2011年07月03日

『艦船乗員の伝統精神』 − (29)

著 : 坂部省三 (元海軍少将、海兵37期)

  第三章 乗員の伝統的良風 (承前)

    第二節 勤務と躾 (承前)

      第二項 躾教育

 艦船乗員の心得に関しては以上各項目に亘り陳述せる如く、各員は其の立場に応じて教養すべき特質あり、嗜みあり、躾あり、之を一概に論及すること能わずと雖も、更に乗員の躾に対し先輩より教導を受けたる数例を補足し、吾人の反省を促さんとするものなり。

 英、仏海軍に於ては、最近、帆式練習艦を建造し衰退せんとする 「シーマンライク」 の美風涵養に努めつつありと言うが、吾人が兵員に対し最も強く要求せんとする 「シーマンライク」 の要点は、「敏捷にして几帳面なる兵員を仕立てるに在り。」

 即ち乗員の多くに此の躾が徹底せざる間は日常の作業は怪我多くして捗らず、艦内雑然としてだらしなく艦の威容等は到底望むこと能わざるものなり。 故に足一歩舷梯に踏みかけると直に艦の内容が窺われると先輩が言われたるも至言である。

 乗員が几帳面に躾られて居る艦は、舷梯に備えてある 「スオーブ」 は能く絞って正しく伸ばしてあり、階段に汚れ目も見えず甲板に立っても益々すがすがしい美感に打たれるものである。

 之に反し、無精者の多い艦に行くと 「スオーブ」 はだぶだぶに水を含んで乱れており、舷梯下部の 「スタンション」 はぐらぐらして 「メーンロープ」 は汚れて弛んで居り、附近舷窓の金物に緑錆が吹いておる。

 又少し昇ると番兵塔の紐の端が解けて下っておる。 斯う言う艦内は必ず不整頓にして、幹部に船乗が少なく乗員の躾が行届いて居らぬものと目利して大方間違いはない。

 曽て太田質平少将 (海兵32期) が 「春日」 の艦長時代 (大正14年〜昭和2年)、兵員に対する躾教育は非常に厳格であって、甲板の水溜り等は一々甲板掃除の号令がなくとも手の空いておる者は誰でも行ってそれを拭う様でなければならないと言われたが、其処迄躾教育が徹底すれば保存整備等は問題にならないと思う。

 又兵員の帰艦時刻に桟橋に待合せて居る迎えの短艇の状況を見ると、直に其の艦の風紀が窺われるものである。 即ち厳格に躾られて居る軍艦の短艇は極めて静粛であるが、行為の悪い者の多い所は喧噪を極め艇内で多数煙草を吸っても艇長は平気で居る。

 此辺の有様は外国の上陸員と大差無く、短艇軍紀の静粛は実に上陸員の 「ボート」 より紊乱して行くものと判定する。

 元来短艇内に於ける喫煙は特に許可せられたる時に限られたるものにして、定期の機動艇内に於ても上長者に遠慮して之を控えるのが慣例とされて居た。 然るに近来は、艦長乗艦中にも拘らず平気で喫煙を始むる者が漸加して来たのは遺憾千万にして、上長に対する伝統的良風も之等の点より漸次衰退して行くことを恐るる次第である。

 尚短艇は常に艦外に在ること多きを以て平素の躾充分ならざる時は、艇員は自ら不精に流れ艇の整備は固より風紀上にも著しき影響を及ぼすものなるを以て、当直将校並に短艇指揮は常に此の点に留意し何処迄も几帳面の遺風を維持することに努めるを要す。

 即ち艦内に収置しある短艇は毎朝甲板洗いの際受持艇員の一部をして必ず之を清浄ならしめ、又 「ブーム」 に繋留しある機動艇は艇員の起床後必ず其の甲板を洗い、外舷を手入し、内舷を拭い、舫索は綺麗に之をたがね、艇員の服装を正し、所謂艇としての威容を整正ならしめざるべからず。

 静かなる晴天に於ても前後の覆類撤去は各艦区々にして一致を欠き、軍艦例規の規程を励行せざるもの次第に増加し来れるは全く兵員の無智に起因するものとは言え、之等の躾教育に関し監督者の一層鞭撻を希望して己まざる所なり。
(続く)


posted by 桜と錨 at 18:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 艦船乗員伝統精神(完)
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/46501740
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック