2011年05月29日

日露海戦懐旧談 (4)

海軍特務中尉 南 村 鶴 太 郎

『 日露戦争の従軍を憶ひて 』 (承前)

   三、敵商船ロシヤ号外三隻を拿捕

 七日朝、旗艦 「三笠」 の通報に依れば朝鮮南岸に於て敵の商船四隻を捕獲し、其の中一隻は船名 「ロシヤ号」 なりと。 出陣の初めに当りロシヤを獲たるは最先きよしと一同大に喜び萬歳の声一斉に起る。

 聯合艦隊は午後二時頃、第一根拠地八口浦に集合勢揃ひをした。

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( 八口浦   図上 : Google Map より   図下 : 古い海図#302より )

 夕刻、予定の作戦に基き、司令官瓜生少将 (外吉、海兵期外) は 「浪速」 「高千穂」 「新高」 「対馬」 の第四戦隊と、別に 「浅間」 「明石」 の二艦を加へ、陸軍を載せたる運送船三隻を護衛して敵の巡洋艦 「ワリヤーグ」 及 「コレーツ」 を撃沈すべく仁川に向った。 (注)  各艦登舷礼式を以て送り、其の行を壮ならしめた。

(注) : ここでは原文のままとしておりますが、正しくは当時の第4戦隊は 「浪速」 「明石」 「高千穂」 「新高」 の4隻で、これに第2戦隊の 「浅間」 が瓜生少将の指揮下に置かれています。 「対馬」 は開戦時にはまだ就役しておりませんで、明治37年2月14日呉海軍工廠で竣工、翌15日に第2艦隊に編入され、第4戦隊編入は2月26日のことです。


 次で我が第三戦隊は大同江より旅順方面の偵察任務を帯び、先発して鎮南浦に向ひ本隊と分離した。 折しも寒気は急に激烈となり、白皚々たる朝鮮の連峰を右に遠望しつゝ貸与された防寒具 (スコッチ製の襦袢、頸巻き、手袋、フランネルの袴下、半長靴及フランネルの裏を附けたる外套) に身を包み、戦闘準備を整へ三直哨兵配置にて北上した。
(続く)

posted by 桜と錨 at 12:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 日露海戦懐旧談(完)
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