2011年05月01日

日露戦争期の砲術の話しを終えて

  『艦砲射撃の基本中の基本』 に始まって 『安保清種の砲術』 まで全62回にわたって日露戦争期における旧海軍の砲術についてお話ししてきましたが、これにて取り敢えずこの項は一応の終わりにいたしたいと思います。


 ここまでお読みいただいた方々には、当時の旧海軍の砲術がどの様なものであったかをご理解いただけたものと考えております。

 『別宮暖朗本』 の砲術についての記述は全くのウソと誤りでしかないこともお判りいただけたと思いますが、まあ当該本については話しのネタの “ダシ” に利用させていただいただけですので、この本やその著者そのものについては本来は別にどうでもよいことです。

(もちろん、当該本について砲術以外のことについてはこれからも順次ウソと誤りを指摘して、読まれた初心者の方々がその口調に惑わされて勘違いをしないように事実・史実をお話ししていきますが。)

 日露戦争期における砲戦については、黄海海戦、旅順やウラジオストック砲撃、そして肝心な日本海海戦、特に東郷ターンや丁字戦法、等々採り上げるべきものは沢山ありますが、これらはそれぞれのテーマを設けて改めて別の機会にお話しすることにします。

 実は、この日露戦争期のことは私が本当に書きたいことのホンの “序章” に過ぎません。 「本編」 はこの日露戦争後の近代射法誕生以降のことであり、旧海軍が世界に誇った砲術であり、それに基づく砲戦術の話しです。

 したがって、これまでの話しはその近代射法誕生以前の砲術がどのようなものであったのかを理解していただくためのものであって、この内容を前提として本来のお話しへ続けたいと思います。

 とは言え、照準を始めとする射撃基礎の問題については、これ以前も以降も同じであり、これを近代射法誕生以降どのような形で解決していくのかもテーマの一つになりますので、砲術におけるキー・ポイントとして充分にご理解いただきたい重要な点です。

 そして、日露戦争期の旧海軍の砲術についてここまで詳細かつ具体的に説明したものは、砲術の大御所である黛治夫氏の著書も含めて無かったことであり、初めて明らかにし得たものであると自負しております。

 今後二度と出版物やネットにおいて “日本海海戦において連合艦隊は一斉打方を世界に先駆けて採用して勝利した” などと全く根拠のないことを言う人が出てこないことを願う次第です。

posted by 桜と錨 at 18:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 砲術の話し
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