2011年05月22日

日露海戦懐旧談 (2)

海軍特務中尉 南 村 鶴 太 郎

『 日露戦争の従軍を憶ひて 』

   一、開戦前の概況

 明治三十六年の八、九月頃より日露交渉の成行に対して国内の与論は次第に八釜敷くなり、東洋の風雲は確かでなかった。

 常時僕は海軍一等水兵で、普通科掌砲のマークを着け、軍艦 「高砂」 に乗組み、六番十二糎砲の一番砲手であったが、途中三番八糎砲の射手の配置に変更された。

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( 二等巡洋艦 「高砂」  光村利藻 『日本海軍』 より

 「高砂」 は四千三百噸の二等巡洋艦で、之が姉妹艦たる 「千歳」 「笠置」 及 「吉野」 と共に第三戦隊に編入せられ、時の司令官海軍少将出羽重遠 (海兵5期) は、「千歳」 を旗艦として第一遊撃隊の勇名を天下に現はしたこと普く人の知る所である。

 我が第三戦隊は十月上旬、艦隊運動や射撃訓練を行ひつゝ鎮海湾に廻航した。 其の時露国東洋艦隊の一隊も亦鎮海に入るべく来航したが我が艦隊の入港しあるを見て、何れへか姿を消したと云ふ事を耳にし小気味よく感じた。

 碇泊は僅か一日にして其の翌朝錨を抜き、第一、第二戦隊と共に寺島水道を経て佐世保に帰港した。

 常時外舷は従来黒色であったのを各艦一様に鼠色に塗り替へられ、戦時不要と認めらるゝものは、両舷直員で毎日の事業として陸揚をすると同時に糧食石炭を満載し、防寒具を積み込み、弾丸には信管を取付けられた。

 其の後続々として大小の艦艇は集り、大型商船も多数来港して、さしもに広き佐世保の軍港も是等の碇泊艦船が港口より早岐の沖に溢れ壮観を極めた。

 斯くして其の年は多忙の裡に暮れて希望に満ちた三十七年の新春を佐世保の軍港で迎へた。 各艦は今や臨戦準備を完成し、只時々少量の炭水補充を行ふのみで、出動を待ち構へて居たのであった。

 而して二月一日頃、聯合艦隊の乗員は第二艦隊司令長官上村中将 (彦之丞、海兵4期) 指揮の下に陸上大運動会を催し、烏帽子嶽に登山競争を行ひ、一同其の頂上に於て、天皇陛下の万歳を三唱し、大日本帝国及海軍の万歳を唱へて大に気勢を挙げ意気天を衝くの有様で眼中既に敵はなかった。

 所が不思議にも、新聞記事も俄かに平凡となり世間の噂も穏かで人心漸く落着いて見えたが思へば是れも正に暴風前の小康であったのである。

 常時乗員の一般上陸は禁止されて居たが、二月四日の事であった、当地に家族を有するものに限り午後六時より十時迄特別上陸を許された。 是等の人々は短時間の裡に別れを惜しみ、如月の寒夜を物ともせぬ家族の人達に波止場迄見送られて帰艦の際ボートが陸岸を離れんとする時の情景は勇ましくも亦哀れであった。

 五日の夕刻、旗信に依り艦長以上は旗艦 「三笠」 に集まる。 雨か風か艦内では種々の噂に花が咲いた。 やがて夜の十時も過ぎて甲板の人形も次第に薄らぐ頃、艦長石橋大佐 (甫、海兵10期) は帰艦された。

 舷門に迎へし当直将校に対し微笑を浮べ、「愈々日露の談判は破裂した。 明朝九時三十分出港」 と云はれて元気よく 「ケビン」 に入られたが、間もなく准士官以上を集められて何事か訓示があった。

 此の事が忽ち艦内に知れ渡り折角寝て居た者まで起きて来て又もや艦内は騒がしくなった。 自分も実は其の一人で只嬉しく、初めて遠洋航海にでも出て行く様な気持になって夜もろくろく眠れなかった。
(続く)
posted by 桜と錨 at 13:06| Comment(2) | TrackBack(0) | 日露海戦懐旧談(完)
この記事へのコメント
私の曽祖父が、「軍艦 高砂」に乗船して日露戦争で戦死しています。
家には、戦地から発送したと思われる手紙等沢山の遺品があります。
私は、現在58歳ですが父も祖父も早く病死しているので母から少し曽祖父に当たる「軍艦 高砂」に乗船して旅順港で戦死した話は聞いていますが詳しいことはよく知りません。
最近仕事を退職したので、調べています。
今回、インターネットでこの記事を見つけたのでコメントしています。
高砂のことが、少しではありますがわかりました。
ありがとう御座いました。
Posted by 山田 利美 at 2012年09月03日 11:03
山田 利美 さん、初めまして。

本来なら埋もれてしまう貴重な史料を、ネットのお陰でこうして皆さんに発信できる時代になりました。

多くの方がお身内の方を探してご来訪いただき、またコメントをいただけるのは管理人として大変に嬉しいことです。

「高砂」 危急に際し、御曾祖父様は立派なお働きをなされた末と拝察いたします。 ご冥福をお祈りいたします。
Posted by 桜と錨 at 2012年09月04日 13:00
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