2011年05月24日

『艦船乗員の伝統精神』 − (22)

著 : 坂部省三 (元海軍少将、海兵37期)

  第二章 海上作業の要訣 (承前)

    第二節 経 済 (承前)

      第二項 物の経済

 艦内経済は、日常百般の作業に伴う乗員の躾にして、仮令 「ピン」 1本索具一切れの小さき問題にても、吾々は常に躾てやると言う誠を以て正しい方法を履行せしめ、総てを経済的に旨く使いこなす様に指導して行かねばならぬと思う。

 一条の索を捲き止めるにも、結索と言う観念が薄らいで来て居る故、解く時のことを考えず、其の場限りの素人結びをやり、解く時になって其の端を切捨てるという不経済をやって居る。 又其の間違いを指摘してやる人も居らない。

 又艦尾に短艇を1つ繋ぐにしても、索梯 (注1) を1本出して之に繋留させておる。 索梯は元来昇降用に造られておるもの故、之に力を入れては忽ち毀損して仕舞う。 別に 「ホーサー」 を出し、之に 「ラージペインター」 (注2) を採り、索梯には弛みを与えて 「スモールペインター」 を採るのが正式である。

 繋船桁も其の通りに出来ておるが、其の誤った便利主義を矯正し教えてやる当直将校が居ない。

 又錆止を行う時は能く鉄部の銹の粉を拭い取り、錆止めは可及的薄く延して摺り込む様に塗り、充分乾いてから更に其の数を重ねて初めて効力を発揮するが、錆粉も落さず田舎娘が化粧する如く厚く錆止を塗るから塗具も不経済、効力も少なく間もなく又錆びてくると言う状況である。

 之等は皆士官に其の研究が不足で、日常教え導くと言う躾教育の観念に乏しいから艦船乗員は自然に船乗から遠ざかって行くのである。

 尚其の他天幕を甲板の突起物に引懸けて破り、或は捲きたる侭放置して炎暑に晒し、内部が蒸されて変質脆弱となり、又は濡れたる侭収納して黴を生じ、徒らに腐蝕を促すと言う様に日常大小となく見逃されて居る。

 之等の不経済は枚挙に遑ない程沢山あり、之を海軍全体に考えると莫大なものになると思う。

 大正15年 「比叡」 に着任した時、居住区の 「リノリューム」 を見ると、各所が手の附けられない程腐蝕破損して居るのを見て驚いた。 其の原因を探究すると、毎土曜大掃除毎に机、腰掛、手箱類を居住区で石鹸拭をなし、「リノリューム」 に流し落ちた石鹸水を海水で流して居る。

 之では 「リノリューム」 は乾燥する暇はなく、腐蝕部とか瑕穴より水が鉄板との間に浸み込み鉄板を発銹せしめ、「リノリューム」 の大腐蝕を起こすのであって、其の大本を正さざれば何回 「リノリューム」 を修理しても及ばないのである。

 其処で爾今大掃除には石鹸を要するものを前部露天甲板に運び出して洗い、居住区では一切水を使わぬことに命じたところ、昇降口が狭いので時間内に間に合わざると苦情を言い出した。

 然し之を1、2回励行させて見ると居住区の洗い方が省け机も手箱も徹底的に美しく且つ乾燥して時間は反て減じ、然も衛生的となり 「リノリューム」 は腐蝕しなくなり、秋の検閲には一寸の破れ目も見えなくなった。

 誠に人は躾次第でどうにでもなるものであり、知らないで続けて居る馬鹿々々しき習慣は他に相当にあるものと思う。

 例えば、日曜、祭日等に行う飾索の如き花型を甲板に造って居るが、雨が降ってきても揚げ様とせず、靴にて平気で其の上を踏んで居る。 分隊点検には甲板が狭くて踏まざれば歩く通路がないのである。

 索具はなるべく汚さない様に乾燥せしめておくことが大切にして、「ダビット」 に正しくわがねて固縛するのが理想で少しも見苦しいことはない、改正すべきであると思う。

 又帆布類の如きも、場所に依りては高価なる麻天幕でなく木綿にて充分間に合う所もあると思う。

 次に物の経済に関連して特に考慮すべきことは、利用ということである。 我海軍の通弊は経済を穿き違えて、単に蓄積のみを考え徒に倉庫を狭め、遂には腐蝕廃物に帰せしむると言う例尠からず。

 昭和5年に 「陸奥」 に赴任せし時、前々より希望して居った艦内不用物件大整理を行いし処、数百種の物が中部甲板に山をなし、塗具罐の半入りの侭硬化して無駄になっておるものが各砲塔より数多く出た。

 其の他金属類も夥しい量に達したので、必要物件を残して各科相互に融通せしめ、大部分は工廠の材料に送り陸奥の腹の中は誠に綺麗になった。 以後佐世保鎮守府にては不要物件整理を続けて居る。

 海軍全体が真剣に不要物件大整理を行えば駆逐艦1隻位造る材料は出ると思う。

 以上述ぶる所は僅かに数例に過ぎざるも、仮令不用の電灯1箇を考慮して消灯するのも経済的に処理せんとする精神は洵に貴重にして、吾々は常に克く此の精神の修練発揚に努むれば艦内至る処に新機軸が生れて来ると思う。
(続く)

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(注1) : いわゆる 「縄ばしご」 のこと。
(注2) : Painter 舫索。
posted by 桜と錨 at 20:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 艦船乗員伝統精神(完)
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