2011年07月14日

日露海戦懐旧談 (12)

海軍特務中尉 南 村 鶴 太 郎

『 日露戦争の従軍を憶ひて 』 (承前)

   十一、我が艦隊の災危

 五月十二日、第三艦隊掩護の下に旅順港外に於て、敵機雷の掃海作業中 「四十八号艇」 は不幸敵の機雷に罹りて爆沈し、次で其の日の午後五時頃通報艦 「宮古」 も触雷轟沈した。

 其の後三日を経たる十五日午前一時四十分、草木も眠る真夜中に僚艦 「吉野」 は山東角の北方に於て軍艦 「春日」 に衝突されて沈没した。

 五月十五日、此の日は我等の忘れんとして忘るゝこのと出来ない大厄の日であった。 第一戦隊の二小隊 (初瀬、敷島、八島) の三戦艦は 「笠置」、「龍田」 と共に旅順沖にあって封鎖の任務に従事中、敵の沈置せる機雷に罹り遂に 「初瀬」、「八島」 の二艦を喪ひ多数の犠牲者を出して大なる打撃を受けた。

 此の時、本艦は旅順港より芝罘に至る敵の海底電線切断の任務を帯び単独之に従事中、午前十一時四十分頃、突然 「初瀬」、「八島」 を救助せよとの電命に接し、一同大に驚き取るものも不取敢急いで旅順港口に向った。

 近付くに従ひ望見すると、「敷島」 を先頭に 「八島」 は右舷に傾斜し、砲撃しつゝ来航するに遭うた。 「初瀬」 は遠く遅れて居たが午後一時年頃再び爆発して濛々たる黒煙に包まれ僅か一分余にして雄姿を海面より消した。

 艦長は総員を中部甲板に集め此の大不幸について悲壮なる訓示をされた。

 折しも敵の駆逐艦十六隻は機に乗じ、我が艦隊を襲撃せんと猛進して来た。 本艦は第六戦隊の 「明石」、「千代田」、「秋津州」及 「龍田」 の諸艦と協力して之を撃攘した。

 中にも 「龍田」 は第一戦隊の司会官梨羽少将を 「初瀬」 より救助し檣上高く少将旗をひるがへし、単独敵の駆逐隊に突進したる其の勇猛なる勒作は恰も野猪の荒れ狂ふるが如く、之れには敵艦大いに恐れ、先を争ひ港内深く遁込んだ。

 其の夜の中に 「八島」 は円島附近に沈没し、砲艦 「大島」 又沈み、「明石」、「千代田」 も機雷に触れて傷き、「済遠」 及び駆逐艦 「暁」 を喪ひ、「龍田」 は坐洲するなど不幸は頻々として続いたが、我が軍之に屈せず更に海軍重砲隊を編成し、陸軍と共同して旅順を包囲し、海陸両方面より攻め立てた。

 敵の艦隊も此の圧迫に堪え兼ね、六月二十三日浦塩に向け脱出を計ったが我が艦隊の為めに破られ空しく旅順に引き返した。
(続く)


posted by 桜と錨 at 18:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 日露海戦懐旧談(完)
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