2011年06月13日

日露海戦懐旧談 (7)

海軍特務中尉 南 村 鶴 太 郎

『 日露戦争の従軍を憶ひて 』 (承前)

   六 裏長山列島占領

 二月十一日、我が聯合艦隊は牙山にあって、午前八時満艦飾を施し、紀元節の祝意を表す。 乗員一同は 御真影を奉拝して更に忠節を誓ひ、武運の長久をった。 正午に各艦、旗艦 「三笠」 に倣ひ二十一発の皇礼砲を発射し、同十分満艦飾を撒し出動準備を完成す。

 夕食の終るや間もなく、我が第三戦隊先づ抜錨し、各隊之に続いて出動予定の作戦に基き索敵行勒を執りつゝ北上した。

 確か其の翌日であった様に思はれる。 我が第三戦隊と駆逐隊の一部は穏かな海面を滑るが午前十一時頃裏長山列島に達し、敵の建設せる望楼を破壊するの目的を以て陸戦隊を上陸せしめたが、露兵一人も居なく無抵抗にて之を占領した。

 或る小隊が番人の支那人三十才位の男をとらへ屋外に引き出し、裸体として厳しく迅問する場面を目撃したが、番人が恐れ戦き掌を合せて号泣助命を乞ふ光景は可笑しくも亦可愛想にも思はれた。

 島内の露兵は巳に引上げ、誰一人も残り居らざるを以て貯蔵の石炭は鹵獲品として之を駆逐艦に積み込み、残りの山なす石炭に石油を振りかけて火を点じて焼燼した。

 尚支那人の家屋より牛、豚、鶏等を手当り次第に徴発し、午後四時頃陸戦隊の帰艦するや直ちに抜錨本隊に合し、旅順沖を遊弋して威圧を加へ、無事第二根拠地に引上げた。(注)

(注) : 明治37年2月12日前後の第3戦隊は、11日付の 「聯隊機密第124号」 に従って円島方面において敵船及び戦時禁制品輸送の中立国商船捜索のために行動しており、少なくとも本記事はこの時の事ではありません。

おそらくここで出てくる 「高砂」 の行動のうち、前半の望楼及び貯蔵石炭の件については2月26日付 「聯隊機密第166号」 に基づく同27日の海洋島付近の敵情偵察時のこと、また家畜の徴発の件は3月12日付 「聯隊機密第213号」 に基づく同13日の裏長山列島偵察時のことと考えられます。


richouzan_01_s.jpg
( 裏長山列島付近   図上 : Google Earth より  図下 : 古い海図#392より )

     当時の 「高砂戦時日誌」 が残されておりませんが、これらのことは 「千歳戦時日誌」 などによって確認できます。


(続く)

posted by 桜と錨 at 22:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 日露海戦懐旧談(完)
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