2011年06月06日

『艦船乗員の伝統精神』 − (24)

著 : 坂部省三 (元海軍少将、海兵37期)

  第三章 乗員の伝統的良風 (承前)

    第一節 艦の威容 (承前)

      第一項 外容の整備

 艦の外容整備に関し、吾々が常に注意して乗員に躾込まなければならないと言う要点を述べれば次の如し。

 (1) 「外容は先ず艦の直線的輪郭を破壊する勿れ」 と伝えられて居る。 即ち、船具又は乾物等の不整頓の為、外見朦朧として居つては威信を失墜すると言うのである。

殊に出入港に際しては乗員の配列に注意して威風堂々仰ぎ見るものをして自ら畏敬の念を起さしむる様に心掛けなければならない。 又仮令、荒天に際会したる直後に入港する様な時でも尚外観の威容を整え、成るべく乱れたる形跡を止めない様にせよと言われて居る。

又折角の直線的輪郭も、往々人の動きに依り破壊せられ直に一艦の内容を窺われることが多い。 之は外国港湾に在ると否とを問わず、平素より躾おくべき問題にして所謂集合離散を正しくせよと言うことである。

即ち登舷礼式は固より衛兵礼式の場合に於ても一人二人宛バラバラ銃を携えて駆け付ける状態は、艦そのものが狼狽して居る如く見ゆるものなり。 或は出入港に際し砲門より僅か一人外を覗く者ありても、艦全体の輪郭は乱さるるものなり。

艦外に顕わるることを整一にすべしとは従来厳格に戒められしことにして、少し以前は洗濯物の揚卸、天幕の張り方畳み方に至る迄一々先任艦に倣い、在泊の艦艇一斉の動きを誇りとしたのである。明治3年頃迄は総員起床には小銃、初夜巡検には听砲を先任艦にて発砲すると共に、港内一斉に 「ラッパ」 が鳴り響いたものである。

便利主義も或程度迄は必要なりと謂いながら、艦の威容発揮に関する精神迄も没却したくないものと思う。 兵学校に於ける窓の開閉、毛布整頓の習慣と誇りも、之を艦上に移してこそ其の真価ありと言うべきなり。


 (2) 航泊を問わず船体並に檣、桁は傾斜なく常に正しき状態に維持するを要す。 又入港直後には特に之等の外容を調査し、外舷並に檣桁の汚れを清浄する習慣を作る必要があると思う。

昔は檣にも桁にも 「スモークカバー」 があつて航海中は必ず之を被せ入港すると直ぐ外して甲板洗いと共に汚れを洗つたもので、外見に関する顧慮は乗員に徹底して居たのである。


 (3) 軍艦旗、艦首旗、長旗等の揚旗線充分之を緊張して、バタバタせぬ様又旗は絡まない様常に一杯揚がつて居らなければらない。

軍艦旗は高品に定まって居るが、従来之を艦内装飾の幕の代りに使用したりすることは何かと思う。 其のくせ将旗を 「スクリーン」 に使つたのを見ない、大いに考うべきことと思う。

又長旗の檣に絡み付いて居ない様、先輩は八釜しく注意された。 近頃一番気を留めて注意するのは艦長である。

 長旗の伝説は昔英艦隊が蘭軍を破った時、提督は敵を海の彼方に撃壊したと言う意味を象り、鞭を縛着する代りに長き吹流を檣頭に掲げたのが今日指揮権を表す長旗の始まりで武侠気質の旺盛な時代に起つて居る。


 (4) 外舷は常に之を清浄に保持すると共に、御紋章及艦名は燦然たる光輝を発した隊、艦名類、吃水標等は鮮明なるを要す。

昭和2年艦隊で函館に入港した時、各艦の多くが外舷真水拭を行つて居るのを見て、某砲台長曰く、「外舷等を拭うのは馬鹿々々しい、其の時間に装填法でもやつた方が増しだ」 と、私は説明回答の勇気もなかつた。 其の頃は戦技さへ優良なら夫で結構、艦の威容などはどうでも好いと言うのが一部の空気であつた。


 (5) 錨及主錨鎖は汚れたるまま放置することなく、碇泊中要すれば之を塗粧し常に清浄に保持すべし。

昨年艦隊錨地に行き機会ある毎に外容の状態を見たが、錨の一部に泥のついた侭収錨してあるものが相当多かつた。 之は先輩より恥辱であると教えられて居る。


 (6) 「ダビット」 に釣りある短艇は弛みなく水平に挙揚し、又短艇を卸したる間は 「ダビット」 を総て均等に併立せしめ、其の絞轆は正規の状態に捌き確り張合せあるを要す。


 (7) 手摺り、「リッジロープ」 等は常に緊張し、亦天幕、側幕類は瓢動せざる様適度に緊張し、其の止紐を垂下せしむるべからず。


 (8) 諸覆は洗濯補修を励行し、常に之を清浄に維持すべし。 「ケンパス」 類の汚れて薄黒いのは誠に見苦しく、其の艦の無精を物語つて居り、昔より常に之を白く保てと戒められて居る。 近来 「ケンパス」 類の汚れて平気で居るのは甚だ多い。

但し天幕を諸覆と同類に考えて洗うと笑われたものである。 蓋し地質を痛めて其の目的に添わなくなるからである。 然し一時的に余り汚れたのは海水を流して軽く 「ブルーム」 で落したものである。


 (9) 「ブームス」 上の積載物の乱雑は特に外容の美観を損すること著しきを以て、不用の物件は整理し日常之が整頓を怠らざるを要す。



 以上は大体の要点を列挙せるに過ぎざるも、艦長、副長の多くは艦の出入に自艦の姿を顧みて注意する様に、乗員一般が此気分になり、商船や貨物船と違い軍艦旗に恥かしくない様に致したいものである。
(続く)
posted by 桜と錨 at 10:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 艦船乗員伝統精神(完)
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