2011年06月15日

『艦船乗員の伝統精神』 − (26)

著 : 坂部省三 (元海軍少将、海兵37期)

  第三章 乗員の伝統的良風 (承前)

    第二節 勤務と躾

      第一項 勤 務

1.当直将校

 当直勤務は海上の実兵指揮並に運用術技能の体得上、絶好の機会にして、之が修練を積み始めて危険を未然に看破し、或は人を経済的に運用し能率ある作業の実行を期し得らるるものなり。

 故に運用術の直系は当直勤務にあると言われてある如く、之を克く遂行し得るものにして始めて船乗の資格が備わったものと言うことが出来る。

 「当直勤務が確かり出来ない士官は将来役に立たぬ」 と先輩より戒められて居った。 蓋し斯ういう海軍士官は事に処して役に立たないのみならず、艦の危険を醸成する虞があるからである。

 由来海軍には、「率先難事に赴く」 と言う伝統の美風がある。 何か嫌な仕事か、又は難しいことが起ると自ら勇み進んで、「よし俺がやってやる」 と引受ける。 之れ即ち海軍気質とも言うを得べく、当直将校の 「モットウ」 として尊重すべき金言にして、何事も進取の気象を以て積極的に勤務することが肝要である。

 昭和8年上海に於て軍艦 「出雲」 が外国船の触衝を受けたる時、極力被害を減少し得たるは各部の共同連繋宜しきを得たるとは言え、当直将校が克く即断即決、積極的に機宜の処置を講じ得たるに因るものなりと言う。

 即ち当直将校は危険を看破するや、上陸員の帰艦者を其の侭作業に配員し、下流隣接艦の触衝に備うる等事前の準備を完成して、然る後危険を防止する処置に出でた為である。

 右の如く危急の場合に処し勇往邁進、克く作業の目的を達成し得たる所以は当直将校が船乗として修練を積み其の特質を発揮したるに依るは勿論なりと雖も、一方 「出雲」 の軍紀が厳正にして士気旺盛なりしが為であると思う。

 優柔不断為す所を知らざる如き態度に出づる時は折角の士気も沮壊するに至るべく、当直将校たるものは意を茲に致し常に厳格なる態度を持し明敏なる頭脳を以て 「テキパキ」 と事を処し、部下をして指揮者の態度を反影せしむる心掛が肝要である。

 米国の当直将校勤務提要の総論に於て、当直将校に対し次の四点を要求して居る。

      (1) 事前の準備
      (2) 細心なる注意
      (3) 常識
      (4) 自己の態度

 吾我海軍に於て当直将校に要求する所は斯の如き抽象的簡単なる文句にて満足すべきものにあらず、宜しく先輩の教え来れる伝統精神を玩味研究し、自ら拠るべき所を明確に究めて腹を定めて常に積極的に活躍すべきものなりと信ずる。

 由来、吾海軍の当直将校は航海長に頼り過ぎる弊のあることを痛感して居る。 之が因となり独断専行の良風を失い、或は艦を坐礁せしめたる例甚だ多し。

 兵学校に於る航海術の教育時数は極めて多大なるのみならず、候補生時代の実習は其の大部分を占めて居る。 吾一人の航海直は斯術科錬磨の道場にして、積極的の研究は必ず躍進的進歩を促し将来の根底を築き上げ得るものと思う。

 又碇泊直と雖も航海直に比して決して油断すべきものにあらず。 常に眼を八方に配り、一艦の軍紀は勿論保安其の他百般の任務に対し常に充全を期する構えあるを要す。 殊に近来は小事を軽視し易き常弊にあり、注意ずべきことなりと思う。

 曽て名和大将 (又八郎、海兵10期) が運用術練習艦 「富士」 に乗艦せられ小笠原に航海せし時、船乗の心得に就き種々教示せられたるが、運用術の大本でありながら天幕の 「ストップ」 が垂れて居る様では困ると叱られたことがある。

 数年前或艦の出港前に乗艦せる時、「メーンデリック」 を以てする機動艇の収揚は甲板士官と掌帆長之に当り、当直将校は後甲板に腕を組んで立っておる状況を見て、責務を知らざること夥しきものなりと痛感せり。

 又荒天等に対し舫索、「サンドレッド」 等の準備を怠り他艦の艇より催促を受くるが如き、或は自艦の傾斜を矯正せんとする心組もなく、艦内外の威容に無関心なるが如き、当直将校として当然履行すべきことを怠り、不知不識の内に堕落しつつある例枚挙に遑あらず。 要は責務の無自覚と積極的研究の不足に起因するものにして、特に注意を喚起する次第である。
(続く)

posted by 桜と錨 at 19:30| Comment(2) | TrackBack(0) | 艦船乗員伝統精神(完)
この記事へのコメント
いつも楽しく読ませていただいております・・艦船乗員の伝統精神・・現在の海上自衛官はどうなんでしょう?私の会社に練習員で入隊され海佐で終わられた方がおられます・・入隊された当時のお話をお聞きするのが楽しみで・・それホントウのことですかって笑ってしまうようなお話もされます良き時代の自衛隊生活もあったんでしょうね。
Posted by イシザキコウヘイ at 2011年06月16日 16:50
 イシザキコウヘイさん、こん**は。

 お楽しみ頂けているようで、嬉しく思います。

>現在の海上自衛官はどうなんでしょう?
 艦船勤務である以上、求められるものは基本的に同じです。 私の若い頃は、まだ海兵出身の方が沢山おられまして、厳しく指導されたものです。 しかし残念ながら海自も段々と “官僚化” された組織の色が強くなりまして、現場でも “海の男” という意識がが薄くなってきました。 最近はインド洋派遣やソマリア沖の海賊対策など実任務での長期航海が多くなりましたので、こうした機会を捉えて元の船乗り魂が復活してくれると嬉しいのですが ・・・・

Posted by 桜と錨 at 2011年06月16日 18:01
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