著 : 坂部省三 (元海軍少将、海兵37期)
第二章 海上作業の要訣 (承前)
第一節 安 全 (承前)
第四項 危険防止
禍を未然に防止し常に安全なる作業を遂行する為には日常生起する万船の作業に対し細大漏さず 「危険防止」 なる運用眼を養成し置くこと肝要なり。
此修練の積んだ人は仮令困難なる作業に直面するも、常に鋭敏なる眼力を以て的確なる判断を下し、突発的に起る諸般の異変に対しても危険を未然に看破することが出来ると言うのである。
元来、運用眼とか船乗眼とか言うことは、昔より伝わって居る言葉であり、如何に機械万能の今日と雖も千変万化極まりなき海上の作業には依然として重要性の大なるものにして、運用眼というものは英国で言う 「キーンアイ」 と似たものなるが、之を簡単に言えば正確なる目安と良い勘とを合せた様なものにして、確りした眼力を有する船乗に対して言われしものと思う。
先輩は教えて曰く、
「船乗には目先の効くことは肝要なり、処置は遅れざるを要す。」
勘の養成が船乗に必要なこと勿論なるも、正当なる勘を会得する為には常に学理的計画に基づき研究と修練とを積むことにより、段々正しい勘が其の人に植込まれるものであるが、愈々実行となると理論に偏したり数字の末節に捉われる様な事があってはならないと言われている。
船を取扱う人にとり、勘の養成上軽視することの出来ない訓練の手段は、帆走であると言われて居る。 浜田中将は最も之に力を入れられた人である。 帆走訓練が船乗にとりて如何に必要なるかを述ぶること次の如し。
(1 ) 帆走は艦の操縦に直接の影響の多い 「ツリム」 の関係を会得することが出来る。 又更に進んで 「ツリム」 を利用して操縦の妙味を発揮することが出来る。
昭和2年 「膠州」 が南洋に於いて坐礁した原因は、船の釣合が悪かった為、新針路距離が増大せしも之に気が付かざりし為と言われて居る。
(2) 帆走は、風を薬篭中のものとする稽古が出来る。 風潮の影響を十分腹に入れておる者でなければ、本当の船乗とは言えないと伝えられて居る。 我薬篭中の風潮を更に善用して初めて船を立派に取扱うことが出来るのである。
従来、風落に対する考慮が不十分なりし為、浮標に触れて推進器を毀損し、或は坐礁したる例尠なからず。 最近 「浅間」 が坐礁せしも流圧が大因をなして居る。
大正13年 「長門」、「陸奥」 の触接事件も両艦の吸引作用も影響せりと雖も、主なる原因は風落の考慮に足らざりし点ありと言われて居る。
(3) 帆船には 「リーウェイ」 がある。 又速力は零の事もある。 或時は針路は必ずしも目的地を指して居らない。 時に依りては反対のこともある。 之等を体得して居って初めて衝突を予防することが出来る。
曽て明石海峡に於いて軍艦 「平戸」 が帆船の船尾をかわり得るものと考え、艦を操縦して之に衝突して居る。 此時帆船の速力は零であったと言うことである。
(4) 帆船に於いては指揮、艇長、艇員の気分が 「シックリ」 合って初めて微妙なる外力をも征服し、或は活用して立派なる操縦、航海が出来る。 又 「シートメン」 の守る 「シート」 一本の油断にて艇を顛覆し、風上側見張員のボンヤリにて衝突を起し、一人が一寸動いても大帆を瓢動し浦帆を打つと言うことになる。
実に帆走は 「シーマンライク」 の気分涵養に大切であり、又士官が直接部下と小艇に乗り、一心一体壮快なる気分を以て部下を指導薫化することを得るものにして、上官は因より部下兵員を船乗に躾けるに最も適当なるものであると思う。
(続く)