行く証拠である。

 近来の号笛は実に貧弱で聞くに堪えないものが多い。 運用作業は固より艦内諸号令の総てが号笛に依り発動せらるるものにして、艦船には誠に相応しく又必要欠くべからざるものに拘らず、益々退歩して来て総員に対する号笛も当直に対するものも区別さへ知らぬものが殖えて来た様である。

 殊に 「サイドパイプ」 は各国海軍共通のもので、儀礼の荘厳にも関わること故、確かりと底力のある吹き方を要求するものなり。

 尚海上の作業に於ては号令を以ては到底其の目的を達し得ざる機微の点多きに鑑み、号笛の訓練を一層高潮する要ありと思う。

 尚短艇の卸し方にも、漕ぎ方にも、或は投鉛にも、「ホーサー」 伸し方にも、夫々海上勤務特有の身のこなし方あり。 又 「ブルーム」 一本使うにも方式あり、艦内万般の操作皆之に基づかざるものなし。

 其の他艦内百般の作業、一として身のこなし方に関せざるものなし。 新兵又は陸軍軍人等の乗降艇或は階段昇降の不器用なる腰付きは一体何を語るものなるや、吾人は常に此精神を忘れず一々根気よく乗員の躾に心掛けざるべからず。
(続く)


posted by 桜と錨 at 18:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 艦船乗員伝統精神(完)
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