2011年05月19日

『艦船乗員の伝統精神』 − (21)

著 : 坂部省三 (元海軍少将、海兵37期)

  第二章 海上作業の要訣 (承前)

    第二節 経 済 (承前)

      第一項 人の経済 (承前)

 私は 「比叡」 の運用長の時、艦隊では戦技万能主義の時代なりしを以て、運用術の教育にも、保存整備にも人を貰えない、其処で日課手入の拭い掃除中下士官は半数、兵は4分の1宛運用術関係の教育を施した。

 最初は日課手入に人員の不足を訴えて来たが、慣れて来ると不足でなくなった。 之は各人が忙しく働く様になったからである。 誠に人は躾一つであると考える。

 尚運用教育が一通り終了した後は、此の人員を元の拭い掃除に帰さないで受持部の保存整備に従事させた。 之が為別に手入に人を貰わなくとも艦内は何時も美しく保存されたことを克く記憶して居る。

 保存手入に対して費して居る各艦の人員と時間とは非常に多大なるものにして、之を海軍全体の延員数にして見たら莫大になると思う。 従って其の方法の良不良に依り人員の経済には大変なる差を生ずる。 然るに指導者に其の頭脳がなく、改善指導と言う精神が足りないから、実に馬鹿馬鹿しいことを各所で平気で行っておる。

 例えば階段又は手摺支柱の根本の如き亜鉛鍍金の部分を一々錆落しをしておる。 此所は何時も湿気や水の滞留する箇所なる故、年に何回も錆落しを繰返さねばならないと言うことになる。

 之は予備艦時代に艦の手で取外して工廠に持って行き鍍金をすれば簡単に済み、艦隊に行っても数年は持つ、若し工廠で金がかかるから兵員でこつこつ錆落しをしろと言うなら、それは人よりも金を問題としておるので、宜しく予算を立直す必要があると思う。

 之等は工廠にやってくれるのを待っておるから出来ないのであって、兵員で鍍金場に担ぎこみ小人数の人を手伝に送れば、経費も少なく迅速に捗るもので自分は之を再三再四実行して来た。

 尚 「ワニシュ」 「ラック」 部の剥し方に苛性曹達と蓚酸の混合物を用ゆれば極めて簡単迅速美麗に済むものを、昔通り 「ビール」 瓶の破片や小刀にて削り取り多大の時間を費して凸凹を造り美観を損して居る。 誠に馬鹿馬鹿しいことと言わねばならぬ。

 又錆落にも錆落機の供給を多くし、更に軽便に使用し得る様になれば其の効果は甚大で、教育訓練に使う時間が非常に増して来ると思う。

 総て作業員の過剰と言うことは、啻に作業を混乱に導くのみならず各種の危険を惹起する原因なるを以て指揮者は常に此点を考慮し作業の按配並びに適材適所の配員に注意すると共に、外力又は機力の善用に努め常に垢抜した仕事をやる様に心掛けることが肝要である。

 例えば大正12、3年頃迄は、入港して浮標に繋留する舫索は7吋8吋と言う太い麻索を用い、之を機械に捲くと切断する虞があると言うので前甲板に黒山の様に人が出て張合せたものである。

 之は確かに船の小さい時代の遺風であると思い、細い鋼索に改め揚錨機に4回捲き、之に数人就かしむることに改めたら、人は実に僅かで済み然も不慮の急張に対しては其の破断力以内にて舫索自ら滑り出し、一切危険の心配を要せざるに至れり、近頃は各艦概ね此やり方である。

 以上は数例に過ぎざるも、多くの人が今頃人の経済と言う点に十分研究心を向けて仕事を進むれば、艦上の作業は飛躍的に進歩を促すことと思う。
(続く)
posted by 桜と錨 at 21:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 艦船乗員伝統精神(完)
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