2011年05月05日

『艦船乗員の伝統精神』 − (16)

著 : 坂部省三 (元海軍少将、海兵37期)

  第二章 海上作業の要訣 (承前)

    第一節 安  全 (承前)

      第二項 作業の統制と静粛

 作業の実施に当り、指揮者が克く作業員を指揮掌握し常に作業をして円滑、静粛に進捗せしむることは、安全を期する為大切の要件なり。

 殊に不慮の事件突発に際しては、往々統制を乱し、喧噪混乱に陥り易きを以て、海上勤務者は平素より各種の場合を想起し、事に処し憶せず、騒がず、適法の手段を講じ得る如く心の準備を確りして置かざれば概ね不統制に陥るものである。

 昭和2年艦隊錨地に於いて軍艦 「常盤」 の機雷爆発するや、各艦は急速救援の方法を講ぜんとせしも乗員は亜然として号令通り動かず、救援に甚だしく時間を浪費せり。

 斯る場合総員又は軍事点検等の号音に依り先ず乗員を掌握し、艦内の統制を計り、然る後乗員を区署し作業を発令すべしとは従来先輩より教えられて来たことである。

 又日常百般の運用作業に於いて喧噪に陥り易き生因は、概ね上下の意志疎通を欠く為に依るものにして、之が為危険を惹起し、或は人を殺傷し、物を毀損する等、累を他に及ぼすこと多きを以て、指揮者は予め自己の胸算並びに実施の方法等を十分理解せしめ、常に作業を静粛円滑に進捗せしむる心掛が肝要である。

 従来運用作業には手先信号あり、号笛あり、日常の運用作業には、概ね之に依り遂行し得る如く指導するべきものにして、近来防毒関係より海軍の手先信号は漸く統制せられ躍進的進歩を促さんとする今日、益々之が活用を怠らざれば、艦内日常の作業も極めて静粛に進捗し、海上作業に一大革新を齎らすものと思う。

 意志疎通の問題は、作業の統制上常に密接なる関係を有するのみならず、艦船操縦者として立つべき吾人の更に考慮を要するものにして、古来相互の意志連絡の欠陥に基き、重大なる事故を惹起したる例は甚だ多い。

 大正13年特務艦 「関東」 が福井県海岸に坐礁破砕して、艦は全滅となり、且多数の人命を失いたる事件は、艦長、航海長の意志疎通を欠きたるに一因せりと言う。

 又昭和5年潜水学校教程演習に於いて、潜水艦と駆逐艦との衝突事件は艦長と学生との意志疎通に欠くる所ありしに因ると言う。

 昭和8年軍艦 「出雲」 が上海に於いて英船に触衝せし時、幹部は期せずして各配置に就き迅速適切なる処置を講じたる為被害を減少し得たるは、艦内真に人の和に依る協同精神の発露にして、言わず語らずの内に意志疎通の実を挙げ得たるものなりと言う。

 由来、攻撃力の訓練の方面に於いては、特に軍紀を重んじ極めて厳粛に実施せらるるを常とし、射撃の如き、砲術長統制の下に命令一下秩序整然として全員全能力を発揮し得ると雖も、運用方面の作業、例えば艦船横付等に際しても作業喧噪を極め、前後舫索を張合すにも相互の連絡なく、指揮統制上甚だ遺憾とするもの多く、其の他一般に厳粛を欠き作業の統制を乱し易し。 海上勤務者として大いに考慮すべき点であると思う。
(続く)

posted by 桜と錨 at 13:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 艦船乗員伝統精神(完)
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